第147回国会 参議院憲法調査会 第5号


平成十二年四月五日(水曜日)
   午後二時十七分開会
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   委員の異動
 四月四日
    辞任         補欠選任
     岩井 國臣君     佐々木知子君
     直嶋 正行君     柳田  稔君
 四月五日
    辞任         補欠選任
     扇  千景君     田村 秀昭君
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  出席者は左のとおり。
    会 長         村上 正邦君
    幹 事
                久世 公堯君
                小山 孝雄君
                鴻池 祥肇君
                武見 敬三君
                江田 五月君
                吉田 之久君
                白浜 一良君
                小泉 親司君
                大脇 雅子君
    委 員
                阿南 一成君
                岩城 光英君
                海老原義彦君
                亀谷 博昭君
                木村  仁君
                北岡 秀二君
                佐々木知子君
                陣内 孝雄君
                世耕 弘成君
                谷川 秀善君
                中島 眞人君
                野間  赳君
                服部三男雄君
                松田 岩夫君
                浅尾慶一郎君
                石田 美栄君
                北澤 俊美君
                笹野 貞子君
                高嶋 良充君
                角田 義一君
                簗瀬  進君
                柳田  稔君
                魚住裕一郎君
                大森 礼子君
                高野 博師君
                橋本  敦君
                吉岡 吉典君
                吉川 春子君
                福島 瑞穂君
                田村 秀昭君
                平野 貞夫君
                水野 誠一君
                佐藤 道夫君
   事務局側
       憲法調査会事務
       局長       大島 稔彦君
   参考人
       東京大学学生   古賀 光生君
       早稲田大学学生  馬場慶次郎君
       東京大学学生   平山 陽子君
       慶應義塾大学学
       生        中島  健君
       早稲田大学学生  石川 貴夫君
       龍谷大学大学院
       生        奥野 恒久君
       東京芸術大学学
       生        浅田 眞理君
       成城大学学生   西脇 伸幸君
       お茶の水女子大
       学学生      岡村 千尋君
       同志社大学学生  杉尾 巨樹君
       早稲田大学学生  中牟田 郁君
       九州大学学生   星原 大輔君
       東京大学学生   馬場 啓明君
       島根大学学生   那須  参君
       津田塾大学学生  横倉 由佳君
       早稲田大学学生  池田 光政君
       早稲田大学大学
       院生       秋葉 丈志君
       長崎大学学生   中園まどか君
       琉球大学学生   與那嶺 新君
       慶應義塾大学学
       生        尾台 弘明君
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  本日の会議に付した案件
○日本国憲法に関する調査
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○会長(村上正邦君) ただいまから憲法調査会を開会いたします。
 日本国憲法に関する調査を議題といたします。
 本調査会では、国民とともに論議する、過去と現在を踏まえつつ将来を見通しての論議を行うという二つの点を基本方針としております。これらの基本方針を踏まえ、本日は、学生とともに語る憲法調査会と銘打ち、将来の日本を担う若い学生の方々から憲法について率直な御意見を伺いたいと思います。
 本日の学生とともに語る憲法調査会には、百七十七名の参加の希望が寄せられました。本日は、この中から二十名の学生の方々にお越しいただいております。
 この際、お越しいただきました学生の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、本調査会に御出席をいただき、まことにありがとうございます。調査会を代表いたしまして厚くお礼申し上げます。
 若い皆さんの率直な御意見を賜りまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じます。よろしくお願いをいたします。
 それでは、最初に、御意見をお伺いする十名の方々を御紹介いたします。
 東京大学の古賀光生さん、早稲田大学の馬場慶次郎さん、東京大学の平山陽子さん、慶應義塾大学の中島健さん、早稲田大学の石川貴夫さん、龍谷大学大学院の奥野恒久さん、東京芸術大学の浅田眞理さん、成城大学の西脇伸幸さん、お茶の水女子大学の岡村千尋さん、同志社大学の杉尾巨樹さん、以上十名の学生の方々であります。
 本日の議事の進め方でございますが、学生の方々からお一人三分程度ずつ御意見をまずお述べいただきまして、その後、各委員との質疑応答に移りたいと存じます。
 なお、学生の方々、委員とも御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、まず古賀光生さんからお願いをいたします。
○参考人(古賀光生君) よろしくお願いいたします。
 憲法は国家の基本法ですが、近代憲法においてそれ以上に重要なことは、憲法は諸個人の権利を最終的に保障する規範であるということです。確かに、現代において権利や自由の乱用が社会正義に反する程度にまで振りかざされる傾向があります。しかし、そのことをもって基本的人権そのものをおとしめるような言説が流布していることは大変残念であります。
 憲法によって保障される基本的人権の尊重は、特定個人の利益のためにあるのではなく、一人一人の人間が最大限に尊重され、個性を発揮しながら生きるために不可欠な条件を万人に保障するためのものであり、言うならば正義の実現の要求にほかなりません。これは何らかの義務の見返りに与えられるものではなく、人が人であることから自明に与えられる保障であります。
 憲法をめぐる議論において現実と理念のギャップが取り上げられていますが、ここで注意が必要なのは、現実とはだれにとっての現実かということであります。
 憲法が保障しようとする権利は、歴史的に見て社会的弱者や少数者において侵害されがちなものでした。そのため、限界的に保護を与えようとする規定が時に非現実的に映ったとしてもやむを得ない場合さえあるのではないでしょうか。
 憲法が国家の統治機構について多くの条文を割いているのは、個人の尊重を可能にする体制を模索しているからにほかなりません。また、あらゆる条文が結局は個人の尊厳をいかに守るかを念頭に置いて編まれていると言っても過言ではありません。まず何よりこのような前提に立って議論がなされることを望みます。その上で、何が単なる放らつで何が正義実現の要求たる権利かを見きわめることが必要であると思います。
 また、そのような権利は積極的に国家によって保護されなければなりません。確かに、往々にして国家は人権を侵害する側に回ることがかつて多かったのですが、そのことをもって国家の果たすべき役割を過小評価してしまうのは大変もったいないことであると思います。先ほども申しましたように、少数者の権利は民主制下においてさえも時に容易に侵害され得ますが、憲法という根本の法で保障されることで、司法などを通じて権利の救済が可能であれば、国家機関が人権の擁護に積極的に関与できるはずです。そのような観点から統治機構について語られることを期待します。
 とても抽象的な話になってしまいましたが、具体的な条文の是非を論じる前にぜひ心にとどめおいていただきたいと思いましてお話しさせていただきました。
 以上で終わります。
 本日はありがとうございました。
○会長(村上正邦君) ありがとうございました。
 次に、馬場慶次郎さんにお願いをいたします。
○参考人(馬場慶次郎君) よろしくお願いいたします。
 私も、憲法調査会の議論に期待するものということで私の意見を述べさせていただきたいと思います。
 現行憲法は占領下にGHQから押しつけられたものというのは否定できないことであると思います。しかし、この五十年間の日本の発展は現行憲法の上に築かれたものでありますし、そこにうたわれた理念は大変立派なものであります。押しつけられた憲法だから改正すべきとか破棄すべきとかそういう議論ではなく、今の日本の現実に対応できていないからとか、日本のあるべき姿を示し切れていない、日本の目指すべき姿を示し切れていないからという視点から建設的な議論を行ってもらいたいと思います。
 私としましては、今の憲法の中には幾つか問題点があると考えており、改正も必要ではないかと思います。
 例えば憲法の文章がわかりづらいということが挙げられます。憲法とは国家の基本法であり、国民全員が共有すべきものであるはずなんですが、憲法学者の間ですら解釈が幾つにも分かれてしまっております。憲法を国民が共有できていないというのが現状ではないでしょうか。
 解釈に柔軟性が生まれるのは法律でありますから当然でありますが、全く正反対にも解釈できてしまうようなこの解釈の幅が広過ぎるというのはいかがなものかと思います。それは、国内の混乱と同時に海外での不信感をも生んでしまっております。日本は憲法上ですらうそをつく国だということを聞いたことがあります。憲法は世界に向けた公約でもあると私は考えております。その点を踏まえて議論してもらいたいと思います。
 また、憲法に書かれたものは絶対に正しいかといえばそうでもないと思います。制定当時は正しくても、時代の変化とともにその真実性が薄れていくこともあると思いますし、当時の認識違いということもあろうと思います。憲法は普遍的な理念であり、たやすく変えるべきではないとは思いますが、普遍的真理は次々に発見されていくというのが憲法の考え方でありますから、誤りがあれば勇気を持って改正すべきではないでしょうか。
 また、私の希望なんですが、現在の三つの基本原則に加えて、公共心の尊重といったものを基本原理に加えていただきたいと思います。
 先ほどの古賀さんが申し上げたとおり、近代憲法の制定史というのは、国家の抑圧からの個人の解放、個人の権利獲得の歴史であったかと思います。そこで、憲法には基本的人権の尊重というのが高らかに掲げられています。しかし、現在、国民主権が確立した今、国益と民衆の権利との二項対立という古い憲法の考え方の時代は終わったと思います。中世までは国益というのは国王の利益であったかと思うんですが、今は国民の利益というのが国益と等しくなっていると思います。現在は、行き過ぎた個人の権利を重視し過ぎているために、公の秩序といったものが乱れ、逆に国民の幸せが壊れていっているのではないでしょうか。個人の人権は大変尊重されるべきではありますが、社会の構成員としての個人といったものが自覚がなければ、それはまやかしの個人にすぎないと思います。ですから、公共心といったものを憲法に織り込んでいただきたいと思います。
 最後に、国会議員の先生方を目の前にして申すのもまことに恐縮なんですが、憲法の基本原理であります国民主権といったものが全く機能していないのが現状ではないかと思います。国会議員に主権があると勘違いされておられる方が中にはおられるのではないでしょうか。
 先ほどの首班指名のときに、自由党から保守党に行かれた方が森さんに投票したかと思いますが、その行動は全く理解できません。選挙のとき自由党に私も含め投票したはずであります。その人たちは、国民の声を無視して、今回は自由党に投票した有権者の声を無視した行動なのではないかなと思います。議員の私利私欲のための離合集散といったものは国民主権に背いているものではないでしょうか。
 私の考えは以上でありますが、十年後、二十年後の日本を見据えて国民の立場に立った議論を先生方にはお願いしたいと思います。
 以上であります。ありがとうございました。
○会長(村上正邦君) ありがとうございました。
 次に、平山陽子さんにお願いをいたします。
○参考人(平山陽子君) 東京大学医学部六年の平山陽子です。
 私のテーマは、憲法調査会に期待することです。皆さんの議論の中で再三言われていた憲法と現実の乖離という点について、日々医療現場で学んでいる医学生の立場から申し上げたいと思います。
 私は、憲法の精神をもっと大学教育に実践的に取り入れる必要があると考えています。理由を医学部における一つの例をもとに述べたいと思います。
 インフォームド・コンセントというのは既に一般的によく知られている概念ですけれども、医療現場では単に訴訟対策という視点で語られることが少なくありません。そのような場合、形式的な説明や一方的な告知で終わってしまいがちです。
 しかし、憲法十三条の個人の尊重、生命、自由、幸福追求の権利や、二十五条の生存権に照らしてみれば、患者さんが自分自身の病について知り、価値観に基づいて治療法を選択するという権利は最大限尊重されるべきであり、そういった視点に立てば、医者の側も患者さんのために納得いくまで説明し、困難な選択をともに行うという本来のインフォームド・コンセントを行うことができると考えます。
 また、この問題について、教育とは別ですけれども、患者さんへの説明といったことには現在全く診療報酬制度がついていません。現行の医療制度のもとでは三分間診療を余儀なくされています。こういったことも医師、患者間のコミュニケーション不足の原因となっています。これは、憲法二十五条の国の社会保障義務という項目にも反していると思われます。
 最近、医療現場での不祥事が相次ぎ、医療改革は国民からの切実な要求となっています。しかし、現在の医学教育では疾患の生物学的側面のみが重視され、人権や倫理といった社会真理的側面は軽視されがちです。これでは国民の求めている医療改革はできないと思います。
 以上をまとめますと、医学教育には人権や倫理といった視点が欠けています。憲法の視点を取り入れることが国民の求める医療改革の第一歩だと思います。また、こういった問題は、医学部のみならず、大学の理系教育において考えられることではないかと私は思っています。したがいまして、当調査会にはこういった大学教育の問題点の調査と、憲法の視点からの改善の提案をお願いしたいと思います。
 以上で私の発表を終わらせていただきます。ありがとうございました。
○会長(村上正邦君) ちょっと速記をとめてください。
   〔速記中止〕
○会長(村上正邦君) 速記を起こして。
 ありがとうございました。
 次に、中島健さんにお願いをいたします。
○参考人(中島健君) 慶應義塾大学法学部法律学科三年の中島でございます。
 それでは、意見を述べさせていただきます。
 私が思いますに、今日求められる憲法論議とは単に憲法にまつわる議論をするということではなく、憲法が実現しようとしている正義や理想それ自体を再検討する立憲的な議論であると思います。そして、憲法の理念がなぜ政治に生かされていないのかというたぐいの議論、これは通常の国会審議や裁判所に担当していただくべきことではないかと存じます。
 一例を挙げますと、私が現行憲法中特に疑問に感じますのが、前文や九条に象徴されます憲法平和主義であり、今や我々は九条の憲政史上の役割について事実に基づいた正しい認識が必要であろうかと存じます。
 と申しましても、これは押しつけだから問題だということではありませんで、一見美しい理想が並べられている憲法平和主義の時代的あるいは国際政治的経緯を想起せよということであります。例えば、戦後我が国が成功したのは平和憲法のおかげで戦争に巻き込まれなかったからだという俗耳に入りやすい議論がございますが、私には真実は全く異なるように思われます。
 すなわち、国際政治を力、利益及び価値の三つの体系によって構成されているとしますれば、戦後我が国が国際社会の中で発展し得たのは、在日米軍と自衛隊という力によって戦争を抑止し、さらに幸運にも自由貿易体制による恩恵を受けられたからにほかなりません。戦後、先進国による侵略戦争が減ったのも、安定した秩序の方が利益を生み、侵略が経済的に引き合わなくなったことが最大の原因であって、人類が戦争は悪であるといった高邁な道徳に目覚めたからではございません。
 国際政治の要素としての力の意義があたかもないかのように見せかけ、我が国が国際秩序の形成に主体的に関与する余地を与えない現行憲法は、我が国が米国の庇護下にあった冷戦時代にのみ妥当する歴史的条文であります。
 しかるに、今日、冷戦終結後十年がたとうとしておりますが、九条は普遍的価値であり、日本を戦争から守ったという錯覚が依然続いておるように思われます。そもそも、人間は理性的動物であると言われますように、理想それ自体は現実と独立して存在することはできません。
