[改正、最高法規]

1 改正手続と国民投票法制

 憲法改正手続の問題については、主に、改正の限界、現行の改正要件の妥当性、国民投票法制の在り方などが問題となった。

改正の限界

 憲法改正に内容上の限界があるかは、学界でも争いがある。三通りの考え方が知られており、

(1) 限界説
憲法の同一性、継続性が認められる限りにおいて改正というものが成り立つ。改正が認められない例として、憲法全体の変更、第9条の変更、憲法制定権者である国民の権限を制約・縮小するような改正規定の変更、国民の義務の追加などが挙げられる、
(2) 無限界説
同じ憲法の条項の間に優劣・上下はないのであって主権者である国民が決断すればいかなる条項も改正が可能である。ただ改正は主権者の意思表明が自由に行えるというのが大前提であるから占領下での改正を禁止するなど時期的限界の意義は重視すべき、
(3) 折衷説
国家という共同体をつくる理由は、秩序を築き、共同の利益を確保して人々の生活をより豊かにする目的を実現するためで、主権は国政の在り方を決める最終的な力であり、国民主権の変更以外は改正が許される、

との内容がそれぞれ主張されている。

 これらの考え方につき、本憲法調査会では、

無限界説による意見
  • 改正規定を改正できないとすれば、過去の憲法改正をしたときの意思が将来を拘束し、永久的にそれを保持しなければならないことになりかねない。改正規定の改正も立法府にゆだねられているものと考える、
  • 基本原則については改正を禁止する規定を置く国もあるが、国民が意思を決定するという点から、そのような規定は考えない、
  • 憲法が国民の生存と秩序を保つ最高法規であるならば、その生存と秩序を決定的に脅かす事態に直面したとき、国民が新しい憲法を制定する、あるいは憲法を変えることは容認されるべきであり、おのずからそこに理論的限界があるとするのは承服し難い、

などの意見が出される一方、

限界説による意見
  • 96条が現行憲法を否定する憲法を想定することはあり得ない、
  • 憲法96条が定める憲法改正国民投票制は憲法を制定した主権者である国民の意思を端的に示したものであり、これを廃止することは改正の限界を超えるものにほかならない、

などの意見が出された。さらに、

  • 仮に改正には限界があるとしてもそれに違反した改正を無効とする制度が存在しないのであるから理論的に言っても余り意味のないことかもしれないが、政治的な主張としては、限界説は非常に大きな意味を持つ、

などの意見が出された。

改正要件

 憲法改正に際し通常の法律の場合よりも厳格な手続要件が課される憲法のことを硬性憲法、通常の法律と同じ手続で改正される憲法を軟性憲法という。軟性憲法の国であるスイスは数十回にわたる憲法改正を重ねていることで知られる。

 日本国憲法の改正手続規定は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成による発議、国民投票の過半数の賛成による改正を定めており、典型的な硬性憲法である。この改正要件については、厳しすぎるものかどうかについて、議論がある。

 本憲法調査会においては、

  • 党の憲法調査会中間報告(平成16年)は、国民の手に憲法を取り戻すためにも、憲法改正手続をもっと国民に近いものに直していく方向を考えるべきとしている(民主党)、
  • 政治的な様々な要因もあって憲法は改正されてこなかったが、憲法自身が持つその改正条項があまりにも厳しすぎるという意見もあり、この点は本調査会の検討課題として留意すべき、

