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- 第九十回帝國議會貴族院 帝國憲法改正案特別委員會議事速記録第十五號
○第九十回帝國議會貴族院 帝國憲法改正案特別委員會議事速記録第十五號
付託議案◎帝國憲法改正案
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昭和二十一年九月十七日（火曜日）年前十時八分開會
○委員長（安倍能成君） 會議ヲ開キマス、昨日第一部ハ略々終ツタノデゴザイマスガ、野村委員カラ第一部ニ付テ、簡單ナ質疑ヲ申出ラレマシタ、野村委員
○野村嘉六君 既ニ御審議ヲ終了サレタ後デ、私ガ申上ゲルノハ誠ニ不都合デアリマスガ、昨日ヨンドコロナイ用事ノ爲ニ缺席致シマシタ、ソレデ御許ヲ得テ簡單ニ申上ゲタイト思ヒマス、ソレハドウ云フコトデアルカ、斯ウ申シマスルト云フト、華族制度ガ善イトカ惡イトカ云フコトニ付テ私ハ申シマセヌ、又ソレニ對スル確信ハ持ツテ居リマセヌ、ソレダカラシテ華族制度以外ニ對スルコトニ對シテ金森國務大臣ノ御意見ヲ將來ノ爲ニ伺ツテ置キタイト斯ウ思フ、ト云フ具體的ノ事實ハ此ノ十三條ノ規定ニ依ルト云フト、「華族その他の貴族の制度は、これを認めない。」華族ニ付テハ、今申上ゲマス通リ是非ノ議論ハ申シマセヌ、「その他の貴族の制度は、これを認めない」此ノ貴族ノ制度ト云フコトニ付テ具體的ニ質問シタイケレドモ、ソレハ前ニ申上ゲタ通リニ、自ラ時間ノ制限ヲ申出デテ居ルヤウナ次第デアリマスカラシテ、貴族ノ制度ハ如何ナモノデアルカト云フコトハ遠慮シマス、唯茲ニ此ノ法典ハ單純ノ法典ト違ツテ、法律ノ基本ヲナス百年變ラザル茲ニ國民ノ則ルベキ原則ヲ定メルノデス、是ハ今ニ限ラヌ、昔ノ憲法モ、又各國ノ憲法モ同樣デアル、從ツテ法律ノ、法律ト稱シテ宜シイカ、法律ノ規準法ト言ウテ宜シイカ、又道徳法ノ一部ト言ウテモ宜シイカ、百年ト云フ永イ見透ヲ付ケテ拵ヘナケレバ、完全ナ憲法ハ出來ルト云フコトハ言ヘナイト思フ、ソコデ、サウナリマスト博奕ヲ打ツタトカ、骰子ヲ動カシタトカ云フヤウナ法律デハナイ、一時的ノ法律デハナイ、ソレデ私ノ考ハ、サウナリマスト云フト、人間ノ本能ト云フカ、本性ト云フモノヲ基本ニシテ行カナケレバナラヌ、人間ノ本性ヲ規準トシテ行ツタナラバ、人間ハ利益慾ト名譽慾ト、此ノ二ツハ何トシテモ人間トシテ缺クコトノ出來ナイモノデアル、是ハ滅私奉公ダトカ何トカ云フ上手ナ文章デ言ヒ表シテ、時ノ政策ノ具ニ供シタコトモアルケレドモ、滅私奉公結構、サリナガラ本當ヲ言フト、人間ト云フモノハ名譽慾ト利益慾デアル、是ハ俊禪禪師モ言ウテ居ル、人間ハ何トシテモ名譽慾ト利益慾ダ、之ニ適合スルヤウナ政治政策ヲ執リサヘスレバ、眞ニ立派ナ憲法ガ出來ル、人ノ本性ニ逆ウタ法律ト云フモノハ決シテ成功スルモノデハナイ、サウナリマスト、此ノ第十三條ハドウシテ將來充タスカ、私ハ現在ノコトハ申シマセヌ、現在ヲヤルナラバ立法者ガ法制局ヘ御願ヒスレバ宜イノデアル、態々委員會ヲ拵ヘテ、サウシテ憲法委員會ヲ作ル必要モナイ、性質ガモウ少シ上ノ大所高所カラ是ハ觀察スベキモノデアル、ソレデアルカラシテ私ハ利益慾ニ對スル制限ハ六法全書、各種ノ法律ニ依ツテ規定サレテ居ル、併シ名譽慾ニ對スル關係ニ於テドウスルカ、是ハ名譽慾ヲ滿スコトニ付テハ法律デナイ、人間ノ本性ニ基クコトデアリマス、ソコデ此ノ法文ヲ見ルト「榮譽、勳章その他の榮典の授與は、いかなる特權も伴はない。榮典の授與は、現にこれを有し、又は將來これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。」斯ウ書イテアル、特權ハ一歩讓ツテ伴ハナクテモ宜イデセウ、ケレドモ、榮譽ト云フコトダケハ必要デアルト思フ、扨、此ノ法文デハ榮譽ヲモ絶對的ニ授ケヌ意思デアルカ、特權ダケハ授ケヌガ榮譽ダケハ授ケルト云フ意思デアルカ、此ノ點ニ對シテ疑ヲ起スノデアリマス、我々ハ何時カモ申シタ通リニ、人生トシテモ既ニ過ギテ居ル人間デアル、併シ是カラ日本ヲ再建スル者ニハ、榮譽、利益ト云フモノニ對シテ十分ニ慾望ヲ達成セシムル爲ノ政策ヲ執ラナケレバ、本當ノ政治デナイ、本當ノ立法者デナイ、是ガ必要ナンデアル、扨、將來第二ノ日本ヲ拵ヘ第三ノ日本ヲ拵ヘテ、サウシテ立派ナ日本再建ノ實ヲ擧ゲサセルニハ、人間ノ本能タル此ノ名譽慾ヲ滿足サセナケレバイカヌ、ソコデ金森國務大臣ニ問フノハ、扨、其ノ名譽慾ヲ滿足サセルト云フコトハ此ノ條文デ明カデアルト云フ御考デアルカ、ソレナラバサウ云フ御説明ヲ願ヒタイ、ソレナラバ其ノ御説明ヲ願フ、私共ノ見ル所デハ、此ノ點ガドウモ十分デナイヤウナ感ジガシマスノデ、之ヲハツキリサシテ置イテ、サウシテ將來第二、第三ノ日本ノ國民ヲ奨勵シテ名譽慾ヲ十分滿スコトガ、是ガ政策デス、政治デス、單ニ法文ノ文句トカ字句ノ文句ナント云フノハ、ソレハ抑々モウ末ノ話デアル、ソンナコトヲ言ウテ居ル今ハ時代デナイ、第二、第三ノ日本國民ヲ拵ヘルコトコソ必要ナンデス、「テニヲハ」ナント云フ時代デナイノデス、ソレデアリマスカラ、第二、第三、否、末長ク日本ノ國ヲシテ立派ニ働カセル其ノ根本法律ハ何デアルカト云フニ、前ニ申シタヤウニ是ハ憲法デアル、法制局ノ單純ノ制裁法規デナイノデス、ソレデアリマスカラ、根本法規ニ基ク立場上、失禮デスガ、私ハ昨日缺席シタ爲ニ參リマセナカツタガ、此ノ根本法規ニ對スル榮譽ト云フコトノ觀念、又具體的ノ考ヲ言ウタナラバ、ドウ云フ對策ヲ持ツテ居ラレルカ、此ノ機會ニ明瞭ニシテ戴イタ方ガ、後世ノ子孫、又將來發達スベキ青年等ニ對スル確ニ頼母シイ一ツノ指導方針ニナルト斯ウ考ヘマスカラシテ、ドウゾ此ノ點ヲ‥‥御約束通リニ十五分間ダケ御願ヒシテ置キマシタカラシテ、是デ措キマス
○國務大臣（金森徳次郎君） 只今野村委員カラ國民ノ榮譽ニ對スル希望ヲ滿足セシムルヤウナ政府ノ考ハドウデアルカト云フ點ノ御尋デアリマシタ、御説ノ如ク一ツノ方策トシテ國民ノ榮譽ニ對スル希望ヲ滿足セシムルト云フコトハ必要デアルト考ヘマス、併シ更ニソレヨリ根本ニ入リマシテ、其ノ國民ノ希望ヲ其ノ意味ニ於テ滿足セシムルト云フニ止マラズシテ、公ノ爲ニ非常ナ功績ヲ讃フベキ人ガアルナラバ之ニ對シテ榮譽ヲ認メナケレバナラヌト云フ、モツト道義的ナ根本的ナ方ノ念慮モ同時ニ必要デアラウト考ヘテ居リマス、私ハ寧ロ此ノ後ニ申上ゲマシタヤウナ立場デ、本人ガ望ムト望マザルトニ拘ラズ、國トシテハ斯樣ナ國家ニ、或ハ公共ノ福祉ノ爲ニ貢献ノアツタ人々ニ對シテ十分敬意ヲ彿ツテ、之ヲ我々ノ社會的組織ノ中ニ於キマシテ尊敬スルコトノ心持ヲ明カニ表示シナケレバナラヌト、斯ウ云フ風ニ考ヘテ居ル次第デアリマス、ソコデ今回ノ改正案ニ於キマシテハ、華族ニ付キマシテハ、昨日モ申上ゲマシタヤウニ、寧ロ外ノ點ニ重點ヲ置イテ、此ノ制度ヲ廢止スル方針ヲ以テ臨ミマシタケレドモ、此ノ榮典ニ關シマシテハ、決シテ之ヲ疎カニスルノデハナクテ、寧ロ積極的ニ之ヲ考ヘナケレバナラヌト斯樣ニ考ヘテ居ルノデアリマス、今御示ニナリマシタ修正第十四條ニ於キマシテハ、是ハ國民平等ト云フ立場カラ規定ヲシテ居リマスル爲ニ、其ノ邊ノ色彩ハ強ク現レテ居リマセヌ、本體ハ第七條ノ第七號ニ於キマシテ、天皇ガ榮典ヲ授與セラルト云フ所ニ存在シテ居ルノデアリマス、今後榮典授與ガ如何ナル形ニ於テ行ハルヽノガ正當デアルカト云フコトニ付キマシテハ、今日マダハツキリシタ研究ヲ遂ゲテ居リマセヌケレドモ、若干ノ點ヲ申上ゲマスルト、從來ノ榮典ノ内容ガ事ノ尊キ性質ニ餘リニモ爲政者ガ屈託、拘泥シタ爲デアリマセウガ、十分ニ時代ニ適應スルヤウナ制度トハナツテ居リマセヌ、例ヘバ位ト云フモノナドハ多少是ハ純粹ナル榮典ト云フヨリモ、他ノ色彩ガ結果カラ見テ強イヤウナ氣ガ致シマシテ、一定ノ官吏ノ職ニアレバ、必ズ之ニ伴フ位ガアルト云フヤウナ風ノコトガアリマシテ、純粹ノ榮典ト云フ立場カラ申シマスルナラバ、相當研究ノ餘地ガアルノデハナカラウカ、或ハ金、銀、木盃ト云フヤウナ風ノモノモ、是ハ又榮典ノ一種ト、廣義ノ榮典ノ一種ト考ヘテ居リマスルケレドモ、ソレニ付キマシテモ、廣イ見地カラ見マシテ、種々ナル議論ガアルト云フコトハ申上ゲラレルト思ヒマス、又貴族ノ制度ガ國家ニ偉勳ノ、大イナル功勞ノ、勳功ノアツタ者ニ對シテ與ヘラレルト云フ點カラ申シマスレバ、榮典ニ相違ナイコトハ申ス迄モアリマセヌケレドモ、沿革的ニ他ノ色彩ガ加ツテ居ツタト云フコトハ又世間デ言ハレテ居ル所デアリマス、サウ云フ風デアリマスカラシテ、實質的ニ榮典ト云フモノノ内容ヲ能ク研究ヲ致シマシテ、時代ニ適應スル國家的ナ表彰ノ制度ヲ設ケナケレバナラヌモノト考ヘ、目下ソレハ研究中デアリマス、尚又同時ニ考ヘマスルノハ、今迄ノ榮典ト云フモノハドウ云フモノカ、勿論理由ハアリマセウガ、國家ニ對スルト云フ方面ニ重點ガ置カレマシテ、國家ト云フコトヲ廣イ意味ニ取リマシタ、世ノ中全般ニ對スル榮典ト云フ趣旨ノ點ニ於テハ幾分輕クナツテ居ツタ疑ヒガアルノデアリマス、勿論藍綬褒章、紅綬褒章ト云フヤウナ場合ニ付キマシテハ、是ハ廣イ見地カラ扱ハレテ居リマスケレドモ、他ノモノハドウモ必ズシモピツタリト適合シテ居ナイノデハナイカ、例ヘバ國家ノ事務ヲ擔任致シマモレバ、年數ニ依ツテ勳章ガ戴ケル、地方公共團體ノ事務ニ從事スル者ハ必ズシモ同ジヤウナ風ニナラナイト云フコトハ、是ハ榮典制度ノ缺點デハナイ、榮典制度運用ニ關スル若干ノ批判ノ餘地ヲ殘シテ居ツタモノデアリマス、從ツテ今後ノ榮典ハ、獨リ國家ト云フコトニ重點ヲ置クノデハナク、國ノ中ニ住ンデ居ル人間トシテ其ノ業績ガ立派デアツテ、之ヲ表彰スルニ足ルダケノ意味ガアリマスルナラバ之ヲ表彰スルト云フ方ニ重點ヲ移シテ行クコトガ正當デアラウト思フノデアリマス、尚榮典ノ制度ニ關シマスル具體的ナ國ノ規則ノ作リ方ト云フ點ニ付キマシテモ、今迄ハ是ハ法律以外ノモノトシテ行ハレテ居ツタノデアリマス、今後ソレヲ如何ナル形ニ於テ矢張リ法律以外ノ形ヲ以テ榮典ヲ定ムルコトニ依ツテ第七條ノ趣旨ニ適合スベキモノト解スベキカ、ソレトモ是ハ國家的ノ表彰デアルガ故ニ、基本法律ヲ以テ定ムルノガ正當デアルカト云フヤウナ點ニ於キマシテモ目下研究中デアリマシテ、マダ申上ゲマスル迄ノ段階ニ到達致シテ居リマセヌ、兎モ角モ左樣ナル考ヘ方ノ標準ニ從ツテ研究中デアルト云フコトハハツキリ申上ゲテ置ケルト思ヒマス