 私が憲法調査会に期待いたしますのは、憲法という理想像の政治的、歴史的背景を謙虚に認識した上での、我が国が国際秩序の形成に主体的に関与しなければならない新時代にふさわしい憲法を模索するタブーなき立憲的議論であります。
 以上で終わります。
 御清聴ありがとうございました。
○会長(村上正邦君) ありがとうございました。
 次に、石川貴夫さんにお願いをいたします。
○参考人(石川貴夫君) 早稲田大学政治経済学部政治学科四年の石川貴夫です。
 本日、発言の機会をいただきましたことを大変感謝いたしますとともに、国民の一人として小渕前首相の御回復を心よりお祈り申し上げます。
 さて、憲法とは国の形であると言います。我が国の憲法は、我が国の偉大なる歴史、誇りに満ちた今、そして希望と責任ある未来の象徴であるべきです。
 昨今において、日本国憲法は第二次世界大戦後の占領軍からの押しつけであるという議論があります。事の真偽を断ずるに足る知識は私にはありません。しかし、少なくともそのような疑念がわくこと自体に大きな問題があると言わざるを得ません。
 我々国民が我が国の憲法に対して、日本国民の日本国民による我が国と世界の平和を目指すものであると確信できないとすれば、それは国家の存在意義そのものが危機的な状況であると思います。また、前文に加えて条文は百三カ条に及ぶにもかかわらず、日本国憲法は半世紀以上前の全くそのままの姿です。それが今日我々国民の求めるものであるとは思えません。
 我が国の最高法規であるはずの日本国憲法は、守られてきたのではなく実は置き去りにされてきたと言う方が正しいのではないでしょうか。それはつまり護憲ではなく棄憲です。
 国内外において国民の命さえも満足に守れない憲法などあってよいはずがありません。国民の命と安全を保障するために現実に存在している自衛隊を明確に定義できない憲法などあってよいはずがありません。さらに、日本国民に恩恵を保障したとしても、我が国の援助を求める諸外国からの要請にこたえられない憲法などあってよいはずがありません。憲法違反を問うよりも憲法が現実違反であることを問題にすべきです。同時に、時の政治権力が恣意的に憲法を曲解するようなすき間も決してあってはなりません。解釈の変更は余りに危険なレトリックだと感じます。
 熟慮過程を経ずに憲法を変えるべきではありません。しかし、憲法は神聖不可侵なものでは決してなく、あくまでも我々日本国民の民主主義への不断の努力の象徴であるはずです。その努力を怠り、しり込みしてしまうことは、まさに不名誉な恐れであると思います。
 確かに、現行の日本国憲法にはすばらしい点がたくさんあると思います。しかし、それをより今日に適した形にしていくことは当然のことです。改悪になる可能性があるから国会は決して発議しないというのは、実は主権者である我々国民を信頼していないからだとしか思えません。
 我々は今、希望と勇気と責任を持って新しい時代を切り開いていくべきです。恐れに彩られた停滞は、まさに退行を意味するに等しいと考えます。もし論憲に終わってしまっては、それは取り返すことのできない歴史的な過ちになると私は確信します。
 ありがとうございました。
○会長(村上正邦君) ありがとうございました。
 次に、奥野恒久さんにお願いをいたします。
○参考人(奥野恒久君) 京都にあります龍谷大学大学院で憲法学を専攻しております奥野恒久です。大学を卒業してから少しブランクを置いて大学院に入りましたもので、三十を過ぎているんですけれども院生ということで応募させていただきました。
 三点ほど述べさせていただきたいと思います。
 一つは、私を含めましてかなり多くの人たちが今の日本という国についてこれからどうなるんだろうかという不安を持たれているんじゃないかと思います。日本のこれから進んでいくべき指針といいますか哲学、これが今ないんじゃないかとさえ思うわけです。
 二つ目です。では、その哲学とか指針として何がいいんだろうかと考えましたところ、今いろいろと言われておりますけれども、私は、日本国憲法、これを掲げていくべきだ、こういうふうに考えます。
 それは、日本国憲法が例えば第九条の先駆性といったそういうものを含んでいるということも当然あります。しかし、それ以上に私が重要視したいのは、戦後半世紀以上にわたって私たちや私たちの先輩方は、日本国憲法という後ろ盾を持って生活を営み、日本国憲法を武器にして運動をし、私たちの暮らしとか平和とか社会、これをよくしよう、守っていこうとしたはずです。憲法といいますのは形だけ見れば百三条の条文にすぎません。しかし、これによって、こういった運動、力強い運動が憲法に内容を込めてき、魂を入れてきた、そういうふうに考えるわけです。
 その意味からいたしまして、今の状況の中で私は断固として護憲です。今の日本国憲法、これを掲げ、そして日本国憲法が発するメッセージ、これを広め、そして私自身もそれに努めていきたい、こう決意しております。
 最後になります。日本国憲法が発するメッセージとは何か。
 今、地球自体が環境の問題、資源の問題で、二十一世紀の地球はどうなるのかという危惧を持たれているときです。それに対し、日本国憲法から二つのメッセージを読み取ることができます。一つは、日本みずからが軍縮を進めることによって世界の軍縮のイニシアチブをとる。もう一つは、今の豊かさとか今の繁栄、果たしてこれがいいのかどうか問いかけてみる。この二つのことを日本国憲法のメッセージとして受け取ることができるんじゃないかと思います。
 この路線は、普通の国になるという路線とは全く違います。しかし、日本がこの路線に向かって誠実に歩むのであれば、世界からもある種一目置かれる存在として私たち自身も胸を張っていくことができるかと思います。日本国憲法を基準に置いて二十一世紀を切り開いていきたい、そのように切に思う次第です。
 ありがとうございました。
○会長(村上正邦君) ありがとうございました。
 次に、浅田眞理さんにお願いをいたします。
○参考人(浅田眞理君) よろしくお願いいたします。東京芸術大学三年の浅田眞理と申します。
 私は、東京芸術大学で日本舞踊を専攻しています。今まで専門的に憲法について学んだということはありませんでしたが、日本の伝統文化を学んでいる体験を通して私が感じてきたことを率直に述べたいと思います。
 私がきょうここで述べたいことは、自由と決まり事を守るということの関係についてです。
 昨年、埼玉県の所沢高校で、生徒たちが学校側の卒業式には出ずに自分たちで卒業式を開くということがありました。生徒たちの見解としては、自分たちは自由に生きる権利があるのだから学校側の決まり事に従う必要はないということであると思います。
 しかし、先日、大学の能のレッスンで先生が非常に興味深いことを言っておられました。能の中には決して破ることのできない型というものがある、しかし、型を守ることで自分の心まで束縛されるかというとそうではない、自分の心はあくまでも自由なんだ、その自由な心を型に込めようとすることでより自分の感情が生き生きと見ている人に伝わる、それがおもしろいから僕は能を続けている。
 私も日本舞踊を専攻していますので、先生が言っておられることはよくわかります。すばらしい踊りを踊るためには、まず先人たちがつくり上げてきた型をしっかりと学ばなければなりません。型を軽視し自分勝手に振りつけをしたのでは、魅力ある踊りを踊ることはできません。私は、日本舞踊を通じて、伝統に培われた型、決まり事をしっかりと学ぶことの大切さを教えられたと思います。
 この型を学び、とうとぶという考え方が所沢高校の生徒たちに全く見られないということが私は残念でなりませんでした。国旗を掲揚し国歌を斉唱し、厳粛な空気の中で新たな旅立ちをしていく、そうした卒業式の型、決まり事を尊重したからといって、それで内心の自由まで束縛されるわけではないのではないかと思います。むしろ、決まり事をとうとぶ中から、その決まり事を生み出してきた先人たちの思いをしのんでいく、そうすることで初めて自分らしい創造性も生まれてくるのだと思います。
 ところが、憲法では自分の自由や権利だけが強調されていて、先人たちが築いてきた型を守り受け継ぐ中で新しい創造をなしていくという考え方は軽んじられているような気がいたします。果たして、自分の権利や自由を絶対視する憲法の考え方だけで日本の歴史、伝統を継承、発展させていくことができるのでしょうか。
 少なくとも、世界に誇るべき日本の伝統芸術である日本舞踊に関していえば、型を守る、伝統に基づく決まり事を尊重するという考え方がなければ、その芸術性は守っていけません。個人の自由は大切です。しかし、先人たちが築いてきた型を守り受け継ぐ中で新しい創造をなしていくという考え方を憲法に盛り込んでいかなければ、すばらしい文化と芸術を守り発展させていく日本であり続けることは困難であると思います。
 芸術や文化を守る日本にしていけるような趣旨をぜひ憲法前文に盛り込むことを検討していただきたいと思っております。
 最後に、憲法のことについて専門的に学んでいない私がここで申し上げることによって、憲法というものは生き方そのものであり、今国民すべてが考えていくべきことであるという実感を皆さんに抱いていただければ幸いなことだと思います。
 以上で終わります。
 ありがとうございました。
○会長(村上正邦君) ありがとうございました。
 次に、西脇伸幸さんにお願いをいたします。
○参考人(西脇伸幸君) 私は、成城大学法学部法律学科三年生の西脇伸幸です。
 本日はこのような機会をいただき、ありがとうございます。
 私は現在二十歳でありまして、いまだ参政権というものを行使したことがありません。本日、参議院の首班指名選挙の方は傍聴させていただきましたが、衆議院の首班指名選挙の方は結果を知りませんが、恐らく指名されたと思われます森喜朗現首相及び政府・与党の方々には、私に早期に参政権を行使させていただけるような配慮を求めたいと思います。
 前置きが長くなりましたが、意見を今から述べさせていただきます。
 今日、日本は国際社会においてさまざまな貢献と責任を求められる立場にあるとされています。先進国の一つに数えられ、第二次世界大戦後、未曾有の経済成長をなし遂げた日本に対して、国際社会は従来の経済的貢献のみならず人的貢献を強く求めています。それに対して、カンボジア、モザンビークにおけるPKOに対する自衛隊の派遣及び文民警察官の派遣などといった人的貢献の試みが実現されています。しかし、果たしてこれだけで足りるのでしょうか。
 例えば、日本の小中学生に日本国憲法について知っていることを教えてくださいと質問すれば、ほとんどの人が戦争放棄をうたった第九条のことに関することを答えると思います。それは、私たち日本国民の心の中に憲法の重要な価値観の一つとして、二度と第二次世界大戦のような戦火を起こしてはいけないという平和主義の考え方が浸透していることを示していると思います。
 そして、私たちには経済的貢献、人的貢献だけではなく日本国民が享有してきた平和主義という考え方を世界に広めていくという、いわば外交的な貢献が必要なのではないかと思うのです。
 いまだ世界には、大小さまざまな紛争の火種がくすぶっていると言われています。全世界的な宗教対立あるいは民族対立を原因とするそれらの紛争は、大国の軍事力の理論では到底解決できない深い歴史的、精神的背景を持っています。そのような紛争にこそ、日本は世界の一員として、また日本国憲法という平和憲法を担う一員として解決の手助けに臨むべきではないでしょうか。
 憲法調査会には、憲法の制定過程の調査や憲法改正項目の検討といった、憲法学を学ぶ身からすれば極めて重要で興味深いテーマについて議論が深められると聞いていますが、ぜひその中で、日本の平和憲法の精神をいかに世界に伝えていくべきかということの議論がなされることを私は期待したいのです。
 具体的には、憲法の精神を伝える使節団の派遣などといったことが考えられるのではないかと思います。この平和憲法の精神は、憲法制定過程にいかなる問題があろうとも、変わることなく日本国民が持ち、世界に伝えなければならない精神であると思います。
 最後になりましたが、今回、このような学生と憲法について語る企画はとても重要で有意義なことだと思います。ぜひとも今後は、学生に限らずさまざまな分野の人々、特に憲法の人権規定に関係する医師や報道機関の方々などを交えて有意義で建設的な議論を交わすことによって、憲法調査会が大きな業績を残されることを期待しています。
 以上です。ありがとうございました。
○会長(村上正邦君) ありがとうございました。
 西脇さんの御提案どおり、各層の方々とこういう調査会をこれから企画いたしております。
 次に、岡村千尋さんにお願いをいたします。
○参考人(岡村千尋君) 私は、今までの方と若干違う視点からの発言になるかと思いますが、憲法十四条の法のもとの平等という条文について、女性の暮らしの観点から発言します。
 まず、憲法の歴史を振り返ってみますと、明治憲法においては女性は男性に従える者として扱われていました。私は、卒業論文で、戦前の女性の大学教育について調査研究することを通じて、戦前、憲法で女性の基本的人権が認められていなかった中で、女性が大学で学んだり社会に進出していくには血のにじむような努力や苦労が必要だったこと、そのような苦労や努力を重ねて時代を開拓していった女性がいたことがわかりました。世界的な男女平等の流れを背景にしたそれらの女性の功績が憲法第十四条の制定に大きな役割を果たしたと言えます。
 そのような歴史を顧みれば、憲法十四条に支えられた現在の女性の活躍は目覚ましいものがあります。高等教育への進学率、就業率も年々上昇しています。その意味で、私たち女性にとって憲法十四条がかけがえのないものであることは確かです。
 しかし、女性の暮らしは戦前とは比べものにならないほど平等で自由なものになったとはいえ、決して十分なものとは言えません。労働の現場においても男女差別はなくなっていません。募集、採用に始まり、昇進昇格差別、賃金差別などさまざまな形での女性への不当な差別が依然残っています。政治、行政への女性の参加率が大変低いことも御承知のとおりと思います。育児や介護に対する社会的なサポートが不十分な状況の中で、労働における女性の差別が合理化されていると思います。世界一の働き者と言われる日本でたくさんの人が家事、育児に十分に参加するゆとりもないほど働いている、そういう事実も見逃せません。大学においては、学問を盾に女性の性をもてあそぶようなアカデミックハラスメントが起きています。社会全体を見ても、セクシュアルハラスメントやレイプなど性暴力の被害が後を絶ちません。
 このように、憲法に反して女性の人権を侵害するような行為や風潮が社会全体に根強く存在していることは事実です。憲法には、男性、女性、既婚者、未婚者を問わず、一人一人を個人としてその人権を尊重することが明記されています。
 二十一世紀に向けて、男性の力も女性の力も十分に発揮できる、そういう日本をつくっていくためには、今あるような憲法と現実のギャップを直視し、改善し、私たちの暮らしの中に憲法を実現していかなければならないと思います。そのためには、政治、行政、労働、教育など、多方面にわたって意識の啓発と同時に、女性だけでなく、男性も人間として当たり前に望むようなライフスタイルを確立していけるような、そういう社会環境の整備が急がれていると思います。そして、このような憲法調査会などの場、その他の場での社会全体での議論が必要だと思います。
 以上で発言を終わります。
○会長(村上正邦君) ありがとうございました。
 次に、杉尾巨樹さんにお願いをいたします。
○参考人(杉尾巨樹君) 御指名いただきました同志社大学をことしの三月に卒業いたしました杉尾巨樹と申します。現在は同志社大学の方で聴講生をしています。
 僕は、ここで皆さんにお願いしたいんですけれども、ぜひともこの憲法、日本の最高法規である憲法を学校の授業の中に取り込んでいただけないか、そのような発言をしたいと思います。
 日本には道徳というものが長い歴史、伝統、文化の中で残っているというふうによく言われます。
 ここで、この間偶然読んだ新渡戸稲造という方の「武士道」という本の前書きにこういうふうな一文がありました。新渡戸稲造がアメリカに留学しているときに、アメリカの有名な法学者、名前はちょっと忘れてしまったんですけれども、その方と散歩しているときに話が道徳の議論に及んで、新渡戸稲造が日本には国としての宗教のようなものはないというふうに発言したときに、その学者が、宗教がないのにどうやって道徳を教えているのですかというふうな質問が書いてありました。
 確かに、抽象的な意味での道徳というふうなものは何かあるとは思うのですけれども、それが具体的な何かとして残っていない。その結果、少し前にいろいろ問題になりましたけれども、援助交際というものがはやりました。ただ、その援助交際をしている女子学生に対して、何でそれをしていけないのだろうかというふうな説明を僕はどう考えても及びもつかないんですね。
 そこで、ぜひともこの道徳にかわるものとして憲法というものを定義づけられないだろうか、そういうふうに期待しています。ですから、もし憲法を子供に教えるというのがとんでもないというのであれば、ぜひ子供に教えられるような憲法に変えてほしいと思います。
 また、今の憲法はなかなかかた苦しい表現で、大学生になった私が読んでもなかなか理解することが難しいので、ぜひとも中学生、できることなら小学生でも理解できるような平易な文章に変えていただきたい。そういったことで国民の憲法意識を高めて、その上でより高いレベルでの憲法改正論議をしていければよいのではないかと思っております。
 以上。ありがとうございました。
○会長(村上正邦君) ありがとうございました。
 前半十名の学生の皆さんの一通りの意見陳述をいただきました。
 これからこの意見陳述に対しまして各委員から質疑応答に入りますので、よろしくお願いを申し上げます。
 なお、時間が限られておりますので、質疑はお一人五分以内でお願いをいたします。
 あわせて、質問者は、学生の皆さんのお手元には各会派とお名前は配付しておりますが、やはりあらかじめ会派をおっしゃっていただいて質問に入っていただいたらより親切なのかなと、こう思いますのでお願いを申し上げます。
