基本的人権 参考人名
公述人名
回次 -

6 精神的自由権(表現の自由、政教分離など)

表現の自由
  • 精神的自由の中でも特に表現の自由は、一層の発展が求められる領域
戸松秀典 154 5 - 2
  • 表現の自由は、民主制の維持、真理の獲得、自己実現等の理由から非常に高い価値がある
戸松秀典 154 5 - 10
  • 青少年の保護のためには、有害と思われる図書が全く野放しのままでよいとは思われない
百地 章 154 7 - 5
  • 表現の自由は極めて政治的な性格の自由であり、政治に大きな影響を与えるとともに、政治的な圧力にさらされやすい
濱田純一 155 4 - 1
  • 表現の自由については、米国の理論や判例の影響を受けながら、その制約の合憲性審査が他の自由の制約より厳しい基準で行われるべきとの考え方が憲法学界で有力に主張されてきた。裁判所はこの影響を受けつつも、利益衡量の考え方に立って処理している
濱田純一 155 4 - 1
  • 憲法上正確な議論をする場合には、運動論と法律論は区別すべき。例えば、わずかな規制がより大きな侵害の呼び水になるとの「アリの一穴論」は、自由の防御論としては有用であるが、他の重要な利益との調整を拒否しがちであり、社会的に必要な規制を荒っぽく排除してしまう危険性がある
濱田純一 155 4 - 2
  • 表現の自由の将来を議論するときには、自由と規制の対抗だけではなく、情報技術の発展を踏まえた文脈の中で表現の自由をどのように社会的に実現していくかという視点を持つことが重要
濱田純一 155 4 - 3
  • 表現の自由は、民主主義のプロセスを機能させるために不可欠であるという点は異論がなく、政治にかかわる表現活動は手厚く保護されてしかるべきであり、民主主義社会の政治は、表現の自由を寛容を持って育てていくところに要諦がある
濱田純一 155 4 - 3
  • 表現の自由には、個人の自己実現、つまり表現行為を媒介とした個人の人格成長や能力発揮を図るという側面もあり、個性の尊重・発揮と連動している
濱田純一 155 4 - 3
  • 表現の自由は、社会に自由な空気を生み出し、社会の活力や創造力を生み出す自由でもあり、その過程ではわい雑な表現や好奇心をあおるような表現も出てくるが、ある程度は社会の活力の源泉とみなされなければならない面もあろう
濱田純一 155 4 - 3
  • 表現の自由は、他方で、個人の名誉やプライバシーを脅かす、青少年に有害な影響を与える、あるいは国家の存立を左右することさえある
濱田純一 155 4 - 3
  • 表現の自由を様々な利害調整の中で成熟させるには、一つの大胆な手法ですべて解決するということはあり得ず、特に、今のような安定した社会では、自由に対する規制の根拠・効果・影響をきめ細かく詰めつつ、辛抱強く開かれた議論を重ねていくことが重要
濱田純一 155 4 - 3
  • 21条の表現に国旗焼却やテロ行為等が含まれるかは難しい問題であるが、社会通念により、表現の要素が大きいか否かで判断すべき
濱田純一 155 4 - 8
  • インターネット上の有害情報規制に決定打はない。深刻な問題についてはプロバイダー責任法などにより対応されているが、完全なコントロールは自由な国家の在りようとは異なったものとなり、できる限り押さえるというのが基本的スタンスとなろう
濱田純一 155 4 - 10
  • 表現の自由をめぐる日本の状況は、部分的には欠陥もあるが是正可能なものと理解しており、欧米と比較すれば、比較的良いバランスを保っている
濱田純一 155 4 - 13
  • 表現の自由をカテゴリーに分けて議論することは必要であるが、それは利害状況のバランスを取るときにどういう観点を考慮に入れるかというところで問題になるもの
濱田純一 155 4 - 13
  • 被差別部落、女性、障害者、在日朝鮮人などに対する差別的表現については、できる限り自主的な措置で対応すべき。ただ、被差別部落の所在地のインターネット上での公開や児童ポルノの問題など深刻な事態は、法的規制の枠に取り込むべき
濱田純一 155 4 - 15
