9 新しい人権(知る権利、プライバシーの権利、環境権、生命倫理、犯罪被害者の権利など)

 知る権利やプライバシーの権利、環境権など、内容的には従来の自由権、社会権に収まり切らず、条文上の根拠の点では個別の人権規定でカバーできない人権が、一般に新しい人権と呼ばれる。

 新しい人権については、どのような性格のものとしてとらえるか、そもそも憲法上の権利と言えるか議論のあるところであるが、新しい人権については、原則として、憲法の保障を及ぼすべきであるということが、憲法調査会における共通の認識であった。しかし、憲法にこれらの明文の規定を置くべきか否かについては、見解が分かれた。新たに憲法上の人権カタログに入れるべきとの意見がある一方で、13条、25条等は広く包括的な規定であり、解釈で十分読み込めるとする意見もある。

新しい人権として加えるべきカタログの内容

 具体的にどのようなものを憲法上の保障に値する新しい人権と考えるかについて、様々な意見が出された。

  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、新しく追加すべき権利としては、国民の知る権利、国民の個人情報を守る権利、犯罪被害者の権利、環境権、知的財産権、司法への国民の参加の権利を挙げている(自由民主党)、
  • 党の論点整理(平成16年)は、新しい人権に関して、環境権、IT社会の進展に対応した情報開示請求権やプライバシー権、科学技術の進歩に対応した生命倫理に関する規定、犯罪被害者の権利に関する規定を設けるべきとの意見が出たとしている(自由民主党)、
  • 党の憲法調査会中間報告(平成16年)は、新しい人権としてプライバシー権、名誉権、知る権利、環境権、自己決定権等を挙げている(民主党)、
  • 党の憲法調査会中間報告(平成13年)は、災害、テロ、凶悪犯罪、エイズなど現代市民生活の不安に対処する人間の安全保障という点も人権の問題として考える必要があるとしている(民主党)、
  • 知る権利、プライバシー権、環境権などの新しい権利は、現行憲法でも13条や25条などの解釈により導き出されるとの見解もあるが、最高法規である憲法に明確に定められていれば、下位法律を制定するときにより強い内容の法律にすることができる(公明党)、
  • できるだけ広く、分かりやすく、国際的水準に見合った人権を考えていくべきであり、プログラム規定と言われる場合があったとしても、環境権、プライバシー、知る権利等を加えていくべき、

などの意見が出された。

憲法上新たに規定を設ける必要性の有無

 憲法上、人権に関する規定を新たに設けることについて、時代の変化への対応、人権保障の明確化等を理由に憲法への明記を求める意見が出された。なお、現在の憲法の規定に基づく立法措置で対応できるとの意見も出された。

憲法上の規定を設けるべきとする意見

  • 党の憲法調査会中間報告(平成13年)は、人権保障がより明確になることを考慮して、新しい人権カタログを何らかの形で憲法規定の中に取り入れることを検討すべきとしている(民主党)、
  • 憲法制定時には予想もされなかった社会状況の変化に対応するには、人権保護の視点から新たな人権規定を設けるべき、
  • できるだけ広く、分かりやすく、国際的水準に見合った人権を考えていくべきであり、プログラム規定と言われる場合があったとしても、環境権、プライバシー、知る権利等を加えていくべき、
憲法上の規定を設ける必要はないとする意見
  • 新しい人権は、憲法の人権規定を踏まえて、国民の運動により発展的に生み出されてきた権利であり、13条など現憲法の人権規定により根拠付けられている。新しい人権は、憲法改正ではなく、憲法の基本原則に基づいて、法律により保障されるべきもの、
  • 憲法は、広い奥深い容器として時代に即応した新しい権利を抱き取るような柔構造、時代に弾力的に対応できる構造になっている。新しい人権については、基本法を制定し、個別法により具体的な権利を保障するシステムを採るべき、
  • 環境権、プライバシー権等新しい権利は幸福追求権や生存権規定に、報道の自由は知る権利に包含されており、新しい人権規定を憲法に追加する必要はない、

 なお、憲法の条文ではなく、前文で対応してはどうかとして、

  • 条文に環境やプライバシーが具体的に書かれていなくても、個人の尊厳を一つの価値とすれば、それが脅かされるような環境を許すことはできず、このようなことを前文に盛り込むことも一つの手法ではないか、