 なお、学生の皆さんに各会派からまず代表の方お一人ずつ順次御発言を願って、後、時間がございましたならば、それぞれ自由に質疑を、挙手またはあらかじめ事務局の職員に申し出ていただいておれば、それに従って御指名をさせていただきます。よろしゅうございますね。
 それでは質疑に入ります。
 順次御発言を願います。世耕弘成委員。
○世耕弘成君 自由民主党の世耕弘成でございます。
 私は、きょう自民党の中では一番皆さんの世代に近いだろうということでこの質問のチャンスを与えられているわけですけれども、まず冒頭、全員にちょっとお聞きをしたいんですが、学校でも構いません、御自宅でも構いません、あるいはモバイルでも構いませんけれども、インターネットをお使いになる環境になっている方、ちょっと挙手をいただけますでしょうか。──はい、わかりました。
 こういう状況でございますので、会長あるいは幹事の皆さんも、先日ホームページを開いていただきましたけれども、インターネットによる一層の議論の公開というのを進めていただきたいということをまず冒頭お願いをしたいと思います。
 それでは移ります。
 聞くところによりますと、今回この会への出席希望が百七十七名あったと。そのうち約八割以上が何らかの形でやはり憲法を変えることが必要だという立場に立っておられたということを聞いております。私もそうですけれども、二十一世紀に長く生きることになる世代にとっては、二十一世紀を生きていく道具としてやはり憲法がちゃんと現実にマッチしたものである必要があるという考えを持っておられるのだなということを感じた次第でございます。
 さて、質問に移ります。
 まず浅田さんにお伺いをしたいと思います。
 浅田さんは、まず先人の例に学ぶべきであるということをおっしゃいました。あるいはまた、日本の先人がつくってきた伝統文化を何らかの形で憲法に織り込むべきだというふうにおっしゃいました。私も基本的には大賛成であります。
 歴史を振り返りますと、日本人というのは、変動期にあって、その変動期の中で国がどうあるべきか、何を目指すべきかということをきっちりとうたい込んだ憲法あるいは基本法といったものを自分の力でつくる能力は過去持ってきたんですね。聖徳太子の十七条憲法もそうですし、大宝律令あるいは御成敗式目あるいは五カ条の御誓文、いろいろ例を挙げれば枚挙がありませんけれども、そういう実例がたくさんありました。そしてその中には、それぞれ例えば和の精神だとか、あるいは道理の精神だとか、あるいは話し合いで物事を進めていこうという日本独特のすばらしい精神文化が織り込まれていた、私はそういうふうに考えます。
 そしてまた、浅田さんは型ということをおっしゃいましたけれども、私もこれはある方から伺ったんですけれども、お茶でも日本舞踊でも、日本の伝統的なものの中にある型というのは、これは決して型単体ではなくて、必ず日本人の体だとか心に非常に合理的につながっているんだということを伺ったことがある。だから日本の精神文化というのは極めて合理的なところがあるんだと、私はそう思っているんです。
 二十一世紀を目前にして、環境問題だとか情報化だとかグローバリズムの進展だとかいろんなことがある。またいろんな不祥事が起こっている。日本人がどんどん今自信を失っている。そういう中でこそ、やはり日本人の進むべき方向の指針となるべき憲法をみずからの手でつくり直すべきだと、私もそのように考えているんです。
 そういう意味では浅田さんと全く一緒なんですけれども、しかし一方で、私がこれは非常に悩んでいるんですが、情報化だとか国際化だとかあるいは市場優先主義だとか、そういうものというのは、どちらかというとぱっと考えたところ日本の歴史とか伝統文化になかなか整合しにくい。でも、それが今世界の潮流を支配している。
 そういう中で、浅田さんとして、具体的に日本の歴史とか伝統とか文化というのをどういう形で憲法に、前文でも条文でも結構ですけれども、織り込もうと考えていらっしゃるのかをお伺いしたいと思います。
○参考人(浅田眞理君) ありがとうございます。よろしくお願いいたします。
 ただいまの御質問について、私なりに述べさせていただこうと思います。
 確かに、今、国際社会となって情報化、いろいろな新しいものが日本の中に入っている中で、いかに日本の伝統の文化とそれらの新しいものをつなげていくか。そういうことに関して私が思いますのは、一つ具体例を挙げさせていただきたいんですけれども、歌舞伎役者の市川猿之助さんという方がいらっしゃいまして、その方のお話を以前に聞いたことがありました。その方は、皆さんも御存じであると思いますけれども、スーパー歌舞伎といって宙づりやいろいろな演出効果というものを取り入れた新しい歌舞伎というものをつくられております。
 その中で、猿之助さんがおっしゃられていたことは、歌舞伎の中には決して変えてはいけない昔からずっと伝えられてきた伝統の形というものがあって、しかしそれだけではなくて、変えてもいい部分というものも歌舞伎の中にはあるんだというふうにおっしゃられています。猿之助さんは、そこを具体的に演出というところで今の人たちに取り入れられるような演出効果というものを入れていっていいのではないかということをおっしゃられています。私もそれに共感いたしまして、確かに日本の中に非常に型というものを大切に今まで守ってきたということが事実としてあります。しかし、それだけを守ってきたのでは今の人たちに取り入れられるかというと、必ずしもそうではないところもあると思います。
 私がここで、古いものを守りながら新しいものも取り入れていくということを思うときに、日本人は型というものを大切にしてきましたけれども、その根本精神というか、日本人にずっと培われてきた根本精神というものを持った上で新しいものを取り入れていく、そういう基本精神さえしっかりとしていれば、これから新しいものがさまざまな形で入ってきますけれども、日本人の今まで大事にしてきたそういう型というものを大切にした上で今の人たちに受け入れられていくにはどのようにしていけばいいのかということを考えていけば、それは今の国際社会に十分対応していけることではないかというふうに私は考えております。
○世耕弘成君 もっと議論を深めたいんですが、もう時間が参っておりますので。
○会長(村上正邦君) また工夫しなきゃならぬと思いますが、いろいろ切り込みたいこともあるでしょうが。
 簗瀬進委員。
○簗瀬進君 民主党の簗瀬進でございます。
 私も最初、浅田眞理さんに質問したいなと思っておりました。
 実は、私も琴古流の尺八をやっております。そして、いろいろな伝統の中で、その伝統を脱皮するために大変な先人が苦労しているということも知っているわけなんです。
 ちょっと簡単にお答えしていただければありがたいんですが、例えば芸能とか、ある意味では伝承的なものというのは一つの権威がもう決まっているんですね。例えば尺八だったら、家元というようなものが決まっている。歌舞伎の世界でもやっぱりそういう権威というようなものが決まっている。ところが、現代においては、今の御質問にもありましたように、いろんな新しいファクターもどんどん入ってくるし、それから社会全体で型とか今までの伝統的なものがどんどん壊れていくという、そういう状況がどんどん出てくるわけですよね。
 そうした中に、単なる伝承ということだけではとても対応できないような場合も出てまいりますし、それから、社会はいろんな人でできているわけですから、そういう人たちといろいろぶつかり合いをしながら新しいものをつくっていくということになるとなかなかうまくいかない場合も出てくる。そうした場合にどうしたらいいんだろうかというようなことで、そこら辺についての若い考え方を聞かせていただければと思うんですけれども、いかがでしょうか。
○会長(村上正邦君) 芸術論なの、今のは。
 できるだけ質問は参考人一人に余り集中しないように気を配ってお願いをしたい、こう思います。
○参考人(浅田眞理君) よろしくお願いいたします。
 ただいまの御質問に私なりに意見を述べさせていただきたいと思いますけれども、私自身も日本舞踊をやっていながら、何といいますか、日本人が今まで守ってきた型というもの、何でそこまでして守らなければいけないのだろうかというような疑問を抱きながらやられているという、何かよくわからないけれどもそこに何らかの魅力を感じてやっている方がいらっしゃるということを私は身近にいろいろな方と接する中で思うのですけれども。
 その中で、まず型を守るということを単なる絶対に守らなければいけないことというか、ただそれだけとして見ているのでは、何で守らなければいけないんだろうかということがあるんですけれども、でも、やっぱり日本舞踊というものをやる中ではどうしても、よくわからないけれどもまず型から学ばせられます。次第に型をやっていく中で、ああ、型にはこんなに美しいしぐさというか、そういうものが含まれていたんだなという、その型を続けてやっていくことで型の美しさというものを後で気づくというか、私自身も三歳のころから日本舞踊をやっていまして、最初はわけわからなくてやっていましたけれども。
○簗瀬進君 ありがとうございました。
 最後に、もう時間がほとんどなくなってしまいましたので……
○会長(村上正邦君) 簗瀬委員、時間、一人一問でございますので。
○簗瀬進君 一問ですか。
○会長(村上正邦君) そうしてもらわぬと。時間の都合がありますから、どうぞひとつ。
○簗瀬進君 では、もう一問。
○会長(村上正邦君) もう一問。簡単にしてください、一通り回らなきゃなりませんから。
○簗瀬進君 済みません、質問がちょっと不明瞭だったかもしれません。
 中島健さん、力、利益及び価値と三つをお挙げになったわけでありますけれども、私は、パワーポリティックスのむき出しのものではなくて、例えばパワー自体も一つの理想とかあるいは理念とかというようなものがあって初めて力が発揮されるんではないのかなと。そういう意味では、これからの憲法論をやっていく場合においても、日本人の大変誇りにこたえるような、我が国がどんな価値を提案をするかということが非常に重要になってくるだろうと思うんです。そういう観点はどうお考えになりますか。
○参考人(中島健君) お答えいたします。
 確かに、国際政治の中で理念なき武力のようなものを振りかざしては到底国際社会から理解を得られるとは思いませんけれども、ただ、そうかといって、戦後我々が半世紀の間、ではそのみずからの例えば自衛隊であるとか在日米軍といったことに理念をもとにしてそういう条約とか安保体制を築いてきたかといえば、そういうことよりはむしろ、やっぱり現実に対応しなきゃいけないという、後に必要に迫られてやったという点が強いかなと私は思っておりまして、ただいま御質問のあったように、もちろん政治、力、利益、価値ということを発揮するためには、新たな理念あるいは価値ということを主張するということは全くそのとおりであるというふうに思います。
 以上です。
○会長(村上正邦君) ありがとうございます。
 魚住裕一郎委員。
○魚住裕一郎君 公明党・改革クラブの魚住裕一郎でございます。
 きょうは、今十名の皆さんにお話を伺ったわけでございますが、非常に斬新な御意見もあり、真摯な御意見本当に感銘を深くしたところでございます。
 私は古賀光生さんにお伺いをしたいんですが、人権と統治、この二つのことが密接に表裏一体であるというようなことでございました。確かに、民主主義が自由を守り、またその自由が民主主義を機能化するというようなことになっていくわけでございますが、この民主主義、先ほど国民主権云々というのは馬場さんの方からもありましたけれども、実際に民主主義というものをどういうふうにすれば実質的に有効に機能するというふうにお考えなのかという点と、先ほど国家というものを過小評価すべきでないというような意見陳述をされましたけれども、その場合、古賀さんの場合は、ボーダーレスあるいはグローバル社会と言われる中で国家というものをどのように考えておられるのか。公的生活の枠組みというような、法的には多分そういうとらえ方をするんだろうと思いますが、あなた御自身はどのようにお考えなのか、簡潔にお願いをしたいと思います。この二点。
○参考人(古賀光生君) 民主主義が正常に機能するためにということでしたが、一例として、今議論に上がっています例えば地方分権のように、一人一人が意思決定に密接にかかわっているという自覚が現実的に感じられる制度が必要かと思います。
 私自身、投票権をかつて行使しましたけれども、当選された方は百万票とられまして、百万分の一かという思いを国政では感じましたけれども、私目黒区に住んでおりますが、目黒区議会の選挙では千数百票、ですから千数百人集まれば一人議員を送り込めるという実感はかなり民主主義というものを実感するのに十分なものでしたので、一例としてそのように意思決定に積極的にかかわれる機会、主体的にかかわれる機会があればと思います。
 続きまして、国家の機能ということでしたけれども、少し書生論じみたものになってしまいますけれども、国家というのは、私、法学部ですので社会契約ということをさんざん教授から言われておりまして、どうしても日本で国民というとエスニックジャパニーズ、日系日本人のためのものという意識がありますけれども、ここに住む人たち、この国土に住む人たちが自分たちの利益に基づいて共通の目的を持ってつくったものが国家であるというふうに考えておりますので、その共通の利益が何であるかは民主制ですから議会で議論されるべきですけれども、その共通の利益というのは単に例えば一部の人たちに追求されるべきものではないというふうに考えます。
 以上でよろしいでしょうか。
○会長(村上正邦君) ありがとうございます。
 小泉親司幹事。
○小泉親司君 日本共産党の小泉親司でございます。
 きょうは大変御苦労さまでございます。いろいろな立場からお話をお聞きしまして、大変貴重な御意見をありがとうございます。
 本来、時間があれば全員の皆さんにお聞きしたいんですが、時間が限られておりますので、私一問ということで、なるべく全員の方に質疑応答させていただくという意味で四人の方にひとつ……
○会長(村上正邦君) それはちょっと待ってください。お一人にしてください。
○小泉親司君 一問ですか。
○会長(村上正邦君) はい。
○小泉親司君 お聞きしたいのは、まず岡村参考人と平山参考人にお聞きしたいんですが……
○会長(村上正邦君) お一人にしてください。時間、四十五分までに一回りしなきゃ、通告質問がありますから。幹事は協力してください。
○小泉親司君 五分で終わりにしますので。
 それでは、岡村参考人にお聞きします。
 暮らしの中の憲法というお話をされましたが、私たちは、それぞれ日本国憲法は恒久平和の問題、基本的人権の問題で大変先駆的な内容を持っているというふうに考えております。
 その点で、憲法九条の問題について、特に恒久平和の問題についてはどんな御意見をお持ちなのか、まず初めにお聞きをしたいというふうに思います。
○参考人(岡村千尋君) 憲法九条の問題で今議論になっているような、議論になっていないかもしれないですけれども、憲法九条を変えることに賛成か反対かと言われれば、私は反対なんです。
 憲法九条の先駆性というところから見ると、まず、戦争というものをなぜ放棄するのかというところで、戦争というのはやっぱり一つは人間の生存権を最も脅かすものだと思います。戦争というものをやった後に残るのは死と荒廃だというのはどこの紛争や戦争を見ても明らかだと思っていて、そういう意味で戦争というものに積極的に日本がかかわらないという立場を示したというのは私はすごく大事なことなんじゃないかなというふうに思っています。
 先ほども議論があったような、国際平和の中で日本がどういう立場を示すのかという問題について言えば、さっきも地域紛争とかのそういう問題が全体世界であるというふうにあったんですけれども、そういった問題に私は日本が積極的に武力をもって行使することがそれらの紛争や戦争の解決につながるとは思わない。それぞれの歴史の中でのひもとかなければいけないこともあると思うんですけれども。
 という問題や、あとは日本の周りで、アジアとかそういうところで、日本が攻められるんじゃないかとかそういう意見とかもあると思うんですけれども、でも、今、政府の方とかも朝鮮とか中国とかソ連とか台湾とかそれぞれのところで一生懸命外交をされていると思うんです。
 そういう流れから言うと、憲法を変えて戦争、武力を行使することを是とするというようなことを柱に掲げるということは、そういった日本政府の外交とも今の時点で矛盾するんじゃないかなということも感じていて、そういった意味で、先駆性と同時に、現在の国際社会の中で今の憲法を守って日本は二十一世紀に向けてやっていくべきなんじゃないかというふうに私は考えています。
○小泉親司君 会長、もう一分だけ。
○会長(村上正邦君) 一分しかないよ、あなたの持ち時間。
○小泉親司君 西脇参考人にお尋ねしますが、私たちも憲法九条に基づいて、国際貢献ということがいろいろ言われるんですが、私たちは、やはり国際貢献というのは憲法に基づいて非軍事的な手段で積極的な貢献をすべきだと。その点については、今の紛争の問題について言えば、根源には貧困だとかそういう問題があるわけで、こういう問題を解決するということが非常に大きな問題だというふうに思っております。
 その点について、ちょっと簡単に御感想だけお願いいたします。
○会長(村上正邦君) 簡単で結構です、答えられないときは答えられないで。
○参考人(西脇伸幸君) はい、わかりました。一分以内で何とか終わりますので。
 僕も、そのような諸問題について日本が、例えば、もちろん人的貢献もそうですけれども、貧困に対してだったら経済的貢献のような感じで問題になっているものに対して効果的な対策というようなものを政府あるいは議会で考えて対応していくことが日本には求められているんだと思います。
 以上です。
○会長(村上正邦君) 残念です。
 大脇雅子幹事。
○大脇雅子君 社会民主党の大脇雅子と申します。お二人の方に一問ずつお願いをしたいと思います。
 まず、奥野恒久さん。
