第九十回帝國議會貴族院　帝國憲法改正案特別委員會議事速記録第五號

　　付託議案
◎帝國憲法改正案
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　昭和二十一年九月五日（木曜日）午前十時十一分開會
○委員長（安倍能成君）　會議ヲ開キマス、昨日ニ引續イテ南原委員ノ質疑ヲ續ケマス
○南原繁君　昨日吉田外務大臣ガ御出席ガゴザイマセヌデシタガ爲ニ、保留シテ置キマシタ問題、即チ戰爭抛棄ニ關聯致シマシテ、御尋ネ申上ゲタイト存ジマス、一ツハ我ガ國ガ將來國際聯合加入ノ場合ニ、今回成立スベキ新憲法ノ更ニ改正ヲ豫想スルモノデアリマスカドウカト云フコトヲ吉田外務大臣ニ御尋ネ申上ゲタイノガ第一點デゴザイマス、其ノ點ハ本會議ニ於テモ私ガ申上ゲマシタヤウニ、國際聯合ノ憲章ニ依リマスト、其ノ加入國家ノ自衞權ガ一面ニ於テ認メラレテ居リマス、其ノ外ニ重要ナコトハ、兵力ヲ提供スル義務ガ課セラレテ居リマスコトハ御存ジノ通リデアリマス、然ルニ今回ノ我ガ憲法ノ改正草案ニ於キマシテハ、自衞權ノ抛棄ハ勿論ノコトデアリマスケレドモ、一切ノ兵力ヲ持チマセヌガ爲ニ、國際聯合ヘ加入ノ場合ノ國家トシテノ義務ト云フモノヲ、ソコデ實行スルコトガ出來ナイト云フ状態トナツテ居ルノデハナイカト云フ問題ガアルノデハナイカト存ジマス、處デ一昨日デゴザイマシタカ、本委員會ニ於キマシテ、吉田首相ノ御説明ノ中ニ此ノ憲法草案ハ國際聯合ノ場合ヲ必ズシモ直接ニ考ヘテ起草シテ居ナイト云フヤウナ意味ノ御答辯ガアツタヤウニ私チヨツト承ツタノデゴザイマス、ソレト併セテ考ヘマスル時ニ於テ、將來愈々現實的ニ國際聯合ニ加入スルト云フ場合ガ起ツテ來タ場合ニ、サウ云ツタ點ニ付テ憲法ノ更ニ改正、詰リ第九條ヲ繞リマシテ、更ニ改正ヲ豫想セラルヽヤウナ意味デアリマスカドウカト云フコトヲ先ヅ吉田外務大臣ニ御尋ネ申上ゲタイノデアリマス
○國務大臣（吉田茂君）　御答ヘ致シマス、國際聯合ニ加入スルカドウカ、是ハ私ノ意味合ハ成ルベク早ク國際團體ニ復歸スルコトハ日本ノ利益デアリ、又日本國トシテモ希望スル所デアリ、又經濟的利害ノ上カラ申シマシテモ、政治的ノ關係カラ申シマシテモ、國際團體ニ早ク復歸スルト云フコトガ政府ト致シマシテモ、努力モシ、又希望モ致シテ居ル所デアリマス、扨、然ラバ國際聯合ニ加入スルカドウカ、是ハ加入スルコトハ無論ノ希望セザル所デハアリマセヌガ、併シナガラ加入ニハ御話ノ通リ色々ナ條件ガアリマシテ、其ノ條件ヲ滿シ得ルト言ヒマスカ、滿スダケノ資格ガ滿シ得ナイ場合ニハ或ハ加入ヲ許サナイト云フコトモアリマセウガ、然ラバ如何ナル條件デ、如何ナル事態ニ於テ加入スルカト云フコトハ、今日ノ場合ニ豫想出來ナイ所デアリマシテ、今日我々ノ考ヘテ居リマス所ハ、國際團體ニ復歸スル、其ノ前ニ講和會議ト言ヒマスカ、講和條約ヲ結ブ、此ノ時期ヲ成ルベク早メルト云フコトニ專心努力シテ居ルノデアリマシテ、サウシテ講和條約ノ出來タ、講和條約ノ締結前後ノ國際情勢、或ハ日本内部ノ情勢等ヲ考ヘテ、サウシテ國際聯合ニ入ルコトガ善イカ惡イカト云フコトモ考ヘナケレバナラヌ、現ニ又加入シテ居ラナイ國モゴザイマスコトハ御承知ノ通リデゴザイマス、講和條約締結後ノコトヲ今日ニ於テ直チニ斯ウ云フ條件デアルトカ、或ハ憲法ヲ改正スルコトヲ豫想スルカト云フコトニ付テハ御答ヘシニクイノデアリマス、其ノ時ノ講和條約締結後ノ國際情勢、國内情勢ニ依ツテ判斷スベキモノ、斯ウ私ハ考ヘマス
○南原繁君　只今ノ問題ハソレ以上御尋ネ申上ゲマセヌ、第二點ト致シマシテ、戰爭抛棄後ノ是カラ後ノ我ガ國ノ國際政治、政策ハ何ヲ御執リニナラウトスルカ、其ノ方向ハ何處ニ御執リニナラウトスルカト云フコトヲ吉田外務大臣ニ御尋ネ申上ゲタイノデアリマス、此ノ點モ實ハ本會議ニ於テ私ハ御尋ネ申上ゲタ積リデアリマス、ケレドモドウ云フ御都合カ御答ヲ戴ケナカツタノデアリマシテ、今日ハ多少ソレヲ具體的ニ申上ゲマシテ簡單ニ御所見ヲ伺ヒタイト思フノデアリマス、是ハ極メテ重要ナル日本ノ今後ノ問題ヲ含ンデ居ルト考ヘマス、即チ私共ノ考ヘル所ニ依リマスルト平和ト云フコト、是ハ固ヨリ人類ノ偉大ナル目標デアリ、理想デゴザイマスルケレドモ、ソレハ單ナル安全第一、即チ現状ヲ其ノ儘保ツテ行クト云フ現状維持ノ平和デハ決シテアツテハナラヌト考ヘルノデゴザイマス、此ノコトハ御承知ノ通リ此ノ前ノ第一次世界大戰ノ後、即チ「ヴエルサイユ」條約ノ結果ト云フモノガ、如何ニアツタカト云フコトハ、人類ノ苦イ經驗ヲ嘗メタ點デゴザイマス、即チ餘リニ第一次世界大戰後ノ其ノ時ノ現状ト云フモノヲ何處迄モ枠ニ嵌メテ、之ヲ維持セムトシタト云フ意味ニ於キマシテハ、或ハ是ガ第二次世界大戰ヲ誘發シタ一ツノ原因デアツタトモ考ヘラレルノデゴザイマス、サウ云フ意味ニ於キマシテ今回此ノ不幸ナル人類ガ、有史以來ノ第二次世界大戰トモ申スベキ今回ノ此ノ大戰ノ後デハ、サウ云ツタ失敗ヤ苦イ經驗ハ決シテ繰返シテハナラヌト私共ハ考ヘル次第デアリマス、從ツテ大事ナコトハ何ヨリモ正義ニ基イタ世界ニ、普遍的ナ所謂國際正義ニ基イタ平和ヲ確立スルト云フコトデナケレバナラヌト考フルノデゴザイマス、即チ單ニ巧利主義的ナ便宜主義的ナ安全第一主義ト云フモノノ平和主義デアツテハナラヌト云フコトハ、是ハ何人モ異存ノナイ點デアラウト考ヘルノデアリマス、從ツテ其ノ結果ト致シマシテ、現状ト云フモノヲ唯其ノ儘維持スルト云フノデナクシテ、現状ヲ變更スルト云フ一ツノ要請、固ヨリ武力トカ強力ニ依ツテ變更スルノデハアリマセヌデ、人類ノ理性ト良心ニ從ツテ平和的ニ變更スル、言ヒ換ヘテ見マスルト現状ノ平和的ナ變更ト云フコトガ當然デス、ソレニ伴ツテ來ナケレバナラヌト考ヘルノデアリマス、此ノ點ガ實ハ國際的「デモクラシー」ノ確立デアルト考ヘルノデアリマス、現在ハ「デモクラシー」ヲ唱ヘマスケレドモ、一國ノ「デモクラシー」ト云フコトニ急デアリマスゲレドモ、更ニ當然ノ論理ノ歸結トシテ、世界的ニ國際ノ普遍的ノ「デモクラシー」ノ實現ト云フコトニ向ハナケレバ本當ノ理想ニハナラヌト思ヒマス、サウ云フ點ニ於キマシテ我ガ國ハ、誠ニ我々ハ過誤ヲ犯シタガ爲ニ、斯カルヤウナ状態ニナツタコトハ、是ハ我々ノ敗ケタ結果トシマシテ甘受シナケレバナラヌ、忍バナケレバナラヌト考ヘルノデゴザイマス、ケレドモ我々ノ罪科ヲ償ウタ以上ハ更ニ進ミマシテ、是カラサウ云フ意味ニ於テ世界ノ正義ノ確立、正義ニ基イタ平和ノ確立ト云フコトニ、及バズナガラ將來國際團體ノ一員ニ加入ヲ許サレタ場合ニハ努力シ、其處ニ理想ヲ向ケテ行クト云フコトガ一番大事ナコトト考ハルノデアリマス、即チ單ナル戰爭ヲ抛棄シタト云フコトダケデハ相成ラヌノデアリマス、抛棄シタ以上ニ今申シタ意味ノ正義ニ基イタ平和ト云フコトニ向ツテノ理想、是コソ日本ノ將來ノ大キナ所ノ國際政策、世界ニ寄與スベキ政策デアルト考ヘルノデゴザイマス、サウシテ我ガ國ノ將來ヲ考ヘマス場合ニ御覧ノ通リナ政治上、殊ニ經濟上、交通上、總テノ點ニ於キマシテ我ガ國ノ將來ト云フモノハ極メテ暗澹タルモノナリト思フノデアリマス、此ノコトハ十分世界ニ向ツテ愬ヘ、又合理的ナル解決ト云フモノヲ世界ノ輿論ニ依ツテ之ヲ圖ルト云フコトガ、一ツノ日本ノ政策デナケレバナラヌト思フノデゴザイマス、獨リ日本ノ爲バカリデナシニ、進ンデ他ノ國、何處ノ國デアラウトモ、地球上ノ何處ノ國ニ起ツタコトデアラウトモ、正義ヲ確立スルト云フコトニ向ツテ、互ヒニ諸民族ノ結合、協力ヲ圖ルト云フコトガ、大キナ今後ノ外交政策デナケレバナラヌト考ヘルノデゴザイマス、固ヨリ只今總理ノ仰セノ通リニ、我ガ國ノ現状ハサウ云フ所迄行ツテ居ナイ、講和條約、更ニ國際團體ニ加入ヲ許サレルト云フコトガ目的デアルト仰シヤイマスガ、誠ニ其ノ通リデゴザイマス、ドウカソレヲ通シテ、矢張リ此處ニ目標ヲ置イテ、現在迫ツテ居リマスル所ノ講和會議ニ對シテモ對處スル、眞ノ正義、眞ノ眞理ノアル所ヲ世界ニ愬ヘテ其ノコトヲ達成スルト云フ、今カラ其ノ抱負ト計畫ト云フモノヲ御持ニナルコトガ大事デハナイカト考ヘマスノデ、此ノ點ニ關シマシテノ政府ノ御所見ヲ承リタイト思フノデゴザイマス
○國務大臣（吉田茂君）　御質問ノ御趣意ハ誠ニ御尤モデゴザイマス、又私共ト致シマシテモ御趣意ニ副フヤウニ努力致シツヽアル積リデ居リマス、此ノ戰爭抛棄ト云フ條項ヲ特ニ憲法ニ掲ゲテ、サウシテ世界ニ類例ノナイ條項ヲ憲法ニ掲ゲテ、以テ日本國家トシテ平和ヲ愛好シ、平和ニ寄與セムト欲スル希望及ビ抱負ヲ憲法ニ明示致シマスコトニ依ツテ、平和愛好ノ國民トシテ世界ニ愬ヘルト云フ氣持モアリマスガ、同時ニ自ラ武力ヲ撤シテ、サウシテ平和團體ノ先頭ニ立ツテ平和ヲ促進スル、平和ニ寄與スルト云フ抱負ヲ加ヘテ、戰爭抛棄ノ條項ヲ憲法ニ掲ゲタ考デアルノデゴザイマス
○南原繁君　只今總理カラ御答辯ヲ戴キマシタガ、其ノ外ニ私ノ申上ゲマシタノハ、ソレガ所謂單ナル平和デナシニ、正義ニ基イタ平和ト云フ所ニ實ハ私ハ力點ヲ置イテ政府ノ御所見ヲ伺ヒ、又希望ヲ申上ゲタノデアリマシテ、ソレガ單ナル平和確立デナシニ、正義ニ基ク、即チソレヲ具體的ニ申シマスト、將來、詰リ現状ノ平和的ナ變更、平和的手段ニ依ル變更ト云フコトヲ各國ガ協力シテ達成スルト云フ所迄發展スベキ理想ヲ持ツテ居ルモノデアルト云フコトヲ申上ゲタノデアリマシテ、其ノ點ハドウカ外務大臣トシテ御含ミノ上、十分將來帝國ノ爲ニ御努力ヲ願ヒタイト思フノデゴザイマス、第三點ニ伺ヒタイノハ、今囘ノ改正案ニ依リマシテ、第九條ニ於テ戰爭抛棄ヲ宣言致シマシタガ、過日衆議院ニ於キマシテ、ソレニ修正ヲ加ヘマシテ、其ノ冐頭ニ一句ガ加ツテ居ルノデアリマス、即チ「日本國民は、正義と秩序を基調とする國際平和を誠實に希求し」ト云フ一句ガ加ツタノデアリマス、之ニ付キマシテハ、先般金森國務相カラ簡單ナ御説明ガ一應アリマシタケレドモ、ドウ云フ見地カラ政府ハ此ノ修正案ニ御同意ニナツタカト云フコトヲ金森國務相ニ御伺ヒ致シタイノデアリマス、私ノ考ニ依リマスルト、衆議院ガ其ノコトヲ意圖シタカドウカト云フコトハ、是ハ別問題ト致シマシテモ、先程第二點ニ於テ私ガ申上ゲマシタヤウナ意味ニ於テ、即チ正義ニ基イタ平和確立、單ナル現状維持ノ平和デナシニ、正義ニ基礎ヲ置イタ新タナ平和ト云フ意味ニ解シテコソ、又サウ云フコトヲ意圖シテコソ是ハ重要ナル意義ヲ持ツモノト思フノデアリマス、今囘ノ衆議院ニ於ケル幾多ノ點ニ於テノ政府原案ニ對スル改正ノ中デ最モ是ハ重要ナル意義ヲ持ツテ居ルモノト私ハ考ヘテ居ルノデゴザイマス、是ハ政府ハドウ云フ風ニ此ノコトヲ御解釋ノ上御同意ニナツタカト云フコトヲ、先ヅ金森國務大臣ニ伺ヒタイノデアリマス
○國務大臣（金森徳次郎君）　第九條ニ於テ衆議院デ此ノ字句ヲ直サレマシタ趣旨ハ、私ハ南原君ノ御言葉ノ中ニ現レマシタヤウニ、正義ト秩序ヲ基調トスル國際平和ヲ希求スルト云フ點ニ力點ヲ置イテ直サレタモノト考ヘテ居リマス
○南原繁君　誠ニ其ノコトガ自覺サレ、又意圖サレテ、衆議院ガ之ヲ修正シ、政府ガ同意シタト云フナレバ、是ハ此ノ憲法ニ於テ戰爭抛棄ト相俟ツテ、或ハソレ以上ニ世界的ニ實ハ重大ナル一ツノ宣言デアリマス、又帝國ノ理想ヲ示シタモノトシテ、深ク之ヲ評價シタイノデアリマス、何故ナラバ、御承知ノ通リニ現在ノ國際聯合ノ憲章ニ於キマシテモ、其ノ點ニ付テハマダ問題デアルノデアリマス、ソコ迄踏込ンデ居ナイト私ハ解釋シテ居ルノデアリマス、ケレドモ民族協同體、一國ノ國民協同體ヲ超エテ、其ノ根抵ニ世界ノ協同體ト云フコトヲ理想トシテ考ヘマスル以上、斯ウ云ツタ世界聯合ノ目的、計畫ト云フモノハ當然ソコ迄行カナケレバナラヌト私ハ考ヘルノデアリマス、サウ云フ意味ニ於キマシテ、是ハ實ハ劃期的ナ日本ノ大キナ理想ノ宣言デアルト私ハ思フノデアリマス、ドウカ政府ニ於カレマシテハ、サウ云フ遠大ナル計畫ノ下ニ將來ノ計畫ヲ樹テラレテ、更ニソレヲ間近カニアル講和會議ニ於テ、先ヅ其ノ一面ヲ吐露サレルヤウニ、今カラ政府ノ十分ナル御努力ヲ御願ヒ申上ゲテ置キタイノデアリマス、最後ニ過日總理大臣ガ御出席ガナカツタガ爲ニ、御留守デハゴザイマシタケレドモ、私ハ日本ノ國體、或ハ此ノ主權問題ニ關聯シマシテ、一ツノ問題ダケヲ吉田總理大臣ニ質疑ヲ申シタコト、所謂日本ノ世界的性格ノ變更ノ問題ニ關シマシテ、總理大臣ハ既ニ御承知カ存ジマセヌケレドモ、此ノ機會ニ後デ御答辯ヲ戴キマスレバ幸ヒデゴザイマス
○國務大臣（吉田茂君）　御答ヘ致シマス、先程私ノ御答ヘ致シタ言葉ガ足リナカツタ爲ニ、重ネテノ御話デゴザイマスガ、御趣意ハ能ク了承致シマシタノミナラズ、誠ニ御同感デゴザイマス、御趣意ニ副ウテ今後共、或ハ講和會議等ニ於テモ、正義ニ基ク平和ノ確立ニ付テハ、政府ト致シマシテモ十分主張モシ、努力モ致ス考デアリマス、此ノ點ハ御了承願ヒマス、又過日私ガ缺席シテ居リマシタ時ニ、日本ノ政治的性格ニ付テ、私ノ答辯ニ付テ、本會議ニ於テノ私ノ答ニ付テ御尋ガアツタサウデアリマスガ、私ハ其ノ時佐々木博士ニ御答シタ趣意ハ、民主政治ト云フガ、併シナガラ是ハ今日ニ始ツタ‥‥憲法改正ガ提起サレテ後ノ日本ニ民主主義ガアルノデハナイノデアツテ、日本ハ昔カラ、或ハ言葉ハ兎ニ角ト致シマシテ、民主主義ノ氣持、或ハ原則ニ付テハ國體トシテ既ニ容認シテ居ルノデアル、之ノ私ノ考ヘ方ハ、從來御歴代ノ天皇ノ御歌等ニ付テ考ヘテ見テモ、民ノ心ヲ以テ心トスルトカ、民ノ幸福ヲ念トセラレル御歌ハ、御歴代ノ天皇ノ御歌ニアル、民主主義政治ハ今日ニ始ツタノデハナイ、即チ日本ノ國體ニ於テハ、國體ナルモノハ變更サレテ居ルノデハナイト云フコトヲ申シタノデアリマス、併シナガラ然ラバ政治上ノ、法律上ノ御地位ニ於テモ違ツタモノガ生ズルノデアルカト云フコトハ、是ハ大ナル變更ノアリマシタコトハ、天皇ノ政治的權能、或ハ大權事項ニ於テ重大ナ變更ガ加ヘラレタノデアリマスカラ、是ハ變更ガアツタノデアル、是ハ勿論ノコトデゴザイマスガ、國體其ノモノニ於テハ日本國民ノ考ニ依リマシテ、新憲法ニ於テモ其ノ以前ニ於テモ民主的ノ氣持ハアツタト云フコトヲ申シタノデアリマス
○南原繁君　其ノ問題ニ付キマシテハ質問サレマシタ佐々木博士ノ御質問ト、總理ノ御答辯トノ間ニ若干ノ喰違ヒガ御アリニナルノデハナイカト今御答辯ヲ承ツテ私ハ感ジタノデアリマス、何故ナレバ佐々木博士ノ其ノ時ノ御質問ハハツキリト日本ノ政治的基本性格ハ何デアルカト云フコトヲ御定義ニナリマシタ、即チ一定ノ天皇ヲ統治者トシテ戴イテ居ルコト、其ノ一定ノ天皇ガ一系デアル、其ノ故ニコソ其ノ地位ニ即カレル、詰リ國民ノ總意ニ依ツテ即カレルノデハナイノダト云フ定義ヲ爲サツタノデ、日本ノ基本的政治性格ニ變更ガアツタカドウカト云フ御質問デアツタノデアリマス、ソレニ對シマシテ吉田總理ハ只今甲シタヤウニ日本ノ民主政治ハ昔ニモアツタ云々ト云フ御話ガアリマシテ、其ノ最後ニソレニ答ヘラレマシテ新憲法ガ出來タガ故ニ日本國民ノ政治的性格ハ斷ジテ變更シタトハ考ヘテ居リマセヌト云フ御結論ヲ爲サツタノデアリマス、其ノ點ニ付テノ疑惑ガ國民ノ間ニモ、亦我我ノ間ニモアルノデアリマス、又一昨日モ、或委員ノ質問ニ對スル御答辯ノ際ニ、天皇ヲ中心トスル日本國家ノ構造ニ付テハ變更ハナイト云フコトヲ御斷言爲サイマシテ、其ノ點ハ矢張リ今ト關聯シタ問題デアリマスガ、日本ノ今度ノ新憲法ニ依リマスト、國會ガ最高唯一ノ中心ニナルノデアリマス、天皇ハ象徴トシテノ御地位デ、又別ノ意味ガアルノデアリマス、日本國家ノ政治的構造ハ正ニ根本ニ於テ變ツテ居ルノデアリマス、ソレハ總理ハサウ云フ御認識デアルト思ヒマスケレドモ、外ナラヌ總理ノ御答辯ガ國民一般ニ何カ疑惑ヲ與ヘハシナイカト云フコトヲ憂ヘマスノデ、此ノコトヲ申シタノデアリマス、十分御自覺ニナツテ居ルト思ヒマスケレドモ‥‥是デ私ノ質問ヲ終リマス
○委員長（安倍能成君）　引續イテ過日ノ佐々木委員ノ御質疑ニ對スル總理ノ御答ガアリマス
○國務大臣（吉田茂君）　佐々木博士ノ第一ノ御尋ハ、憲法改正草案ヲ本年ノ一月頃ニ立案發表スルコトガ出來タナラバ、結果ニ於テ異ル所ガアツタノデハナイカト云フ御質問ノヤウデゴザイマスガ、是ハ今日迄ノ研究、憲法改正案ニ於キマス取調ノ經過カラ申シマスト、事實一月頃迄ニ發表スルト云フコトハ出來ナカツタノデアリマス、幣原内閣、或ハ其ノ以前カラシテ、憲法改正ハ議ニ上ツテ居リ、政府ト致シマシテモ研究ハ致シテ居リマシタケレドモ、何分大事業ト考ヘテ、各種ノ方面カラ、又各種ノ方面ノ意見等ヲ取纒メテ、研究致シテ居リマシタ其ノ時ノ成績ト言ヒマスカ、其ノ時ノ調査計畫カラ申シマスト、事實一月頃ニ發表ナリ或ハ調査ノ完了ト云フコトハ出來ナカツタノデアリマス、又若シソレ迄ニ出來タナラバ、其ノ結果ニ於テ異ル所ガアツタラウト云フコトハ、是ハアツタカモ知レマセヌガ、又餘リ輕卒ニ過ギルト云フ非難モ生ジタカモ知レマセヌノデ、此ノ點ニ付テハ御答ヘ致シ兼ネマスガ、兎ニ角事實ニ於テ一月頃ニ發表スルト云フコトハ出來ナカツタト思ヒマス、又發表ガ遅レタ爲ニ、聯合國トノ關係ニ於テ如何ト云フ御尋ガアリマシタガ、聯合國トノ關係ニ於キマシテハ、最近ノ「ワシントン」ニ於ケル極東理事會ノ經過等ヲ御覧ニナリマシテモ、從來日本ノ發表シタ草案ニ付テハ、大體異議ガナイト云フコトヲ申シテ居ルノデモ是ハ御分ニナラウト思ヒマスガ、大體異存ノナイ處、又餘リ遅過ギテ居ルトカ云フヤウナ非難モナイノデアツテ、寧ロ早キニ驚イテ居ルト云フ事實現状デアルノデアリマス、以上御答ヘ致シマス、第二問ハ貴族院ニ於テ本案ヲ修正スルコトガ出來ルカ出來ナイカト云フ御質問ノヤウニ承知致シマスガ、無論現行憲法ニ於キマシテモ、亦貴族院ノ權限ト致シマシテモ修正ハ御自由デゴザイマス、併シナガラ政治的ノ結果如何ト云フコトハ、是ハ修正ノ結果ニ俟ツベキモノデアツテ、修正サレタ爲ニ云々ト云フコトハ考ヘラレナイノデアリマス、法律的ニ見テ修正ハ御自由デアル、斯ウ申ス以外ニ御答ノ仕樣モゴザイマセヌ、又第三、「ポツダム」宣言ガ我ガ國ヲ民主化スルコトヲ要求シテ居ナイニモ拘ラズ、國體ヲ變更スルト云フコトノ必要ガ何處ニアルカト云フ御尋デアルヤウデアリマスガ、是ハ「ポツダム」宣言ノ何條デアリマシタカ忘レマシタガ、日本ニ於ケル民主主義政治ト書イテアリマシタカ、民主主義ダツタト思ヒマスガ、民主主義ヲ復活若シクハ強化スルコトニ妨ゲアル障碍ハ除クト云フコトガ、「ポツダム」宣言ノ何條カニ書イテアリマスノヲ考ヘテ見マシテモ、民主國家ニスルト云フコトノ希望ハ聯合國ニ十分アルノデアリマス、又此ノ希望ニ副ツテ憲法ヲ改正シテ行クト云フコトガ、日本ノ現在ノ地位ニ於テ必要デアリ、利益デアルト政府ハ考ヘテ居ル譯デゴザイマス
○佐々木惣一君　只今總理大臣カラ私ガ先達テ御尋ネシマシタコトニ對スル御答辯ヲ受ケタノデスガ、尚チヨツト御尋ネシテ見タイコトガアルノデスケレドモ、便宜上順序ヲ變ヘマシテ、御尋ネシテ見タイト思フノデス、ソレデ甚ダ失禮デスケレドモ、其ノ事項々々ニ付テ私ハ御尋ネシタイコトガ出來マシタラ、所謂一問一答トデモ申シマスカ、サウ云フ方法デ御願ヒスルコトヲ御了承願ヒタイト思ヒマス、其ノ第一トシテ私ノ此ノ「ポツダム」宣言ノコトニ付テ御尋ネ致シマシタ趣旨ハ、マア大體同ジヤウナコトデスケレドモ、實ハ少シ違ツテ居ルノデ、私ハ茲デ御尋ネシテ、ソレニ依ツテ明カニシテ置キタイト思フコトハ、「ポツダム」宣言ノ第十二項デアルト思ヒマスガ、ソレニ依リマスルト詰リ平和的ノ傾向ヲ以テ責任ヲ有スル「ガヴアメント」政府ガ「ジヤパニーズ・ピープル」ノ自由ニ表明セラレタル意思ト「インアコーダンス」‥‥一致シテ出來タナラバ、直グ占領國ガ引揚ゲル、斯ウ云フコトニ相成ツテ居ルノデアリマシテ、ソコデ此ノ第十二項ガ非常ニ問題トナルト云フノハ、是迄我ガ國ニ於キマスル所ノ色々ノ方面ノ御話ヲ伺ツテ見マスルト、實ハ是デ我ガ國ノ「ガヴァメント」ガ、所謂國民、君ト民トヲ分ツ意味ノ國民、本當ノ意味ノ、正確ナル、或ハ率直ナル意味ノ國民デスガ、其ノ國民ノ意思ニ依ツテ定メラレルト云フコトダカラト云フ立場デアリマシテ、從ツテ是カラ生ジテ居リマスル所ノ議論ノ一ツトシテ、甚ダシキニ至リマシテハ、是デ既ニ我ガ國ノ從來ノ憲法ト云フモノハナクナツタ、少クトモ此ノ「ポツダム」宣言ノ規定ト反スルヤウナ範圍ニ於テハ、從來ノ我ガ國ノ憲法ト云フモノハナクナツタ、從ツテ此ノ間カラ色々問題トナツテ居リマス現行憲法第七十三條ノ憲法廢止手續ノ規定モ、既ニモウナインダ、アレニ依ツテ新憲法ヲ制定スルナント云フコトハ無意味ダト云フ説サヘモ確カニアルノデス、有力者ノ間ニ、ソレカラ更ニ進ミマスト、此ノ條項ヲ我ガ國ガ受諾シマシタ結果、我ガ國ハ既ニ所謂民主國ト云フ言葉ハ必ズシモ使ツテ居ナイカモ知レマセヌガ、要スルニ君主國、我ガ國ガ從來君主國、君主國ト考ヘテ居ツタ意味ノ君主國ニ對スル民主國、サウ云フモノニ是デ成ツテシマツタ、詰リ受諾スルコトガ‥‥ト云フ意見、更ニ稍々緩和サレマスルト、サウ云フコトニナツタンヂヤナイニシテモ、是デ義務付ケラレタノダト斯ウ云フ風ニ言ツテ居ル議論ガアルノデス、實際ハ、是ハ「ジヤパニーズ・ピープル」ト云フコトヲ、君民ト云フ意味ノ民ト考ヘテ、我ガ國ニ付テ言ヒマスレバ、實際ハ天皇ヲ兼ネテノ民ダト云フ意味ニ、此ノ民主ト云フ言葉ヲ考ヘテ、ドウモ使ツテ居ルノデアリマス、ソレデ私ノ考ヲ率直ニ申上ゲマスレバ、是ハ學界ニ議論モ可ナリアリマスガ、誤リダト思フ、サウ云フ學説ハ、要スルニ此ノ「ジヤパニーズ・ピープル」ト云フノハ、ソンナ君民ト云フヤウナ意味ノ民ヂヤナインデ、日本國ヲ構成シテ居リマスル所ノ日本國人、私ハ我ガ國ノ言葉ニ於キマシテハ、天皇及ビ國民ヲ包括シテ日本國ヲ造ツテ居ル人間ト云フ意味ニ於テ、豫テカラ國人ト云フ言葉ヲ使ツテ居リマスガ、國民ト云フ言葉ハ何ト申シマシテモ、率直ニ、正直ニ取レバ、天皇ヲ含マヌノデス、我ガ國ノ言葉トシテ、觀念ヂヤアリマセヌヨ、言葉トシテ‥‥、デアリマスカラ此ノ「ジヤパニーズ・ピープル」ト云フノハ、ソンナ日本國民ト云フノヂヤナイノデ、茲デハ少クトモ日本國人ト云フ意味ダト云フ風ニ、マア理解シテ居ルノデアリマス、但シ「ピープル」ト云フ言葉ガ、必ズシモ常ニ英語デサウ云フ全體的ノ、包括的ノ意味ニノミ使ハレテ居ルト云フノデハアリマセヌ、ソレハ君主ニ對スル、或ハ大統領國ニ於テハ大統領ニ対スル意味ニ於テノ所謂民ト云フコトヲ言ツテ居ル場合モアルコトハ、是ハ認メマスガ、併シナガラ斯ウ云フ場合ニハソンナコトヲ言フノヂヤナイノデアリマシテ、日本人ノ自由ニ表明サレマシタ所ノ意思ニ依ツテ、平和的ナ、責任アル政府ガ出來ルト云フコトニナツタラ直グニ引ク、斯ウ云フコトデアリマシテ、君民ト云フヤウナ意味ノ民ヂヤナイト云フコトハ、是ダケデ見テモ、此ノ「ポツダム」宣言ダケノ規定デ見マシテモ、率直ニ見レバ直グ分ルガ、更ニ之ヲ裏付ケマスル、私ノサウ云フ解釋ヲ、理解ヲ裏付ケマスルモノハ、此ノ「ポツダム」宣言ノ受諾ヲスルカセヌカト云フコトニ付キマシテ、我ガ國ト米國トノ間ニ於テ行ハレマシタ所ノ交渉ノ文書ト云フモノヲ見レバ直グ分ルノデアリマス、我ガ國ヨリノ「ノート」ニ依リマスルト云フト、ソレハ詰リ斯ウ云フコトヲ言ツテ居ル「ジヤパニーズ・ガヴァメント」、日本政府ハ所謂「ポツダム」宣言ヲ受諾スル「ポツダム」宣言ニ於テ列擧セラレタル所ノ「ターム」ヲ受諾スル用意ガアルト斯ウ申シテ居ル、但シ‥‥是ハ但シト譯シテ宜シイカドウカト思ヒマスガ、マア宜イデセウ、但シ「セッド・デクラレーション」「ポツダム」宣言ト云フモノハ、「ソヴァレン・ルーラー」トシテノ天皇ノ、「ヒズ・マヂェステイ」ト申シマスカ、天皇ノ大權ヲ傷付ケルト云フ、サウ云フ要