第161回国会 参議院憲法調査会二院制と参議院の在り方に関する小委員会 第1号


平成十六年十一月五日(金曜日)
   午後一時開会
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平成十六年十月十五日憲法調査会会長において本
小委員を左のとおり指名した。
                愛知 治郎君
                荒井 正吾君
                武見 敬三君
                藤野 公孝君
                舛添 要一君
                森元 恒雄君
                山下 英利君
                郡司  彰君
                鈴木  寛君
                富岡由紀夫君
                松井 孝治君
                若林 秀樹君
                山下 栄一君
                吉川 春子君
                田  英夫君
同日憲法調査会会長は左の者を小委員長に指名し
た。
                舛添 要一君
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  出席者は左のとおり。
    小委員長        舛添 要一君
    小委員
                愛知 治郎君
                荒井 正吾君
                武見 敬三君
                藤野 公孝君
                森元 恒雄君
                山下 英利君
                郡司  彰君
                鈴木  寛君
                富岡由紀夫君
                松井 孝治君
                若林 秀樹君
                山下 栄一君
                吉川 春子君
                田  英夫君
    憲法調査会会長     関谷 勝嗣君
    憲法調査会会長代理   簗瀬  進君
   事務局側
       憲法調査会事務
       局長       桐山 正敏君
   参考人
       慶應義塾大学法
       学部教授     小林 良彰君
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  本日の会議に付した案件
○二院制と参議院の在り方に関する件
 (選挙制度を中心とした参議院の在り方)
    ─────────────
○小委員長(舛添要一君) ただいまから憲法調査会二院制と参議院の在り方に関する小委員会を開会いたします。
 この際、一言ごあいさつを申し上げます。
 このたび小委員長に選任されました舛添要一でございます。
 小委員会の運営に当たりましては、小委員の皆様方の御指導と御協力を賜り、公正かつ円満に進めてまいりたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。
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○小委員長(舛添要一君) 二院制と参議院の在り方に関する件を議題といたします。
 本日は、選挙制度を中心とした参議院の在り方について、慶應義塾大学法学部教授小林良彰参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
 この際、参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙のところ本小委員会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。小委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
 忌憚のない御意見を賜り、今後の調査に生かしてまいりたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。
 議事の進め方でございますが、まず小林参考人に三十分程度御意見をお述べいただきまして、その後、各小委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、参考人、小委員ともに御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、小林参考人、お願いいたします。
○参考人(小林良彰君) 御紹介にあずかりました小林です。本日は、二院制と参議院の在り方についての小委員会にお招きいただきまして、ありがとうございます。
 私は有権者の投票行動の研究を行っておりますので、本日は主に参議院の選挙制度についてのお話をさせていただきたいと思っております。
 まず、選挙制度を考える際に、参議院の存在意義をどのように考えるのかが重要であると思いますので、その点について若干最初に触れさせていただきたいと思います。
 第一に、衆議院のカーボンコピーという批判もございますが、これに対しては、一院制の問題点を指摘する消極的な二院制論と、二院制の意義を論じる積極的な二院制論、この二つを考えることができると思います。
 まず、前者については、一院制では一院である議会を構成する多数政党がそのまま内閣を構成するために、結果として立法府に対して行政府の権限を強化することにつながるということになります。また、韓国の一院制による大統領弾劾で一時政治的空白が生じたことを挙げるまでもなく、一院制ではドラスチックな変化が時には行き過ぎることがあり、政治的な安定性が失われることも起こり得ることになると思います。
 一方、後者の積極的な二院制論は、こうした一院制の問題点の裏返しになりますが、まず第一院と行政府による政策形成をダブルチェックするという大きな意義があると思います。
 一院制論者の中には地方議会が一院であることを理由とする方もおりますけれども、地方自治体では直接公選による首長と地方議会による二元代表制を根幹としています。したがって、あえて地方自治とのアナロジーで論じるならば、国政では議院内閣制であるために第一院の多数政党によって内閣が構成されますから、むしろ第二院が存在することこそがその二元代表制を担保するために必要不可欠なのではないかというふうに考えることができるのではないかと思っております。
 また、その我が国で第一院と第二院の選挙制度について完全入替え制か半数入替え制かの違いがあることによって、衆議院が持つ、時にはその行き過ぎたダイナミズムというものを緩和する効果を参議院が持つことができるのではないかと思っています。また、付け加えるならば、第一院である衆議院が小選挙区制を中心とする多数代表の論理で構成されるならば、それとは異なる論理で構成することにより参議院が多様な意見の反映というメリットを持つことができると思います。そして、任期の長さであるとか良識の府たる議員を選出することによって、そうした議員がその自分が所属する各党においても議論を深めて、時にはリードするという役割を担うことも参議院の重要な役割ではないかというふうに考えております。
 このように考えていきますと、参議院は衆議院とは異なる選出方法で議員を選出することが何よりも重要ではないかということになります。
 もっとも、両院の選挙制度が今日類似している原因は、参議院の選挙制度が一人区の県においては小選挙区比例代表並立制、複数区の都道府県においては中選挙区比例代表並立制になった後に衆議院の選挙制度が小選挙区比例代表並立制に移行したためであり、本来であれば衆議院の選挙制度を考える際に検討すべき問題であったかもしれませんが、これまでにも比例代表制における非拘束式導入であるとか、あるいはボタン式投票方式の導入など、少なからぬ改革を参議院が先に行ってきたということも参議院の存在意義の一つとして考えるならば、現時点においても、参議院の側からほかの院とは異なる選出方法を考えることもまた参議院が存在する意義であるととらえることができると思います。
 それでは、第二院が本来どのような存在の院になるべきであるのかを考えると、まず、ダブルチェック機能を担保するために、憲法の基本である両院平等であることを前提として、その上でその憲法制定時の本来の姿である良識の府たる役割や議員の選出を考えることが重要ではないかというふうに思っております。
 また、選挙制度以外の問題は本日の議題からは離れるかもしれませんが、両院平等という立場で考えるならば、両院協議会における議決を三分の二より引き下げる必要があるのではないかと思います。つまり、両院の意見が分かれているのに三分の二の賛成を得ることは難しく、現実には両院協議会が機能しなくなることにつながる可能性があると思うからであります。
 そして、両院にまたがる政党の党議拘束があるということは二院制の機能を活性化させにくくしているのではないかと思いますので、参議院における党議拘束についても検討すべき課題ではないかと考えております。
 さらに、会期についても、もし参議院が長期的な問題を検討する院であるとするならば、会期を現在よりも長くしたり、あるいは参議院においては会期不継続の原則を検討すべきではないかと考えております。
 最後に、有権者の目から見ると、参議院選挙はこれまでにも多党化や政党離れなど一種の先行指標となっておりますし、また、有権者が重要な選択をする際に大きな決断をすることがあったことも指摘することができると思います。さらに、参議院選挙においては、一般的に争点に対する有権者の関心が高くなることもこれまでの研究から言われております。
 なお、お配りさせていただきましたレジュメの参照1をごらんいただきますと、これは今年の参議院選挙に際して全国で行いました面接調査に基づいたものですが、まず、参議院選挙に行くことによる政治的有効性感覚を持っている有権者が過半数おり、少なからぬ数字であることが分かります。
 また、参照2は、選挙への参加、この場合参議院選挙ですが、今年の参議院選挙への参加の有無を決める要因を計量的に分析した結果ですが、下の方をごらんいただきますと、政治制度評価というところがございますが、二院制という政治制度の意義を評価している者ほど、そういう有権者ほど政治的有効性感覚や民主主義に対する満足感が高くて、そういう有権者ほど政治関心や選挙への関心が高くなり、最終的に投票に行く割合が高いということが実証的に明らかになっております。言い換えますと、二院制の意義を有権者に今まで以上により感じさせるということが間接代議制を機能させるかぎであると言うことができるのではないかと思っております。
 さて、それではどのようにして両院平等でかつ良識の府たる参議院を構成するのかですが、憲法四十三条の両院は国民を代表する選挙された議員という文言における選挙は、間接選挙であることを否定しないという学説があることは承知しておりますが、現に公選制であるものを非公選制とするのは現実に難しく、また国民の理解を得にくいというふうに思います。仮に将来、道州制が採用されて、国から道州に対する大幅な権限の移譲が行われた際は別にしまして、現状において間接選挙にすることは、国民と参議院の距離を遠くすることになりますし、仮に有識者を選ぶとしても、今の日本でだれが有識者であるのかを判断する客観的な基準というものは見いだすことは難しく、やはり国民による選挙、つまり公選によるのが良いというふうに考えております。
 それでは、どのような選挙制度が良いのかということになりますが、その大前提として、憲法十四条における、すべての国民は、法の下に平等であって、政治的、経済的、社会的関係において差別されない、があることを忘れてはならないと思います。その上で、憲法四十七条で、選挙区、投票の方法そのほかの両院の議員の選挙に関する事項は法律でこれを決めるとされ、具体的には公職選挙法等々が設けられております。
 ここで、様々な選挙制度を検討してみますと、第一に、まず単純小選挙区制は、各選挙における多数の意思を国会に反映させるという思想に基づくものであり、アメリカやイギリスのように多数意見と少数意見が各々、別々の選挙区、別々の地域に集まってすみ分けているような社会においては、この制度は民主主義に妥当する場合もあります。しかし、少数意見が異なる選挙区、異なる地域に分散している場合には、投票者による各党に対する得票率と議席率の間に著しい乖離が生じることがあり、少数意見が相対的に国会に反映されにくくなる場合があります。また、何よりも、既に第一院である衆議院の選挙制度が小選挙区制を中心とした多数代表の思想に基づいているために、第二院である参議院も同様の選挙制度を採用した場合には、二院制の意義、例えば政策のダブルチェックを行うということを損なうことにもなりかねないと思います。
 第二に、比例代表制は、投票者の意思をそのままの形で国会に反映させるという思想に基づくものであり、比例代表制のうち現在の衆議院で行われている拘束名簿式比例代表制も、投票者による各党に対する得票率と議席率がほぼ一致するという利点を持っております。しかし、投票者は政党を選ぶことができても人を選ぶことができないために、参議院が政党化して衆議院との違いが出にくくなるのではないかという問題点があると思います。
 第三に、非拘束式比例代表制は、投票者による政党に対する得票率と議席率を一致させるという比例代表制の利点を持つとともに、政党だけでなく人も選べるという利点を持っております。しかし、投票者が同一政党の複数候補者の中から選択をするために、いわゆる同士討ちが生じることになり、サービス合戦が生じる可能性もありますので、非拘束名簿式比例代表制を行うためには政治資金に関する厳しい規定が必要になると思います。例えば、公的助成の額を検討する代わりに、その献金に対する規制を強めるという法則も考えられると思います。
 第四に、小選挙区比例代表併用制は、同士討ちを行うことなしに、政党だけでなく人も選べるという利点を持っております。また、超過議席がなければ、投票者による政党に対する得票率と議席率を一致させるという比例代表制の利点も持っています。しかし、超過議席が生じた場合には、その分だけ当該政党に得票率を超えて議席が配分され、比例代表制よりも民意がずれる可能性があります。
 第五に、小選挙区比例代表並立制は、小選挙区制の特徴と比例代表制の特徴の双方を受け入れようとする思想に基づくものであり、並立制の性格は小選挙区制による定数と比例代表による定数の比率によって異なることになります。
 例えば、小選挙区制の割合が多い場合には、それだけ小選挙区制の問題を担うことになります。仮に並立制を採用するとしても、本来であれば参議院と衆議院の総体として両院が相互補完的な関係を持つために、両院が全体で並立制になるべきであるというふうに思いますが、現状では衆参各々がともに並立制を採用していることから、両院の構成が類似してしまう可能性があるという問題点があります。