 日本を憲法が切り開いてきた、魂を入れてきたということで、日本国憲法のメッセージは軍縮へのイニシアチブと、それから豊かさや繁栄を問い直すという二つのメッセージを受け取るとおっしゃいました。第一の軍縮へのイニシアチブというのはよくわかるのですが、豊かさや繁栄を問い直すということについてもう少し説明をしていただきたいという点です。
 それから、もう一人は岡村千尋さんにお願いいたします。
 私も弁護士をしておりまして、私が最初に担当した離婚事件で、女性が新聞を読みましたら、嫁が新聞を読むといって夫の両親に言われたときに、そのお嫁さんは何と言ったか。憲法がありますといって答えて、怒った両親はテーブルをひっくり返した。こういう事件が私の事件の第一号でございましたので、憲法十四条というのは本当に私たち女性にとっての灯台であったわけですが、今一番憲法十四条に日本の国で違反していると、こう思われる女性差別というのは何でしょうか。
○参考人(奥野恒久君) 今特に若い人たちを中心に、例えば歩いていける人が歩いていける距離のところを車に乗っていくとか、あるいは不必要じゃないかと思われるような携帯電話が電車の中で使われている。果たして、これについての問い直しというところからまず入りたいというふうに思っています。
 ずっと繁栄という言葉はよしとされてきたわけですけれども、このまま世界がずっとどこもが繁栄を目指すという中で、これはもう地球全体がパンクするのではないかという中、我々自身が本当に豊かなもの、本当に何というのか、価値のあるものというものを問い直すには、繁栄とか豊かイズ・ベストという、これに一つ疑問を投げかけていく、これが憲法の前文にある全世界から貧困なんかなくしていくというのと合致するということです。これは一言、伝統とか自然を大事にするという考え方ともつながるんだということをつけ加えさせてください。
 以上です。
○参考人(岡村千尋君) 一番感じることと言われてもなかなか難しいんですけれども、やっぱり広く言えば社会進出への差別、大きな壁というのはあると思います。
 私、去年まで大学にいたんですけれども、その中で、やっぱり就職活動の中で女性が差別されるという経験はどの私の友達も経験しています。それが、いろいろな形があるので言えないんですけれども、例えば私の友達が地方の保育園なんかを受けたときに、そこで東京の四大を出たような女性をうちは採りたくないということを言われたとか、そういう制度的な差別だけではなくて意識の上での差別というのもまだまだ残っているなというふうに思っていて、そういう意味で募集、採用だけではなくて、労働の現場で働くとか、あと大学での学問を女性だからと認められないということも少なくないと思うんです。
 そういった意味で、女性の力を社会に生かしていくというところでの差別が今一番広くある問題じゃないかなというふうに考えています。
○会長(村上正邦君) ありがとうございました。
 平野貞夫委員。
○平野貞夫君 自由党の平野でございます。
 先ほど、馬場さんから大変御注意を受けまして、御心配かけておりますが、残った自由党、しっかりやっていきますから、どうかよろしくお願いします。
 慣例憲法というのがございまして、憲法の条文に書いていないいろんなものがあるんですが、昨年国会活性化法というので政府委員制度の廃止とかそれからクエスチョンタイム、党首間討議という、思い切ったことが始まっておるんですが、党首間討議のテレビをごらんになった方いらっしゃいますか。──それじゃ、古賀さん、印象を率直に述べていただけませんか。
○会長(村上正邦君) あなた、それ憲法質問でよろしいんですね。
○平野貞夫君 これは慣例憲法の改正という……
○会長(村上正邦君) 時間の制約があるのをおわかりですね。
○平野貞夫君 はい。
○参考人(古賀光生君) 私自身、向き合っての議論というのは常々難しいなと思っておりまして、それは日ごろ勝手知ったる友人同士でも本当に難しいなと思っておりまして、実際、党首間討議というものは画期的であるというふうに伺って、確かにそのとおりであるなとは思うんですけれども、まだまだ見ている側として議論ということにするには運用を重ねていく必要があるのかなというのが率直な感想です。
 以上です。
○平野貞夫君 ありがとうございました。
 馬場さんのお話の中に、個人の利益を重視し過ぎていると、今の憲法のシステムは。公共心を共有するような憲法体制にしなきゃだめだと、こういうお話があったんですが、人間の社会共同体というのはまさしくそれがもとだと思うのでございます。
   〔会長退席、会長代理吉田之久君着席〕
それを憲法にわざわざ書かなきゃならぬという人間の社会が非常に問題だと私は思いますが、本当はそういうことは憲法の規定にない方がいいんじゃないかと思うんですが、いかがなものでございましょう。
○参考人(馬場慶次郎君) 本当ならば、憲法に書かなくても国民の皆さんが理解して、自分たちは日本国民だとか社会の中の一員だということがわかっている現状ならば全く必要ないとは思うんですが、今の現状を見る限りでは、自分がほかの人と社会生活をしているとかそういったことを理解している人が、理解の認識が低い人がふえてきているのが現状であると思うので、ほっておいてもいいのが理想ではあるかと思いますが、それは現実的に見ればどこかに規定しておかなければいけないことではないかなと考えております。
○平野貞夫君 わかりました。
○会長代理(吉田之久君) 次に、水野誠一委員。
○水野誠一君 私は参議院の会の水野と申します。
 きょう皆さんのいろいろ意見を伺っていて、憲法と現実の生活との乖離とか、あるいは皆さんの実感からの疑問というのがよく出てきたと思います。単なる空理空論に終わらないいい意見をいろいろ述べていただいたと思っています。
 その中でも特に、平山さんは医療から見た人権や倫理という問題、あるいは浅田さんは型の重要性ということから、あるいは岡村さんは性差別という立場から、女性軍の皆さんが大変、空理空論に終わらない、非常に実感のこもった意見を述べていただいたということを評価したいと思います。
 その中で、お二人にちょっと御質問をしたいんですが、一つは、西脇さん。
 西脇さんが今、平和憲法の精神をいかに世界に伝えていくべきかということから、憲法の精神を伝える使節団の派遣などということをおっしゃっているんですが、私はなかなか使節団を派遣しただけでは平和憲法の精神というのは、まして外国に伝えていくということは難しいんじゃないかと思うんですが、さらにもう少しあなたの意見を深めてお話しいただければということが一つでございます。
 それからもう一つ、これは今性差別のことについて非常にお話しになった岡村さん。
 岡村さんは、憲法十四条を評価されながら、しかしなかなかそういった性差別がなくなっていかないという中で、私たちの暮らしの中に憲法を実現していくために政治、行政、労働、教育など多方面にわたって意識の啓蒙や環境整備を含めた政策をしていかなきゃいけないということを言われていますが、その中でもっと具体的な何かアイデア、そういうものをお持ちだったらひとつお話しいただきたい。
 この二問です。
○参考人(西脇伸幸君) 具体的にというふうなんですけれども、使節団の派遣というものは、ただこのようなものがあるよみたいな感じで、理論や原理といったものを伝えるだけに終わってしまうことも確かにあるとは思います。実際に起こっている紛争なのに、そのようなものを送っても、具体的に効果が発せられるかどうかというのは僕も確かに疑問に思います。しかし、これらのものは国家だけではなくて民間レベルでも実現可能なことではないかと思うんです。
 私が国家あるいは政府に求めることとすれば、外交ルートというものがあって、それを使って戦争をなくしていくという方向に持っていくということが一番平和憲法を実現する意味で重要なことだと思います。
 例えば、紛争の種、戦争の原因等々がなくなれば、自衛隊が要るのか要らないのかというような議論というものもなくなっていく。もちろん、これは理想論にすぎないというふうに批判されかねないかもしれませんが、対立国というものがなくなれば戦争というものはなくなる。貧困というものがなくなれば内戦というものがなくなるというのであれば、それをなくしていくという努力というものを平和憲法を担う日本政府がやっていくということはとても有意義なことではないかと思います。
 以上です。
○参考人(岡村千尋君) 具体的にということなので、二点ほど述べたいと思います。
 一つは、教育の場において今ジェンダー教育なんということも言われているんですけれども、本当に男女が共同で家庭科を履修するなんということは私のときより下の人たちからなんですね。そういう家庭科の共修だとかいうことだけではなく、本当に将来男女で社会を担っていくそういう教育というのをもっと教育の現場で、さまざまな場で実現していくことが必要だと思うことと、あと、それから労働の現場で、これがすごく切実だと思うんですけれども、私の母も共働きでいたんですが、本当に女性が働きながら子育てや家事をしていくということが今の社会ですごく難しいと思うんです。そういった意味で、例えば育児でいえば保育所の充実だとか、あとやっぱり労働時間そのものも女性も男性も家事、育児に参加できるような状況にもっともっと改善していかなければならないというふうに思っています。
 本当に、夜の電車に乗るとくたびれたおじさんたちがいっぱい乗っているようなそういう状況では子供にとってもいい教育なんかできないと思うし、そういった状況を具体的になくしていくということがすごく大事なことなんじゃないかなというふうに思います。
 以上です。
○会長代理(吉田之久君) ありがとうございました。
 佐藤道夫委員。
○佐藤道夫君 二院クラブの佐藤です。二院クラブといっても何ら御存じないと思いますけれども、前都知事の青島さんがやっていたクラブというふうに御理解ください。
 そこで、あなた方若い人たちの一般的な憲法に対する関心度がどの程度なのか、それを伺いたいと思うんです。
 あなた方は特別関心をお持ちの方々だろうと思いますけれども、周辺を見渡して、一体若い人たちがどれぐらいこの憲法問題に関心を持っているのか。議論をすること、学校でも、地域社会でも、家庭でも、同じ世代の人と議論することがあるでしょう。いろんな音楽の話やら何やら出る。若い人は議論が好きですから、朝までそういうことが議論がなされていく。しかし、その中に憲法が登場することがあるのかないのか、それをお伺いしたい。
 なぜかといいますと、実は二十一世紀における憲法のあり方を調査する、これがこの会の目的なわけですから、二十一世紀といいますとこれから百年ですから、大体六十年か七十年は生きていくような人たちが問題、その人たちの問題だと、こう言ってもいいわけで、何か若い人もいるようですけれども、ここにいるのは大体においてもう十年ぐらいが限度かという感じもいたしますので、若い人たちがこの国の憲法はこうあるべきだと、それをあなた方が議論をして築き上げまして、それを我々が承って字にし憲法にしていくと。改正する必要があるならば改正する。しない、今のままでいいというなら今のままでもいいと。我々はそれを承って立法作業に当たっていくということだろうと思いますので、率直な、忌憚のないあなた方の話を承りたいと思うんです。格好はよろしいですから。
 それで、手を挙げていただければと思います。
 まず、仲間内、話をするときに憲法問題について話すことがしばしばあるという方は。正直なところでお願いしますよ。──三名ね。はい、結構です。
 間々ある。──わかりました。
 ほとんどない。──四名ですか。
 その中に法学部の方はおりますか。──あなたは、考えてどう思われますか。なぜ我々の仲間で憲法問題が登場しないんだ、そんなことは今の若い人は何の関心もないんだ、こういうことなのかどうなのか。いかがでしょうか。
○参考人(中島健君) お答えいたします。
 これは私の私見ですけれども、現在、法学部法律学科というところでは主に司法試験を受けようという人間が非常に多いわけで、司法試験、つまり弁護士あるいは法曹というふうになりますと、今ある憲法を前提として、その下にある法律がどうかということを考える人々になるわけですけれども、それが影響しているのかどうかはわかりませんけれども、憲法そのものを疑ってみるという営みは私の周りでは少ないと思います。
 以上です。
○会長代理(吉田之久君) 先生、もういいですか。
 それでは、ちょっと時間の余裕がございますので、質疑のある方がなおいらっしゃるようでございますから、挙手をお願いいたします。
 二度目の御質問でございますが、世耕委員。
○世耕弘成君 自由民主党の世耕です。
 では、二巡目に入らせていただきます。
 まだお答えになっていない方にお伺いをしたいと思うんですけれども、平山さんにお伺いしてみたいと思います。
 先ほどの平山さんのお話、私、大変感銘を受けました。医学の理想に燃えて勉学に取り組んでおられて、ぜひすばらしいお医者さんになっていただきたいなという思いがします。
 一方で、ただ現在の憲法というのは、これはもう昭和二十年代にできたものでして、例えば一つ医学の面からとってみても、医療技術の進歩だとか、あるいは先ほどもおっしゃったインフォームド・コンセントの話だとか、あるいは今少子高齢化の問題だとか、あるいはお医者さんの数一つとっても当時と今では全然違う。そういう状況変化がかなり起こっているわけですね、医学の世界一つとっても。ここ数日間とっても、我々は医学と絡んだ憲法上の判断というのをこの国の政治は一つ行った部分もあるわけですけれども、そういう日本の医療の現実というのを、医療の面から考えても、私は、現実を踏まえて今の憲法というのをもう一度点検をして、当然幾つか必要になる部分、改正をした方がいいところが出てくるんじゃないかと思うんですけれども、その辺、医療の面から見てどう考えられますか。
○参考人(平山陽子君) 昔、大戦前だと思うんですけれども、やっぱり医療はすごく民衆から遠い存在で、だれもが医療を受けられるという状況じゃなかったと思います。しかし、憲法で生存権だとか幸福追求の権利だとかが規定されて、また皆保険制度ができて、だんだん医療が皆さんの手に入りやすくなってきたのが戦後の今まで五十年だったと思います。
 そういう意味では、理想の憲法にだんだん現実が近づいてきたというふうに私はとらえていて、医療の状況が変わったから憲法を変えるというよりは、もっともっと医療の、それでもやっぱりまだ医療の現実は憲法の理想に到達していないと考えます。例えば、介護保険が始まったとしても、やはり施設がなくて社会的入院をしているお年寄りは多いわけですから、生存権だとか基本的人権が医療の現場で守られているとはとても思えません。
 だから、今後も憲法の理想に医療を近づけていく努力が一層なされるべきだというふうに私は思うので、憲法を即改正するということは考えておりません。
○会長代理(吉田之久君) ありがとうございました。
 次に、石田美栄委員。
○石田美栄君 どなたも憲法上の天皇制、天皇の記述については御発言が全くなかったんですが、まず奥野さんにお伺いいたします。
 この発言要旨の中で、憲法を非常に尊重される、そういう中で、前文はありながら、日本国憲法は天皇から始まりますね。このことについての評価をお伺いいたします。
 そして、もし時間があれば、同じ質問を石川さんにもお述べいただければと思います。
○参考人(奥野恒久君) 確かに、おっしゃられるように、日本国憲法、明治憲法の改正手続を経たということがありまして、天皇条項、第一条の天皇から始まっています。私は、ここについても疑問を感じております。
 ただ、将来的に日本は共和制、完全な共和国家にするという国民の動きがあり、そして国民がそれがふさわしいんじゃないか、こういうふうな形になるのであればそのときには憲法を改める必要がある、こういうふうに考えておりますが、今のところの議論では、逆に天皇制を強化するという議論は出ていましても廃止するという形での議論が出ていない現状のもとで、私は、ここについては国民の、国民の側といいますか、どちらかというと運動を担っている側からの主体的な声は出ていないというふうに今は判断しております。
 以上です。
○参考人(石川貴夫君) 条文にとどまらず天皇制自体の問題も絡むと思うので難しいのですが、まず、私としては天皇制といったものを支持しておりまして、条文上どうするかというもの、今、象徴という言葉が使われていますけれども、諸外国から見たら元首ととる国もあるでしょうから、元首あるいは象徴といったとらえ方で憲法ではすべきじゃないかと思います。
 特に今の日本国憲法について不満があるというわけでもありません。
○会長代理(吉田之久君) ありがとうございました。
 それでは、時間が参りましたので、最初の十名の学生の方々との質疑応答はこの程度といたします。学生の皆さん、ありがとうございました。(拍手)
 次に御意見をお伺いする学生の方々と席を交代していただきますので、委員の皆様はしばらくそのままお待ちいただきたいと思います。
    ─────────────
○会長代理(吉田之久君) それでは、これから御意見をお伺いする十名の方々を御紹介いたします。
 早稲田大学の中牟田郁さん、九州大学の星原大輔さん、東京大学の馬場啓明さん、島根大学の那須参さん、津田塾大学の横倉由佳さん、早稲田大学の池田光政さん、早稲田大学大学院の秋葉丈志さん、長崎大学の中園まどかさん、琉球大学の與那嶺新さん、慶應義塾大学の尾台弘明さん、以上十名の学生の方々でございます。
 それでは、まず中牟田郁さんからお願いいたします。
○参考人(中牟田郁君) 早稲田大学第二文学部、中牟田郁と申します。
 私は、最近、平和教育がなくされようとしていることを危惧しております。しかし、私自身は小中高と一貫して平和教育を受けてきてよかったと思っています。被爆者のお話を何度も聞きましたし、長崎、広島にも行きました。このような体験をすることができて、私は身をもって平和の大切さを実感してきました。同時に、国の戦争によって多くの民が犠牲になるようなことは二度と繰り返してはいけないと強く思っています。
 私は、憲法を変える、とりわけ憲法九条を変えることには絶対反対です。