求ヲ含マナイト云フ、サウ云フ一ツノ「アンゾースタンディング」ヲ以テ受諾スルト云フ、斯ウ云フ文書ガ日本カラ行ツテ居ル、ソレニ對シマシテ米國ヨリノ「アンサー」デアリマスガ、答ニ依リマスト、ソレハ「ポツダム」宣言ノ「ターム」ヲ受諾スルト云フ日本政府カラノ「メッセージ」但シソレハ今申シマシタヤウナ了解ヲ以テ、ト向フハ書イテ居ルノデス、了解ヲ以テ之ヲ受諾スルト云フ、サウ云フ日本政府ノ「メッセージ」ニ關シテハ「ウイヅ・リガード・ツー」ニ關シテハ、我々ノ「ポジション」ト云フノハ、立場トデモ譯シタラ宜シウゴザイマスカ、立場ハ次ノ如クデアル、ト斯ウ言ツテ居ルノデス、ソレニ、色色聯合軍司令官ノ「サレンター」聯合軍司令官ノ權能ニ「サブゼクト」スル、ソンナコトハドウデモ宜イノデスガ、其ノ最後ニ、即チ日本ノ「ガヴァメント」ノ「アルティメート」終極ノ「フォーム」ハ、ソレハ「ポツダム」宣言ト一致シテ、サウシテ「ジャパニーズ・ピープル」ニ依ツテ「フリーリー」ニ「エスタイブリツシュ」サルベキデアル、斯ウ考ヘル、斯ウ言ツテ居ル、ソレデ實ハ言葉咎ヲスルヤウデ氣ガ咎メルノデスケレドモ、衆議院ニ於キマスルカ、本院ニ於キマスルカ、總理大臣ガ此ノ問題ニ關シテハ日本ガサウ云フ一ツノ「ノート」ト言ハレマシタカ、何カ日本カラ申出タノダガ、ソレニ對シテハ返答ハナカツタト仰シヤツタヤウニ記憶シテ居リマスガ、實ハチヤント返答シテアル、ソレハオ前ノ方デ決メルコトダ、コチラデハ何モ其ノコトヲ言フベキ限リヂヤナイ、「ジャパニーズ・ガヴァメント」ノ「アルトメート・フォーム」ハ「ジャパニ－ズ・ピープル」デ決メロ、コツチデ言フコトハ、「アワー・ポジション・イズ・アズ・フォローズ」ダカラ此ノ「ジャパニーズ・ピープル」ト云フノハ、君民ト云フヤウナ意味ノ民ヂヤナイ、日本國人ソレハ日本ノ方ノ人ガ自由ニ決メロ、斯ウ云フコトデアルト私ハ解釋シテ來タ根據ヲ更ニ言ウタダケデアリマシテ、此ノ「ノート」及ビ「アンサー」ガナクテモ、「ポツダム」宣言ダケヲ率直ニ見レバ當然サウデアリマスガ、併シ更ニソレヲ確カメル爲ニ、私ハ少シ見マシタ處ガ、此ノ「ノート」ト「アンサー」ガアル、是デ以テ此ノ「ポツダム」宣言ノ即チ十二項ノ「ジヤパニーズ・ピープル」ト云フヤウナコトハ、ソンナ日本ノ天皇ニ對スル國民、君民ノ意味ノ民デハ斷ジテナイノデ、是ハ即チ日本人ガ決メル、其ノ日本人ガ決メル決メ方ハ「フリーリー」デアリマスカラ‥‥「フリーリー」ト云ツテモ、從來ノコトヲ變更シナイト云フコトデハアリマセヌガ、ソレデドウシテ日本ノ「ジャパニーズ・ピープル」ノ意思ガ表明サレルカト云フコトハ、ソレハ日本ノ制度ノ問題デアリマス、ソレデアリマスカラ、私ハ斯ウ考ヘテ居ル、ソコデ此ノ點ニ關シマシテ、金森國務大臣ガ一兩日前ニ私ニ答ヘテ戴イタコトハ、全ク私ノ解釋ヲ率直ニ御認ニナツテ居ルノデアリマシテ、此ノ點ハ私ハ金森國務大臣ノ御説明ヲ全ク有難ク思ツテ居ル、此ノ點ハ、私ハ斯ウ云フ席ハ委員總會ノ討論デハナイト思ヒマスカラ、總テ委員長ヲ通シテ、或ハ政府ヲ通シテノナント思ヒマスケレドモ、私ノ名ガ出マシタカラ申上ゲルノデアリマスガ、私ハ「ポツダム」宣言ノ此ノ點ニ付テノ南原サンノ御解釋ハ全然間違ツテ居ルト思ヒマス、私ハ南原氏ガ私ノ名ヲ出サレマシタカラ申上ゲルノデアリマス、ソレデ此ノ點ニ付キマシテハ金森國務大臣ノ御解釋ガ正シイト思ヒマス、マアサウ云フ風ニナツテ居リマスカラ、此ノコトハ、私ハ此ノ解釋ハ實ハ非常ニ影響シテ居リマスルカラ、ソレデ既ニ實質的ニ金森國務大臣カラ伺ヒマシタケレドモ、尚吉田總理大臣ニ事ガ重大ダカラソレデ伺ツタノデアリマスルガ、マア是レ以上何モ私ハ實際家タル總理大臣ノ言葉ヲ正確ニ聽カウトカ、ソンナ學問的ナ正確サヲ持ツタ言葉ヲ聽ク氣持ハ斯ウ云フ席デハチツトモアリマセヌケレドモ、大體ニ於キマシテハ既ニ金森國務大臣ガ御答ニナツテ居ルコトデアリマスルシ、マア今日デモ大體ハ私ノヤウナコトノ御考デアルト理解シテ宜イト思ヒマスガ、其ノ理解ニ依リマシテ其ノ點ニ關スル質問ハ私ハ是デ止メテ置キマス、ソレカラ第二點ノ方ニ移リマスケレドモ、政府ハ貴族院ノ修正ニ付テドウ云フ見地ヲ採ツテ居ルノデアルカ、是ハ實ハ私ハ少シ不滿足ニ思フノデスガ、ソレハ法理上ハ修正出來ルト云フコトヲ仰シヤラレタノデスケレドモソンナコトヲ御尋ネスルノデハナイ、政治的ニドウ云フ立場ニ御考ニナツテ居ルカ、衆議院ガ修正ツマシタコトニ貴族院デハ拘束セラレズニ、貴族院ハ貴族院トシテノ議決ヲ爲シ得ルト云フ法理デアルコトハ是ハ言フ迄モナイコトデアリマス、サウデナシニ貴族院ガ、自由ニ議決ヲ致シマシタトシテ、萬一衆議院ノ修正意見ト一致シナイヤウナコトガアツタナラバドウナルダラウト云フヤウナコトヲ伺フ氣持デアツタノデ法理ヲ伺フ積リデハアリマセヌ、法理ト致シマシテハ實ハ私ハ本會議デモ申上ゲマシタヤウニ、修正ハ議會ハ出來ナイト思ツテ居リマス、ソレハ貴族院トカ衆議院トカ云フ問題デハナイ、議會ガ修正ヲスルト云フコトガ出來ナイ、政府ノ原案ヲ或ハ宜イト言フカ、或ハイケナイト言フカ、此ノ何レカ一ツデアル、斯ウ云フ風ニ考ヘテ居ルノデアリマス、是ハ既ニ申上グマシタカラ申シマセヌデスガ、是ハ甚ダ失禮デスケレドモ金森國務相モ同意見デアル筈デアリマス、其ノ他總テノ學者ハ、或ハ一人ノ人ヲ除イテハサウデスケレドモ、其ノ一人ノ人モ實ハ唯政府ノ原案ノ其ノ個々ノ條項ニ修正ヲ加ヘルコトハ出來ル、其ノ條項以外ニ色々ナ條項ヲ持ツテ來ルコトハ出來ナイト言ツテ居ラレマスカラ、少クトモ今回ノヤウナ方法ニ於ケル修正ハ出來ナイト云フコトニナル、結局今回ノヤウナ政府提案ニ對シテ修正ガ出來ナイト云フノハ、兎ニ角今日ハ學界ノ一致シタ意見デアルト思ヒマスガ、ソレデアリマスカラ法理ヲ私ハ茲ニ伺ツタノデハアリマセヌ、併シソレニモ拘ラズ議會ハ修正出來ルト云フ立場ヲ政府ガ執ラレマシテ、サウシテ衆議院ニ於キマシテモ、サウ云フ立場ヲ執ツタトスレバ、ソレハ別ノコトデアリマスカラ、サウ云フ場合ニハ貴族院ハ勝手ニ修正シテモ宜イデスケレドモ、法律的ニ貴族院ノ修正ナント云フヤウナコトハ、是ハ私ノ理解デハ出來ナイコトデアリマス、併シ修正ガ出來ナイカラト言ツテ、然ラバ其ノ提案サレタモノニ對スル詳シイ檢討、説明ヲ聽ク必要ガナイト思ツタラ大間違ヒデス、此ノ全般ガ憲法案トシテ可デアルカ、否デアルカト云フコトヲ知ルコト、其ノコトノ爲ニ此處デ檢討シナケレバナラヌ、此處デ檢討スルト云フコトハ修正點ヲ見出ス爲ニ檢討スルノチヤナイ、修正權ト云フモノハナイトシテモ非常ニ詳シク檢討シナケレバナラヌガ、檢討ノ結果、初メテ改正ヲ許スカ許サヌカト云フコトガ決ルノデアリマスカラ、修正權ガナイト云フコトト、此處デ審議スルト云フコトハ全然別ノコトデアリマスルカラ、ソコハ又誤解ガアツテハイケナイ、修正權ガナイト云フコトガアツテモ、審議セヌデモ宜イト云フ議論ガ出マシタラ大間違ヒ、可トシ、可トセザルコトニ付テ矢張リ審議スル必要ガアル、デアリマスカラ私ハ議會ハ修正權ガナイト云フ立場ヲ執リマシテモ、之ニ付テ衆議院ナリ貴族院ナリデ非常ニ此ノ案ヲ檢討スルト云フコトハ無意味ダト云フコトニハナラヌ、非常ニ有意義デ、其ノ結果初メテ可トシ或ハ不可トスルコトガ決ルト云フコトニナルト考ヘルノデアリマス、ソレハ今總理ハ法理トシテ仰シヤツタト思ヒマスガ、私ハ法理トシテ申上ゲル氣持ハナカツタノデスガ、申上ゲタノデスガ、私ハ法理デナシニ、詰リ貴族院デ修正ヲスルト云フコトニ付テ第一限界ガアルト御考ニナツテ居ルカ、即チ衆議院ノ修正シタ所ハモウソレニ從ハナケレバナラヌト、斯ウ云フ御考デアリマスカ、是ハ決シテ法理デアリマセヌ、法理デアレバ拘束サレル必要ハアリマセヌ、政治的ニサウ云フ御考デアリマスカ、或ハ又サウデナシニ、斯ウ云フ限度ニ於テハ修正ヲシテ宜イトカ、イケナイトカ云フヤウナ點ニ付テ何等カ御考ガアルカト云フコトヲ實ハ伺ツタノデス、之ニ付テ強イテハ御願ヒシマスケレドモ、多少ノ私ノ立場カラノ想像デアリマスガ、總理御自身デ其ノ點ニ付テモ答辯ヲシテヤラウ、シヨウト云フヤウナコトガアリマシタナラバ結構デアリマス、強イテ私ハ無理ニ私ノ方カラノ要求トシテ御答辯ヲ御願ヒスルノヂヤアリマセヌケレドモ、問題ハソコニアルト云フコトヲ聽イテ置イテ戴ケバ結構デアリマス、ソレカラ順序ヲ引ツ繰リ返シマシテ、アト殘ツテ居ルコトデアリマスルガ、去年ノ十二月中、或ハ今年ノ一月中位ニ政府ガ御調査ヲ終ラレマシテ、サウシテ何等カ案ヲ御決定ニナツテ發表セラレタナラバ、或ハ斯ウ云フコトニハナラナカツタノデハナイカト云フヤウナコトヲチヨツト御尋ネシタノデスケレドモ、是ハ實ハ或意味ニ於キマシテハ見込ニ關スルニトデアツテ、而モ司令部ノ方ノ人ノ見込ニ關スルコトデアリマスカラ、サウズンズン突込ンデ御尋ネスルト云フコトモ實ハ不可能ナコトモアリマスガ、併シサウ云フコトヲ私ガ御尋ネシマシタノハ、決シテ唯架空ニ議論ノ爲ニ議論ヲスルト云フ譯デ實ハナイノデアリマス、ソレニ付テハ既ニ御答辯ガアツタコトハアツタノデスガ……
○委員長（安倍能成君）　チヨツト佐々木君ニ御願ヒデアリマスガ、總理大臣ハ豫算委員會ニオ出掛ケニナリマスカラ、成ルベク簡單ニ御願ヒ致シマス
○佐々木惣一君　ソレデ是ハ其ノ時頻リニ初メカラ愼重審議ト云フコトデ御話ニナツテ居リマシタガ、調査會ト新憲法案ノ内容ト云フモノトノ關係ト云フコトヲ初メカラ伺ツテ居ルノデスガ、ドウモ御答ヘトシテハナイノダケレドモ、無理ニソンナニ追及セヌデモ宜イデスガ、兎ニ角調査會ト云フモノガ新憲法ノ内容トノ聯關ガナイト云フコトハ事實疑ヒナイコトデアリマス、調査會ノ調ニ依リマシテ松本案ナルモノガ出タコトハ出タノデスガ、併シナガラソレト此ノ新憲法案ト云フモノト連絡ガナイト云フコトニナル、ソコデサウ致シマスルト云フト調査會ノ方トシテハ、是ハ先刻ノ「ポツダム」宣言ノ即チ第十二項ト云フモノノ解釋ニ付テハ、私ト同ジ意見デアツタト云フコトハ疑ヒナイコトデアリマシタ、デアリマスカラ其ノ調査會自身ハ、其ノ點ハマア暫ク止メテ置キマスガ、私ハ唯十二月トカ一月トカト云フコトヲ言ヒマシタノハ必ズシモ宜イ加減ニ、ソンナコトヲ言フタンヂヤアリマセヌ、ソコデドウモ甚ダ個々ノ人ノコトヲ言フコトニナリマスケレドモ、暫ク御許ヲ戴キタイノハ、私ハ十二月、一月ト云フノハ、唯架空ニ言ツタノヂヤアリマセヌ、今個個ノ人ト申シマスノハ、外デハアリマセヌ、今ハ故人デアル近衞文麿公ノコトデアリマス、近衞公ガ昨年ノ十月頃カラ、兎ニ角憲法ノ改正ト云フコトヲ調査スル、改正ノ必要アリヤ否ヤヲ調査スル、サウシテ必要アリトスレバ即チ其ノ内容ヲドウ云フ風ニスルカト云フコトヲ研究スルト云フコトノ、マア天皇陛下ノ命令ヲ受ケラレタ、ソレデ皆樣御存ジノヤウニ内大臣府ノ御用掛ト云フコトニナツタ、ソレデ自然マア私ノ名ヲ出シテ失禮デアリマスガチヨツト許シテ戴カナケレバナリマセヌガ、其ノ當時近衞公ガ一緒ニヤラウト云フコトデ内大臣府ノ御用掛ト云フコトニナリマシタノデスガ、此ノ時ニ、故人ノコトハ決シテ私ハ申シマセヌケレドモ、故人ノコトヲ、モウソンナコトヲ、此處デ申上ゲルノハ何ダケレドモ、私ハ能力カラ申シマシテモ、趣味カラ申シマシテモ、到底サウ云フ任ヲ受ケベキ者デナイト云フコトハ能ク分ツテ居ルケレドモ、兎ニ角會ウテ聞イテ呉レト云フノデ、聞イテ見マシタ結果、ドウモサウ云フコトカラ、ノツピキナラヌト云フ一ツノ觀測ヲ得マシテ、サウシテ一ツヤラウト云フコトニナツタノデスガ、其ノ時ニ、是ハ内閣ノ所謂國務トシテ調査スルノデハナイ、天皇ノ即チ命令ニ依リマシテ、サウシテ申上ゲルノデアリマスカラ、此ノ時ニ、即チマアドチラガ、何處カラ出タカ知ラヌガ、新聞ニ於テハ俄然トシテ内大臣府ノ方デサウ云フコトヲヤルノハ即チ怪シカラヌ、或ハ非立憲ダト云フ説ガ起ツテ來タ、輔弼スルノハ國務大臣カ政府ダト、之ニ呼應シテ學者ノ説ト云フモノガ出テ來タ、私ハ其ノコトヲ申上ゲルノヂヤアリマセヌヨ、是ハ政府方面カラ出タト思ハレル説モ、又學説モ誤デアルノデ、チヨツトソレダケ申上ゲテ置キマス、ソレハ無論内大臣府ト云フモノハ、其ノ當時アリマシタガ、内大臣府ハ天皇ニ對シテ常時輔弼ト云フコトガアル、國務大臣ハ又天皇輔弼、輔弼ト云フ同ジ言葉ガアリマシテモ、國務大臣ノ方ハ天皇ニ對シマシテ或案ヲ決メテ、サウシテ之ヲドウシテモ、斯ウ云フ風ニ實行ナサツテ戴キタイト云フコトヲ、實行スルト云フコトノ御願ガ輔弼デ、ソレガ國務大臣ノ輔弼、處ガ内大臣府ノ方ノ輔弼ハサウデアリマセヌ、今ハ内大臣府ハアリマセヌケレドモ、サウヂヤナイ、天皇ノ御判斷ノ、天皇ノ御智識ノ材料トシテ斯ウスベキダ、斯ウ考フベキモノダト云フコトノ意見ヲ申上ゲルノガ、内大臣府ノ輔弼デアリマスカラ、ソコデ同ジ輔弼ト云フ文字ハ使ヒマシテモ、ソレハ性質ハ全然違フ、ソレガ假令、即チ國務ニ關スル事項デアリマシテモ、政府ノ方ハドウシテモ斯ウ云フ風ニ實行シテ戴キタイト云フ意味ニ於テ申上ゲルノデ、内大臣府ノ方ハ唯斯ウ云フコトガ宜イト思フト云フ風ニ、御判斷ノ爲ニ申上ゲル、所謂内大臣府ノ方ハ君徳ヲ玉成スル爲ノ材料トシテ、御判斷ノ材料ヲ申上ゲルト云フ意味デ、是ガ内大臣府ノ輔弼デアリマス、デアリマスカラ私ハ決シテ此處デ學説ヲ言ツテ居ルンヂヤアリマセヌ、甚ダ失禮デスガ御許ヲ戴イテ、近衞公ノ爲ニ一席辯ジテ置クノデス、ソレデ、其ノ時ニ俄然トシテ色々ナ方面カラ近衞公ノ態度ト云フモノハ非立憲ダト云フ説ガ起ツテ、恐ラク天下ノ俗論ハ皆之ニ從ツテシマツタ、近衞公ガサウ云フコトヲ私ニ頼ンダ時ニ、私ハ、實ハ、ザツクバランニ云ヘバ、厭デシタ、併シ國際事情巳ムヲ得ヌト仰シヤルノト同ジデ、ソレデ私ガ事情巳ムヲ得ヌト思ツテ引受ケタンダガ、サウ云フ近衞公ニ對スル非難、此ノ非難ヲ私ハ默ツテ見テ居ル譯ニ行カナイ、自分ガ引受ケテ居ル、何トナレバ若シソレガ近衞公ガ間違ツタ、ヤルベカラザルコトヲヤツタトスルナラバ、ソレヲ引受ケタ私ガヤラシタト云フコトニナリマスカラ、ソレデ、此ノコトノ爲ニ私ハ辯ジザルヲ得ナイト云フ氣持ニナツタノデス、ソレデ私ハ内大臣府ト云フモノノ方デサウ云フコトヲスルノハ、決シテ憲法違反、非立憲ヂヤナイト云フ一ツノ論文ヲ書イテ出シマシタ、情ナイカナ此ノ論文ガ東京ニ傳ツテナイデス、大阪ノ毎日新聞デス、ソレハ毎日新聞カラ頼ンデ來タ、ソレガドウ云フ譯デスカ、東京ノ方面ニハ傳ツテナイ、東京ノ方面デハ唯非立憲ニヤツテ居ルト云フダケデ、近衞公ニ對スル非難ト云フモノガ非常ニ起ツテ來マシタガ、ソレハドウ云フ理由カ分ラヌノデアリマス、兎ニ角ソレハ政府デヤルト云フコトガイケヌト云フノヂヤアリマセヌヨ、近衞公ノ態度ト云フモノノ一ツノ説明ダケデアリマス、政府ガヤツテ居ルコトガ惡イト云フコトヂヤアリマセヌヨ、別ニヤツテモ宜イ、處ガ其ノ時ニ、其ノ内大臣府ト云フモノガ、調査中、俄然トシテ、詰リ十一月ノ二十何日カニ廢止スルコトニ決ツタト云フ、斯ウ云フコトガアリマシテ、ソレデ無論サウナレバ其ノ仕事モ當然止メナケレバナヌ、ソコデ此ノ點ニ付キマシテ今思出シマスガ、實ハ私ハ近衞公ニ對シテ非常ニ氣ノ毒ナコトヲ言ツテ居リマスノデ相濟マナイデスガ、マアソレハ別ノコトデアリマス、ソコデ、兎ニ角止メルコトニ相成リマシテ、止リマシタ、ソコデ實ハ近衞公ト私トガ同ジ一ツノ内大臣府ノ御用掛トシテ、初メハ一緒ニ陛下ニ御奉答申上ゲルト云フ氣持デヤリマシタケレドモ、サウ云フ風デ、モウ二三日ノコトダケレドモ、ドウシテモ私ハ近衞公ノヤウナ大政治家ト同ジヤウナ態度デハ出來マセヌカラ、私ガ奉答致シタナレバ相當詳シイモノニナル、近衞公ガヤツタナラバ、箇條書ニシテモ構ハヌト云フコトカラ、兎ニ角近衞公ハ箇條書デ陛下ニ申上ゲタ、私ハ遅レテ相當詳シク、マア二三日デ内大臣府ヲ廢スルト云フコトガ決ツテ居ルノダカラ、此ノ間ニ徹夜シテモ何デモ奉答スルト云フコトデ、ソコデ、甚ダ不體裁ト思ヒマシタケレドモ、近衞公ノ奉答ト私ノ奉答トハ別々ニナツテ居ルノハ、サウ云フ理由デアリマス、俄然、遽カニ、内大臣府ト云フモノヲ廢止スルコトニナツタ、其ノコトヲ私ハ言フノヂヤアリマセヌガ、其ノ時ノ話振リカラ見マスルト云フト、マア大體十二月一杯、精々一月頃迄ニ陛下ノ方ニモ御判斷ノ資料トシテ申上ゲタラマア宜シイシ、又申上ゲル必要ガアルカノ如ク‥‥是ハ近衞公ガサウ言ツタンヂヤアリマセヌヨ、私ガサウ想像シタモノデアリマスカラ、ソレデマア私ハ十二月或ハ一月頃迄ニ出來タナラバドウダツタラウカト云フコトヲ御尋ネシタンデアリマシテ決シテ架空ニソンナコトヲ云フタンヂヤアリマセヌガ、ソレデ、甚ダ何デアリマスガ、サウ云フコトニ關聯シテ、近衞公ノ名ヲ出シタノハ甚ダ餘言デスケレドモ、實ハ私ハ近衞公ガ當時サウ云フ間違ツタ不當ナ惡名ヲ被ツテ居ルコトヲ同公ハ今居ナイデスカラ機會ガアツタノデ私ハ辯ジテ居ルノデス、此處デモ辯ジサセテ戴イタノデアリマス、ソレダケノ氣持デアリマスカラドウカサウ云フ意味デ十二月乃至一月ト云フヤウナコトヲ申上ゲタノデスケレドモ、併シ今伺ツタ處デ、ソレハ其ノ時ニハ到底間ニ合ハヌコトデアルト、マアアアナツタト仰ツシヤルノデスカラ、ソレモチツトモソレデ差支ナイ、ソレ以上何モ問フコトハアリマセヌ、ソレデ是ハ再質問デモ何デモアリマセヌケレドモ、之ニ付テ總理大臣ガ何カ御話下サレバ伺ツテモ宜イ、唯聽放シダト云フコトナラソレデモ宜シウゴザイマス、是ダケ唯御説明ヲ伺ツテ、之ニ付テノ私ノ意見ヲ申上ゲタ次第デアリマス
○子爵織田信恒君　實ハ私ハ御尋ネ申上ゲタイト思ヒマシタノハ外交問題ニ付テデアリマスガ、其ノ外交問題ヲ御尋ネ致シテ參リマスル途中デ矢張リ國體論ニ觸レル處ガアルノデゴザイマスケレドモ、中途ニソレヲ入レマスト、丁度今迄ソレゾレ國體論等ニ關係スル御質問ガアリマシタノデ、御聽ニナツテ居ル御方カフ申シテモ、質問ノ組立ヲ取替ヘマシテ、最初ソレダケ獨立シテ先ニ御伺ヒシテ、ソレカラ外交論ニ入ツタ方ガ御聽キ宜イカト思ヒマス、ソレデ最初ノ處ハ金森國務大臣ニ御答辯ヲ願ツテモ私ハ宜イト思ツテ居リマスカラ、ドウゾソレヲ御了承願ヒマス、私ハ素人デアリマスルガ、今度ノ草案ヲ見マシテ、詰リ此ノ草案ノ山ハ何處ニアルノカト云フコトヲ考ヘマスルト、世界的平和、世界ノ平和ヲ樹立スル、之ガ山デアルト思フ、サウシテ日本國ガ、「デモクラシイ」ノ態勢ヲ採ラネバナラヌト云フコトハ、此ノ山ニ登ル旅仕度、旅裝ヒヲスルノダ、此ノ「デモクラシイ」ノ裝ヒヲシナケレバ世界ト伍シテ此ノ山ニ登レナイノダ、斯ウ云フヤウニ見ラレルソレナラバサウ云ツタ精神ハ何カラ來テ居ルノカ、今迄色々御質問ガアツタ「ポツダム」宣言、無論「ポツダム」ノ宣言ハ其ノ動機トナリマセウ、結縁トナルト思ヒマスガ、其ノ根柢ハ矢張リ世界的ノ大キナ思想的ノ流レデアラウト思ヒマス、我々日本國民ガ其ノ流レニ、浮ンデ此ノ憲法ヲ茲ニ作ツタンダラウト、斯ウ私ハ思フノデアリマス、ソレデ結局「デモクラシイ」態勢ヲ採ルト云フコトニナルト思フノデアリマスルガ、其ノ時私ハ個人的ニ心配シテ居リマシタノハ、矢張リ「デモクラシイ」態勢ノ中ニ天皇制、天子樣ガ入ラレル、此ノ姿ガドウ云フヤウナ形デ行クノダラウト云フコトヲ矢張リ私ハ心私カニ心配致シテ居ツタ、サウシマスルト、國論ノ、部ニハ天皇制廢止論ガアリマス、是ハ理論トシテ例ヘバ向フノ飜譯物ヲ其ノ儘正直ニ解飜ヲスレバ、サウ云ツタ理論モ私成立ツト思ヒマスガ、併シ政治トシテハソレハチツトモ私ハ取レナイ、ソレデ一般ノ日本國内ノ動向ヲ拜見シテ居リマスルト、一部ニサウ云フ論者ハアリ、天皇制廢止ノ議論ハアリマシタガ、大部分ノ國民ハ矢張リ天子樣ヲ眞中ニ取圍ンデ暮シテ行カネバナラヌ斯ウ云フ結論ニナツタノダラウト思ヒマス、ソコデ此ノ「デモクラシイ」態勢ヲ採ル中ニ、一ツノ日本獨得ノ、日本國民ノ心ノアリノ儘ノ姿ガ茲ニ映ツテ、サウシテ其ノ中ニ天皇制ト云フコトガ採リ人レラレタ、斯ウ云フ形ニ第三者トシテ靜カニ見マスト、サウ云フヤウナ見方ガ茲ニ起ル、ソコデ天皇制ガ入リマスト、當然茲ニ國體論ト云フモノガ出テ來ルノデアリマス、是亦當然デアリマス、處ガ今迄色々御議論ニ相成ツテ居リマスルノヲ伺ツテ居リマスルト、ソコニ分離シナケレバイケナイト云フ觀念ガ雜然トコンガラガツテ居ルヤウニ思フ、私ハ國體ト云フモノト國論ト云フモノハ、是ハ別ダト思フ、國體ト云フコトハ、アリノ儘ノ事實、極ク原始的ナ「シンプル」ナ、唯アル一ツノ事實、之ヲ理論付ケテ行ク所ニ國體論ガ生レテ行クノダラウト思フ、ソレニ伺ツテ居ルト、尚憲法論ガ入ル、ケレドモ分析的ニ言フコトガ正シイカドウカ知リマセヌガ、假ニ物ヲ考ヘルノニハツキリシマスノデ自分デ考ヘテ居ルノデアリマスガ、國體ト云フモノト、ソレニ伴フ國體論トイフモノト、ソレカラソレニ憲法論、此ノ三ツガ卍巴トコンガラガツテ質疑應答ニ現レテ來テ居ルヤウニ思フノデアリマス、是ハ一方カラ申シマスルト、是亦巳ムヲ得ナイ現象ダラウト思フ、ト云フノハ矢張リソレヲ分析スル經過ヲ私申上ゲテ見タイト思ヒマスノデスガ詰リ今度日本ハ戰ヒニ破レマシタ、サウシテ領土ノ半バニ近イモノヲ失ヒマシタ、ソレカラ多クノ我々ノ同胞ノ生命ヲモ失ヒマシタ色々ナモノヲ失ヒマシタ、其ノ時ニ國民ハミンナ失ツテモ、天子樣ヲ失ヒタクナイノダ、ドウシテモ我々ガ是カラ平和ニ温ク暮スニハ矢張リ天子樣ヲ眞ン中ニ圍ンデ、サウシテ抱キ合ツテ暮シテ行キタイノダ、是ガ殘ツテ居ル、此ノ事實ハ今度起ツタコトバカリデナク、詰リサウ云フ國民ノサウ云ツタ現象ガズツト數千年繋ツタコトナンダラウト思フ、是ガ國體其ノモノデ、實ハ此ノ間姉崎博士ニ御會ヒシタ時ニ、國民ハ天子樣ヲ眞ン中ニ抱イテ温ク暮サウ、是ハ先天的國民性ト云ツテモ宜イノデセウ、若シクハ後天的ナモノナンデセウカ、何ナンデスト云フコトヲ伺ツタノデアリマス、其ノコトハ國體以外ノ國體論ニ入ツテ來ル、批評スルコトニナルト思フ、サウスルト姉崎先生ハソコデ、是ハ大キナ問題デ、早急ニハ自分モ考ヘラレナイガ、ソコニ大キナ研究スベキ問題ハアルネト云フコトヲ言ツテ居ラレタ、私ハ詰リ今言ツタ事實デス、是ハ天皇論ヂヤアリマセヌ、天皇論ハ今ノ國體其ノモノト事實トハ違フ、天皇論ハソレカラ分離シタ、天皇論デモナイ國民性論デモナイ、詰リサウ云ツタ日本人ガ今迄誰カ選擧デ以テ大統領ノヤウナモノヲ選ンデ、ソコデ收ルカト云フト、日本ヂヤ收ラナイ、ドウシテモ天子樣デナケレバイケナイト云ツテ、天子樣ヲ眞ン中ニヤツテ、秩序ガ保タレ、統一サレ、政治行動ガ執ラレテ來タ、其ノ極ク「シンプル」ナ事態ソノモノガ私ハ國體ナンダト思フ、詰リ此ノ國體其ノモノガ續イテ來タノニ對シテ、之ヲ理論付ケヨウト云フノガ國體論ガ生レテ來ル原因ダト思フノデアリマス、私ハ深ク調ベタコトヂヤアリマセヌガ、恐ラク此ノ國體論トシテ其ノ事實ヲ論トシテ學者ガ唱ヘ出スヤウニナル芽生エハ矢ツ張リ建武中興ノアタリカラ起ツテ來タノヂヤアルマイカト斯ウ思ヒマスガ、併シソレガ江戸時代ニ入ツテ、國學者ニ依ツテ此ノ國體論ト云フモノガ非常ニ嚴重ニ緻密ニ研究サレ、サウシテ國體ト相伴ツテ此ノ國史論ト言ヒマスカ、國史竝ニ神道、斯ウ云フモノガ丁度相竝行シテ、學者ノ中デ研究サレテ來タノダラウト思フノデアリマス、其ノ結果、其ノ國體論ハソコニ國史論ガ入リ、神道論ガ入ツテ是ガ詰リ幕末ニ至ツテ王政復古ノ氣運ヲ國民全體ノ思想ト化シタ、其ノ一ツノ國體論ナルモノガ國民ノ思想ト化シマシテ、サウシテ王政復古ノ政治運動トナツテ幕府ヲ倒シ、サウシテ明治ニ至ツテ此ノ憲法政治ニ入ツタ、斯ウ云フコトニナツテ居ルノダラウト思ヒマス、ソコデ詰リ此ノ前カラ御議論、御質問ノ中ニ、今ノ明治憲法ト云フモノニハ第一條ニ「萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス」ト言ツテ言ヒ放シヂヤナイカ、國民ノ意思ヤ何カハ何ニモ其處ニ潜ンデ居ナイヂヤナイカト云フヤウナ御議論モアリマシタガ、ソレハ私ハ甚ダシイ誤リデアツテ、詰リ永年其ノ國學者等ニ於テ培ハレテ來タ國體論ト云フモノガ、是ハ國民ノ思想ダツタト思ヒマス、是ハ非常ナ大キナ思想ダツタト思フノデアリマス、サウシテ國民ガ幕府ヲ倒シテ、此ノ立憲政治ヲ樹テタ、是ハ其ノ表ニ出テナイ、國體論ト云フモノハ國民ノ心ノ中ヘズツト行渡ツテ居ツタカラ、ソレダカラソレガ國民ノ輿論トナツテ、無條件デバツト幕府ヲ倒シテ、立憲政治ヲ樹テルコトニナツタ、ソコデ其ノ立憲政治デアリマスルガ、詰リ勤皇論ガ幕府ヲ倒シテ天皇ヲ中心ニ取圍ンデ暮サウト云フコトデスガ、ソコデ詰リ政治ノ形ニ採入レタノガ、矢張リ歐米ノ此ノ「デモクラシー」ヲ採入レタ、此ノ議會政治其ノモノガモウ「デモクラシー」ダツタノデス、サウシテソレニ「デモクラシー」ノ形態ノ議會政治ヲ採入レテ一ツノ憲法ガ其處ヘ生レル譯デアリマスルガ、併シ其ノ後口ヲ裏附ケテ居ルノハ、既ニアツタ國民ノ思想ナンデ、國民ガ總テサウ云フ氣持ニナツテ居ル、即チ國體論ト云フ今迄國學者ガ練リニ練ツテ來タモノデ幕府ヲ倒シタ、所謂今ノ言葉デ言フト一種ノ「レフェレンダム」ダト思ヒマス、幕府ヲ倒シタノハ國民ノ輿論ダ、詰リ非常ニ熾烈ナ形ニ現レタ「レフェレンダム」ダト私ハ思フノデアリマス、サウシテ其ノ「レフェレンダム」ノ結果、今ノ明治憲法ガ生レテ居ルノダト思ヒマス、ソレデスカラ明治憲法ノ中ニアル言葉ヤ精神ノ中ニハ、ソレ迄幕府ヲ倒シタ其ノ國體論ノ觀念トカ、思想トカ云フモノガアノ中ニ入ツテ居ル、是ハ矢張リ教育勅語ニモサウ云フ影響ガ強イト思ヒマス、用語トカ態度トカ、其ノ思想ガ從來アツタ國學者ノ一種ノ大改革ヲ起ス國民ノ思想ヲ涵養シタ思想ガズツト今日ノ明治憲法トナツテ出テ來タノデアリマスルガ、併シ其ノ後明治ノ教育ガ段々近代科學ノ教育ヲ受ケマシテ、其ノ國體デハアリマセヌヨ、國體論デス、其ノ國學者ガ立テテ來タ國體論ニ對シテ非常ニ懷疑的ニナツテ來タト思フ、所謂神秘的トデモ云ヒマスカ、詰リ最初ノ國體論ニ入ツタ神道説、其ノ非科學的ナ部分デアルトカ、色々サウ云フヤウナ點ニ對シテ懷疑的ニナツテ來タノデ、ソコデ明治ノ中頃、時期ハ何時ダト云フコトハナカナカ言ヘマセヌガ、ドウモ是ダケノ國體論ヂヤイケナイノダ、何トカ是ハ一遍變ヘナクチヤイケナイノダト云フ空氣ガ生レテ來タノダラウト思フ、サウシテ數十年前カラ憲法ハ斯ンナモノデハイケヌ、改正シロ、斯ウ云ツタ聲ガ全國民ノ中ニ相當アツタト思フ、ソレハ矢張リソレヲ裏附ケテ居ツタ所ノ國學者ガ造ツタ國體、之ガ懷疑的ニナツテ、國體ヲ變ヘナケレバイカヌ、此ノ國體ハ天子樣ヲ取圍ンデ樂シク暮サナケレバ承知シナイト云フ、ソレニハ變リナイガソレヲ裏附ケル理論ニ付テハ不滿足ダカラ取變ヘナケレバナラヌト云フ機運ガ出テ來タ、之ヲ一番痛切ニ大變ナコトダト思ツテ感ジタノハ軍部ダト思フ、軍部ハ矢張リ前カラノ國體論ト云フモノヲ中心ニシテ、殊ニ軍紀、軍令ト云フモノハ所謂大元帥ヲ中心ニシテ、ソコニモウ命令服從ノ關係デ行ツテ居ル、若シモ根本ノ國體論ガ壞レテ其ノ中心ノ大元帥ト云フ觀念ガ壞レレバ軍隊ハ潰滅シテシマフ、秩序ハ保テナイ、軍紀、軍令ト云フモノハナクナツテシマフ、ソコデ今ノ新シイ思潮ニ目覺メテ國體論ヲドウシテモ變ヘナケレバイカヌト云フコトヲ「チェツク」シヨウトシタノガ大體軍人ダ、ソコデ國體明徴論ハ軍部ヲ中心ニシテ起ツタモノト思フ、併シ今日ニナツテ戰ヒニ敗レルト云フ歴史上ノ事實、之ニ依ツテ此ノ憲法ガ出來タ其ノ時ニ此ノ國體論ト云フモノガ今言ツタヤウニ非常ニ國民全體ガ懷疑的ニナツテ居ツテ、丁度明治憲法ガ出ル時ニハ思想ノ裏附トシテ無條件ニ行ツタモノガ、今度ハイケナクナツタ、ソコデ天皇トノ繋リハ國民ノ總意ニ基クト云フコトヲドウシテモ入レザルヲ得ナイ斯ウ云フコトダラウト思フ、デスカラ明治憲法ニハサウ云フ意思ノ繋リト云フヤウナコトヲ明文ニシテ書カナクテモ、事實上國民ノ思想トシテ「コントロール」シテ居リマスカラ、無條件デ行ツタノデアリマスガ、此ノ新憲法ハ其ノ裏附タル理論ガ懷疑的ニナツテ居リマスカラ、ソコノ所ヲ矢張リ國民ノ總意ニ基クト一方天皇トノ繋リヲソコニ入レル、是ハ又私ハ當然ノコトダラウト思ヒマス、ソコデ今迄ノ色々ナ質疑應答ヲ伺ツテ居リマスト、其ノ關係ノ國體ハ變ツタカ變ラナイカ、私カラ云フト國體ハ變ラナイ、是ハ金森サンノ仰ツシヤルノハ實ニ正直ニ、此ノ儘ヲ説明シテ居ラレルノデ、ソレデ宜イノデ、ヨク私ニハ分ル、國體ハ變ラナイ、國體ハ何ダト云フト先キ甲上ゲタヤウニ、極ク原始的ナ「シンプル」ナ事實其ノ儘デアル、詰リ他ノ大統領トカ何トカ外ノ人デハ日本人ハ治マラナイ、是ハ本會議デ幣原國務大臣カラモ御話ガアリマシタケレドモ、天子樣ガナイト日本ハ混亂ニ陥ツテ秩序ガ保タレナイ、其ノ理由ハ別トシテ、ソレガ事實デアル、ソレガ國體其ノモノデアルト私ハ思フ、デスカラ金森サンノ仰シヤルヤウニ詰リ國體論ハ變ツタケレドモ、國體ハ矢張リ此ノ中ニ天子樣ガ入ツテ居ラレル、又我々ハ皆何モ失ツタケレドモ、天子樣ガ居ラレナケレバ困ルノダ、是ハ事實選擧ヤ何カニ現レテ出テ來テ居ル、デスカラ其ノ點ハチツトモ變ラナイ、ケレドモ不幸ニシテソレヲ裏附ケテ居ル國體論、裏附ケヨウトスル理論、國體論ト云フモノガ今出來テ居ラナイノダト私ハ思フ、詰リ先ニ申シマシタヤウニ、軍部ノ壓迫ニ依ル國體徴ノヤウナ運動ガナクテスラスラト是ガ芽生エタラ、今新シイ國體論ガ生レテ居ツタカモ知レナイ、詰リ昔ノ神道トカ、國史トカハ、今ノ言葉デ言ヘバ歴史學トカ哲學トカ云フモツト人類普遍ノ學問ニ依ツテ之ヲ裏附ケル新シイ國體論ガドウシテモ出テ居ナケレバナラナイノダト思フノデスガ、政治的ナ一種ノ壓迫ノ爲ニ思想的ニソレガ芽生エナカツタノダト思フ、ソコニ戰爭ト云フ別ノ事實デ以テポカツト是ガ來タカラ茲ニ一ツノ混亂ガ起ツタ、是ガ若シモ平和的ニ行ツテ、國體論ト云フ國民ノ本當ノ議論ガ國民ノ思想其ノモノトナリ、サウシテ其ノ上デ此ノ憲法ガ生レテ來ルト云フコトニナツタナラバ、今ノヤウナ思想ノ混亂状態ハ起ラナイデ、非常ニスラスラト行ツテ居ルノカモ知レナイト思ヒマスガ、兎ニ角歴史上ノ事實デ、良イ惡イハ別トシテ事實其ノ儘デアリマスルカラ、今申シマシタヤウニ國體論ト云フモノハ、國體論ハ變ツタ、ソレデ宜イノヂヤナイカト思ヒマス、デスカラ金森國務大臣ガ今迄仰シヤツタ中デ、ソレヲ言ツテ居ラレルノダケレドモ、ソレナラバ國體論トナルト、ソコニ國體論ト云フモノガマダ新シク生レテ居ナイカラ、苦シイ繋リデアルトカ、憧レデアルトカ云フ言葉デ、唯事實其ノ儘ダケヲ言ツテ居ラレルノダ、ダカラ本當カラ言フト、金森法學博士ハ、此ノ憲法ガ濟ンダラ法學博士ト云フ名前ヲ暫ク脇ニ置イテ、國體論ヲ一册又研究シテ御書キニナレバ宜イノデ、是ハ憲法論ノ外ダト私ハ思フ、ソレニ又憲法論ガ入ツテ來ルニハ、サツキ言ツタヤウニ憲法ノ裏打ヲシテ居ツタ明治、詰リ幕末カラノ國體論ノ言葉ト思想ガ之ニ入ツテ居ル、ソコデ又此ノ憲法論ガ其ノ中ニ混ツテ來テ色色混亂シテ居ルヤウナ形ニナツテ來テ居ルノヂヤナイカ、斯ウ云フヤウニ私ハ思フノデアリマス、ソコデ是カラ先色々國體論トカ、天皇論トカ、民族論トカ、國民性論ト云フモノガ新シク生レルダラウト思ヒマスガ、昨日モ教育勅語ノ御話ガアリマシタガ、私ハ皇室、天皇ト云フモノハ眞善美ノ表現デアルト思フ、眞善美其ノモノヂヤアリマセヌ、ケレドモ眞善美ヲ擁護サレル方デアルト云フコトガ大キナ力デアルト思フ、是ハ今迄ト變ラナイト思フ、私ハ學生ノ時ニ白鳥庫吉博士カラ東洋史ヲ教ヘテ戴イテ居ツタ時ニ、三種ノ神器ト云フモノハ、眞善美ノ表現デアル井上哲次郎博士ハ智仁勇ト云フヤウナコトヲ言ツテ居ラレタガ、白鳥サンハ是ハ眞善美ノ一ツノ「シンボル」ダト云フコトヲ言ツテ居ラレタ、皇室ガ擁護サレルノハ眞善美ナンダト私ハ思フ、ソレデスカラ政治ト云フモノハ離レテモ、皇室ハ今後眞善美、尚之ヲ別ノ言葉デ言ヘバ高度ノ文化ト言ヘヨウト思フ、其ノ高度ノ文化ヲ擁護サレルト云フコトガ、矢張リ國民ガ皇室ヲ信頼シテ御慕ヒスル一ツノ大キナ力デアツテ、チツトモ變リハナイダラウト思フ、ソレヲ皇室ヲ非常ニ澤山政治的ニ持ツテ來ルト云フノハ、其ノ時ノ政治情勢デ其ノ時々ニ依ツテ色々ナ變化ガアラウト思フ、明治初年ニハ武力ヲ持ツタ封建諸侯ト云フ者ガ居ツタカラ、之ヲガントヤルノニハ天皇ト云フモノニ大キナ權限ヲ與ハヘテソレヲ抑ヘテ行カナケレバナラヌ是ハ當然デ、ソコデ大キナ權力ヲ御持ニナツタ、今度ハ軍人ハ居ナクナツテ、非常ナ平和國家ニナルダカラソンナニ澤山ノモノハ要ラナイ、ノミナラズ一番初メニ申シマシタヤウニ、明治憲法ト云フモノモ或「デモクラシー」ヲ採リ入レテ居ル、今度モ「デモクラシー」ヲ採リ入レテ居ル、是ハ「デモクラシー」ノ分量ノ差デアルト思フ前ニモ採リ入レタガ、今度ハモツト採リ入レタ、ソレデ宜イノダト思フ、ソレヲ金森サンハ採リ入レタ、サウシテ全體ノ情勢カラ見テ多クモナク少クモナクト云フコトガ適度デアルトシテ、之ヲ條交ニ掲ゲタ、唯是ガ多イトカ少イトカ云フ議論ハアリマセウガ、是ハ色色ナ所カラ見テ、先ヅ此ノ程度ナラバ多クモナク少クモナイ、ソレデ「デモクラシー」ガ採リ入レラレタ、サウシテ時代ハ明治憲法ヲ作ツタ時代トハ違ツテ、國民ハモツト育ツテ居ル、是デ宜イノダト私ハ思ヒマス、唯茲ニ政治的ニ心配サレル點ハ、現代科學ノ上ニ立ツタ新シイ國體論ガ未ダ生レナイ時ニポカツト行ツタカラ、一般ノ國民ハ思想的ニ混亂ヲ起シハシナイカ、其ノ政治的懸念、心配ハ當然アリマス、ケレドモ是ハ此ノ問題トハ分離シテ考ヘレバ宜イノデソコニ新シイ國體論ト云フモノヲ樹テレバソレデ宜イト思フ、ソレハ今朝南原博士ガ言ハレタ通リ、新シイ國體論ヲ立テロ、其ノ通リデアルト思フ、デスカラ私ハ決シテ金森サンノ提燈ヲ持ツ譯デモ何デモナク、極ク公平ニ伺ツテ居ツテ、金森サンハ一貫シテ、極ク端的ニ極ク露骨ニ有リノ儘ヲ説明シテ居ラレル、サウシテソレハ國學者ガ作ツテ明治ノ改革ヲヤツタ國體論トクツ付イテ居ルガ、此ノ姿デハ是カラ後ハドウモナカナカウマク行カナイ、ソレデ八幡ノ籔知ラズノ籔ノ中カラチヨツト拔ケ出ラレタノダラウト思フ、ダカラ金森サンハ法學博士トシテ新國體論ヲ別ニ考ヘラレヽバソレデ宜イノダト私ハ思フ、サウ云フ風ニ考ヘマスト、此ノ國體論ト云フモノハ明瞭デアツテ、而モ今迄金森國務大臣ガ御説明ニナツタ所ガ正シイノダ、私ニ取ツテハチツトモ疑惑ガナイ、是ハ政府ガ此ノ憲法案ヲ通サウト思ツテ無理ニ言ツテ居ルノデハナク、唯有リノ儘ヲ言ツテ居ルノダ、唯コンナニ正直ニ言ツテ居ルノニ、ドウシテ自分ノ氣持ヲ世間ガ受ケ容レテ呉レナイカト、寂シイ氣持ヲ持ツテ居ラレルノヂヤナイカト思フ、私ハ金森サンノ氣持ハ分ルト思ヒマス、先ヅ私ハサウ云フヤウニ國體論ト云フモノヲ考ヘテ居リマスガ、是ハ間違ツテ居リマスカ如何ナモノデスカ、其ノ點ヲ伺ヒタイト思ヒマス
○國務大臣（金森徳次郎君）　織田委員カラ非常ニ條理ヲ盡シテ御質疑ヲ戴キマシテ、誠ニ光榮ト考ヘテ居リマス、全ク仰セノ通リ、私共ノ研究モ十分デアリマセヌシ、日本國民ガ此ノ新タナル問題ニ對シマスル所ノ心構モ順序ヲ經テ居リマセヌ爲ニ、事實今迄ノ經過ニ於キマシテモ非常ニ困難ナル點ガアリマシテ、私共ガ衆議院ノ委員會等ニ於キマシテ極力最モ簡單ナ議論ト申シマスルカ、骨子トナルベキ論點ハ極メテ簡單デアリマスルガ、ソレヲ述ベマシテモ、何トナクソレガ靄ヲ被ツタヤウナ、故ラニ眞理ヲ歪曲シテ、アラヌコトヲ言ツテ居ルヤウナ風ノ疑惑ヲ受ケマシテ、本當ニ今仰セニナリマシタヤウニ心寂シイト云フコトハ、終始一貫シテ今日ニ至ル二箇月ノ間ノ私ノ經驗デアツタノデアリマス、勿論私ノ申シマスルコトガ積極的ニ理論的ナ發展ヲシテ居ルト云フ程度ニ迄ハ行ツテ居リマセヌ、私ハ多年憲法ノ研究ヲシナガラ幾多ノ疑惑ヲ持ツテ居リマシタ、其ノ疑惑ヲ自分ダケノ範圍ニ於テハ解決シテ居ル積リデアリマスケレドモ、ナカナカ之ヲ廣ク世間ニ申上ゲテ御了解ヲ願フコトハ困難デアル、且議會ニ於キマシテ理論的ニ自分ノ所見ヲ申上ゲマスコトハ分ヲ越エタモノデアラウト思フ、ソコデ極ク結果ニ當リマスヤウナコトデ、憲法ノ説明ノ上ニ巳ムヲ得ズ是ダケハドウシテモ必要ダト思フ所ダケヲ披瀝シテ居ツタノデアリマスケレドモ、今申シマシタヤウナ事情ニ依リマシテ、私ノ不徳ノ致ス所或ハ心寂シイト考ヘテ居ツタ次第デアリマス、今日織田子爵ノ御示ニ依リマシテ國體ト國體論トノ二ツニハツキリ問題ヲ峻別セラレテ、私ノ行クベキ道ニハツキリト筋道ヲ御與ヘ下サイマシタコトハ、私モ喜バシイト思ツテ居リマス、私モ全ク今迄ハ其ノ邊ハサウ精密ニハ區分シテ居リマセヌケレドモ、是カラハ一ツ其ノ方向ニ努力シタイ、又國民トシテ努力シナケレバナラヌト思ヒマス
○子爵織田信恒君　ソレデハ私是カラ外交ニ關スル質問ニ入リマスガ、總理ガ御用デオイデニナリマセヌカラ、甚ダ御迷惑デモアリマセウガ、御差支ナカツタラ幣原國務大臣ニ御尋ネスルコトニ致シマス、別ニ面倒ナ細カイコトデハアリマセヌ、第一ニ伺ヒマスコトハ此ノ憲法草案ノ六十九條ニ依リマスト、内閣ガ「外交關係を處理すること。」ソレカラ三項ニアリマス「條約を締結すること。但し、事前に、時宜によつては事後に、國會の承認を經ることを必要とする。」斯ウ云フ規定ガアリマス、自然此ノ條約ノ締結ニハ國會、詰リ衆議院ト將來ノ參議院兩方ノ承認ヲ得ナケレバ駄目デアル、成リ立タヌ斯ウ云フコトニナルト私ハ解釋シマス、ソコデ五十七條ニ「條約の締結に必要な國會の承認については、前條第二項の規定を準用する。」トアツテ、所謂豫算ノ場合ノコトガ書イテアル、是ハ此ノ通リデ行クト一月位ハ遅レル譯デアル、ソレカラ其ノ次ニ五十條ニ衆議院ノ解散ト云フコトガアリマス、斯ウナツテ來マスト一番長クテ二箇月ハ議會ガ開ケル迄掛カルノデハナイカ、或一ツノ條約ヲ締結スル場合ニ斯ウ云ツタヤウナ故障ガ起ツタ時ニハ此ノ條約ノ締結ガ非常ニ手間取ツテ遅レテ來ルト云フ結果ヲ惹起スルコトガ豫想サレルノデアリマス、處ガ此ノ條約方ハ相手國ノアルコトデ日本ノ内部ノ手續ノ爲ニ、其ノ條約ガナカナカ締結出來ナイト云フヤウナ、國際ノ信義ニ悖ルヤウナ場合ガ起ルコトガアリマセヌデセウカドウデセウカ、是ハ一ツノ心配ノ點デアリマス、モウ一ツハ例ヘバ漁業條約ノ如ク時期ヲ失スルト其ノ年ハ條約ハ何ニモナラヌ、翌年ニナラナケレバ效果ハ擧ラナイ、若シ私ノ解釋ガ誤ツテ居レバ直シテ戴キマスガ、敏活ヲ缺クヤウナ虞ガアリハシナイカ、若シモ缺イタ時ニ今申上ゲマシタ相手國、若シクハ我ガ國自體ニ於テ非常ニ不利ナ場面ガ起ルノデハナイカト云フ考ヲ持ツテ居リマス、此ノ點ヲ一ツ伺フ譯デアリマス、ソレカラ其ノ次ハ今度ノ草案ニ依リマスト、天皇ノ大權ガ國民ニ委ネラレテ議會ノ承認ヲ經ルト云フヤウナコトニナツテ居リマスガ、其ノ間樞密院ト云フモノガナクナツテシマフト思フ、ソコデ國會ノ責任ハ外交ニ對シテ非常ニ重大ナモノニナルノデアリマスガ、此ノ外交ト國會トノ繋リガ將來ドウ云フ風ニナルノデアリマセウカ、衆議院及ビ參議院ニ對シテノ繋リガドウナルノデアリマセウカ、例ヘバ衆議院ノ方ハ與黨ヲ持ツタ其ノ時ノ政黨内閣ガ出來ルノデ、與黨トハ色々連絡ガ取レルト思ヒマスガ、反對黨ニ向ツテハ連絡ノ取レナイ場合ガアルト思フ、外交ノ問題ガ政爭ノ具ニ供セラレテハ非常ニ國家トシテノ大事ナコトデアリマスカラ、ウツカリスルト反對黨ニハ内容ヲ話セナイト云フヤウナ場面モ起ルト思フ、ソレカラモウ一ツハ衆議院ニハ解散ガアル、解散シタ時問題ガ起ツタ時ハドウスルカト云フト、外交ニ支障ヲ來ス虞レハナイカ、サウスルト此ノ外交ノ繋リト云フモノハ衆議院ヨリ參議院、解散ナキ參議院、將來ノコトハマダ分リマセヌガ、大體原則トシテ政黨政派ヲ超越シテ一人一黨ノ立場ヲ取ル參議院ノ方ニ外交問題ニ付テハ重點ガ置カレテ來ルノヂヤチイカ、「アメリカ」ノコトハ餘リ調ベタ結果デハアリマセヌガ「アメリカ」ニ於テハ上院ノ方ニ外交委員ト云フモノガアルヤウデアリマス、大體「スタビリテイ」ノアル方ニ外交問題ハ「ウエイト」ガ懸カツテ居ルヤウニ思ヒマス、將來參議院ガ出來テカラノコトデアリマスガ、詰リ國會ト外交トノ繋ガリガドウナルカ此ノ二點ヲ先ヅ伺ヒタイ
○國務大臣（男爵幣原喜重郎君）　私デ宜イト云フコトデアリマスカラ、私カラ御答ヘ申上ゲマス、第一ノ御質問ハ内閣ハ條約ヲ締約スル、然ルニ一々國會ノ承認ヲ經ナケレバナラヌコトニナルト、時機ヲ失スルヤウナコトガ起リハシナイカ、殊ニ國會ガ解散サレタヤウナ場合ニ非常ニ不都合ガ生ジヤシナイカト云フ御質問デアツタト拜聽致シマシタ、誠ニ御尤デアルト思ヒマス、ソレ故ニ此ノ案ノ第七十三條、原案ノ六十九條ノ第三項ニハ「條約を締結すること。但し事前に、時宜によつては事後に、國會の承認を經ることを必要とする。」トアリマシテ、時宜ニ依ツテハ、事後ニ國會ノ承認ヲ求メルコトニ致シタ次第デアリマス、只今申サレタヤウナ特ニ急ヲ要スルトカ、或ハ議會ガ解散サレテ、承認スベキ議會ガナイト云フヤウナ場合ニハ、是ハ内閣ガ責任ヲ以テ先ヅ條約ヲ締結致シテ置イテ、ソレデ最後ニ承認ヲ求メルト云フ方法ガアラウト思ヒマス、ソレカラ第二ノ點ハ參議院ト云フモノハ解散サレナイモノデアルカラ、外交ノ持續性ト申スカ、永續性ト申スカ、ソレヲ保ツ爲ニハ斯ウ云フ解散ヲサレナイ國會ノ一部分、即チ參議院ガアルト云フコトハ、是ハ可ナリ意味ノ深イコトデアツテ、此ノ運用宜シキヲ得レバ參議院ト云フモノハ非常ニ重要ナ役割ヲ演ズルコトニナルデハナイカト云フ御質問デアツタト承ツテ居リマシタ、ソレハ御尤デアルト存ジマス、外交ノ持續性、是ハ誠ニ望マシイコトデアリマス、外交方針ノ持續性ト云フコトヲ能ク申シマスガ、併シナガラ是ハ實際ニ於キマシテハ、政府ガ迭ツテ外交ノ方針ガ斷ジテ變ラヌト云フコトハ、列國デモ其ノ例ガアリマセヌ、外交方針ノ持續性ト云フコトハ根本方針ガ變ラヌト云フコトデナクシテ、一旦政府ガ約束シタ、外國ニ對シテ言責ヲ與ヘタ其ノ言責ハ何處迄モ貫クト云フノガ外交方針ノ持續性ト云フ問題ヲ生ジタ理由デアリマス、「イギリス」ノ如キハ内閣ガ迭ル度ニ前内閣ガ與ヘタ言責ト云フモノハ、是ハ前内閣ガヤツタコトダカラ現内閣ハソレニ對シテ責任ヲ持タヌト云ツタヤウナコトガ度々行ハレタノデアリマス、ソレガ詰リ「イギリス」ノ外交ト云フモノハ當ニナラヌ、不信義デアルト云フヤウナ議論ガ大陸方面ニ起ツテ參ツタノデアリマス、外務大臣デアルトカ、總理大臣デアルトカ云フ人ガ「ヨーロッパ」ヘ出掛ケテ、色々ナ會議デ色色ナコトヲ申シタコトガ、條約ノ形式ニナラズニ唯言責ヲ與ヘテ居ツタト云フヤウナコトハ、次ノ内閣ガ責任ヲ負ハナイト云フヤウナ問題ガ起ツタ爲ニ、「イギリス」ノ外交ト云フモノハ信頼出來ナイト云フコトヲ大陸方面デハ言ヒ出サレテ、是ハドウシテモ「イギリス」ノ名譽ヲ保ツ爲ニハ斯樣ヤリ方デハイケナイ、外交ノ持續性ト云フモノガナクチヤナラヌト云フ聲ガ強クナリマシテ、ソレガ今外交方針ノ持續性、永續性ト云フモノニナツタノデアリマス、ソレハ事實今行ハレルヤウニナツテ居ル、併シナガラ外交方針ガ絶対ニ變ラヌト云フ譯デハアリマセヌ、唯一旦約束シタモノハ決シテ變ラヌ、斯ウ云フ趣旨デアリマス、外交方針デモ一旦決メラレタモノハ成ルベク持續サレル方ガ是ハ望マシイノデアリマスケレドモ、或政府ガヤリマシタ外交ノ方針ガ民論ノ支持ヲ得ナイト云ツタヤウナ場合ニ、内閣ハ責メヲ引イテ辭職シタ、斯ウ云フタヤウナ場合ニ於テ、次ニ出テ來タ政府ト云フモノハ、是ハ其ノ方針ヲ變ヘルト云フコトハ已ムヲ得ナイノデアラウト思ヒマス、斯ウ云フ外交ノ方針ノ持續性ト云フモノハ、斯ウ云ツタヤウナ意味ニ於テ「イギリス」デハ強調サレルモノデアルト云フコトヲチヨツト序ニ申上ゲタノデアリマス、何レニ致シマシテモ、我ガ國ノ前途ヲ見マスルト云フト、確カニ外交問題ガ政爭ノ具ニ供セニレテ、其ノ爲ニ始終「プラン」ガ變ルト云フヤウナコトハ、是ハ望マシイコトヂヤアリマセヌ、ソレ故ニ今回憲法ガ改正サレマシタル場合ニ於キマシテハ、是ハ何モ決ツタコトヂヤアリマセヌ、只今仰セラレタカラ私ハ自分ダケノ考ヲ申スノデアリマスケレドモ、或ハ參議院ト云フヤウナ所ニ外交委員會ト云フモノヲ一ツ設ケタラドウ云フモノデアルカ、ソレデ以テ政府ハ打開ケテスツカリ話ヲスル、或ハ衆議院議員ノ人モソレニ參加シテ宜イデアリマセウ、議院ガ解散サレタヤウナ場合ニハ、衆議院議員ハ其ノ時ニハ參加スルコトハ出來マセヌケレドモ、議員ノ資格ガナクナレバ參加出來マセヌケレドモ、或ハサウ云フ場合ニハ參加サスコトガ出來ルヤウナ特別ナ法規モ設ケラレナイコトハナイカモ知レマセヌ、何レニ致シマシテモ、一ツノ外交委員會ト云フヤウナモノガ拵ヘラレテ、是デ以テ政府ガ勝手ニ外交方針ヲ決メナイデ、サウ云ツタヤウナ機關ニ相談ヲシテ決メルト云フコトデアツタラ、是ハ政府ガ迭ツテモ外交方針ダケハ變ラヌト云フ主義ハソレデ調和サレ、實行サレテ行クモノデナイカ知ラヌト私ハ考ヘテ居ルノデアリマス、斯ウ云ツタヤウナ意味ニ於キマシテ、只今織田子爵ノ仰セラレマシタ通リニ、參議院ト云フモノハ極メテ重大ナル役割ヲ持ツト云フコトニナラウト考ヘマス
○子爵織田信恒君　今ノ幣原國務大臣ノ御答辯デ能ク了解致シマシタガ、是ハモウチヨツト法文ノ解釋ガ、今幣原國務大臣ノ御話ニ依リマスト、時宜ニ依ツテ事後ニ國會ノ承認ヲ得ルト云フコトデアリマスガ、此ノ事後ノ承認ヲ得ナイモノハマダ完全デアリマセヌカラ、是ハ第七條ノ八ニ當ル、例ヘバ批准書デアレバ此ノ手續ガ此ノ時ニハ取レナイノデハアリマセヌカ、是ハ金森サンデ宜シウゴザイマス、「批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認證すること。」ト云フノガ第七條ノ天皇ノ權限ノ中ニ入ツテ居リマスネ
○國務大臣（金森徳次郎君）　今御尋ニナリマシタ、事後ニ國會ノ承認ヲ得マスル場合ハ、是ハ條約ノ特質ニ從ヒマシテ、ドウシテモノツピキノナラヌ場合ガアリ得ルノデアリマシテ、國内法ノ要求バカリヲ第一原則ニシテ、ソレデ以テ押通シテ行クト云フコトハ決シテ事ノ適正ヲ得ナイト云フコトデ、事前ニ國會ノ承認ヲ得ナクテモ條約トシテ成立ガ出來ルト云フ前提ニシマシテ、ソレデ後デ議會ニ出シテ其ノ承諾ヲ求ムル、其ノ時ニ條約ノ結ビ方ニ依リマシテ、議會ノ同意ヲ條件トスルヤウナ條約ノ結ビ方「アド・レフエレンダム」ト云フヤウナ結ビ方デアリマスレバ、其ノ時ニ條約自身ガ議會ノ不承認ニ依ツテ効力ヲ失フト云フコトガアリマセウシ、又サウデナイ場合ハ政治的ノ解決ニナラウト思ヒマス
○子爵織田信恒君　能ク分リマシタ、今幣原國務大臣ノ御答辯モアリマシテ、ハツキリ致シタノデアリマスガ、今ノヤウナ御答辯ニ依リマスルト、將來參議院ノ構成ト云フ上ニ付テ、外交ノ「エキスパート」ト云フモノヲドウ云フ風ニ取入レテ行クカト云フコトガ又構成ノ中ノ問題トシテ考ヘラレルノデアリマスガ、實ハ是ハ御尋ネスル積リデアリマシタガ、時間モ經ツテ居リマスシ、是ト參議院トノ關係ハ逐條審議ノ時ノ質問ニ讓リマス
○委員長（安倍能成君）　マダ御質問アリマスカ
○子爵織田信恒君　マダアリマス
○委員長（安倍能成君）　ドウ致シマスカ、一旦休憩致シマスカ、續ケマスカ
　　〔「休憩」ト呼フ者アリ〕
○委員長（安倍能成君）　ソレデハ一旦休憩致シマシテ、午後ハ一時カラ再開スルコトニ致シマス
　　　午前十一時五十九分休憩
　　　━━━━━◇━━━━
　　　午後一時十二分開會
○委員長（安倍能成君）　デハ會議ヲ再開致シマス
