第1部 憲法調査会の組織概要

1 憲法調査会の設置経緯

 憲法調査会は、「日本国憲法について広範かつ総合的に調査を行うため」(国会法第102条の6)、平成12年1月20日、第147回国会(常会)召集日に衆議院・参議院それぞれに設置された。現行憲法が施行されて以来、衆議院・参議院ともに、国会に正規の憲法調査機関が設置されるのは初めてのことであった。

 国会議員も参加する憲法を調査する公的な機関としては、かつて、内閣に「憲法調査会」が置かれたことがあった(憲法調査会法(昭和31年法律第140号)に基づく)。同調査会は、昭和32年から活動を開始し、以来7年にわたって調査審議を行った。調査は、第一段階:憲法制定に関する調査、第二段階:憲法運用の実際に関する調査、第三段階:憲法改正の要否・運用改善に関する審議の順で行われ、昭和39年にその報告書を内閣及び国会に提出し(改正の是非については両論併記)、その使命を終えた。

 同調査会では、総会の下に委員会・部会を設け、また全国各地で公聴会を開催した。同調査会は、報告書提出の翌年、昭和40年に廃止された。

 ところで同調査会は、委員50人以内をもって組織され、国会議員のうちから30人、学識経験者のうちから20人の範囲内において、内閣によって任命することとされた。実際には調査会設置をめぐり対立した政党等から委員が参加しなかったため、常時40人ほどの委員により構成されることとなった。調査期間が7年という長期にわたったため特に国会議員たる委員の間には入れ替わりも多く、任命された委員は73人を数えた。調査会長には、学識経験者の中から、英米法・公法の大家である高柳賢三東京大学教授が選任された。また、国会議員である委員の中には、憲法制定における国会審議の中心的人物であった芦田均元首相も含まれていた。なお、当時の委員の中で、第147回国会召集時点で現職の国会議員は中曽根康弘議員ただ一人であった。

 しかしながら、日本社会党は、国会で憲法調査会法案に反対するとともに、設置後も、同調査会への参加を最後まで拒否した。さらに、昭和34年に民主社会党が結成されたが、同党も参加を拒否、昭和37年に参議院の公明会にも委員が割り当てられたが参加しなかった。そのため、同調査会は憲法という国の最高法規を扱う調査会の性格及び任務に相応しい、超党派的構成をついに得るに至らなかった。いわゆる55年体制により自由民主党・日本社会党という二大政党が左右に分かれて鋭く対立する政治情勢下にあっては、改憲・護憲、特に憲法第9条を巡る憲法問題はその主要な対立軸の一つであった。日本社会党が憲法調査会の設置に反対し参加を拒否したのは、憲法を専門に調査する機関を公的に設置することが憲法改正に結び付くことを懸念したためであった。

 国会においても事情は同様であり、内閣憲法調査会に対応するような独立した憲法調査機関(委員会)が設置されることはなかった。したがって国会においては、憲法問題は、本会議、委員会等の場で、個別に議論されるにとどまっていた。内閣憲法調査会の廃止後も、基本的な政治情勢は変わらなかったため、憲法を専門に調査する機関が設置されないという状況が続くこととなった。この背景には、当時の我が国は、欧米へのキャッチアップという政財官共通の目標の下で、自国の復旧・発展が最大の関心事であり、まだ国際問題に積極的にコミットする立場になかったこと、国民世論も憲法改正を含めた積極的な憲法論議を容認するほどにはまだ高まっていなかったという事情もあった。

 しかし、憲法制定後50年余を経て、国際情勢や社会構造も大きく変化してきた。特に、我が国が経済大国として発展を遂げ、主要先進国としての地位を確立し、国際社会の中で大きなプレゼンスを占めるようになるにつれ、他国からも経済的支援にとどまらない積極的な国際貢献活動を期待されるようになり、国連平和維持活動などを巡り、国際貢献の在り方と憲法の関わりが広く論議されるようになった。

 このような諸情勢の変化を反映し、国会に総合的な憲法調査機関を置くことを求める声が高まり、平成9年5月には超党派の憲法調査委員会設置推進議員連盟が発足した。その後、各党間の協議を経て、11年3月から衆議院議会制度協議会の議論が始まった。同年5月に出された賛否両論併記の答申を受けて、衆議院、続いて参議院の各議院運営委員会で協議が行われた。その結果、平成11年7月に国会法の改正及び各院における憲法調査会規程の制定が行われ、第147回国会から両院に憲法調査会が設置されるに至った。平成9年以降の動きの概略は、後掲表のとおりである。

 今回の衆参両院の憲法調査会と内閣憲法調査会との最大の違いは、立法府に設置されたことに加え、憲法という国の最高法規を扱う調査会の性格及び任務に相応しい超党派的構成が達成され、国会内の全会派の参加の下に調査が開始されたことである。日本社会党の後身である社会民主党及び日本共産党が、設置に関する国会法改正には反対したものの、憲法調査会には設置当初から参加した。

憲法調査会設置に至る経緯(平成9年以降)
国会の動き 政党等の動き

平成9年

5月23日

 超党派の憲法調査委員会設置推進議員連盟(憲法議連)発足

平成10年

自社さ連立政権から社会民主党・新党さきがけの離脱確定

5月末

 自由民主党総務会で憲法調査常任委員会設置法案了承

12月1日

 民主党が憲法調査会設置、会長は吉田之久議員

平成11年

2月25日

 憲法議連の総会で、衆参両院に憲法調査会を設置すること、設置に向けた協議を各党間協議にゆだねることを合意

 