 ある戦争体験者の方が語っておられました。ガイドラインというのは侵略戦争マニュアルだ、侵略戦争をやるためには国民を統合しなければならない、だから君が代を強制的に歌わせるんだ、次は憲法九条だ、これを守らなければ日本はいつか来た道に舞い戻ることになる、戦争はごめんだ。この言葉を聞いて衝撃を受けました。
 今、政府はガイドラインという戦争マニュアルを策定し、日の丸・君が代を国旗・国歌として制定しました。日本は今戦争をするための準備を着々と進めており、危険な時代になっているのだと思います。こんな時代に憲法を合わせたら、戦争のできる憲法になるに違いないと思いました。それは憲法九条を支持している国民の平和を求める声を切り捨てて戦争への道を切り開くものだと思います。ですから、憲法九条は絶対に変えるべきではないと思います。
 同時に私は、憲法調査会のあり方に疑問を感じています。なぜなら、憲法調査会を設置するために国会法を変えた与党の方々は、数の力に物を言わせて自衛隊や日米安保のガイドライン法を制定したり沖縄での新しい米軍ヘリポート基地の建設を決定したり、さらに改憲を主張しているからです。
 時代に合わせて憲法を変えるべきだと言われていますけれども、既にこの五十年にわたって、解釈改憲によって自衛隊を強化し、朝鮮戦争、ベトナム戦争、ユーゴ空爆といったアメリカの侵略戦争に協力したり支持したりしてきたのが政府・与党ではないでしょうか。このようなことをやってきて、今さら現状に合わないからといって憲法を変えようとすることは、日本が再び戦争ができるように改憲しようということだと思います。
 にもかかわらず、調査会で国民の意見を聞き入れるポーズをとるだけならば、それは国民をばかにする行為です。日本が戦争に協力したり、日本自身がアメリカとともに戦争ができるようにすることはおかしいと思います。だから、私は九条の改悪に反対しています。
 以上です。
○会長代理(吉田之久君) ありがとうございました。
 次に、星原大輔さんにお願いいたします。
○参考人(星原大輔君) 九州大学の星原大輔です。よろしくお願いいたします。
 私は、法学部の学生であり、また今後、大学院で明治憲法の制定史を井上毅という人物に焦点を当てて研究していこうと思っております。したがって、そうした観点から本日提言させていただきます。
 これまで日本国憲法について折々教わってまいりました。私が九大で受講した憲法の講義で最初に教わったのは、フランス革命やアメリカ独立戦争などからどのようにして近代憲法思想、法概念が生じたのかということでした。それから、日本国憲法の条文をその近代憲法思想、法概念やまた判例などから解釈するといった進め方がされていました。しかし、日本の憲法をフランス革命やアメリカ独立戦争からなぜ説明しなければならないのでしょうか。
 ところで、我が国は明治時代にアジアで初めて近代的な成文憲法を制定いたしました。その制定に当たりまして、多くの青年たちが留学して西欧の法思想、法体系やまた各国の憲法を研究し、さらにはプロシアの法学者からの協力、助言を受けて明治憲法を制定したと言われております。現在の歴史教科書ではこの点ばかりが強調されているように思います。明治憲法は外国憲法の、特にプロシア憲法の影響を受けていると。
 けれども、伊藤博文とともに憲法制定に携わった井上毅という人物は、十七条憲法や令義解、延喜式、大宝律令など幅広い日本法制史に関する研究も行っておりました。このように明治憲法は、国際社会における法思想、法体系という横軸、そして日本の法思想、法体系という縦軸、その二つの視点から制定が行われたのではないかと思います。
 さて、日本国憲法はじゃどうであるかといいますと、占領という我が国の国家主権が失われている状況で、かつGHQのアメリカ人二十五名によってわずか一週間で制定されたものです。日本国憲法の原案が公表されたとき、アメリカのある新聞紙は、この憲法の重要条項に日本の現実から生まれた思想は一つもないと指摘しております。残念ながら、日本の法思想、法体系を踏まえるという縦軸が日本国憲法には欠落しております。だから、憲法をフランス革命やアメリカ独立戦争などから説明しているのだと思います。果たしてこれでいいのでしょうか。
 以上の点を踏まえまして、二点、この憲法調査会で提言したいと思っております。
 一つは、この憲法調査会では日本の法思想、法体系をも踏まえた、憲法はいかにあるべきかということを検討していただきたいということです。
 確かに、憲法をフランス革命、アメリカ独立戦争などから説き起こすということも必要だと思います。しかし、日本の憲法なのですから、それにあわせて十七条憲法などからも説き起こされる憲法であるべきだと思うのです。
 もう一つは、今全国の大学で行われている憲法学の講義内容などを調査していただきたいということです。
 自分自身を振り返りましても、まず憲法を開いて自分が生きてきたのではなく、一つ一つ生きていく中で、その後教育の現場で憲法を教わって、こういうことが憲法に書かれているのかということを確認してまいりました。そういった意味では、今憲法がどういうふうに教えられているのかということを調査するのは非常に大切なことではないかと思いますし、またこれは大学生の憲法への関心を喚起するという点からも大変重要なことではないかと思っております。
 以上で終わります。
○会長代理(吉田之久君) ありがとうございました。
 次に、馬場啓明さんにお願いいたします。
○参考人(馬場啓明君) 東京大学四年の馬場と申します。よろしくお願いします。
 私は、情報の所有は権力の一種と考えております。
 例えば官僚ですけれども、現在、政治主導への取り組みがなされていますけれども、客観的にはまだまだ官僚主導で国家が動いていると思います。これは、官僚が組織全体としては情報を大量に独占し、またそれを処理することができるということが大きいと思います。このような組織を相手に政治家の方々が追及してもなかなか勝てないというのもわかります。
 これら官僚の行き過ぎに対して、マスメディアの方々の取材というのは非常に大きな役割を果たしていると思います。
 ところで、このマスメディアの方にも問題がありまして、マスメディアの報道には事実とかけ離れたイメージを与えるような報道がしばしば見受けられます。このような報道が国民に与える影響は非常に大きく、直接世論につながるもので、一歩間違えれば、一部の人間による世論操作を招きかねません。民放はたくさんあるんですけれども、銀行の統合みたいに今後民放の統合がないとも限りませんので、ちょっと難しいところだと思います。
 あと、これらの問題に共通することは、情報の独占と、その情報の扱いに実質的な制約が余りないということです。
 このような事態に対して、国民の知る権利が十分に保障されていないことが重要であると思います。国民の知る権利は、現在、抽象的なものとしてしか受け入れられていませんけれども、私は、憲法ではやはり具体的に定める必要があると思います。情報の独占に対して知る権利が十分に担保される機関や制度がないというのは確かなんですから、このような情報に対しての規定を憲法上置くことが必要と考えます。このような議論を憲法調査会に期待するところです。
 以上です。
○会長代理(吉田之久君) ありがとうございました。
 次に、那須参さんにお願いいたします。
○参考人(那須参君) よろしくお願いします。
 私は、日本国憲法に対して疑問と不満を覚えていますが、そのことについてお話しいたしたいと思います。
 私は、特に前文中の「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、」という部分に疑問を感じます。
 私が最初に日本憲法の前文を見たのは恐らく中学生のときだったと思います。そのとき、授業で、この前文とともに、日本は太平洋戦争中にとても悪いことをしてしまった、そしてそのときの国民は政府に踊らされてそのようなことをしてしまったのであるが、とてもその罪は消えるものではない、今後日本が二度と過ちを犯さないためにこのような憲法がつくられたという説明を受けました。
 そのとき私は、生まれて始めて自分の国に対して深い失望と憤りを感じ、自分がまるで罪人になってしまったような気持ちになったことを覚えています。また、それまで自明のこととして持っていた国への信頼を裏切られた気持ちになり、それから国というわけのわからないものに対して不信感を抱くようになりました。
 これまでは国民が本来に抱いていた国への信頼感が憲法によりゆがめられてしまうことをお話ししましたが、問題はそこだけにとどまらず、実はこの前文により我が国に期待を寄せる他国の信頼をも裏切ることになっていることを最近知ったことをお話ししたいと思います。
 私は、二年前韓国を訪れ、初代陸軍大将を務めた白将軍にお話を伺う機会がありました。白将軍は、日本の自衛隊の規律の高さを高く評価し、日本と韓国の青年がともに協力してアジアの秩序をつくっていくことに大きな期待を寄せられ、私たち学生に東洋平和のために頑張ってくださいとおっしゃられました。そのことに私は大変驚かされるとともに、大変誇らしく思いました。それまで韓国というと、日本が軍備について議論すると日本は軍国主義に向かうという非難をするというイメージがありましたが、軍事的な意味も含めて日本に期待する人がいるということを私は初めて知りました。
 この後、調べることによって、実は日本に対して期待する多数の声がアジアにあることを知りました。それまで私は日本はだめな国だという先入観からこのような声に気づこうともしていなかったことに気づきました。今、日本はだめな国だという先入観から、このようなアジアの声に気づかない学生はたくさんいると思います。私はこのような状況には疑問を持ちます。
 このように、アジア諸国の中には、日本が憲法のあいまいさを正し、自己決定を行うことに対して、不信感を抱くのではなく、日本がアジアの秩序を建設していくリーダーシップをとり、ともに努力していくパートナーとなってくれるように期待を持っている人もいるのです。
 私は、これからの大きな時代の流れの中で、一国平和主義から決別して、このような他国からの期待を真っ向から受けとめ、国際社会の秩序建設と平和の創造に貢献していくような誇れる国にこの日本をしていきたいと思います。
 そのための憲法のあり方として、私は二つのことを考えています。一つ目に、このようなアジアの期待にこたえて国際社会の中でリーダーシップを発揮できるような憲法が創造されること。二つ目に、そのような使命感に、今の学生、若者が奮い立ち、大きな夢とロマンを持つことができるような前文のあり方。私は、この憲法調査会でこのような憲法のあり方が論議されていくことを切に希望します。
 以上です。ありがとうございました。
○会長代理(吉田之久君) ありがとうございました。
 次に、横倉由佳さんにお願いいたします。
○参考人(横倉由佳君) 私は、憲法第九条をさらに強力なものに変えて、日本から大砲やその他戦車や軍用飛行機をなくしたいと考えています。
 もしその装備がなかったならば国外からの攻撃を受けるじゃないかという考え方の方もおられると思います。国民の安全が守れないから自己防衛のために武器を持つことは仕方がないと考えている方がいらっしゃるなら、私はその考え方には反対です。目には目をとか、血は血で洗うしか方法がないと考えるのは人間の考える欠点だと思います。
 私は、外国が武器を持つからこそ日本には持ってほしくありません。もし経済的にも大国と言われている日本が武器を持たないという考え方を明らかにすれば、ほかの諸外国はどう思うでしょうか。一斉に侵略してくると思われますか。核兵器を今こそ落とさなければと思うでしょうか。
 私は、民族戦争だとか宗教戦争だとか、そういうことが起きている地域に行ったことはありませんけれども、信じているものがあるからこそ戦いを起こすと思うんです。そういう場合には、人の命のありがたみを知っているからこそ宗教を信じるし、自分の民族を信じるんだと思います。日本の軍備を持たないという強い姿勢は、諸外国に大きな心理的影響を与えると思います。
 また、幸か不幸か日本は被爆国です。核が残したものを知識としてほかの国に提供できるではないですか。お金は出すけれども人は出さないという考え方がありますけれども、お金よりも実体験に基づく知識の方が私は有意義であると思います。
 また、現憲法がお仕着せの憲法であるという考え方について、私は天皇制が認められているということから、日本独自の憲法であると思っています。自由主義国家と、ほかの自由主義国家と言っていいかどうかわかりませんけれども、そういうほかの国との融合した日本独自の憲法であると考えます。これは、天皇制は守らねばならない日本の唯一の文化だと思っています。
 さらに、憲法は難しい言葉で書かれていると思います。さきに述べた方もいらっしゃいますけれども、わかりやすい憲法を目指してほしいです。
   〔会長代理吉田之久君退席、会長着席〕
 しかし、条文として掲げるに当たり、日本語の美しさを感じる部分があります。「何人も」とかいうくだりは私は大好きなんですけれども、そういう言葉を崩さないでいるのも日本の文化だと思います。日本独自の文化、日本独自の憲法を守ってほしいと思います。
 それから、難しさの点でいえば、弁護士さんとか政治家さんとか、法学を学んだ人にしか憲法の前文が知られていないというのはとてももったいないことだと思います。憲法改正の動きがあるのも知らない人が私の周りには多いです。
 強調したいのは、日本は原爆を受けた経験があるということ、経済的に大国であること、それから軍備不保持は他国に大きな心理的影響を与えると思います。日本は軍備不保持の口火を切れる立場にあると思います。それから、親しみやすい言葉を用いて別版憲法をつくることができると思います。
 以上です。
○会長(村上正邦君) ありがとうございます。
 次に、池田光政さんにお願いいたします。
○参考人(池田光政君) よろしくお願いいたします。
 早稲田大学政治経済学部政治学科に在籍しております池田光政でございます。
 憲法の中で最も議論すべきは、九条と国防、言葉をかえますれば危機管理及び安全保障の問題であると考えます。
 近年、我が国を取り巻く情勢が緊迫しつつあることは御存じの方もたくさんいらっしゃると思います。平和はしみじみありがたい、この事実はだれも否定しないことでしょう。しかし、周りを取り巻く、我が国の周辺の情勢が近年緊迫している以上、不安にならずにいられないこともまた多くの国民の率直な感情ではないでしょうか。そして、万が一に備えるのは国民を守る国家、政府の務めでもあるからです。
 まず、憲法九条は非常に混乱を招きやすい文面となっており、さまざまな解釈が存在しております。近年、国の個別的自衛権は当然のものであり、このための戦力までは違憲ではないという解釈が一般的になってきていることもございますので、そうならば、だれが見てもそうとわかるように書くべきです。それに、解釈論に振り回されるようでは憲法の権威も損なわれてしまいます。時の為政者によって恣意的に憲法がどちらの意味であれ運用されることを防ぐためにも、憲法はきちんとわかりやすい言葉で書くべきであると思います。
 また、現行憲法を平和憲法と絶賛する向きもありますが、どの国の憲法も平和を前提としております。侵略戦争の放棄を盛り込んでいる国も数多くあり、実際お隣韓国はそのように書いております。
 もう一つの現行憲法の欠陥は、有事を想定していないことです。これは我が国だけです。平和とは、本来、戦争を回避する努力の継続にほかならず、我が国一国が望んでできることではございません。戦争もこちらにその意思がなくとも起こります。両者は国際関係の中で生まれるものです。現行憲法において致命的に欠落しているのがこの認識です。平和主義というのなら、有事に備えておくこと、すなわちその平和をどのように守るかまで考えておくことこそ肝要です。
 有史以来、残念ながら戦争が絶えた時代はほとんどございません。さらに、目下戦争がなくなる気配もなく、それどころか、我が国の周辺に軍拡に走り、他民族、他国家を平気で抑圧するような国すら存在するのですから。
 また、現実の政治が憲法の理念に追いついていないとの向きもありますが、憲法がいかに国の最高法規とは申せ、そのようにかたくなになるのはいかがかと思います。国民のために憲法があるのであり、憲法のために国民があるのではありません。大事なのは、国民の生命と財産、その他もろもろを守ることではないでしょうか。そのためなら、そして確固たる意思を持った上でなら、憲法は柔軟に改正されるべきであると考えます。
 御清聴ありがとうございました。
○会長(村上正邦君) ありがとうございました。
 次に、秋葉丈志さんにお願いいたします。
○参考人(秋葉丈志君) 早稲田大学大学院の秋葉です。
 私が世界の中の日本国憲法に求めたいことは二点です。一つは、文化的多様性の尊重を規定すること。もう一つは、理念としての軍備の放棄を維持することです。
 私は、アメリカに生まれ育ち、日米両国の文化の違い、これを肌身に感じてきました。これは家庭生活、学校生活、そしてあらゆる社会生活に及ぶ広範なものでした。私は、時に苦しみながらも二つの文化を知り、そのかけ橋となることの幸せを享受してきました。もしいずれかの文化を捨てなければならなかったなら、それはこの上もない苦しみだったと思います。
 これからの日本には、このように異文化、複数の文化を身につけた人間がますますふえてくると思います。国境を越えた通商、交流がますます盛んになり、また日本の経済力を維持するため、労働力としても外国人を受け入れる必要が高まっているからです。
 具体的な数字を申し上げますと、これは朝日新聞からの引用ですが、先日の国連人口部の報告によれば、日本の生産年齢人口を九五年水準で維持するためには毎年約六十万人の移民を受け入れなければいけない、こういう数字が出ています。現に、法務省などは技能実習生の受け入れの拡大を提示しています。こうした中では、国として文化的多様性をいかに尊重すべきかも課題になります。憲法においても、例えば、「日本国及びその市民は、多様な文化への敬意を保たなければならない。」と規定してみてはいかがでしょうか。
 もう一つ、理念としての軍備の放棄です。