○野村嘉六君 只今金森國務大臣カラ政府ノ意見ノアル所ヲ詳細ニ御述ニナリマシタ、誠ニ結構デアリマス、ドウカ華族ヲ廢シタノハ、是ハ色々理由モアリマセウガ、其ノコトハ申シマセヌガ、兎モ角モ是カラ日本ヲ背負ツテ立ツ功勞者ニ對シ、勳功者ニ對シテ、是ハ名譽慾ヲ滿サシムルト云フノハ、是ハ政治家ノヤリ口デアル、ソレデアルカラソレニ對スル金森國務大臣ガ十分ニ考慮ヲシテ、具體案ニ付テハ、練ツタ上ニ更ニ意見ヲ發表スルトノ御意見ノヤウデアリマシタカラ、ドウカ將來日本ノ國ヲ飽ク迄背負ツテ立ツ第二、第三ノ日本ノ青年ヲ指導スル上ニ於テ、是非其ノ實行ヲ御願ヒシテ、私ノ質問ハ是デ終ル積リデアリマス
○委員長（安倍能成君） ソレデハ第三部、第十六條カラ第十七條、長谷川委員ガ御缺席デスカラ佐々木委員ニ御願ヒ致シマス、失禮デスガ、出來ルダケ簡單ニ繰返シノナイヤウニ願ヒマス
○佐々木惣一君 私ハ衆議院修正ノ十六條、詰リ請願ニ關スル規定、其ノ第一點ト致シマシテ、請願ノ事項、請願ニハドウ云フ事項ニ付テ請願ヲ爲シ得ルカト云フコトニナツテ居ルノデスガ、是ハ無論分リ切ツタコトデスケレドモ、唯現行規定カラ行ツテ分リ切ツタコトデスガ、「損害の救濟」ト云フコトガアリマス、ソレカラ又「改正その他の事項に關し」ト云フヤウニアリマスガ、是等ノ解釋ヲ將來ナス爲ニチヨツト伺ツテ置キタイノデアリマス
○國務大臣（金森徳次郎君） 御尋ノ「損害の救濟」ト云フコトハ、是ハ法ノ示ス通リデアリマスガ、併シ其ノ外普通ノ意味ニ於ケル所ノ權利行爲トシテノ行爲デナイコトハ御承知ノ所デアリマスカラ、廣イ意味ニ於テ「損害の救濟」ヲ官公署ヲ通ジテ國家公共團體ニ求メマスル場合ニ請願ガ出來ルト云フ趣旨デゴザイマス、ソレカラ「廢止又は改正その他の事項」ト申シマシタノハ、結局請願シ得ル客體タル事項ハ相當ニ廣イノデアリマシテ、此處ニ顯著ナル場合ヲ擧ゲマシタケレドモ、原則トシテハ全般的デアル、請願ヲ許スニ適セザル事項ガナイトハ言ヘマセヌケレドモ、其ノ外ノコトハ總テ出來テ居リマス
○佐々木惣一君 國務ニ關スル事項ト云フコトハ、モウ當然含マレテ居ルト解釋シテ宜シイノデスカ、私人相互間ニ於ケル損害ニ關シテモ國務ニ關スル事項デアルト理解シテ宜シウゴザイマスネ
○國務大臣（金森徳次郎君） 是ハ公ノモノ、即チ國又ハ公共團體迄モ含ムモノト考ヘテ居リマス、ソレ以外ノモノモ含ンデ居リマス
○佐々木惣一君 兎ニ角其ノ國ナリ公共團體ト云フモノノ態度ニ付テ斯ウ云フ風ニシテ貰ヒタイトカサウ云フヤウナ國又ハ公共團體ノ態度ニ關スル事項デスネサウ云フ風ニ理解シテ宜シウゴザイマスカ
○國務大臣（金森徳次郎君） 左樣デゴザイマス
○佐々木惣一君 ソコデソレハ宜イノデスガ、此處デハツキリシテ置キタイノハ、現行法ノ下デ請願シ得ナイ事項トナツテ居リマスモノ、例ヘバ憲法ノ變更ヲ國家ニ求メル、皇室典範ノ變更、ソレカラ裁判ニ關預スル事項、サウ云フヤウナコトニ付キマシテハ、請願ヲ求メ得ナイト云フコトニ現行制度上ハナツテ居リマスルガ、サウスルト今後ハ例ヘバ憲法ヲ斯ウ云フ風ニ變更シテ貰ヒタイ、皇室典範、皇位繼承ナドノコトヲ斯ウ云フ風ニ變更シテ貰ヒタイト云フヤウナコトハ請願ヲナシ得ルト、斯ウ云フ風ニ理解シテ、其ノコトヲ善イ惡イヲ言フノヂヤアリマセヌケレドモ、サウ云フ風ニ理解シテ宜シウゴザイマスナ
○國務大臣（金森徳次郎君） 憲法及ビ皇室典範ノ例ヘバ改正ニ付テ請願シ得ル建前ト考ヘテ居リマス
○佐々木惣一君 何故サウ云フコトヲ御尋ネシタカト申シマスノニ、私ノ考ヘマス所ニ依レバ、假ニト申シマスカ、大體ノ傾向ハ分ツテ居リマスガ、此ノ憲法案ガ成立致シマシタ後ニ、必ズト申シテ宜シウゴザイマスガ、恐ラク憲法ノ變更トカ、皇室典範ノ變更ト云フヤウナコトニ付テノ何等カ國民ノ希望ガアツテ、ソレヲ何等カ公式ニ政府、國家機關ノ方ニ申出デテ、考ヘテ貰フト云フヤウナコトヲ考ヘル者ガアルト察セラレル、ソレデアルカラサウ云フ請願ハ許スノデアルカ、許サヌノデアルカト云フコトヲ此處デハツキリシテ置クト云フコトガ必要デアルト思ツタカラ御尋シタノデスガ、大變御答辯ヲ得テハツキリ致シマシタ、ソレハマア請願ノ事項デスガ、二點ト致シマシテ、ソコデ詰リ其ノ請願ヲ一體ドウ處理スルカト云フサウ云フ點ニ付テ御尋シタイ、ト云フコトヲ申上ゲルノハ、今日ノ現行法ノ下ニ於ケル請願ニ付キマシテモ唯請願ハ受理スレバ宜イノデアル、更ニ其ノ請願ノ内容ヲ審査スルト云フ迄ノ必要ハナイト云フ見解ト、サウデナイノデアツテ受理シテ且兎ニ角内容ヲ審査シナケレバナラヌ、但シ審査シタ上デソレヲドウスルカ、或ハソレヲ言ウテヤル必要ガナイト云フ斯ウ云フ二ツノ解釋ガアル、是ハ國務大臣ノ御承知ノ通リデアリマス、私共ハ唯受理シタダケデハイケナイ、内容ヲ審査シシナケレバナラヌト云フ解釋ヲ採ツテ居リマスケレドモ、其ノ解釋ハ學者ハ行ツテ居ラナイヤウニ思ヒマス、ソコニ付テ國務大臣ノ御考ヲハツキリトシテ置キタイト思ヒマス、唯受取レバ宜イト云フモノデアルカ
○國務大臣（金森徳次郎君） 請願ヲ爲シ得ルト云フコトハ、請願ノ内容ニ付テ國ノ機關、又ハ公共團體ノ機關ガ研究スルト云フ趣旨ヲ含ンデ置ルモノト思ツテ居リマス、ダカラ受ケツ放シデ宜イト云フ趣旨ハ毛頭含ンデ居ナイト思ツテ居リマス
○佐々木惣一君 私モ、ソレデ實ハサウ云フ風ニ思ハセル解釋ガ現行請願ニ付テ學者ノ間ニアルカラ、只今國務大臣ノ御回答ヲ得マシテ私ハ非常ニ滿足スル、詰リ私ノ考ト同ジコトニ解スルモノデアリマス、但シ明カニシテ置カナケレバナラヌコトデスカラ兎ニ角御尋シタ譯デス、ソレカラ三點ト致シマシテ請願ヲ受ケ得ル機關ノコトヲチヨツト御尋ネ申上ゲタイノデアリマスルガ、是ハ矢張リ天皇ニ對シテモ請願ヲ爲シ得ル、斯ウ云フコトデアリマセウネ
○國務大臣（金森徳次郎君） 天皇ノ御權能ニ屬スルコトニ付テハ請願出來ルト考ヘテ居リマス
○佐々木惣一君 ソコデ天皇ニ對シテ請願ヲ爲シタ場合ニ、矢張リマア天皇ガ只今大臣ノ御言葉通リニ解シマスレバ、御研究ニナツテ御審査シナケレバナリマセヌガ、其ノ御研究、御審査ト云フコトニ付テ、矢張リ他ノ法ノ規定ノ適用上内閣ガ矢張リ助言トカ、詰リ昔デ言ヘバ輔弼、サウ云フコトヲ矢張リスルコトニナリマセウカ、是ハ他ノ規定トノ關聯デアリマスガ‥‥
○國務大臣（金森徳次郎君） 其ノ點ハ非常ニムツカシイ内容ヲ含ンデ居ルト存ジマスケレドモ、私自身ノ考トシテハ、天皇ガ御處置ヲ進メラレル上ニ於キマシテハ内閣ノ助言ト承認トヲ要スルコトニナルト考ヘテ居リマス
○佐々木惣一君 ソレカラ今度第四點ニナリマシテ、請願ノドウセ手續ガ要ルノデアリマスカラ、ソコデ此ノ手續ハ法律ヲ以テ何レ御決メニナル只今ノ政府ノ御考デアリマスカ、或ハ他ノ方カラ規定シテ來ル、所謂憲法ヲ執行スルト云フヤウナ爲ニ必要ナモノトシテ、所謂内閣ノ政令ト云フヤウナモノデ御決ニナルト云フヤウナ御考デアリマスカ、尤モ此ノ問題ハマダ或ハ其處迄御考ニナツテ居ナイデモチツトモ差支アリマセヌガ、唯問題トシテ申上ゲテ置キマス、今ノ處御決ニナツテ居レバ伺ヒタイト思ヒマス
○國務大臣（金森徳次郎君） 此ノ問題ハ請願ヲスルト云フコトダケデアリマシタナラバ、法律ヲ要シナイ場面ガ多カラウト存ジマス、併シナガラ請願ヲ受クル方ノ諸般ノ規定ヲ拵ヘマス場合ニ、大體其ノコト自身ガ法律デナケレバ工合ガ惡イ場面モアリマシテ、其ノ全體ヲドウ云フ風ニ規定シテ行クカト云フコトニ付テ研究中デアリマス
○佐々木惣一君 ソレデ結構デアリマス、私ハソレヲハツキリ伺ツテ置キタカツタモノデスカラ‥‥唯此處デ御願ヒ申上ゲタイト思ヒマスコトハ、兎ニ角今伺フ所ニ依ルト、御研究中デアルト云フコトデアリマスカラ、其ノ手續ニ付テモ御研究、或ハ着手ニナツテ居ルト大變有難イノデスガ、願クハ、早ク其ノ手續ヲ御決ニナリマシテ、申上ゲル迄モナイノデスケレドモ、此ノ新憲法ガ成立スル‥‥ソレト所謂請願手續ニ關スル、法律デモ宜イ、今御話ノ政令デモ宜イトシテモ、兎ニ角間髪ヲ入レナイヤウニシテ戴キタイト思フノデス、ト申シマスルノハ、架空ニソンナコトヲ申上ゲルノデハアリマセヌノデシテ、請願ノ規定ハ大臣ハ無論御存ジノ通リニ、現行憲法デ既ニ始メカラアルノダガ、併シナガラ別ニ定ムル所ノ規定ニ依ツテスルト云フコトニナツテ居リマス、サウシテ別ニ定ムル所ノ規定ト云フモノハ實ハナカツタ、ソレデ唯議院ニ對スル請願ダケハ議院法ニアリマシタカラ、現行憲法制定施行ト同時ニ出來マシタケレドモ、他ノ方面、殊ニ天皇ニ對スル請願ノ如キハ到底アリ得ナカツタ、ソレハ別ニ定ムル所ノ規定ト云フモノガアリマセヌデシテ、是ハ大臣ガ無論御存ジノ通リデアリマス、ソレガ出來タノハ漸ク大正六年、所謂請願令ト云フモノガ今日迄アリマス、ソレニ依ツテ其ノ手續ガ出來タ爲ニ初メテ臣民ガ請願ヲ爲シ得ルト云フコトニナリマシタ、是ハ我々ノ立場ヲ申上ゲルコトヲチヨツト許シテ戴キタイガ、早ク請願令ト云フモノヲ作ラナケレバイケヌト云フコトヲ我々一學徒トシテ言ウテ居タノデアリマシテ、斯ウ云フコトガ所謂不心得者ガ天皇ニ對シテ直訴ヲスル、直訴ヲスルト云フヤウナ、詰リ形式外ノ行動ヲ爲スト云フコトニナサシムル原因ノ一ツデアルカラシテ、ソレダケヂヤナイノデスガ、サウ云フコトヲ防グ爲ニモ、詰リ請願ノ手續ニ關スル規定ヲ早ク規定シナケレバイカヌト云フコトヲ、我々ハ書生論トシテ言ツテ居ツタ譯デアルシ、又立憲的ニ申上ゲマスレバ、唯實體的ニ請願ヲ爲シ得ルト云フ權能ガ臣民ノ方ニアリマシテモ、手續ガナイ爲ニ、實際上ハ其ノ請願ノ權能ガナイト同ジヤウナコトニナツテ居ル、ソレガ帝國憲法ガ實施サレテ以來、大正六年迄實ハ請願權ト云フモノハ紙ノ上ノ權利デアツテ、實際上ノ權利ハナカツタト云フヤウナ、斯ウ云フコトガアリマスルノデ、ソコデサウ云フ點ニ鑑ミマシテ、是ハ新憲法ノ制定施行ト間髪ヲ入レズニ其ノ手續ガ決ツテ居ルト云フヤウナ風ニ、私自身ハ御願ヒシタイト思フノデスガ、サウ云フコトニ付キマシテハ、大臣ハ私ト御考ガ違フデアリマセウカアリマセヌカ、ソレダケノコトヲ伺ヒマス