  • 最近の状況を見ると、個人情報保護、人権擁護など様々な名目で表現や取材報道に国家規制の網をかけ、お上が表現の中身に立入り是非を判断し、制裁を加える仕組みがつくられようとしている
田島泰彦 155 4 - 4
  • 一連の規制法案が成立すると、政府に規制されない自由な言論と権力から独立したメディアという21条の保障する表現の自由の核心部分が変質せられ、立法措置による事実上の解釈改憲という重大な事態につながりかねない
田島泰彦 155 4 - 4
  • 表現の自由に関しては、憲法をすぐに変えないと立ち行かないという状況にはない
田島泰彦 155 4 - 8
  • 日本の表現の自由をめぐる現状は、欧米の進んだ国と比較した場合には、十分とは言えないと評価している
田島泰彦 155 4 - 13
  • 部分的な規制がつながって、線になり、面になるというように、全体として、表現の自由を規制する方向に向かっていると感じており、表現の自由の在り方を冷静に見つめる必要がある
田島泰彦 155 4 - 13
  • 差別的表現に対する法規制の要否は、これから議論を重ねていくべき。ただ、弱者保護の視点は大切であるが、言葉狩りのように過剰な形に出るとの指摘もあり、それを基に国家が取り締まるとなると微妙な問題をはらみ、軽率な法的措置は避けるべき
田島泰彦 155 4 - 15
  • インターネットは、だれでも利用できる表現手段として思想の自由市場を具現化したものと評価でき、法規制は極力避けるべき。ただし、様々な問題も生じており、憲法の基本的理念を踏まえながら具体的法制を考えていく必要がある
常本照樹 156 3 - 8
  • インターネット上の表現の規制は、一定のアーキテクチャーを利用したコントロールが可能なものもあり、問題表現の類型ごとに細かく詰めていくべき
常本照樹 156 3 - 11
  • 表現の自由のうち、良質な部分と低俗な部分を切り分け、片方は規制するということは難しい
赤坂正浩 161 4 - 19
<報道の自由>
  • 報道の自由は、国民の知る権利に奉仕するための重要な人権として最高裁判例でも確立したもの
戸松秀典 154 5 - 8
  • 報道の自由は国民に十分な情報を提供するという意味で、表現の自由に含まれる
初宿正典 154 6 - 8
  • 報道の自由が個々人のプライバシーを侵害する場合、個人の権利の方に重きをおくというのが憲法の元々の原則と考える
初宿正典 154 6 - 8
  • 報道の自由について憲法上規定がないことは、米国やドイツの憲法との大きな違いである
濱田純一 155 4 - 2
  • 最高裁は、国民の知る権利に奉仕するという観点から、21条は報道の自由を保障しており、かつ、報道の自由は表現の自由のうちでも特に重要としている
濱田純一 155 4 - 2
  • 報道の自由は、法人の人権であり、法人に期待される社会的機能を満たす限りにおいて保障されるとの学説があるが、自然人の人権と法人の人権との混合物とでも言うべきもので、一般的な表現の自由よりも保護範囲を限定しようとの考え方は欧米でも見られず、むしろ逆の傾向がある
濱田純一 155 4 - 2
  • 米国では、報道の自由に対する保護は、表現の自由と基本的に等しいとされているが、法律上、取材源の秘匿や取材資料の押収の拒否権等一般市民より高い保護が認められており、こうした保護については憲法上の保護がある。ドイツ等では憲法上も報道機関の保護が強い
濱田純一 155 4 - 6
  • 有事関連法制では、政府の有事への対応に協力責務を課す指定公共機関にメディアを組み込むプランは問題。本来政府から独立し権力を監視すべきメディアを国策遂行の手段にしかねない
田島泰彦 155 4 - 4
  • 知る権利が認められるとしても、その対象は公共的な機関に限定し、メディアに対して安易に適用拡張することは慎むべき。メディアへの市民のアクセスは国などに対するものとは根本的に性質が異なり、メディアの報道の自由を不当に制約するおそれがある
田島泰彦 155 4 - 5
  • メディアの行為に行き過ぎがあることはよく指摘されているが、憲法の立場は、低俗な番組か否かを政府や裁判所に判断させるのではなく、自由競争にして一般市民の良識に任せるというもの
赤坂正浩 161 4 - 18