 現行の第九条は、率直に言って実情との乖離は大きくて、特に自衛隊は素人目に見れば軍隊との区別はつきません。では、ただ実情に即して第九条を改めるべきかとなると、そうは言い切れません。憲法には国家的目標という一面があります。つまり、現時点においては実現していなくとも、将来に実現したいことを理念として掲げることもあっていいと思います。世界の中の日本国憲法は、世界の平和を希求する姿を見せるべきです。例えば、仮に自衛力の保持を明記する改正をするにしても、究極的には軍備の放棄を目標とすると規定してみてはいかがでしょうか。こういう規定があれば、放棄そのものは実現しなくとも、少なくともそれと逆行するようなことにはならないと思うのです。それが世界の平和を希求する日本の姿ではないでしょうか。
 以上です。
○会長(村上正邦君) ありがとうございました。
 次に、中園まどかさんにお願いします。
○参考人(中園まどか君) お願いします。
 私は、将来教師になりたくて長崎大学の教育学部に入学いたしました。ところが、将来教師になるというのに、講義でもクラスメートとの会話の中にも、今の教育の問題というのはほとんど語られません。特に私がショックだったのは神戸の連続少年殺人事件のときです。この事件をどう見るべきか学生同士でもっと議論してもいいのではないかと思い、議論しようと思いましたが、ほとんどだれも私に相手をしてくれませんでした。こんな大学でいいのだろうか、そう思って、大学全体を活性化したらあるいは教育問題を論じる雰囲気ができるのかもしれないと思って、自治会委員長に立候補いたしました。
 ところが、実際自治会選挙や活動をしてみてびっくりいたしました。ほとんどの学生が、自治会費を納めているにもかかわらず、全くといっていいほど自治会の存在をまず知りません。そのために、自治会活動を学生に知ってもらおうと多くの講演会や企画を打ちましたけれども、学生は自治会活動に振り向いてくれません。自治会は一人ではできませんから代議員を選出しようと思いましたが、だれもなりたがらない。私が自治会をやるまでは、自治会長をやる人がいないのでじゃんけんで決めていたほどです。とにかく学生の中で自分の大学をよくしていきたいという思いがないのです。自分が通っている大学に対して関心がないのですから、日本の政治に対しても無関心なのも当然だと思います。
 しかし、これでいいのでしょうか。これからの日本を担っていくのは私たち若者であり、日本のリーダーを育成していくのが大学だと私は思っています。しかし、大学に入るときも入ってからも、君たちは将来社会のリーダーとして活躍してほしいという呼びかけは全く聞こえてきません。今の大学生の大多数は、自分のことだけ考えればよいとか全体のことなど考えなくてもよいという考え方に染まってしまっています。
 これは私は実に恐ろしいことだと思っています。こうなってしまったのも、今の憲法に公に対する使命感、義務が全くうたわれていないからだと思います。だれでも自分のことだけ考えていた方が楽ですから、憲法に公に対する使命感、義務に関する条項がなく、公共に対する義務を教えられていなければ、自分のことだけに専念するに決まっています。
 しかし、自治会が成り立つためには自治会の役員として大学を活性化しよう、よくしようという学生が必要なはずです。同じように、この国が成り立つためにはこの国をもっとよくしようと思う国民が必要なはずです。そうしたこの国をよくしていこうという思いを抱いた国民を育てることに今の憲法は失敗していると思います。投票率の低さがそのことを物語っていると思います。この国をよくしようという使命感を喚起するために憲法がいかにあるべきか、ぜひ検討していただきたいと思っております。
 以上です。
○会長(村上正邦君) ありがとうございました。
 次に、與那嶺新さんにお願いいたします。
○参考人(與那嶺新君) よろしくお願いします。
 私は、地域主権の実践という観点から、暮らしと憲法というテーマについて述べさせていただきたいと思います。
 「大変残念だ。外交は国が担う問題だ。」、余りにも素早い反応でした。これは、ある国境の市長が国指定の重要港湾である港への外国艦船の入港時に非核証明書提示を求める条例改正案を打ち出した直後の外務省沖縄大使の発言です。
 これまで在日米軍がいかなる事故、環境破壊を起こそうと、それがフェンスの中でのことということで、通報がおくれたり、調査、報告が半年以上なされず、あげくにはその報告には具体的数値すらないという、これまでの政府・外務省の態度からすると非常に対照的であります。このような状況で、国は地域住民にとり密接に関連する外交問題の説明責任を果たさずに、外交関係を処理する責任は果たしたと言えるのでしょうか。
 問題は、外交は国の専権事項であり地方が口を出す筋合いではないという政府の態度であります。これでは、国是であるはずの非核三原則の運用がいかにあいまいかを政府自身が認めたも同然ではないでしょうか。
 私は、国の外交権と平和を願う地域住民の自治の両者は相入れないものではないと考えています。この外交情報こそ国は説明責任を果たし、地域住民と情報の共有を図ることで互いに緊張感のあるパートナーシップを築くものです。そして、国と地域住民との信頼関係が築かれることにより非核三原則の実質的な運用が図られ、国民全体の暮らしの安全という重大な国益が得られるのではないでしょうか。
 以上のように、地域住民にとり不可欠な情報が国に集中している状況で、地域住民あるいは首長までもがみずからの住む地域の現状と将来の暮らしの安全を確信することが困難であります。
 よって、地域住民がみずからの利益を決定、実現するためには何が必要でしょうか。それは、原則非公開である外交・防衛情報について、行政権の恣意的判断を許さないよう非公開情報の範囲を明確化する必要があると考えます。その場合、平和的生存権に根差した判断基準が用いられるべきであります。そして、私たち一人一人が個人として尊重されるのと同じく、地域の独自性尊重の観点から地域主権が認められるべきであると考えます。
 このような地域の幸福追求の最終決定権者は地域住民であるという地域主権の実践により、国民全体の暮らしの安全につながるのではないでしょうか。
 以上です。
 ありがとうございました。
○会長(村上正邦君) ありがとうございました。
 次に、尾台弘明さんにお願いいたします。
○参考人(尾台弘明君) よろしくお願いいたします。
 現代に生きる私たちは、あふれる情報の中で生活しています。情報を発信する側の権利は、憲法二十一条一項に表現の自由として保障されています。それに対し、プライバシー権や名誉権が新しい人権として定着してきました。
 しかし、現実に報道される側の人権が十分に守られていると言えるでしょうか。そんなことは決してないと思います。センセーショナルな事件であれば、容疑確定前の実名報道は当たり前、被疑者の家庭まで破壊するほどのスクープ合戦がテレビや新聞等のマスコミ各社の主導で繰り広げられています。
 一九九四年に起こった松本サリン事件の被害者であり第一通報者である河野義行さんが、警察とマスコミによって毒ガス製造容疑を決めつけられ、家族のプライバシーまで無残にもじゅうりんされた事件は記憶に新しいところです。
 法解釈の観点からいえば、利益衡量で処理する問題だなどという話になるのでしょうが、私が主張したいのは、表現の自由の乱用によって簡単には回復され得ない傷を負わせられ苦しんでいる人々が今現実に存在するということなのです。
 現代の日本においては、表現の自由という言葉があたかも時代劇の水戸黄門に登場する印籠のように用いられており、個人の名誉権やプライバシー権とのバランスが明らかに崩れていると思いますが、いかがでしょうか。
 確かに表現の自由は、政治過程において非常に弱い権利であるがゆえに、特別に保護されてきたという経緯があります。また、教科書的な意義から見ると、自己実現のための権利としての人格的価値、文化、文明の向上を保護するものとしての文明的価値、民主主義の成立基盤としての民主主義的価値などを含んでいる非常に重要な権利として存在しています。
 さらに言えば、戦時中の国家主義下における言論統制への反省から、表現の自由はいかなるときも絶対に守られなければならない権利であると我々国民も認識しているところです。しかし、現代のマスコミ全盛、情報化の急激な進歩という社会の現実から考えるに、言った者勝ちの構図を放任し、言論の暴力を容認している現在の状態は明らかに不自然であると思います。
 またしかし、この表現の自由の乱用を安易な法改正で解決しようとするならば、かえって表現の自由の精神を曲げかねないということも指摘せざるを得ません。この事情にかこつけて、表現の自由を抑制しようとする種々の国家主義的な法改正が行われかねないからです。
 ただ、国家に代表される強大な権力から国民を守るための法体系が憲法であるというなら、このバランスの崩れた現実をどうとらえ、どう変容していく可能性があるのでしょうか。
 友人との会話では、憲法調査会が、第九条についての議論や改憲そのものの正当性のような大枠についての議論に終始するだろうという意見が大勢を占めています。九条についての議論はもちろん十分になされるべきだと思います。しかし、この表現の自由のような精神的自由権の内実についても積極的に取り扱っていただきたく思います。
 私は、改憲をタブー視しているわけではありませんが、形式的な法改正の枠組みにこだわることなく、一条一条丹念にその立法目的から掘り起こし、個別具体的な問題に対して議論を重ねていっていただきたいと思います。そして、他国から与えられた規範としての憲法を、国民がみずからの意思でつかみ取れるような建設的かつ活発な議論をしてもらいたいと思います。
 以上です。ありがとうございました。
○会長(村上正邦君) ありがとうございました。
 前半に引き続き、後半十名の参考人の意見を聴取することができました。
 ただいまから質疑に入ります。
 佐々木知子委員。
○佐々木知子君 ありがとうございます。自民党の佐々木知子です。
 きょうは、百七十七人のうちから選ばれてここに参加されて、とてもおめでとうございます。ありがとうございました。
 憲法というのをよく勉強されている方もこの中に……
○会長(村上正邦君) どなたにですか。
○佐々木知子君 最初からですか。
○会長(村上正邦君) いや、最初じゃなくて、どなたに、参考人を指名してください。
○佐々木知子君 では中牟田さんと横倉さん、お二人に同じ質問なんですけれども……
○会長(村上正邦君) 一つ、同じ質問は二人になさらないでください。一人にしてください。
○佐々木知子君 では横倉さんに。
 国の基本法というのは、統治機構、立法、行政、司法、それから国民の権利義務と二本の柱で成り立っているということで、三人の方が今回国民の権利義務について述べておられました。前文について今回二人の方が、星原さんと那須さんが言及されておられて非常にうれしく思いました。
 ただ、今回は十人の方が、たまたまかどうか、ちまたでは九条がよく憲法改正というと直に論じられるということもございまして、四人の方が九条について言及されておられます。私自身は池田さんの立場に非常に近いわけですけれども、その対極にあられるのが中牟田さんと横倉さんというふうにお伺いいたしました。
 それで、私ももしかしたら、随分昔の学生時代には理想にやはり燃えておりましたので、あるいはお二方、横倉さんと中牟田さんのように考えていたのかもしれません、もう大分昔なので忘れてしまいましたけれども。
 確かに、平和平和と唱えていて平和が保てるのであれば、これは理想だと思います。周りの国が全部武器も捨てて、攻めません、みんな平和にやりましょうということで話し合いで解決できるのであればそれでいいと思うのですけれども、ただ現実は、池田さんもそうおっしゃったように、そうではない。そして攻めてきた場合、外国が攻めてくるかどうかは日本の問題ではなくて向こうの問題ですから、攻めてきた場合に、自衛権もないというふうに考えられるのか。これを、もし国ではなくてあなたの家庭だとかそれからあなた自身だとした場合に、個人であればこれは侵略と言いません、もちろん攻撃とか言うんですが、攻撃された場合にも、ギブアップ、何も自衛しませんというふうにお考えなのかどうか。どういうふうにお考えなんでしょうか。お答え願えますか。
○参考人(横倉由佳君) 攻撃された場合に私は一体どうするかということを考えますと、今一番守りたいものというのが自分の周囲にある環境ですから、私は武器を持たずに自分の身をささげる覚悟ではおります。
 でも、それだと日本の安全は守れないかもしれません。そういう場合に力を持ってほしいのが、警察であったり消防であったり、そういう部分なんですけれども。
 以上です。
○会長(村上正邦君) 佐々木知子委員、何かそれに。時間がちょっとありますから、どうぞ。
○佐々木知子君 では、時間があるようでしたら、中牟田さんにも同じ質問を。
○参考人(中牟田郁君) では、私の意見を述べたいと思います。
 先ほど侵略されるおそれがあるかもしれないとおっしゃっていましたが、なぜそのような危機、そういう侵略されるかもしれない事態が起きるのかということについて考えなければならないと思います。
 なぜかといいますと、例えば中国や北朝鮮が軍拡を行っていると思いますけれども、私自身は中国や北朝鮮の政府が行っている軍拡には絶対反対しています。しかし、このような軍拡がなぜ行われるのかといいますと、やはり中国や北朝鮮は、日本がアメリカと手を結んで日米安保同盟を強化したり自衛隊を強化したりしていることに危機感を募らせているからこそ軍拡を行うのだと思います。そのようなことを抜きにして、侵略されるかもしれないから自衛権や自衛のための戦力を持つべきではないかといったことを言うのは、私はおかしいと思っています。
 以上です。
○会長(村上正邦君) ありがとうございました。
 簗瀬進委員。
○簗瀬進君 民主党の簗瀬進でございます。
 馬場啓明さんと秋葉丈志さんに異なる質問をさせていただきたいと思います。
 まず、馬場さんでございます。
 情報化の観点でございます。私は、IT革命というものがこれから大変政治の姿自体も変えていく、場合によっては憲法の中にもそんな視点をしっかりと入れていかなければならない、このように思っております。馬場参考人は情報と権力という関係で情報の話を論じられたわけでありますけれども、今一人一人がインターネットを通して大変な情報の受信をする力、発信する力を持っている。当然情報に対するアクセスする力を持つ。そしてその結果、それが私は政治の姿自体も変えていくのではないのかなと。これをこれからの憲法にどのように入れていったらいいのか、そんな観点でもしお考えがあれば披瀝していただきたいなと思います。
 それから、秋葉参考人でございます。
 秋葉さんは、グローバル化といいますか、これからの国際化の中での憲法ということについての大変重要な問題提起をしていただいた。多様性をしっかりと受け入れることによって新しい日本の未来を切り開いていこう、これは大賛成であります。
   〔会長退席、会長代理吉田之久君着席〕
 それからさらに、ナショナルゴールとも言うべき国家目標をしっかりと憲法の中で定めて、しかもそれを平和ということに置くべきだというふうにおっしゃられているわけでありますけれども、軍備の放棄を目標とするということだけではなくて、さらに平和を実現するために我が国としてどんなことがなし得るのか、それを憲法上にどういう形で規定できるのか、こういうことについてのお考えがあればお示しいただきたいと思います。
 以上二点です。
○参考人(馬場啓明君) 情報化ということですけれども、最初に申しましたように、官僚が強いといいますのは、結局、情報を持っていることと情報を処理できる能力があるということでして、情報化が進んだら確かに大量の情報は流れるんですけれども、個人ではその情報を処理することはできません。そういうわけで、結局、個人の観点から見たときに求められることはその情報の確かさでして、その情報の確かさを担保する何か規定が必要ではないかなと私は考えております。
 以上です。
○参考人(秋葉丈志君) お尋ねの質問というのは軍備の放棄以外に我が国が何ができるかということだと思うんですけれども、それが私の言った文化的多様性の尊重ということなんです。国内において、国内にいるさまざまな民族の人たち、この人たちの文化を尊重していくことがひいては世界平和への貢献にもつながるのではないかということです。
 私は先ほど、国民という言葉ではなくてあえて市民という言葉を使いました。これは、ただ日本国民同士だけじゃなくて、国籍、民族にかかわらず、日本人は外国人を、外国人も日本人を相互に尊重しようという意味で市民という言葉を使いました。こういう意味での文化的敬意というものを国内で重視していけば、それが日本なりの世界平和への貢献策になるのではないかというふうに私は考えます。
○簗瀬進君 ありがとうございました。
○会長代理(吉田之久君) 次に、大森礼子委員。
○大森礼子君 公明党・改革クラブの大森礼子です。
 早速質問に入ります。
 私は、憲法二十一条のことについて、表現の自由の名のもとに報道の自由といいますか、人権侵害が行われている、これは非常に重大な問題であると認識しており、これまでもそのように発言をしてきました。
 二十一条について、表現の自由、情報について触れられた方がお二人いらっしゃいます。最初に尾台さんに質問したいのですけれども、表現の自由の乱用と、それから一たん人権が侵害されると回復されない、言った者勝ちの構図があると述べられました。私もそのとおりだと思います。
 それで、こういう現実を前にして、あるいは憲法の規定を変えるべきなのか、制約原理のようなもの、制約原理というのはお互いの人権調整原理のようなものであると思うんですが、そのような方法によるべきなのか、あるいはそれ以外の制度によるべきなのか、この点についてはどのようにお考えでしょうか。
 まず、尾台さんにお尋ねして、その後、馬場さんの方へ時間があれば行きたいと思います。
○参考人(尾台弘明君) お答えいたします。