○國務大臣（金森徳次郎君） 目下御示ノヤウナ方向ニ於テ實現シヨウト思ツテ調査研究ヲ致シテ居リマス
○佐々木惣一君 有難ウゴザイマス、ソレデ私ハ只今伺ツタヤウナ方針ヲ實際ニ於テ實現シテ戴キタイト云フ希望ヲ述ベマシテ、私ノ質疑ヲ終ル譯デアリマス
○委員長（安倍能成君） 霜山委員ト佐々木委員モマダ御質問ガアルサウデアリマスケレドモ、司法大臣ガ今チヨツト會合ガアリマシテ御出席ガ出來マセヌカラ、佐々木委員、霜山委員ハ後廻ニシテ、高柳委員
○高柳賢三君 只今ノ御質問ニ對スル答辯トシテ、天皇ニ對シテ請願ヲ爲スコトガ出來ルト云フ御答デアリマシタガ、天皇ハ國政ニハ干與シナイト云フ建前デアリマスガ、請願ハ總テ國政ニ關スルコトデハナイカ、サウ云フヤウナ點カラ天皇ニ請願ヲスルト云フコトハ出來ナイト云フヤウナ解釋ガ取レナイモノデスカ、其ノ點ヲ御答ヘ願ヒマス
○國務大臣（金森徳次郎君） 天皇ハ第六條、及ビ第七條ニ於テ權能ヲ御持ニナツテ居ルノデアリマシテ、其ノ範圍ニ於テ現レテ來マスル請願ニ付テハ、殊ニ其ノ範圍ニ於テ天皇ノ御耳ニ達スルコトノ必要ノアルコトニ付テハ、請願ヲ天皇ニ差出スコトハ許サレテ居ルト考ヘテ居リマス、併シナガラ之ガ内容ニ付テノ實行ノ面ニ動ク場合ニ於テハ、總テ内閣ノ助言ト承認ト云フ段階ニ入ツテ行クモノト思ヒマシテ、其ノ點ニ於テ矛盾ナク説明ガ出來ルモノト考ヘマス
○高柳賢三君 大體六條、七條ニ關スルコトハ天皇ノ廣イ意味ノ儀禮的ナル御權能デアルヤウニ取レマスガ、請願ノ客體トナルコトハサウ云フコトヂヤナクテ、寧ロ實質的ナ國政ニ關スルコトデ、色々斯ウヤツテ欲シイト云フヤウナコトガ請願ニ關スル大部分ヂヤナイカ、サウ云フヤウナコトハ、矢張リ天皇ガサウ云フコトニ捲込マレルト云フコトハ、ソレハ天皇ノ御地位ト矛盾スルコトニナルノデハナイカ、從ツテ請願ト云フモノハ、大部分ハ陛下ニ對スル請願ト云フモノハナクナルノダ、斯ウ云フ風ニ解釋シテ宜イノデハナイカ、其ノ點ヲ御伺ヒ致シマス
○國務大臣（金森徳次郎君） 大體御説ノ通リ、天皇ニ對シテ請願ヲスルト云フコトノ實際的ナ效果ハ非常ニナクナルト申シマスルカ、或ハ絶無ニ近キモノトナルト思ツテ居リマス、併シ此ノ第六條、第七條ノ天皇ノ權能ハ、勿論大キイ目デ見レバ儀禮的要素ヲ主ニシテ居リマスケレドモ、憲法ノ規定ノ建前ト致シマシテハ、例ヘバ第七條第七號ノ榮典ヲ授與スルコト、ト云フガ如キコトハ、政治的ニ儀禮デアルト云フコトハ固ヨリ正常デアリマスルケレドモ、憲法自身ニ於キマシテハ左樣ナ言葉ヲ使ツテハ居リマセヌ、從ツテ請願ノ場面ニ於キマシテモ、ソレト關聯スル程度ニ於テ、觀念的ニ請願ハ成リ立ツモノト存ジテ居ル次第デアリマス
○高柳賢君 其ノ點ハ相當重要ナ、七條ノ解釋トシテモ、例ヘバ榮典ノ授與ノ場合デモ之ヲ決定スルノハ内閣ガスル、實質的ニハ内閣ガスルト云フコトニナルノダト思ヒマスノデ、是等ノコトモサウ云フ見地カラ致シマスレバ、天皇ニ對スル請願ノ問題ハ、天皇ノ御地位ニ非常ニ影響ノアル論點ヲ含ンデ居ルノダト云フコトヲ十分ニ御注意ヲ御願ヒシタイト思ヒマス、第二ノ論點ト致シマシテ、第一ノ問題ト致シマシテハ此ノ第十六條ノ終ヒノ所ニ、「何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。」斯ウ書イテアリマスガ、第一ハ差別待遇ト云フノハドウ云フコトヲ考ヘラレテ居ルノカ、第二ハ「請願をしたため」ト書イテアリマスガ、英譯文ノ方ニハモウ少シ廣ク、請願ヲ幇助シタ、請願者ヲ助ケテ請願サセタト云フヤウナ「スポンサー」ト云フ字ヲ使ツテ居リマスガ所謂「スポンサー」シタト云フ廣イ意味デ、當然ソレハ解釋上サウ云フ風ニナル、サウ云フ風ニ理解シテ宜シイノデアリマスカ、其ノ二點ヲ御伺ヒ致シマス
○國務大臣（金森徳次郎君） 先ノ方ニ少シ遡リマシテ、天皇ニ關スル請願ノ場合デアリマスルガ、是ハ現行制度ニ於キマシテモ、天皇ニ對スル請願ト云フモノハ存在シテ居リマスケレドモ、併シ是ガ國務大臣ノ輔弼ト云フコトト矛盾シナイヤウニ扱ハレテ居ルト私ハ存ジテ居リマス、寧ロ主タル點ハ形ノ問題デアリマス、今回ノ場合ニ於キマシテモ主タル點ハ形ノ問題デアリマシテ、ドウ云フ風ニナツテ行クカト云フコトヲ今ハツキリハ申上ゲラレマセヌケレドモ、結局サウ云フモノハ、事ノ性質ニ應ジテ内閣ニ移シテ研究ヲセシメラレルト云フノガ筋ニナツテ居リマシテ、天皇自ラ之ヲ御處置ニナルト云フコトハ、其ノ點ハ餘程能ク考ヘテ行カナケレバナラヌコトハ御説ノ通リト存ジテ居リマス、御質疑ノ差別待遇ヲ受ケナイト云フコトハ、是モ言葉ノ示スガ如クデアリマスルケレドモ、結局外ノ言葉ヲ以テ大體ノ場合ヲ言ヒ現シマスレバ、不利益ヲ受ケルコトガナイト、斯ウ云フコトニナラウト思ヒマス、例ヘバ官吏ガ請願ヲシタ、而モソレハ仕事ニ關シテ他ノ權限ヲ批評シタト云フヤウナコトガアツタト致シマシテモ、ソレガ爲ニ官吏秩序ノ中ニ於テ不利益ヲ受ケルト云フコトガアツテハ相成ラヌノデアリマス、サウ云フヤウナ意味ヲ含メテ、茲ニ差別待遇ヲ受ケナイト云フ言葉ヲ使ツタ譯デゴザイマス、尚譯文ニ於キマシテ、確カ「スポンサー」ト云フ字ガ使ツテアリマスガ、其ノ譯文ハドウ云フ譯デサウ使ツタカ、實ハ私ハ其ノ點ハ能ク存ジマセヌ、此ノ第十六條ニ於テ言ツテ居リマスル「請願をしたために」ト云フコトハ本人ガ請願ヲ現實ニスル場合ニ、其ノ請願ヲ後押シシタノモ共ニ考慮ニ入レマシテ、サウ云フコトノ爲ニ差別待遇ヲ受ケナイト云フノデアリマスカラ、寧ロ廣イ部分ヲ意譯シテ英文ニサウ書イタノデハナイダラウカト察シテ居リマス
○高柳賢三君 私ノ質問ハ是デ終リマス
○松村眞一郎君 私ハ請願ノ點ヲ御尋ネ致スノデアリマス、今請願ノ差別待遇ヲ受ケル、受ケナイト云フ點ニ付テノ御議論ガアリマシタガ、其ノ點ヲ先キニ申上ゲマスガ、私ハ斯ウ云フ風ニ思フノデアリマス、差別待遇ト云フコトヲ非常ニ廣ク考ヘテ居ル、例ヘバ昔將軍家ニ直訴スルト云フコトニナルト、佐倉宗五郎ハ磔ニナツタ、ソレハ將軍ノ尊嚴ヲ冒涜スルト云フコトノ外ニ社會秩序ヲ破ル、斯ウ云フ意味ガアツタト私ハ考ヘテ居リマス、私ハサウ理解シテ居リマス、差別待遇ト云フコトハ非常ニ廣イ意味デアツテ、サウ云フヤウナコトノ爲ニソレヲ犯罪ノ取扱シナイ、例ヘバ天皇ニ對シテ直訴ヲスルト云フコトハ或意味ニ於テハ首長ニ對スル冒涜デアルト云フコトモ言ヘルト思ヒマス、請願ノ秩序ガアツテチヤント請願令ト云フモノガ出來テ居ル場合ニ、其ノ請願令ニ依ラナイデ今度ハ突飛ナ請願ヲスルト云フコトニナレバ、或ハ不敬罪ト云フコトニナルカモ知レマセヌガ、ソンナコトニ付テハ、請願ト云フコトハ國民ノ眞情ニ發スル場合ガ多イモノデスカラ、サウ云フヤウナ譯デ差別待遇ハシマセヌ、勿論法律デ書クコトハ別デス、サウ云フ場合ニ處罰スルコトハ別デス、訴願令ト云フカ請願法ヲ作ル、ソンナコトハ考ヘナイデ、非常ニ廣ク考ヘテ居ツタノデアリマス、サウ云フコトモ御含ニナツタラ宜イト思ヒマス、今直グ御答辯ハ求メマセヌガ、是ハ非常ニ廣イ意味デ、色々請願ト云フコトヲシタ爲ニ色々ナ不利益ヲ受ケナイ、斯ウ云フヤウニスラツト讀ンデ宜イノヂヤナイカ、餘リ差別待遇ト云フ字ニ囚ハレル必要ハナイト考ヘマス、マア能ク御考ヲ願ヒマス
○國務大臣（金森徳次郎君） 趣旨ハ今御説ノ通リニ解シテ居リマシテ、高柳委員ニ御答ヘ申上ゲマシタ場合ニ、分リ易イ言葉デ言ヘバ不利益ヲ受ケナイト云フコトヲ申シマシタ、例ハ細カイコトヲ申シマシタガ、趣旨ニ於テハ少シモ變ツテ居リマセヌ、罰則等ノ法律上ノ制限ニ附スルト云フコトモ實ハ考ヘテ居リマセヌ、若シモソレガ平穩ニト云フ條件ニ當リマス場合ニハ亦別問題ニナリマス
○松村眞一郎君 ソコデ私ハ何時モ此ノ第三章ノ規定ニ付テハ、天皇ヲ國民ノ中ニ入レナイト云フノデ始終讀ンデ居リマスカラ、私ハ天皇ニ對スル訴訟ナドハ訴願デ行ツタ方ガ宜イノデハナイカト思ヒマス、「イギリス」デハ「ペティション」ト云ツテ居リマス、「イギリス」デハ「キング」ニ對シテハ訴訟ヲ起シマセヌ、事實ハ同ジデアリマス、ソレハ裁判所デ受ケマシテ實際ハ司法手續ヲスル、斯ウ云フヤウナコトヲ考ヘマシテモ私ハ天皇ヲ其ノ中ニ入レルコトハ反對デアルト云フコトヲ初カラ申上ゲテ居リマス、ソコデ訴願ト訴訟ノ關係デス、此ノ請願ト云フノニハ廣ク訴願モ入ツテ居ルト思ヒマスガ、ドウデスカ
○國務大臣（金森徳次郎君） 此處デ考ヘテ居リマスル所デハ、訴願ヲ念頭ニ置イテ居リマセヌ、間口ガ非常ニ廣イ、同時ニ其ノ檢事ノ謂ハバ含ミト申シマスルカ、ソレハ受理シテ内容ヲ考慮スルト云フ程度ニ止リマシテ、ソレ以上ニ進マナイモノヲ此處デハ請願ト云フ積リデ居リマス、併シ若シ訴願ノ制度ト云フモノガ全然出來マセヌケレバ、實質ニ於テ茲ニ入ツテ來マセウケレドモ、其ノ點ハ別問題ト今ノ所ハ考ヘテ居リマス