との意見も出された。

新しい人権を考える際の留意点

 憲法に人権規定を加えるか否かを判断する際の留意点、人権規定の実効性を確保するための留意点等についても意見が出された。

 判断する際の留意点としては、
  • 立法措置や現行憲法の解釈では十分でない場合に保護すべき新しい利益を人権カタログに加える必要があるが、その場合、その利益が個人の人格的生存に不可欠であって一般社会に承認されたものか、他の人権との調和はどうか、人権カタログのインフレを招かないか等の慎重な配慮が必要(公明党)、
  • 新しい人権規定を設けるか否かを議論する場合には、憲法上の人権規定を保障するシステムとしての立法・司法・行政の実効性の態様を検討し、憲法改正が必要か、システムに問題があるだけかを判断することが必要、

などの意見が出された。

 実効性の確保については、

  • 憲法の人権規定は、具体的権利義務の内容を明確にし、それを保障する付加的制度が不可欠であり、人権規定を憲法に規定するだけでは実効性に限界がある、
  • 人権規定の実効性を確保するには、具体的権利義務の内容を明確にし、保障する付加的制度が不可欠で、時代の進展に応じた人権保障を達成するには、憲法に新しい人権規定を追加するよりも、特に立法・司法分野における現実の保障システムの充実が望まれる、

などの意見が出された。

知る権利、プライバシーの権利

 国民主権の深化を目指す観点から、個人が有効に政治に参加するために公権力に対して情報の開示を求める知る権利及び個人の私生活の自由に由来し、自己に関する情報をコントロールするプライバシーの権利について議論が行われた。また、この二つの権利が対立しうることから、その調整の在り方についても議論が行われた。

 知る権利について、

憲法上の規定を設けるべきとする意見
  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、新しく追加すべき権利としては、国民の知る権利、国民の個人情報を守る権利等を挙げている(自由民主党)、
  • 党の論点整理(平成16年)は、IT社会の進展に対応した情報開示請求権に関する規定を設けるべきとの意見が出たとしている(自由民主党)、
  • 党の憲法調査会中間報告(平成16年)は、新しい人権として知る権利等を挙げている(民主党)、
  • 21世紀の新しい時代における人権の見方として、行政等に対する情報へのアクセス、IT時代における知的創造活動に必要な情報へアクセスできる権利とし、また人はだれでもコミュニケーションの主体として尊重かつ保障され、他者との交信、協働が支援される権利を有する意味のコミュニケーション権が挙げられる(民主党)、
  • 民主主義の基礎になるのは情報の正確な把握・取得であり、また、国民が行政・政治を信用する基は情報公開と言われていることを考えると、知る権利を憲法上規定すべき、
  • 自己決定権の延長として市民自治があり、情報提供と参加の機会はこのような集団での自己決定の場合にも当然必要であり、行政情報の公開は合意形成にとってますます重要となっている、
  • コミュニケーション権については、情報の収集、編集、発信、そのためのコミュニティの創造を支援される権利、また、他者がコミュニケーションを実現することを支援する責務について規定すべき、
  • 知る権利は自由な情報の流通プロセス全体を保障する意味に変わりつつあり、マスメディアの発達に伴い、情報収集活動が妨げられないという側面の権利、公権力に対する情報の開示という請求的な側面の権利を、国民主権の深化を目指す観点から憲法に明記することが必要、

などの意見が出される一方、

憲法上の規定を設ける必要はないとする意見
  • 知る権利は自由権的側面も請求権的側面も21条によって根拠付けられ保障されると いう見解が学界の通説であり、権利の保障強化のために、基本法の整備と発展こそが当面の課題となっている、

などの意見が出された。

 また、プライバシー権について、

憲法上の規定を設けるべきとする意見

  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、新しく追加すべき権利としては、国民の個人情報を守る権利等を挙げている(自由民主党)、
  • 党の憲法調査会報告(平成14年)は、プライバシーの権利を自己に関する情報をコントロールする権利ととらえ、憲法上の権利として明示することを検討すべきとしている(民主党)、
  • 情報化の進展に伴い、私生活をみだりに公開されない権利から、自己に関する情報をコントロールする権利として国民にも定着しつつあり、憲法上の人権として位置付けて明確にすべき(民主党)、
  • プライバシーは平穏な生活の基礎であり、新たな人権規定として憲法に明記することが必要、
  • マスコミやインターネットを通じた情報通信の発達により、今まで以上にプライバシーや名誉の侵害のおそれが広がっており、特に私人間においても侵害のおそれが広がっているので、憲法上明確にプライバシーの権利を規定すべき、
  • プライバシー権は、知る権利とのぶつかり合いを考えると、自分自身の持つ情報をある程度コントロールできる請求権的な内容も含んだものとして権利化していくべき、

などの意見が出される一方、これに消極的な立場からは、

憲法上の規定を設ける必要はないとする意見
  • プライバシー権が13条に基づいて保障される点に大きな争いはなく、判例も積み重ねられており、盗聴や個人情報の漏えい事件、監視カメラの在り方など、現行憲法の下でどのように権利を具体化するかが権利強化の決め手である、

などの意見が出された。

 なお、権利間の調整に留意する必要があるとして、

  • プライバシー権と知る権利は重要な権利だが、互いにぶつかり合う面もあり、調和点を考えた上で権利性を確立すべき、

などの意見が出された。

環境権

 健康で快適な生活を維持する条件としての良い環境を享受することを目的とする、環境権あるいは環境保全義務については、

憲法上の規定を設けるべきとする意見

  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、新しく追加すべき権利としては、環境権等を挙げている(自由民主党)、
  • 党の論点整理(平成16年)は、環境権に関する規定を設けるべきとの意見が出たとしている(自由民主党)、
  • 党の憲法調査会中間報告(平成16年)は、新しい人権として環境権等を挙げている、また党の憲法調査会報告(平成14年)は、人権としての環境権を基本にし、環境保全義務の規定を含むことが望ましいとしている(民主党)、
  • 25条の健康で文化的な最低限度の生活と13条の幸福追求の権利を根拠とする、健康で良い環境を享受する権利として明記すべきと考える(民主党)、
  • 良好な環境を享受し、国家及び国民が環境保護に努めるといった趣旨の権利・責務を定めるべき。かつ、自然から超然とした人間主義的な生き方ではなく、自然との共生を大きく織り込んだエコロジカルな視点に立つ環境権を定めるべき(公明党)、
  • 地球環境問題は日本の国際貢献の最重要分野の一つであり、同時に、日本は自然と共生してきた長い歴史と伝統を持っており、日本が環境を重視する国であることを憲法上も明らかにすべき、

などの意見が出される一方、これに消極的な立場からは、

憲法上の規定を設ける必要はないとする意見
  • 環境権の実現のために必要なのは、改憲による明文化ではなく、その権利を実現するための具体的権利、事業の差止請求権、環境団体の訴訟上の権利などを法律で定めることこそ当面の課題、

などの意見が出された。

 また、環境保全義務としてとらえた場合の義務的性格については、

  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、責務として追加すべきものとして、環境を保護する責務などを挙げている(自由民主党)、
  • 環境権については、将来の世代に対する責任、あるいは環境そのものに対する責任まで含めて考えるべき(民主党)、
  • 環境問題は深刻になっており、国家による環境破壊というより企業・個人など私人の活動が影響を与えているので、権利と同時に義務を果たすということも明記すべき、
  • 環境権は、個人の行政に対する請求権というよりも、個人も行政もともに受忍すべき未来に対する義務という性格を帯びるのではないか、
  • 環境権には良好な環境を享受することと、国家及び国民が環境保護に努めるという責任の両面があり、環境と人間が共存するというエコロジカルな視点を持った上で、いずれ新しい人権カタログに加えるべき、

など、これを積極的に解する意見が出された。

 さらに、環境権・環境保全義務を考える場合に留意すべき点として、

  • 環境保全のように社会的な広がりを持つ社会共通な課題については、これまでの権利義務概念を超えて、共同の責務、未来への責任という視点から 一人一人が果たすべき義務を規定すべきであると考える(民主党)、
  • 環境の意義、国際的責任、哲学など、環境権に対する国民の意識あるいは共感は極めて大事で、議論する際の重要な視点(公明党)、
  • 環境について規定するのであれば、経済活動の自由との調和という観点から経済活動に対する配慮も必要、
  • 公権力による侵害よりもむしろ、私企業によるものが論点となり、権利の実効性を考えると、私人間効力について憲法上どのように配慮するかを考えていかなければならない、

などの意見も出された。

自己決定権

 自己決定権とは、個人に属する事柄について公権力の介入・干渉なしに各自が自律的に決定できる自由と言われるが、学説上、その妥当範囲については争いがある。

 この自己決定権について、

  • 党の憲法調査会報告(平成14年)は、21世紀にますます大きなテーマになることが予測される自己決定権の実効性ある保障のため、これを憲法上の権利のカタログの中に可能な限り明示し、その保障を確実にする必要があるとしている、また党の憲法調査会中間報告(平成16年)は、新しい人権として自己決定権等を挙げている(民主党)、
  • 自己決定権の内容には、尊厳死を含む自己の生命・身体の処分、家族の形成・維持、個人のライフスタイル、リプロダクションにかかわる事柄が含まれるが、権利の内容を検討した上で憲法に明記すべきと考える(民主党)、
  • 自己決定権によって基本的人権と民主主義が結び付く。個人として尊重される主権者が自己決定をする機能が民主主義、
  • 自己の生命・身体の処分に関する自己決定権は、細胞まで含めて生命が本当に個人に帰属するのかという生命倫理の問題に絡み、どこまで個人のコントロールに属させるべきか検討すべき、