 私が一番問題だと思いますのは、国民に自分も容易に被害者となり得る自覚がまずないということがありまして、言った者勝ちの構図が今現に存在しているということを知るためにも、憲法の改正というよりは、法規範の改正というよりは、マスコミの側からの、情報を発信する側の話し合いがまず必要ではないかと思います。
 具体例として挙げさせていただいたんですけれども、河野義行さんという方の講演を伺う機会がありまして、河野さんと浅野健一さんという大学教授の方が言っていたのは、報道の表現の自由について、報道倫理に関して常に継続的に話し合いを続けていける第三者機関、報道のオンブズマン制度を正式につけたらどうかという話もあったので、私としては、そういった制度的な問題に少しなってくるのかもしれませんけれども、情報を発信する側の倫理を構築していくことがまず第一かと思います。
 以上です。
○大森礼子君 報道等による人権侵害につきましては、司法的救済は必ずしも十分ではない、損害賠償額も非常に低い、これはやはり人権の価値自体が軽く見られているのかなという気がしております。
 次に、馬場さんにお尋ねいたします。
 馬場さんも情報ということについてお話しいただきました。官僚の情報、それからマスメディアの情報という二つに分けてお話しになったのですが、その情報の独占形態、一歩間違えれば一部の人間による世論操作を招きかねないというのは、非常に健全な民主主義というのを維持する上で重要な御指摘であると思います。それで、マスメディア、民間の方で聞きたいのですけれども、報道の公平さを担保するにはどのようにしたらよいとお考えでしょうか。
 それから、憲法上何らかの規定を置くことが必要ではないかと御指摘になっていますが、この何らかの規定というのは知る権利ということを想定しておられるのでしょうか。もしそうであるならば、国家権力でないマスメディアに対する知る権利というのはどのようなものになるのか、この点について時間の許す範囲でお話しいただけたらと思います。
○参考人(馬場啓明君) まず、後者の方の知る権利に関してですけれども、私の知る権利といいますのは、公権力に対する知る権利ではありませんで、事実を知る権利であります。つまり、事実を正確に知る権利でして、ですからマスメディアによる操作に関しましても、マスメディアが得ている事実を正確に伝えることがやはり重要だと思います。
 あと、規定に関してですけれども、これはやはり先ほど言いましたように情報の正確さが求められますから、どうしても一字一句情報を、事実自体をすべて述べるわけにはいきませんからある程度コンパクトにする必要があるんですけれども、そのコンパクトにする作業に対してある程度制約がかけられないといけないんじゃないかなと思います。具体的にはやはり専門家による解釈などが考えられると思います。
○大森礼子君 もう時間ですね。終わります。
○会長代理(吉田之久君) ありがとうございました。
 次に、吉岡吉典委員。
○吉岡吉典君 日本共産党の吉岡です。
 今の憲法が制定された当時、私は学生でした。それから五十数年たった今の学生の皆さんがこの憲法に対してどのような認識を持っておられるか、きょう二十人の参考人の発言を通じてその一端を知ることができました。
 私は、戦争時代に教育を受けてきた者として、憲法が制定された当時、その民主主義、平和主義に深い感銘と感動を持ってこの憲法を受けとめたものであります。そして、今もその憲法を誇るべき憲法だと思っております。
 きょう、皆さんのお話につけ加えて、今の学生の皆さんが国際的にいろいろ起こっている問題を感覚的にどうとっておられるかという点で、私は秋葉さんと横倉さんに一つずつ意見をお伺いしたいと思います。
 その一つは、昨年の五月、オランダのハーグで開かれた世界市民会議でまとめられた公正な世界秩序のための十の原則が発表された。秋葉さん、御存じかどうかわかりませんが、その第一の原則は、各国議会は日本国憲法第九条のような、政府が戦争をすることを禁止する決議を採択すべきであるというものでありました。私は、これは日本国憲法の平和原則を今世界の憲法にしなければならないという受けとめ方がこういう国際会議で行われた点で、非常に重要だと思ってこれを受けとめました。秋葉さんはこういうことをどのようにお考えになるのか、今の学生はこういうことをどのように受けとめるだろうか、これが第一の質問です。
 それから、続いて横倉さんにお伺いしたいのは、横倉さんもお触れになりました押しつけ憲法論ということを考える上での、私が新聞記事で読んだ問題です。それは、日本の憲法に男女同権を織り込んだ人として知られるベアテ・ゴードンさんの自伝にも登場するお方ですが、GHQの女性課長でウィードという中尉が当時地方を回って女性参政権についての意義を強調して歩いた。その中身というのは、「婦人の解放は、マッカーサーが銀のお盆に載せて日本人に贈ったものではありません。戦前から、女性たちの積み重ねがあって勝ち取ったものなのです」、こういう演説をして回ったということが一九九四年八月五日の朝日新聞で紹介されておりました。私はこれも非常に重要な発言だと思いました。この発言を横倉さん、どのように感想を持たれるのか。
 お二人に簡単で結構ですから、お伺いします。
○参考人(秋葉丈志君) ハーグのNGO会議の件につきましては、こちらの憲法調査会で何回か議論に上がっていますので承知いたしております。
 ただ、ハーグの会議をまつまでもなく、既に国際的に理念として戦争の放棄というものはこれは成立していると思うんです。国連というものの存在自体が単一国家間同士の戦争を防ごうという理念ででき上がっているわけですから、これは既にもう理念として国際的に認知されていて、私は維持しようというふうに申し上げております。
 ただもう一点、現実に自衛隊が存在して、この自衛隊の存在というのをどのように憲法で説明できるのか、今の憲法ではこれがちょっと説明に無理があるのではないかということも一方で私は感じております。
 だから、たとえ自衛力の保持を明記する改正をしたとしても、理念として軍備の放棄を維持してはいかがという妥協策のようなものを提示してきています。
 以上です。
○参考人(横倉由佳君) 私はそのお話を知らなかったんですけれども、女性の権利がGHQから渡されたものでなく自分たちでかち取ったものだということにはすごく共感を覚えます。
 憲法というのは五十年以上も続いてきたマニュアル、言葉は軽いですけれどもマニュアルというものだと思います。マニュアルは必ずしも守らなければいけないものではなくて、自分たちでどんどん変えていけるものだと考えています。
 自分が必要なときには自分たちのニーズに合わせてよりよいものを求めていく姿勢、それが今の私たちにはあると思います。もちろん女性もそうですけれども、男性に関しても、若い人たちにはそういう力があると思います。
 以上です。
○会長代理(吉田之久君) 福島瑞穂委員。
○福島瑞穂君 社会民主党の福島瑞穂です。きょうは本当にありがとうございます。
 先ほど、例えば尾台さんが逐条ごとに一つ一つきちんと議論していってほしいとおっしゃったことは、私も日ごろこの憲法調査会で思っていることなので、皆さん方それぞれの発言、とても意を強くしたところもあります。
 それで、特にきょう、沖縄から来ていただいた與那嶺さんの発言やいろんな帰国子女の方の発言や、そういう発言はとても私は大事にしたいというふうに思っています。
 日本の文化、伝統イコール民族イコール日本人イコール国益イコール国家という発想は、全部イコールでは実は全くつながらないというふうに思っています。
 きょう、現に沖縄から與那嶺さんが来ていただいているように、日本は多民族国家で、アイヌの人たちもいますし、多民族国家であり、単一民族では決してありません。ですから、ここの議論の中で、日本の文化、伝統を守るイコール民族の優越性、日本人ということ、日本人の権利を守る、国益、国家という議論のみに全部イコールでつながれる議論がされているのはおかしいと思っています。
 それで特に、秋葉さんが帰国子女という立場から、日本人、国籍は多分日本人だと思うんですが、二つの文化を持っているというふうにおっしゃいました。日本の中にはそういう多様な文化を持っている人もいますし、国籍もさまざまな国籍の人が現に日本で暮らしています。
 日本国憲法のもとにおいても、憲法十四条によって外国人の権利は認められているというふうに考えられています。そういう意味では、きょう、さまざまな意見を聞く中で、もし二十一世紀に憲法を生かすということであれば、日本人のみの権利ではなくて、その多様化した文化あるいは外国人の権利も含めて、世界の中でどういうふうな憲法を生かすようなことができるかということが非常に重要だと思います。
 それで、秋葉さんにお聞きをいたします。
 先ほど簗瀬委員も聞かれたんですが、二十一世紀に憲法を生かすということであれば、例えば外国人の権利あるいは日本の中の多様な文化を生かすということを、どういうふうなことがされればその憲法を生かすということになるでしょうか。ちょっと抽象的で済みません。
○参考人(秋葉丈志君) 私自身の体験で申し上げますと、先ほど国籍の話が出ましたけれども、私は、生まれもアメリカでしたので、二重国籍です。
 日本の法制上、一つこの文化的多様性の観点から疑問に感じることとしては、二重国籍の人が国籍の選択を迫られるという問題があります。これは実際に本人じゃないとなかなかわからないことなんですけれども、自分のお父さんとお母さんがいて、そのどちらかを切り捨てて片方につけと言っているようなものなんですね、感覚としては。
 最近では、先進国の中では、二重国籍というようなものを容認する姿勢というのが徐々に出てきていますから、私の体験から言えるのは、国籍の選択を迫られるという問題を例えば何とかしてほしいなというふうに感じています。
 以上です。
○福島瑞穂君 ごめんなさい。時間だそうです。どうも済みません。
○会長代理(吉田之久君) 次に、平野貞夫委員。
○平野貞夫君 自由党の平野でございます。
 秋葉さんにお尋ねしますが、自衛隊は合憲とごらんになりますか、違憲と思われますか。
○参考人(秋葉丈志君) 今の解釈では無理があって、違憲だというふうに感じております。
○平野貞夫君 この憲法を制定したときに議会の審議で反対した政党があるわけです。日本共産党でございます。その反対の理由は、いわゆる日本国の安全を外国に依存している憲法だ、やはりいざというときには自分たちで守らなきゃだめだと、こういう討論をやっておりまして、私は非常に立派な討論だと思っておるんですが、秋葉さん、どういうようなお考えでしょうか。
○参考人(秋葉丈志君) ちょっと明確に質問を理解できなかったんですけれども、済みません、もう一度御質問お願いできますか。
○平野貞夫君 憲法を制定した議会の審議で反対した、憲法のこの内容をですね、政党が一つありまして、当時の日本共産党でございます。もちろん今も同じだと思いますが。その反対の理由の一つに、自国の安全を外国に依存していることはよくない、みずからやっぱり守るという基本的な自衛権というのは持っておかなきゃだめだという反対討論をしておりますが、大変立派な話だと思いますが、秋葉さんはどのようにお考えでございましょうか。
○参考人(秋葉丈志君) 質問の趣旨を私なりに理解しますと、日本の安全を外国に依存しているから九条というものの存在はちょっと無理があるのではないかということに対してどう思うかということですが、素直に申し上げると、やはり各国とも自衛力というものは持つもの、持つべきものだというふうには考えておりますので、一部その議論は納得できます。
○会長代理(吉田之久君) そのぐらいで結構でございます。
 それでは、水野誠一委員ですが、御質問者の方々、初めにどの参考人かちょっとお願いします。
○水野誠一君 参議院の会の水野でございます。
 きょうは大変おもしろいいろいろ御意見を伺うことができたんですけれども、期せずして、今回の後半のグループでは情報とプライバシーの問題、つまり報道の自由と基本的人権という、ややもすると大変矛盾する要素のある議論、これが出てまいりました。平和主義というのも、私は、大変こういった複層的な議論が必要なものであって、表層的にあるいは一義的にとらえてほしくないなと、そういう感想を持ちました。
 その中で、星原参考人に伺いたいんですが、星原さんのお話の中で、つまり国際的な普遍性と日本的な独自性というこのたて糸よこ糸という関係で法体系というものは考えていかなきゃいかぬという、これは大変私も同感でございますし、ややもすると、今の憲法議論というのも国際的普遍性というところで評価されると。
 しかし、私は、片方でやはり日本的、文化的な独自性という視点というのが大変重要だと思うんです。そういう視点で星原さんは今憲法のことをいろいろ勉強されているようなんですが、他の国の憲法の中でそういったバランスが一番よくとれている憲法というのはあるんでしょうか。その辺は何か御存じでしょうか。あるいは、そういう議論をする中であなたが一番大事なことというのは何だとお考えですか、それでもいいです。
○参考人(星原大輔君) 私自身は他国の憲法と自分の憲法を比較ということは余りしておりませんので、まず最初の御質問にはちょっとなかなか答えにくいなと思います。
 もう一つ、後半の意見ですけれども、私自身は、今の日本国憲法だけではなく、先ほども話しましたように明治憲法の方を勉強しておりますので、そこから感じることが一番大きいなと思います。あの当時、明治の時代は、明治というあの時期、時代の中で、その中の国際状況とまた日本の国の流れという二つの視点で非常によく憲法が書かれているというふうに僕自身は勉強して非常に思わされました。
 私自身が日本国憲法を勉強したときに、例えば前文であれば、日本国憲法というふうな名で憲法はできておりますけれども、前文には日本国という表現が一つも書かれておらず、逆に「人類普遍の原理」という言葉がよく使われております。それで、私自身がこれを読んだときに思いましたのは、ああ、日本でなくてもこの憲法はいいんだと。日本という国ならばこういう憲法なんだというふうな話であればわかるんですけれども、この憲法は別に日本という国家じゃなくてもいいんだというような感想を私自身非常に思ったのが非常に大きいと思います。
 ですから、例えばそういう日本という視点がなければ、ただ時代が状況がこうなったからこうするんだという、ただ時代の流れだけでふらふら動く国家になってしまうのではないか。かえってそれは日本国だけの問題ではなく、他国にも非常に大きな不信感を与えるのではないかというふうに私自身は思っております。
 それで、明治憲法というのはその二点であの当時の時代の中で制定されたのであって、日本国憲法にはそういう視点がないなということを非常に思ったというところで、本日提言させていただきました。
○水野誠一君 わかりました。
○会長代理(吉田之久君) ありがとうございました。
 佐藤道夫委員。
○佐藤道夫君 二院クラブの佐藤ですが、先ほどと同じ質問をいたしたいと思います。質問の趣旨は先ほど聞いておられたと思いますので省略いたしまして、端的に、一般的に言って自分も属する若い世代、憲法についてそれなりの関心、かなり深い関心を持っていると考えられる方、ちょっと挙手をしてください。──わかりました。
 まあまあある程度の関心は持っていると。一般的に言ってですよ。──はい、わかりました。
 ほとんど関心を持っていないと。──四名の方ですな。
 それじゃ、こっちから順番にちょっと聞いてまいりますから。途中で時間が来たらそこで終わり、こういたしましょう。
 関心を持っていないとあなたが考えられる理由は何なのか。それから、どうすればよいのか。ある程度の啓蒙活動をしてもそれは見込みがない、将来は見込みは悲観的であると考えるのか、何かやれば多少は関心を持ってくれるであろうと考えられるのか、どちらでしょうか。
 以上、三点。
○会長代理(吉田之久君) 全部にお聞きでございますか。
○佐藤道夫君 途中で時間が来たらやめますから。
○参考人(那須参君) 私がその問題で考えますのは、私の友達と話しておりましても、憲法というものが自分の行動に密着に関係していないというような意識がありまして、今密着に関係していない以上、いろいろ議論が取りざたされていてもほうっておけばよいというような意識があるのではないかなというようなことを思っております。
○会長代理(吉田之久君) それではさっきお手をお挙げになりました横倉さん、秋葉さん、中園さんの順番で、簡単で結構でございますから。
○参考人(横倉由佳君) 三つの質問を明確にしていただけますか。
○佐藤道夫君 聞いていなかったの。
○参考人(横倉由佳君) いや、なぜかということです。
○佐藤道夫君 関心を持っていないと考えられるその理由は何なのか。それから、どうすればよいのか。頑張ってみてもしかし見通しは非常に暗い、今の若い人たちの関心は憲法になんかない、こう考えられるのかどうなんでしょうか。こういうことです。
○参考人(横倉由佳君) 私は、自分の論の中でも述べましたとおり、現憲法が格調高い言葉を使っているがゆえ、国民全員にわかりにくいものになっているということが挙げられると思います。
 それをどうすればいいか。やはり学校でもっと授業に憲法を取り入れたり、易しい文章に直した憲法をもっと配布したりするようなことが必要だと思います。
 そして、人の関心を得られるかということについては、関心を持つべきであると思います。持たなければいけません。
 以上です。
○参考人(秋葉丈志君) 若者の無関心というのは、これは憲法に限ったことではないと思うんです。日本の学校では、要するに小学、中学、高校、大学と十何年間、黙って話を聞く教育しかなされてきていない。だからこれは主に教育の問題でして、学校で自分で関心を持って議論する文化というものを育てていけば、その中で憲法についてももちろん議論をするという話が出てくるのかというふうに思っています。
○参考人(中園まどか君) 憲法というのは、国の国柄をあらわしているものだと思うんですけれども、結局若者が今興味がないというのは、国と自己が切り離されているからではないかと思っております。
 私も、実は国、政府や政治に全く関心がなくて、国と切り離された人生を送っておりました。私は十九年間、実は国歌が歌えなくて、知らなかったという教育を受けてまいりました。だから、どんなに国のことが、憲法のことが言われようが無関心というふうに思っておりました。