○松村眞一郎君 私ハ訴願ノコトモ御考ニナツタラ宜イノヂヤナイカト思ヒマス、請願ト云フ言葉ノ中ニ訴願ヲモ含メルノガ宜イヂヤナイカト考ヘマス、サウスルト損害ノ救濟ト云フ字ハ餘リ穩カデアリマセヌガ、今度ノ七十六條ノ二項ニ關係ガアリマス、七十六條ノ二項ニ「特別裁判所は、これを設置することができない。行政機關は、終審として裁判を行ふことができない。」是ハ行政機關ハ終審トシテ裁判ハ出來ナイガ、途中ノモノハ宜イト云フ、斯ウ云フ思想ナンデスカ、其ノ例トシテ特許審判ノコトヲ司法大臣モ言ハレタ、特許法ハ從來カラ其ノ建前デアリマス、從來ノ行政訴訟ト訴願トノ關係ハ受理スル事項ハ大體同ジナンデス、訴願ナラバ訴訟ニ終ラナイ、最後ノ階梯ヲ行政裁判所ニ持ツテ行クノガ行政訴訟デアリマス、最後ニ行政大臣ニ持ツテ行クノガ訴願デアリマス、例ヘバ所得税額ノ決定ニ對シ不服アル者ハ訴願ヲ爲シ、又ハ行政裁判所ニ出訴スルコトガ出來ルノデアル、ソレハ訴願法ト行政裁判法ヲ見レバ分ル、訴願法ニ「左ニ掲クル事件ニ付之ヲ提起スルコトヲ得」ト書イテアリマス、是ガ六ツ書イテアリマス、訴願ノ六ツノ中五ツハ行政訴訟ト同ジデス、行政訴訟ノ第一號ニ「租税及手數料ノ賦課ニ關スル事件」ガアリマス、是ハ訴願ニアリマス、行政訴訟ハ「海關税ヲ除ク外租税及手數料ノ賦課ニ關スル事件」ニハ「租税滞納處分ニ關スル事件」三ノ「營業免許ノ拒否又ハ取消ニ關スル事件」四ハ「水利及土木ニ關スル事件」五ハ「土地ノ官民有區分ノ査定ニ關スル事件」今ノハ行政訴訟デス、訴訟ニハ「海關税ヲ除ク」ト云フノガ、訴願ノ方ニハ「六地方警察ニ關スル事件」ト云フノガアルダケデ、内容ハ同ジコトデス、大部分ニ於テ同ジデス、最後ノ階梯ガ違フ、訴願ハ段階ヲ經テヤリマシテ、終ヒハ大臣ノ所ニ行キマスガ、ソコヲ大臣ノ所ニ持ツテ行カナイ、行政訴訟ニ持ツテ行クト云フコトガ行政訴訟デス、殊ニ地方自治體ノ色色ナ爭ニナルト、其ノ順序ヲ經テ居ル、府縣參事會ナンカ經テ、ソレカラ行政裁判所ヘ持ツテ行クノト、ソレト訴願トアリマス、特別裁判所、即チ行政裁判所ノ如キヲ作ラナイト云フコトニナリマスト、訴願法ヲ御考ニナラナイト非常ニ法制上不備ニナリマス、マダ御考ニナラナイノデアリマスカ、是ハ御考ニナラナイトイケナイト思ヒマス、ソレヲ御願ヒ致シマス、ソレカラ請願ト云フト議會ニ對スル請願モ今日ハアリマス、ソレハドウナサイマス、ソレハ法律改正ニナル譯デ、議會ニ對シテ法律ヲ改正シテ貰ヒタイト云フコトガ請願ノ内容ニナル、ソレハ國會法ニ書キマスカ
○國務大臣（金森徳次郎君） 先ノ方針ハマダ具體的ニ考ヘテ居リマセヌガ、議會ニ對シテモ固ヨリ請願ハ出來ルモノト考ヘテ居リマス、是ハ命令デハ出來サウモナイ、法律ヲ要スル部面ガ表レテ來ルコトヲ念頭ニ置ケバ、ハツキリシタ事例ハ其ノ場合ヲ豫想シタノデアリマス、尚訴願ノコトヲ仰シヤイマシタガ、是ハ御解釋ハドウ云フ風デモ出來ルコトト思ヒマスガ、起案者ハ訴願ハ別系統ノモノデ、行政的ノ一般ノ法律デ決メルト考ヘテ居リマス、今訴願ヲ許サナイト云フコトハ毛頭考慮ニ入レテ居リマセヌ
○松村眞一郎君 能ク一ツ各方面ニ亙ツテ御研究願ヒタイト思ヒマス、質問スルコトヨリモ一緒ニナツテ立法スル立場デ、色々ノコトヲ御考慮願ヒタイ、今日ハ訴願ハ行政廳ニ對スル訴願、詰リ廣イ意味ノ訴願ヲ含メタ請願、斯ウ云フコトニナルト議會ニ封スルモノト、ソレカラ裁判所ニハ是ハヤリマセヌ、裁判所ハソンナコトハ處理シマセヌ、天皇ニ對スルモノ、行政廳ニ對スルモノ、斯ウ云フ風ニ三段階ニ分レテ、天皇ノ方ハ矢張リアツテモ宜イト思ヒマス、天皇ノ御擔當ニナリマス政治ノ方面ニ於テ、民ノ聲ヲ御聽キニナツテ差支ナイ、ソレニ對シテ御處理ニナルカドウカ、是ハ元内大臣府ニ於テ取扱ツテ居ツタノデ、金森國務大臣ハ御自身若イ時ニサウ云フコトヲ取扱ハレタノデ能ク御承知デセウガ、内大臣府ニ於テ側近ニ居リマス專門ノ方ガ御取調ニナツテ居ル譯デスカラ、ソレハアツテ宜イト思ヒマス、御處理ニナルニ及バナイ、從來ハ内閣ニ御下ゲニナリマシテ、閣議デ御研究ニナツテ適當ニ御處埋サレル、或場合ニ行政廳ノ方デソレハ色々ナ法令ガ出來ル場合モアリマス、ソレハ民ノ聲ヲ色々御聽キニナツタ方ガ宜イト思ヒマスカラ、天皇ノ御手許ニ出マス訴願ニ付テハ、先程佐々木博士ガ仰シヤツタヤウナ工合ニ、今日ノ請願令デハ憲法改正ノヤウナコトハ書イテ居リマセヌ、ソレハヤラナイコトニ書イテ居ル、ソレハ十一條ニアリマス、請願令ノ第十一條ニ、「左ニ掲クル事項ニ付テハ請願ヲ爲スコトヲ得ス、一 皇室典範及帝國憲法ノ變更ニ關スル事項、二 裁判ニ關預スル事項此ノ二ツハ、天皇ニ請願ヲスルコトハ出來ナイコトニナツテ居ル譯デアリマス、ソコデ今度ハ、勿論サウ云フコトニハナリマスケレドモ、是デ見マスト、文字ヲ見ルト、法律、命令、規則ノ制定、廢止、改正ト云フノデ、憲法モ皇室典範モ入ルト云フノデアレバ、ソレヲ「その他の事項」ト云フ中ニ含マレテ居ルト云フ解釋ニナルト思ヒマス、勿論サウダラウト思ヒマス、ソレハソレデモ宜カラウト思ヒマス、外ニハ餘リ現レナイ、憲法ナリ皇室典範ナリヲ請願ヲシテモ宜イト云フコトハ、是ハ穩カデナイト思ヒマスカラ、解釋論トシテ「その他の事項」ノ中ニ入レルコトガ宜シイト思ヒマス、其ノ方ガ穩カダト思ヒマス、併シ天皇ニ對スル請願、或ハ議會ニ對スル請願、今度ハ議會憲法ノ改正ハ、ソレハ矢張リ受理サレルコトニナツテ行クト思ツテ居リマス、斯ウ云フ考ヲ持ツテ居リマスカラ、御答辯ヲ願フ意味デハアリマセヌガ、御考ヲ伺ツテ結構デスガ、ドウ云フモノデセウカ、サウ云フ點ハ‥‥
○國務大臣（金森徳次郎君） 實ハ憲法ニ對スル請願ガ出來ルカ出來ナイカト云フコトガ、此ノ憲法草案ヲ要綱デ發表致シマシタ時ニ、アノ發表シマシタ文句デアルト、ドウモ憲法ニ對スル請願、憲法ノ改正ニ關スル請願ガ出來サウモナカツタノデアリマス、解釋デ言ヘバ、事ニ依ルト法律迄ハ廣イ意味トシテ請願ガ出來ルト思ヒマシタケレドモ、兎ニ角文字トシテハ餘リ感心シナカツタノデアリマス、ソコデ要綱ト違ツテ居リマス主タル動機ハ、其處ニアツタノデアリマスガ、後ノコトハ御説ノ通リデアリマシテ、漸次研究シタイト思ツテ居リマス
○松村眞一郎君 私、此ノ程度デ此ノ點ノ質問ヲ終リマス
○牧野英一君 先ヅ十六條ニ付テ少シバカリ心得ノ爲ニ伺ツテ置キタイ、先ヅ文字デゴザイマスガ、命令、規則トアリマス命令ト云フノハドウ云フコトデスカ
○國務大臣（金森徳次郎君） 命令ト云フコトハドウ云フコトカト、斯ウ仰セラレテモ困リマスルガ、制定セラル、命令デゴザイマスガ故ニ、大體制定ト云フ言葉ノ包容スル範圍ノモノデナケレバナリマセヌノデ、結局法律ニ類似シタモノデアリマス、而モ法律トハ言ハレナイト云フ程度ノモノデアリマス、政令ハ其ノ最モ代表的ナモノデアリマスケレドモ、此ノ憲法ハ政令バカリヲ豫想シテ居リマセヌ、各府縣廳ト云フヤウナ地方機關モ出シマセウシ、各省ト云フヤウナモノモ命令ヲ出スコトノアルコトヲ豫想シテ居リマスノデ、サウ云フモノノ全部ヲ含メテ、法則ノ形ヲツテ居ル國家ノ意思表示、斯ウ云フ風ニ御理解願ツタラ‥‥
○牧野英一君 矢張リサウ云フ譯デ、政令ノ下ニ色々ナモノガアル、ソレヲ含メテ命令ト云フ言葉デ御現シニナル、此ノ憲法デハ此處ダケデスネ
○國務大臣（金森徳次郎君） マダ外ニモ用ヒテ居リマス
○牧野英一君 有難ウゴザイマシタ、ソコデ次ニ規則ト云フノガアリマスガ、此ノ規則ト云フノハドウ云フコトデスカ
○國務大臣（金森徳次郎君） 規則ト云フ言葉ハ、寧ロ今回ノ憲法ガ特ニ使ツタ字ト云ヒ得ルノデアリマスガ、是ハ一種ノ命令ト考ヘテ宜イト思ツテ居リマス、唯其ノ命令ノ中ニ、非常ニ具體的ナ、手續ニ近イモノヲ規定スル、實質上ノ意思作用デナクテ、單ニ手續的ノモノヲ規定スルト云フ風ナモノニ著想ヲ致シマシテ、規則ト云フ言葉ヲ使ツテ居ル譯デアリマス、ソレハ何處ニモ定義ガアル譯デモ何デモアリマセヌ、全體カラサウ云フ風ニ‥‥
○牧野英一君 最高裁判所ガ規則ヲ定メルト云フコトガアリマス、アノ規則ノコトカト私ハ思ツタノデアリマスガ、ソレニ拘泥シナイ譯デアリマスカ
○國務大臣（金森徳次郎君） 最高裁判所ノ定メマス規則ト云フノハ、相當重要ナ意義ヲ持ツテ居リマスガ、此處ノ規則ト云フノハ廣イ意味デ、曩ニ私ガ述ベマシタヤウニ、今日命令ト云フ言葉ヲ以テ覆ハレテ居ルヤウナ中ニ於キマシテ、一種特色ヲ帶ビテ居ルヤウナモノヲ共ニ包容ヲシタ、殘ル隈ナク包容スル譯デアリマス
○牧野英一君 條例ハドウナリマスカ
○國務大臣（金森徳次郎君） 條例ト云フノハ何ヲ‥‥
○牧野英一君 地方自治ノ所ニ條例ノ規定ガアル
○國務大臣（金森徳次郎君） 是ハ何處ニ含マレルカト云ヘバ、法律、命令又ハ規則ト云フ中ノ何レカニ入ルモノト思ツテ居リマス
○牧野英一君 例ニ依ツテ牧野式ノ御尋ネヲシテ相濟ミマセヌガ、サウ云フ風ニナリマスカラ、矢張リ文字ヲモウ少シ整理ヲシテ、遺漏ノナイヤウニ御願ヲシタイト思ヒマス、モウ一遍恐レ入リマスガ、命令ハモウ一ツ何處ニ出テ居リマスカ、憲法ノ上ニハ‥‥
○國務大臣（金森徳次郎君） 此ノ衆議院修正案ノ九十八條ニ、「法律、命令」ト列ンデ居ル、ソレカラ少シ曖昧ナ言葉デアリマスケレドモ、前文ノ中ニモ「法令」ト出テ居リマス
○牧野英一君 「法令」ト云フ言葉ガアリマスナ
○國務大臣（金森徳次郎君） 「法令」ト云フ中ニ出テ居リマス
○牧野英一君 現行憲法デハ、「命令ヲ發シ又ハ發セシム」ト云フ言葉ガアルガ爲ニ、命令ト云フ言葉ハ憲法上確ナ意味ヲ持ツ譯デアリマスガ、成ル程此ノ九十八條ノ方ハ私今日迄氣ガ着キマセヌデシタガ、命令ト云フ言葉ヲ憲法デ使フト云フコトニナルト云フト、内閣トノ關係上、内閣ハ政令ヲ出スト云フダケノコトニナツテ居リマスカラ、何カ其處ニモウ少シ御用意ガアツテ欲シイヤウナ氣ガ致シマスノト、又此ノ憲法ノ中ニ規則ト云フ項目ガアツテ、ソレハ法律ニモ非ズ、政令ニモ非ザル規則ト云フモノガ最高裁判所ノ決メルモノデ、現ニ憲法ニアリマスシ、又其ノ外ニ條例ト云フモノモ憲法ニアリマスカラ、矢張リボンヤリト命令又ハ規則ト云フ意味デハナク、憲法ハ憲法ラシク文字ヲ使ツテ戴クト、自ラ明白ニナリハシナイカト、斯ウ考ヘテ居ル次第デゴザイマスガ、是モ文字ノ末ノコトニナリマスガ、折角憲法デ色々ナ法規ノ分類ヲシテ居ルノデアリマスカラ、ソレガハツキリト眼ニ映ルヤウニ御勘考ヲ願ヘレバ幸福ト私ハ考ヘマス、ソレカラ「公務員の罷免」トアツテ任命ノ方ハアリマセヌガ、是ハ任免共ニ請願ヲ許スト云フコトニシテハイカヌノデスカ