 このように見てきますと、選挙制度においては、投票者による一票の等価値性や投票者による政党に対する得票率と議席率の一致、政党だけでなく人も選べる権利の保障、同士討ちの回避などの要請にこたえることを目指すことが求められているのではないかと思います。
 そこで、これまで述べてきました選挙制度を含めてどのような制度が良いのかを考える上で、何よりも基準を設定する必要があるのではないかと思います。その際、選挙制度は、国会議員の方にとっては選ばれる制度であることは言うまでもありませんが、有権者にとっても選ぶための制度であります。したがって、ここでは、有権者にとって何が長所であるのか、また何が短所であるのかという視点から基準を考えてみたいと思います。
 まず第一に、民意の反映が挙げられると思います。つまり、民意を反映する選挙制度とするためには、投票者による各政党に対する得票率と議席率を一致させることが何よりも必要となります。この基準を完全に満たすのは拘束式比例代表制や非拘束式比例代表制で、これに併用制が準じております。
 なお、この民意の反映で一票の等価値性の問題も含まれることになりますが、もちろん、国民代表型からアメリカ上院のような完全な地域代表型へ転換すべきであるという意見もありますが、アメリカのような連邦制を採用している国ではいざ知らず、憲法が国民代表とする以上、地方代表制を理由に一票等価値性の原則を損なうことには限度があるのではないかと思っております。
 また、仮に各都道府県から選挙のたびに一名ずつを選ぶとなると、各都道府県知事の選挙と同じ選挙区サイズ、同じ選出方法になりますから、知事から参議院議員に転出する方、あるいはその逆の方が増えて、全国知事会と参議院の間で構成における類似性が生じることになるのではないかというふうに思います。
 さらに、たとえそうして選ばれた参議院は権威があるのだといっても、現実には国民代表から離れる分だけ国民と参議院の距離が開き、結果としては参議院がいわゆるアドバイザリーグループのような存在になってしまい、両院平等の原則が崩れることになるおそれがあると思います。私は、むしろ参議院の権限の強さというものは構成員の国民代表制の程度に依存するのではないかと考えております。
 さて、参議院の選挙制度を考える基準の二番目として人の選択があります。
 これは、参議院がいわゆる良識の府たる院と言われておりますが、政党だけではなくて人も選びたいという有権者の要請に広くこたえることになり、政党化する衆議院との区別化を図り、個人本位、脱政党化を目指すことになります。
 例えば、既に参議院では若年化や女性比率の増加、高学歴化などの傾向が見られておりますが、この基準に合うのが非拘束式比例代表制であり、これに拘束式比例代表制を除くほかの制度が限られた選択肢を提供して準じることになります。
 さらに、三番目の基準として恣意性の排除があります。
 これは、有権者の意思を正しく議席に反映させるためには何人の恣意性も排除しなくてはなりませんが、現実には小選挙区の区割りを作成する際に一義的な区割りしか存在しないような基準を設けることは困難であります。したがって、だれが小選挙区区割りを作成しても、たとえ意図せざる場合でも、結果として個々の政治家にとっての有利不利が生じることも考えられないわけではないと思います。
 最後に、第四の基準として、投票のインセンティブがあります。
 これは、近年、国政選挙における投票率の低下が指摘されておりますが、このままでは選挙の意義そのものが問われることにもなりかねないと思います。したがって、可能であれば、有権者に投票するインセンティブを与えるような選挙制度が望ましいことになると思います。このために、各地域の定数を投票総数に従って割り振れば、有権者にインセンティブを与えることができるのではないかと思います。
 ここで、これまでの議論を基にしまして、参議院のための具体的な選挙制度について、各選挙区の定数が投票の結果によって自動的に決まる代表制を提案させていただきたいと思います。なお、この方式では様々な単位の選挙区に適用することができますので、将来、都道府県合併であるとか道州制が導入された場合にはそれに対応することもそのままの方式で可能でありますが、本日は一例として、各都道府県単位による選挙とした場合を御紹介させていただきたいと思います。
 第一に、総定数は二百五十二議席で、三年ごとに半数改選とします。
 第二に、新しい選挙区は都道府県、ただし、地域の広い北海道や人口の多い東京都などは分割することも考えられますが、都道府県などとし、人為的な恣意性が新たに入らないものを用います。
 第三に、各政党は各選挙区ごとに順位を定めずに名簿を作成します。
 第四に、有権者はこの名簿の中から候補者を選んで個人名を書いて投票するか、あるいは政党名を書いて投票します。つまり、一人一票を持っております。
 第五に、選挙後、各選挙区における各候補者あるいは各政党の投票を政党別に全国で集計します。
 第六に、全国で集計された得票に従って、ドント式により各党に議席を配分します。
 第七に、ここに特徴があるわけですが、各党に配分された議席を、更に各党の各選挙区における得票に応じて最大剰余式により各選挙区に配分をいたします。つまり、その政党が全国で獲得した得票のうちの何割を各選挙区で獲得しているのか、その比率に応じてその政党に全国に配分された議席を割り振ることになります。
 ただし、どの政党からも議席が配分されない選挙区が生じた場合には、当該選挙区における最大剰余の数が最も多い政党に一議席を与え、その政党は全国配分された議席から一を引いた残余をほかの都道府県で配分することにします。
 第八に、各党の各選挙区に配分された議席を、その選挙区におけるその政党の候補者の個人票の多い順に与えます。
 なお、各選挙区への議席配分を最大剰余式ではなくてドント式で行うと各選挙区間の定数格差が一対二を超える場合が生じますので、最大剰余式を用いることにいたしております。
 さて、この定数自動決定式比例代表制の長所は次の四点であります。
 第一に、民意が反映されるということです。
 各党の議席数を比例代表に従って配分しますので、得票率によって議席率が決まることになります。これにより、小選挙区制では不可避的に政治家を選ぶときに多数決を行い、更に選ばれた政治家による多数決を国会で行うことにより、多数決を二回行うことになります。このために、多数の中の多数が全体の中の少数になるという累積多数決の問題が生じることになります。
 その点で、比例配分で議席を決める制度にすることで、多数決を国会議員による国会における一度だけにして国民代表制を高め、国民からのより高い信頼と権威を参議院が得ることになるのではないかと思います。
 第二に、定数不均衡がないことです。つまり、憲法十四条で定められている法の下の平等を満たすことになります。この制度では、選挙区の得票数に応じて議席数が決まるので、常に自動的に見直しが行われるわけです。現在の我が国においては定数是正に長い年月が掛かっており、一たび是正を行った後にすぐにまた新たな不均衡が生じることになります。したがって、自動的に不均衡が是正されるような制度も検討の余地があると思います。
 また、これまでの定数是正は人口に応じて配分されてきましたが、本来の意味では、人口の格差ではなくて一票の格差こそ是正すべきなのではないかと思います。仮に、投票率四〇%と八〇%の選挙区があるとしますと、人口あるいは有権者人口に応じて定数を配分した場合、投票率四〇%における一票の価値が投票率八〇%における一票の価値の二倍になってしまいます。すると、幾ら人口や有権者人口に応じて定数を定めても、別の意味での一票の格差が生じることになります。したがって、投票に応じて定数を定める方式が求められるのではないかと思います。
 第三に、恣意性が入らないことが挙げられます。この選挙方式では小選挙区を必要としておりませんので、そのような弊害は生じません。
 この方式のメリットの第四は、有権者の意識が高まることです。つまり、投票率が議席数に反映されるために、投票するインセンティブが有権者にもたらされるわけです。制度改革を求める以上、政党や政治家ばかりではなく、有権者も努力することが何よりも必要なのではないかと思います。
 このほか、現実の問題として、最大の定数となるのが東京の十、これは平成十六年参議院で試算をした場合ですが、ただし保守系無所属の候補の票は自民党に含めておりますが、東京の十が最大になります。したがって、現在、参議院において定数五十の比例代表制を行っていることを考えれば、実現可能な選挙制度であると思います。
 また、従来の比例代表のように、拘束式ではないので政治家の顔を選ぶということもできます。ただし、欠点は、同じ選挙区内の異なる政党の候補者間においては得票の順番と当落の逆転が生じることがあり得ることです。なお、定数については識見を持った個人が当選する選挙制度を考えることが重要であり、定数削減が至上命題ではないと考えております。
 このほか、長期的な問題に対応するために、任期を延長して再選や三選を制限することも考えられると思います。
 いずれにしましても、選挙制度改革を議論する際に、本日お話をしましたような様々な原則をまず先に示すことが必要なのではないかと思います。つまり、何が有権者にとってのメリットなのかという議論を初めに行うべきなのではないかと思います。その上で、定められた原則に従ってどのような制度が最も良いのかを考案する必要があると思います。そうした有権者のための選挙制度改革の議論の上に立つ参議院こそが、国民から信頼を得た権威ある院になると考えております。
 また、このような非拘束式で選ぶことのメリットをその後ももし最大限に生かすとすれば、やはりその参議院における党議拘束というものは考えるべきであると思いますし、また公的助成においても、良識の府たる参議院を考えれば、その額を仮に変えて増やした場合、その増えた分というのは党よりはむしろ議員個人に対して直接行くようにすべきではないかと思います。
 そういう中で、参議院の新しい選挙制度を考えた場合、それが個人本位、より脱政党化するような運用の仕方も含めてその制度の改革ということを今後考えていくことが必要であるというふうに考えております。
 以上でございます。
○小委員長(舛添要一君) ありがとうございました。
 以上で参考人の意見陳述は終了いたしました。
 これより参考人に対する質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。
 また、時間が限られておりますので、質疑、答弁とも簡潔に願います。
 山下英利君。
○山下英利君 自由民主党の山下でございます。
 小林参考人には、今日は大変お忙しい中、誠にありがとうございます。
 私もこの臨時国会から憲法調査会そして並びにこの小委員会に参加をさせていただきまして、国会議員として初めて、初めてと言ったらこれは語弊がありますけれども、いわゆる国の基本であります憲法という問題に参加をさせていただいて、大変勉強させていただいているところでありますけれども、まだまだ勉強不足のところがありますので、大変初歩的な質問になるかと思います。
 ただ、今憲法の議論等をいろいろされているのを聞いていましても、やはりまだ国民の中には、この憲法という問題、そして選挙制度という問題が絡んできた今日のお話については、国民の意識というものはどこまで醸成されてきているのかなと、そのようなことも頭にあるわけでございまして、どうかそういった面で、ちょっとこれから質問させていただくことに対しまして的確にお答えをいただけると大変有り難いと思います、的確というのは私自身が理解ができるという意味でございますけれども。
 まず、今お話をいただいた中なんですが、やはり選挙制度というのがこれは民意を反映させると、これはもう国民から選ばれた者が立法府において活動するということでは大変大事だということはもう周知のことなんでありますけれども、その際に、参議院として、じゃどうあるべきかといった場合に、ただ、今度は有権者の投票行動というものも今ちょっとお話をいただきまして、ただ、私自身も経験しておりますけれども、やはり有権者が人で選ぶのか、あるいは党で選ぶのかといったところが、先ほどちょっとお話の中で個人本位、脱政党という方向と、これからの流れの中でどうなっていくのかというところも頭に入れて考えていかなければいけないのかなと、またそういった方向へ持っていくのが本当にいいのかどうかということについて、ちょっとまず小林参考人からお話を伺いたいんですが。
○参考人(小林良彰君) まず重要なことは、衆議院との区別化を行うことが私は重要ではないかというふうに思っております。
 それは、二院制の意義がどこにあるかという原点に立ち返ってみれば、やはり衆議院の行う政策形成に対して異なる視点からチェックをするということになります。そうなりますと、現在の衆議院における政党化、これは衆議院が内閣を構成することに大きくかかわっておりますので、政党化ということは避けられない状況だと思いますが、それに対して、それとは離れた視点で選ぶ。恐らく、参議院の任期が六年と長いこと、あるいは同時に半数の入替え制になっているということもそこに趣旨があると思っております。
 その意味では、私は、その第一院とは異なる第二院の存在意義を持つためには、私は、より個人本位の選出で行うことがいいというふうに考えておりますが、一度にそのように、それでは有権者が対応してなるかといえば、恐らくそういうことにはならないというふうに思っております。現実の有権者の投票行動を見ていきますと、衆議院よりは参議院の方がいわゆる政党投票をする可能性というものが低い場合もあります。しかし、党によっては政党本位の選挙になる党もありますし、あるいは個人本位がよりウエートを占める党もあります。
 そこで、先ほど御提案させていただきました選挙制度においては、投票者が個人名を書いてもいいし、あるいはその党であれば特にだれでも構わないと思う場合は政党名を書いてもいいということで、過渡的な場合も含めて、そのいずれにも対応できる。しかし、そういうことをしていく中で徐々に、私は有権者の投票行動が参議院においては政党中心から個人中心の方へ移行していくのではないかということを期待しておりますし、その変化を受け入れることのできる選挙制度の方式ではないかというふうに考えております。
○山下英利君 ありがとうございます。
 選挙のところからまず入っていってしまったんですけれども、参議院といった場合にいつも言われることは、良識の府であると、あるいはチェック・アンド・バランスということを言われるわけであります。実際にチェック・アンド・バランスを利かせるということによって緩和をしていくという意味においては非常に重要だと思いますし、これは私自身もやっぱり民間の会社にいた経験から考えると、やはりアクセルを踏む部分とブレーキを掛ける部分と、それがあって初めて本質的なところが前へ進んでいくのかなと、そういうふうに思っておりますので、そういった中で、衆参両院を比べたときに、そのチェック・アンド・バランス機能を果たす参議院議員がそういった形で、また全然違う選挙制度で本当に民意を反映できるのかというところというのがやはり一番の関心事になるわけです。
