[平和主義と安全保障]

1 第9条と平和主義の理念

 憲法前文と第9条において表されている平和主義の理念は、戦争の惨禍を経験した国民から広く深い共感を呼ぶ一方、憲法制定後すでに半世紀以上を経過した現在、国際社会の実態に果たして適合しているのか問題であり、現実に即した平和主義の考えを持つべきとの意見がある。これに対して、憲法に示されている理念は今なお有効であり、現実を理想に近付けるべきとの意見がある。これは、平和を求める理念は共通しても、平和という状態の具体的内容をどう理解するか、平和主義の内容としてどのようなものを考え、どのようにして平和を実現するかという実践の在り方についての考え方がそれぞれ異なることに起因すると思われる。

平和主義の意義

 平和主義の意義・理念を堅持すべきことは憲法調査会における共通の認識であった。

調査会では、

  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、戦後日本の平和国家としての国際的信頼と実績を高く評価し、これを今後とも重視するとともに、我が国の平和主義の原則は不変のものであることを強調し、今後とも積極的に国際社会の平和に向けて努力するとしている(自由民主党)、
  • 党の論点整理(平成16年)は、新憲法は、平和主義の原則が不変のものであることを明確に世界に宣言するなど、21世紀の新しい日本にふさわしいものにすべきとしている(自由民主党)、
  • 党の憲法調査会中間報告(平成16年)は、日本は、一国による武力の行使を原則禁止した国連憲章の精神に照らし、徹底した平和主義を宣明しており、この原則的立場については、平和主義を国民及び海外に表明するものとして今後も引き継ぐべきとしている(民主党)、
  • 平和憲法の理念、精神性は堅持すべきであり、むしろ今こそ国民全体で再確認し、今後、より積極的に国際社会に対し平和主義からのメッセージを力強く発信すべき(公明党)、
  • 憲法は、21世紀を平和で戦争のない世紀としようとする人々への導きの星となっており、これを守り抜くことへの世界の期待が強まっており、これにこたえるべき(日本共産党)、
  • 平和主義、国際協調主義が憲法の基本原理であることを再確認、明確化するため、前文は基本的に堅持すべき、
  • 日本の国の在り方を考えたとき、平和主義が国の基本、
  • 戦争をやらせないということがこの憲法の本質であり、恒久平和主義、主権在民、基本的人権の尊重は一体となっている、
  • 9条があるから平和主義が日本に生まれたのではなく、日本の長い歴史や所与の条件から平和主義があるということを踏まえ、さらにこれを押し進めていくことが重要、
  • 平和憲法は、核の時代の平和を先取りして、世界の理想を体現している、
  • 憲法は、今までどおり平和主義を貫き、理想として不戦国家であることを高らかにうたい上げるべき、

などの意見が出された。

平和主義の内容

 21世紀における平和主義の内容、平和主義の在り方について、様々な議論が行われた。

 平和主義の内容については、

  • 憲法の平和主義の原則は、一国による武力行使の放棄と国連主導の集団安全保障への積極関与の2点と考える、

との見解が示され、平和主義の在り方については、

  • 平和主義については、国際紛争を解決する手段としての戦争の放棄のみならず、国際社会に対する平和的貢献を積極的に行っていく旨をより明確に示すべきであり、憲法本文に国際協力にかかわる条項を設け、日本の国際協力の理念の提示と、国際社会の一致団結した活動への協力を明確に規定すべき、
  • 単に日本が国際平和を危うくしないだけではなく、国際平和貢献、紛争予防外交を積極的に展開し、平和への侵害があれば、国際的取極めに基づいて積極的にその復旧に努めてこそ国際の平和及び安全に最大限に努めたことになる、
  • 日本では、戦争体験に裏打ちされ、戦争の道具である軍事力そのものを全否定する純粋な平和主義が基調となったが、21世紀には、純粋な平和主義に代わり、人間の安全保障の考え方に示された未来志向の強靱な平和主義を確立することが必要、
  • 21世紀に目指すべきこの国のかたちは、積極的平和主義、すなわち国際貢献国家であり、平和人道国家を目指すべき、
  • 憲法が定めたからではなく、歴史、地政学上の当然の帰結として専守防衛を根幹とする平和主義が出てくる。これをリメークしてナショナルゴールを設定することが重要。日本の科学技術を総合し、人種や国境を越えた情報交流を図り人類の誤解と偏見を乗り越えるなど、わが国が先頭に立って情報による平和の創造を前文で訴えるべき、

などの意見が出され、

  • 武力による平和構築には問題のあることが明らかになり、前文と9条の下での日本のイニシアチブによる武力によらない平和構想を模索すべき。具体的方法としては、国連の枠組みの下での平和貢献、平和建設を改めて強調したい、

など、国連中心の平和主義を強調する意見も出された。

 さらに、平和主義に人間の安全保障の考え方を入れるべきとの立場から、

  • 日本は、テロ、貧困、戦争、地球環境、人口、感染症など、今日の国際社会が直面する深刻な不安の解決に対し率先して取り組むべきであり、その場合、一人一人の人間としての視点から、世界じゅうのすべての人々がこれらの脅威から解放され、人間として生存と尊厳が保障されるいわゆる人間の安全保障の確立が重要(公明党)、
  • 日本は、純粋な平和主義に代わり、人間の安全保障の考え方に示された未来志向の強靱な平和主義を確立することが必要、
  • グローバライゼーションの下、感染症、組織犯罪、テロ等が国際社会の共有する脅威となる中、従来の安全保障の概念を超えた新しい概念で対処する必要が生じ、国境を越えて、個々の人間を対象として人道的な立場から安全保障を考え直す人間の安全保障が議論されるようになってきている、
  • 日本は、国境を越えた人道の危機を克服するには国家中心の安全保障では限界があり、人間に焦点を当てた安全保障が必要であるとする人間の安全保障を外交の柱に位置付けており、そのために、ODAを戦略的に活用し、紛争地域の平和構築に国際社会と協力して積極的に貢献していくべき、
  • 人間の安全保障という考え方は、イラク・北朝鮮問題でも明らかなように、人権問題と密接に関連がある、
  • 恐怖と欠乏から逃れて平和に生きる権利が地球上の全市民に対して保障されること、人間の安全保障としての基本的人権保障こそ21世紀の課題、

などの意見が出された。

平和的生存権

 憲法前文で触れられている「平和のうちに生存する権利」についても、議論が行われた。

  • 平和的生存権とは、戦争や軍事力により自己の生命や生活を奪われない権利であり、徴兵を拒否する権利も含み、国の交戦権を否認して統治権を制限する権利としての意味を持ち、自由権であれ、社会権であれ、平和が確保されないと享受できない点で、最も根底的な21世紀の権利、
  • 平和的生存権を人権として保障するときの国家のイメージを考えると、平和を創造する、平和外交・予防外交を中心としたものになり、非戦のためのNGOに対する支援も含まれる、

などの意見が出された。

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