などの意見が出された。

生命倫理

 急速な科学、医学の発展に伴って、脳死、体細胞クローン技術の人間への応用など生命倫理の問題を人権との関係でどう構成すればよいかという課題が投げかけられている。

 こうした生命倫理の問題について、

  • 党の憲法調査会中間報告(平成13年)は、自己決定権について、公権力から干渉されることなく個人が自らを決定できる権利で、自己の生命・身体の処分にかかわる事項(臓器移植、延命治療、安楽死の可否など)や家族の形成・維持にかかわる事項があり、21世紀にはますます大きなテーマとなることが予測されるので、法的権利性を明確にすることが求められているとしている(民主党)、
  • 医療技術、科学技術の進展により際どい利益のぶつかり合いが生じてきているが、社会の秩序、家族関係、人間の本来の尊厳に深くかかわる問題であり、安易な自己決定にゆだねてはならず、慎重な検討が必要(公明党)、
  • クローン技術の人への応用やキメラの形成につながるような生命科学技術の人への応用は、将来世代や生態系に重大な影響を及ぼす可能性があるので、憲法レベルで規制の条文を盛り込むべき。スイス憲法のような包括的表現のものがふさわしい、

などの意見が出された。

知的財産権

 科学技術の急速な進歩を受けて、知的財産権についても議論が行われた。

憲法上の規定を設けるべきとする意見
  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、新しく追加すべき権利としては、知的財産権等を挙げている(自由民主党)、
  • 民主党は、知的財産権について積極的に考えており、憲法にきちんと位置付けることを提言している(民主党)、
  • 科学技術立国の推進のためには、知的財産立国の視点が不可欠であり、憲法にも知的財産権の保護に関する規定を設けるべき、
  • 日本の将来を考えると、国民の知的創造力を高めていくことが経済的にも文化的にも重要であり、幅広く知的創造活動の自由・権利といったものを憲法で保障していく取組が必要、

などの意見が出される一方、これに消極的な立場からは、

憲法上の規定を設ける必要はないとする意見
  • 知的財産権について、宣言的意味合いでその尊重や推進に触れてはどうかとの意見があるが、決して新しい権利ではないこと、触れていない権利はどうなるのかという問題にもかかわることなどから、触れ方は非常に難しいと感じる、
  • 知的財産権は、実定規範により発達してきたこと、憲法に書き加えても条約などにより変容していくということもある、

などの慎重な意見が出された。

犯罪被害者の権利

 現行憲法では、被疑者・被告人の権利擁護は規定されているが、被害者については保護規定はない。近時、精神的被害も含めた補償の必要性、刑事手続への関与の必要性等の観点から、犯罪被害者の権利の重要性が再認識され、犯罪被害者等が受けた被害の回復と社会復帰等が円滑に行われるよう「犯罪被害者基本法」が制定された。

 本憲法調査会ではこのような犯罪被害者の権利について議論が行われ、憲法上の規定を設けるべきとする立場から、

  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、新しく追加すべき権利としては、犯罪被害者の権利等を挙げている(自由民主党)、
  • 党の論点整理(平成16年)は、犯罪被害者の権利に関する規定を設けるべきとの意見が出たとしている(自由民主党)、
  • 加害者の人権については保護処置が講じられているが、被害者の人権についてはほとんど顧みられてこなかったので、犯罪被害者の人権を憲法に明記すべき(民主党)、
  • 犯罪者の人権は重要であるが、一方で被害者を軽視しているとの批判もあり、被害者についても、憲法上の規定を検討する必要があるのではないか、
  • 憲法には加害者である被告人に関する規定はあるが、過酷な状況に置かれた被害者の権利については触れられておらず、被害者の人権に関する規定も検討すべき、

などの意見が出される一方、

  • 被害者が当事者として裁判にかかわることは、裁判手続が糾弾手続になってしまうという悩ましい課題である。ただ、被害者が社会的サポートを受けなければならないということは事実である、

などの意見も出された。

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