 やはり同じ基盤にあってチェック・アンド・バランスを利かせるということも一つの考え方ではないかなとは思うんですが、その辺はいかがでございますか。
○参考人(小林良彰君) 同じ選挙制度であれば、特に日本の場合、衆議院選挙がおおむね二年半あるいは三年に一度行われておりますので、衆議院と参議院がそれほど異ならない時期に行われることになります。例えば、直近で言えば、衆議院は昨年の十一月に行われましたし、参議院は今年の七月に行われております。その時期に同じ選挙制度で選出をした場合、両院の構成がほぼ同じになってしまうということはあると思います。また、それは単に結果ではなくて、同じようなタイプの候補者が選ばれるということもあると思います。
 その意味では、民意の反映というのが、これは様々な意味がありますが、例えばそれぞれの地域における多数の意見を反映させるという形の民意の反映もあれば、あるいは全国で見て、少数意見も配慮して、その全国の国民が持っている意見の分布をそのまま院に反映させるということも、これもまた民意の反映の考え方であります。その意味で、私はその両方の民意の反映の仕方をそれぞれの院が持つことこそが実は本来的な意味のチェック・アンド・バランスになるのではないかと思っております。
 それから、少し小選挙区制について言えば、先ほども申し上げたことになって恐縮なんですが、例えばアメリカやイギリスのように様々な社会的な属性によって自分の住む地域のすみ分けをしているところは、それぞれの中が極めてホモジニアスな地域になっておりますので、それぞれにおいて小選挙で自分たちの代表者を選んでもそれほど有権者の分布と議院の構成の間にずれが出ないことになります。
 しかし、日本はそのような社会では少なくともないというふうに思っております。いろいろな意見の人がいろいろな地域に分散して住んでおります。そうしますと、そこで小選挙区を行った場合、どこでも少数意見がこぼれてしまうことになります。このこぼれる少数の比率が極めて小さい場合は話は別になりますが、例えば衆議院における小選挙区制においては死に票の割合が五〇%近くになっております。その場合、当然に有権者全体の意見の分布と院の構成がずれるということもあります。
 そのことを考えれば、第二院である参議院は比例代表という形で有権者全体の意見の分布を反映させるという制度を取ることが、私は御質問の御趣旨である本来的なチェック・アンド・バランスと民意の反映というものを両立させる考えではないかというふうに思います。
○山下英利君 今のお話を伺っていますと、参議院というのはどちらかというと個人というよりもむしろ政党中心というふうにも聞こえてくるんですけれども、現実的に言えば、今は衆議院の小選挙区に比べて参議院は一人区でも広い選挙区であります。そういった形で、要するに国全体のチェック・アンド・バランスという意味におけば、選挙区は広いほどいいというふうに見えてくるようなところもあるんです。
 そういった場合に、先ほど言ったように国民との距離といったときに、それぞれの地域のことは衆議院、国全体のことは参議院というようなことも極論すれば言われてしまうんではないかと思うんですが、その辺はいかがでございますか。
○参考人(小林良彰君) まず、民意の反映というのは、党を通して行うということも可能ですが、個人を通して行うということも可能だと思います。
 例えば、一つの政党であっても様々な意見の議員の方がいらっしゃるというふうに思います。そうしますと、自分はその政党を通す場合でも、こちらの議員を通したい、あるいは別の議員を通したい。同じ党の中でも異なる意見があるとすれば、その党だけではなくて個人も選んで自分の民意を反映させるということがより有権者の民意の反映に近づくことになると思います。
 それからもう一つ、選挙区のサイズのことになりますが、御指摘のとおり、有権者全体の意見の分布を院に反映させるためには、広ければ広いほどそれは反映をさせやすくなります。しかし、その広いという言葉の意味は、いわゆる選挙を行うサイズ、選挙運動を行うサイズという意味ではなくて、選挙の集計をするサイズでございます。したがいまして、選挙区のサイズという中には、選挙の集計をして議席を配分するときの単位のサイズと、現実的に有権者が候補者を選ぶときのサイズと、別であると思います。
 そこで、私の方が御提案をさせていただきました制度においては、選挙区のサイズは都道府県、もちろん北海道とか東京は更に分割するにしても、そのサイズで行って有権者と政治家の人たちの距離が余り離れないようにする。つまり、昔の全国区のようにした場合、やはりこれは特定の組織を持たないと、現実的には選挙をするということは非常に大変なことになると思います。
 もちろん、現実の参議院選挙においても非拘束式を全国レベルでやっておりますが、これはもうほとんどその実際に出る候補者の方にとっては体力の限界との闘いに近い部分もあるのではないかと思っておりますので、これはよほど知名度がある方でないと、なかなか組織を背景にしないと当選しづらいということがあります。
 そこで、選挙区はその都道府県単位で行うけれども、集計と議席配分は全国で行う、更にそれを都道府県における選挙の実績に応じて議席を割り戻すということになります。したがいまして、選挙区のサイズを考えるときに、一義的にすべてが大きいかすべてが小さいかではなくて、それぞれの持つ良さを併せ持つ制度を提唱させていただいたわけであります。
○山下英利君 ありがとうございます。
 お話、よく、まあ半分以上は理解できるんですけれども、なぜそういうふうに申し上げるかというと、やはり選挙民の投票行動というものがいま一つ見えないという部分があって、そこから議論を発展させるということに対して私自身も相当苦労をしておるわけなんですけれども、実際、例えば衆議院が中選挙区から小選挙区に変わりましたと。かつては、要するに国全体の風というよりも、むしろ地域の熱というものがその選挙の母体になっていたというところがあるわけですけれども、かえって小選挙区になってしまったがためにその熱というものが薄くなってきたという部分も私は感じておりまして、そうすると、先ほども申し上げたように、有権者の投票におけるインセンティブというのが、前の中選挙区のときから小選挙区に今変わってきていて、それでそれをこう引き上げるために何をしたらいいのかということを、非常に暗中模索の状態にあるということで、それを前提として考えますと、これは長期的には、将来、小林先生がおっしゃっているようなことというのは、参議院の独自性を発揮するための、要するに国民の代表を選ぶということでは一つの在り方かもしれませんけれども、かえって、短期的に見れば、それが投票行動を劣化させてしまうというふうなところのリスクというのはどのようにお考えになっていらっしゃいますか。
○参考人(小林良彰君) 私は専門が投票行動ですので、むしろ選挙制度よりもそちらの方が話を私にとってはしやすいことになりますが、有権者が投票に行くインセンティブはどのようにして決まっているかということになりますと、最も今支配的な仮説というか理論というのは、R=P×B-C+Dというもので、要するにPというのは接戦の可能性、その選挙区はどの程度競っているのか、それからBというのは出ている候補者の間にどの程度政策の違いがあるのか、それから投票コストを引いて、選挙に行く長期的利益を足すということになりますが、CとDはどのような選挙制度でも余り変わりませんから、選挙制度によってその変化が一番生じるのは接戦の可能性と政党の期待効用差、政策の違いということになると思います。そうしますと、中選挙区制から小選挙区制になって競っている選挙区の数が極端に減っているのは事実であります。
 これは、例えば選挙の直前になりますと、あるいは選挙の日になりますと、メディアが選挙についてのいろいろな報道をすることになりますが、中選挙区制のときは定数四であれば四位と五位、これはどちらがなるかというのはほとんど分からないような状況であります。ところが、小選挙区の場合は一番か二番ということになりますから、多くの選挙区においてそれほど難しくなくなってきています。その意味では、自分の出ている、自分が住んでいる選挙区における接戦の可能性が下がる分だけ投票に行くインセンティブが下がっているというのが衆議院選挙における過去の調査のデータを分析すると結果として出てくることになります。
 私が今回御提案させていただきました投票のインセンティブとは少し意味が違いまして、どういうことかといいますと、定数不均衡というのはもちろんない方がいいと思います。なるべく一票の等価値性というのは保たれるべきだと思います。しかし、同時に、それを有権者が主張するならば投票に行くべきである、来るべきであると思います。投票に来る権利を放棄して一票の等価値性を議論しても、これは意味がないと思います。つまり、あくまでも重要なのは一人の等価値ではなくて、権利を行使された一票の等価値性ということになります。
 したがいまして、今日御提案させていただきました選挙制度というのは、定数不均衡がない代わりに投票率が高い選挙区ほど多くの議員が割り当てられることになります。そのことが、私は有権者がより自分たちの代表を出したいのであれば、まず自分たちが持っている権利をきちんと行使すべきである、その意味において有権者の責任も求める意味の投票のインセンティブがあるのではないかというふうに思っております。
○山下英利君 ありがとうございました。
 時間も大分迫っておりますので、ちょっと一点お伺いをしたいんですが、今日先生がお配りをいただきましたレジュメの中で、その投票行動、これを見ておりまして、やはり年齢というところが大分高いんですけれども、今の一般国民、これはどういうバックデータでお取りになっていらっしゃるかは存じ上げないんですが、やはり候補者を考えるときに年齢というものをまず優先するという傾向というのは、これを見る限りではかなり読み取れるんですが、やはり経験であるとか、あるいは、要するに若いということだけじゃなくて、要するにそれだけのいろんな経験を積んだということによって出てくるところというのはなかなか有権者の投票行動には結び付かないということを、これは言えるんでしょうかね。
○参考人(小林良彰君) 本日お配りしました参照2における年齢というのは、有権者の側の年齢ということに……
○山下英利君 有権者。
○参考人(小林良彰君) はい。したがいまして、ここにおける性別、学歴、年齢というのは有権者側が持つ属性ということになります。
 ただし、今の御指摘の御質問というのは非常に重要な問題なんですが、最近の有権者の投票行動を分析しますと、少し特徴として言えることは、自分の年齢と近い年齢の候補者に入れる傾向が強くなってきております。以前は有権者が自分の年齢よりも上の人、余り自分の年齢よりも年下の候補者には入れないという傾向がありましたのが最近少し変わってきまして、自分と同じ世代の候補者に投票するという傾向が以前から比べると相対的に強くなっているというふうに思っております。
○山下英利君 どうもありがとうございました。
 時間ですので、これで質問を終わります。
○小委員長(舛添要一君) 富岡由紀夫君。
○富岡由紀夫君 民主党の富岡由紀夫と申します。よろしくお願いします。
 今御説明いただいた、御提案いただいた新しい選挙制度、非常に、何というんですか、一票の格差というか重み、投票率まで含めた、加重した一票の重みをちゃんと議席に配分するというのと、あと、何というんですか、無効となる票がないというか、そういった面ではいろんな面が、いい面があるかと思うんですけれども、先ほど投票行動に、選挙に行かせるインセンティブがそれで働くというお話あったんですけれども、私、選挙制度の中身そのものの複雑さ、簡明さ、逆に言うと、これがやっぱり私は必要じゃないかと思っているんですね。
 非常にいいんですけれども、今の衆議院と参議院の選挙制度も、私がこの有権者の皆さんに説明するのもやっとなんですね。説明してもなかなか理解してくれない人がまだまだたくさんいらっしゃるという中で、今回の先生の今御提案いただいた選挙というのは、まあ一番これがネックになるんじゃないかと思うんですけれども、やっぱりちょっと複雑過ぎて説明できないと。で、分かんないからやっぱり選挙なんか余り考えないで入れちゃうと、だれかさんから入れてくれと言われたら入れちゃうという、従来型の、政策を見ないでそういった、もしくはそういった今までの付き合いなんかで入れてしまうような選挙になってしまうんじゃないかというふうに、私はちょっと疑問に思ったんですけれども、それについてちょっとお伺いしたいと思います。
 これを、逆にインセンティブが下がっちゃうんじゃないかという、複雑さがゆえにですね、その点についてはどう考えていらっしゃいますでしょうか。
○参考人(小林良彰君) 選挙の複雑さには、私は二種類あると思っております。一つは投票の複雑さ、もう一つは集計の複雑さ、この二点であります。
 例えばオーストラリアのように、立候補した候補者全員に順番を付けると、例えば十人立候補していたら、一番好きな人の名前を書くのではなくて、一位から十位まで全部付けると。なかなか七位と八位と九位は付けにくいというのが実感としてオーストラリアの人は言っておりますが、ですからオーストラリアは義務投票制になっておりますが、これは有権者にとってのインセンティブを御指摘のとおり下げることになる可能性があると思います。
 しかし、もう一つの選挙制度の複雑さというのは、これは集計の複雑さになります。例えば、比例代表のドント式というのも実はかなり複雑な集計の一つではあります。それをドントにするか修正サン・ラグにする、いろんなやり方がありますが、しかし、これは余り有権者は気にをしておりません。それは、自分自身が直接行う行為ではないことになります。
 そうしますと、本日御提案をしました選挙制度は、有権者、投票者の側から見れば極めてシンプル、単純なものです。自分が住んでいる選挙区に行って、一番だれか好きな人がいればその人の名前を書いてもいい、あるいは特に個人で自分が思い当たる人がなければ特定の政党の名前を書いてもいい、どちらでも構わない、ただそれだけです。非常に投票においては極めて単純なものです。
 御指摘の複雑さというのは、いわゆる集計の側、つまりこちら側、選挙管理委員会の方の問題になってきますが、これは現行においてその非拘束式あるいは拘束式比例代表制で行っておりますのとそれほど大きな違いはございませんので、こちらは私は、選管の手間は現状よりも掛かるかもしれませんが、いわゆる投票者にとって投票のコストを高くすることにはならないというふうに考えております。