○國務大臣（金森徳次郎君） 先程ノ命令ノ所デアリマスガ、モウ一ツ、最高裁判所ノ所デス、修正八十一條ニ、「一切の法律、命令、規則又は處分」斯ウ云フ言葉ガゴザイマス
○牧野英一君 サウ、アリマシタカネ
○國務大臣（金森徳次郎君） 衆議院修正ノ八十一條デス、又非常ニ網羅的ニハナツテ居リマセヌ、斯ウ云フ言葉ハ一般學問上發達シテ居ル言葉デアリマシテ、一々憲法ニ使フ言葉デアルカラトテ、憲法デ定義ヲ作ツテ行クト云フコトハ可ナリ困難ナ事情ガアリ、又言葉ヲ言葉デ定義スレバ果テシガナイト云フコトニナリマス、或場合世間デ使用スル言葉ヲ取リ來ツテ用ヒタ次第デアリマス、曩ノ條例ト云フ言葉ハデス、何處ニ入ルカト云ヘバ、強ヒテ御説明申上ゲマスレバ、法律デハナイ、其ノ外ノ法令的ノモノト云フコトデ、命令ノ中ニ入ルモノト、若シ精密ニ解釋スレバサウ云フコトニナルト存ジテ居リマス
○牧野英一君 サウ云フ譯デスカラ、私ハ何故規則ト云フモノダケ特別ニ御作ニナツタカ、ソレハ規則ト云フコトハ要ラヌコトニナル譯デアル、斯ウ思ツタノデアリマス、規則ダケヲ特ニ御出シニナル必要ハナイノデ、成ル程舊刑法ナドニハ法律規則ト云フ言葉ガゴザイマシタガ、是ハ舊刑法ノ言葉デアリマシテ、憲法ヲ新ラシク作ル時ニサウ云フ廣イ意味ノコトヲ御考ニナツテ、法律命令ト仰シヤイマスナラバ、法律命令ダケデ宜イノデアツテ、態々茲ニ規則ヲ御出シニナル必要モナイ、併シナガラ此ノ憲法デ折角規則ト云フ一種ノ「カテゴリー」ヲ認メ、條例ト云フ「カテゴリー」ヲ認メテ居ルナラバ、後ノ「法律又は命令」ト云フ所デ尚私研究ヲシ直シマスガ、モウ少シ我々トシテハ憲法ラシク、法律ラシク文字ヲ用ヒテ疑ヲ避ケルヤウニシタイト思ヒマスルガ、恐ラクハ適用上ドウナリマスカ、隨分小ヤカマシイ人ガ出來マシテ、規則ト云フノハ憲法ニアル規則ダカラ條例ハ入ラヌナドト云フヤウナヤカマシ家ガ世ノ中ニ出テ來ルカモ知レマセヌ、ソレデ結局實體トシテ法律的規範全部ヲ言ヒ表スト云フコトノ思召ニ付テハ私ハ異論ハゴザイマセヌ、唯結局サウナリマスレバ、文字ノ議論デアリマシテ、斯ウ云フコトガチヨツトノコトデ今後ハ最高裁判所ノ裁判ニヒツ掛カル虞ガアリマスカラ、互ヒニ是ハ注意シテ、憲法ノ規定ヲ定メテ置カネバナルマイト斯ウ考ヘタ次第デゴザイマス、「又は規則」ト云フ「命令又は規則」デ有ラユルモノヲ包含スルト云フノハ、相當ニ是ハ何ト申シマスルカ、法律家ラシクナイ言ヒ表シ方ニナルト私ハマア考ヘルノデアリマスガ、是ハマア其ノ位ニ致シテ置キマス、ソレデ罷免ダケノ方ガアツテ、任命ノ方ガアリマセヌガ、隨分任命ノ方モ請願ト云フコトガ在リ得ルコトデナイデゴザイマセウカ
○國務大臣（金森徳次郎君） 段々御質疑ヲ伺ツテ居リマスルト、獨リ言葉ノ論デハナク、此ノ憲法ノ使フ文字ノ根本ニ關スル何等カノ矢張リ私ト牧野委員トノ間ニ基本的ナ考ニ差ガアルノデハナイカト云フ疑惑ニ取圍マレテ居ルノデアリマス、私ハ法律學ノ緻密ト云フコトハ固ヨリ尊重シ愛シマスケレドモ、憲法ハ法律學デハナイノデアリマシテ、是ハ法律ノ大イナルモノデアリマス、法律ノ大イナルモノハ法律學者ノ用フルガ如キ緻密ナル言葉ヲ用ヒナイデ、或程度國民ガ廣ク理解シ得ル所ニ求メナケレバナラヌ、憲法ト憲法學ト云フモノハソコニ差ガアツテ然ルベキモノト思ヒマス、其ノ點ニ根本ノ差ガアルノデハナイカ、私共ガ命令ト規則ト云フモノヲ區別致シマスノハ、是ハドウモ命令ト規則ト云フモノヲハツキリ緻密ニ境界線ヲ引イテ決メルコトハ出來マセヌ、ソレハ言葉其ノモノ、或ハ法律上ニ現レテ來マスル諸種ノ事項ノ中ニ左樣ナ點ハ幾多アルト思フノデアリマス、併シ大體命令ト申シマスレバ意思表示ノ内容ニ依ツテ人ニ或制限ヲ加ヘテ行ク種類ノモノヲ指シ、規則ト茲ニ列ベテソコニ置キマスレバ、自ラ細カイ手續的ノコトデアリ、場合ニ依リマシテハ提出スベキ文書ノ形式、ドウ云フ風ナ欄ヲ拵ヘ、ドウ云フ記載ヲスルカト云フヤウナモノヲモ含ムト云フヤウニ、餘程形式的ナモノト理解シ得ルト思フノデアリマス、大體命令ト規則ト列ベマスルナラバ自然ニ左樣ナ氣持ガ讀ム人ニ頭ノ中ニ説明サレテ來ルデアラウ、トスレバ其ノ所ヲ捉ヘテ此ノ憲法ハ列ベテ之ヲ規定スルト云フコトハ寧ロ常識的デハナカラウカ、併シソレガ命令ト規則トノ二ツノ間ニハツキリシタ法律的限界ハアリマセヌカラシテ、ソコニ事實上二種ノ規定ノ中味ガ交錯スルコトガアリマシテモ、大體事ニ支障ハナイノデアリマシテ、此ノ憲法ノ扱ヒ方デハ同ジヤウナ運命ニ支配サルヽヤウニシテアリマスカラ、ソコノ所ハ安心シテ斯樣ナ言葉ヲ使ツテモ宜イト思フノデアリマス、恐ラク社會的ノ凡ソノ區別ガ出來ルナラバ、若シ必要ガアルナラバ、或程度區別シタ方ガ宜イノデハナイカ、我々ハ含ムト云フ言葉ト加ヘルト云フ言葉ヲドウカスルト同ジ意味ニ使ツテ居リマスシ、ソコニハツキリシタ限界ハアリマセヌ、併シ含ムト加ヘルト云フ言葉ヲ持ツテ居ル國民ノ方ガ、其ノ言葉ヲ持タナイ國民ヨリ其ノ内容ニ於テ豐カナ精神生活ヲナシ得ルノデハナカラウカ、是ハマア一ツノ例デアリマスガ、サウ云フ風ニ考ヘテ居リマス、ソレカラ公務員ノ罷免ヲ書キマシテ、公務員ノ任命ヲ書キマセヌノハ、此處ニ書キマシタノハ例示事項デアリマス、例示トシテハ公務員ノ任命ノ請願ヨリ罷免ノ請願ノ方ガ客觀シテ多カラウト斯ウ云フ風ニ考ヘマシテ、顯著ナル場合ヲ此處ニ例示致シマシタ、網羅的ノ趣旨デナイコトハ前カラ申上ゲテ居ル通リデアリマス
○牧野英一君 餘リ細カイ議論ヲシテハ恐縮デアリマスガ、文字ノ用ヒ方ニ付テ金森大臣ノ今仰シヤツタ心持ノ議論ニ付テハ、成ル程私ハ金森大臣ト大分考ヘ方ヲ異ニシテ居ルト云フコトダケハ、ドウゾモウ一度ハツキリ言ヒ現ハサシテ戴キタイ、學問ト法律ハ違フト斯ウ云フ風ニ仰シヤイマスケレドモ、マア、聊カ樂屋落チノ話ニナリマスガ、私モ永年法制局ノ參事官ヲ勤メマシテ、法律勅令ノ立案ニ參加モ致シマシタシ、又民法刑法ノ立案ニ付テハ法律調査委員時代以來三十年モ仕事ヲシテ居リマスガ、サウ云フ心持デ分リサヘスレバ宜イト云フヤウナ文字ノ使ヒ方ハシナカツタ譯デアリ、其ノ點ハ年來仕事ヲ同ジクシタ金森大臣モ御同樣ノ態度ヲ執ツテ正確ニ御仕事ヲナサツタ、其ノ正確性ト云フコトニ付テハ寧ロ金森大臣ノ法制局參事官時代ノ御仕事ニ對シテ私ハ敬意ヲ拂ツテ居ル一人デアリマス、ドウゾ斯ウ云フコトニ憲法ヲ決メル時ニ分リサヘスレバ宜イト云フ程度デ物ヲ仰シヤラナイデ、兎ニ角規則ト云フ言葉、條例ト云フ言葉ガ此ノ憲法ニ色々アリマスルシ、尚後ヲ見マスルト、法律命令トソレカラ規則ヲ加ヘタ場合トカ色々ニナツテ居リマスルガ、マダ私ソコ迄ハツキリト十分研究ヲ致シテ居リマセヌ、何カ大シテ御手數ヲ煩サナイデ此ノ邊ガ辻褄ノ合フヤウニ内容形式ノ兩面カラ御考ヘ下サレバ有難イノデ、私ハ寧ロ法律ノ方ガ言葉ヲ嚴重ニ使ツテ居ルノニ學者先生ノ書物ノ方ガ隨分「ルーズ」ニ文字ヲ使ツテ居ルノデハナイカト思ハレルコトガ多イ、學者先生ハ事柄ガ分レバ文字ハ少々「ルーズ」デアツテモ宜イト云フコトニナリマセウガ、法律ノ方ハ少シデモ文字ニ手落ガアリマスト、ソレヲ以テ何處カラ突込マレルカ分リマセヌ、殊ニ私ガ先程申上ゲマシタ通リニ憲法ハ立法ヲ拘束スルノデアリマス、現行憲法デアリマスト、立法デ決メタコトハ憲法上ソレデ許サレルコトニナルノデアリマスケレドモ、今度ハサウデハアマセヌカラ、出來ルダケ立法ヲ拘束スル限界ノハツキリスルヤウニ文字ヲ使ツテ行キタイ、其ノ點ニ付テハ既ニ色々其ノ場合ニ議論ヲ致シテ置キマシタ譯デ、ソレデ文字ノコトヲヤカマシク申スノデアリマスガ、尚此ノ點ハ、此ノ法律命令ト云フ言葉ガ今御示ノ通リ此ノ外ニ二箇所モアリマス、規則ト云フコトヲ入レタ場合ト入レヌ場合ト、條例ト云フモノガアリ、又規則ト云フコトニ付テハ最高裁判所ノ關係デサウ云フモノガアル、之ヲ睨ミ合セテ、此ノ整理ト云フコトヲ御考ヘ下サル譯ニ行カナイカ、是ハ御願ヒ致シテ置キマス、私モ尚篤ト是ハ研究致シマセウ、又罷免ノコトデゴザイマスルガ、成ル程任命ノコトハ其ノ他ノ事項ニ入リマセウシ、實際ニ例ノ多イノハ罷免ノコトデゴザイマセウカラ、特ニ罷免ヲ御出シニナツタト云フコトニ付テハ了解致シマス、折角斯ウ云フ字ヲ御使ヒニナルナラバ、簡單ニ任免ト斯ウオヤリニナツタナラバ片手落チニナラヌ事ガ、ハツキリ分ルノデハナイカト思ヒマスガ、是レ以上ハ見解ノ相違ト云フコトニナリマセウ、ソレデ此ノ問題ハ打切リマシテ、十六條ニ關スル第二ノ質疑ヲ御願ヒ致シタイ、ソレハ差別待遇ト云フコトヲ伺フ積リデゴザイマシタ、私ハ自分ノ試ミノ案デハ、此ノ請願ヲナシタル爲ニ如何ナル不利益ヲモ受ケルコトガナイト、斯ウ自分ノ案ニハ書イテ見テ居ルノデアリマスガ、是ハ成ル程先程カラノ話ヲ伺ツテ居ルト、サウ云フ意味ダト、斯ウ云フコトデゴザイマスガ、文字ノ議論ニナツテ誠ニ相濟ミマセヌガ、差別待遇モ受ケナイト云フコトヨリモ、アツサリト不利益ヲ受ケルコトガナイト云フ風ニ御考ヘ下スツタ方ガ、是モ疑ヲ招カナクテ、廣ク包容ガ出來テ宜イノデハナイカト思ヒマスガ、是モ内容ニ付テハ心持ガ同ジデアリマスカラ、是ハ特ニ御答ヲ戴クコトハ要リマセヌ、ソレカラ質疑ノ第三ハ、例ヘバ第十七條ヲ見マスト云フト、「法律の定めるところにより」ト斷ツテアリマスガ、此ノ十六條ノ場合ニハソレガ斷ツテアリマセヌ、先程來伺ツテ居リマスルト云フト、何レ是ハ何カ規定ガアルコトニナル、場合ニ依ツテハ法律ニ依ツテ定メル必要モアルデアラウト云フヤウナ風ニ御答ニナツタヤウニ伺ヒマシタガ、是ハ原則トシテ請願ヲ斯ウ廣ク許スニシテモ、手續其ノ他ノ關係ニ依ツテ法律上自ラ一種ノ締括リヲ受ケルヤウナコトガアルカモ知レナイノデ、ソコデ精神ハ十六條デアルガ、自ラ法律ノ定メル所ニ依ツテ事ガ動クト云フヤウナ趣旨デ「法律の定めるところにより」トスレバ、平穏ニ請願スルト云フコトダケハ、憲法デ動カヌガ、其ノ他ノ點ニ付テハ「法律の定めるところにより」ト、斯ウ云フ風ニ御決ニナル方ガ如何ナモノデゴザリマセウカ、ト云フノハ「法律の定めるところにより」ト云フ言葉ガゴザイマセヌト云フト、其ノ法律デ定メタ場合ニ隨分ヤカマシ屋ガ斯樣ナ法律ハ憲法違反デアルト云フコトヲ訴ヘ出ル餘地ガアリ得ルコトニナリマセウカラ、矢張リ「法律の定めるところにより」トシテ、命令ヤ規則ナドデハイカヌ、矢張リ法律デ之ヲ決メテ置カナケレバナラヌ、今日請願令デ出テ居ルヤウナモノハ、必ズ議會デ定メナケレバナラヌト云フ所迄ハツキリナサルカ、セメテ法律又ハ政令ニ依ルトナサルカ、ソコヲ憲法違反ノ議論ガ後デ起ラヌヤウニ御用意下サルコトガ必要デナイモノデゴザイマセウカ
