[財政]

1 財政の基本原則 (財政均衡・規律、租税法律主義、公金支出・私学助成など)

 今日の財政状況の下で、財政民主主義、国会議決中心主義をより実質を伴うものとして見直すべきではないかなどが議論された。

財政均衡・規律

 憲法の財政に関する規定は手続的なものが中心であり、均衡予算原則や健全財政原則のような規律条項は置かれていない。現在の財政危機状況にかんがみ、ドイツ、スイス、イタリアなど、諸外国の例にならい規律条項を検討してはどうかなどの意見が出された。

  • 将来世代のことを考慮するという観点から、財政規律や財政の健全化を憲法に明記すべきとの意見は検討に値する、
  • 均衡予算・均衡財政に固執すると硬直化を招くが、財政赤字の状況やプライマリーバランスの確保を考えると、財政の健全性確保のような規範性を憲法に持ち込む時期に来ているのではないか、
  • 日本が巨額の財政赤字に至ったのは、財政に関する憲法の規制対象が手続面中心であることも一因ではないか。イタリア憲法には財源の明示のない新規予算を認めない規定があり、財政の運用面を規律する規定も考えるべきではないか、
  • EUには加盟国に財政赤字をGDPの3%以内に収めることを要求する3%条項があるが、これは加盟国が国民に財政支出削減への理解を求めるのに有用であり、このように財政規律について明確に書くのも一つの考えではないか、
  • 国債乱発が戦争遂行の重要な手段とされた戦前の反省に基づき、財政法に財政健全化規定が設けられたが、これが無視され、特例公債、赤字国債が恒常化し、今日の財政危機を招いた。憲法と財政法の精神に立ち返り、財政規律を回復することが必要、

などの意見が出された。

さらに、憲法に盛り込むべき規律の内容について、具体的な数値目標を盛り込むか否かについては、賛否両論があり、

数値目標を盛り込むべきでないとする意見
  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、健全財政に関する訓示的な規定を憲法上に置くとしている(自由民主党)、
  • 財政規律について明記すべきであるが、予算の弾力的運営の支障とならないよう、財政の健全性をうたうにとどまり、具体的な数値による規制は避けるべき、
数値目標導入を検討すべきとの意見
  • 財政の悪化は、最終的には増税の形で国民の負担になり、国民の財産を奪うことになること、さらには、債務返済のための国債の大量発行、その消化のための金利上昇、インフレといった懸念にもつながり、結果として国民の財産を奪うことになることから、財政規律について憲法に入れるべきであり、数値目標も検討してよいと考える、

などの意見が出された。

租税法律主義・税制の在り方

 租税法律主義は国民の財産権に直接かかわる重要な原則と認識されている。

  • 財政に関する規定に規範性を持ち込むことが租税法定主義という面での中身の充実化にもつながるのではないか、
  • 83条の国会議決主義、84条の租税法定主義など財政に関する憲法上の原則は、旧憲法の反省に基づくもので、今日の政治状況、国家財政の状況の下で一番重要になっている、

などの意見が出された。

 財政の機能として、所得再分配・資源再配分機能があげられるが、税制については、公平性・平等性・中立性等の課税原則が知られる。現在の税制について、

  • 憲法の下で、直接税主義、生計費非課税と累進課税、申告納税制が確立され、所得再配分機能を果たしてきたが、近年の税制改革はこれを覆し、大企業、高額所得者優遇となっている(日本共産党)、
  • 諸外国と比して所得の再配分機能が非常に弱まっている。定率減税の廃止・縮減、消費税の更なる引上げは、本来の憲法の財政民主主義、税制の民主的原則に反するものであり、憲法の税の在り方の原則に立ち返ることが重要である、

などの意見が出された。

 中でも、相続税の在り方については、評価が分かれ、

  • 社会権の実現には、富の集中と相続による富の承継はある程度コントロールすべきで、所得税と相続税の累進課税が所得の再分配を実現するかぎとなる、
  • 相続税の問題は平等の問題に絡んでくるが、相続税をなくし、大幅に減らすことは必ずしも機会の不平等につながらない、

などの意見が出された。

公金支出、私学助成

 公金支出規定は濫費を防ぎまた団体の自主性を確保することが趣旨であると言われている。民でできることは民へという流れがあり、NPOやNGOをはじめとする私人団体が活躍する現状を踏まえて規定を見直すべきではないかなどの意見が出されたが、これに対して、現代的意義から、同規定を維持すべきとの意見もあり、

  • 時代が変わりNPOなどに助成する必要もあろうが、その場合、公金の乱費が心配であるならば、財政規律の項目とセットにして公的助成の可能性を開くことも一つの道である、
  • 21世紀の憲法の在り方として、慈善・教育・博愛事業を民間支援の下に行う重要度が高まり、民ができることは民へという方向に国民のコンセンサスもある。89条後段は削除し、前段は存置することが今後の日本の在り方に適合する、
  • NPO・NGOや営利組織が公共政策の担い手となる中で、89条が社会福祉や教育分野での公の支配に属する場合のみ公金の支出を認めるという形で厳格な歯止めをかけているのは、財政規律の確保の観点からもいかがか、
  • 社会福祉法人などについては、寄付をした者がその分税を免除されるという形で、国家の関与なしに金を集められる制度があり、89条は現代的意義を持つ。条文を直すのではなく、宗教や信仰、内面にかかわるものに対して国が手を出すべきではないという理念をもう一度確認すべき、

などの意見が出され、また、

  • 89条の公の財産の用途制限に関して、宗教上の組織でも、社会的儀礼や習俗的・文化的行事の範囲内であれば許容されるとしたい、

との意見も出された。

 特に私学助成については、89条により公の支配に属しない教育の事業に対する公金支出が禁じられていることから、その憲法適合性が憲法制定当初から議論されてきた。実務上は法律が制定され、政府解釈、判例上も、合憲とされており、私学助成が必要であることは、本憲法調査会における共通の認識である。

 しかし、現行の憲法の規定のままでよいのかという点では見解が分かれた。

憲法条文の改正を必要とする意見
  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、現行でも合憲とされている私学助成については、違憲の疑念が抱かれないような表現とするとしている(自由民主党)、
  • 89条を素直に読めば私学助成は憲法違反と言わざるを得ないが、違憲だから全廃せよと言う人はいないであろう。条文が現実と合わず、現実の方が合理的な場合には条文を変えるしかない、
  • 私学助成については、89条後段を削除するだけではなく、積極的に私学助成について明記することも一つの方法、
  • 89条の公の支配に関する解釈論はあるが、基本法としての憲法の性格上、文言を離れて解釈論を展開することは避けねばならず、私学助成を廃止しないのであれば、89条は改正すべき、
  • 私学助成については、憲法の文言と運用の実態が懸け離れていること、教育分野における民間・私学の役割は高まる一方であることから、文言を見直し、場合によっては削除すべき、

などの意見が出される一方、

改正を不要とする意見
  • 89条は公教育を担う私立学校への助成を禁止する趣旨ではなく、私学助成は、憲法制定議会以来、憲法上是認されていると解されており、26条の立場からも当然の措置である(日本共産党)、

などの意見も出された。

 なお、宗教上の組織・団体のための支出規制については、戦前の経緯からも存続させるべき、存続させる場合でも習俗的側面が強いものについて規制を外すべきなどの意見があった。

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