○子爵織田信恒君　午前ニ引續キマシテ質問ヲ致シマス、此ノ表ニ出テ居リマスノデハ、私ハ何カ外務大臣ニ御抱負ヲ伺フヤウナコトガ書イテアリマスケレドモ、實ハ是ハ、此ノ間松本委員ガ御質問ニナツテシマツタノデ、モウ種ガ切レテシマヒマシタカラ、是ハ省略致シマシテ、細カイコトヲチヨツト伺ヒタイト思フノデス、デアリマスルカラ、或ハ政府委員デ御答辯戴イテモ、私ハ宜シイト思ヒマス、今度ノ憲法ガ、午前中モチヨツト申上ゲマシタヤウニ、私ハ是ハ深イ人類ノ大キナ思想ノ流レガアツテ、其ノ上ニ出來タ一ツノ必然的ナ姿ダト思ツテ居ルノデ、是ハ日本人ノ運命ヲ決スルダケノ憲法ヂヤナクテ、全人類ノ運命トカ、總テノ文明ノ未來ト云フモノヲ決定スル大キナ憲法ダラウト思フノデアリマス、三日ノ「マッカーサー」元帥ノ聲明ヲ見テモ、アノ冐頭ノ所ヲ讀ンデ見マスト「マツカーサー」元帥ハ、是ハ日本ダケノ問題ヂヤナイト云フコトヲ言ツテ居ルヤウニ私ハ思ヒマス、此ノ日本ガドウナルカト云フコトガ、將事ノ世界ノ運命ヲ決定スルモノダ、是ハ大キナ「ステーツマンシップ」トシテ、私ハ非常ナ敬意ヲ拂フノデアリマスガ、私モサウ思ツテ之ヲ見テ居リマス、是ガ乘ルカ反ルカ、日本ダケノ問題ヂヤナクテ、世界ノ人類ガドチラヘ行クカト云ツタヤウナ使命ガ、此ノ中ニ含マレテ居ルヤウニ私ハ思フノデアリマス、サウ云フコトヲ憲法デピタツト決メタノデアリマスガ、斯ウ云フコトハ恐ラク、私ハ外交ノコトハ能ク存ジマセヌガ、日本ノ外交史カラ見テモ、劃期的ナモノヂヤナイカト思フノデアリマス、日本デハ過去ニ於テ、色々輿論ガマチマチニナツタコトガアリマスガ、今度ハ本値ニ於テハ、日本ノ輿論ト云フモノハ、一本デチヤント出テシマツタノデアラウト思フノデ、自然此ノ外交ノ是カラノ方針ト云フモノハ、今迄ノ考ヘ方トハガラツト變ツテシマツテ、モツト大キク外ヲ見ルト共ニ、外ノ人間ノ生活其ノモノヲ見ルト共ニ、又、内ハ日本人ノ、日本國民ノ生活ヲ見ナケレバナラヌモノヂヤナイカト思フノデアリマス、ソレハ、所謂通俗ノ言葉デ言フト、今度ノ憲法デ國民外交ニナツタノデアリマスカラ、常ニ外交ヲヤツテ行ク「バック」ニナルモノハ國民ノ聲デアラウト思フ、ソレデ、色々ナ國際情勢ノ問題ガ、常時國民ニ依ツテ、ドウ云フヤウニ議論サレ、ドウ云フヤウニ見ラレテ居ルカト云フ、其ノ聲ガ外交ノ「バック」ニナツテ、外ニ日本ノ國民ハ、斯ウ云フコトヲ要求シテ居ル、斯ウ云フ批評ガアル、斯ウ云フ注文ガアルト云ツテ、ソレヲ傳ヘルト云ツタヤウナ場面ガ、是カラ非常ニ多クナルノヂヤナイカト思フノデアリマス、ソレト共ニ、日本ノ國内政治ト云フモノハ、モツト「インターナショナル」ニナルト思フ、現在モ既ニ内政問題ノ非常ニ大キナモノハ、今ハ特別ノ場合デアリマスケレドモ、大キナ場面ガ國際的ノ問題デアリマスガ、ソレガ講和條約ガ締結サレテ、所謂獨立國家ノ姿ヲ執ツテモ、サツキ南原博士ノ言ハレタヤウニ、「インターナショナル」ノ「コンミュニティ」ノ一員トシテノ立場ニナツテ、内政問題ガ外交ニ直結スル部分ト云フモノガ、半バ以上ヲ占メルノデハナイカト私ハ思フノデアリマス、サウ云フ風ニナツテ來マスト、外務省ノ機構ノ考ヘ方、外務省ノ構成形デアリマスネ、機構ノ型モ變ラナケレバナラナイシ、場合ニ依ツテハ、外務省ノ官吏ト云フモノハ、各道府縣ニ出張位シテ、實際ノ國民ノ生活トタツチシナケレバナラヌ場面迄モ起ツテ來ルノデハナイカト云フヤウナ豫想ヲ私ハ持ツノデアリマス、自然茲ニ、ドウシテモ外務省ノ機構ト云フモノガ根本的ニ建前ヲ變ヘラレル場面ガ來タト思フノデアリマス、サウ云フコトニ付テ、外務御當局ガ何カ御考ニナツテ居リマスルカドウカ、此ノ機會ニ御説明ヲ願ヒタイト思ヒマス
○政府委員（岡崎勝男君）　只今ノ御説ハ、誠ニ御尤モデゴザイマシテ、我々モ全ク其ノヤウニ考ヘテ居リマス、ソレデ最近ニナリマシテ、外務省ノ中ニモ、外務職員研修所ト云フノヲ設ケテ居リマシテ、此ノ方面ニ於キマシテハ、内政ニ深イ關心ヲ懐カシメル爲ニ、色々ノ問題ニ付テ、若イ外務省ノ職員ヲ教育シテ居リマス、サウシテ外務大臣モ、漸次斯ウ云フ方面ニ考ヲ向ケテ、機構モソレニ從ツテ改革シテ行カウト云フ考ヲ持ツテ居リマス、又實際上ハ、最近ハ御説ノ通リ、國内問題ト國際關係トガ非常ニ密接ナ連繋ガアルモノデアリマスカラ、外務省ノ職員中ニ中央地方ノ他ノ官廳ニ轉出シマシテ、其ノ官廳デ色々ノ仕事ヲスル必要ガ出來テ居リマシテ、現ニ色々ノ他ノ役所ニ外務省員ガ轉出シテ居リマス、又地方ノ終戰連絡事務局ニモ、非常ニ多クノ外務省職員ガ配屬サレテ居リマシテ、各地方ニ出テ、地方長官ト連絡シテ、色々ノ事務ヲ行ツテ居リマス、斯ウ云フ意味カラ申シマスト實際上ノ必要カラモ御説ノヤウナコトガ現ニ行ハレテ居リマスルガ、將來ハ益々此ノ方面ニ力ヲ注ギマシテ、内政ト外交トノ連繋ヲ密接ニ圖ルト云フ考デ、外務省ハ色々ノ計畫ヲ進メテ居リマス
○子爵織田信恒君　ソレデハ私ハ第三ノ質問ニ移ルノデアリマスガ、終戰後ノ一箇年ノ經過ヲ眺メテ見マスト、言論、政治ノ各面ニ亙ツテ、國際事情ノ考慮ノ非常ニ缺ケタ場面ガ多イト思フ、非常ニ主觀的ナ言ヒ分ガゴザイマシテ、サウシテ壁ニ當ツテ打突カツテ引込ムト云ツタヤウナ姿ガ私ニハ見エルノデ、此ノコトハ誠ニ殘念ナコトデ、決シテ、我々誇リトスルモノデナイト思フノデアリマスガ、併シ此ノ大キナ原因ガ何處ニアルノカト考ヘテ見ルト、色々原因モアリマセウガ、何ト言ツテモ相手方ノ事情ヲ知ラナイト云フ所ニ大キナ原因ガアルンヂヤナイカト私ハ思フノデアリマス、此ノコトハ今起ツタコトバカリデナク、今度ノ戰ニ敗ケタノモ、大キナ原因ハ矢張リ外交ガナカツタ、相手方ノコトガ分ラナイデ、外交ノナイ戰ヲシタト云フ所ニ私ハ大キナ原因ガアルンダト思ヒマス、此ノ點ハ一ツ、今後十分御考慮ヲ願ハネバナラヌコトダト思フノデアリマス、一體此ノ憲法ガ、午前中冒頭ニ申上ゲマシタヤウニ、山ハ世界ノ平和ニアル、サウシテ「デモクラシイ」態勢ハ、此ノ山ニ登ル旅姿デアルト云フコトヲ申シマシタノデアリマスルガ、平和ノ問題ニ對シテ、今迄衆議院以來ノ論議ヲ全部私速記録ヲ讀ンダ譯デハアリマセヌガ、拜見スルト、非常ニソレガ少イノデアリマス、衆議院ニ於テハ、芦田委員長ノ質問ノ中ニ大キクソレガ出テ來テ居ル位ノ程度デ、非常ニ私ハ寂シイト思ツテ居ツタノデス、貴族院ニ參リマシテ、流石ニ平和問題ガ度々取扱ハレ、佐々木博士カラモ、本會議デ以テ平和ノ外交ハドウスルンダト云フ御質問ガアリ、又今日南原博士カラモ、平和問題ニ付テ正義トノ關聯ニ付テ御質問ガアリ、誠ニ私ハ嬉シイコトデ、有難イコトダト思ツテ居ルノデアリマスガ、此ノ大事ナ點ガ今迄寂シイ感ジヲ持ツテ居ツタノデアリマス、例ヘバ私ノヤウナ素人ノ者ガ外交上ノ質問ヲ致スト云フコトモ、實ハ私ノ本意デハナイノデアリマシテ、是ハ矢張リ外交ニ經驗ノアル方カラ、十分ニシテ戴キタイト思ツテ居ルノデアリマスガ、御覧ノ通リ特別委員會ニハ、サウ云フ外交出身ノ御方ノ御顏觸レガナイト云フヤウナコトハ、私ハ非常ニ遺憾ト思ツテ居ルノデ、已ムナク立ツタ譯デアリマスルガ、此ノ憲法ト外交トハ關係ガ薄インダナドト云フヤウナ考ヘガ、若シモオアリダツタラ、是ハ非常ナ誤リダト私ハ思フノデアリマス、ソレ程私ハ外交ト憲法ト重大ニ見タイト思フノデアリマス、例ヘバ戰爭抛棄ノ條章ニ關シテ、是モ午前中ニ南原博士カラ御質問ガアツタノデ、實ハ私ハ御質問致サウト思ツテ居ル種ガナクナツテシマツタノデ、是ハ重複スルコトヲ避ケマスガ、併シ唯、此ノ委員會ニ於テハ、南原博士ノミナラズ他ノ委員ニ於テモ、戰爭放棄ト平和ノ問題、殊ニ正義ノ觀念ニ付テ心配シ懸念シテ居ル者ガアルンダト云フコトダケハ、一ツ世界的ニ認識シテ置イテ戴キタイ、斯ウ私ハ思フノデアリマス、國際聯合ノ問題デアリマスガ、是ハモウ私ハ觸レナイ積リデ居リマスガ、併シ少シ之ニ附加ヘテ私ハ申シタイノハ、是ハ政府トシテハ、今迄國際聯合ニ入ルトカ入ラナイトカト云フコトニ付テ、色々ナ御答辯ガアリマシタガ、私ガ重點ヲ置ク點ハ國際聯合ノ精神ト、將來ドウ云フ方向ニ國際聯合ガ行クベキモノデアルカト云フコトガ、私ハ大事ダト思フノデアリマス、ソレデ、午前中御話ガアリマシタヤウニ、私ハ國際聯盟ノ外交ハ滅ビテシマツタノダ、サウシテ國際聯合精神ノ外交、國際聯合精神ノ外交ト云フモノハ、新ラシク樹立サレタ、是ガ外交ノ一ツノ劃期的ナ「エポック」ヲ成スモノヂヤナイカ、サウ云フ風ニ私ハ思ヒマス、詰リ國際聯盟ノ外交ト云フモノハ、矢張リ世界的封建制度ダラウト思フ、所謂主權國家ト云フモノニ「ポイント」ヲ置イテ、世界ガ封建的ニ割據シテ、其ノ上ニ建テラレタル一ツノ平和政策ダラウト思フ、此ノ國際聯合ノ精神ハ午前中南原博士カラ言ハレタ通リ、封建ヲ打破シテ「インターナショナル」ノ「デモクラシー」ノ精神ニ進ムベキガ方向ダラウト思フ、私ハ餘リ勉強シタ譯デアリマセヌカラ、能ク分リマセヌガ、併シソレニシテモ、例ヘバ最近デスカ、何時ノ頃カ知リマセヌガ、「アメリカ」ノ方デ「ワン・ワールド」ト云ツタヤウナ、世界國家デアリマス、サウ云フヤウナ考ヘ方ガ議論サレ色々日常論議サレテ居ルコトヲ聞イテ居リマス、サウ云フヤウナ思想其ノモノガ、國際聯合ノ下ノ思想ニ「カーレント」ヲ成シテ居ル、斯ウ云フヤウニ私ハ思フノデ、恐ラク是カラノ外交方針ト云フモノハサウ云ツタ「インターナショナル・コンミュニテイ」ト云フヤウナモノニ進ンデ行クノガ一ツノ方針ヂヤナイカ、人類ノ要求シテ居ル流レヂヤナイカト、斯ウ云フヤウニ私ハ思フノデアリマス、サウ云フヤウニ考ヘテ參リマスト、何モ國際事情其ノモノヲ國民ニ知ラセル必要ハナイノデアリマシテ、サウ云フヤウナ、將來人類ガ進ンデ、日本モ是カラ一緒ニ足並ミヲ揃ヘテ、平和ノ山ニ登ル準備トシテモ、サウ云フ下ヲ流レテ居ル思想ヲ日本國民ニ、斯ウ云フ意見ガアルノダ、斯ウ云フ學説ガアルノダトカ、ソレヲ基礎ニシテ、此ノ國ハ斯ウダト云ツテ、國際情勢デアリマスガ、サウ云ツタヤウナコトヲ、是非是カラ國民ニ知ラセテ戴キタイ、是ハ何モ國際ノ秘密デハナイ、平和ヲ樹立スル手段デアリマス、之ニ遠慮ハ何モ要ラナイト思フ、無論我ガ國ハ聯合國ノ占領治下ニアリマス、報道ノ自由ハ無論制約サレテ居ルコトハ承知シテ居リマスガ、併シ兎ニ角憲法ニ此ノ國際的ノ大事業ヲ掲ゲテ置イテ、サウシテ正確ナ知識ガナカツタトシタナラバ、實際此ノ憲法ノ運營ト云フモノハ出來ナイ、木ニ魚ヲ求メル類ダト私ハ思フ、サウ云フコトニ何モ秘密モナシ、又聯合國ニ於テモ、サウ云フ方向ニ國民ヲ教育シテ行クコトハ、大キナ「デモクラシー」ノ教育ナノデアリマス、世界的「デモクラシー」ノ教育ナノデアリマスカラ、ソレヲ拒否スル筈ハナイノデアリマス、色々ノ書物、新聞雜誌、何デモ宜イ、サウ云フモノヲ出來ルダケ自由ニ入レルト云フコトニ御努力ヲ願ハネバ、此ノ憲法ノ趣意トソグハナイコトニナツテシマフ、斯ウ云フコトニ私ハ思ヒマス、私ハ過日アメリカノ或雜誌ヲ讀ミマシタ中ニ、過去ノ國際聯盟ト云フヤウナ平和工作ガ失敗ニナツテ居ル、將來、ソレナラバドウ云フ考ヘ方デ平和ヲ樹立スルカト云フ意見ノ一ツニ、將來ハ國際協約ノ對象ト云フモノハ、主權國家ニバカリ認メテハイカヌ、是ハ過去ノ失敗ダ、ダカラ今度、國際協約ノ對象ヲ各國ノ人、個人ニ置イテ、國際間ノ法律ガ各國民ノ個々ノ上ニ働クヤウニシナケレバナラナイダラウ、サウ云フコトヲシナケレバ、本當ニ將來ノ世界ノ平和ト云フモノハ出來ナイダラウ、丁度日本ニ於テモ、封建時代ニ皆群雄割據シテ居ル、サウシテ皆武力ヲ持ツテ居ル、ソレデハ平和ハ出來ナカツタ、矢張リ國ニ統一サレテ、初メテ國ノ法律ニ各封建諸侯ガ皆從ツテ、其處ニ初メテ平和ガ出來タヤウニ、世界ノ平和モ、世界ニ一ツノ中心ニ大キナ法律上ノ力ヲ持ツテ、ソレニ各國ノ國民ガ直結シテ作用ヲ受ケルト云フコトニシナケレバ、世界ノ平和ト云フモノハ樹立シナイダラウト云ツタヤウナ意見ガ書イテアリマシタ、無論斯ウ云フヤウナ意見ハ、必ズシモ新ラシイ意見デナイカモ知レマセヌガ、併シ戰ノ慘害ヲ見マシテ、心ノ中カラ平和ヲ欲求スル新ラシイ人心ノ要求ト云フ方面カラ見レバ、是ハ非常ナ矢張リ新ラシイ議論トシテ考ヘナクテハイケナイ、必ズシモ「ユートピヤ」デハ私ハナイト思フ、何カ斯ウ云フ考ヘ方カラ新ラシイモノガ生レテ來ル豫言ノヤウニ思ヒマシテ、將來ノ平和運動ノ方向ハ、サウ云フ考ヘ方ノ中ニ暗示サレテ居ルト云フヤウニ思フノデアリマス、例ヘバ目下我々ノ目前デ、市ケ谷ノ岡ノ上デ國際軍事法廷ガ開カレテ居リマス、之ヲ今申シマシタヤウナ理想カラ眺メテ見マスト、此ノ法廷ハ單ニ罪ヲ裁クト云ツタヤウナ擬律ダケノ目的デハナイト思フ、之ニ依ツテ、將來ノ戰爭ヲ永久ニ防止スル、世界ノ平和ヲ維持シヨウト云フ高遠ナ理想ガ其處ニ潜ンデ居ルベキデアラウト思フノデアリマス、デアリマスルカラ、裁ク者モ裁カレル者モ、又之ヲ報道スル者モ、共ニ世界平和ノ將來ノ爲ニ、各國民ガ尤モデアルト納得出來ルヤウナ、立派ナ成果ヲ擧ゲルヤウニ皆努力サレテ居ルモノダ、斯ウ私ハ信ジテ居ル、是ハマア、一ツノ例デアリマスガ、サウ云フ工合ニ能ク注意ヲシテ見マスルト、色色、問題ガ澤山アルト思フノデアリマス、ソレヲ當ニ怠ラナイデ見テ居ツテ、サウシテ之ヲ捉マヘテ國民ノ意識ノ中ニ隱サレテ居ツタ問題ヲ意識ノ表面ニ浮ビ上ラセルト云フコトガ是カラ外務當局ノ最モ努力サレナケレバナラナイ點デアラウト思フ、所謂國民外交ト云フモノヲ本當ニ指導シテ行クニハドウシテモサウ云フコトヲナサルコトガ重要ナ點ダラウト思フ、矢張リサウ云フ問題ヲ引出シテ國民ニパツト投ゲテ、國民ガ國際的ノ問題ニ付テ、一生懸命ニ考ヘ議論スル、其ノ出タモノガ外國ノ方ニ又知レル、日本ヂヤ斯ウ云フ話ガアル、是ガ私、國民外交ダラウト思フ、私ノ親友ノ例ヲ擧ゲテハ甚ダ恐縮デスケレドモ、松本學君ガ國際文化聯盟ト云フヤウナモノニ對スル一ツノ構想ヲ以テ、ズツト前ニ「パンフレット」ヲ書カレタコトガアリ、ソレガ向フニ飜譯サレテ、實ニ日本ニ斯ウ云フ聲ガアルト云ツテ、他ノ國ノ學者カラ手紙ヲ貰ハレタサウデアリマスガ、詰リ、ソレガ、私ハ國民外交ダラウト思フ、サウ云フコトガ國民外交ノ神髓デ、大事ナコトダラウト思フノデアリマスルガ、此ノ私ノ考ガ間違ツテ居ルモノデアリマセウカ、幣原大臣ノ御意見ヲ伺ヒタイ
○國務大臣（男爵幣原喜重郎君）　只今、織田子爵ノ御述ベニナリマシタ御意見、如何ニモ御尤モデアラウト思ヒマス、其ノ通リデアラウト思ヒマス、日本國民ガ、本當ニ國際問題ニ關シテ深イ興味ヲ持ツテ貰ヒタイ、殊ニ平和ヲ維持スル問題ニ付テ、特ニ注意シテ貰ヒタイ、ドウスレバ一緒ニ皆相率ヰテ此ノ平和ノ方向ニ向ツテ進ンデ行クカト云フコトヲ眞劍ニ研究シテ貰ヒタイト云フコト、是ハ織田子爵ノ述ベラレタ通リデアリマス、私モサウ考ヘテ居リマス、併シ先刻織田子爵ハ、何ダカ國際聯盟ト云フモノハ封建的ノ臭味ヲ帶ビテ居ル、今回ノ國際聯合ハ國際的ノ民主主義ヲ示シタモノデアルト云フヤウナ區別ヲ説カレマシタガ、果シテドウ云フ所ニサウ云フ區別ガアリマスカ、私ニハ餘リハツキリ分ツテ居ナイト思ヒマス、私ハ國際聯合ニ付キマシテ、一種ノ考ヲ持ツテ居リマスケレドモ、今日此處デソレヲ論議スル立場デナイト思ヒマス、併シ孰レニ致シマシテモ、今日ノ時勢ト云フモノハ、最早戰爭ノコトバカリ考ヘテ居ル時期ヂヤナイト思ヒマス、必ズ其ノ中ニハ世界列國トモ、戰爭ト云フモノハ如何ニモ慘憺タルモノデ、斯ウ云フモノハ、一ツノ組織トシテ人類社會ニ存續シテ行クベカラザルモノデアルト云フコトヲ、必ズ自分ノ實驗的ニ悟ル時機ガ來ルト思ヒマスカラ、我々モ其ノ時勢ノ進歩ニ遲レナイヤウニ、國民全體相率ヰテ、此ノ問題ヲ眞劍ニ研究スルト云フ氣持ニナツテ戴キタイト云フコトハ、本當ニ私モ切望スル所デアリマス、ドウカサウ云フ風ニ行キタイト思ツテ居リマス
○子爵織田信恒君　只今幣原大臣カラ、私ガ國際聯盟ト國際聯合ニ付テ申シマシタコトヲ、サウ云フ區別ガ果シテ今アルカドウカ、自分ハ能ク信ジナイ、信ジナイト言フヨリモ、必ズシモサウ明確ニハ言ヘナイト仰シヤイマシタ、其ノ通リデアツテ、私モ必ズシモ現在ガサウダト申シタノデハナイ、精神ガ其處ニアルト思フノデアリマス、ソレハ「アメリカ」ノ雜誌ニモ書イテアリマス、次ニ第四番目ニ伺ヒタイト思ヒマスノハ、マア以上申シマシタコトハ、大體政府御當局ニ求メルヤウナ問題デアリマスルガ、併シ是等ノ事柄ハ又政府ニ任セテ置イテバカリデ宜イモノデハナイト私ハ思フ、矢張リ國民自ラガ之ヲ受ケ容レル態勢ヲ整ヘナケレバナラナイト思ヒマス、抑々平和ノ運動ハ申上ゲル迄モナク個々ノ人ノ心ニ愬ヘル事柄ガ非常ニ多イト思フノデアリマス、從ツテ日常生活ノ中ニ、國民個々ニ不斷ニ働キ掛ケル作用ガ非常ニ大事ナモノデハナイカ、習慣的ニ文化、平和ト云フヤウナモノト矛盾スルコトモ知ラナイデ、無意識ニヤツタリ言ツタリシテ居ルコトガ相當アリマス、例ヘバ日本ノ芝居デ首ヲブラ下ゲテ歩イテ居ル、私ハ嘗テ或劇場ガ國際人ヲ呼ンデ日本ノ藝術ヲ觀セルノダカラ、オ前モチヨツト觀テミロト言ツテ呼バレテ行ツテ見ルト、其ノ場面ニ首ヲブラ下ゲテ歩イテ居ル、イヤ是ハ日本人ハ觀テ、何トモ思ツテ居ナイカモ知レナイケレドモ、所謂高度ノ文化ト言フカ、サウ云フモノカヲ言ヘバ、甚ダシイ野蠻的ノモノデ、是ハ却テ日本ノ「シェーム」ニナリハシナイカト言ツタ處ガ、後デ聽キマスト、矢張リ是ハ評判ガ惡カツタサウデアリマス、惡イト思ツテヤツタノデハナイノデセウケレドモ、矢張リ評判ガ惡カツタト云フ話デアリマス、若シクハ何カ社會運動ヲヤルノニ、或一ツノ戰爭用語ヲ使ツテ、サウシテ人ノ心ニ潜ンデ居ル闘爭心ト云フモノヲ掻キ立テテ、サウシテ或運動ノ目的ヲ達成シヨウト云フヤウナコトモ、是ハ正シイ指導方法トハ私ハ思ヘマセヌ、其ノ外、例ヘバ動物虐待ト云ツタコトモ、之ヲ觀テ居ルヤウナコトデハ、矢張リ人ノ心カラ平和ヲ生マセルコトハ絶對出來ナイダラウト思フ、サウ云ツタヤウナ事柄ニ付テ、惡イ氣デ皆ヤツテ居ルトハ思ヒマセヌケレドモ、知ラズ識ラズヤツテ居ルコトヲ反省スル機關ガナイト云フト、何時迄經ツテモ改マラナイ氣ガ附カナイト思フ、ソコデ私ハ、矢張リ自分ノ姿ヲ斯ウ、ショツ中反省シ、映ス中心機關ト云フモノガ、一ツ常置サレナケレバナラナイダラウト思ヒマス、其ノ機關ト云フノハ、私ハ内容ハ、今ハ何モ具體的ナ考ハアリマセヌガ、必ズシモ厖大ナモノハ要ラナイ、極ク地味ナモノデ宜イダラウト思ヒマス、唯ソレヲ構成スル人ガ、矢張リ終生平和ノ爲ニ一生ヲ捧ゲルト云ツタヤウナ人々ノ衆智ヲ集メルコトハ必要ダト思ヒマスガ、サウシテ政府ト表裏ニナツテ、常ニ此ノ人類平和ノ科學的解剖ヲヤツテ行ク、サウシテ心理學的ニモ、哲學的ニモ、法律的ニモ、經濟的ニモ、之ヲ深ク研究致シマシテ、將來ノ戰爭原因ト云フモノヲ除去スルコトニ努メルヤウニシナケレバナラナイト思ヒマス、ノミナラズ、今我々ハ、實際此ノ戰爭ノ慘禍ト云フモノヲ眼ノ前ニ見マシテ、多年ノ經營サレタ文化ガ瞬時ニシテ人畜諸共、燒土ニ化シテ行ク現實ヲ見テ、サウシテ此ノ戰爭ニ對スル呪ヒ、平和ニ封スル欲求ト云フモノヲ、今國民ハ皆心ノ中ニ持ツテ居ルノデアリマス、段々年月ガ去ツテ、我々ノ子孫ノ時代ニナツテ、サウシテ、サウ云ツタヤウナ氣持ガ薄ラグヤウニナツテ來マスルト、此ノ憲法ノ平和ト云フモノト、國民ノ氣持ト云フモノガ、又遊離シナイトモ限ラナイ、ソレヲ常ニ、永久ニ固ク繋イデ、本當ニ人類ノ平和ノ爲ニ、理想ト信仰ヲ以テ進ムト云フヤウニ之ヲ導イテ行ク上カラモ、何カサウ云フ機關ガ中央ニナケレバナラナイト云フコトヲ私ハ思フノデアリマス、今眼ヲ轉ジテ世界ヲ眺メマスト、他ノ民主的ノ文明國家群ト云フモノハ既ニ國内情勢ハ皆態勢ヲ完了シテシマツテ、先程カラ申スヤウニ、次ノ大キナ目標ニ取掛ツテ居ルノデアリマス、デ我々ハ唯目前ノ鹿ヲ逐フコトバカリニ沒頭シテ此ノ大キナ山ヲ見ルコトヲ忘レタナラバ、將ニ天下物ノ笑ヒニナルノヂヤナイカト、斯ウ思ツテ居リマス、今度ノ草案ガ發生サレマスルト、我國ト輿論ト云フモノハ、心カラ拍手ヲ以テ之ヲ迎ヘテ居ル中ニハ進ンデ平和ノ天使トシテノ誇リモ感ジテ居ル者モ尠クナイノデアリマス、デアリマスルカラ、斯樣ニ盛リ上ル此ノ人ノ心ヲ捉ヘテ、直チニ此ノ國民的平和運動ノ方圖ヲ考ヘ、其ノ實行ニ入ルト云フコトハ、時宜ニ適シタ政治的處置ダラウト私ハ思フノデアリマス、先程幣原園務大臣モ、チヨツトソレニ觸レラレタヤウナ、即チ方法ガ大事ダト云フヤウナ御話ガアリマシタガ、將ニ今御伺ヒシテ居ルノハ、一ツノサウ云ツタ方法ハドウデアラウカト云フコトヲ伺ツテ、之ニ對スル御答辯ヲ伺ヒタイ
○國務大臣（男爵幣原喜重郎君）　日本國内ニ、一ツ平和ニ關スル宣傳ト申シマスカ、其ノ機關ヲ一ツ設ケテ見ル方ガ宜シカラウカト云フ御意見ヲ伺ヒマシタ、御尤モデアリマス、御承知ノ如ク、今ヤ日本ハ、改正憲法第九條ニ依リマシテ、徹底的ナ平和運動ノ大キナ旗ヲ擔イデ、廣イ國際社會ノ原野ニ歩ミ出シタノデアリマス、國民ガ之ニ共鳴シテ同ジク力ヲ協セテ、此ノ目的ヲ達成セシメルコトニ盡シテ呉レマスト云フコトハ、是ハ是程望マシイコトハナイト考ヘマス、從ツテ民間ニ於キマシテ、斯樣ナ平和問題ノ研究、或ハ宣傳ノ機關ガ設ケラレマスト云フコトハ誠ニ私等ノ切望スル所デアリマス、是ハ成ルベクナラバ、官製デアツテハイケナイ、民製デナケレバナラヌト思ヒマス、政府固ヨリ出來ルダケノ御世話致シマセウケレドモ、其ノ機關ノ本體云フモノハ、民間ノ方カラ進ンデ斯樣ナ機關ヲ作ルト云フヤウナ氣持ニナツテ貰フコトガ、一番宜シイノデナカラウカト考ヘマス
○子爵織田信恒君　度々幣原國務大臣、又金森國務大臣、其ノ他政府委員カラモ、御親切ナ御答辯ヲ戴キマシテ、私誠ニ滿足致シマス、自分ノ疑義モ大變解ケマシテ仕合セデゴザイマス、私ノ質問ハ以上デ終ルノデアリマスルガ、唯最後ニ、私ノ希望ヲ述ベサセテ戴キタイノデアリマス、ソレハ、今度ノ憲法ノ草案ノ前文ニ、我々國民ハ安全ト生存ヲ擧ゲテ平和愛好諸國民ノ公正ト信義ニ委ネルト謳ツテアリマスルヤウニ、聯合國ノ絶大ノ協力ヲ求メル次第デアリマスガ、取分ケ「ポツダム」宣言ノ實行ト、日本再建ノ指導力トシテ今日迄着々成果ヲ擧ゲテ來ラレマシタ「マックアーサー」元帥ヲ通ジテ「アメリカ」合衆國國民ノ平和ヘノ援助ヲ心カラ私ハ希望スルノデアリマス、此ノヤウナ表現ハ、決シテ不自然ナモノデハナイト思ヒマス、此ノ平和ノ大道デハ昨日ノ敵ハ今日ノ味方デアリマス、ソレバカリデナク、過去ニ於テハ日本ニ於テモ「アメリカ」ト手デ握ツテ、世界戰爭ノ擴大ヲ防止シナケレバナラヌト云フ輿論スラアツタノデアリマス、併シナガラ不幸ニ致シマシテ、事、志ト違ヒ、戰ヒヲ交ヘルノ悲運ニ陥リマシタコトハ返ス返スモ私ハ殘念デ堪マリマセヌ、是ハ私ノ希望デゴザイマスガ、其ノ他、私ノ質問モ多少ゴザイマスガ、是ハモウ時間モナク他ニ澤山ノ質問者モオアリデアリマスカラ、逐條審議ノ時ニ又、御質問致スコトニ致シマス