○國務大臣（金森徳次郎君） 御質疑ノ最後ノ「法律の定めるところにより」ト云フヤウナ字句ヲ入レタ方ガ宜イノデハナイカト云フ御疑ニ對シマシテハ、若シ入レマスレバ、恐ラク此ノ憲法ノ總テノ條文ニ左樣ナ規定ガ欲シイノデアリマス、言論ノ自由デアリマシテモ、或ハ其ノ外ノ大シタ斷リナクシテ保障シテアリマス各個ノ規定デアリマシテモ、多ク之ニ付キマシテ法律ガ出來ルコトハ豫見シテ居リマス、從ツテ從ヒテ謂ヘバ「法律の定めるところにより」トアルコトガ一ツノ考ヘ方デアラウト存ジマス、併シ左樣ニ考ヘマスレバ、總テ法律ヲ伴フト云フコトニナリマシテ、可ナリ妙ナ形ニナツテ來ルト思ヒマス、此ノ憲法ヲ起草シテ居リマス根本ノ考ヘ方ト致シマシテハ、憲法ト云フ大キナ枠ガアレバ、其ノ枠ノ中ニ於テ法律ガ具體的ナル規定ヲ設ケ得ルコトハ當然ノコトデアリマス、是ガ一般ノ通念デアラウ、斯ウ云フ風ニ考ヘテ居リマシテ、左樣ナコトハ直接ニハ規定ヲ設ケテ居リマセヌケレドモ解釋上當然ノコトトシテ了解ヲシテ居ル譯デアリマス、而シテ尚一ツノ補助的ナル證據ト申シマスカ、サウ云フ考ヘ方ノ證據トシテ一例ヲ擧ゲマスレバ修正案ノ第七十三條ノ第六號ニ依リマシテ、「この憲法及び法律の規定を實施するために、政令を制定すること。」ト云フ規定ガアリマスルガ、是ハ政令ノ規定デアリマス、法律ハ人ノ權利義務ノ枠ヲ附ケ得ル當然ノモノデアリマスルカラ、ソレガ憲法ノ趣旨ニ從ツテ定メテ行クコトニ付テハ實ハ疑惑ヲ持ツテ居ナカツタノデアリマス、此ノ憲法ノ中ニ於キマシテ、特ニ法律ノ定メル所ト云フ言葉ヲ使ヒマシタノハ、之ヲ設ケナケレバ、工合ノ惡イ事情ノハツキリシタ場合ニ限ツテ居リマス、例ヘバ第十七條ニ於キマシテ「法律の定めるところ」ト斯ウアリマスノハ、之ガ範圍等ニ付キマシテモ若干ノ制限ガ起リ得ルカラデアリマス、如何ナル範圍ニ付テ賠償ヲ求メ得ルカ、ト云フヤウナコトヲ決メルコト迄モ法律ニ依ルト云フ趣旨デアラウト思ヒマス、或ハ又所有權ノ所ニ法律ト書キマシタノハ、何カ其處ニ字ガ出テ來ナケレバ規定ノ出來ナイヤウナ姿ノ下ニ置カレテ居リマスガ故ニ、法律ト云フ言葉ヲ使ツタ譯デアリマス、又衆議院修正ノ第十條ノ「日本國民たる要件は、法律でこれを定める。」、個々ノ法律デ之ヲ定メルト云フ締括リノ衆議院ノ御修正ハ、我々原案者ノ立場カラ言ヘバ、言ハナクテモ宜イコトヲ言ツタノデアル、又言ツテ害ノナイコトヲ言ツタノデアル、斯ウ考ヘルノデアリマシテ、法律デ決メラレルノハ當然ダ、之ヲ憲法ニ書ク必要ガナイト云フノガ原案者ノ理由デアリマス、法律デ定メルト憲法ニ書イテモ差支ナイシ、一ツノ考トシテ正當デアル、斯ウ云フ所カラ政府ノ万デ御同感申上ゲマシタ、諄々シク申シマセヌガ、一貫シテ憲法執行ノ爲ニ必要ナル規定ハ、法律デ定メルト云フコトヲ前提トシテ理解シテ居リマス、ソレガナケレバ立法權ト云フモノハ成立スル餘地ガ非常ニ乏シクナツテ參リマス、斯ウ考ヘテ居リマス、唯其ノ執行ノ範圍ヲ超エマシテ幾分根本ノ方迄モ補正スルト云フ場面ニ於キマシテハ、特ニ法律ト云フ言葉ヲ使ハナケレバナラナイノデハナカラウカ、即チ委任法ト云フ意味ニ於キマシテドウシテ、モソレガ必要ニナツテ來ルノデアリマシテ、第十二條ノ場合ニ於テハ其ノ意味ニ於テ規定ノ意味ガアル即チ「法律の定める」ト言フ言葉ガ加ツテ居ルコトニ重要ナ意味ガアラウト考ヘテ居ル次第デアリマス
○牧野英一君 此ノ問題ハ斯樣ニ、小サナ問題デナイコトヲ、各位ハ御氣附キ下サツタコトデアラウト思ヒマス、結局現行憲法デゴザイマスト、獨立ニ行政命令ヲ出スコトガ出來ルヤウニナツテ居リマスルカラ、立法事項ノ外ニ行政命令ガアル、ソコデ憲法第二章デ法律事項トシテ總テノコトヲ定メテ置ク必要ガアル譯デアリマスガ、此ノ改正案デハ政令ト云フモノハ單ニ法律ノ施行ノ爲ニノミ働クモノデアル、從ツテ總テノコトガ法律デ定メラレル譯ニナルノデアルカラ、ドノ條文モ、若シ言ヘバ法律ノ定メル所ニ依リト云フコトヲ加ヘナケレバナラヌ譯デアルガ、其ノ必要ガナイモノト認メテ、是ハ書カナカツタ、斯ウ云フコトニナルヤウナ趣旨カト私ハ伺ヒマシタガ、ソコデ、併シナガラ第十七條ノ場合ハ少シ樣子ガ違フ、斯ウ云フノデ御アリニナリマシタ、私ハ成ル程此ノ十條ノ國籍ニ關スル規定ノヤウナ場合ニハ、當然法律ヲ以テ定メネバナリマセヌノデ、政令デ獨立ニ働ク餘地ト云フモノハナイト云フコトニナリマセウ、從ツテ是ハ毒ニモ藥ニモナラヌ規定デアルガ、折角衆議院デ設ケタモノデアルカラ政府トシテハ賛成シテ置イタ、誠ニ一應ノ御釋明トシテ了解致シマス、併シナガラ十七條ノ方デハ、特ニ法律ト斷ツテ置カヌト云フト問題ヲ生ズル餘地ガアル、斯ウ云フ風ニ御懸念ニナリマスルノデ、結局或場合ニハ特ニ法律ニ依リト云フコトヲ書イテ、法律ガ、場合ニ依ツテハ施行以上ニ或制限ヲ置カネバナラヌコトガアル、此ノ憲法ノ規定ガ‥‥、サウ、何ト申シマスルカ、憲法ノ規定ヲ施行スルノニ當ツテ特ニ政令ダケデハ取リ賄ヘナイト云フコトガアリ得ル虞ノアル時ニハ、矢張リ其ノ法令ニ依リト云フコトヲ書イテ疑ヲ避ケルコトニシテ置カネバナラヌト云フ御趣旨デアラウト思ヒマス、結局私ノ趣旨ハ、此ノ法律ニ依リト云フコトノ規定ノアル爲ニ至ツテ、是ハ段々ニ更ニ御伺ヒスル譯デアリマス、此ノ規定ノ精神ヲ沒却シナケレバ、法律デ相當ニ自由ナ規定ガ出來ルト云フコトヲ豫定シタモノデアラウト申ヒマス、ソレカラ十六條ノ場合ニ法律ノ定ムル所ニ依リト云フコトガアリマセヌト云フト、此ノ文字ノ儘ニ總テガ拘束サレルコトニナリマスルカラ、相當ニ不都合ナコトガ出來ヤシナイカ、例ヘバ、後ノ質問モ今直グ申上ゲマスガ、天皇ニ對シテ請願ガ出來ルカ、議會ニ對シテ請願ガ出來ルカ、モウ一ツ加ヘテ、最高裁判所ニ對シテ請願ガ出來ルカ、サウ云フヤウナ風ニ問題ヲ考ヘマスト、ドウシテモ請願法ト云フモノヲ拵ヘテ、相當ニ據ルベキ途ヲ明カニシテ置カネバナルマイト思ヒマス、又國及ビ公共團體ニ對シテ請願ヲスル場合ニ限ル、斯ウ云フ風ニ先程ハ御説明ニナリマシタガ、國ト云フ場合ニハドウ云フ風ニナルノカ、其ノ手續ノ關係ガ自ラ實體ニ及ブ虞ノアルヤウナ場合モアリ得ルノデ、ソコデサウ云フコトハ總テ一定ノ請願權ノ原則ハ憲法デ認メルケレドモ、其ノ原則ノ精神ヲ覆サナイ、侵サナイ限リニ於テハ法律デ色々定メル、斯ウ云フ風ニアルベキモノト私ハ考ヘルノデアリマス、其ノ方ガ用心深イコトデナイデセウカ、成ル程一一書カネバナラヌコトニナルト、斯ウ仰シヤイマシタガ、是ハ改正案ノ立場ト現行憲法ノ立場トノ違ヒハ、現行憲法ハ法律ニ讓ツテ居リマス、法律ニ依ルニ非ザレハ何何セラルヽコトナシトアリマスケレドモ、改正案デハ法律ニ依ラヌ、法律デ許サヌ、ソコガ一ツノ大キナ違ヒニナツテ居ル、從ツテ法律ノ定ムル所ニ依ルトト云フ時ニハ、憲法ノ原則サヘ覆サナケレバ、相當ニ法律デ自由ナ働キガ出來ル餘地ガアリマスルノデ、法律ノ定メル所ニ依リト云フ風ニ致シマスルト、現行憲法ノ立法事項ト同ジ、少クトモ近イモノニナルト思ヒマス、從ツテ私ハ此ノ憲法改正案ヲ理解スル上ニ於キマシテハ、法律ノ定メル所ニ依リト云フ斷リノアル規定ト、然ラザル、サウ云フ斷リノナイ規定トノ間ニハ性質上非常ニ大キナ差異ガアルト考ヘテ居ルノデアリマス、斯ルガ故ニコソ此ノ最高裁判所ノ問題ニナツタ時ニ、ソコニ違ヒガ出テ來ルト思ヒマスルノデ、從ツテ總テノ條文ニ法律ノ定ムル所ニ依リト御書キニナツタラ如何カト申シマセヌシ、又或條文ニ於テハ法律ノ定ムル所ニ依ルト書イテハイカヌ、必ズ此ノ憲法通リニヤラネバナラヌト云フコトモアルノデアリマスガ、此ノ請願ニ關スルノハ國家ニ向ツテ賠償ヲ求ムル場合ト同ジヤウニ、法律ノ定ムル所ニ依リト斷ツテ御置キニナツテ、一方ニ於テハ法律デ決メルガ、片方ニ於テハ政令、命令其ノ他規則デ以テ定メルコトハ出來ヌ、斯ウ云フ風ニハツキリシテ置イテ戴イタラドウ云フモノデアラウカ、斯ウ考ヘル次第デアリマスガ、或ハ私ガ勘違ヒシテ居ルコトデゴザイマセウカ、御考慮ヲ煩シタイ、結局何モナクテ宜シクヤレト仰シヤルノデスガ、隨分天皇ニ對シテ請願ガ出來ルカ出來ヌカ、或ハ國務大臣ハ出來ルト云フ御答デゴザイマシタガ、此ノ憲法ノ建前カラ申シマスト、餘程私ハ疑ガアルト思フ、ソレハモウ此ノ疑ヲ持ツテ居ルト云フ點ニ付テハ高柳委員ト私ハ初メカラ考ヲ同ジニ致シテ居リマス、又同時ニ裁判所ニ對スル請願ト云フコトガ許サレルカドウカ、斯ウ云フコトモアリマスルシ、又國及ビ公共團體ト云フ先程ノ御話デシタガ、議會ニ對シテ請願ヲスルノハ、