○富岡由紀夫君 その点については、今のお話を承っておきます。
 あと、それと今の選挙の、さっきの説明の中で、全体の比例によって各選挙区、各県、都道府県別の議席数が決まってくるということになってくるんですけれども、二百五十のうち半分、百二十五ずつ改選していくという話になってくるんですけれども、そうなってくると、例えば特定の都道府県によると、例えば候補者が民主党であれば民主党で候補者が一人しかいないとなってくると、もう当然ある程度議席も割り振られることも分かっているし、その県の中では一人しかいないわけですから、当然その人が受かってしまうというようなことになって、余り選挙に一生懸命やらなくなってしまうような仕組みじゃないのかなというふうにちょっと先ほど聞いた限りでは思ったんですけれども、その点のところは全部分析されていらっしゃるんでしょうか。
○参考人(小林良彰君) これは、むしろ各政党の問題ではないかというふうに思っております。私は、むしろ各政党がどのようなプロセスで候補者を決めていかれるのかということに恐らく懸かっているんではないかと思います。
 党によっては、自分の党がどうしてもこの候補者を国会へ送りたいと思えば一人に絞って立てるということもあるでしょうし、もう少しより広く候補者を公募して複数の候補を立てて、後は有権者に選択をゆだねるという政党があれば有権者がそのいい方を選ぶということもあると思います。それは、むしろ私は、選挙制度というよりも、各政党における候補者擁立の仕方の問題ではないかというふうに思っております。
○富岡由紀夫君 済みません。今の新しい選挙制度の御提案の定数も二百五十ということになっているんですけれども……
○参考人(小林良彰君) 二百五十二。
○富岡由紀夫君 二百五十人ですよね、二百五十人の参議院の定数ということになっているんですが、ちょっとそもそも論なんですけれども、衆議院は丸めて今四百八十ですけれども、四百八十、二百四十二という二対一ぐらい、これは最初、憲法ができて最初の選挙からそういうことになっていて今のような状況になっているかと思うんですけれども、この比率の見直しとか、この辺はどのように考えていらっしゃいますか。
 私は、見直してもいいんじゃないかと思っているんですけれども、あくまでも二百五十、二対一にこだわる必要はないんじゃないかと思うんですけれども、そういうのも含めて、何というんですか、二院制の在り方というか、選挙制度の在り方を議論してもいいんじゃないかと思っているんですけれども、その点についてお伺いしたいと思います。
○参考人(小林良彰君) 私は、御提案させていただきましたのは二百五十二人ですので、一回について百二十六人ずつの半数改選ということを考えておりますが、私は、国会議員の定数については、少なくとも参議院についてはこれ以上削減する必要は私はないと思っております。削減すればするほど、その分だけ少数意見が反映されにくくなるというふうに思っております。
 問題は、全体の数の比率の問題になってきますが、これは多分にどのような選挙制度を用いるのかによって恐らく決まってくるんだろうというふうに思っております。したがいまして、一律に何対何がベストであるということではないと思っております。例えば、全体でその二百五十二人というのをもしすべて比例で割り振っていくということであれば、私は現行の二百五十二人でもよいのではないかというふうに考えております。
 一方、衆議院の場合、仮にこれが、現在並立制を取っておりますが、この選挙制度が変わって並立制のうちのいずれか一つの側だけでやるんであれば、その分だけ定数を見直すということも考えられるんではないかというふうに思っております。
○富岡由紀夫君 済みません。今日の御説明は新しい選挙制度の御提案がメーンになっていらっしゃるんですけれども、ちょっと、用意してきた質問もちょっとお伺いしたいと思うんですが。
 衆議院と参議院のこの役割をどういうふうに、まあいろんな議論が今までもされてきたんですけれども、やっぱり一番大きな議論は、お互い、何というんですか、お互いじゃないですけれども、チェックして、二つの院がチェックする、二度審査するというところがあろうかと思うんですけれども、そのもう一つ大きな、何というんですか、役割として、役割期待として、参議院はやっぱり六年という長い任期がありますから、じっくりいろんなものが審査できる、検討ができるというところがありますから、私はこれを参議院は一番やっぱり活用しないといけないと思っているんですね。
 ですから、例えば、これはちょっといろいろ御議論もあろうかと思うんですけれども、条約の問題とか、まさしく年金の問題とか社会保障全体、医療、介護、こういった国全体を挙げて本当に長期にわたって長くじっくり検討しないといけない項目とか、あとは、若しくは違憲立法審査権みたいな、そういう憲法に基づくような本当に根本的な問題、こういったことについては、逆に参議院の方に優越権を与えて、それで参議院の役割を、何というんですか、その任期に合わせて与えていくといったところに、やはりそういう方法もあるんじゃないかというふうに思っているんですけれども、この考え方について先生のちょっと御意見をお伺いしたいと思います。
○参考人(小林良彰君) 二院制の存在意義を考えるならば、一つはダブルチェックの機能ということがありますし、もう一つはその任期の違いを生かした役割分担ということがあろうかと思います。そうしますと、参議院がより長期的な問題をより中心的な役割として担うということは考えられますし、その中には外交案件ということも含まれるというふうに思っております。
 ただ、そのためにはまず、その選挙制度は別にして、例えば会期が今のままでいいのかどうか、あるいはその会期が変わったときに不継続という形でいいのかどうか、あるいはそのほか現行の委員会制度も含めて、より現状において運用でも改善すべき点は十分にあるというふうには思っております。
 それから、ダブルチェックということでいえば、私は、やはり一番の問題というのは、両院協議会をより活性化させることが実は両院平等の原則に立ち返ってその参議院のチェック機能というのをもっと生かすことになるのではないかというふうに思っております。
 両院協議会を、憲法上、任意として設けることは妨げないということになっておりますが、ここにおける議決というのが三分の二ということであれば、現実的には、これは結論として衆議院で再審議ということになりかねませんので、私は、この議決を変えることが、実は両院協議会をより活性化させ、参議院が本来的な意味における両院平等であるということが国民の目により明確に映ってくるんだろうというふうに思います。
 ただし、その前提としては、衆参両院にまたがる党議拘束があったんでは、これは本来的な意味のそういう機能は生かしづらくなると思います。したがって、そこをやはり変える必要があるのではないかというふうに思っております。
 したがいまして、選挙制度というのは、そういう意味では参議院の院の権威を高める中のごく一つの要素に私はすぎないと思っております。それは、両院の構成を違ったものにする、そこはまず一つあると思います。そして、その意味で私は本日申し上げたような御提案をさせていただいたんですが、幾ら違った構成にしても、その後、両院にまたがる党議拘束をしてしまっては、その違いというものは全く生かされないんではないでしょうか。
 その意味で、党議拘束とか会期制とか、場合によっては公的助成も含めて、もっとその違う院の構成であることをより生かしていくような制度改革ということも併せて御検討いただく必要があるのではないかというふうに思っております。
○富岡由紀夫君 今のお話に関連してなんですけれども、衆議院と参議院で、その党議拘束を参議院には掛けないというような考え方のお話だと思うんですけれども、やはり今先生から御提案いただいた新しい選挙制度でも、やっぱり党単位の選挙になりますよね。そうすると、やっぱり現実問題として、次の再選を考えたときに、何というんですか、党議拘束を掛けないで好き勝手なように参議院の中で、その党の中で、党の一員として行動することが許されるかどうかといった、何というんですか、本当に極めて現実的な問題が出てくるかと思うんですけれども、その点はどういうふうに解決というか、解決できるんじゃないかというふうにお考えか、教えていただきたいと思います。
○参考人(小林良彰君) 私は本日御提案させていただいたものは、個人名で投票しても構わないということになります。
 その個人名が、個人票が多ければ、むしろそこに議席が割り当てできますので、必ずしも党単位ということではないと思いますが、例えば、極端な例ですが、一人一党でも構わないわけです。つまり、無所属の候補が自分で一人一党にして、もちろん、ほかの選挙区でも候補者を立てるということももちろん可能ですが、それでも、例えば都市部で立候補した場合は、当選は過去の選挙データに合わせていけば可能なことになります。したがいまして、現行の制度よりは、より政党から離れることもできます。
 ただし、同時に、政党を中心に選挙を行っている政党に対しても対応できるということになっているわけです。
○富岡由紀夫君 ということは、結構、党が乱立というか、そういう可能性も出てくるわけですね、その今回の話ですと。一人でも政党できると。
○参考人(小林良彰君) はい。当選に結び付くか結び付かないかは別にして、立候補することはすべての国民に権利として与えられていますから、多くの政党が出てくることはもちろん可能であります。ただし、全国集計で議席を配分いたしますので、よほどの得票数を取らない限りは議席が割り当てられることはないです。
○富岡由紀夫君 済みません。ちょっと、あとこれと、今の御提案いただいた選挙制度の中でもあったんですけれども、定数の半分を三年ごとに選挙すると、改選していくと。今の現行の選挙もそうなんですけれども、なぜ半分ずつやるかというと、参議院は衆議院と解散になっても、参議院の半分は少なくとも、一緒に同時解散でも残っているということで、いろんな、何というんですか、審議の継続ができるということがあろうかと思うんですけれども、確かにその必要性もあるかと思うんですけれども、今の一票の格差の問題を、何というんですか、いろいろと考えていくときに、やっぱりどうしても偶数にしないとなかなか解消できないというのがあろうかと思うんですね。そこを、例えば奇数も入れて解消しようと思えば、何というんですか、一票の格差というのはもう少し簡単に是正できるような形になろうかと思うんですけれども、私は、それはなぜ偶数かというと、半数ごとの改選がネックになっているかというふうに考えているんですが、ちょっと私、ほかの国の選挙制度、余り不勉強であれなんですけれども、そういう形で、一院制の国なんかそうですよね、何にもなくなっちゃっているわけですから、やろうと思えばできると思うんですが、そういう考え方というのはなかなか通りづらいというか、難しい話なのかどうかと、やっぱり半数ずつがいいのかということをちょっとお伺いしたいと思います。
○参考人(小林良彰君) 例えば、アメリカの上院の場合は三分の一ずつ改選をしていくことになりますので、百人が三十四と三十三と三十三と、三つのグループに分かれて順番に改選をしていくということになりますが、これは実は有権者にとっては非常に分かりづらいんです。つまり、次の選挙で自分の州の議員が改選に懸かっている場合と懸かっていない場合があります。そうしますと、あるときはあるところに住んでいる人は選択権があるけれども別のところに住んでいる人は選択権がないということになっていますので、やはり分かりづらいということはあろうかと思います。
 御指摘のように、あらかじめ定数をもう割り当ててしまえば、やはり偶数でやっていくことに伴う一対二の格差を超えるということは出てくると思いますが、今日申し上げた選挙制度であれば投票数に応じてその回ごとに割り当てていきますので、これは、定数不均衡については全く何も気にする必要はないというふうに思っております。
 それから、今までのあらゆる選挙制度と違うのは、人口に応じて割り当てていないということです。投票数に応じて割り当てているということになりますので、有権者人口が変わろうとも、あるいは人口に変化があろうとも自動的に対応していくということになっておりますので、定数不均衡については全く心配はない方式であるというふうに考えております。
○富岡由紀夫君 済みません。じゃ、最後のちょっと質問をお願いしたいと思うんですけれども、私、前々からやっぱり投票率の低下というのは非常に何というか危惧しておりまして、何とかもっとこれを上げる方法はないかということで考えております。
 その中の一つの方法としてペナルティーを与えるという方法があろうかと思うんですけれども、例えば、選挙に行かなかったら、何回か行かなかったら次から選挙権を何年間か停止しちゃうとか、罰金を科すとか、そんないろんなやり方があろうかと思うんですけれども、そういう方法についてどうお考えでいらっしゃいますでしょうか。
○参考人(小林良彰君) 義務投票制を課している国としては、例えばオーストラリアが罰金を徴収しております。これは五千円、日本円にすると五千円ぐらいになります。それから、数年前に廃止されましたが、イタリアでは、これは義務投票制とは少し違いますが、投票に棄権した場合は品行方正証明書が発行されないことになります。あるいは開発途上国の中ではその投票に行くことで食料品が安く買えるというような、今度はメリットを採用している国もありますが、それを議論しなくてはいけないのかどうかですね、この日本において。
 私は、もう少し有権者を信頼してもいいのではないのかなと。その品行方正書を出さないとか食料品が安く買えないというようなことを議論する前に、まず私は、有権者が今投票で、なぜ投票に来ないのか、その要因を見てみると、実はそういうことが原因なんではなくて、本当は彼らは政治に対する関心が低いんではないんですね。政治に対する関心は十分に高いんですね。しかし、自分が行くことで何かが変わるということを感じ取れない人はなかなか投票に来ないということになると思います。
 そういう意味では、私は一票の格差ももちろん問題ですし、あるいは自分が行く選挙で結果の得られる意味というものがより活性化して活動することも重要ですし、義務投票制というのは私は最後の手段であって、その前にまだまだ改善できる余地というのは十分に残されているというふうに私は考えております。
○富岡由紀夫君 どうもありがとうございました。
○小委員長(舛添要一君) 山下栄一君。
○山下栄一君 今日は新しい選挙制度の提案をしていただいたわけですけれども、殊に御指摘ございましたように、現状の選挙制度は衆議院と参議院と非常によく似ていて分かりにくくなっていると。少しずつ違うことがまた分かりにくくなっているわけですけれども。