○高柳賢三君　私ハ本會議デ以テ改正案ハ歴史的ナ所産デアルト同時ニ、新日本建設ノ基礎工事デアルト云フ、此ノ二ツノ面カラ判斷致シマシテ、此ノ草案ハ中正ヲ得タモノデアルト云フコトヲ申シタノデゴザイマス、歴史的ナ所産デアル點ヲ離レテ、此ノ草案ヲ考ヘテ見マスルナラバ、其處ニハ「ルソー」的ナ、極メテ抽象的ナ國民主權ト云フヤウナ、之ト同樣ニ抽象的ナ君主主權ト對蹠的ナ表現ハ恐ラク用ヒラレナカツタノダラウト思ヒマス、モツト平和裡ニ憲法改正ガ行ハレタトスルナラバ、モツト君主國ニ相應ハシイ表現デ、民主主義的ナ傾向ノ憲法ト云フモノガ起草サレタノデアラウト思フノデアリマス、此ノ國民主權ト云フ表現ニ、第一義的ナ重要性ト云フモノヲ與ヘマシテ、主權在民、主權在君、此ノ問題ガ、我ガ國ノ國體問題ト結附キマシテ、衆議院及ビ貴族院ノ論議ニ於ケル最モ重要ナル問題トシテ現レタノデゴザイマス、斯ウシタコトハ最近迄主權在君ト云フコトガ我ガ國體デアルト云フ風ニ、我ガ國民ハ教ヘラレテ居リマシタ、ソレガ宗教的ナ熱情ヲ以テ擁護サレ、之ニ反スル疑ノアル學説ヲ説ク學者ニ對シテハ迫害ガ加ヘラレテ居ツタ、サウ云フ日本ノ思想状態ニ照シテ見マスレバ、憲法論議ノ大部分ガ此ノ問題ニ集中スルト云フコトハ、極メテ理解シ得ベキコトダラウト思ヒマス、尤モ斯ウシタコトガ、果シテ立憲國ノ將來トシテ望マシイ心理状態デアルカドウカト云フコトハ別問題デゴザイマシテ、心理的ニ見マスレバ、矢張リ同ジ心理状態カラ將來ハ國民主權ト云フ一ツノ抽象概念ガ、恰モ主權在君ト同ジヤウニ宗教化サレテ、之ニ違反スルコトヲ説ク學者ト學説ト云フモノニ對シテ、迫害ヲ加ヘル新官僚ガ出ナイトモ限ラナイ、是ハ民主主義的ナ日本ヲ建設ヲスルコトニ付テハ、非常ニ我々ガ注意シナケレバナラナイ處ダラウト思ヒマス、又國民主權ト云フ概念ヲ演釋論理的ニ考ヘテ行キマスルト、是ハ結局、共和制ト言フ方ガ民主主義ノ根本理論ニ合致スルノデハナイカト云フ政治思想ヲ生ミ出ダシテ參リマス、天皇制廢止ト云フ一ツノ論理的措定ト云フモノヲ強ク提供スルコトニナリマス、是ハ、此ノ國民主權ト云フ概念ハ、王制ヲ排除致シマシタ「フランス」革命ト云フモノヲ齎スノニ、非常ナ大キナ働キヲ爲シタ「ダイナマイト」ヲ包藏致シテ居リマスル極メテ歴史的ナ概念デアルコトハ、政治史ヲ讀ンダ方ハ十分御存ジノ筈デゴザイマス、本法改正案ヲ眺メテ見マスルト云フト、サウ云ツタ表現ニ充チ滿チテ居ル、ソレニモ拘ラズ、私ハ、此ノ改正案ハ中正ヲ得テ居ルト申シタノデアリマス、兎ニ角非常ナ世界的ナ激動ノ後デ、天皇制ト云フモノガ維持セラレタト云フコト自體ガ、是ハ非常ナ日本國民ニ取ツテハ、大キナ幸ヒナコトダラウト思ヒマス、天皇制ガナカツタラ、混亂ガ起ルト云フコトハ、是ハ極メテ常識的ニ分ルコトデゴザイマス、是ハ幣原國務相等ノ非常ナ御努力モアルコトデアラウト思ヒマスガ、此ノ天皇制ガ維持サレテ、天皇ヲ中心トシテ、日本ノ政治態勢ト云フモノヲ民主化シテ行ク、斯ウ云フ憲法ガ、即チ此ノ憲法ノ一番ノ中心ヲ成ス概念デアルト考ヘルノデアリマシテ其ノ點、根本的ナ一ツノ狙ヒデアル、斯ウ云フ歴史的ナ背景ノ下ニ建設面カラ主トシテ私ハ考ヘマシテ、此ノ改正案ハ最モ中正ヲ得タ改正案デアルト、斯ウ云フ風ニ申シタノデゴザイマス、此ノ改正案ニアリマスル國民主權ト云フ概念ハ、將來是ハ、破壊的ニモ建設的ニモ作用シ得ル動的ナ一ツノ概念デアリマス、ソコデ此ノ憲法政治ニ於テ、數世紀ノ間、非常ナ經驗ヲ重ネマシタ「イギリス」人ト云フモノガ、此ノ主權ノ問題ヲドウ云フ風ニ取扱ツテ居ルカト云フコトヲ反省スル價値ガアルト考ヘマス、何ト云ツテモ、憲法ノ運用ト云フ問題ニ付キマシテハ、「イギリス」人ト云フノハ、是ハ横綱デアリマス、從ツテ、此ノ古クシテ新ラシイ主權ノ問題ト云フモノニ付キマシテ、「イギリス」人ノ考ヘ方、取扱ヒ方ト云フモノヲ見ル必要ガアルト思フノデアリマス、サウシテ私ハ、此ノ問題ニ付テノ「イギリス」人ノ取扱ヒ方ト云フモノガ、此ノ憲法ノ下ニ於ケル運用トシテノ最モ正シイ行キ方ヂヤナイカト考ヘテ居ルノデアリマス、サウ云フ意味デ、私ハ「イギリス」人ガ、ドウ云フ風ニ此ノ主權ノ問題ト云フモノヲ考ヘテ居ルノカト云フコトヲ反省シテ見タイト思フノデアリマス、先ヅ「イギリス」人ニ、全體、アナタノ國デ主權ハ何處ニアルノカト、斯ウ云フ風ニ聽キマスレバ、ソレハ「パーリアメント」ニ在ル、國會ニ在ル、斯ウ云フ風ニ答ヘマス、其ノ場合「パーリアメント」ト云フノハ何カト言ヘバ、是ハ「キング・エンド・パーリアメント」「キング」ト上院ト下院ト云フモノガ協力致シマスレバ、法律的ニハ何等ノ制約ナク何デモ出來ルンダ、其處ニ三ツノ「ボデー」ガ協力スル所ニ、主權ト云フモノガアル、所謂男ヲ女トシ、女ヲ男トスルコトガ出來ナイヤウナ、自然的ナ制約ハアルニシテモ、法律的ニハ、ソレ以外ニハ何デモ出來ル、「オムニポテント」ナモノデアル、法律的ニ萬能ナモノデ、又、其ノ活動ガ一番高イ「シュープリーム」ナモノデアル、其處ニ「イギリス」ノ主權ガアル、是ガ有名ナ國會主權ノ理論デゴザイマス、大陸ノモツト所謂學問的、抽象的ナ理論ト云フモノニ慣レタ人ガ其處ニ居リマシテ、「イギリス」人ニ反問ヲ致シマス、サウスルト、ソレハアナタノ言ツテ居ルノハ、是ハ主權ノ行使ノ問題デアル、我々ノ問題トシテ居ルノハ、モツト本質的ナ、モツト根本的ナ問題デ、立法權ノ最終ノ、淵源ノ問題デアル、主權ノ窮極的ナ所在ノ問題デアル、主權ト云フモノハ「イギリス」デハ君主ニ在ルノデアルカ、或ハ又人民ニ在ルノデアルカ、其ノ點ヲ御答ヲ願ヒタイ、斯ウ云フ風ニ恐ラク反問スルダラウト思ヒマス、現在ノ「イギリス」人デアルナラバ、サウ云フ反問追究ヲ受ケタ場合ニ、サウ言ヘバ、ソレハ下院ニ在ルノヂヤナイカ、「ハウス、オブ、コンモンス」ニアルノヂヤナイカ、モウ少シ能ク考ヘテ見ルト、モツト何處カ「エレクトレイト」選擧民ニアルノダラウ、恐ラク斯ウ云フ風ニ答ヘルダラウト思ヒマス、其ノ場合人民ト言ハナイデ、或ハ下院デアル、或ハ選擧民デアルト云フヤウナ所ニ考ガ行ク所モ「イギリス」式デアルト呼バハレ得ルノデアリマスガ、其ノ結果ハ大陸的ニ考ヘマスレバ、主權ハ人民ニ在ルト云フコトヲ承認シタコトニナルノデアリマス、併シサウシタ場合ノ人民ト云フノハ是ハ抽象概念デアリマス、結局國會ヲ通ジテ法律ヲ作ルト云フ手續ヲ執ラナケレバ、其ノ所謂主權意思タルモノヲ實現スルコトガ出來ナイ、從ツテ人民主權ト云フノハ、畢竟「メタフィジカル」ナ一ツノ概念デアル、サウ「イギリス」人ハ考ヘル併シ此ノ「メタフィジカル」ナ概念ハ、政治的ニハ意味ガアル、從ツテソレハ一ツノ政治的ナ「ハイポセシス」デアル、政治的ナ「ソティー」デアル、斯ウ云フ風ニ深ク問ヒ詰メレバ、學者ナラバ答ヘルデアリマセウ、サウシテ普通ノ學者ハ此ノ主權概念、君主ヲ含マナイ意味ノ人民ニ主權ガアルト云フ一ツノ思想ヲ、政治的主權トシテ、前ノ法律主權ト區別シテ認メテ居ルノデゴザイマス、此ノ政治的主權ノ「ハイポセシス」ト云フモノノ意味合ハ、ヨリ基本的ナ法治主權ト云フモノノ運用ニ關スル色色ナ所謂憲法上ノ「コンヴェンション」ノ基礎ヲ成シテ居ル所デゴザイマス、併シ此ノ「イギリス」ノ憲法ニハ例ヘバ「ワイマール」憲法等ニ於テ見ラレルヤウナ國權ハ人民ニ歸スルト云フヤウナ一般的規範ト云フモノガ存在シナイノデゴザイマス、此ノ「イギリス」ノ法律的主權、「リーガル・ソヴァレンティー」ト云フモノハ是ハ大陸人ハ第二次的ナ主權ノ行ハレル機構、或ハ主權行使ノ手續ノ所ヲ見テ居ルノデ、主權其ノモノデハナイ、サウ云フ風ニ見ルノデアリマス、處ガ、「イギリス」人ハ主權在民、ソレハ「メタフィジカル」ナモノデアルト見ナイ迄モ、第二次的ナ憲法運用上ノ一ツノ「ソティー」デアル、「ハイポリシス」デアルト云フ風ニ見ル點ニ「イギリス」的ナ、是ハ多年血ヲ流シタ經驗ヲ基礎ニシテ段々創リ上ゲテ來タ考ヘ方デアリマシテ、チヨツトヤソコラデ出來タ憲法的ナ考ヘ方デハナイ、サウ云フ風ナ「イギリス」的ナ考ヘ方ガ顯著ナノデアリマス、ドツチノ考ヘ方ガ良イカ是ハ概念ノ價値論ノ問題、或ハ一ツノ本質ノ問題ト云フヤウナ哲學上ノ基本的ナ問題ニ觸レマセウ、併シナガラ斯ウ云フ考ヘ方ガ、我ガ國民ガ改正憲法案ト云フモノヲ妥當ニ運用シ得ルカドウカ、知性ノ在リ方ノ問題トシテ重要ダト思フノデアリマス、我ガ國民性ニ付キマシテハ、過日植原國務相ノ指摘サレマシタヤウニ、具體的、或ハ「メタフィジツク」嫌ヒデアルト云フ點デハ、寧ロ「イギリス」人ニ近イノデアリマセウ、併シナガラ知識人ト云フモノノ考ヘ方ニハ、明治以來、「ヨーロッパ」ノ大陸文明ノ影響ト云フモノガ非常ニ強ク入ツテ居リマス、法制ハ勿論、哲學、其ノ他文化領域ニハ、大陸ノ影響ト云フモノガ非常ニ強イ、其ノ結果ハ今ノ知識人ノ考ヘ方ノ特徴トナツテ強ク現レテ居ルノデアリマス、此ノコトガ國民主權ノ問題ニ付キマシテ、本議會ノ討議及ビソレヲドウ云フ風ニ輿論ガ受入レルカ、新聞紙ノ論調等ニ極メテ顯著ニ現レテ居ル、其ノ現レ方ガ、果シテ將來ノ日本ノ憲政ノ爲ニ善イカ惡イカ、是ハ非常ニ根本問題ダラウト思ヒマス、私ハ大陸ノ文化ト一概ニ排斥スルモノデハ勿論アリマセヌ、是ニハ學ブベキ多クノモノガアルコトハ勿論デアリマス、唯私ハ、此ノ憲法ヲ運用シテ、眞ニ新ラシイ日本ヲ建設スル爲ニハ、將來、我ガ國民ノ知性ノ在リ方ト云フ點ニ、十分反省スル必要ガアルコトヲ申上ゲタノデアリマシテ、此ノ點ニ付テ過日本會議ニ於ケル田中文相ノ御答辯ト云フモノハ、極メテ不明デアリマシテ、「ポイント」ヲ逸シテ居ツタト私ハ考ヘタノデアリマス、其ノ點ハ不滿足デアリマスガ是ハ別ニ問ヒマセヌ、此處デ更ニ序デアリマスルガ、一言シテ置キタイコトガゴザイマス、ソレハ、「イギリス」デハ主權問題ニ付キマシテ法律的主權、政治的主權ト云フ外ニ、哲學的ナ主權トモ申スベキモノガアルガ一ツノ理論的、理論的ナ姿デ「イギリス」ノ憲法ノ重要ナ作用ヲ營ンデ居ルノデアリマス、ソレハ所謂法主權「シュプリーマシー・オブ・ロー」ト云フ概念デアリマス、此ノ概念ハ、非常ニ古イ中世紀カラ來テ居ルノデアリマス、十三世紀ノ法律格言ニ、「キング」ハ神ト法ノ下ニ支配ヲスル、斯ウ云フ格言ガゴザイマス、是ハ有名ナ「イギリス」格言デアリマシテ、「アメリカ」ニ於キマシテモ「ハーバート・ロー・スクール」ノ新建築ニハ、此ノ諺ガ刻ンデアリマス、是ガ英米法ノ一番根本思想デアルト云フ風ニ考ヘラレルノデアリマス、是ガ所謂法主權ノ考デアリマス、是ハ「ローマ」的ナ、ト申シマスルヨリハ寧ロ「ビザンティン」的ナ君主ノ欲スル所、君主ノ意欲スル所ガ、即チ法デアルト云フ格言ニ對立スルモノト考ヘラレテ居ルノデアリマス、此ノ法主權ノ思想ト近代國家ノ成立ト同時ニ成立致シマシタ「ビザンティン」式ナ國王神聖論此ノ二ツノ思想ノ闘爭ト云フモノガ「イギリス」憲法史ニ於ケル最モ多彩ナ場面ヲ展開シタ、サウシテ十七世紀ノ政治革命ト云フモノヲ齎シタ一ツノ思想的背景デゴザイマス、王權神聖論ト云フモノヲ振リ翳シタ所謂此ノ「ロヤリスト」ニ對シマシテ、議會派ノ「パーリアメンタリア」ノ執ツタ論據ト云フモノハ、此ノ法主權ノ思想デアリマス、從ツテ議會ノ制定シタ法律其ノモノガ根本法ニ違反スル場合ニハ無效カドウカト云フ、サウ云フ問題ハ「イギリス」デハ大シタ問題デハナカツタノデ、議會派ノ議論ナンデアリマス、尤モサウシタ思想ノ萌芽ハ、裁判所ノ判決例ノ中ニ裁判官ノ意見トシテ現ハレテハ居リマスケレドモ、「イギリス」デソレガ實現サレナカツタノデアリマス、此ノ考ヘ方ガ實ヲ結ンダノガ、太平洋ヲ超エテ「アメリカ」ノ合衆國憲法ニ於テ實ヲ結ブト云フコトニナツタノデアリマス、其ノ餘波ガ、又本改正案ノ中ニ採入レラレテ居ルヤウニ思ハレルノデアリマス、其ノ思想ハ主權者ガ君主デアルト、或ハ多數決ニ依ツテ行動スル人民デアルトヲ間ハズ、苟モ根本的ナ法ニ違反スルコトハ出來ナイ、ヤレバ、ソレハ無效デアルト云フ思想ナノデアリマス、「イギリス」デハ、憲法上ノ實定規範トシテデハナク、一ツノ理念トシテ、又政治道徳トシテノミ、ソレガ存在スルノデアリマスガ、併シ此ノ法主權ノ思想ト云フモノハ、所謂憲法學者ノ言フ法ノ優越、或ハ法ノ支配ト云フ原理トシテ、國會主權ト相竝ンデ、「イギリス」憲法ノ二大原理ヲ成シテ居ルト云フ風ニ説カレテ居ルノデアリマス、此ノ中世的ナ原理ハ、一面ニハ政治道徳的ナ形デ、他面ハ國家主權ト妥協シタ形ノ現實主義的ナ法治式ノ原理トシテ、依然現存シテ居ルノデアリマス、サウシテ少シ是ハ横道ニ入リマシタガ、對立的ナ、抽象的ナ主權在民、主權在君ト云フ範疇カラデハナク、寧ロ、モウ少シ地ニ著イタ「イギリス」的ナ、ヨリ具體的ナ法律的主權ト云フ觀點ニ立チマシテ、今回ノ改正案ト云フモノヲ一應檢討シテ見マスルト、斯ウシタ見方ハ、恐ラクハ「イギリス」及ビ「アメリカ」ノ法律家ガ、此ノ「ド・キュメント」ヲ見テ持ツデアラウ概念ダト思フ、又ソレガ恐ラクハ國際的ニ把握サレル、改正日本憲法ト云フモノハ、サウ云フモノダラウト思フ、從ツテ其ノ見方ヲ極ク簡單ニ申上ゲテ置キマス、サウ云フ立場カラ、此ノ憲法ヲ眺メマスルト云フト、第一ニ前文ニ、一番元ノ原案デハ、國民ノ總意ガ至高トナツテ居リマスシ、或ハ又今度ハ、主權ガ國民ニ在ルトナツテ居リマスガ、ドツチデモ大シタ差ハナイ、ソレカラ第一條ニ、天皇ノ地位ハ、「日本國民の至高の總意に基く」或ハ今度ノ改正デハ、「主權の存する日本國民の總意に基く」斯ウ書イテアル、ソレカラ又第十四條ニハ、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは國民固有の權利である」ト云フコトガ謳ツテアル、是等ハ所謂「ポリティカル・ソヴァレエンティ」政治的主權ノ尊嚴、「イギリス」的ニ考ヘレバ、ソレハ民主主義憲法ノ「リトリック」デアルト考ヘル人モアリマセウ、「ハーバート」大學ノ憲法ノ教授ノ「トーマス・パウエル」ハ、「ロジック・アンド・リトリック・オヴ・ザ・コンスティチューション」「コンスティチューション」ニハ「ロジック」モアレバ「リトリック」モアル、ドウ云フ點ガ「ロジック」デドウ云フ點ガ「リトリック」デアラウカト云フコトガ、「アメリカノ雜誌ニ出テ居リマスガ、所謂憲法上ノ「リトリック」、斯ウ云フ風ニ考ヘル人モアリマセウ、併シモウ少シ之ヲ活カシテ、是ハ政治的ナ民主主義的ナ憲法ト云フモノガ運用セラルベキ民主主義的ナ、「ハイポセシス」デアル、ソレハ憲法運用ノ大指導原理デアル、此ノ憲法ノ各條項ヲ離レテハ、斯カル抽象的ナル表現ト云フモノハ何等實行性ヲ持タナイ、實行性ノナイ一ツノ抽象概念デアル、斯ウ云フ風ニ恐ラクハソレ等ノ條文ヲ讀ンデ感ズルノガ「イギリス」的ナ見方デアラウ、次ニ天皇ノ問題ニ付テ、第一條デ、「天皇は、日本國の象徴であり日本國民統合の象徴」デアル、是ハ日本國全部及ビ日本國民全部ト云フモノヲ表現スルノハ、黨派的ナ總理大臣デハナクシテ天皇デアル、斯ウ云フコトガ闡明サレテ居ル、斯ウ云フ風ニ讀ムダラウト思フ、是ハ君主主義ノ憲法デアル、「モナーキー」ト云フモノヲ認メタ憲法デアル、斯ウ云フ風ニ見ル、又第二條ニハ、皇位ハ世襲ト云フコトニナツテ居ル、其處デハ前ノ憲法ノ萬世一系ト云フ非常ナ「ロマンティック」ナ表現ガ棄テラレテ、極メテ現實的ナ世襲主義ト云フ言葉ガ使ハレテ居ルト云フ印象ヲ得マセウガ、ソレハ世襲君主制ガ認メラレタノダナト云フ結論ヲ得ル、次ニ天皇ハ國政ニ關スル權能ヲ持タナイト云フ第四條、即チ國政ヲ左右スル權能ハ持タナイ、是ハ近代立憲君主ノ制度ノ考ヲ現シタモノデアル、斯ウ云フ風ニ見ルダラウト思フ、ソレカト云ツテ、段々改正案ヲ讀ンデ參リマスルト、天皇ハ國事ト無關係デハナイ、形式的ニ立法、行政、司法、外交ト關聯ヲ持ツテ居ル、立法ニ付キマシテハ、憲法改正、法律、政令ノ公布ハ天皇ガ之ヲ行フ、即チソレ等ノ效力發生ノ要件ト云フモノハ、天皇ノ公布ト云フコトヲ必要トスル、又國會ノ召集、衆議院ノ解散、國會議員ノ總選擧ノ施行、是ハ矢張リ天皇ガヤラレル、ソレカラ行政ノ面ニ付キマシテハ、總理大臣ハ天皇ガ之ヲ任免スル、其ノ指名ハ國會ガスルガ、任免其ノモノハ天皇ガナサレル、國務大臣及ビ法律ノ定メル其ノ他ノ官吏ノ任免ノ認證ヲサレル、此ノ認證ト云フノハ變ナ言葉デ適當カドウカ怪シムノデスケレドモ、併シ實際ニ於テハ、此ノ認證ガナケレバ效力ガ發生シナイト云フヤウニナツテ居ル、其ノ他大赦、特赦、減刑、刑ノ執行ノ免除及ビ復權ヲ認證スル、又榮典授與ノ大權ヲ持ツテ居ラレルト云フヤウナ、行政ニ關シテモズツト天皇ガ關與セラレテ居ル、尚司法ニ付キマシテハ、内閣ノ指名ニ基イテ、最高裁判所ノ長タル裁判官ヲ天皇ガ任免サレル、最高裁判所ノ其ノ他ノ裁判官モ恐ラクハ「法律の定めるその他の官吏」ニ入ツテ是モ恐ラク任免ノ認證ハ天皇ガサレルト云フコトニナルデアリマセウ、又外交ニ付キマシテモ、全權委任状、大使、公使ノ信任状ノ認證、外國ノ大使、公使ノ接受、批准書及ビ法律ノ定メル其ノ他ノ外交文書ノ認證、條約ノ公布、是等ハ天皇ガナサレル、ソレ等ノ天皇ノ行爲ニ付キマシテハ、總テ内閣ノ助言ト承認トヲ要スルシ、又責任ハ内閣ガ之ヲ負ヒマシテ、天皇ハ無答責ト云フコトニナツテ居ル、是等ノ規定ヲ通覽致シマスレバ、天皇ハ、此ノ規定ニ書イタ天皇ハ立憲君主デアル、而モ「イギリス」ノ「キング」ニ非常ニ能ク似タ立憲君主デアル、唯「イギリス」ノ憲法デハ、立憲君主制ノ「リトリック」、修辭的ナ表現ト云フモノガズツト豐富デアルガ、實質ハ之ニ近イ、尤モ此ノ憲法デ以テ皇室ノ藩屏デアル貴族ハナクナリマス、國民全部ガ皇室ノ藩屏トナル、併シ又世襲主義ト云フモノヲ執ツテ居リマスルカラシテ、皇室ハ存在シ、皇室ノ費用ハ總テ國會ノ決議ニ依ルト云フコトトシテ皇室ハ財的ニモ國民ト直結スルコトニ規定ガサレテ居ル、是等ノ點ハ極メテ「イギリス」式デアル、貴族制ト云フモノガ廢止サレタコトハ、「イギリス」ヨリモ遙カニ民主主義的デアルトモ言ヘマスガ又「イギリス」デハ君主制的ナ一ツノ「リトリック」、憲法ノ「リトリック」ト云フモノガ此ノ憲法ヨリズツト強イ、此ノ「リトリック」ハ全部排除サレテシマヒマシテ、極メテ率直ニ、或程度ハ非常ニ「フランク」ナ物ノ言ヒ方ニ、所謂立憲君主ノヤル行動ノ仕方ト云フモノガ茲ニ表現サレテ居ル、茲ニ此ノ改正案ノ特色ガアルト認メラレルノデアリマス、更ニ進ンデ本憲法ニ於ケル法治的主權ト云フノハ、一體何處ニアルノカ、天皇ハ右ノ如ク、立法、行政、司法外交ト關聯ガアリマス、天皇ノ行爲ハ、假令ソレガ形式的デアルニセヨ、國事ノ運營ト云フモノニ法律上缺クベカラザルモノデアリマシテ、ソレナクシテハ日本國ノ統治ト云フモノハ行ハレ得ナイヤウニナツテ居ル、此ノ點ハ「イギリス」ト同樣デゴザイマス、唯改正案ト「イギリス」憲法トノ重要ナル差異ハ、「イギリス」デハ所謂代議的ナ民主主義、「レプレゼンタティヴ・デモクラシー」、其ノ主義ニ徹シマシテ、國王ト國會カラ成ル「パーリァメント」ガ法律的ニ萬能、所謂憲法的規定ハ、普通ノ一片ノ法律デ以テ廢止シ得ルト云フコトニナツテ居ルノニ對シマシテ、我ガ憲法草案ニ於キマシテハ更ニ直接民主主義的ナ、「スヰス」ノヤウナ「ダイレクト・デモクラティック」ナ要素ヲ採入レマシテ、從ツテ法律的主權ト云フモノノ考ヘ方デ改正案ト云フモノヲ眺メマスト憲法改正ハ國會ガ發議シテ、國民投票デ之ヲ決定シテ、天皇ノ公布ト云フモノニ依ツテ、效力ヲ生ズルト云フコトデアリマスカラ、國會ト國民ト天皇トノ協力ニ依ツテ憲法改正ガ成立スルコトニナル、從ツテ天皇ト國會ト選擧民トノ三者カラ成ル一體ガ、法律的主權ヲ持ツテ居ルノデアルト「イギリス」人ハ觀察スルダラウト思ヒマス、サウシタ意味デ天皇ハ法律的主權カラ排除サレテハ居ラナイ、政治的主權ノ觀點カラスレバ、天皇ト離レタ意味ノ國民ト云フモノニ最後ノ政治的決定權ト云フモノガアルノハ、是亦「イギリス」ト同ジデアリマス、サウシタ觀點カラ憲法ノ讀ミ方ヲ致シマス、ソレガ正シイト致シマスレバ今度ノ憲法ハ天皇ノ所謂大權ノ蔭ニ隠レタ軍部トカ、或ハ重臣トカサウ云フ者ノ勢力ガ一掃サレテ、サウシテ國民ヲ代表スル内閣總理大臣ガ全責任ヲ持ツテ、古イ言葉ガ許サレルナラバ、大權ヲ輔翼スル、即チ少數ノ者ガ輔翼機關デハナクシテ、國民全體ガ輔翼機關ニナツタノダ、「イギリス」ノ憲法史ノ發展ハ、結局ハ輔翼機關ノ發展史デアル、デ、是ガ少數ノ人間ガ輔翼機關トシテ成立スルカ、一般ノ國民全體ガ輔翼機關ニナルノカト云フコトハ、「イギリス」憲法史ノ發展史デアル、サウ云フ點カラ觀マスレバ今度ノ憲法ハ非常ニ「イギリス」的ニナツテ居ル、從ツテ舊憲法ト現行憲法ト改正案トヲ比較シマスレバ、非常ナル變化ガアル、即チ立憲君主制ノ方向ヘノ非常ナ變化ガアル、併シナガラ立憲君主制ト云フ面ヲ強調シテ出タノデアツテ、茲ニ本質的ナ變化ト云フモノハナイ、斯ウ云フ風ニ恐ラクハ「イギリス」、「アメリカ」ノ法律家ハ考ヘルダラウト思ヒマス、ソコデ、其ノ問題ニ關聯致シマシテ、私ハ政府ニ對シテ二ツノ質問ヲシタイト思フノデアリマス、第一ハ國際法上、元首即チ「ヘッド・オブ・ステーツ・ディクテーター」トシテ一種ノ特權ト云フモノガ認メラレテ居リマス、サウシテ、或國ノ元首ト云フモノガ何人デアルカト云フコトハ、其ノ國ノ國内法ニ依ツテ決定スベキコトニナツテ居ル、ソコデ改正案ニ依レバ、日本ノ元首ハ天皇デアルト私ハ解釋スルガ、政府ノ所見ハドウデアリマスカ、ソレガ第一ノ質問デアリマス、第二點ハ現行憲法ト改正憲法トノ關係ニ付キマシテ色々議論ガ闘ハサレ、第七十三條ヲ中心トシ、又革命ガアツタノカナカツタノカ、主權在君、在民ノ問題ヲ中心トシテ色々有益ナル議論ガ闘ハサレタノデアリマスガ、私ノ疑問トスル所ハ、政府ニ御尋ネシタイト思フ點ハ、此ノ現行憲法ト此ノ改正サルベキ憲法トノ間ニハ法的關聯性ト云フモノガアルト私ハ思フノデアリマスガ、又此ノ憲法ニ依ツテ何等ノ革命ト云フモノガ起ツテ居ラナイノダト解釋スルノデアリマスガ、此ノ點ハ革命ガソコニアツタノダト云フコトニシマスレバ、國際的ニ眺メマスルト、現行憲法ノ下ニ於ケル日本政府ト改正憲法ノ下ニ於ケル日本政府トノ間ニハ「アイデンテーテー」ガナイ、同一性ガナイ、實際上ハ起ラヌト思ヒマスガ、理論上ハ國際法的ニ日本政府ヲ政府トシテ承認スルカドウカ、斯ウ云フ問題ガ國際法上惹起サレルノデアリマス、又「ソ」聯ガ甞ツテ採ツタ見解、即チ革命政府ハ舊政府ノ負ウタ義務ト云フモノヲ承繼スル必要ハナイ、ソレ等ハ他人ノ間ニ行ハレタル契約デアツテ、新政府ノ關知シタコトデハナイ、斯ウ云フ一ツノ議論ガ將來生ミ出サレル危險ガナイトシナイ、從ツテ此ノ舊憲法ト新憲法トノ繼續性、舊政府ト新政府トノ間ノ同一性ノ問題ト云フモノハ國際的ニ見テモ非常ナ重要性ヲ持ツ問題デアリマシテ、私ハ繼續性アリ同一性ヲ失ハナイノダ、斯ウ云フ風ニ解釋致スノデアリマスガ、政府ノ御所見ハドウデアルカ、此ノ二ツノ點ヲ中心トシテ質問ヲ致シタイト思フノデアリマス、其ノ質問ノ背後ニハ今迄申上ゲタヤウナ憲法解釋ト云フモノガアツテ、私ハサウ云フ風ニ見テ居ルノデアリマスケレドモ、理論ハ或ハ御違ヒニナルカモ知レマセヌガ、結論ニ於テハドウ云フ風ニ御考ニナルカト云フコトハ非常ニ重要ナ點デアルト思ヒマスルカラ、重ネ重ネデハアリマセウガ、此ノ點ニ付テ御尋ネ致シタイト思ヒマス（拍手）