國及ビ公共團體ニ對スルノデハナイ、國及ビ公共團體ノ事務デハゴザイマセウガ、ソコガドウ云フコトニナリマセウカ、サウ云フコトハ矢張リ請願令デキチント決メテ、請願ガ不仕ダラナコトノナイヤウニ、一定ノ順序ト手續ト禮儀トヲ守ツテ行ハレルヤウニ規定サレネバナラヌ、其ノ規定ガ法律ノ定メル所ニ讓ツテアリマセヌト、天皇ニ對シテ請願ガ出來ナイト云フ説デ考ヘテ見マセウ、出來ナイト云フ説ヲ持ツテ居ツテ出來ル、出來ルノダカラ俺ハスルノダ、斯ウ云フノガ出テ來テ、何カノキツカケデソレガ最高裁判所ノ訴訟問題ニナルヤウナコトガアリ得ル心配ガナイモノデゴザイマセウカ、ソレデ私ハ矢張リ請願法ト云フモノガ、相當ニシツカリシタ請願ノ取締リ‥‥取締リト云フ言葉ヲ使ツテハ惡ウゴザイマスガ、請願ノ規正トデモ申シマセウカ、規律ヲ正シ、整頓スル方法ヲ決メルヤウニ、コヽデ法律ノ定ムル所ニ依リト、斯ウ云フ風ニ明カニシテ置イテ戴クト、萬事ノ決リガ立ツヤウニ思フノデアリマス、獨リ法律ニ依ルバカリデハナイ、政令ニモ、命令ニモ、規則ニモ、條例ニモ依ラヌ、斯ウ云フ反對ノ意味ヲ含ムモノデアルト云フコトヲ御承知願ヒタイ、サウシテ斯ウ云フ規定ガアル場合ト、法律ノ定メル所ニ依リト云フ斷リノナイ場合トデハ、憲法ノ運用上相當ニ大キナ違ヒガ將來起ルモノト私ハ考ヘテ居ルノデゴザイマスガ、此ノ最後ノ點、是ハ愈々根本問題ニ入リマシタ、文字ノ問題デハナクシテ根本問題、即チ法律ノ定メル所ニ依リト斷ツテアル場合ト、ナイコトニ依ツテ大キナ違ヒガ出來ル虞ガナイカ、是ハ是カラ段々十八條以下ヲ論ズル時ニ問題ニナルコトト考ヘマスガ、サウ云フコトハ、金森國務相トシテハドウ云フ風ニ御考ニナツテ居リマスカ、此ノ根本的ナ考ヘ方デ一應チヨツト伺ツテ置キタイ、或ハ私ハ此ノ憲法ノ改正案ヲ誤解シテ居ルノカモ知レマセヌガ、一應ドウゾ御示ヲ願ヒタイ
○國務大臣（金森徳次郎君） 憲法ノ規定ノ中ニ、法律ノ定メル所ト云フ文字ヲ加ヘマスル場合ハ、先程申シマシタヤウニ、之ヲ加フル必要ガアルト云フ場合ニ加ヘテ居ルノデアリマシテ、必要ノナイ場合ニハ加ヘナイノデアリマス、何故加ヘナイヤウナ方向ヲ選ブカト云ヘバ、現行憲法ノ持ツテ居ル各種ノ缺點ヲ之ニ依ツテ除カウト云フ趣旨デアル譯デアリマス、到ル處ノ條文ニ法律ノ定ムル所ニ依リト云フ條件ヲ加ヘマスルナラバ、憲法アリト雖モ、憲法ノ理論的ナル價値ト云フモノハ失ハレテ、實體ハ法律ニ移ツテシマフト云フコトニナラウト思ヒマス、此ノ憲法ハ、第三章ノ諸般ノ基本的ナル權利ニ付キマシテハ、左樣ナ現行憲法ノ採ツテ居ツタヤウナ法律委任ノ、或ハ立法標準ヲ示スト云フ意味ノ、此ノ憲法ノ原理ヲ排除シ、專ラ憲法自身ガ直接ニ國民ノ權利ヲ規正スルノデアリマス、從ツテ法律トシテモ此ノ憲法ノ豫想シタル枠ヲ一歩モ超ユルコトハ出來ナイノデアリマス、斯クスルコトニ依ツテ理論的ニ憲法ガ國民ノ權利ヲ保障スル目的ヲ達スルト云フ大原則ヲ主張シテ居ル譯デアリマス、唯併シナガラ其ノ時ニ憲法ノ持ツテ居ル枠ガ如何ニ作ラレテ居ルカト云フコトノ解釋ハ、例ヘバ衆議院修正ノ第十二條、第十三條ノ如キ規定ガ之ニ大イナル働キヲ持ツテ居ルコトハ是モ認メマス、サウシテ左樣ナ組立ノ下ニ出來タモノノ合理性ノ最後ノ審判ハ最高裁判所ニ持ツテ行ク、斯ウ云フ考ヘ方デアリマス、之ヲ一言ニシテ言ヘバ國民ノ權利ノ最後ノ保障ハ最高裁判所ニ委ス、ケレドモ法律的ニハ必ズシモ多クヲ委サレナイデ憲法ガ理論的ニ解決スル、斯ウ云フ建前デアル譯デアリマス、今ノ問題トナツテ居リマスル請願ノ如キ規定ハ平穩ニ請願ヲスルト云フコトニ重點ヲ置キマスルナラバ、他ニ特別ナル要件ヲ加ヘナクテモ後ハ請願ト云フモノノ事ノ性質ト、ソレカラ修正案第十一條、第十二條ノ示ス所ノ枠ト云フモノニ依ツテ妥當ニ規正セラレ得ルモノデアル、ソコニ立法權ノ働クベキ十分ナ價値ガアルト、斯ウ云フ風ニ考ヘテ居ル次第デアリマシテ、斯樣ナ言葉ヲ用ヒテ誠ニ恐縮デハアリマスケレドモ、此ノ請願ニ關スル憲法ノ規定ノ中ニ「法律により」ト云フ言葉ヲ設ケナカツタコトハ、此ノ憲法立案ノ根本ノ方針ニ觸レテ居ル趣旨ト了解シテ居リマス
○牧野英一君 是レ以上ハ見解ノ相違ニナリマセウガ、直グ私ハ十七條ニ移リマスガ、何故ニ十七條ニ「法律の定めるところにより」ト書イテアリ、此ノ法律デハドンナコトヲ定メルコトニナルノカト云フ疑ヲスルノガ是ガ前提デ伺ツタ譯デアリマスガ、成ル程政府原案ノ二十四條ニハ教育ニ關シテ矢張リ「法律の定めるところにより」ト云フコトガゴザイマスルシ、原案第二十八條ノ刑罰ニ關スル規定ハ稍々樣子ガ違フト云フコトニナルカモ知レマセヌガ、「法律の定めるところにより」トアルノトナイノトデハ、憲法ノ運用ガ大變ニ違フト云フコトヲ私ハ考ヘテ居リマスノデ、之ニ付テハ是レ以上議論ハ致シマセヌ、サウシテモウ一度請願ニ付テハ此ノ儘放リ出シテ宜イカ、矢張リ法律デ或程度ノ締括リヲスルト云フコトヲシテ置ク方ガ宜イノデハナイカト云フコトハ一ツ能ク御考ヲ願ヘレバ有難イト思ヒマス、如何ニモ此ノ請願權ノ規定ハボンヤリシタ規定デゴザイマスルノデ、之ニ絞リヲ掛ケルト云フコトニナルニハ單純ナ政令ダケデハイカヌコトニナリハシナイカト、斯ウ云フ風ニ私ハ心配ヲスルノデアリマス、現ニ今日制定サレテ居ル請願令ト云フモノヲ見マシテモ、請願ノ事項ト云フモノハサウ簡單ナモノデナイト云フコトヲ御察シ下サルダラウト思ヒマス、併シナガラ是レ以上ノコトハ御伺ヒ致シマセヌ、ソレデ私ハ最後ノ五ツ目ノ疑ト致シマシテ、天皇ニ對スル請願、裁判所ニ對スル請願ハドウ云フ風ニナルモノカト云フコトヲ伺ヒタイト思ツタノデアリマスガ、天皇ニ對シテハ請願ガ出來ルト云フノガ當局ノ御解釋、之ニ對シテ高柳委員ハ少クトモ憲法ノ精神上大イニ疑ガアルト云フコトヲ言明サレテ居リマス、ソレカラ議會ニ對スル請願ノコトハ法律デ決メルコトニナルデアラウ、斯ウ云フノガ當局ノ説明、裁判所ニ付テハ實際ハドウ云フ場合ガ起ルコトカト言ヒマスルト、是モ論理的ニハ考ヘラレルコトデアリマスガ、サウ云フ風ニナリマスト此ノ十六條ノ文字モ此ノ儘デハ相當ニ内容ノ明白デナイ虞ガアル、從ツテ請願ガ不當ニ濫用サレテ、其ノ爲ニ秩序ノ維持上遺憾ナコトガアリハシナイカト云フコトヲ私ガ心配シテ居ルト云フコトダケハ、恐入リマスケレドモ、尚モウ一度御考ヲ願ヘレバ有難イ、ソレデ十六條ニ對スル私ノ質問ハ打切ニ致シマス、十七條ニ付テ少シバカリ伺ツテ置キタイ、是ハ衆議院ガ加ヘタ所ノ修正デゴザイマスルノデ、從來私ガ質問ヲ申上ゲタコトノ例カラ申シマスルト、衆議院ノ修正ニ對シテハマア私ノ言葉デ飜譯スレバ、責任ヲ負ハヌト云フヤウナ趣旨ノ釋明ガアリマシタガ、ドウゾサウ仰シヤラナイデ、政府ガ御賛爲スツタノデスカラ、衆議院ニ立代ツテ御釋明ニナルコトヲ希望致シマス、十七條ニ付テハ尚專門ノ霜山委員ノ方カラ司法大臣ニ御伺ガアルラシク伺ツテ居リマスガ、私トシテ此處デ疑トシテ申上ゲルコトガ四ツアリマス、十七條ニ「何人も、公務員の不法行爲により、損害を受けたときは」ト、斯ウアリマスガ、是ハ今日デモ公務員ノ行爲ニ付テハ司法關係ニ於テ損害賠償ヲ認メラレテ居ルモノガアルノデアリマス、又大審院ノ判例ハ漸次其ノ關係ヲ擴メツヽアルト云フヤウナ注意スベキ傾向ガアルノデアリマスガ、ソレデ尚公法上ノ關係ニ於テハ賠償ノ責任ガナイト云フノガ大審院ノ判例ニナツテ居リマス、從ツテソレハ大審院ノ取扱フベキモノデモナイト云フコトニナツテ居ルヤウニ心得テ居リマスガ、此ノ十七條ニ規定サレテ居ルノハ、公法上ノ關係、私法上ノ關係ヲ併セテノ規定デゴザイマスルカ、或ハ公法上ノ關係ダケノ御積リデアルノカ、ソレヲ第一ニ伺ヒタイ
○國務大臣（金森徳次郎君） 御答ガ遡リマシテ恐縮デアリマスルガ、此ノ請願ニ關スル規定ニ付キマシテノ牧野委員ト私トノ間ノ此ノ言葉ノ取ヤリハ何カ問題ガ違ツテ居ルノヂヤナイカ、斯ウ云フ考ヲ起シテ來タノデアリマス、私ハ此ノ修正第十六條ニ關聯シテ、例ヘバ請願法ト云フヤウナ法律ガ出來ナイトハ決シテ申上ゲテ居リマセヌ、此ノ内容ヲ現實ノ場面ニ適切ニ働カセマスル爲ニハ恐ラクハ法律ガ要ルデアラウ、併シ或場面ニ於テハ命令ヲシテモ宜シイカモ知レヌケレドモ、併シソレデハ十分デナイト思フカラ研究中デアル、斯ウ云フコトヲ申上ゲタノデアリマス、併シ牧野委員ノ後ノ方ノ御質疑ノ言葉ニ依リマスルト、此ノ憲法ノ條文ノミデ請願ノ制度ガ行ハレテ行クンデ、法律ハ出來ナイ、其ノ點ハツキリシナイデハナイカ、斯ウ云フ御尋ノヤウニモ取レルノデアリマス、其ノ點ナラバ明カニ之ニ對シテハ施行的ナ法律ガ出來ルモノデアル、斯ウ考ヘテ居リマス、サウシテ其ノ範圍ニ於キマシテ、曩ニ申シマシタヤウニ原案第十一條ノ如キ規定ガ枠ニナツテ或程度迄ノ規律ハ出來ルモノデアラウト考ヘテ居ル次第デアリマス、又場合ニ依リマシテ裁判所ニ對シテ如何ナル請願ガ出來ルカト云フヤウナコトニ付キマシテモ、自ラ此ノ憲法ノ全體ノ趣旨ヲ基ニシテ適當ナル法律ヲ作リマシテモ憲法ニ違反スルト云フ懸念ノナイモノデアラウト考ヘテ居リマス、一例デアリマスケレドモ、例ヘバ裁判所ニ對シテ裁判ヲ動カシテ呉レト云フヤウナ若シ請願ガアリトシマスレバ、左樣ナモノハ此ノ憲法ノ原則カラ見テ容認サレ得ナイト云フ風ニモ思ツテ居リマス、何トナレバ七十六條ニハ、裁判官ハ此ノ憲法及ビ法律ニノミ拘束サレルト云フヤウナ規定ガアリマスルガ故ニ、サウデハナイカト思ツテ居リマス、併シナガラ其ノ裁判ノ手續上ニ於テモウ少シ勉強シテ貰ヒタイ、斯ウ云フヤウナ請願デデモアリマスルナラバ、斯ウ云フヤウナ請願ハ、恐ラクハ成立シ得ルモノデハナイカト思ツテ居リマス、サウ云フコトハ法律ヲ規定致シマスル時ニ、十分ノ注意ヲ施シテ、此ノ憲法ノ全趣旨ニソグハナイコトノナイヤウナモノヲ作ルノデアリマス、萬々一ソレガ思慮分別ノ至ラザル所トシテ憲法違反ノ法律デアリマスルナラバ、ソレハ最高裁判所ノ審判ニ依ツテ運命ガ決セラレル、斯ウ云フコトニナルノデアリマシテ、何カソコニ斯ウ目的事項ニ付テ言葉ノ上ニ喰違ヒガアツタノヂヤナイカト云フ疑惑ガアリマスルガ故ニ、一面御斷ヲ致シテ置ク譯デアリマス、次ニ第十七條ノ御質疑ノ點ニ付キマシテハ、私ハ衆議院ノ修正ニ付テハ全然ソツポヲ向イテ居ルト云フヤウナ態度ハ毫モ執ツタコトハゴザイマセヌ、我々ノ理解スル所ニ依ツテ御同感ヲ申上ゲタモノガアリ、ソレガ又全部デアリマスルガ故ニ、常ニ理由ヲ示シテ、御同感ノ根據ヲ申上ゲテ居ル次第デアリマシテ、決シテ無責任ナル態度ヲ執ツテ居ル積リハアリマセヌ、唯如何ナル動機、如何ナル氣持ヲ以テ此ノ條文ヲ設ケラレタカト云フコトニ付キマシテハ私ニハ分リマセヌ、唯現レテ居ル文字ヲ基礎トシテ、之ニ解釋ヲ加ヘテ御答ヘスルノ外ハ、ソレハ致シ方ガナイ、政府ノ原案デハナイガ故ニ立至ツタ事情ヲ申上ゲル餘地ハ殘ツテ居リマセヌ、ソレヲ御含ミヲ願ヒマシテ、ソコデ第十七條ニ於キマシテ、公法上ノ行爲ニ付テモ補償ヲスルカドウカト云フ御質疑デアリマスルガ、是ハ此ノ文字ニ依ツテ衆議院ノ趣旨ヲ判斷スルノ外ハアリマセヌ、此ノ規定ハ公法上ノ「公務員の不法行爲により、損害を受けたとき、」トアリマスルガ故ニ、公法上ノ行爲タルト私法上ノ行爲タルトヲ此ノ規定ニ於テ區別シテ居ル趣旨トハ讀メナイノデアリマス