 そういう意味で、今日は確認させていただきますけれども、新しい小林先生の提案の意義のポイントなんですけれども、一つは定数是正をする必要がないといいますか、今それはもう緊急に問われておるわけですけれども、投票数に応じて決まっていくわけですから、自動的にこの定数変更しなくても是正の必要性がなくなってしまうという仕組み。もう一つは、この一票の格差も同じことかも分かりませんけれども、ここが一番大事だと。一票の格差がないように、これが一番この民意反映という観点、また、民主主義の正当性という意味で大事なんだと。こういうことを大事にして、以上二点、今私申し上げた二点が非常に大事にしながら考えられた選挙制度だと、こう理解したんですけれども、新しい小林先生提案の選挙制度の意義ですね、こういうことでよろしいんでしょうか。
○参考人(小林良彰君) 今御指摘いただいたようなことが意義の重要な点になるんですが、加えてもう一点付け加えさせていただきますと、全国に例えば広く浅く支持者がいるような政党の場合、なかなかその選挙区のサイズを小さくした場合に、当選できる選挙区というのは限られてきます。では、全国区にやった場合、今度は政治家と有権者の距離が遠く離れてしまう。また、選挙運動が非常にその個人の能力をはるかに超えたものになってしまってなかなか政党の支援抜きには政治活動というのができにくくなる。
 そういう意味で、今回御提案申し上げたのは、すべてのその選挙区のサイズを小さくして、といっても都道府県単位なんですが、政治家と有権者の距離はある程度近づけると。それから、個人の範囲で選挙運動ができる範囲にすると。しかしながら、同じ考えを持つ有権者、支持者の票も死に票にしないということにポイントがあります。私はそこがむしろ重要な意義ではないかというふうに考えております。
○山下栄一君 ありがとうございます。
 先ほど、投票率の話もございますし、罰則の話もございましたですけれども、参議院の独自性、参議院の魅力をいかに出していくかということがあるわけですけれども、その中にいろんな、現憲法下で工夫がされている。三年ごとの半数改選もそうだと思いますし、任期を、今は六年ですけれども、衆議院と比べて長くしている、また解散がない。そういうことから良識の府、また再考の府、衆議院の行き過ぎを是正する、権力そのものを抑制していくというその役割が本来期待されているわけですけれども。
 もう一つは被選挙権ですけれども、被選挙権が衆議院と違うわけですけれども、このことについての参議院の独自性という観点からの御評価ですね、をどうお考えになられるかということと、もう一点、選挙権の方の問題ですけれども、選挙権を、先生も大学で教えておられて、今二十歳以上、これをもうちょっと下げたらどうだという意見がございますけれども。
 この参議院の独自性の観点からの被選挙権が三十歳以上ということに対する評価、それから、ちょっとまた別の話になっていますけれども、選挙権の年齢を下げるということの観点の御見解をお伺いしたいと思います。
○参考人(小林良彰君) 参議院の被選挙権が衆議院よりも高いということは、やはりそれだけ経験を持った政治家が選ばれるということが期待されているんだろうというふうに考えております。それは、中には、例えば行政府における経験があるとか、あるいは民間における経験があるとか、様々な経験を持った人たちが選ばれて、そうした人たちによって構成される、それが正に良識の府たるその根拠になっていると思います。
 その意味で、私はそういった経験を持っている人がより選ばれやすいような制度にすべきだと思います。例えば、それは政党の中における経験ということももちろん含まれるかもしれませんが、より広く、党の外における、行政府や民間の企業における経験を持った人も選ばれやすいということになると思います。
 その意味では私は、やはり非拘束式にして、有権者がそれぞれの候補者の経験を見て、自分はこういう経験を持った人を選びたい。そういう意味では、やはり党だけではなくて人も選ぶような制度とすることが、参議院の被選挙権が衆議院と違うことの長所を最大限生かすことのできる制度ではないかというふうに考えております。
 それから、選挙権の引下げということについては、もちろんこれは十分に検討する余地があると思います。例えば、十八歳から二十歳の、十八歳、十九歳の方の中には働いて納税をしている方もたくさんいらっしゃいます。納税はするけれども選挙権がないということの問題点も十分にあろうかと思いますが、同時に、重要なことは、若い人の投票率が極端に低いということも重要だと思っております。
 その意味では、選挙権の引下げを議論する場合には、その若い有権者の投票に来ることを阻害している原因が何であるのか、それを見て、それを改善するような制度的な手だてというのを併せて行わなければ、たとえ選挙権を引き下げたとしても、それは十分な効果を期待することはできないのではないかというふうに思っております。
○山下栄一君 任期の件ですけれども、今参議院は六年、解散がない。実際、議員経験をさせていただきますと、六年というのはあっという間に過ぎてしまうなということを感じておるわけですけれども。私は任期六年というのは妥当な年数かなとは思うんですけれども、もう少し長くして、そして再選もなしにするというような意見もあるわけですけれども、こういうことについての、これ、御評価といいますか、先生の考え方をお聞きしたいと思います。
○参考人(小林良彰君) それは、選ばれた参議院議員の方が当選後も党に拘束されずに個人で自由に独立して行動するということを保障するためには、任期をできるだけ長くして、その代わり再選、三選については制限を加えるというやり方が一つあろうかと思います。
 ただ、ここで問題になるのが、アメリカにおいても、この選挙によって、例えばローカルな選挙において三選禁止とか四選禁止という規定を設けた地域が一時かなりありましたけれども、これはどこにおいても憲法訴訟が起きてくることになります。つまり、立候補の自由であるとか職業選択の自由ということに抵触しているのではないかということで、いったんそういう規定を設けたところでその規定をやめているところも出てきております。
 そういう意味では、そういう規定というのが日本の現行憲法において可能かどうかということになりますと、私は、それは少し難しい問題もそこから派生してくることになるというふうに思っております。
○山下栄一君 先ほどの選挙権引下げの話にかかわるんですけれども、非常に若い世代の選挙離れといいますか政治離れがますます激しくなっているわけですけれども、様々な原因が考えられるわけですけれども、その一つの中に、何といいますか、そういう、教育基本法の中にも政治教育ということがあるんですけれども、身近なところで、例えば学校なんかもそうですけれども、学校運営に参加する、また最近はそういう生徒会その他の立候補者も少なくなっておりますし、大学におけるそういう自治会の活動も低迷しているというふうに私は認識しておりますけれども、こういう、小学校、中学校ぐらいから体験として自分たちでそういう自治意識を高めていくといいますか、そういう経験が非常に大事なんではないかなと。
 もちろん様々な現行の政策課題もあるわけですけれども、そういう身近なところから政治に参加していく、決定権にかかわっていくという、そういうことをやはり大事にしていくということが非常に今薄れていることが一つの政治離れの原因にもなっておるのではないかということを感じておりまして、大学で実際学生とかかわっておられて、この政治教育といいますか、その教育も理屈の教育じゃなくて体験型のことを私は申し上げているわけですけれども、その点についての小林先生のお考えをお聞きしたいと思います。
○参考人(小林良彰君) これは大学に限らず、もう少し義務教育のところからも同じことだと思いますが、例えば生徒会活動をするあるいは学校の範囲を離れて地域社会に対して何らかの参加の活動をするということが、必ずしもその生徒に対する評価とは結び付いていないのが現実だろうというふうに思っております。そのそれぞれの子供たち、あるいは大学生であればそれが例えばロースクール等々を含めて、進学をするなりあるいは就職するなりというときに、そういうことの評価で自分たちの将来が決まっていくというわけではないと、恐らくそこのところがアメリカにおける大学生等に対する評価と大きな違いになっているのではないかというふうに思っております。
 やはり一律に試験で、点数で決めていくということになれば、その試験の点数にカウントされないものは、どうしても子供たちがあるいは学生たちが参加するインセンティブが低くなるのは事実なんだろうと思います。
 そういう意味では、そういう形の校内あるいは校外を含めた、自分だけの世界ではなくて、もっと社会とのかかわりを持つということに対してもっとより積極的になるようなインセンティブを子供あるいは学生たちに与えるということ、これは選挙制度を超えたもっと広い話になりますが、それを社会全体で考えていただかないと、私は学生たちの持っている視野が逆に従来よりも少し狭くなってきているような気がいたします。
 いろいろな公的な試験というのがこの日本の社会の中にはあります。司法試験もそうですし、国家公務員の試験もそうですし、そうすると、そういうことに出題される科目とそれ以外のものについては学生のかかわりにはかなり大きな程度の違いがあります。まして、自治会活動やそういうものがそういうものと全くかかわっているわけではありませんので、もう少しその一人一人の人間を見て評価するというウエートもどこかで検討していかなければ、学生の視野というのは広がっていかないのではないかというふうに考えております。
○山下栄一君 どうもありがとうございました。
○小委員長(舛添要一君) 吉川春子君。
○吉川春子君 日本共産党の吉川春子です。
 御提案を大変興味深くお聞きいたしました。それで、その御提案にかかわって質問なんですけれども、先生の提案された選挙制度、私も全国区の比例代表の非拘束を戦ってみてもう死ぬんじゃないかなと思うような感じがしまして、これが都道府県ということになると少しはましになるのかなという気もするんですが、ただ、有権者にとって、だれが当選しそうなのかしないのか予想が付きにくくなるのではないかと。そうすると有権者の投票意欲にプラスには働かないんじゃないかなという感じがいたしますが、先ほどこれについても一部先生からの御答弁もあったんですけれども、要するに、なかなかだれが、全国で集計するものだから、どの県のだれが当選するのかというのは分かりにくくなるという点はありませんか。
○参考人(小林良彰君) 有権者の投票には二つのスタイルがあります。一つがシンシアボーティング、自分の持っているプリファレンスに忠実に投票するということ、もう一つのタイプがストラテジックボーティング、自分が持っているプリファレンスに忠実に投票するのではなくて、もう少し戦略的に投票する、二つのタイプがあります。
 そうしますと、確かに御指摘のとおり、この制度にしたときに、特に第一回はそうなると思いますが、だれが当選するかというのは少し従来の選挙制度よりは判断しづらくなるかもしれません。しかし、情報が少なければ少ないほど有権者はシンシアボーティングを行うことになります。つまり、自分のプリファレンスに忠実に投票することになります。逆に、現在のようにあらゆる選挙予測というものがはんらんした場合、本来自分はこちら側に投票したいんだけれども、どうも投票しても自分の投票は死に票になってしまう、それでは可能性があるこちらの中で選ぼうか、これはいわゆるストラテジックボーティングになると思います。
 私は、ストラテジックボーティングは必ずしもシンシアボーティングよりも勝っているとは思いませんので、その意味では、有権者がよりシンシアボーティング、自分のプリファレンスに忠実に投票するということが本来的な意味の民意の反映により近づくのではないかというふうに考えております。
○吉川春子君 もう一つは、比例代表選挙は政党を選ぶ選挙だと、こういうふうに私理解しているんですけれども、それと党議拘束を外すということは矛盾するのではないかと、両方を同じ制度に、セットで考えた場合にですね、そのように思うわけです。
 それで、各政党が政策を発表して、この政策に投票する、その票が当選者を決めるわけですね。そうすると、しかし実際には党議拘束が外れますから、あれは選挙のときの政党の政策であって自分は知らないよと、こういう行動でもって具体的な法案の審議についての賛否を個々の参議院議員が決めるということになると、これは国民は不信感を持つということにはならないのでしょうか。
○参考人(小林良彰君) 党議拘束を外すということと政党中心の選挙をするということの間には、御指摘のとおり矛盾が発生いたします。ですから私は、党議拘束を守るという方を重視するのではなくて、党議拘束を外すということを重視して、したがって個人名で書いてもいい比例代表にするということ。したがいまして、比例代表選挙イコール政党中心の選挙では私はないと思っております。
 比例代表選挙の中にも、政党中心のやり方もあれば政党中心とはならないやり方もあります。私は、党議拘束を外すと考えれば、比例代表の方もおのずと政党中心ではない方向へ方式を変えることが必要であるというふうに考えております。
 それから、政党名、政党の公約の問題になってきますが、衆議院の方は政党全体で公約を出して、それに対して有権者は投票するということが求められると思いますが、参議院の場合はむしろ、議員の数が少ないことも含めて、議員個々が自分の主張あるいは政策というものを出して、むしろ非拘束式であれば、それを有権者が選んでいくということも必要なんではないかというふうに思っております。
 ただし、私が御提案しましたのは、長期的にはそちらの方向へ行っていただきたい。ただし、過渡的な意味においては、やはり個人ではなくて政党が中心でやっていくんだという政党もあるかもしれません。そういう政党の場合は政党名を書いてもいいという形で、過渡的にはそういう政党の活動も尊重するという形を取っております。
○吉川春子君 二院制の存在意義という点で最初御意見を述べられまして、私も大方、先生の御意見に賛成するわけですが、ただ一点、会期について、衆議院は衆議院、参議院は会期制を取らないというようにちょっと私聞こえたんですけれども。つまり、今、会期制という土俵がありまして、例えば私たちは野党の一番権力から遠いところにいますと、成立してほしくない法律というのがやっぱり会期制で守られるわけですね。守られるというのは、会期を超えると成立しないで済むわけなんですが、これが、衆議院はとにかく会期はあるけれども、参議院に送っておけば参議院はもう会期がないんだから、もうここでいつでも成立が図れるということになりますと、会期制の意味がなくなってくるのではないか。参議院の特徴を出すということを重視する余り、会期制の意味がなくなってくるのではないかということと、これと、それから選挙制度も含めて、もう時間がないのでお答えいただきたいんですが、先生の御提案は憲法の解釈の中だけで可能なのか、それとも、ぎりぎりこの条文だけは変えないとこの提案は実現できないとお考えなのか、その点もお示しいただきたいと思います。
○参考人(小林良彰君) 私は会期をなくすというふうに申し上げているわけではございませんで、会期をもう少し長くするということを申し上げております。やはり、ほかの国に比べますと、少し日本の会期というのは短過ぎるのではないかというふうに思っております。
 それから、現状においては、衆議院で同じ法案について議論する時期と参議院で議論する時期がそれほど遠く離れてないことが多いので、どうしても国民の目から見れば、参議院が常に衆議院の後追いをしているように映ってしまっている部分もあると思います。私は、そういう意味で、衆議院の会期に比べて参議院がもう少し長い会期を持つことでもう少し十分な議論をするということが、国民の目から見て参議院の独自性というのがより映ってくるんではないかと思っております。
 それから、二番目の御質問ですが、本日申し上げた制度というのは、憲法の条文を変えないということを前提に考えたものです。
○吉川春子君 それで、残りの時間で選挙制度にかかわる供託金の問題について先生のお考えを伺いたいんですが、日本は大変諸外国に比べましてもけた違いぐらい、国によってけた違いぐらいに供託金が高いんですけれども、これは国民が被選挙権を行使するということの妨げになっているのではないかと思いますが、この供託金について、参議院だけとは限りませんけれども、参考人の御意見をお伺いしたいと思います。
○参考人(小林良彰君) 私は供託金は現状のままでも構わないと思っております。ただし、私は逆に公的助成を党だけではなくて候補者にしてもいいのではないかと。特に、参議院の場合、個人本位の選挙ということであれば、参議院の選挙については候補者個人に対して公的助成を行ってもいいのではないかというふうに思っております。
 ただし、そうなりますと、いわゆる泡沫候補がたくさん出てきて、税金の無駄遣いという御指摘もあるかと思います。その意味では、私は、実績に応じて公的助成を行ういわゆるペイバック式の公的助成ということを検討することができるのではないかというふうに思っております。これはどういう制度かといいますと、法定選挙の費用の範囲内で選挙の費用を貸し出す、そして一票千円なら千円で計算をして、例えば五百票しか取らないようないわゆる泡沫候補であれば五百票掛ける千円で五十万円以外は返済をしていただくということになります。あるいは、かなり多くの支持を得れば、もちろん上限を決めてということになりますが、割増しで払うということも可能だと思っております。
 私は、選挙に掛かるコストがある以上、額は検討の余地はあるかもしれませんが、やはり供託金という制度自体は私は必要であると思っております。ただし、一般の方がもっとより選挙に立候補できるようにするために、むしろ候補者助成というのを特に参議院においては考えるべきではないかというふうに思っております。
○吉川春子君 終わります。
○小委員長(舛添要一君) 田英夫君。
○田英夫君 今まで参議院の選挙制度というのはいろいろ四種類ぐらい変わってきたわけですが、今日の先生の御提案を大変興味深く伺っております。まだ十分理解できていないところがあるかもしれませんが、実は私は今までの四種類の選挙制度を全部体験をいたしました。一番最初、全国区と地方区、そして拘束名簿式比例代表制、それから地方区というのを東京でやりました。その後が現在の非拘束名簿式比例代表制ですか。一番悪いと思っているのは現在の制度であります。
 それは、やる側の、つまり選挙をやる側の立場からすると、一つ大変嫌なのは個人名でも政党名でもよろしいという。それは人間の本能として自分の名前を書いてほしい。それは、一番最初の全国区をやったときは正にそれ、ずばりそれでしたし、地方区でやったときもそれでしたから、それは非常にさわやかに結果をのみ込むことができます。政党名が、選挙をやりつつ、自分は自分の名前を言ってほしいと思いながら、自分の党の名前も一緒になって言っていかないといけないという、これは心理的に非常に嫌ですね。そういうことが一つあります。
 私は実は、政党に属しながらこういうことを言うのはおかしいんですが、かつて全国区と地方区という最初の制度のときに、参議院では第一党は緑風会になりました。その緑風会を政治記者として担当していたことがあります。それで、あっ、これが参議院だという印象を非常に強く持っておりますので、ああいう形のものができないんだろうか。しかも、全国区と地方区というあの単純なやり方で圧倒的に緑風会が第一党になったというのは戦争直後の特異な日本人の心理状態の中で起こったことなのかもしれませんが、担当していて、これはいいと思いながら、なぜこういう制度になったのかなということが分かりませんでしたし、現在、自分が参議院の中にいて、すっかり政党化してしまったこの現在の状況を嘆きながら、なおかつ、なぜあのときに緑風会ができたのかということが分かりませんね。
 これは、先生、どうお考えになりますか。
○参考人(小林良彰君) やはり緑風会は、その有権者の心理だけではなくて、やはりその後のその政党の歴史を見ると、戦後における特異な現象だったのではないかというふうに私は考えております。ただし、より現在の状況が緑風会的に近づけるためには、参議院というある意味ではクラブ的なカルチャーというのをどうやって作っていくかということになろうかと思います。
 そのためには、一つには、その構成を考える上で選挙制度を、御提案させていただいたものは少しそれに近づく一つの方法ではないかというふうに思った次第ですが、しかし、それは選挙制度だけで解決できるものではないわけで、衆参合わせた党議拘束のままであるとか、結果として参議院がどんなに議論しても最終的に両院協議会を経て衆議院で決まってしまうんであればそこもやはり問題ですし、むしろ院の運営の仕方あるいは国会の法の問題等々含めて、総合的に少しでも近づけていくことは、その努力だけは私はすべきではないかというふうに思っております。
○田英夫君 私は、政党に属しながらこういうことを言うのはおかしいんですけれども、今、国民、特に若い皆さんの間にいわゆるNGO活動というのが広範にわたって行われておりますね。イラクまで行ってしまった人のことで拉致されて問題になった点もありますけれども、環境問題とかあるいは社会福祉的な問題とか、テーマを絞って非常にいい活動をしている若者たちがたくさんあると。それはある意味で一種の政治活動だと思いますが、政治は政党がやるもんだと思い込んでいる人たちも多いと思います。
 私は、やはり参議院の選挙制度の中に、NGOのような人たちが出てこれる、そういう選挙制度を取り入れるべきではないか。つまり、NGOという言い方でなくて、それは一種の政治団体だということになれば、少数意見の人たち、少数意見かどうか分かりませんね、本当に自然を守る、環境を守るという運動をやっている、そういうことを考えている人は少数じゃありませんから。そういう人たちを出せるようなことを考えられないだろうか。それは先生はどう思いますか。
○参考人(小林良彰君) 今御指摘の環境問題、加えてジェンダーの問題を含めて、いわゆるニューポリティカルカルチャーと言われるような新しい選挙の争点に対して興味、関心を持つ有権者は非常に増えてきています。この問題については若い人たちの関心も少なからずあります。
 ただ、そういった政党が、なかなか、現行の制度においては議席を得るということは非常に難しいと思います。確かに環境やジェンダーというのはだれもに共通する問題ですが、しかし、ある意味ではシングルイシューになりますから、そこに投票するというのは、どの地域においても残念ながら現状においては少数であると思います。
 したがいまして、そういった意見をもし酌み取ろうとするならば、本日御提案させていただいたように、全国で集計して各党に議席を割り振ってやれば、まあそれは一議席か二議席か分かりませんが、少なからぬ議席というものは確保できることになると思います。
 ただ、同時に、そういった人たちが全国レベルで選挙を行うということは、コストも含めてこれもまた不可能だろうと思います。したがいまして、選挙区の運動をするサイズというのは小さくしているということになります。それを組み合わせたのが本日御提案した制度ということになると思いますが。
○田英夫君 ある意味でよく分かります。
 まあ、悪口になりますが、市民運動的なそういうNGOの活動をやっている方は、しばしば視界が狭くて、同じ運動をしているのに全国にまたがって手をつなごうという、そういう発想が乏しい人が多いということは、私は体験上現実だと思いますね。ですから、しかしやはり、今は相当高いレベルの政治意識でそうした活動をしている人たちがいるということをやっぱり参議院改革の中では視野の中に入れておくべきだと思います。
 もう一つ、お金の問題を申し上げたいんですけれども、全国区が廃止された原因の一つは、いわゆる残酷区という肉体的な問題と、もう一つは余りにもお金が掛かり過ぎるということがあったと思います。しかし、現在でも依然として、主として政党単位になっているわけですけれども、まあ国民の一般の日常生活の感覚からすればけたが二けたぐらい違う、そういうお金を使わなければならないというこの問題、これは大変難しい問題ですけれども、今、政党交付金というのがありますね。これも、私も、それをいただいている党の人間がこういうことを言うのはおかしいんですけれども、間接的には参議院の政党化に資しているんじゃないかという感じもいたします。
 参議院の政党化とお金の問題というのは、さっき吉川さんも取り上げられたいわゆる供託金の問題でも、私は高いと思いますよ。さっきのNGOの問題なんかも、今の供託金ではとても、全国にまたがってNGO活動している人が選挙に出ることはその面でも難しいと。選挙とお金というのは永遠のテーマかもしれませんが、結局、大きな政党とかあるいは全国にまたがる組織とか、そういうところでなければ立候補できないと。寄らば大樹の陰みたいな制度にならざるを得なくなっているというところにメスを入れるということが一つの問題点ではないかと思いますが、いかがですか。
○参考人(小林良彰君) これ、お金の問題だけではなくて、いわゆる参議院の脱政党化、あるいは二院制の存在意義ということになりますが、今日いろいろお話ししてきたことをまとめて言えば、四点に集約できると思います。
 一点目が、院の構成の方法を変える、つまりこれは選挙制度の問題になります。
 二番目が、参議院において党議拘束を改めるということになると思います。
 三点目として、参議院に対する、議院に対する公的助成については、一定の比率で党だけではなくて議員個人に助成をすると。ただ、例えばそのときは、もちろん公的助成の額をもう少し変えるということもあろうかと思います。ただし、変える場合は、それに伴って、例えば企業・団体献金を受け取らないとか、そういうことも併せて考えられるのではないかというふうに思います。
 四番目として、公的助成を行うということになります。そして、選挙区のサイズとしては、御指摘のとおり全国ではなくて都道府県単位ぐらいにすると。そういう、その選挙制度に限らず、当選した後も含めて、あるいは当選する前の候補者に対する助成も含めて総体で考えていけば、結果として現在の衆議院とはかなり異なった参議院というものがそこから生まれるのではないか。つまり、政党化ではなくて、何も党と党が対立をしていても、実際、参議院においてはお互いが違うカルチャーを持つということも私は期待できるんではないかというふうに思っております。
○田英夫君 終わります。
○小委員長(舛添要一君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 この際、一言申し上げます。
 参考人におかれましては、大変貴重な御意見をお述べいただきまして、誠にありがとうございました。小委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。(拍手)
 速記を止めてください。
   〔速記中止〕
○小委員長(舛添要一君) 速記を起こしてください。
 ただいまの参考人質疑を踏まえて、四十分程度、小委員相互間の意見交換を行いたいと存じます。
 小委員の一回の発言時間は五分程度でお願いいたします。
 なお、御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、御意見のある方、挙手をお願いします。
 愛知治郎君。
○愛知治郎君 ありがとうございます。自民党の愛知治郎でございます。
 いろんな御意見出て大変参考になったんですが、私自身、まあ年も若いということもございますけれども、原則論、そもそも論という話を一点、あと二点ほど、議題というか中身について触れさせていただきたいというふうに存じます。
 まず、この国、そもそも直接民主制ではなくて間接民主制、つまり代表を選んでいくと。その代表は、まあこれはあくまでも原則ですけれども、選ばれた時点で法的にも民意的にも拘束はされないと、自由に活動できる、その代表を選ぶ選挙というのが原則だというふうに私は考えております。そして、ただそういった意味での純粋代表ではなくて、事実上、事実上民意に拘束される半代表である、これは学生のときに私が学んだことなんですけれども、それが大原則だというふうに考えております。
 一点目は、一番大事なのはどういった民意に事実上拘束されるかということでございますが、先ほどの選挙区という話ありましたけれども、大原則は、大原則は憲法にも書いてあるとおりに全国民を代表するということですから、先ほどから何度も出ているように全国区ですべての地域を含めた上での選挙が大原則だと思いますけれども、現実的な問題として、それが選挙区であるとか、いろんな形で選出方法を工夫されてきたという経緯がございます。ただ、基本は全国区であるというのは、これは原則として踏まえておくべきだと思います。
 その点、私、宮城県というところで、参議院ですから県単位、全国区もありますけれども、県単位で選出された上で、非常に、お国自慢ではありませんけれども、非常にいい選挙区だと思っております。といいますのも、仙台という大都市部、その大都市の問題であるとか、過疎地域もある。農村もあれば漁村もあれば、都市問題、都市、大都市の問題もある。大都市では交通渋滞の問題もあれば、逆に過疎地域では道路がないところの問題もある。挙げ句の果てに、宮城県、女川という原子力発電所などもあると。ほぼすべての日本全国での問題がそこに集約されているような県であります。だからこそ、そういった日本全体のことを考えた民意を集約する上でも、ある程度一定の広さの選挙区、非常に私はいいと考えております。それが原則、私自身の考え方であります。
 ただ、衆議院においては選挙区が小選挙区という小さな選挙区になって、これは都市部であるとか、その地域性が余りにも極端に出てしまう弊害があるというふうには明らかに感じております。といいますのも、宮城県だけでも、郡部から都市部に入ったとき、まるで違う国のような、そのカラーというか雰囲気が違うような、考え方も違うような地域が混在しております。そこが偏ってしまうと偏った代表になってしまうんじゃないか。これがある程度の広さの選挙区が必要だというふうな私の考え方であります。
