5 「基本的人権」に関する調査

 基本的人権の保障は、近代憲法の中核的要素であり、日本国憲法が、比較憲法的に見ても、制定の当時としては最新かつ念入りな人権保障規定を置いたことはよく知られている。その後半世紀あまりを経て、20世紀後半においては、人権保障の充実を目指す動きは国際的にも大きく進展し、多数国間の国際人権条約が多く結ばれ、各国においても各種人権立法や人権保障の判例集積がなされた。これらの影響を受け、我が国においても、明文化された人権の更なる充実のみならず、環境権やプライバシー権などの「新しい人権」の必要性などにも注目が集まっている。その一方で、権利ばかりが配慮され義務や責任がおろそかになっているとの議論も存在する。

 憲法調査会においては、基本的人権の意義、公共の福祉、権利と義務などの総論的事項に続き、各論についても入念な調査を行った。基本的人権各論の進め方については、一般の憲法教科書にあるように「精神的自由」から体系的に進めることも考えられたが、総論的事項で行った調査との重複を避け、また人権関係において特に現代的な問題として浮上している事項に焦点を合わせて効率的に審議を行うため、各論テーマを設けて調査することとした。

 具体的には、(1) 市民的自由 -表現の自由を中心にして-、(2) 経済的自由 -市場原理と社会権-、(3) 「人」の保障 -人間の尊厳-、(4) 人権保障の在り方と方法 、の4テーマを設定した。いずれも従来のカテゴリー・枠では捉えにくく、しかも喫緊かつ深刻化している人権問題、あるいは従来から存在しているものの、国際化や社会の変化の中で新たな角度から取り上げるべき人権問題であり、これらを重点的に調査しようとする試みであった。例えば、(1)  では、情報・放送の自由、情報公開、プライバシー、個人情報保護などを、(2) では、市場経済、雇用、セーフティネット、環境保護などを、(3) では、人格権、自己決定権、教育、家族、福祉、生命倫理などを、(4) では、デュー・プロセス、被疑者・被告人の権利、犯罪被害者の権利、簡便な人権救済手段の確保などを取り上げるものとされた。

 また、人権の現況を知るため、多くの人権諸団体・関係者から意見を聴取した。別項で触れる中央公聴会(「私たちにとっての人権」平成14年5月15日)も含め、身体障害者、在日外国人、少数民族等、いわゆる社会的弱者、社会のマイノリティからの意見も調査会の場で述べられ、貴重な調査資料となった。さらに、国際人権保障について、国際機関関係者、NGO、弁護士等の実務家を招き、充実した調査が行われたことも特徴の一つである。

学識経験者等からの意見聴取(第154回国会~第156回国会、第161回国会)

 憲法学者をはじめとする学識経験者等を招致し、意見を聴取し、質疑を行った。

 平成14年4月24日に戸松秀典氏(学習院大学法学部教授)、5月8日に初宿正典氏(京都大学大学院法学研究科教授)をそれぞれ招き、基本的人権の総論について意見を聴取し、質疑を行った。

 5月29日には、「公共の福祉、義務」に関し、中島茂樹氏(立命館大学法学部教授)及び百地章氏(日本大学法学部教授)から意見を聴取し、質疑を行った。

 6月12日には、「人権の国際化」に関し、国際連合人権促進保護小委員会委員の経験を持つ横田洋三氏(中央大学法学部教授)及び海外におけるNGO活動の経験を持つ戸塚悦朗氏(神戸大学大学院国際協力研究科助教授)から意見を聴取し、質疑を行った。

 11月13日には、「経済的自由」に関し、戸波江二氏(早稲田大学法学部教授)と労働法学者である西谷敏氏(大阪市立大学大学院法学研究科教授)から意見を聴取し、質疑を行った。

 11月27日には、「市民的自由」に関し、情報政策に詳しい濱田純一氏(東京大学大学院情報学環教授)及びメディア法に詳しい田島泰彦氏(上智大学文学部教授)から意見を聴取し、質疑を行った。

 平成15年2月19日には、「『人』の保障」に関し、平松毅氏(関西学院大学法学部教授)及び申惠ボン氏(青山学院大学法学部助教授)から意見を聴取し、質疑を行った。

 2月26日には、「人権保障の在り方と方法」に関し、常本照樹氏(北海道大学大学院法学研究科教授)及び刑事訴訟法学者である三井誠氏(神戸大学大学院法学研究科教授)から意見を聴取し、質疑を行った。

 平成16年11月17日には、さらに議論を深めるべき分野として、「新しい人権、社会権」を取り上げ、赤坂正浩氏(神戸大学大学院法学研究科教授)及び 憲法学者である西原博史氏(早稲田大学社会科学総合学術院教授)から意見を聴取し、質疑を行った。

日本弁護士連合会からの意見聴取(第154回国会)

 平成14年7月17日、日本弁護士連合会の人権擁護委員会元委員長岡部保男氏及び同委員会委員長村越進氏を招き、日本弁護士連合会のこれまでの人権擁護活動、裁判所・人権救済機関などの人権救済制度の在り方等に関する意見を聴取し、質疑を行った。

「基本的人権」についての団体等からの意見聴取(第156回国会)

 基本的人権に密接な関係を有する団体等からの意見を聴取し、質疑を行った。

 平成15年2月12日に、矢野弘典氏(社団法人日本経済団体連合会専務理事)は、経済的自由、生存権及び労働基本権の相互関係等について、草野忠義氏(日本労働組合総連合会事務局長)は、労働基本権等について、和田光弘氏(社団法人アムネスティ・インターナショナル日本理事長)は、死刑制度、難民保護等について、それぞれ意見を述べ、これに対する質疑を行った。

 3月12日に、秋辺得平氏(社団法人北海道ウタリ協会副理事長)は、アイヌ民族の自決権等について、目々澤富子氏(川崎市代表人権オンブズパーソン)は、子供の人権の保護等について、中嶋晴代氏(全国労働組合総連合常任幹事・女性局長)は、職場で憲法理念をいかすこと等について、東澤靖氏(弁護士)は外国人の人権保障の在り方等について、それぞれ意見を述べ、これに対する質疑を行った。

委員間の自由討議(第155回国会、第156回国会、第161回国会)

 第155回国会会期末の平成14年12月4日に、基本的人権を中心とした委員相互間の意見交換を行い、障害者の人権、外国人参政権、新しい人権、自由と責任、公共性等について、様々な意見が出された。

 さらに、基本的人権に関する調査の締めくくりとして、平成15年4月16日に「基本的人権」について委員相互間の意見交換を行い、新しい人権、権利と義務、家族、歴史、伝統、文化、教育等の重要性、男女平等の実現に向けた積極的な平等推進措置の必要性、外国人の人権保障、国際的な人権保障への対応等について、様々な意見が出された。

 その後、平成16年11月17日にさらに議論を深めるべき分野として新しい人権、社会権について調査した際には、憲法と現実の乖離、国民の義務等についても意見が出された。

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