 どうしてそれが今少しでも興味を持ち始めたのかと申しますと、日本はどういう国柄なのか、また日本人である私はどういう者なのかというのを、大学で歴史や伝統を学ぶことによって自分の存在を知ったときに、憲法というのが身近な存在に思えたときがありました。だから、ぜひ歴史や伝統を学ぶ中で自分と国とのつながりを発見することがまず今の若者に求められていることではないかなと思っております。
 以上です。
○会長代理(吉田之久君) ありがとうございました。
 それでは、なお若干時間がございますので、第二巡目の質問に入らせていただきます。
 佐々木知子委員。
○佐々木知子君 今回は星原さんと那須さんにお伺いしたいと思います。
 お二人とも国柄ということを述べておられました。私も、憲法を一読すれば、この国はどういう成り立ちだろうか、この憲法はどうやってできたのか、伝統、文化は何なのか、特色は何なのか、そしてどういう国を目指しているのか、それがわかるものであってほしいというふうに常々思っております。
 それで、那須さんは少し述べられたんですけれども、星原さんは、いろいろいい提言を二つされておられましたけれども、これからの日本はいかにあるべきか、いかにあるべきかというか、いかにしていきたいか、二十一世紀をこれから担う若者として、どういうふうな日本にしていきたいと思っておられるのか、それをお述べになっていただけますか。
   〔会長代理吉田之久君退席、会長着席〕
○参考人(星原大輔君) どういう国を描いているのかという話ですけれども、私自身も大学生の間に何度かアジアの方に、台湾であったり韓国の方にも行って、直接現地の学生と討論したことがあります。そのときに非常に思わされたのは、ほかの国の人たちというのは日本という国をじっと見詰めているんだなということを非常に思わされたんです。
 台湾であれ韓国であれ、先ほど那須君もちょっと言われておりましたけれども、僕自身も学生と話したときに、これからアジアを考えるときに、やはり日本抜きでは語れない、日本とともにアジアの平和のことを考えていきたいんだという話を非常にされて、そういうふうにアジア諸国から自分たちの国、自分の日本という国が見詰められているんだなと思ったときに、私自身が思うのは、やはり自分という姿をやっぱりアピールする。例えば先ほどの平和の話であれば、日本というのはこういう平和を描きたいんだと思っていることをもっともっと積極的に具体的な姿をあらわしていきたい。例えば先ほどの軍備の話であれば、平和という理念はやはりこれはもう非常にすばらしいというか非常に大切な理念だと思うんですけれども、その平和に至る方法の一つとして軍備放棄というのがあるのであって、いたずらに軍備放棄だけを唱えるんじゃなく、たくさんの国たちと集まったときに、日本はこういう平和を描いて、こういうふうにしたいんだという主張できるような具体的な姿が見える憲法、国であってほしいというふうに思っております。
○参考人(那須参君) 私は、憲法というものは国民の常識と良識というものが文章化されたものだと思っております。そして、その常識と良識というものは歴史の、日本国が長い間にわたって培ってきました英知によって積み重ねられた常識、良識ということだと思っております。
 今、私もいろいろと日本の国の歴史を勉強しましたけれども、日本の歴史の中には、例えば明治時代に、その当時公然と行われていた奴隷貿易というものを撤廃するようなそういう誇り高い外交もしております。私は、そのような誇り高い日本の歴史というものをこれから教育していくことによって、その先人の意志に、業績に連なっていきたい、そういう前向きな意志を持ったそういう国民がこの国際的状況の中で他国に協力していく、そういうような国にしていきたい、そういうことを思っております。
○会長(村上正邦君) ありがとうございました。
 浅尾慶一郎委員。
○浅尾慶一郎君 民主党・新緑風会の浅尾慶一郎です。
 きょうは大変若い、私も一番若い方ですけれども、皆様方から大変有意義な御意見を聞かせていただきまして、ありがとうございました。
 特に、それぞれの参考人の皆様の意見が、若干というかかなり違っていたことが私にとっては興味深く聞かせていただけた一点であります。
 そこで、質問させていただくのは秋葉参考人なんですが、秋葉参考人に何を聞かせていただくかといいますと、例えば那須参考人の意見では、日本国憲法は、特にその前文等で、どちらかというと我が国の過去の行為について批判的であり過ぎて、国としての希望その他が余り感じられないといったような意見があったわけであります。何を秋葉参考人に聞かせていただくかと言いますと、秋葉さんはアメリカで生まれ育っておられますが、アメリカという国はどちらかというと圧倒的に国に対して誇りを植えつける教育をずっとしてきておりまして、野球のゲームでも国旗や国歌がその場で斉唱され、そして掲揚されるといったようなことがありますし、また、過去のアメリカの歴史についても、比較的というかかなり肯定的にとらえている部分があるんではないかなというふうに私は思うわけであります。
 そこで、何を聞かせていただくかというと、那須さんが言われているように、少し憲法を、過去に対して批判すべきところは批判すべきなのかもしれませんが、もう少し光を当てる部分があるんではないかなというふうに私も思うわけでありますが、アメリカで暮らされた経験を持たれる秋葉さんはどういうふうに思われますかということを伺わせていただきます。
○参考人(秋葉丈志君) アメリカの小学校では憲法の前文を暗記させられました。
 憲法調査会の皆さんにお願いしたいのは、次世代の例えば小学生や中学生がどういう前文を暗記してほしいかというような視点でひとつ議論をしていただければいいのかなというふうに、これだけ申し上げておきます。
○会長(村上正邦君) あと十五分ほどございますが、こういう場面は非常に貴重でございますので、参考人の中からでも、もう一言私はこういうことを今質疑の中で感じて言っておきたいとか、また委員の中からも、こういうことは一遍聞いてみたいなということがありますれば、挙手を願います。──じゃ、中牟田参考人から参りましょう。
○参考人(中牟田郁君) 先ほどの佐藤道夫議員の、若者が今関心を持たないのはなぜかということについて、私なりに考えたことを述べたいと思います。
 一つ私が思っているのは、昨年の夏の国会で、ガイドライン関連法とか組織犯罪対策法とか日の丸・君が代法というものが次々と制定されたと思いますけれども、この過程を見ていますと、やはり全然審議もされなく数の力で次々と決まっていったなと思って、そういうのを見ていると、やはりこういうものを見て自分が意見を言ったとしても全然反映されないなというところでニヒリズムに陥る人が多いんじゃないかというふうに一つ思います。
 もう一つは、政府による反対運動に対する圧力が強いことじゃないかと思います。例えば組織犯罪対策法というのが制定されましたけれども、これは盗聴法とか言われていますように、市民団体とか反対運動に対する弾圧じゃないかというふうに言われていますけれども、私もそう思います。こういうふうにして反対運動が抑圧されるというか押しつぶされることによって、今、日本で何が起きているのかということを訴える力が政府によって弱められることで、関心を持つ人たちもまた減っていくんじゃないかというふうに思っています。
 ですから、このように学生などが関心を持つためには、そういう反対運動を強力に推し進めていくことは重要だと思いますし、先ほど侵略されたらどうするのかという話にもなりましたが、私は平和を実現する最も現実的な方法は世界の人々とともに各国政府の軍拡に反対する平和運動を進めることだと確信していますので、そういう運動を政府の方々がつぶすようなことは決してしてほしくないというふうに思いました。
 以上です。
○会長(村上正邦君) この中牟田参考人の御発言に、これは逆に与党に対する、私は回答が必要ではないかと思いますが、与党の中から御発言があれば、盛んに。
 陣内先生、当時の法務大臣でございますので。どうぞ。
○陣内孝雄君 御意見は御意見として承りましたが、実情を申し上げますと、私、法務大臣として通信傍受法の法案成立の責任者の一人で、国会の論議に加わったわけでございますけれども、この内容につきましては、私どもとしましては十分理解していただくようなあらゆる手だてを講じて皆様方に御説明したつもりでございます。
 ただ、今お話を伺いますと、どうもその辺が、法案の内容について御理解が少しまだ行き渡っていない点があったかなという気はいたしますけれども、十分な国会の審議を経て、そしてこの法案が成立したことを改めて報告させていただきたいと思います。
○会長(村上正邦君) 審議はそんなにしていなかったんじゃないかというこの誤解はしっかりこの場で解いておいた方がいいですよ。
 北岡理事、当時の。何時間これやったんですか。
○北岡秀二君 いやいや、私は政務次官でございましたから。
 この件についての議論というよりも、私は中牟田さんにちょっと違う質問をさせていただきたいと思ったんですが……
○会長(村上正邦君) いやいや、それはちゃんとお答えしてやってください。
○北岡秀二君 審議は十分になされていらっしゃったと思います。六十九時間の審議をやったような状況で、そのあたり、国会の審議というのはある程度決められた国会会期の中で一つの法案を通すという部分をぜひともまた御了解をいただきたいと思います。
 ちょっと私が質問したい部分……
○会長(村上正邦君) 憲法問題に戻してください、あとは。
○北岡秀二君 先ほど中牟田さんがおっしゃられた部分の中で、例えばガイドライン法案等々の部分で、ある方のお話で、侵略戦争をするための法案をつくっているんだというようなお話をされていらっしゃいましたが、その方のお話で、何のために侵略戦争をされるのかということまで聞かれたことがありますでしょうか。そのあたりちょっとお聞かせいただきたいんですが。
○参考人(中牟田郁君) 何のためにでしょうか。
○北岡秀二君 だから、政府とか我が国が侵略戦争をするための法案だというような説明を聞かれたというようなことをここに書いておりますが、その話された方が、政府なり与党の立場の人たちが戦争を準備するための法案だと言うのは、何のための戦争をしようとしているのかということまで聞かれたかというのをちょっとお聞きしたいんですが。
○会長(村上正邦君) これは憲法問題ですから、その問題は一応ここは畳んでいきたいと思います。
○参考人(中牟田郁君) 答えたいと思いますけれども……
○会長(村上正邦君) そこで、西脇参考人から手が挙がっておりましたが、西脇参考人、何かありますか。憲法問題に限ってくださいね。
○参考人(西脇伸幸君) こちらにおられる委員の皆さんのどなたかに質問という形になると思うんですけれども、この憲法調査会の委員になられた理由というのを一度聞いてみたいと思うんです。それは憲法問題じゃないならいいんですが、だれでもいいんですけれども、何か理由が聞きたいと思うんですけれども。
○会長(村上正邦君) どなたかお答えいただけますか。憲法調査会委員になった理由。どなたかありますか。
 佐藤委員。
○佐藤道夫君 簡単にお答えいたしますけれども、私は法律家の端くれでありまして、戦後五十年、今の憲法がずっと来ている、二十一世紀に入る、このままでいいんだろうかと私考えた次第でありまして、憲法にはいろんなところでやっぱり実態と合わない条文もたくさん出てきていますから、その辺をここで一回見直したらどうだろうかと。これは法律家の考えですけれども、政治的にどうだこうだというのじゃなしに、そういうことでこの委員会に加えていただいたと。
 以上です。
○会長(村上正邦君) 池田光政参考人、手を挙げておられましたが、ございますか。
○参考人(池田光政君) 先ほど私が申し上げたことについての補足で、たった一言だけ申し上げたいと思います。
 先ほど私があのような意見を申し上げましたのは、ただ一つ、肝心かなめの我が国が、どのような高邁な理論を掲げるにせよ何をするにせよ、滅ぼされてしまってはどうにもならないからです。
○会長(村上正邦君) はい、わかりました。
 委員の中からどなたかいらっしゃいますか。
 大脇先生は御質問なさいましたから、福島瑞穂先生、どうぞ。──ああ、したの。
 どなたか質問なさっていない方で、御発言をなさっていない方で。
 では、江田幹事。
○江田五月君 民主党の江田五月です。
 沖縄から来られた與那嶺さん、だれも質問しなかったので一つ聞いてみたいんですが、與那嶺さん、地域主権のための情報公開という話をされましたが、実は、沖縄から百七十何人のうち二人応募があって、そのうち沖縄でずっと育ってこられたのは與那嶺さんだけだったんです。したがって、與那嶺さんの場合には本土復帰ということを体験されている。お年からいってもいろんな思いを持ちながら本土に復帰された経験を踏まえておられると思うんですが、その際、それまでは日本国憲法という体系の中に沖縄はいなかったわけですよね。そして、ほかの日本のいろんな地域の皆さんと違って、沖縄の皆さんは後からこの日本国憲法の体系の中に入ってこられた。
 そのことを沖縄の皆さんはどういうふうに感じておられるかということを、何か我々の参考になるようなことがありましたら教えてください。
○参考人(與那嶺新君) お答えします。
 私個人では復帰前の記憶はないんですけれども、実際、復帰運動ではやっぱり日の丸を掲げて憲法のもとに復帰するということで復帰したわけですけれども、実態は、基地の問題にしろ、全然復帰前と状況は変わっていないと思っています。
 それは、県民もやっぱり基地がない方がいいと大多数は思っているわけですから、逆に、戻った憲法は何だったのかというのがほとんどの住民の意識ではないかと。逆にあきらめムードというか、最近では一坪反戦地主の県の公職追放という形で、議会でそういう採択がされたんですけれども、憲法に戻ったはずがその憲法で逆に侵しつつあると、そういう危機的な状況であると考えています。
 以上です。
○会長(村上正邦君) いいですか。
 簗瀬委員。
○簗瀬進君 中園まどかさんにお尋ねしたいんですけれども、若者の政治離れというようなものが非常にこれからますます重大な問題になっていくだろうと思うんです。
 その中で、あなたの経験は大変ないろいろと無関心の中で一生懸命頑張ったなという感じがするんですけれども、お話の中にあった個人と集団が切り離されたような感じを持っているというようなもの、これは一体どうしてそうなってしまったのか。
 さらに、これをきちんと直していかないと、例えば憲法も最終的にはそれは外から与えられるものでもないし、上から与えられるものでもないし、自分たちがつくるんだと、こういう究極の民主主義への参加というようなものがなければきちんとした憲法なんかできっこないんですよね。法律もすべてそうだと思うんです。
 だから、若い皆さん方がもっと積極的に、例えば集団あるいは決まり、そういうようなものは最終的には自分たちがつくり上げなければだめなんだという、こういうふうな気持ちになってもらうためには一体どういう工夫をしたらいいのかなということについてのお考えがあれば教えていただきたい。
○参考人(中園まどか君) 先ほども言いましたけれども、私が国と離されてしまったのは、日本は悪いことをしてきたんだ、第二次世界大戦のときアジアの国に多大な迷惑をかけたんだということをずっと高校生まで教えられてきて、それが非常に私にとって国という一つの公の場と切り離されるものとなってしまったのではないかなというふうに思っております。
 やはり、先ほども言いましたように、集団とのつながりとか決まりとか、そういうものを取り戻すためには、若者がしっかり考えていくためには、やはり公と自己というのをつながりをもう一度学生が本当に取り戻していく。先ほど言いましたように、歴史と文化に基づいたところで、視点で自己を見直していくという必要があるかと思います。
○会長(村上正邦君) ありがとうございました。
 時間も参りましたので、本日の質疑はこの程度といたします。
 おわびいたしますが、私、調査会会長でございますが、きょう、出たり入ったりいたしましたことについて申し上げますが、きょう御承知のように新総理が決まりまして、新総理は自由民主党の総裁でもありまして、一連のセレモニーがございます。私、参議院議員会長としてこれに同席をしなきゃならない役割がございまして、大変失礼をいたしましたことをお許しと御理解を賜りたいと思います。委員の先生からどっちが大事だと、こうおしかりも受けましたが、どうぞお許しをいただきたい。こんなことはめったにございません。
 参考人の皆さんに最後に御礼のごあいさつを申し上げます。
 本日は大変ユニークな、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことに、今後の調査会の資料といたしまして生かしてまいりたい、このように思っております。本調査会の今後の活動に役立ててまいりたいと思います。
 また、参考人の皆さんにおきましても、それぞれ学園の、また友人の輪の中で憲法論議を広めていただきたいと思います。また、率直に、調査会の参考人として出ていったよと、どうももう少し突っ込みが足りなかったな、委員の先生方勉強が少し足りないんじゃないかということでも結構でございますが、どんどんそうした憲法の論議を広めて、深めていただきますことをお願いを申し上げ、また、今後この調査会のいろいろと資料を、これはもう、きょう貴重な時間を割いて御出席いただきましたので、皆さん方にはいろいろな資料をお届けもお送りもさせていただきますので、それに対する意見がございますれば調査会の方へどしどし、文書でも結構です、電話でも結構です、また、今、世耕先生からも話がありましたが、インターネットを利用していただきまして、どんどん御意見をお寄せいただければありがたいと思います。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後五時十六分散会

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