 もう一点なんですけれども、政党であります。
 これは憲法どこを見ても政党という話は書いてないと思うんですが、現状、政党を前提に選挙制度の話、いろんな問題話されておると思うんですが、今政党の存在を認めるもの、根拠といえば、政治資金規正法、公職選挙法、そして政党助成法のようなものしかない。そもそも政党って何であるのか、憲法上の位置付けが全くない。政党法のようなものがまたあれば別ですけれども、この位置付けをしっかりと憲法上も議論していかなければならないんではないかというふうに思います。
 今は現状追認で、しかも選挙制度も政党を前提に考えられて議論されることが多いと思うんですが、この点は原則踏まえた上でしっかりとした議論をしなければ根本の解決にはならない。現状は無党派、政党を支持してないというふうに言われる方が半分以上いる、これはやはり問題ではないかというふうに思います。
 ちょっと時間の関係上はしょりましたけれども、以上でございます。
○小委員長(舛添要一君) 郡司彰君。
○郡司彰君 今日は、当たり前の話ですけれども、制度というのは裏側で存在意義そのものの話になるんだなということを再確認をしたような話を聞かせていただいたなと思っております。
 それで、私は、一つは、先生がいらっしゃれば、先生がおっしゃったようなシミュレーションで七月の結果はどんなふうになるのかなというのがちょっとお聞きをしたかったというようなところもありますけれども、党議拘束という話が出てまいりました。
 そして、先ほど田先生の方からも緑風会のときの話が出されておりまして、私ども資料でしかこれはもう知るすべがないんでありますけれども、緑風会の、特殊なこの時代の背景の中でもちろんあったわけでありますけれども、衰退をしていく中では、与党の側からの、これは特別な意味を持っていなくて資料の中の話でございますけれども、与党の側からすれば、そういう緑風会の方々に対する行政のポストを使ったような一本釣りというものが相当あった。また、個人的に、逆な意味で、自ら進んで猟官運動に走るような部分も相当あったというようなものがこの歴史の中には書かれているわけでありますけれども。
 じゃ、党議拘束の問題を話をする場合に、一方で、今言ったその日本の参議院の中の緑風会の歴史の中で見られたような、そういう一本釣りその他の問題があるとすれば、これは逆な意味で、この参議院の在り方の一つとして、行政とのかかわり合いというのをどういう形でか整理をしておくということも必要なのではないかな。そういう議論の中において参議院の在り方というものを話をするということなしに、若干無理が出てくるんではないだろうか。そこのところは憲法のところの問題まで触れずとも話ができる範疇なのではないかなというふうな思いもしますけれども、そういう議論がこの中でされるということも必要だろうとは思いますし、私個人の感覚からすれば、参議院の議員というのは行政のポストには就かないというような思いでもって全うしてもいいんではないかなと、そういうような思いを持っているということを意見として申し述べさせていただきたいと思います。
○小委員長(舛添要一君) 富岡由紀夫君。
○富岡由紀夫君 先ほど質問の中でもちょっと述べたんですけれども、私、今回の選挙で初めて参議院選挙に当選させていただいたんですが、やっぱり参議院になって一番もやもやしているというか、自分の中で思っているのは、やっぱりこの参議院の存在意義を問われていると。カーボンコピーじゃないかとか、本当に、要らない、それこそ盲腸じゃないかみたいなことまで言われて、何なんだというような気がしてしようがないんです。私は、これをやっぱり解決しないと、何か本当に思い切ってすっきりした気持ちになれないというのがあります。
 だから、それはどういうふうにやったらいいかというのはさっきちょっと言ったんですけれども、やっぱり一番違いは、四年という任期で途中でいつ解散になるか分からないという状況とまるっきり違うのは、やっぱり六年間は絶対に解散がないというのが私一番大きなところだと思うんですね。だから、これをうまく使わない手はないなと思っております。
 ですから、先ほど言ったように、本当に条約とか社会保障問題とか長期、時間掛けてじっくり、それこそ途中で選挙をやって議員が替わっちゃって議論が途中でもう一回最初からやり直さないといけないみたいな、そんな無駄なことをしないで、じっくり同じ人が議論して、ちゃんとしたいいものを作れるような、それによって私は参議院の存在意義が示せるんじゃないかというふうに思っています。
 ですから、それをやるためには、やっぱり憲法の問題で、何でも衆議院に優越権を与えているんじゃなくて、こういった長期の問題、腰を据えてやらなくちゃいけない問題については、ちゃんとしっかりとした、憲法の中とか、いろんな法令の中でそこを明確にして、参議院の役割を明確にすると。そういう形でやっていかないと、このもやもや感というか、うやうやしたところは私は払拭できないと思っているんですね。
 参議院は良識の府だよ、ダブルチェックができるんだよと一生懸命いろんな人に説明しているんですけれども、何かむなしいんですよね。だから、そこをやっぱり制度的に、そういう問題をちゃんとやるところだということで全国民から理解してもらう、胸を張って参議院の役割はこうなんだと言えるような体制にしていかないといけないんじゃないかというのが私の思いでございます。ですから、本当にこれは衆議院に余り気兼ねして言うんじゃなくて、国としてこれは必要なんだということで正々堂々と議論していきたいなというのが私の思いです。
 もう一つ付け加えさせていただきますと、私、たまたま民主党の候補者の公募制度というので立候補することができたんですけれども、一番参入障壁の高い業界というのはやっぱりこの政治の分野だと思うんですね。それこそ地盤、看板、かばん、そういったものがないと、よっぽどじゃないと入れない。
 私なんか、たまたま民主党の候補者の公募制度というのがあったので、それに引っ掛かったので、一介のサラリーマンがこういう形でこういう議論の場に参加させていただけることになったんですけれども、これは本当にまれなケースだと思っております。
 今の民主党の候補者の公募制度だって、今度だんだん候補者が埋まってくればもう公募なんてしなくなっちゃいますから、これはたまたま過渡的に、その中で本当にたまたま入れたという意味で、だから、これから、今は民主党は開かれたなんて言えていますけれども、もう一杯になっちゃえばだんだんもうそういうこともなくなっちゃうわけですから、それをやっぱり、だれでも政治的な志がある人が本当にやれるような選挙制度というのもやっぱり考えていかなくちゃいけないんじゃないかなというふうに思っております。
 やっぱりそういった新陳代謝、何というか、やりたい人が意欲を持って政治の世界に飛び込めれば、ちゃんと意志があればちゃんとできるといったところをやっていかなきゃいけないと思います。さっきの個人に対する保障の問題、ちょっとこれはいろいろと問題が大き過ぎるかと思うんですけれども、そうじゃなくて、国全体として、政治の世界に対してみんなが参加できるんだと、それが政治に対する、選挙に対する関心を高めること、投票率アップにもつながっていきますので、そういったことも含めてこの参議院という長い期間を、これを有効に使って議論をしていきたいというのが私の思いでございます。
 以上です。
○小委員長(舛添要一君) 荒井正吾君。
○荒井正吾君 今日の議論から触発されて若干の意見を申し上げたいと思います。
 今日の先生の意見の大きなのは、政治的な意思決定に民意をどう反映するかというのが基本的な議題であったかと思います。その中で、人を選ぶ、まあ選挙制、人を選ぶのか、政策を選ぶのか、政党を選ぶのかというのが基本のテーマであったかのように思います。選挙制度は、人を選び、政党を選ぶ、どう組み合わすかという提言がなされたわけでございますけれども、政策を選ぶという手法が、今日は話なかったですが、もう少し開発された方がいいんじゃないかというふうに考えます。
 今度のアメリカの大統領選挙では、大統領を選ぶ、セネターを選ぶ、知事を選ぶほかに、レファレンダムで項目を選ぶのが州によっては何十項目もあると聞いております。選挙が混乱するという、投票が混乱するという面もあるんですが、日本は、人を選べば、どういうことを政策でしているのか、これは党議拘束との関係もありますが、なかなか見えないと。
 事項を選ぶというのを参議院でどのようにとらえるかというのは、行政の方はパブリックインボルブメントということで、随分民意の反映を個別事項でやり始めておりますので、政治の中のパブリックインボルブメント、それはインボルブしているようだけれども実は余りしていないと。政党の党議拘束も障壁になっているというようなふうに思うところでございます。
 それからもう一つは政党ということでございますが、党議拘束で議題になりましたが、政党の中の意思決定というのは、これは政党の問題であろうかと思いますが、とても重要なことではないかと思います。
 バッジの数で何か党議が決められたということはほとんどなく、バッジの数掛ける声の大きさのような感じもするわけでございます。ただ、そういうのは、選挙で選ばれた者が党議にどう反映するかということは、特に政策に直結する与党になられた場合はそういうことがあると思いますが、これはどのように党議に反映しているかというフラストレーションがすべての議員にあるんじゃないかと。特に参議院自民党、ちょっと言い過ぎかもしれませんが、参議院自民党と、自民党の唯一の意思決定機関である参議院自民党のアプローチというのはどうするのか。
 例えば、郵政民営化について次の投票行動をどうするかというのは割と至近の大変大きな問題かと思います。これは党議拘束を外すということになれば、これは与野党合わせて参議院外せるかどうかという大変シビアな議論が次の三月には議題になる可能性もあろうかという。
 ただ、自由な意見をたくさん求めるのと、ただ、政治は迅速に意思決定をとにかくしないといけないというのをどう組み合わすかというのはとても重要なことでございますが、たくさん意見を聞いて素早く決めるという政治機能がやはりある面低下していると。たくさん意見は聞くようで、ありきたりの決断しかしないという面が反省されるべきじゃないかというふうに強く、これはどの党というよりも、政治全体だというふうに思います。
 そこから話を変えますが、実はこの参議院の英語名がハウス・オブ・カウンシラーズということになって、カウンシラーズというのは評議員のようなことで実権がないような印象があるわけでございます。印象どころか、実際、外務大臣政務官のときに外国に行って政府の要人と相手したときに、大変、これ感じだけですが、低く見られた経験が幾らかあります。その国のハウス・オブ・カウンシラーズの名刺を持った人は立法権限がない国である場合もあるわけでございます。発言権限だけの国も実は二院といってもあるわけでございます。そのように見られたのかなというので、私は外国人に言うときには、私はセネターだ、セネターだと、こう言ったりするのでございますが。
 このハウス・オブ・カウンシラーズという名前は、事務局に聞くとGHQが付けた名前だというので、実は、名前の変更を実は提言したいというふうに思うんでございますが。ハウス・オブ、例えばハウス・オブ・ワイズメンとか、これはちょっと半分冗談でございますが。セネターと言う方が、実際アメリカと話しするとき私はセネターだと言うと、とても、アメリカのセネターと同じじゃないかとちょっと勘違いされてとても重く見られるというような、結局、向こうの実情に合わして名前から判断されるというようなことがあります。
 それから三つ目ですけれども、役割分担ですが、産業界で垂直分業の形になる、同じ事項をダブルチェックするという分業形態が中心に議論されておりますが、役割分担、水平分業ということが一つの大きなもう少し検討を深める点。
 例えば、アメリカの上院は地域の代表でありますけれども、人事案件は上院がやると。人事をチェックするというようなことは、人事の案件は、国会同意もあるんですけれども、現実的にそう深く踏み込んだ審査をしていないということであれば、人事案件についての水平分業と、あるいは専属的あるいは優先的な分業形態があるんじゃないかというふうに考えますので、参議院の役割論ということですけれども、水平分業的な役割。
 もう一つは、参議院の投票行動を見ると、政権交代が起こらないという安心感で気楽に投票されるという面があるという論文もあります。それは、世の中の先行指標を表す面がある、その結果、政権の行方、政策なり政権の行方に影響を与えたこともあるということで、これは時差分業というか、先行的な指標を、先ほどのパブリック、政治のパブリックインボルブメントと同義になるかもしれませんが、先取りした課題を取ると。内閣よりも衆議院よりも先取りした課題を政治が突っ込んで先行指標を取るという機能が時差分業という形であるんじゃないかというふうに考えます。そのようなことでございます。
 以上、ちょっと簡単に。
○小委員長(舛添要一君) 松井孝治君。
○松井孝治君 今の荒井先生のお話にも幾つか触発された部分もあるんですが、今日は選挙制度が中心の議論だったと思いますけれども、選挙制度を考える上で、やっぱり今おっしゃったような衆参の役割分担というものをどう決めていくのかがむしろ先にあるのかなという気がいたしました。次回の小委員会はむしろ役割分担の議論が中心と聞いておりますので、そこで議論すべきことかもしれませんが。
 といいますのは、例えば有名なドイツの連邦参議院というのは、やはり地方間の、あるいは国と地方の調整、財源調整等も含めて、この調整を行う。あるいは、地域の行政に非常に密接な国の政策についてのチェックを行うということでもって、地域代表ということで州からの具体的な首長さんなんかが連邦参議院議員として任命されているということになっているわけですね。ああいう選挙制度を取るという考え方もあるわけですが、その背景には、やっぱり参議院がどういう役割を担うかということがあっての話だと思うんです。
 参議院で決算重視ということは、参議院側で、改革協の議論も含めて幅広く認知されているところでありますが、決算重視であれば、先ほどから問題になっているように、ある種の利益相反のある執行権とのどれだけの隔離を我々が自己抑制でもって行うのか、そういう議論が必要になってくるでしょうし、当然、決算重視、今、荒井先生が時差分業ということをおっしゃいましたけれども、決算重視、それは何のために決算するのかというと、次の予算における資源配分を変更するためのレビューでありますから、そうだとすると、やはり衆議院と参議院が同じような会期で議論をしていていいのかという問題が出てこようと思います。