○國務大臣（金森徳次郎君）　只今高柳委員ヨリ「イギリス」其ノ他ノ各種ノ法制ノ考ヘ方ヲ御示シニナツテ、結局日本ノ此ノ改正憲法案ニ於キマシテ、天皇ハ國際關係ニ於テ國際法上ノ特權ヲ有セラルル範圍ニ於テ元首ト見テ居ルカドウカト云フ御尋デアリマシタ、此ノコトハ元首ト云フ言葉ハ此ノ改正憲法案ハ特ニ避ケテ用ヒテ居リマスル關係モアリ、又ソレニ關シマシテ衆議院ニ於テ私ガ説明ヲ致シマスル時モ、矢張リ元首ト云フ言葉ヲ用ヒザルヤウニシテ來テ居リマスル關係モアリマシテ、實ハ言葉ヲ注意深ク使用シテ御答ヲ申上ゲナケレバナラヌ立場ニアルノデアリマス、結論ニ於キマシテハ、今御示シノ範圍内ニ於テハ大體ニ於テ元首ト認ムルコトガ正常デアラウト思ツテ居リマス、併シナガラ其ノ考ヘ方ノ道程ニ於キマシテ、此ノ憲法ハ明カニ文字ノ上ニ於テ元首ト云フ言葉ヲ避ケマシテ、國ノ象徴、又ハ國民統合ノ象徴デアルト云フ言葉ヲ用ヒマシタ、其ノ理由ハ主タル點ハ、元首ト云フ言葉ノ意味ガ法律的ニ見マシテ可ナリ明瞭性ヲ缺イテ居ル、或意味ニ於ケル國ノ主權者ト考フベキカ、或ハ行政上ノ主タル代表者ト考フベキカ、斯ウ云フ點ニ於テ疑義ガアリマスト同時ニ、或考ヘ方ニ依リマスルト、元首ト云フ言葉ガ自ラ包括的ニ國ノ權能ヲ行使スルガ如キ言葉ノ上ノ味合ヲ持ツテ居ルノデアリマス、日本ノ多クノ場合ニ元首ト言ヘバ、其ノ元首ハ國ノ続治權ノ總攬者デアル、佐々木博士ガ先日御話ニナリマシタヤウニ、現實ニハ權能ヲ持タナクテモ一切ノ權能ヲ持チ得ル根本ノ立場ニアル、斯ウ云フヤウナ解釋ヲ伴フノデアリマスルシ、又言葉自身カラ申シマシテモ、例ヘバ此ノ元ト云フ字ノ意味ハ色々世間デハ聽イテハ居リマスルケレドモ、結局頭ト云フヤウナ意味デアリマシテ、或一ツノ國家學的カラ漸次展開シテ來テ居リマシタ例ヘタ言葉デアリマス、サウ云フ言葉ヲ避ケマシテ象徴ト云フ言葉ニ致シマシタノデアリマスルガ、少クトモ其ノ間ニ於キマシテ私ノ考ヘマシタ意味ノ大キナ差ハ、象徴ト云フ言葉ハ謂ハバ受動的ト申シマスカ、靜止的ト申シマスカ、外カラ見レバ茲ニ國ヲ直感的ニ認メ得ルノデアリ、又國民統合ヲ直感的ニ認メ得ルノデアル、之ガ法ノ上ニ於テ認定セラレテ居ル所デアリマス、斯ウ云フ意味デアルノデアリマシテ、廣ク言ヘバ元首ト云フ言葉ノ持ツテ居ル意味ト、象徴ト云フ言葉ノ持ツテ居ル意味トノ間ニハ差ガアルコトハ勿論デアラウト考ヘマス、此ノ象徴ノ場合ニ於キマシテハ、憲法ノ六條、七條等ニ依ツテ明カデアルガ如ク、積極的ニ此ノ憲法ハ認メマシタ國事ニ關スル權能ノミガ天皇ニ、國事トシテ兎ニ角此ノ憲法ニ規定シテアル權能ノミガ天皇ノ御權能ニナル、斯ウ云フ建前デアリマシテ、其ノ點ニ於テ必ズシモ全般的ニ國ノ行政ノ代表者デアル、斯ウ云フ原理ハ採ツテ居リマセヌ、併シ繰返シ申上ゲマスルヤウニ靜止的ナル意味ニ於キマシテハ、天皇ヲ見レバ國ガ見エル斯ウ云フ法律上ノ建前デアリマス、サウツテ第七條ノ、殊ニ最後ノ號ニ書イテアリマスルヤウニ儀禮ニ關スル問題ニ於キマシテハ天皇ガ全幅ノ權能ヲ御持チニナツテ居ル譯デアリマス、此ノ儀禮的ナル權能ヲ全幅ニ御持チニナリ、又象徴デアルト云フコトト組合ハセテ見マシテ、國際關係ニ於ケル此ノ一般ノ意味ニ於キマシテノ元首ノ扱ヒ方ニ於キマシテハ、天皇ハ明ニソレト同ジ取扱ヲ受ケラレベキモノデアルト信ジテ居ル次第デアリマス、第二ニ御尋ニナリマシタノハ、現行憲法ト改正憲法トノ間ニハ法的關聯性ガアリト認ムルカドウ思フカ、斯ウ云フ御尋デアリマシタ、是ハ之ニ似タヤウナ方面ニ於ケル御答辯ハ今迄申上ゲテ置キマシタケレドモ、正確ニソレニ該當スル御答辯ハマダ申上ゲテ居ナイト記憶シテ居リマスルガ、佐々木博士モ今朝モ御指摘ニナリマシタヤウニ「ポツダム」宣言ガ日本ノ基本秩序ニ齎シマスル意義ニ付キマシテハ色々ノ解釋ガ世上ニ行ハレテ居ルコトハ私共能ク了知シテ居リマス、併シナガラ政府ノ執ツテ居リマスル考ヘ方ハ「ポツダム」宣言ハ我々ニ或國家組職上ノ變更ヲ爲スベキ義務ヲ負ハセテ居ルノデアル、其ノ「ポツダム」宣言ノ内容ガ直チニ我ガ國ノ法律秩序ニ變動ヲ及シテ居ルモノデハナイ、斯ウ云フ原理ヲ堅持シテ居リマス、ソレハ決シテ無理ナ解釋デハナイ、當然ノ道行キデアリ、又今迄ノ此ノヤリ方ニ付テ一般ニ廣ク承認サレテ居ル所ト考ヘテ居リマス、ソコデ既ニ左樣ニ前提ヲ執リマスル限リ、日本ハ憲法第七十三條ニ依ツテ現行憲法ヲ改正スルコトハ爲シ得ルコトデアリ、國法上一點ノ疑惑モナイコトデアル斯樣ニ考ヘテ居リマス、サウシテ又今回ノ如キ全文改正ヲ致シマスルコトニ付キマシテハ、是亦能否ノ疑惑ハ世上ニナイコトハアリマセヌケレドモ、是ハ過日ノ何カノ機會デ申上ゲマシタヤウニ、憲法第七十三條ハ全面的ニ現行憲法ヲ改正スルコトヲ許シテ居ルモノト考ヘテ居リマス、斯樣ニ解サレナイ限リハ七十三條ヲ設ケラレマシタ根本的意義ハ理解出來マセヌ、偶々ソレ等ノ言葉、或ハ憲法條理ノ言葉ハ或範圍ノ見透シノ下ニ出來テ、言葉ハ狹イカモ知レマセヌケレドモ、徹底シテ解スレバ私ノ申シマシタヤウナ解釋ニナラザルヲ得ナイ、既ニ現行七十三條ガ改正ヲ許シ、而モ改正ガ全文的デアルト云フナラバ、其ノ手續ニ從ツテ今回ノ改正案ガ漸次改正ノ道程ニ置カレタト云フコトニハ何等ノ不思議ハナイト思ツテ居リマス、此ノ間ニ於キマシテ國家其ノモノガ運命ヲ改メタト云フコトモ何モ先ニ申シマシタ通リ絶對ニゴザイマセヌ、此ノ憲法改正ガ動イテ行ク途中ニ於テ、國家ノ同一性ガ失ハレルト云フコトニ付キマシテハ私共ノ立場カラ行ケバ、寸豪ノ疑惑モナイ、斯ウ考ヘテ居リマス、唯考ヘマスルコトハ又一派ノ議論ニアリマスルヤウニ、現在ノ憲法ト改正案ニ依ツテ出來ル所ノ憲法ト云フモノハ、本質的ニ非常ナ差ガアルノデハナイカ、即チ國家ノ根本ノ力ノ所在ガ變ハルノデハナイカ、我々ガ既ニ過去ニ於テ動カスベカラザル又動カスコトヲ得ザル原理ト考ヘテ居ツタ其ノ原理ガヒツクリカヘルノデハナイカトスレバ國家ハ茲ニ同一性ヲ失フノデアリマス、斯樣ナコト或場合ニハ七十三條デハ出來ナイト云フ疑惑モ起リマセウシ、假ニ七十三條デヤツタトシテモ國家ガ茲ニ運命ヲ新タニシテ全然別個ノ國トナツテ國内法的ニ變ハルコトハ勿論、更ニ國際關係ニ於キマシテモ別個ノ國トナルコト、又ソレヲ主張シ得ルコト、嘗ツテ今高柳博士ガ御指摘ニナリマシタヤウニ舊「ロシア」國ガ「ソヴィエト」ニナツタ其ノ間ノ姿ト同ジヤウナコトニナルノデハナイカ、斯ウ云フ疑問ハ確カニ一ツ考ヘナケレバナラヌ通リ抜ケナケレバナラヌ所ノ段階デアラウト思ツテ居ルノデアリマス、私ハ嘗ツテモ申シマシタヤウニ、日本ノ國家ハ其ノ根本ニ於キマシテハ過去ニ於テモ現在ニ於テモ又此ノ改正案ノ中ニ於キマシテモ、本質ニ於テ異ナル所ハナイ、斯ウ云フコトヲ繰返シテ申上ゲテ居リマス、從ツテ本質既ニ異ナル所ナシトスレバ、此ノ國法ニ依ツテ憲法ニ許サレテ行ク改正手續ニ依ツテ出來タ所ノ新タナル憲法ガ適法ナル法ノ繋リニ依ツテ出來テ來ルノデアリマシテ、何ノ怪シム所ハナイ、依然トシテ國家ノ一貫性、國法ノ繼續性ト云フモノハ貫カレテ居ルト考ヘルノデアリマス、其ノ考ヘ方ノ根本ニ於キマシテハ昨日、其ノ前ニモ申上ゲテ居リマスヤウニ、日本國家ノ根本的性格ハ何デアルカト言ヘバ、ソレハ天皇ヲ中心トシテ考ヘテ居ル國民ノ心意ノ姿ヲ基礎トシテ出來テ居ル一ツノ集團デアル、斯ウ云フ所ニ根柢ヲ置イテ居リマス、若シモ其ノ根本ノ原理ヲ現行憲法ノ第一條及ビ第四條ニ置キマスナラバ、色々ノ議論モアリ得マセウケレドモ、動モスレバ反對ノ結論ヲ誘導スルコトヲ免レ得ナイデナカラウカト私ハ思ツテ居リマス、ソコデ我々ノ前提カラ行ケバ法モ國家モ共ニ繼續性ハ一貫シテ居リマス、今御尋ニナリマシタ範圍ニ於キマシテハ結論ニ於テ御意見ハ同ジデアル斯ウ云フコトニ解釋致シマス
○高柳賢三君　只今ノ御説明デハツキリ政府ノ見解ヲ知ルコトガ出來マシテ有難ウゴザイマス、次ニハ基本的人權ノ問題ニ付キマシテ二ツノ御尋ヲ御質シシタイト思ヒマス、基本人權ニ付キマシテハ本會議ニ於テ若干ノ質間ヲシタノデアリマス、其ノ際ノ政府ノ御答辯ハ必ズシモ十分ニ納得シ得ルモノデハナカツタノデアリマスガ、ソレ等ハ更ニ逐條議ノ際ニ讓リマシテ、茲ニハ別個ノ觀點カラ極ク總論的ナ問題ヲ御伺ヒシタイト思ヒマス、第一ノ點ハ基本人權ニ關スル憲法改正ハ有效デアルカドウカ、此ノ點デアリマス、本改正案第十條ニハ「この憲法が國民に保障する基本的人權は、侵すことのできない永久の權利として、現在及び將來の國民に與へられる」トアリマス、即チ基本的人權ハ侵スコトノ出來ナイ永久ノ權利トシテ表現サレテ居ル、然ルニ改正案第九十二條ノ手續、即チ國民投票ニ依ツテ此ノ基本的、人權ヲ廢止シ得ルヤウニ見エルノデアリマス、サウ云フ憲法改正ガ假ニ行ハレタトシタナラバ、其ノ改正ハ有效カ無效カ、若シ無效デアルトスルナラバ、最高裁判所ヲシテ之ヲ審議決定セシメル必要ハナイカ、若シ有效デアルナラバ、永久ノ權利ト云フノハ所謂憲法上ノ「リトリック」ニ過ギナイデハナイカ、改正案デハ最高裁判所ニ憲法改正其ノモノノ有效性ト云フモノヲ審査スル權限ヲ與ヘテ居ナイカラ、永久ノ權利ト云フモノハ是ハ憲法改正ニ依ツテ廢止サレルノデ、唯永久ト云フノハ其ノ重ンズベキコトヲ永久ト云フ文字デ「エンファサイズ」シタニ過ギナイ、サウ見レバ一ツニ憲法上ノ修辭的表現ニ過ギナイ、政府ハ此ノ憲法ヲ修正シテ永久ノ權利ト云フモノハ憲法改正手續ニ依ツテモ侵スベカナザルモノトスル意思アリヤ否ヤト云フ此ノ點ヲ先ヅ御伺ヒ致シマス
○國務大臣（金森徳次郎君）　今御尋ニナリマシタヤウニ基本的人權ヲ例ヘバ制限スルヤウナ改正ヲ致シマスコトハ憲法違反ニナル、從ツテ其ノ事自體ガ或ハ無效トナルヤウナコトハナイカト云フ趣旨ノ御尋デアツタ譯デアリマス、是ハ斯樣ナ憲法ノ如キ根本的ナル法ニナリマスルト、議論ガ正確ニ法ノ範圍内ニ於テ議論ヲ致シマスル場合ト、法ヨリモモツト根本ニアル所ノ前提ヲ含メテ議論ヲ致シマスル場合トニ依ツテ異ナル結果ガ得ラレルト思フノデアリマス、此ノ憲法自體ハ如何ナル根本ノ思想ヲ基本トシテ居ルカト云フコトハ、此ノ憲法自ラハ答ヘテ居リマセヌ、ソレニ對スル答ハ、又見ル人ノ心ニ依ツテ學理的ニ判斷ヲスル外ハアリマセヌケレドモ、又ソレニ付テ私ハ別ニ、憲法外ノコトデアリマスルカラシテ、論議スル意思モ持ツテ居リマセヌケレドモ、若シ之ヲ先程高柳君ガ言ハレマシタ一ツノ考ヘ方ノヤウニ、此ノ自然法ニ依ル一ツノ發露デアルト云フコトニ致シマスルト、御示シニナリマシタヤウナ憲法ヲ改正致シマスルコトハ、事ニ依ルト、此ノ法以前ニ存在シテ居リマスル所ノ自然法ニ違反スル、斯ウ云フ答ガ出來得ルモノノヤウニ思フノデアリマス、又似タヤウナ形デハアリマスルケレドモ、我々ハ此ノ法以前ニ眞理ヲ認識シテハ居ルケレドモ、ソレハ客觀的ニ固定シタルモノトシテ與ヘラレテ居ルモノデハナクテ、人間ノ心ノ中カラシテ正シキコトヲ判斷スル力ガアル、詰リ人間ノ考フル根本ノ深イ法則ニ依ツテ規律サレテ居ルノデアル、ソレガ現レテ此ノ憲法トシテ姿ヲ出シタノデアル、斯ウ云フ風ニ考ヘマスルナラバ、其ノ人間ノ根本的意識ガ如何ニ判斷ヲスルカト云フコトニ依ツテ決マルノデアリマス、若シソレガ不都合ナ、此ノ人權ノ縮小ヲシタト云フ答ヲスレバ其ノ根本ノ考ニ質シテ、ソレハ不都合デアルト云フコトニナラウト思ヒマス、サウ云フコトヲ何カ人文主義トカ何トカ云フヤウナ原理ニ依ツテ説明セラレ得ルヤウニ思ヒマスケレドモ、私ハサウ云フコトヲ知リマセヌカラ、唯常識的ニ御答ヲ申上ゲタノデアリマス、ガ併シ現實ニ我々ニ與ヘラレテ居リマスル問題ハ、憲法以前ノ色々ナ考ヘ方ヲ以テ論議セヨト云フノデハナク、此ノ憲法ソレ自身ヲ見テ答ヘヨ、詰リ憲法ノ問題トシテ答ヘヨト云フ御趣旨デアラウト考ヘマス、サウ考ヘマスレバ、憲法ヲ作ルモノハ、此ノ許サレタル形式ニ於ケル日本國民デアリマス、從ツテソレガ憲法ニ對シテ改正ヲ行ヒマスル限リ可能デアルト言ハザルヲ得マセヌ、デ遡ツテ御尋ニナリマシタヤウナ、此ノ憲法ノ中ニ、此ノ人權ハ不可變ノ眞理デアルト書イテアリマシテモ、併シソレヲ認定シ、ソレヲ變更スルノガ又主權ヲ有スル國民ノ働キデアリマスルガ故ニ、憲法違反ニナラナイデ出來ルモノト理論的ニハ考フルノデアリマス、デアリマスカラ、考ヘル段階ヲ異ニスルニ從ヒマシテ御答ハ單一ニハ出來ナイノデアリマス、單純ナル憲法論トシテハ變更可能デアル、斯ウ御答シテ宜カラウト思フ譯デアリマス、サウナリマスルト、先ニ一種ノ「リトリック」ト云フ仰セガアリマシタガ、ソレハ甘受スルノ外ハナイト思ツテ居リマス、但シ斯樣ナ説明ハ動モスルト誤解ヲ生ジ易イノデアリマシテ、斯樣ナ人權ノ規定ガ容易ニ變ヘラレル、或ハ變ヘルコトモアラウト云フヤウナ前提ヲ毫末モ含ンデ居リマセヌ、唯冷ヤカナ法律論トシテノ御答デアツタト御了承ヲ願ヒタイノデアリマス
○高柳賢三君　只今ノ政府ノ結論ハ私モサウナケレバナラナイト思ツテ居ルノデアリマス、此ノ基本的人權ト雖モ、憲法改正ニ依ツテ之ヲ變更ト云フコトハ出來ル、是ハ世界ノ通念ダラウト思ヒマス、米國ノ憲法デモ是ハサウ云フヤウニナツテ居ル、ソコデ所謂憲法上ノ「リトリック」ノ問題ト云フコトガ非常ニ大切デアル、何處迄ガ「リトリック」デアルカ、何處迄ガ抽象概念デアルカ、具體概念デアルカ、此ノ點ガ憲法改正ノ一番ノ骨子ダラウト思ヒマス、私ハ斯ウ云フ問題ヲ出シタノハ、モウ少シ重要ナ具體問題ニ觸レタ物ノ考ヘ方ト云フコトガ大切ダト云フノデ、チヨツト非常ニ揚ゲ足取リノヤウナ質問ヲシタ譯デアリマスガ趣意ハモウ少シ深イ所ニアルノデアリマス、モウ一ツノ基本人權ニ關スル問題トシテ政府ニ御伺ヒ致シタイノハ、此ノ基本人權ニ關シマシテ、社會主義的ナ見地カラ、此ノ改正案ガ規定スルヤウナ、十九世紀的ナ權利章程ヨリモ、寧ロ二十世紀的ノ進歩シタ社會主義的議會外的ト云フカ、サウ云フ見地カラ改正スベキモノデアルト云フ見解ガ衆議院ニ於キマシテモ、貴族院ニ於キマシテモ、一度ナラズ示唆サレタノデアリマス、ソコデ政府ハ是等ノ議論ト云フモノヲ御聽キニナツタ後、矢張リ原案ヲ以テ妥當トセラレルカドウカ、斯ウ云フ質問デゴザイマス、ソレニ付キマシテ一應私自身ノ其ノ點ニ關スル考ヲ申上ゲテ置イタ方ガ宜イト思ヒマスガ、私ハ本會議デ三ツノ點ヲ指摘シタノデアリマス、第一ハ、基本的人權ニ關スル改正案ノ規定ト云フモノハ、是ハ「ワイマール」憲法、其ノ他「ヨーロッパ」大陸式ノ憲法ノ之ニ該當スル規定トハ異ツテ、所謂訓示的、指導的、或ハ政治道徳的規定デアルヨリハ、寧ロ立法權ニ對スル法的制約デアル、此ノ點ガ米國憲法ノ基本人權ノ規定ト同質ノモノデアルト云フ點、此ノ點ハ屡々忘レラレル點デアリマスノデ、其ノ點ヲ指摘シタノデアリマス、第二ハ、改正案ノ内容ト云フモノハ、成文米國憲法ヨリモ、社會立法及ビ勞働立法ノ有效性ヲ保障スル規定ト云フモノガ置カレテ居ル、從ツテソレハ必ズシモ大資本ノ牙城ニハナラナイ、斯ウ云フ點ガ第二トシテ申上ゲタ、ソレカラ第三ノ點ト致シマシテ、此ノ十九世紀ノ個人權ノ保障ヨリモ、寧ロ進ンデ社會主義的ナ原理ヲ茲ニモツトハツキリト規定致シマスルト、逆ニ自由競爭的ナ經濟立法ヲ無效タラシメルト云フ結果ニ陥ル、サウシテ國際的、國内的ナ現實ノ事態ト云フモノカラハ遊離シタコトニナル、寧ロ社會主義カ資本主義カト云フ社會的ナ問題ニ付テ、自由ナ政治闘爭ト云フモノニ任ス、改正案ノ方ガ現實ニ即シテ居ル、斯ウ云フコトヲ指摘シタノデゴザイマスガ、政府ノ見解モ大體同樣ノ結論ニ達セラレテ居ルヤウニ承リマシタガ、異論モアルノデ、十分ニ原案支持ノ論據ヲ確カメテ置キタイノデアリマス、茲ニハ更ニ一言私ノ論據ト考ヘルコトヲ申上ゲテ置キタイト思ヒマス、此ノ社會主義カ資本主義カト云フ問題ハ、是ハ世界的ナ大キナ問題デゴザイマス、「ソ」聯ハ勿論、「イギリス」モ、現在ノ政府ハ社會主義的政策ニ依ツテ國内改造ヲシテ居ル、斯ウシタ形勢ノ下ニ、「ヨーロッパ」全體ト云フモノガ社會主義的ナ秩序ト云フモノノ下ニ置カレルト云フコトモ考ヘラレマス、サウシテ一般知識人ノ考ヘ方カラ申シマスト、資本主義的ナ經濟組織ト云フモノハ、其ノ中ニ内在シテ居ル自己矛盾ニ依ツテ軈テハ、或ハ平和的ニカ或ハ革命ニ依ツテカ、社會主義的ナ經濟秩序ニ移行スル運命ヲ持ツテ居ル、斯ウ云フ考ヘ方ハ「インテリ」ノ通念トシテ存在シテ居ツタノデアリマス、併シ現在デハ世界的ナ情勢ト云フモノハ、サウシタ簡單ナ方法デハ片付ケラレナイ程複雜シテ居リ、一般ニハマダ十分注意サレテ居ラナイト私ハ考ヘルノデアリマスルガ、最モ注目ニ價ヒスベキ點ハ、太平洋戰爭直前カラ、「アメリカ」ニ於ケル反「トラスト」法ト云フモノノ強化ノ現象デアリマス、強化ノ事實デアリマス、反「トラスト」法ト云フノハ十九世紀ノ終リニ出來タ法律デアリマス、其ノ後時々思ヒ出シタヤウニ之ヲ強制シテ居ツタノデアリマスルガ、世界大戰ノ直前、此ノ太平洋戰爭ノ起ル少シ前頃カラ、之ヲ非常ニ強化スルト云フコトニナツテ、其ノ係ノ役人モ十倍位ニナルト云フヤウナコトガ見ラレタノデアリマス、是ハ何ヲ意味スルカ、資本主義ト云フモノハ、是ハ獨占企業ヲ齎ス傾向ガアリ、ソレガ消費者ノ生活ト云フモノヲ壓迫スルト云フコトニナル、是ハ「アメリカ」人ハ能ク認識シテ居ル、サウシテ獨占化「トラスト」化ノ趨勢ト云フモノヲ放任シテ置ケバ、企業ヲ國營ニ移スカ、或ハ尠クモ政府ト云フモノガ強ク之ヲ統制ツテ、消費者ト云フモノヲ保護シテ行カナケレバナラナクナル、所謂「アメリカ」ハ、「パブリック・ユーティリテイー」ノ政策トシテ、サウシタ見解ガ行ハレテ居ル、併シサウシタコトハ經濟的自由競爭ト云フモノノ消失ト云フコト、自由經濟ガ統制經濟ニ依ツテ置キ換ヘラレルト云フコトヲ意味スル、併シソレダケデハナイ、ソレハ同時ニ又國家ノ政治的ナ統制ト云フモノモ必然ニ強化スルコトニナル、ソレニ依ツテ、「アメリカ」人ノ最モ尊重シテ居ル所ノ「デモクラシー」ト云フモノガ消失スル、「アメリカ」ノ政治ハ「フアッシズム」的或ハ共産主義的獨裁政治ニ變貌シテ行ク、是ハ「アメリカ」人ノ忍ビ得ザル所デアル、ソコデ資本主義ノ自然的ナ傾向デアル所ノ獨占企業ト云フモノヲ、國家ノ力ニ依ツテ「アトマイズ」シテ、細カク分ケテシマツテ、自由競爭ノ經濟的ナ「レジーム」ト云フモノヲ維持シテ、ソレニ依ツテ一般消費者ト云フモノヲ保護シ、同時ニ又政治的「デモクラシー」ト云フモノノ「レジーム」ヲ維持セムトスルノガ、此ノ「アメリカ」ノ經濟政策ノ考ヘ方デアリマス、尤モ「アメリカ」デモ戰時中ハ戰時統制ヲ餘儀ナクサレ、戰後ニ於テハドウカト云フト、此ノ考ヘ方、經濟政策、之ヲ益々強行スル傾向ニアルヤウニ見エマス、ノミナラズ、「アメリカ」ノ勢力ノ及ブ範圍、或ハ南米、或ハ東洋ニ於テモ、サウシタ經濟的ナ「レジーム」ト云フモノヲ齎ラサムト努力シテ居ル、謂ハバ修正サレタル資本主義、「シヤーマンアクト」的ナ修正サレタル資本主義ト云フモノニ依ツテ、社會化ノ波ニ對抗セムトシテ居ル、我ガ國ノ財閥解體或ハ反「トラスト」法ノ制定ト云フヤウナコトガ行ハレテ居ル氣運ハ、サウシタ國際的ナル背景ノ下ニ展開シテ居ルモノト私ハ見テ居ルノデアリマス、「アメリカ」ノ此ノ一ツノ政策ト云フモノハ、所謂反「トラスト」法政策ト云フモノハ、從來「イギリス」デモ馬鹿ニシテ、「ドイツ」デモ大分「ワイマール」憲法ノ下デ委員會ヲ開イテ研究シタケレドモ、是ハ「ドイツ」ニハ用ガナイモノダ、「アメリカ」獨得ノ一ツノ制度デアル、斯ウ云フ風ニ結論サレタ一ツノ立法デアリマス、ソレハ「アメリカ」ノ如キ豐富ナル資源裕カナル地域ノミニ行ハレ得ル一ツノ政策デアル、ソレニモ一理アル、從ツテドレ程「アメリカ」ガ日本ニ同ジ修正資本主義的ナ經濟ト云フモノヲ齎サウトシテモ、我ガ國デ企業ノ所謂「アトマイズイング」ニ依ツテ、自由競爭ト云フモノノ「レジーム」ヲ支持シ得ルガ爲ニハ、平和條約締結ノ後ノ貿易ノ増進ト云フヤウナコトニ依ツテ、我ガ中産階級ト云フモノニ或程度ノ繁榮ト云フモノガ齎サレルコトヲ前提トシテ居ルト思フ、サウデナカツタナラバ、日本ノ經濟ト云フモノハ必然的ニ、民衆ノ最小限度ノ生活ト云フモノヲ保障スル爲ニ、嫌應ナシニ強イ社會化ト云フモノガ必要トナツテ來ル、兎ニ角一面ハ社會化ヘノ強イ動キト云フモノガアリ、他方、修正資本主義ト云フモノガ強ク現在ノ世界ニ對立シテ居リマス、次ニ來ルベキ日本ノ經濟ト云フモノガ社會主義ニナルカ、修正資本主義ニナルカト云フ問題ハ、是ハサウシタ世界的ナ一ツノ情勢ニ照ラシテ、サウ容易ニ今憲法デ決定スルト云フコトハ出來ナイ、政策的ニモ之ヲ現在決定スルコトハ出來ナイ、要ハ何レノ經濟組織ト云フモノガ大局的ニ、又具體的ニ、日本人全體ノ經濟福利ト云フモノニ合致スルヤ否ヤト云フコトニ依ツテ、何レノ主義ガ日本ニ採ラルベキヤガ決定セラルベキモノデアル、抽象的ニドツチガ宜イ、ドツチガ失敗ダト云フコトハ言ヒ得ナイ問題ダト思ヒマス、サウシタ現實ノ事態ニ照ラシテ、改正案ノ採ツタ憲法ノ規定トシテハ、此ノ程度ノ規定ト云フモノガ最モ適切ダト云フ風ニ私自身ハ考ヘテ、此ノ條文ヲ讀ンデ居ツタノデアリマス、其ノ外ニモ色々理由ガゴザイマセウ、政府ガ斯ウ云フ規定ヲ置カレタ理由ト云フモノニ付テ、從來モ色々御説明ガアツタヤウデアリマスケレドモ、社會化ノ要求ト云フモノハ衆議院、貴族院ヲ通ジテ相當ニアリマシタノデ、更ニソレ等ヲ聽カレタ後ニ、政府ガドウ云フ風ニ御考ニナルカト云フコトヲ御尋シタイト思ヒマス