などの意見が出された。

 現在の改正要件については、変更を求める意見と、慎重な意見があり、見解が分かれた。

改正要件の変更を求める意見
  • 党の論点整理(平成16年)は、現憲法の改正要件はかなり厳格であり、これが時代の趨勢に合った憲法改正を妨げる一因になっているのではないかとの意見が強く主張され、改正の発議要件である各議院の総議員の3分の2以上の賛成とあるのを、過半数とするなどの改正を行うべきとの具体的な提案もあり、これについても今後慎重に検討するとしている(自由民主党)、
  • 改正の発議に各議院の総議員の3分の2以上を要求するのは、ぎりぎりの政治的議論において、現状を変えさせないという人の意見が変えたいという人の意見の2倍の重みを持つことになり不合理。2分の1にして、国民の英知にかけるという意味で国民投票にかければよい、
  • 国民の過半数が改正に賛成の意を表していても議会において発議できないという状況は、かえって国民の憲法改正権を妨げ、国民主権に反するとも言えるので、発議に必要な議決権を過半数に引き下げ、その上で国民投票に付すということが在るべき姿、

などの意見が出される一方、

改正要件の緩和に慎重な意見
  • 改正の内容を確定することと、厳格な改正プロセスを踏むことは同等のエネルギーを必要とする。改正要件を緩和することは、より小さなエネルギーで紛争ないし論争を多発させることになり妥当でない、
  • 改正のハードルを著しく下げることは、憲法の最高法規性を放棄するものにほかならず、国会の意思のみで憲法を改正できるとすることは、人権侵害の法律が制定されても、それに合わせて憲法も変えてしまえば裁判所によるチェックすら及ばなくなる危険が生ずる、

などの意見が出された。

 また、改正手続を進める際の留意点として、

  • 改正手続には多くの論点があり、後々にしこりを残さないためにも、慎重な議論を経て合意形成をする必要がある、

などの意見が出された。

 なお、憲法改正方法については、歴史に責任を持つためにも本文は残し不足部分をこれに加えるというアメリカのアメンドメント方式(増加型改正)に注目してほしいとの意見に関して、

  • 現行憲法を維持しつつ新しい条文を書き加え補強していく加憲方式は、以下の理由から極めて現実的な方法、(1) 現行憲法が優れた憲法で、広く国民の間に定着し、積極的に評価されているとの基本認識がある、(2) アメンドメント方式の米国や人権宣言が今も有効であるフランスなど時代状況に合わせて憲法を補強していく国が少なくない(3) 96条2項の「この憲法と一体を成すものとして」公布するとの表現は米国式の加憲のニュアンスが出ており、「改正」の英訳もアメンドメントであり、米国的な増加型改正が基本と指摘する学者もいる、

などの意見が出された。

改正手続

 憲法の定める改正手続の規定については、原案提案権や発議要件等に関して、

  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、憲法改正案の原案の提案権は国会議員に限定する規定を設けるとしている(自由民主党)、
  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、国会による発議の要件については、各議院の総数の過半数の賛成に緩和するとしている(自由民主党)、
  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、天皇による公布の規定は現行のまま維持するとしている(自由民主党)、

などの意見が出された。

国民投票法制

 憲法改正手続における国民投票については、その重要性にかんがみ、維持すべきとの共通の認識があった。

  • 国民投票条項は堅持すべき、
  • 特別投票による議会決定により国民投票を回避するという考え方があるが、憲法制定権力が国民にあるのは妥当なことであり、憲法改正はすべて国民投票によるという形が妥当、
  • 法律が、国が国民に課した規範であるのに対し、憲法は国民が国に課した規範であり、国民投票を不要とする改正手続の改正には問題がある、

などの意見が出された。

 憲法は、憲法改正を行う際、その承認を行う国民投票を義務付けているが、これらの具体的な手続を定めた国民投票法は制定されていない。この点に関し、

  • 憲法改正を行うために必要な国民投票法案については、手続法であることから、各党の賛同を得て早急に良いものをつくりたい、

などの意見が出された。

 特に具体的な実施方法、成立要件について、

  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、憲法改正には必ず国民投票を行わなければならないとされている点についてはこれを維持するとともに、国民投票における承認の要件は有効投票の総数の過半数の賛成とするとしている(自由民主党)、
  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、国民投票については、特別の国民投票として行うことに限定するとしている(自由民主党)、

などの意見が出された。

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