 会期不継続の原則をどうするかということと、また、必ずしも従属関係ではなくて、会期不継続であったとしても、会期をむしろ、例えば今、今年の場合、十一月の二十日前に決算が出てくるわけですが、そうであれば、参議院は必ず制度的に予算編成の前にきちっとした秋のセッションを持って審議を稠密に行うというようなことも必要になってくるかもしれません。
 いずれにしても、この選挙制度にしてもいろんな今の会期の問題にしても、あるいは閣僚を出すか、首相指名権をどうするか、そういった問題にしても、まずやっぱり衆参の役割や分担をどうするのかということを議論しなければいけないんじゃないかと思います。
 今日の小林先生のお話は非常に興味深くて、地方区と比例区を融合させたような新たな選挙制度の御提案でありましたけれども、そういう意味では、例えば衆参の分業という意味においては、衆議院との関係が出てきますからどっちがどっちでもいいのかもしれませんが、私、以前の会議でも発言をいたしましたが、今の地域代表、あるいは参議院なんかは一部職域代表的な色彩が現状あるわけですが、それに対して、やっぱり世代の代表という部分が非常に今の日本の政治でいうと希薄であると。
 現実には、年金のような中長期的な問題というのは、会派間の対立より、ひょっとしたら物事の本質は、世代間の対立というよりは世代間の利害をどう調和させていくかということが大きな政治課題になっている分野が現実にあるわけでありますが、そこを、世代というものをどう切り分けて選挙制度に反映するのか。これは世代クオータ的なことがあってもいいんじゃないかということを私、前発言したことがあるんですが、そういうことも含めて、じゃ参議院はどういう課題を主として議論するのか。決算のチェックなのか地域間の調整なのか、それとも中長期的な世代間の調整のようなことを議論するのか。そういうことを含めて、やはり選挙制度の在り方も、あるいはいろんな憲法上の規定の在り方を議論する必要があるのではないかと思います。
 それからもう一点、最後に申し上げたいのは、やはりこれ、私、諸外国の、例えばオーストラリアの議会なんかも見学して思いましたが、議会が本当にチェック機能を持つんだったら、徹底して、私は決算委員会のメンバーでもありますが、今の決算委員会程度の審議時間ではなくて、徹底して今の国の予算の執行状況を細かくチェックする、あるいは個別の条文というものの整合性みたいなものを、例えば法改正のたびにその改正事項をワンパッケージで議論するんではなくて、本当に条文ごとに逐条審査をきちっとしていく、あるいはその元の規定も含めてチェックをするような、そういう委員会形式というようなものがあってもいいんじゃないか。
 いずれにしても、それは衆議院と参議院の役割分担で、どういう機能を参議院は持っていきたいのか、我々が会派を超えてどういう機能を重視したいのか、当然それは衆議院側の思惑もありますから何でも参議院というわけにいかないわけですが、逆に言うと、どういう機能を衆議院の方に譲って、我々はどういう機能に特化するかということを是非これは会派を超えて議論をして、衆議院側に要求をある意味では突き付けていくというような形をしないと物事が動かないのではないかなというような感想を今日持った次第であります。
 以上です。
○小委員長(舛添要一君) 藤野公孝君。
○藤野公孝君 自由民主党の藤野公孝でございますが、参議院の一つの在り方として、政権交代とかそういう、選挙によって政権交代することによる制度なりあるいは法制なり、長期的に国民の利益から見て、政権が替わっても、例えば年金制度もそうでしたけれども、変わってはいけないもの、国民の基本的なそういう、何といいますかね、社会的な保障になるようなもの、あるいは安心、安全にとって非常に重要なものというのは政権が替わるところころ変わるというのではいけないというようなものについて、例えば参議院というものがそういうものから一歩離れて、どろどろしたものから離れてというようなことをよく言われるわけで、その辺は分かるんですけれども、まあ余りイシューから離れてということになりますと、国民が何のために、何のために選挙に、参議院の選挙に行くのかという、そのインセンティブというものが非常に反面薄れるんだと思うんですね。
 さっきの小林先生の話の中の、何というか、方程式の中の最初のあれも、やはり今度の選挙に行ったことによって例えば政権交代が起こり得るというようなことというのが一つの大きな要素になるというのがありましたけれども、余り面白おかしく行かれてももちろん困るわけだけれども、かといって、関係ないんだよ、関係ないんだよ、おれたちはもっと高尚な長期的なことをやっているんだというようなことだけを言っている。今度は参議院の選挙に対する関心が落ちるというまたジレンマも、民意の反映ということからすれば余り関心がないということになってもいけない。その辺のところについて、私は、少し余りそこを言い過ぎるのはいけない。
 じゃ、どうするのかということについて、先ほど来話出ていますように、予算なんというのは非常に関心もあるわけですし、ですから、予算そのものに手を突っ込んでいくという方向よりは、先ほどから出ておりますように、決算の機能強化とおっしゃいましたが、これは憲法調査会の中でも議論されております、審査というような感じじゃなくて本当に議決まで持っていくとか、あるいは会計検査院の在り方を含め、本当に実効性のあるものに制度そのものをこの憲法改正を機に持っていくことによって、参議院がそういう長期的なことということだけじゃなくて、目の前の予算についても決算を通じてやっぱり介入していくというか管理していくというような立場がないと、両方がないと、余りどろどろから離れてというのではいかがなものかというのが私の意見でございます。
○小委員長(舛添要一君) 吉川春子君。
○吉川春子君 ありがとうございます。
 私は、参議院に限らず、選挙制度を考えるときに一番重要なのは、やはりその民意の反映ということであろうと思います。先ほど小林参考人が死票を出さない選挙制度をというふうに言われまして、が必要だと言われまして、私はその点は大変同感をいたしました。
 小選挙区制が今衆議院で取られているわけですけれども、これは極端に言えば四九対五一というように死票がもう半分近く出るという制度で、民意の反映ということから見たらいかがなものかと、私は賛成できかねる制度なんですね。ただ同時に、参議院の場合も悩ましくて、三年ごと半数改選で、そして四十七都道府県に全部割り当てて、その余った定数で調整するものですから、やっぱり一票の格差というのが一対二以内に収められないということがあって、これからまた議論も始まると思うんですけれども、やっぱり今の憲法の立場、そして民主主義の発展ということを考えると、いかに民意を正確に反映する選挙制度であるか、議席にですね。そうすると、また多様な意見をやはり反映しなくては国会はならないのではないかと思います。
 先ほど田先生の方からNGOの事例なども幾つか言われましたけれども、やっぱり組織がない、力がない人たちは議席が得られないようなそういうような選挙制度であってはこれ本当の意味での民主的な国家とは言えないのではないかというふうに思いまして、私は、参議院の選挙制度を考えるときも死票を出さない選挙制度、多様な民意が反映できる選挙制度ということを考えていかなくてはならないと思います。
 それから、積極的な二院制論者であると、まあ定義はいろいろありますけれども、私はそうなんですが、本当にやっぱり二院制というものが民主主義を支える上で非常に大きな役割を果たしているし、やっぱり権力は、三権分立ということと合わせて、国会も衆参でやっぱり権力を分割して分け持っているという、こういう意味もあろうかと。私、これは全く個人的な意見なんですけれども、そういうふうに考えておりますので、やっぱりそういう意味で二院制の意義をあらしめるような、そういう議論を今後も進めていきたいと思っています。
 以上です。
○小委員長(舛添要一君) 武見敬三君。
○武見敬三君 今日の議論の中で一つ出てこなかったのがやっぱり定数の問題ですよね。やはり参議院、二院制の在り方を考えるときに、やっぱり私たちが本気で考えなければならないのは、一体、二院制の中で本来我が国のその参議院としての定数というのは一体どの程度の規模が適正であるのかということをやはりきちんと議論をしなければいけないんだろうと思うんですよ。現状、これは直観的な話ですけれども、明らかに国民の多くは現在の参議院であれば二百五十二人ですか、こんなたくさん要らないと思っていますよ。(「今二百四十二」と呼ぶ者あり)今二百四十二ですね。
 したがって、こういう状況下において、現実に議席を持っている私たちは、やはり超党派できちんと本来の機能というものを議論すると同時に、あるべき定数というのは一体何人ぐらいなのかということもやはり身を削る思いできちんと議論しなければ国民の本当の意味での信頼感というものをやはり回復することはできないんじゃないかなという、そういう見方を私はとてもしています。
 それと、やはり現実に利害関係というものは立法活動の中に組み込まれれば組み込まれるほど強く関係をしてくるわけだし、その利害関係の中で政党化というものも当然やはり起きてくることになるのは明らかであります。そういうときに、一つの方法として、やはり田先生がおっしゃったような、非政党化を目指し、より個人の見識を尊重するワイズメンあるいはワイズピープルといった形での二院の在り方というものを考えたときには、やはり立法活動と切り離すということや、あるいは直接的なかかわりを切り離すということとか、あるいは先ほど郡司先生御指摘になったとおり、行政府に対して、内閣を組閣したりするときに閣僚を出さないとか、行政府に対してはその兼務を認めないとか、やはりそういうことをきちんとやっていきながら、権威の府として国民の信頼感というものを蓄積していきながら参議院というものの在り方を一つ一つ形作っていくことが必要になってくるんじゃないかなという気がするんですよ。
 したがって、今日、まだそういう定数についての議論が余り出てこなかったので、一言だけ問題提起という意味でさせていただきました。
 ありがとうございました。
○小委員長(舛添要一君) 簗瀬会長代理。
○会長代理(簗瀬進君) 本当に今日は大変面白い議論に参加させていただいて私も非常にうれしく思っておりますが、富岡さんが御指摘をされた点、私は非常に重要なポイントなんではないのかなと思っております。
 まず第一番目に申し上げたいのは、今日は選挙制度の議論だったんですけれども、どうも選挙制度を設計する際に国民の視点といいますか、選挙に参加する国民にとってどうなのかなという、そういう視点がずうっと私はこの日本の選挙制度設計については欠かされ続けてきた、なおざりにされてきたということを私は申し上げたいんですよ。
 例えばニュージーランドの例があるんですけれども、選挙制度を決める際に国民投票をやったんですね。制度を国民投票で決めるというのは、これは極めて難しい選択を国民に迫る形になるんですけれども、正にその国民投票の中で、選挙制度は私たちにとってどうあるべきなのかという国民の視点というようなものの中で選挙制度が決定されていると。
 私は、どうも日本の選挙制度すべてがやっぱり議員のための選挙制度と、議員の側の視点が非常に強く出て、現実に主権者としての国民にとってどうなのかなという視点が意外になおざりにされ続けているということを、これをやっぱり基本的に反省をすべきなんではないのかなと、このように思っております。
 でありますから、まあ理想でいえば、選挙制度を変える際、特に国政選挙については国民の投票によって決める、制度をそうやって決めたらどうなんだみたいなことを非常に積極的に言ってもいいんではないのかなということを思っております。
 それから第二番目に、小林先生のお話、大変、非常に有意義だったんですけれども、ただ一点、集計は国民にとってちょっと別のところで行われて、それで、選挙をやる人の側にとって集計が複雑かシンプルかという、そういう論議で何かお話がなさったんですけれども、私は、選挙の集計のプロセスというのは政治に一票を投ずる国民にとって非常に重要な意味を持っていると思うんですね。すなわち、自らの一票がどういうプロセスで結果を生じさせるのかということが国民に見えているかどうか。私は、そういう意味では選挙制度は、先ほど田先生のお話の中で全国区と地方区というあのシンプルな制度の中で大変なドラマが生まれたということをおっしゃられていましたけれども、それは一面真理であって、シンプルだということは、自分の一票がどういうふうな結果をもたらすのかということが国民にとって非常に見えているということなんだと思うんですよ。
 でありますから、制度設計する際には、余りに複雑な統計的手法を駆使する形でようやく結果が出るというふうな形になりますとね、これはやっぱり選挙に参加する人を遠ざけてしまうと思うんですね。だから、シンプルなものをやっぱり我々は目指すべきなんではないのかなというのが第二点だと思います。
 それから第三点として、これは小林先生も御指摘になった、衆議院、参議院の在り方と選挙制度が連動をして決められてはこなかったと、ということは我々は非常に反省をしなければならないし、今度のあの憲法の論議の場合でも、正に選挙の在り方とそれから衆参の在り方というのは非常にもう密接に、もう表裏一体の関係にあるので、そこをしっかりと踏まえた形で憲法の論議をしていかなければならないんではないのかなということを感じました。
 以上でございます。
○小委員長(舛添要一君) 他に御発言はございませんか。田英夫君。
○田英夫君 一言。
 選挙制度というのは一体だれが決めるんだということを、今、簗瀬さんおっしゃったことに関連するんですが、自分たち、そのことに、参議院に詳しい参議院議員が参議院の制度を決めろという考え方一つあると思います。衆議院は衆議院を中心に。しかし、同時に、第三者といいますか、国民というふうに今、簗瀬さんおっしゃった。どうしても、参議院議員が参議院の制度を主体的に決めれば自分たちにとって都合のいいものになっていくのは、まあ人情だと思いますね。
 そういうことに関連して、年度は忘れましたけれども、衆議院の現在の選挙制度を決めたときに参議院は否決したんですね、細川内閣のときですが。私はそれにかかわったんですけれども、自民党は反対をされた。社会党の中の一部がそれと合流して反対をしたと。結果的に参議院は否決したんです。衆議院の制度を参議院が否決したということはもっと重要視されてよかったんじゃないかと思うんですよ。非常に大事なことだと思います。それを、結局両院協議会へかかり、最後は何かうやむやのような格好で今の制度が決まってしまったということは非常に残念だと思います。
 だれが決めるかということにも関連をして一言申し上げました。
○小委員長(舛添要一君) 他に御発言はございませんか。他に御発言もないようですから、本日の意見交換はこの程度といたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時二十八分散会

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