○國務大臣（金森徳次郎君）　憲法ノ第三章ノ中ニ盛リ込ムベキ基本權ノ範圍ヲ如何ニスルカト云フコトニ付キマシテハ、衆議院以來種種ナル御議論ガアリマシテ、或ハ各種ノ規定ヲ増加スベシ、或ハ或種ノ規定ヲ減少スベシト云フ御主張ガアツタノデアリマス、其ノ一部分ハ衆議院ニ於テ採リ入レラレテ此ノ條文ノ中ニ加ヘラレテ居リマス、政府ガ之ニ對シマシテ當初カラ考ヘマシタ骨組ハ、此ノ憲法ハ出來ルダケ實行的、實際的ノモノニシタイ、單純ナル形式ノ美ヲ圖ルトカ、理論ノ完成ヲ圖ルトカ、二重裝置、三重裝置ノ方法ニ依ツテ色々ムヅカシイ説明ヲシナケレバ、本筋ノ掴メナイヤウナ規定ヲ設ケナイヤウニスルト云フヤウナ風ノ考ヘ方ヲ基本トシタ譯デアリマス、其ノ現ハレガ此ノ第三章ニ特ニ出テ居リマシテ、衆議院ニ於テ或人ガ、此ノ第三章ノ規定ヲ見ルト非常ニ古イ十七八世紀頃ノ規定ガアルカト思ヘバ、突如トシテ近代的ノ規定ガ現ハレテ來テ之ヲ前後一貫スレバ頭ガグラグラスルト云フヤウナ批評ヲシタノデアリマス、此ノ批評ガ當レリヤ否ヤハ存ジマセヌケレドモ、此ノ憲法ノ中ニ盛リ込ンデ居リマス所ガ或一ツノ方針ヲ持ツテ居リマス爲ニ、自然左樣ナ結果ニナツタノデハナイカト存ジテ居リマス、其ノ持ツテ居ル方針ノ主ナルモノハ何デアルカト言ヘバ、是ハ觀念的ニハ基本權ノ全部ヲ保護シヨウト云フ建前デ出來テ居ルノデアリマス、政府原案ノ第十條ニ於キマシテ、國民ハ總テノ基本的人權ノ享有ヲ妨ゲラレナイト、斯ウ云フ規定ガアリマス、是ハ單ニ原則ヲ言ヒ表ハシタト云フノデナクテ、苟クモ基本的人權ト言ヒ得ベキ權利ハ國民ハ享有ヲ妨ゲラレナイト云フコトデアリマス、言ヒ換ヘマスルト、此ノ章ノ中ニ擧ゲテアリマスルノハ、寧ロ例示的デアツテ、代表的ノモノヲ列擧シタノデアツテ、之ヲ以テ全部トシテ居ルノヂヤナイト云フ趣旨デ出來テ居ルノデアリマス、是ハマヅ趣旨デアツテ、實際ノ效果ニハ大シテ影響ハナイト思ヒマスケレドモ、考ヘ方ハ今申シマシタ通リ、全部的ナル基本的人權ノ享有ヲ妨ゲラレナイト云フ大方針ヲ闡明シテ居リマス、サウシテ個々ノ點ニ於テ如何ナル基本的人權ヲ持上ゲルカト言ヘバ、ソレハ社會ニ於テ明白ニ認メラレテ居ル基本的人權デアリ、又個々ニ列擧スルコトヲ特ニ必要トスル人權ト云フコトニ限定シタ譯デアリマス、言ヒ換ヘマスレバ確實ニシテ疑ヒノナイト云フモノヲ集メテ、而モソレハ偏狹ナラズシデ出來ルダケ廣イ範圍ニ亙ツテ規定ヲシヨウトシタノデアリマス、其ノ結果ト致シマシテ、所謂十八世紀的ナ、マア謂ハバ古イ時代ニ存在シテ居リマシタ基本權ノ殆ド全部、非常ナ無價値ナモノハ除イタト思ヒマスガ、殆ド全部ガ此ノ憲法ノ中ニ網羅サレテ居リマス、併シ基本的人權ハ決シテ之ニ止マルノデハナクテ、時代ノ進展ト共ニ漸次ハツキリ認識シテ來テ居リマスル基本的人權ガ、又合セテ規定セラレテ居リマス、此ノ兩者ヲ合セ見テ酷評ヲスレバ、頭ガ苛々スルト云フ結論ニナル譯デアリマス、併シソレハサウ御批判ニナツタノガ無理デ、我々ハ新ラシキ構想ニ於ケル基本的人權ヲ必要ト感ズルト共ニ、古クカラ長イ間實驗的ニ論證セラレマシタル基本的人權ハ非常ニ貴重デアル、今日寧ロ無價値ト思ハレテ居ル其ノコト自身ガ明治憲法ノ經過ニ見マスレバ、ソレガ最モ重大ナモノデアツタト云フコトヲ論證シテ居ル譯デアリマス、ソコデ在來ノ規定ハソレデ一應説明出來ルト致シマシテ、衆議院ニ於キマシテ特ニ之ニ増加スベシト求メラレマシタモノハ、大體二ツノ系統ガアルト思ヒマス、一ツハ社會思想ノ進展ニ伴ツテ生ズル新ラシキ見地カラスル經濟的原理ヲ之ニ盛リ込マウト云フノデアリマス、一ツハ、左程迄ニモ行カナイケレドモ、何カ良ササウナモノデアルガ故ニ、是ハ一ツ憲法ノ中ニ規定シテ置イテ貰ヒタイ、個々ノ法律ノ持ツテ居ル形式的效力ヨリモ、憲法ノ中ニ書イテ置ク方ガ宜イモノガアルカラト斯ウ云フ主張カラ來テ居ルモノガ相當ニアツタト思ヒマス、例ヘバ或種ノ私法上ノ權利、其ノドレカヲ選ンデ特ニ憲法ニ書キタイ、斯ウ云フ希望ガアリマシタ、ソレハ詰リ自分等ノ平素愛用シテ居ル權利ヲ特ニ憲法ノ上ニ格別ナ地位ヲ認メヨウ、斯ウ云フノデアリマシテ、之ヲ衆議院ノ或人ハ批判シテ五重ノ塔ノテツペンニ近代的ナ避雷針ヲチヨツトクツ附ケルト云フヤウナ、不恰好ナモノニナルノダト云フ批判ヲサレマシタガ、マア其ノ意味ノ取リ樣ニモ依リマスガ、一ツノ批判デアラウト思ツテ居リマス、ソコデソレ等ノ點ヲ通リ越シマシテ、今申シマシタ社會的立法ト云ヒマスカ、新タナル經濟原理或ハ社會原理ヲ基礬ト致シマシタ所ノ、謂ハバ近代的基本權ヲ此ノ憲法ニ掲グベキヤ否ヤト云フ問題ニナツテ來マシテ、此ノ原案ニ於キマシテハ、ソレニ付テ二ツノ標準ニ從ツテ採リ人レルコトニシタノデアリマス、一ツハ、廣イ視野カラ見テ、之ヲ基本的權利トシテ大多數ガ疑フコトノナイモノト云フモノデアリマス、例ヘバ勤勞ノ權利ト云フモノヲ此ノ憲法ニ認メマシタノハ、左樣ナ思想ニ基イテ居リマス、他ノ一組ノ規定ハ、左樣ナ方向ニ於ケル權利ガ發達シツ、アルコトハ認メルケレトモ、未ダ内容ガ必ズシモ正確ニ認知セラレテハ居ナイ、ダカラ權利ノ方向ニ付テハ此ノ憲法ハ規定スルケレドモ、權利ノ内容ニ付テハ必ズシモ正確ナル結論ヲ此ノ憲法ノ上ニ作ツテ置カナイ、斯ウ云フ考ノモノガアリマシテ、ソレガ原案ノ例ヘバ二十三條アタリニ於テソレガ法律ノ指導原理、詰リ立法ヲスル時ノ指導原理又ハ國家ガ政治ヲ行フ上ノ指導原理トシテ規定シタノデアリマス、詰リ方向ダケヲ是認シテ、其ノ内容ニ付テハ自由ナル餘地ヲ殘シテ置イタノデアリマス、更ニ一歩進メテ、今日一部デハ非常ニ大事ナ權利ト認メラレテ居ルケレドモ、尚他ノ分野ニ於テハ必ズシモ十分ニ認メラレテ居ナイ、謂ハバ今後ノ政治的ナル論議或ハ主張ノ結果トシテ、段々ト眞實ガ發見サレテ行クト云フ過渡期ニアル多クノ社會的權利ガ考ヘラレルノデアリマスルガ、是等ノ一團ノ權利ハ此ノ憲法ハ觸レズニ置カウト云フ態度ヲ執ツタノデアリマス、何トナレバ、此ノ憲法ハ相當長期ニ亙ル基本的ナ實行的ナ原理トシテ制度ヲ定メテ行カウト云フノデアリマスルカラシテ、單ナル將來ノ方針ヲ色美シク描クト云フ態度ハ避ケナケレバナラヌ、更ニ又論議ノマタ熟シテ居ナイモノヲ、此ノ際俄カニ或一方ノ論議者ノ主張ヲ入レテ、憲法ノ上ニ採人レルト云フコトハ、是ハ決マラナイモノヲ決ツタトシテ此ノ憲法ガ決定スルノデアリマス、憲法ノ趣旨ニ合ハナイノミナラズ、憲法ノ有效性ヲ妨グルモノデアル、斯ウ云フ考ヲ採リマシテ、ソコデ所謂進歩的規定ト考ヘテ居リマスヤウナ規定ノ大部分ハ割愛シタノデアリマス、現在ノ政府ノ立場ニ於キマシテモ、固ヨリ其ノ方針ヲ採ツテ居リマス、デアリマスカラ私共ハ經濟原理ノ上ニ將來如何ナル思想ガ發達スルカ、社會原理ノ上ニ如何ナル方向ニ展開スルカト云フコトハ、此ノ憲法ハ廣イ眼デ見テ居リマシテ、未ダ確定セザルモノニ付テ、何レニモ援助ヲシナイノデアリマス、謂ハバソレノ基本ニナル政治的ナル論議ノ共通ノ組織ヲ茲ニ公平ニ作ツテ置ケバ、目的ハ達スルノデハナイカ、私ハ極ク淺薄ナル比喩ヲ擧ゲマシテ、將來ノ種々ナル論議ガ闘ハルベキ共通ノ安定セル土俵ヲ作ツテ置クト云フコトガ、此ノ憲法ノ建前デアルト斯ウ申シテ置キマシタガ、全ク此ノ趣旨デアリマス、ソコデ今迄申シテ居リマシタ見地ニ立ツテ衆議院ノ若干ノ修正ヲ含ミマシタ憲法第三章ヲ見マスル時、大體誤リナキ方向ニ總テノモノガ向イテ居ルノデハナカラウカト、無理ニマダ決ラナイ未熟ノモノヲ決メテ、憲法ノ權威ヲ缺イデ國民ニ強制スル、謂ハバマダ新タナル封建制度ニ類似シタルモノヲ以テ、事物ノ自由ナル發展ヲ妨ゲルト云フヤウナ結果ガ起ラナイヤウニスル爲ニハ、大體トシテハ此ノ程度ヲ以テシテ宜イノデハナカラウカト考ヘテ居リマス、殊ニ衆議院ニ於テ、稍々論議ノ強カツタ問題トシテ、此ノ中ニ財産權ノ自由ニ關スル規定ガアリマシテ、草案第二十七條デアリマスルカ、此ノ規定ガ特ニ此ノ世上ニ行ハレテ居リマス二ツノ經濟原理ニ對シテ、何等カ不公平デハナカラウカト云フ疑惑ガ、或方面カラ擧ゲラレテ居リマシテ、是ハ能ク考ヘマスル時、此ノ規定ハ雙方ニ向ツテ相當ニ公平デアツテ、此ノ規定ノ運用宜シキヲ得マスレバ、何レノ思想ノ自然的發達ヲモ妨グルコトハナイ、斯ウ云フヤウニ考ヘテ居リマス、大體ニ於キマシテ、此ノ位デ適當デアルト政府ハ考ヘテ居リマス
○高柳賢三君　私ノ質問ハ是デ打切リマス
○牧野英一君　私ハ憲法ノ全般ニ亙ツテ質疑ヲ提出スルト申シマシテモ、矢張リ私ノ專門トスル立場カラ若干ノ極ク小サイ狹イ問題ニ付テ申上ゲテ見ルダケデアリマス、併シ趣旨ト致シマスル所ハ、其ノ小サイ問題ニ於ケル大キナ意味ノ積リデアリマスノデ、結局改正案ノ全體ニ亙ル理論的ノモノトシテ御聽キ取リヲ仰ギタイ次第デアリマス、ソレ等ノ問題ノ各論的ナ細カイコトニナリマスレバ逐條審議ノ折ニ更ニ申上ゲテ御詮議ヲ仰ギタイト思ヒマス、茲デ政府ノ所見ヲ伺ヒタイト思フノハ三點デゴザイマス、第一ハ文字ノ使ヒ方、言葉ノ使ヒ方ト云フ問題デアリマスシ、第二ハ基本的人權ノ全體ノ組立ト云フコトデゴザイマスシ、第三點ハ三權分立ノ制度ニ於ケル司法權ノ獨立ト云フ點デアリマス、先ヅ第一點トシテ言葉ノ使ヒ方ト云フコトニ付テ伺ヒタイノデアリマスガ、三ツ私ハ例ヲ出シテ御詮議ヲ願ヒタイト思ヒマス、其ノ一ツハ前文ノ劈頭ニ「日本國民は」云々、「我ら」云々トアリマス、日本國民ト云フノハ第三人稱ノ單數ニナツテ居リマスルガ、ソレガ直チニ第一人稱ノ複數ニナルヤウナ關係ニナリマスノデ、文法トシテハ甚ダ如何カト愚考スル次第デアリマス、矢張リ「ウヰー・ヂヤバニース・ピープル」ト云フヤウナ譯ニナリマセウノデ、我ラ日本國民ハ日本國民我ラハトアルベキ所デゴザイマセウカ、偖テ文法ノ問題ハソレ切リト致シマシテ、日本國民我ラト云フ言葉ヲ假ニ使フト致シマシタ時ニ、我ラト云フ言葉ニ天皇ノ地位ヲ示スコトガ果シテ適切デアルカ、斯ウ云フ問題デアリマス、ソレデ我ラト云フ第一人稱ノ複數ヲ劈頭ニ掲ゲルノニハ、モウ少シソコニ形容詞ヲ付ケテ、天皇ヲ中心トスル我ラ日本國民ハ斯ウ云フ風ニ言葉ヲ御用ヒ願ツタナラバ單リ文法上ノ問題ト云フコトデナク、國民ト云フ考ガ政府ノ御所見ノヤウニハツキリスルノデハアリマスマイカ、是ハ單純ナ「リトリック」ノ問題デハナイ、矢張リ實體的ノ意味ヲ持ツコトデハナイカト思フノデアリマス、言葉ノ用ヒ方ノ第二トシテ第一條ノ象徴ト云フ言葉デゴザイマス、妙ナ論議ヲ致シマスガ、第一條ニハ象徴ト云フ言葉ガ二ツ重ツテ居リマス、是ハ「リトリック」ノ上デ如何ナモノデゴザイマセウカ、英譯ノ方ヲ見マスト「シンボル」ト云フ字ガ一字ニナツテ居リマスカラ、大變滑ラカニ讀ミ下スコトガ出來マスガ、斯ウ云フ風ニ象徴ト云フヤウナ兎角目立ツ言葉ヲ而モ二ツ重ネルト云フコトハ、文體トシテ面白クナイノデハナイカト考ヘルノデアリマス、ソコデ先ヅ象徴ト云フ言葉デゴザイマスガ、是ハ頗ル藝術的ナ香ノアル言葉デアリマスノデ、誠ニ或意味ニ於テハ結構ナ文字デアルト思ヒマスガ、若シ缺點ハト申シマスレバ、矢張リ是ハ新ラシイ飜譯語デアルト云フコトニナルノデアラウト思ヒマス、一般ノ人ニハ稍々耳遠イモノデアルト云フコトニナリマセウ、ソコデ二ツノ考ヘ方ガソコニアリ得ルカト思ヒマス、先ヅ第一ハ新ラシイ言葉デナクシテモツト古典的ナ言葉ヲ用ヒタラドウカ、例ヘバ表象ト云フ言葉ガアツテ、是ハ日本ノ古典ニ出テ居ル、聖徳太子ノ御用ヒニナツテ居ル言葉デ、正ニ「シンボル」ト云フ言葉ニ當ルノデアリマス、天皇ノ國法上、憲法上ノ地位ヲ示スノナラバ、矢張リ傳統的ニ我々ガ信ジテ居ル或モノヲ示ス爲ニ、古典的ナ文字ヲ考ヘルト云フコトガ一ツノ方法デハナイカト思フノデアリマス、ソレカト申シマシテ、又堅イ方デハ耳遠イト云フコトニナレバ象徴ト云フノモ、表象ト云フノモ同ジデアルト云フ議論ガアリマスルノデ、ソコデ極クナダラカニ、「シルシ」ト云フヤウナ言葉ヲ使フコトモ一ツノ考ヘ方デゴザイマセウ、斯ウ云フ風ニ折角世ノ中ノ人ニ能ク分ルヤウニト云フ風ニ文體ヲ御注意ニナツタノデアルナラバ、出來ルダケ「ローマ」字ニ書イテモ直グ分ルヤウナ言葉ヲ使ヒタイト云フコト、是ハ特ニ一部ノ論者ノ強ク主張スル所デアリマシテ、私モ誠ニ一理アルコトデアルト思ヒマス、外ニモ例ガゴザイマスノデ、我ガ國民的傳統ノ上ニ於ケル三種ノ神器ノ性質ヲ示スガ爲ニドウ云フ言葉ヲ使ツタラバ宜イカト云フノニ、結局「ミシルシ」ト云フ言葉デ問題ヲ解決シタ例モアリマスノデ、是ハ矢張リ「リトリック」ダケノ問題デハナイ、ソコニ天皇ノ一ツノ憲法上ノ地位ニ對スル國民的理解ト云フ大キナ思想的ノ意味ヲ持ツテ居ルモノト考ヘルノデゴザイマス、サウシテ假ニ象徴ト云フ文字ヲ御使ヒニナルニシテモ、斯樣ニ二重ニ、近イ所ニ重ネテ御用ヒニナラナイデ、例ヘバ先程、天皇ノ地位ハ結局「デイレクター」元首ト云フコトニナルノデアル、斯ウ云フ御話デアリマシテ、私モ其ノ點ニ付テハ全ク同感デアリマス、ソレデ色々ノ御都合ノ上デ元首ト云フ言葉ハ此ノ際成ルベク避ケタイト云フ御趣旨デアルナラバ、何カ中心トカ、或ハ焦點トカ、「センター」或ハ「フオーカス」ト云フヤウナ文字ヲ用ヒテ日本國民ノ中心點デアル、斯ウ云フ文字ヲ御使ヒニナル御詮議ヲ願フコトガ出來マスマイカ、茲デハ各論ヲ致スノデハゴザイマセヌカラ、ソレニ付テ政府ノハツキリシタ御答辯ヲ仰ガウトハ思ヒマセヌガ、私ノサウ申ス心持ハ單純ナ文字ノ議論ヲスル積リデハナイト云フ志ヲ一ツ御汲取ヲ願ツテ御考慮ヲ仰ギタイモノト考ヘマス、第三ノ例ヲ申上ゲマス、ソレハ第七條デゴザイマス「天皇は、内閣の助言と承認により、」ト斯ウアリマスガ、是ハ如何ニモ「アドヴァイス・エンド・アプルーヴァル」天皇ニ對シテ内閣ガ助言スルト云フ言葉ガ、天皇ノ憲法上ノ地位ニ對シテ我々ノ持ツテ居ル考ト果シテシツクリ合フモノデゴザイマセウカ、又天皇ノ行爲ニ對シテ承認スル、斯ウ云フコトガ内閣ノ地位ニ付テ言ハレマセウカ、承認ト云フ言葉ハ政府原案ニハマダ後二タ所ニ見エテ居リマス、修正案ニハ一箇所削ラレテ居ルト思ヒマスガ、國會ガ政府ニ對シテ承認スルト云フコトニナルソデゴザイマスノデ、是ハ誠ニ意味ヲ爲スノデゴザイマセウ、又現行憲法ニ於キマシテモ事後承諾ト云フ言葉ガゴザイマスノデ、承認ノ方ハ政府ト國會トノ間ニハ穩カデゴザイマセウケレドモ、ドウモ私共ノ考トシテハ「助言ト承認」ト云フ言葉ハ、何トカシテ外ノ良イ言葉ニ替ヘテ戴ク譯ニハ參リマスマイカ、ソコデ假ニ私ハ助言ノ方ニ對シテハ進言ト心得テ居リマス、天皇ハ内閣ノ進言‥‥ソコデ此ノ承認ニ對スル言葉トシテハ五ツ六ツ考ヘテ居リマスガ、色々字引ヲ引イテ見マシタガ、ドウモ適切ニ行キマセヌ、併シ假ニ私ハ領認、領承ト云フヤウナ文字ヲ使ツテ見マシタガ、其ノ外ニ尚五ツ六ツ考ヘテ見マシタ、斯ウ云フコトハ若シ御詮議ニナレバ各論ノ所デ色々御考慮ヲ仰グコトニナリマスルガ、矢張リ内閣ハ天皇ニ對シテ下カラ申上ゲル、下カラ承ルト云フ態度ノ日本語ガアリサウナモノダト思ヒマスルノデ、ドウモ「助言ト承認」ト云フヤウナ謂ハバ平等者間ニ於テ或ハ又見方ニ依レバ内閣ガ天皇ヨリモ上ニ位スルモノデアルカノ如キ疑ヲ抱クヤウナ言葉ヲ避ケルコトヲ願ヒタイ、斯ウ思フノデアリマス、是ハ又「リトリック」ノ問題ノミトシテ私ハ申上ゲル譯デハゴザイマセヌ、ソコニ天皇ノ特別ナル憲法上ノ地位ガ理解セラレルト同時ニ殊ニ此ノ進言、茲デ申シマス「助言ト承認」ト斯ウ二ツ書イテアル所ニ趣ガアルモノト思フノデアリマス、若シ天皇ノ地位ガ所謂單ニ國事ニ關スル行爲ヲ受動的ニ爲スモノデアツテ、國務ニ對シテハ何等積極的ノ意味ノナイモノデアルト云フコトナラバ、進言ダケデ宜イ、助言ダケデ宜イモノデハナイデアリマセウカ、天皇御自身ノ方カラ「イニシァティヴ」ヲ取ツテ御働キ掛ケニナルト云フコトハナイ筈デアル、又此ノ憲法デハ天皇ノ方カラ御働キ掛ケニナルコトハナカツタラシク段々御説ヲ伺ツテ居リマスガ、併シナガラ私ハ必ズシモサウデナイト思ヒマス、先ヅ此ノ若干ノ‥‥七條ニ書イテアルモノニ付テ、高柳委員カラ細カニ、非常ニ重大ナル法律上ノ意味ヲ持ツテ居ルモノデアルト云フコトノ御話ガアリマシテ、私ハ至極同感デゴザイマスルガ、ソレガ單ニ助言ノミニ依ツテ行ハレルノデナクテ、場合ニ依ツテハ承認ニ依ツテ爲サレルノデアリマス、ソコニ非常ニ大キナ意味ガアルト思ヒマスルノデ、或場合ニハ助言ヲ其ノ儘天皇ハ受入レニナル譯デゴザイマセウガ、或場合ニハ承認ノ方法ニ依ツテ、第七條ノ國事ヲ行ハセラレルト云フコトガアリ得ルコトニナルノデアリマス、偖此ノ助言及ビ承認ト云フコトハ、輔弼トドウ云フ違ヒガアルカト云フコトガ衆議院デ問題ニナツタラシイノデアリマスノデ、ソレニ付テ政府デハマア一概ニ、ドウヤラ同ジモノデアルト云フヤウナ御話デアツタト云フコトガ、御配付ニナリマシタ書類ニ見エテ居リマスルガ、私モ實ハサウダト思ヒマス、助言及ビ承認ト云フコトハ、輔弼ト同ジコトデ、特別新ラシイコトデハゴザイマセヌガ、併シ此ノ助言及ビ承認ト、斯ウ二ツニ分ケテ見タ所ニ、特別ナ意味ガ明カニナルモノデハナカラウカト思ツテ異議ヲ申上ゲルノデアリマス、ソコデソレデハ其ノ助言及ビ承認ノ、承認ノ方ガドウ云フ場合ニ於テ、特別ニ意味ヲ持ツカト云フコトニ付キ、現行憲法ト改正案トノ比較ヲ考ヘテ見タ譯デゴザイマス、結局改正案ニ於キマシテハ、天皇大權ノ範圍ガ大幅ニ縮メラレタト云フ所ニアルト云フコトデゴザイマス、ドウ云フ風ニ縮メラレタカト現行憲法ニ付テ捜シテ見マスト、先ヅ憲法上ノ大權ニ屬スルモノガ十二アルト云フコトニナリマセウ、其ノ中デ假ニ憲法第一條、第四條ガ此ノ改正案ニ殘サレタトシテ、天皇ノ大權ガ此ノ憲法改正ニ付テドウ云フコトニナツタカト云フコトヲ考ヘテ見マスト、第一ハ法律ノ裁可、是ハ憲法ノ六條、第二ハ議會ノ召集、解散、第三ハ緊急勅令、第四ハ行政命令、第五ニ任免大權、之ヲ私ハ今問題ニシタイト思ヒマス、其ノ次ニハ軍ノ統帥、編制、其ノ次ニハ宣戰、講和、其ノ次ニハ戒嚴、其ノ次ニハ榮典大權、其ノ次ニハ恩赦大權、其ノ次ニハ非常大權其ノ次ニハ財政上ノ緊急處分、斯ウ云フ風ニ十二數ヘテ見マスルト云フト、假令憲法第一條及ビ第四條ガ昔ナガラノ儘ニ殘サレテ居ルト致シマシテモ、先ヅ此ノ中ノ十一ハ矢張リ取止メニナツタノデハナカラウカト思ヒマスノデ、若シ殘サレテ居ルナラバ、先ヅ此ノ任免大權、國務大臣ハ矢張リ天皇ガ自由ニ大權ノ發動トシテ御定メニナルト云フコトニナルノガ想像シ得ベキ所デハナイカト思フノデアリマス、若シ斯樣ニ考ヘテ見マスト云フト、天皇ガ現行憲法ノ下ニ於テモ、國務大臣ノ輔弼ガナケレバ大權ノ行使ガ出來ナイト云フ十分立憲的ナ考ヘ方ノ下ニ於テ、要スルニ現行憲法ニ於ケル天皇ノ地位ト、ソレカラ此ノ改正案ニ於ケル天皇ノ地位トハ、任免大權ト云モノヲ大權ニ殘スカ、改正案ニ殘スヤウニスルカト云フ此ノ一ツシカ殘ラヌノヂヤナイカト云フ位ニ私ハ考ヘルノデアリマス、サウシテ見マスルト云フト、成ル程此ノ前々カラノ方々ノ思想的ナ大キナ議論ハ、固ヨリ十分尊敬ヲ以テ拜聽致シマスル次第デゴザイマスケレドモ、今私ガ申述ベタヤウナ、所謂註釋、解釋、訓話的ナ法律論ト云フ立場カラ申シマスレバ、任免大權ノ取扱方如何ガ違フト云フダケノコトニナルノヂヤゴザイマスマイカ、其ノ任免大權ノ取扱如何ト云フコトハ、果シテ或ハ國體ガ根本的ニ變ツタトカ、或ハ革命ガドウデアルトカ云フヤウナコトニナルモノカドウカサウシテ此ノ助言及ビ承認ト云フノモ、輔弼ト云フノモ、其ノ實體ニ於テハ同ジデアリ、而モ輔弼ヲ俟ツ、内閣ノ承認ヲ經ナケレバナラヌケレドモ、トアル所ハ、其處ニ一ツノ或モノヲ認メルノデ、其處ニ尊イ或モノガ見受ケラレルノデハアリマスマイカ、何處迄モ天皇ハ立憲的ニ行動サレナケレバナラヌノデアルケレドモ、併シナガラ天皇自身ハ單純ナ受動的ナ立場ニアルモノデハナイ、斯ウ云フコトガ言ハレマスノデ、從ツテ其ノ趣旨ヲ明カニスル爲ニ、私ハ助言及ビ承認ト云フ言葉ヲ避ケテ、矢張リ内閣ハ下ヨリ上ニ向ツテ、モノヲ申スト云フ言葉ニ變ヘテ欲シイト思フノデアリマス、私ノ議論ハ、甚ダ法律家ラシイ、サウ云フ立場ハ往々ニシテ輕蔑ヲ受ケル所デアリマスルシ、私自身民法、刑法ニ於ケル斯樣ナ文字ニ拘泥シタ立場ニハ從來興味ヲ持タナイ一人デゴザイマスルケレドモ、併シナガラ此ノ「リトリック」ト云フ中ニ一種ノ實體的ナ意味ヲ見出スコトガ出來マスルノデ、チヨツトシタモノノ言ヒ方デ、要スルニ結論ハ同ジデモ、先程カラ伺ツテ居リマスト、高柳教授ト金森國務相トノ間ニハ餘程言葉遣ヒニ御用心爲スツテ、綺麗ナ言葉デ、サウシテ論理的ニ御述ニナル所ニ私ハ多大ノ味ヒヲ感ジマシタ次第デゴザイマスルノデ、サウ云フ心持ガ矢張リ憲法ノ上ニ用意サレテ欲シイト思ヒマスルシ、ソレガ自ラ天皇ノ憲法上ノ地位ト云フコトニ大キナ意味ヲ持ツノデアルト云フコトヲ考ヘテ、斯樣ナ誠ニ御恥シイヤウナ議論デゴザイマスルケレドモ、其ノ一角カラ私モ私ノ立場ニ於ケル國體論ヲ申上ゲテ見タイト思フ次第デアリマス、第二ト致シマシテハ、基本權ニ關スルコトデゴザイマスルガ、序ニ私ハ基本權迄ヤツテシマヒマセウ、時間ガ迫リマシタカラ、基本權ニ關スルコトハ高柳教授ヨリ細々ト御話ニナリマシタノデ、私ハ此處デ繰返ス積リハゴザイマセヌ、私モ此ノ資本主義カ、或ハ社會主義カト云フヤウナコトニ徹底的ニ憲法ガ立場ヲ明カニスルト云フコトハ好マナイノデアリマス、矢張リ將來ノ思想ノ自由ナル競爭ノ爲ニ土俵ガ築カレテ居ルコト、金森國務相ト同ジヤウナ希望ヲ特ツノデアリマス、併シナガラ兎モ角物事ガ變リツ、アルノデアリマス、之ニ對シテ金森國務相ニ本會議デ伺ヲ立テマシタ、私ノ言葉ヲ用ヒマスレバ、二十世紀ノ憲法ニハ十九世紀ノ憲法デハ想像出來ナカツタ所ノ民法、刑法ノ原則ガアル、其ノ意味ニ於テ憲法ハ單純ナル公法デハナイノデアリマス、サウ云フコトヲ申上ゲタ時ニ、金森國務相ガ、何レ憲法ハ國家ノ基本法デアルカラ、民法、刑法ニ付テノ原則ガアルノモ當然ダ、斯ウ云フ御答ガアリマシタ、是ハ十分私ノ申上ゲタコトニ對シテ御好意ヲ御持チニナツテノ御答デアツタコトト存ジマスルケレドモ、心持ト云フ點カラ言ヘバ、金森國務相ニモウ一歩御進ミヲ願ヒタカツタノデアリマス、從來ノ憲法ニ對シテ二十世紀ノ新ラシイ憲法ガ持ツテ居ル所ハ、民法刑法ニ關スルコトガ特ニ鮮カニ浮ビ出テ居ルト云フ所ニ特色ガアリマスルノデ、其處ニ世界的ナ思想今後ドウナルカ分ラヌト云フヤウナモノデハナイ、動カスベカラザル思想ノ流レト云フモノガアルト云フコトヲ我々ガ認メ取ラナケレバナラナイノデハアリマスマイカ、サウ云フ點カラ申シマスレバ一方ニ於テ法律的ニ將來ノ立法ガ侵スコトノ出來ナイ所ノ基本的人權ヲ決メテ居ル消極的ナ規定ヲ設ケテ置クト云フコトノ外ニ、矢張リ積極的ニ將來國家ガ進ムベキ理想ヲ示スベキ訓示的規定ガアツテ然ルベキト思フノデアリマス、言ヒ換ヘテ見マスト憲法ハ單ニ國民ノ自由ヲ解放スル、「エマンシペイト」スルモノデアツテハナリマセヌ、今日ハ更ニ自由ヲ擴充スルト云フコトヲ考ヘネバナリマセヌ、其ノ立場カラ單リ民法、刑法ノソレゾレノ法律ノ將來ニ於ケル發達ヲ俟ツ外ニ、固ヨリ細カイ點デハナイ、大マカニ、併シナガラ動カスベカラザル世界ノ趨勢ニ對シテ日本モ亦分前ヲ取ツテ居ルト云フダケノコトヲ示スト云フコトヲ明カニシテ戴キタイト思ツタ次第デアリマス、ソレニ付テ此ノ憲法改正案ハ必ズシモ力ヲ盡シテ居ナイ譯デハナイコトハ如何ニモ國務相ノ御話ノ通リデアリマスルガ、衆議院デモ既ニ御話ガアリ、又貴族院デモ我々ガ述ベマシタ通リ、全體トシテ積極性ノ方ニ形式ガ少クトモ十分デナイヤウニ思ヒマスルノデス、サウ云フ所カラ、ソレヲモウ一度、是ハ各論ニナリマスルカラ詳シクハ申上ゲマセヌケレドモ、一ツ御考ヲ願フト云フ譯ニハ行キマスマイカ、ソコデ一ツノ例ヲ申上ゲマス、今日ハ司法大臣ガ御見エニナツテ居リマセヌシ、司法大臣、厚生大臣等ニ御伺ヒ致シタイ譯ニモナルノデアリマスルガ、其ノ細カイコトハ何レ各論ニ讓リマシテ、例ヘバ所有權ニハ義務ヲ伴フト云フコトヲ本會議デモ申シマシタガ、其ノ義務ニハ三種ノモノガアリマス、第一ハ、濫用シテハナラナイト云フ義務デアリ、第二ハ、ソレヲ公共ノ福祉ノ爲ニ行使シナケレバナラヌト云フ積極的ノ義務デアリマスガ、第三ニハ、忍容ノ義務、「忍ビ容レル」義務デアリマシテ、國家ガ公益上制限其ノ他ノ處置ヲスル場合ニ於テソレヲ承認シナケレバナラヌ義務デアリマスルガ、是ハ第十一條ノ公共ノ福祉ト云フコトト關聯シテ、所有權ガ將來ドウ云フ性質ノモノデアルカト云フコトト大キナ關係ヲ持ツモノデアラウト思ヒマス、ソレニ對シテ此ノ憲法ノ規定ハ單ニ公共ノ福祉ノ爲ニ用ヒルト云フ字句ガ書イテアリマスノデ、用ヒルト云フコトダケデハ如何デゴザイマセウト申述ベマシタ、サウシテ其ノ例トシテ農地調整法ノ運命ニ付テ、又特殊會社整理委員會ノ將來ノ行動ニ付テ餘程御考ニナラネバナラヌ、經濟民主主義ト云フコトヲ是等ノ法令ニ依ツテ段々發展セシメテ行カナケレバナラヌト云フ大キナ問題ニ付テ此ノ憲法ノ規定スル所ハ不十分デハアリマスマイカト言ヒマシタガ、司法大臣ハ大丈夫ダト云フ御返辭ガアリマシタ、私ニ對シテハ御返辭ガアリマセヌデシタガ、井川忠雄君ガ重ネテ質問サレタ時ニ大丈夫ダト言ハレマシタガ、是ハ討論致シマセヌガドウゾモウ一度用ヒルト云フ言葉ニ依ツテ農地調製法ガ何等ノ影響ヲ受ケナイカドウカト云フコトハドウゾ當局ノ御考直シヲ願ヒタイト思ヒマス、サウ云フヤウナ小サナ例ニナリマスルガ、例ヘバ企業ノソレ自體ノ原則ト云フヤウナコトニ致シマシテモ、其ノ適用ト致シマシテ株主總會ガ最高權ヲ持ツト云フ商法ノ規定ハ何トカ考慮ヲ願ハネバナラヌト申シマシタ所ガ司法大臣ハソレニハ誠ニ有難イ御返辭ヲ戴キマシタ、併シナガラソレバカリデハゴザイマセヌ、企業ソレ自體ノ原則ト云フコトニナリマスルト云フト、私ハ勤勞階級ガ企業ニ對シテドウ云フ義務ヲ持ツカト云フコトヲ問題ニシタイノデアリマス、今民主主義ト云フ考ニ依ツテ若シ私ニ誤解ガアレバ誠ニ申譯ナイ次第ニナリマスルガ、企業ソレ自體ハドウナツテモ俺ノ月給ダケハ上ゲテ呉レト云フヤウナ叫ビニナル虞ガナイデアリマセウカ、企業ソレ自體ノ原則ニ付テハ資本家ノ方デモ餘程讓歩シテ貫ハナケレバナリマセヌガ、勤勞階級ニ付テモ此ノ際勤勞階級ノ義務ト云フモノヲ考ヘテ貰ハネバラヌコトト思フノデアリマスガ、サウ云フヤウナ事柄ニ付テ一ツモウ少シ御考慮ヲ仰グト云フ餘地ハナイモノデゴザイマセウカ、ソレニ關聯シテ所有權ガ第一、企業ガ第二、第三ト致シマシテ、中流階級ノ保護ト云フコトヲ本會議デ申述ベマシタガ、之ニ付テハ大臣ドナタカラモ御返辭ガゴザイマセヌデシタ、併シナガラ此ノ中流階級ガ段々亡ビル傾向ニアリマス、ドウナリマセウカ、高柳教授ガ今御話ニナリマシタ通リ「アンチ・トラスト・ロー」トカ色々ナ批評ガアリマスニ付テモ、ソコニ中流階級ノ保護ト云フ關係ニ於テモ非常ニ大キナ社會問題デアリマス、ソレハ第一ニハ税法ノ問題デアリマス、財産税ト云フモノハドウ云フ風ニナルモノデゴザイマセウカ、兎ニ角財産税ノ制度ノ爲ニ健全ナル中流階級、商工業者ガ亡ビルト云フコトニナルナラバ、是ハ相當ニ御考ヲ願ハネバナラヌ問題デアラウト思ヒマス、「ワイマール」憲法ハ中流階級ト云フモノヲ或程度規定シテ居リマスガ、之ヲ一ツ御考ヲ願ヒタイ、又參議院ノ制度ト云フモノニモドウ云フ技術ヲ以テソレヲ加ヘルカト云フコトハ問題デアリマセウケレドモ、中流階級ノ分子ト云フモノヲ職能代表ノ外ニ中流階級ニ依ル所ノ健全ナル訓練サレタル常識ガソコニ反映スルト云フコトヲ考ヘテ戴クコトハ出來ナイモノデゴザイマセウカ、又更ニ下ツテ司法權ノ運用トシテノ或ハ陪審或ハ調停ノ如キニ於テハドウシテモ中流階級ノ健全ナル常識ガ總テノ仕事ヲシナケレバナラヌ形ニナリマスノデ、中流階級政策ニ付テモ我ガ憲法ハ無關心デナイト云フ位ナ所ヲ一ツ頭ヲ出シテ置クト云フコトガ如何ガナモノデゴザイマセウカト御相談ヲ申上ゲル趣旨デアリマス、第四ノ例ト申シマシテ、勤勞ノ權利及ビ義務デアリマスルガ、之ニ付テハ厚生大臣ガ、イヤ決シテ勤勞ノ權利及ビ義務ト云フノハ牧野ノ申述ベタヤウナ特別ノ理由ハナイ、勤勞スル所ノ自由ガアルガ故ニ義務ガアルト云フダケノ御話デアリマシタケレドモ、私ハ勤勞ニ對シテハ我々ノ學問上飜譯語トシテ用ヒテ居リマス勞働權ト云フノガ矢張リ盛ラレテ欲シイト思ヒマスシ、ソレガ明カデナイト、自ラソレガ解釋上ドウシテモサウ云フコトニナルモノデナカラウカト思ヒマス、現ニ此ノ勤勞ニ關スル權利ト義務ト分ケテ、段々其ノ趣旨ノ規定ヲ設ケテ居ルノデアリマス、是ガ爲ニ私ハ勤勞ノ權利ト云フコトノミヲ申上ゲル積リハナイノデアリマス、勤勞ノ義務ト云フ所ニ重キガアル、將來勞働者ト云フモノハ其ノ勤勞ヲ以テ矢張リ公共ノ福祉ニ貢献シナケレバナリマセヌ、是ハ單ニ勤勞ハ同時ニ義務デアルト云フヤウナコトデ、丁度兵役ハ權利ニシテ義務デアルヤウニ、是カラ勤勞ハ權利ニシテ義務デアル、國家ノ必要ニ應ジテハ、俺ハサウ云フ勤勞ハ厭ダカラシナイト云フヤウナ自由ヲ主張スルコトノ許サレナイ場合モ將來出テ來ナイトモ限リマスマイ、ト云フヤウナコトモ段々考ヘテ戴キタイト思フノデアリマス、サウ云フ所カラ初メテ勞働關係調整法ト云フヤウナモノノ意味モ分リマスルノデ、勞働者ニ於テハ勤勞ノ義務ト云フモノヲ考ヘテ徒ラニ爭ヒヲコトトスベキデナイト云フコトニナル、同時ニ勞働權ノ保讙トシテ勞働基準法ト云フモノガ又近ク議會ニ提出サレネバナラヌト云フコトニナル譯デアリマス、是ハ既ニ明文ニナツテ居ルコトデアリマスルカラ、私ハ厚生大臣トハ解釋ヲ異ニ致シマスケレドモ、私ノ解釋スル所ニ依ルト、アレハ結構ナ衆議院ノ修正デアツタト、斯ウ云フ風ニ考ヘル次第デゴザイマス、サウ云フヤウナ所カラ尚若干ノ例ヲ申シマスレバ、五番目デアリマスルガ、家ト云フヤウナ我々ノ持ツテ居ル考ヘ方ニモ、ドウモ少シ御考ヲ願フ途ハナイカ、此ノ改正案ノ規定ニ依リマスト云フト夫婦ノ規定ノ中ニ家族ノ規定ハ別ニ法律デ定メルト云フコトニナツテ居リマシテ、「ファミリー」ト云フモノハ婚姻ノ從屬的ノモノノヤウニ規定シテアリマスルケレドモ、ドウカ是ハ親子ト夫婦トヲ少クトモ本質的平等ナ地位ニイテ考ヘタイト、斯ウ私ハ思ヒマスノデ、徒ラニ此ノ憲法ノ規定ガ誤解ヲ招クヤウナコトノナイヤウニシタイモノダト思ヒマス、サウ云フ所カラ此ノ訓示規定トシテ尚色々私ノ多年唱ヘテ居リマスル子寶國有論ト云フヤウナモノ、是ハ諸國ノ憲法ニモ明文ガゴザイマスノデ、母子保護法、母性保護法ト云フヤウナ形デ以テ國家ガ此ノ問題ニ付テ自由競爭ニ事ヲ委ネナイト云フコトヲ示シテ居ルノデゴザイマスシ、其ノ他兒童ノ酷使ト云フコトダケハ規定ニナツテ居リマスガ、例ヘバ不當ニ待遇セラレ、或ハ道徳的ニ遺棄セラレタル子供ニ對シテ適當ニ處置スルト云フコトガ比較法ニハ考ヘラレテ居リマス、ソレニ付テ憲法ノ規實ハ僅カニ教育ノコトニ關シテ二十六條ノ二項ガアルダケデゴザイマスガ、私共トシテハ誠ニ物足リナイコトニ考ヘルノデアリマス、生存權ニ付キマシテハ二十五條ガ認メラレマシタガ、ドウモ二十五條ノ「リトリック」ナコトハ甚タドウカト私ハ考ヘマスノデ、ドウゾ虚心平氣ニ御讀ミ下サイマシテ、又各位御自身デナク、例ヘバ全ク何等ノ考ノナイ中學校ノ四年、五年アタリノ子供ニ御讀マセニナツテドウデゴザイマセウカ、即チ最低限度ノ生活ヲ營ム權利ヲ有スト書イテアリマスカラ、幸福追求ト云フ言葉トハ凡ソ似ツカナイ權利ガ認メラレテ居ルヤウナ形ニナツテ居リマス、之ヲドウ云フ風ニシタラ宜シウゴザイマセウカ、是ハ「リトリック」ノ問題デゴザイマスガ、サウシテ是ハ單ニ「リトリック」問題デゴザイマセヌ、生存權ノ問題ハ、或程度ノ最低生活ヲ國家ガ保障スルノデアルガ、ソレ以上ノ幸福ノ追求ハ、第何條デゴザイマスルカ、十一條デゴザイマシタカ、不斷ノ努力ニ依ツテ之ヲ保持シナケレバナラヌト云フコトニナリマスルノデ、其處ニ資本主義的ナ思想ト社會主義的ナ思想トノ微妙ナル結附キガ認メラレル譯デゴザイマス、此ノ第二十五條第一項ノ修正規定ハ是デ宜イモノデゴザイマセウカドウカ、又其ノ次ニハ第八ト致シマシテ、刑罰ノ問題ガアリマス、是ハ本會議デ申シマシタガ、刑罰ト云フモノハ、單ニ其ノ殘虐性ヲ避ケルト云フ消極的ナモノニ止マラナイデ、是モ積極的ニ一歩ヲ進メテ、出來ルダケ犯罪人ヲ改善スルト云フ考ヲ憲法ニ盛ツタラ如何ナモノデゴザイマセウカ、是ハ最近ニ「ド・ゴール」ノ憲法草案ニ現レタト云フコトヲ本會議デモ一言致シマシタ、ソコデ第九、刑事手續デゴザイマスル、是ハ本會議デモ御斷リ申シマシタ通リ、誠ニ專門的ナ技術的ナコトデゴザイマスルガ、此ノ憲法ノ規定ハ、徒ニト、言葉ヲ用ヒテハ相濟ミマセヌガ、人權ノ保護ニ急ニシテ、社會ノ福祉ト云フコトニ付テ、少シ尚御考慮ヲ戴ク餘地ハナイモノデゴザイマセウカ、是モ各論ニ於テ司法大臣ト特ニ一ツ御相談ヲ願ヒタイト思ヒマス、最後ニ第十、是ハ學問ノ自由ト云フモノニ對シテ特別ノ規定ガゴザイマシテ、誠ニ有難イコトニ存ジマスガ、成ル程學問ノ自由ガ政治ニ依ツテ迫害サレマシタ歴史ヲ見マスルト、如何ニモ是ガ憲法上ノ原則ニナルコトハ當然デゴザイマセウガ、ソレト同時ニ藝術ノ尊重ト云フコトヲ併セテ考ヘテ戴ク譯ニ行キマスマイカ、學問ノ自由ヲ保護スルト云フコトト誤解ヲシテ、藝術ハドウデモ宜イノダト云フヤウナコトニナツタナラバ、文化國家トシテノ日本ノ將來ハドウデゴザイマセウカ、藝術ト云フ言葉ヲ使ヒマスルト云フト、マダ狹イノデアリマシテ、我々ノ文化的ナ仕事ハ三ツニナリマス、第一ハ認識、第二ハ創作、第三ハ技術デアリマス、即チ「ドイツ」ノ學者ガ「エルケントニス・シェップング・ウント・ディ・クンスト」此ノ三ツノ言葉デ現ハレテ居リマスルノデ、學問ノ自由ハ「エルケントニス」ニ認メルノデゴザイマセウ、創作「シエツプング」藝術、自然科學ヲ利用シテ進ムト云フヤウナ場合ニ於ケル「ディ・クンスト」此ノ三ツノ創造的ナコトニ付テ一般ニ尊重スルト云フ風ニ出來ルナラバ、何カ包括的ナ國家ノ立場ヲ將來明カニスルト云フ風ニ御考ヘ願フコトガ行キマスマイカ、以上十ダケ例ニ引張リマシタガ、要スルニ私ノ趣旨ハ、單ニ法律問題トシテ將來ノ法律ガ憲法違反ニナルカ、ナラヌカト云フコトヲ決メルダケノ基本的ナ人權ノ保障ノ消極的ナ規定ニ止メナイデ、國家ガドウ云フ風ニ進メルカト云フコトヲ經典トシテ、教科書トシテ國民ニ教ヘルダケノ積極的ナ規定ヲ考ヘルト云フコトハ如何ナモノデゴザイマセウカ、是ガ第二點ノ御尋ヲ申上ゲル趣旨デアリマス、第三點ハ、是ハ簡單デアリマス、司法權ノ獨立ト云フコトガ此ノ憲法ニ於テハ特ニ重要視サレテ居リマスルノデ、所謂法律的主權ト云フ考カラ申シマスレバ、高柳教授ノ懇々ト御説明ニナツタ通リ大事ナ制度デアルト思ヒマスガ、併シナガラ第七十九條ノ第二項ノ、所謂國民審査ノ規定ト云フモノハ、ドウ云フモノデゴザイマセウカ、ドウモ裁判所ガ此ノ審査ニ懸念ヲ致シマシテ、佐々木博士ノ所謂俗論ニ負ケルト云フヤウナコトガアツテハ、誠ニ殘念ナコトト思ヒマス、是ハ佐々木博士ヨリ既ニ十分御主張ニナツテ居ルコトデ、私ノ新タナル主張デハゴザイマセヌ、唯憲法全體ニ亙ル精神論トシテ三權分立ノ原則ガ、裁判官ニ對シテハ尚十分御考慮ヲ願ヒタイ、既ニ法律ノ憲法ニ適合スルヤ否ヤト云フコトヲ審査スル重大ナル權限ヲ持ツヤウニナリマシタル裁判官ガ、今度ハ俗論ニ迎合スルト云フヤウナ疑ヲ抱クヤウナコトニナリマシテハ、殘念ナコトニナリハシマスマイカ、又今日迄ノ裁判所ノ實績ニ照シマシテモ、裁判官ノ進退ハ成ル程終身官デゴザイマシテモ、裁判官ニ誠ニドウカト思フヤウナコトガアツタ場合ニハ、或場合ニハ辯護士仲間ノ輿論ニ依ツテ之ヲ動カスコトガ出來マシタリ、或ハ社會ソレ自體ノ輿論ニ依ツテ、之ヲ動カスコトガ出來マシタノデ、國民審査ト云フ手ガ混ンダ形式的ナ規定ト云フモノハ、此處デ差當リ思ヒ附イテ居ルコトヲ申シマスレバ、居取止メ願ツテ、司法權ノ獨立ヲ全ウスルヤウニシタラ如何デゴザイマスルカ、以上三點デゴザイマスルガ、第二點ニ付テハ、金森國務相ノ御氣持ハ能ク分ツテ居リマス、ソレニ對シテノ私ノ心持ヲ尚御考ヘ戴ケレバ有難ク存ジマス、第一點ノ言葉ノ用ヒ方ハ、金森國務相ハ本會議デ文章ノ御話ト云フコトガアリマシタガ、私ハ文章ノ積リデハナイ、ソレガ實體的ニ影響ヲ及スト云フコトニ重キヲ置イテ、更ニ多ク申シマスレバ、國體論ニ結附キヲ持ツテ居ルト云フコトヲ御考ヲ願ヒタイ
○國務大臣（金森徳次郎君）　牧野委員カラ色々ノ點ニ付テ非常ニ婉曲ナル御言葉ヲ以テ御質疑ヲ賜リマシタ、非常ニ婉曲デアリマスル爲ニ、私ノ万ノ發言モ事實何トナク制約ヲ受ケナケレバ氣ガ濟マナイヤウナ感ジヲ起スノデアリマスガ、私ノ方ハ稍々露骨ニ申上ゲタイト考ヘテ居リマス、先ヅ第一ニ言葉ニ關スル種々ナル事例ヲ御擧ゲニナリマシタ、是ハ伺ツテ居リマスレバ御趣旨ノアル所ハ誠ニ御尤モト考ヘテ居リマス、政府ト致シマシテモ、ソレ等ノ點ニ付テハ決シテ注意ヲ怠ツタ譯デモ何デモゴザイマセス、種々ナル角度カラ勘案致シマシタ結果、今御示シニナリマシタヤウナ三ツノ點ハ、此ノ草案ニ示シタヤウナ形トナツタ譯デアリマス、其ノ基本ノ考ハ、此ノ冷嚴ナル諸般ノ事實ヲ前ニ置キマシテ、我々ハ其ノ冷ヤカナル原則ニ從ツテ突進スルコトハ、已ムヲ得ナイ立場ニ在ルコトガ第一點デアリマス、併シナガラ國民ノ間ニ育マレタ所ノ色々ナ感情ノ要素、其ノ他ヲモ、十分調和サセナケレバナラヌト云フコトハ、私共能ク考ヘテ居リマス、其ノ二者ヲ如何ニシテ調和セシメ得ルカト云フコトノ研究ノ結果ガ、右樣ナ次第トナツタ譯デアリマス、幾分細カク碎イテ申上ゲマスレバ、第一ノ點ノ此ノ日本國民ト云フ中ニ、天皇ヲ中心トスル我等國民ト云フ言葉ニシタナラバドウカ、是ハ私共日本ノ國ノ本當ノ姿ニ於キマシテ、國體ヲ論議シテ居リマスル際ニ於テノ私共ノ心持ハ、之ヲ御了解ハ願ヘルト思ツテ居リマス、併シ憲法ト云フ冷ヤカナル建物ノ中ニ之ヲ移シ來リマスル時ニハ、我我ハモツト深ク考ヘナケレバナラヌ多クノ點ヲ持ツノデアリマシテ今後トモ國民ト天皇トガ最モ親シキ姿デアルト云フコトヲ如實ニ文字ニ表ハシマスルニハ、此ノ對立觀ヲ生ジマスルヤウナ天皇ヲ中心トスルト云フ言葉ヲ避ケタ方ガ宜カラウ、寧ロ避クベキモノデアルト云フ信念ノ下ニ、斯樣ナ文字ノ考慮ヲ盡シタト云フ風ニ、御了承ガ出來ナイカモ知レマセヌガ、無理ニ御了承ヲ願ヒタイト存ジテ居リマス、第二ノ御示シノ此ノ象徴ノ語ガ二ツアル、面白クナイト云フ御話デアリマシタガ、是ハ御覧ニナリヤウノコトデアツテ、甚ダ失禮デハアリマスルケレドモ、又別ノ立場モ存在シ得ル所ノ、謂ハバ個人的ナル一ツノ感覺ノ問題デハナカラウカト窃カニ思ツテ居リマス、此ノ點ハ正直ナ所ヲ申シマスルト、初ハ一ツノ言葉デ言ヒ表ハシマシタノデスケレドモ、ドウシテモ日本ノ文章デソレガウマク行カナイノデアリマシテ、一ツノ考ヘ方ハ日本國ノ象徴デアリ、日本國民統合ノ象徴ト云フ所ヲ、日本國ノ、且日本國民統合ノ象徴ダ、斯ウ云フヤウニ一ツニナラナイカト云フヤウナ論議ヲ盡シマシタケレドモ、如何ニモサウ云フ言葉ハ生硬デアツテ面白クナイ、斯ウ云フ風ニシタラ、アヽ云フ風ニシタラト色々考ヘマシタケレドモ、是ハ智慧ノ問題デアツタカモ知レマセヌガ、ドウモ思ヒ付ガ惡クテ、斯樣ニ二ツ並ベマシタ、思想ハ正確トナリ、別段惡イ感覺ヲ起スコトハナイ、斯ウ云フ風ニ考ヘタ次第デアリマス、ソレカラ象徴ト云フ言葉ヲ古典的ナ表象ト云フ言葉ヲ以テシタラバ宜イヂヤナイカ、成ル程サウ云フ言葉モアツタニ相違アリマセヌガ、是ハ色々ナ言葉ヲ選ビマシタ結果、古イ言葉ニハ古イ言葉ノ持ツテ居ル色々ノ聯想ガアリマシテ、今思ヒ付イタコトデハアリマスルガ、例ヘバ表象ト云フ言葉ハ寧ロ哲學者ノ一部デハ全然別個ノ意味ニ使ハレテ居ル場合モアルヤウニ思ツテ居リマス、ソレカラ「シルシ」ト云フヤウナ言葉ハ、私共ノ考ヘテ居ル象徴ト云フ言葉ヲ表ハスニハ餘リニモ意義ノ幅ガ廣クテ、時アツテハ同ジ氣持ヲ表ハシ得ルニシテモ、多クノ場合ニハ十分デハナイ、斯ウ云フヤウニ考ヘテ居リマス、色々選ビマシタ結果、象徴ト云フ言葉ガ適當デハナイカ、殊ニ是ハ飜譯語トシテハ耳新ラシイ言葉デアルカモ知レマセヌケレドモ、一ツ一ツ離ツテ見マスレバ、象モ徴モ古クカラ中國ニ於テ此ノ方向ノ意味ヲ持ツテ居ル言葉デアツタヤウニ心得テ居リマス、ソレカラ三ノ點ト致シマシテ、天皇ノ御地位ニ關シテ色々ナ御示シヲ得マシタ、特ニ第一章ノ「助言と承認」ト云フ言葉ガ如何ニモ國民ノ氣分ニ合ハナイト云フ御意見デアリマシタ、確カニ率然トシテ之ヲ見マスレバ、國民ノ氣分ニ合ハナイト私モ思ツテ居リマス、併シ國民ノ氣分ニ合フ合ハヌト云フコトハ寧ロ第二義的ノコトデアリマシテ、本質ノ冷嚴ナル原則ニ合ハセルト云フ所ニ重點ヲ置クヨリ他ニ、此ノ憲法ヲシテ過去ノ過チヲシナイヤウニ、將來確實ニ動クヤウニ致シマスル考慮ノ上カラハ、已ムヲ得ナイコトデハナイカト思ツテ居ル譯デアリマス、「助言と承認」ト云フ言葉ノ優劣等ニ付テノ御意見モアリマシタガ、是等ハ別ニ何レガ惡イトモ好イトモ言ヘマセヌガ、併シ原案ノ如キ「助言と承認」ト云フ言葉ガ諸般ノ角度カラ觀テ結局落着イタ言葉デアツテ、衆議院ニ於キマシテモ色々ナ議論ハアリマシタガ、結局之ニ於テ承認ヲセラレタト云フコトヲ申上ゲテ十分ナル御答辯ニハナラヌカモ知レマセヌガ、御聽取ヲ御願ヒ致シタイト存ジテ居リマス、尚色々ノコトヲ仰セニナリマシテ、例ヘバ、輔弼ト云フヤウナ言葉トノ關係トカ、色色ナ點ヲ御示ニナリマシタガ、十分其ノ點ニ付キマシテ私共御趣旨ノ所ハ理解出來ルノデアリマス、併シ色々私共トシテハ考ヘタ點ガアルノデアリマシテ、例ヘバ輔弼ト云フ言葉ダケヲ取ツテ見マスルト、是ガ持ツテ居リマスル或感覺ノ爲ニ、軈テ從來ノ憲法ガ、不當ナル取扱ニ依ツテ濫用セラレタト同ジ虞ハナイデアラウカト云フコトガ考ヘラレマシテ、之ニ加フルニ「助言と承認」ト云フ言葉ヲ以テスレバ遙カニ適確ナル意味ヲ持ツテ來ル、勿論「助言と承認」ト云フ言葉ノ中ニモ、幾分ノ不明瞭ナル點ヲ含ンデ居リマス、併シ是ハ或程度國民感情ト完全ナル調和ヲ保タウト云フ内容ヲモ含ンデ居ルモノモアリマス、初メノ方ノ文字ニ關シマシテハ、大體ノ氣持ヲ申上ゲマシテ御了解ヲ御願ヒスルト云フコトニ致シマシテ、次ニ基本權ノ點ニ關シマシテハ、色々御示シニナリマシタ、個々ノ點ハ又然ルベキ責任者カラ十分申上ゲル機會ガアラウト思ヒマスガ、大體ノ考ヘ方ヲ申シマスルト、何分ニモ此ノ憲法ハ急ガナケレバナラヌ其ノ理由ハ前カラ申上ゲテ居リマス、而モ其ノ内容ニ於キマシテ、相當時代ノ必要ヲ、當面ノ必要ヲ、謂ハバ最少限度ノ必要ヲ滿タス爲ニ、十分ニ努力ヲシナケレバナラヌト致シマスルト、其ノ方向ニ主力ヲ注グヲ必要ト致シマシテ、ソレ以上ノ尚個々ノ點ニ於テ相當論議ガ殘ツテ居ルト云フヤウナ部分ハ、色々ノ考慮ノ結果、結局割愛スルコトヲ妥當トスル結論ニナルコトハ亦自然ノ勢ヒデアラウト考ヘテ居リマス、併シ決シテ積極性ノ方面ヲ怠ツテ解放バカリヲ考ヘテ、自由ヲ擴充スル方面ヲ怠ツテ居ル本當ノ精神デハナイノデアリマス、先程御尋ニナリマシタ勤勞ノ權利、義務ヲ認メナガラ尚其ノ背後ニ存スル他ノモノヲ認メナイノハ何事カト云フヤウナ意味デアリマシタガ、私共ノ考ヘテ居リマスルモノハ、聊カ狙ヒヲ異ニシテ居リマシテ、法律ト云フモノハ極メテ冷ヤカデアリ、謂ハバ彈力性ノ最乏シキモノデアリマス、從ツテ幅廣キ或ハ具體的ニ事ヲ決メマスルヤウナ法律文ヲ憲法ノ中ニ挿入致シマスルコトハ、他日發展ノ彈力性ヲ阻碍致シマシテ、却テ贔負ノ引倒シト云フ結果ニモナリ易イト思フノデアリマス、又事實此ノ際或種ノ權利ノ内容ヲ憲法ノ上ニ確定スルコトハ困難デアリマス、ソコデ此ノ憲法ハ要所々々ニ、謂ハバ大黒柱トモ云フベキ法律的ノ杭ヲ確カリ打込ミマシテ、其ノ周リノ影響ハ政治的ニ解決スル、即チ立法ノ手段、行政ノ手殘ヲ以テ漸次之ヲ擴充シテ行キマスレバ、必要ナル此ノ國家ノ政治ノ基本ト云フ憲法ノ目的ハ達成シ得ラレルノデハナイカ、仍テ例ヘバ教育ヲ受クルノ自由ト云フ規定デアリマシテモ、或ハ勤勞ノ權利義務ノ規定デアリマシテモ其ノ部分ダケヲハツキリ憲法ニ書キマスレバ、政治的必然ノ結果ト致シマシテ、政府ハ決シテ默ツテ居ルコトハ出來ナイ譯デアリマス、漸次其ノ周リニ充實シタル一環ノ政治秩序ガ生レテ來テ、良キ將來ヲ導キ出スコトガ出來ルデアラウ、斯ウ云フ風ニ考ヘテ居ルノデアリマシテ、詰リ已ムヲ得ザル技術的ノ構想ダケガ主ニナリマシタノデアツテ、御趣旨ニ反スル次第デハナイ譯デアリマス、尚、此ノ企業ソレ自體トカ、農地調整法ノ問題トカ云フヤウナ點ニ付キマシテハ、即ニ司法大臣等ガ答辯ヲシテ居リマスルガ、一體我々ノ示シテ居リマスル規定ニ依ツテ程ヨク作ツテモ、解釋ノ範圍ニ於テ疑ヒナク目的ヲ達シ得ルデアラウト信ジテ居ル譯デアリマス、斷片的ニナリマシテ甚ダ恐縮デアリマスルガ、親子ノ關係トカ云フヤウナコトハ是モ司法大臣ガ答辯ヲ致シマシタガ、一法ノ狙ツテ居リマスル所ハ、兩性ノ基本的自由、人格ノ尊重、斯ウ云フ所ニ重キヲ置イタノデアリマシテ、ソレヲ主眼トシテ規定ヲシタノデアリマスカラ、親子ノ關係ノ如キハ、憲法ノ上ニ現ハレナカツタノデアリマスケレドモ、決シテソレヲ疎カニスルト云フ趣旨ヲ持ツテ居ツタノデハナイ、重點ノ置キ方ガ特殊ナ點デアツタカラト云フ風ニ御説明ヲ申上ゲタイト思フノデアリマス、尚藝術ノ尊重ト云フコトガ學問ノ自由ト相並ンデ現ハルベキデハナカラウカ、御尤モナ御考ヘ方デアルト思フノデアリマス、併シ學問ト藝術トハ稍々實際ノ姿ガ違ツテ居リマスルガ故ニ、特ニ藝術ト自由ト云フヤウナコトヲ言ハナクテモ大體、或ハ是ハ不十分カモ知レマセヌガ、原案ノ第十九條ノ表現ノ自由ト云フ中ニ藝術的表現ノ自由モ含マレマスカラ、少クトモ其ノ部分ニ於テハ此ノ憲法ハ趣旨ヲ充タシテ居ルノデハナカラウカト考ヘテ居リマス、ソレカラ司法權ノ自由ニ付キマシテ、俗論迎合ト云フコトガ寧ロ司法官ニ取ツテ寒心スベキモノデアリ、國民審査ノ規定ハ寧ロ是ハ排除スベキデアルト云フ御趣旨デアリマシタ、其ノ點モ或程度迄ハ了解ガ付キマスルケレドモ、私自身ノ立場カラ忌憚ナク御答ヲ致シマスルナラバ、世ノ中ニ獨立スルモノハ必ズ弊害ヲ伴フモノデアリマシテ、普通ノ場合ニ於キマシテハ獨立スルト云フコトニ依ツテ弊害ナシト斷定シタイヤウナ場合デモ歳月ノ經過ト共ニソレガ結果ヲ惡イ方ニ表ハシテ來ルモノデアリマス、又同類ニ依ツテ裁カシムレバ宜イノデハナイカト云フコトモ、ソレモ一論デアリマス、併シソレモ亦大イナル缺點ヲ齎スコトハ免レ得ナイモノデハナイカ、裁判官ニ付テハ私ハ十分ナル知識ヲ持チマセヌカラ今日此ノ際ソレカラ來ル缺點ヲ擧ゲルコトハ出來マセヌケレドモ、少クトモ官僚ノ獨善性ト云フ非難ガ起ツテ居リマスルノハ、官僚ガ自ラノ間ニ於テ人事ノ調節ヲ圖ツテ居ルト云フコトカラ來テ居ルノデナイカ、批判ナキ所ニ十分ノ新シサガ得ラレナイノハ、是ハドウモ人間ノ持ツテ居ル弱點ノ結果デアラウト思フノデアリマス、從ツテ司法權ニ對シマシテモ、殊ニ立法權ト當然ニ牴觸スル場面ガアルコトヲ豫見シテ居ル、此ノ司法權ニ對シマシテ何等カノ調節方法ガナイト云フコトハ私共ノ心持メ許サザル所デアリマス、唯如何ナル方法ヲ以テ之ヲ調節スレバ宜イカト云フ時ニ幾ツカノ考ハアリマス、例ヘバ議會ヲシテ之ヲ調節セシメル或ハ行政府ヲシテ之ヲ調整セシメル、種々ナル考、更ニ司法官ノ内部ニ於テ之ヲ調節セシメル、何レモ一利一害ハアルノデアリマセウ、要スルニ此ノ憲法ノ狙ヒ所ト云フモノハ稍々徹底セル「デモクラシー」デアリマシテ、特別ナル弊害ガナケレバ最後ニハ國民ノ裁キニ訴ヘル方ガ宜イノデハナイカ、特別ナル弊害ガナイト云フコトガ、一時ノ勢ニ依ツテ國民ノ誤ツタル判斷ヲシテハソレハ困リマスケレドモ、サウ云フコトヲ除キ去レバ、結局多數ノ認ムル眞理ト云フモノハ平均的ニ見テ正シイノデハナカラウカ、斯ウ云フ前提ヲ取リマシテ、ソコデ司法官ノ國民審査デモ其ノ都度々々スルノデハナクテ、特定ノ人ニ付テ其ノ後十年後ノ總選擧ノ時ニ批判スルト云フノデアリマスカラ、一ツ一ツノ場合ハ色々ニ變リマセウケレドモ、大體カラ言ツテ必ズ或期間ヲ經過スル斯ウ言ヘルト思ヒマス、其ノ期間ヲ經過シツヽ國民ノ全部ガ假ニ投票ヲシタトシテ、其ノ過半數ガ否ナリト言ヘバ、此ノ我我ノ不完全ナル人間生活ノ中ニ於キマシテ、誰ヨリモモツト良キ裁キヲシタト云フコトニナルノデハナカラウカ、民ノ聲ト云フカ、是ヨリ外ニドウモ良イモノガ見付カラナイヤウデアリマシテ此ノ制度ヲ作ツタノデアリマシテ、是ハ濫用セラレル虞モナイ、ソレニ依ツテ裁判官ガ國民ノ顔色ヲ見ルト云フコトモナク、恐ラクハ是デ適正ニ行ハレテ行クモノデアラウト原案者ハ信ジテ居リマス
○牧野英一君　私ハ是デ終リマス
○委員長（安倍能成君）　會議ヲ終リマス、明日ハ午前十時カラ開會致シマス
　　　午後四時二十五分散會
　出席者左ノ如シ
　　委員長　　　　安倍　能成君
　　副委員長　伯爵橋本　實斐君
　　委員
　　　　　　　公爵岩倉　具榮君
　　　　　　　侯爵細川　護立君
　　　　　　　侯爵中山　輔親君
　　　　　　　侯爵淺野　長武君
　　　　　　　伯爵後藤　一藏君
　　　　　　　　　三土　忠造君
　　　　　　　子爵河内　輝耕君
　　　　　　　　　大谷　正男君
　　　　　　　男爵白根　松介君
　　　　　　　子爵織田　信恒君
　　　　　　　子爵高橋　是賢君
　　　　　　　子爵三島　通陽君
　　　　　　　子爵松平　親義君
　　　　　　　　　山田　三良君
　　　　　　　　　平塚　廣義君
　　　　　　　　　牧野　英一君
　　　　　　　　　佐々木惣一君
　　　　　　　　　松村眞一郎君
　　　　　　　男爵今園　國貞君
　　　　　　　男爵飯田精太郎君
　　　　　　　　　霜山　精一君
　　　　　　　　　川村　竹治君
　　　　　　　　　岩田　宙造君
　　　　　　　　　高柳　賢三君
　　　　　　　　　南原　　繁君
　　　　　　　男爵松田　正之君
　　　　　　　男爵中御門經民君
　　　　　　　男爵松平　齊光君
　　　　　　　　　田所　美治君
　　　　　　　　　野村　嘉六君
　　　　　　　　　松本　　學君
　　　　　　　　　宮澤　俊義君
　　　　　　　　　結城　安次君
　　　　　　　　　瀧川　儀作君
　　　　　　　　　小山　完吾君
　　　　　　　　長谷川萬次郎君
　　　　　　　　　淺井　　清君
　　　　　　　　　渡邊　甚吉君
　　國務大臣
　　　内閣總理大臣兼外務大臣　　吉田　　茂君
　　　國務大臣男爵幣原喜重郎君
　　　國務大臣　　齋藤　隆夫君
　　　國務大臣　　植原悦二郎君
　　　國務大臣　　金森徳次郎君
　　政府委員
　　　法制局長官　入江　俊郎君
　　　法制局次長　佐藤　達夫君
　　　外務事務官　岡崎　勝男君
　　　同　　　　　大野　勝己君

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