3月2日

 日本共産党、社会民主党を除く与野党幹事長が調査会設置検討を伊藤宗一郎衆議院議長に申入れ

3月1日

 与野党幹事長・書記局長会談で憲法調査会設置の是非を論議

3月24日

 衆議院議会制度協議会(衆院議長の私的諮問機関)の議論開始

(以後、4月13日、21日、5月12日、21日に協議 )

 

 

 

5月21日

 共産、社民両党が反対のまま、議会制度協議会の議論を打切り

 

5月3日

 憲法記念日に際し各党幹部が街頭演説会等で憲法調査会に言及。自民、自由、民主が憲法論議に賛成を表明、公明党の神崎武法代表も「情報公開、教育、環境など、憲法の理念に沿わない社会状況がある。憲法を議論することはプラス。10年くらいかけ議論したい」と、憲法調査会設置に賛成する考えを改めて表明。他方、社民、共産は反対を表明

5月25日

 議会制度協議会は、衆議院の憲法調査会設置で賛否両論併記の答申を議長に提出


5月28日

 衆議院議院運営委員会理事会で、民主党は、国会への憲法調査会設置に向けた国会法改正問題について、改正案作成のために議運委の国会法改正小委員会を開くべきだとの見解を提示。小委員会開会については、すでに自民、公明党・改革クラブ、自由の各会派が賛成し、民主党は態度を保留。他方、共産、社民両会派は「目的が分からない」などとして小委員会に反対したため、結論は持ち越し


5月26日

 憲法議連が憲法調査推進議員連盟に名称変更(*以下では憲法調査推進議員連盟の略称として「憲法議連」を使用)


6月3日

 衆議院の議院運営委員会理事会は、国会法改正小委員会の8日開会を決定。小委員会は中川議運委員長を小委員長とし、各会派の議運委理事で構成。共産、社民はオブザーバーで参加

6月2日

 憲法議連の中山太郎会長ら、斉藤十郎参議院議長に、憲法調査会設置のための国会法改正案の審議促進を要請


6月8日

 衆議院議院運営委員会の国会法改正小委員会で、自民党が憲法調査会設置についての国会法改正要綱を提示、論議開始

6月7日

 自由党、党大会で決定した政策提言「これからの自由党」の中で、憲法改正手続の法体系整備を提唱


6月15日

 衆議院議院運営委員会の国会法改正小委員会は、憲法調査会を原則公開とすることで一致。小委員会では、8日に示された自民党案に対し、民主党が①調査会の衆参両院設置、②調査会が決議・議案提出権を持たないことの明文化、③会長は議院で選出し、野党第一党から副会長を選出、④会議は原則公開、との修正を求めていたが、このうち、④について自民党が同意したもの

6月10日

 旧同盟系の労組による「憲法論議研究会議」(略称・論憲会議)が発足、ゼンセン同盟、ゼンキン連合、全郵政など連合内の19の旧同盟系労組の外、民主、自由両党所属の旧民社党出身国会議員や学者らも参加


6月29日

 衆議院議院運営委員会の国会法改正小委員会が、次期通常国会から衆議院に憲法調査会を設置するための国会法改正案と憲法調査会規程案を、自自公民の4会派で取りまとめ。ただし、採決は先送り

6月25日

 社民党の渕上貞雄幹事長、記者会見で、「国会法改正は全会一致が慣行である」として、与党側に同調した民主党を批判

7月6日

 衆院国会法改正小委、同議運委を経て、国会法改正案と憲法調査会規程案を衆院本会議で可決。同議運理で憲法調査会設置に関する申合せ


7月23日

 参議運理で憲法調査会設置に関する申合せ


7月26日

 憲法調査会を設置する国会法改正案が、衆参両院に設置する旨の修正を行った上で、自民、民主、公明、自由などの賛成多数で参議院本会議で可決。参議院憲法調査会規程案も可決


7月29日

 衆議院に回付された国会法改正案が衆議院本会議で同意されて成立

7月6日

 憲法議連の中山太郎会長が国会内で菅野久光参議院副議長と面談、衆議院本会議での国会法改正案可決を受けて、参議院でも憲法調査会設置に向け協議を急ぐよう申入れ

8月10日

 自由党の小沢一郎党首、自衛隊保持明記等を盛り込んだ「日本国憲法改正試案」を月刊誌『文芸春秋』9月号に発表

9月25日

 民主党の代表選挙で鳩山由紀夫議員を新代表に選出。「民主党代表選、憲法の見解で統一性に疑問、自・自『同じ基盤』歓迎」(新聞各紙)


9月28日

 自自公政策協議で自由党の主張する「憲法改正手続としての国民投票法制定」を三党合意事項に盛り込むか否かをめぐり対立

11月3日

 民主党の鳩山代表、党の憲法調査会を代表直属にすることを決定


11月24日

 民主党が同党の憲法調査会長に鹿野道彦議員を、現会長の吉田之久議員を会長代理にあてることを決定

12月16日

 公明党が憲法調査会(座長・太田昭宏幹事長代行)の設置を決定


12月27日

 民主党の鳩山代表が憲法改正試案を2、3年内に作成する意向を表明(読売新聞によるインタビュー)

平成12年

1月20日

 第147回国会(常会)召集、両院に憲法調査会設置

1月1日

 小渕恵三首相が年頭会見で憲法調査会の議論に期待する旨を表明

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