  • 民主主義の政治とは世論による政治である。世論の形成に決定的な影響を持つのは報道と教育であり、これらには権力的な介入は許されない
澤藤統一郎* 162 I - 9
(報道被害・メディア規制)
  • 日弁連としては、報道も含めて人権委員会の対象にするとの立場であるが、報道の権力監視機能や国民の知る権利に奉仕する側面との調整が必要であり、基本的には自主的な調査や抑制を要望する
日弁連
岡部保男
154 9 - 6
  • 報道被害の救済を訴訟で行うことは、かなりの時間を要し、負担も大きく、現実の解決には向かないのではないか
日弁連
岡部保男
154 9 - 6
  • 個人情報保護法案のような報道機関に対する一定の制約について、直ちに憲法違反になるとは考えておらず、憲法政策上の適不適の問題である
濱田純一 155 4 - 2
  • 報道に対する規制は、まず報道機関がどこまで自分たちでできるかやってみるべきであり、それがうまくいかなかったときに、次のステップとして政府が出てくる可能性はある
濱田純一 155 4 - 11
  • BRC/O(放送と人権等権利に関する委員会/機構)などの自主規制機関については、メディアの努力・良心に頼りながら良いものが出来ていくと期待するが、メンバーに民主的正統性がなく、知見も限られているため、その判断は、議論のためのきっかけと理解すべき
濱田純一 155 4 - 14
  • 人権救済、プライバシー、青少年保護などのためのメディア規制の必要性は否定しないが、法律により権力的に押し付けるものではなく、メディアの自主・自律の努力によるべき。現に実績も残しつつあり、諸外国でも自主的な仕組みにゆだねるのが通例
田島泰彦 155 4 - 4
  • 欧米では、人権救済やメディアの倫理的逸脱の問題は、基本的にプレスオンブズマン、プレスカウンシル(報道評議会)など、専門家や市民の参加を得ながらメディアがクレームを処理する仕組みで対処してきており、また、これが社会的にも認知され、政府による規制を排除するためにも重要と受け止められてきた
田島泰彦 155 4 - 7
  • BRC/Oに対して批判もあるが、放送関係の自主的な組織の枠組みとして大事にしていくべき
田島泰彦 155 4 - 10
  • BRC/Oの今後の課題としては、(1) 報道されたもののみを救済対象にしているが、取材自体をどう考えるか、(2) 判断の指針を市民・社会へ納得できる形で示すことなどが挙げられる
田島泰彦 155 4 - 10
  • 放送関係の自主規制機関としてBRC/Oがあるのに対し、新聞は各社ごとに取組が始まったところであり、まずは実績を重ね、将来は新聞界全体の取組を議論していくことが課題
田島泰彦 155 4 - 12
  • メディアスクラムの問題については、現場で自治体などが仕切ることがあるが、公権力が前面に出るのではなく、報道機関自らが自主的な取組として行うべき
田島泰彦 155 4 - 12
  • 人権擁護機関を純粋な独立機関とする考え方もあり得るが、日本では十分な経験・蓄積がなく、また、行政機関が表現に立ち入ってよいかという原理的問題もあり、表現やメディアの分野では自主的な努力を強めるしかないと考える
田島泰彦 155 4 - 14
  • メディアの自主規制については、出来たばかりで簡単に評価を下すべきではないが、活動の透明性から審理経過・判断内容等の情報を公開すること、広い市民的基盤の下に制度を構築することが必要
田島泰彦 155 4 - 14
  • メディアの自主規制の前提として、公権力からの十分な独立と自由、公権力との緊張関係が必要。また、重要な権利侵害は裁判にゆだねざるを得ないことなどから、自主規制を社会全体の中のサブシステムの一つと位置付けるという観点も必要
田島泰彦 155 4 - 14
<知る権利>→12 新しい人権 知る権利・情報に対する権利
<沈黙の自由>
  • 自分の表明したくないことを表明させられない沈黙の自由は、特にドイツで良心的兵役拒否という形で問題になった
初宿正典 154 6 - 10

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