○牧野英一君 立歸ツテ十六條ノコトヲ蒸返スト云フコトハ畏多イコトデゴザイマスルガ、併シ何カ國務大臣ノ御考ト私トノ間ニ距離ガアルノデハナイカ、又其ノ距離ハ私ノ誤解ニ基クノデハナイカト私窃カニ心配致シテ居リマスルケレドモ、尚私モ考ヘマス、當局ニ於テモ尚一ツ、ドウセ法律ヲ作ルノダカラト斯ウ仰シヤラナイデ御考ヘ願ヒタイ、現行憲法デハ、別ニ定ムル所ニ依ルノデアツテ、法律ニ依ルコトハ必要ハナイ、ソコデ請願令ト云フモノガ勅令ニ依ツテ出來テ居ルト云フヤウナコトニナツテ居ル、其ノ邊ニ絡ミ合ツテ此處ニハ矢張リ其ノ法律ノ定メル所ニ依ルトアルト云フト、何カ斯ウハツキリ行クノデハナイカト思フノデアリマス、ソレデ場合ニ依ツテハ多少ノ議論ガアツテモ、法律デ以テ天皇ニ對シテハ請願ヲ許サヌ、斯ウ云フ規定ヲ設ケテモ、私ハ此ノ憲法ノ趣旨カラ其ノ法律ガ憲法違反デアルトハ思ハレナイ、法律ノ定メル所ニ依ルトアレバ、ソコニ行キ得ルト私ハ思フノデアリマスガ、サウ云フモノガアツテモナクテモ御困リニナルデアリマセウカ、尚私モ十分繰返シテ考慮致シマス、ソコデ十七條ノ方ヘ移リマスガ、私ノ申上ゲタノハ私法上ノ關係ハモウ今日デモ疑ヒナイ、例ヘバ鐵道省ノ關係デ損害賠償ノ問題ガ起レバ、是ハモウ民事裁判所ヘ訴ヘテ出ルト云フコトハ許サレテ居ル、現ニヤツテ居ルコトデアリマスガ、公法上ノ關係ニ付テハ、今日ハ相當ニ裁判所ハ不愛想ナ判決ヲ與ヘテ居ル、ソレニ對シテ救濟ヲ與ヘネバナラヌト云フノガ衆議院ガ此ノ修正ヲ施シタ根本ノ理由デアラウト思ヒマス、ソコデ此ノ十七條ハ既ニ許サレテ居ル所ノ私法上ノ關係ト認メラレマス、御承知ノ通リ鐵道ノ關係ハ私法デ之ヲ取扱フノデアリマスルガ、同ジヤウナ性質ノモノデモ、郵便ノ關係、電信ノ關係ハ公法上ノ關係ニナツテ居ル、斯ウ云フ譯デアリマス、ソコデ郵便ノ關係ニ付テモ第十七條ガ運用サレル、否、郵便ノ關係ナゾニ第十七條ヲ設ケタ甲斐ガアルコトニナリマスガ、併シ此ノ十七條ハ特ニ公法關係ダケヲ睨ンダモノデゴザイマセウカ、私法トモ併シタ規定デゴザイマセウカ、ソレハ此ノ法律ノ定ムル所ニ依ルノデアルカラ、此ノ法律デ適當ニ決メレバ宜イノデ、必ズシモ區別ヲシテ考ヘタ處置デハナイ、斯ウ云フ風ニ伺ツテ宜シウゴザイマスカ、ソコデ法律ノ定ムル所ニ依ルト云フコトガ段々色色ニ響イテ來ハシナイカト思フノデス
○國務大臣（金森徳次郎君） 法律ノ定ムル所ト云フノハ別ト致シマシテ、先ヅ此ノ憲法ノ規定ノ豫想シテ居ル所ハ公法關係タルト私法關係タルトヲ問ハズ「公務員の不法行爲により、損害を受けたときは」ト云フ規定ハ當嵌ルト考ヘテ居リマス、サウシテ陪償ノ限度、範圍ヲ決メマスルコトハ法律ノ定ムル所ト云フ制約ガ來ルモノト思ツテ居ル譯デアリマス、此ノ二ツノ點ヲ組合セテ然ルベキ立法ガ生レテ來ナケレバナラヌ、斯ウ考ヘテ居ル次第デアリマス
○牧野英一君 ソレ以上ハ又見解ノ相違ダト云フコトニナリマセウ、兎ニ角是ハ公法、私法ヲ併セテノ意味デアル、ソコデ第二ニ御伺ヒ致シタイノハ、此ノ公法上ノ關係ニ關聯シテ、今日學説上大キナ問題ニナツテ居ルノハ無過失責任論デゴザイマス、此ノ無過失責任ノコトニ付テハ、昨日稍々少シ申述ベマシタガ、即チ貴族ハ色々義務ヲ負フト云フ「ノーブレッス・オブリージュ」ノ規定カラ、更ニ富ハ債務ヲ生ズルト云フ規定「リシェッス・オブリージュ」ノ原則ニ還ル、ソレカラ所有權ハ義務ヲ伴フト云フ風ニ段々是ガ發展ヲシテ參リマシタコトカラ致シマシテ、今日デハ國家ノ行爲ニ付テハ、國家ハ個人ニ對シテ當然無過失損害賠償ノ責ニ任ズベキデアルト云フ學説ガアルノデ、申ス迄モナク「ドイツ」ニ於テ無過失損害責任ノ學説ガ發達致シマシタノハ、國家ノ損害責任ニ關スル「レーニング」ノ著書ガ出發點ニナツテ居ルト言ハレテ居ル位デアリマス、ソコデ此處ニハ公務員ノ不法行爲ニ依ルトアリマスルノデ、所謂無過失損害賠償責任ト云フモノガ、不法行爲ト云フ概念ニ入ルカ入ラナイカ、斯ウ云フ疑ヒガアルノデアリマス、是ハ餘程是カラノ立法上重大ナル問題デゴザイマシテ、若シ此ノ不法行爲ニハ民法七百九條ダケノモノデ無過失損害賠償ハ入ラヌト云フ御見解ニナリマスルト云フト、憲法ノ運用上無過失損害ノ時ニハ、個人ハ常ニ泣キ寢入リヲシナケレバナラヌト云フコトニナル譯デアリマス、併シ私法上ノ關係ニ於キマシテハ民法七百十七條ノ工作物責任ノ規定カラ段々類推的ニ擴張致シマシテ、私共ハ此ノ三十年來、四十年來、日本ニ於ケル無過失ト責任論ノ構成ト云フノハ學説上、マア出來ルダケ努力ヲ重ネテ大審院ヲ動カサウト致シテ居ル譯デアリマス、ソコデ此ノ不法行爲ト云フ言葉ヲ御使ニナリマスト云フト、公法、私法ニ亙ツテ公務員ノ行爲ハ、不法行爲ノ場合ニノミ國家ノ賠償責任ヲ生ジテ無過失責任ノ場合ハ入ラヌ、斯ウ云フヤウナコトニナル虞ガナイモノデゴザイマセウカ、物ノ道理ノ上カラ考ヘマシテ、國家ガ賠償責任ヲ負ハネバナラヌ限リニ於テハ、不法行爲タルト否トヲ區別シナイト云フ方針デ進ンダ方ガドウ云フモノデゴザイマセウカ、衆議院ハドウ云フ風ニ考ヘタモノデゴザイマセウカ、固ヨリ現行ノ民法ハ七百九條ノ原則ニ於テ不法行爲ヲ規定致シテ居リマス、現行憲法ノ形式上無過失責任ト云フモノハ例外デアリ、之ヲ學説上段々擴ゲテ行クト云フコトニ付テハ比較法學ノ研究上相當ニ骨ノ折レル仕事ニナツテ居ルノデアリマス、斯樣ナ所カラ各種ノ行政法規ハ歪ンダ方法、又廻リ道ヲシタ方法ニ依ツテ段々ト色々ナ形デ無過失損害賠償責任ヲ認メルヤウナコトニナツテ居リマスルガ、此ノ憲法ノ修正第十七條ノ御積リデハ矢張リ故意、過失ヲ要件トシタ行爲ノ場合ニ限ル、サウ云フ御積リデ無過失責任ハ含マヌト云フ御積リデアリマスカ、若シ無過失責任ヲ含マヌト云フ御積リデオヤリニナルトスルト、私法ヲ含ムト稱セラレル此ノ規定ニ於テ、將來ハ今現ニヤツテ居ル私法上ノ無過失損害賠償モ與ヘラレナイト云フコトニナツテ、却テ此ノ憲法改正ノ趣旨ニ反クコトニナルト斯ウ思ヒマス、衆議院デハ無過失損害賠償責任ノコトガドレ程論ゼラレマシタカ、私今速記ノ勉強ガソコ迄行ツテ居リマセヌ、是ハドウ云フ御心持デオヤリニナルノカ、此ノ點ヲ一應伺ツテ置キマス
○國務大臣（金森徳次郎君） 衆議院ノ本當ノ御考ハ能ク分リマセヌケレドモ、併シ斯樣ナ規定ヲ致シマスレバ、直接ニハ無過失損害賠償ハ問題ノ外ニナルノデハナイカト考ヘテ居リマス、憲法ハ申上ゲマスヤウニ、度々繰返シマスルヤウニ國家ノ基本的ナモノデアリマシテ、又此ノ憲法ハ大體疑ヒナキ所ニ確定ヲシテ行クト云フノデアリマスルカラ、現ニ學問上、又世ノ中ノ實際上日ニ日ニ新ニ發展シテ居リマスル所ノ、其ノ動ク儘ノモノヲ捌ヘルト云フコトハ場合ニ依ツテハ行過ギデハナイカト考ヘ、衆議院ニ於キマシテ特ニ斯樣ナ字ヲ選バレ又ソレニ付キマシテ特別ナ論議ガ交ハサレタコトハ聞カナカツタ趣旨カラ想像シテ考ヘテ見マスレバ、是ハ文字ノ示スガ如ク不法行爲ヲ基因トスル範圍ニ限ルノデアル、斯ウ云フ趣旨デアラウト思フノデアリマス、併シ憲法自體ハ固ヨリ憲法ノ範圍ノ規定デアツテ、法律ハ又別ノ分野ヲ用ヒルノデアリマス、憲法ガ斯樣ニ規定致シマスレバトテ法律ハ此ノ範圍ヲ擁護シナケレバナラヌコトハ當然デアリマスルガ、其ノ範圍以外ニ亙ツテ必要ニ應ジテ規定ヲ設ケルコトハ又可能ナコトデアリマスルガ故ニ、今御心配ノ點ハ法律ニ委セテモ意味ヲ成スコトノヤウニ考ヘテ居ル次第デゴザイマス
○牧野英一君 御參考ノ爲ニ申上ゲテ置キマスガ、從來ノ不法行爲ト云フ考ニ對シテハ段々學説ノ上デハ批評ガアリマスルノデ、結局滿洲ノ民法ヲ見マスト云フト、我ガ國ノ民法七百九條ニ該當スル規定ガスツカリ形ガ變ツテ居リマス、即チ故意、過失ニ依リドウトカ云フ主觀的ノ要件ノ方ヲ省イテ居ツタカト思ヒマス、要スルニ違法ト云フ新シイ言葉、違法ト云フ概念ニ付テハ段々學界デハ小ムツカシイ議論ヲシテ居リマスルガ、結局公務員ノ行爲ニ依リ違法ニ損害ヲ、此ノ場合ニ付テ申シマスト云フト、不法行爲ト云フ觀念ヲ民法ノ七百九條ノ規定ヨリモ擴メマシテ、公務員ノ行爲ニ依リ不法ニ損害ヲ受ケタル時ハ國家ニ賠償責任ガアルト云フ、コンナヤウナ形ニナルヤウニ滿洲ノ民法ニハ規定致シテアリマス、滿洲ノ民法ノ其ノ點ニ付テノ起案者ハ同僚ノ我妻教授デアリ、不幸ニシテ此ノ委員デハ御アリニナラナクテ、此ノ頃ハ外ノ委員會デ御忙シイヤウデアリマスガ、此ノ不法行爲ノ考ヘ方ニ付テハドウ云フ御積リデ滿洲ノ民法ガ規定サレタカト云フコトニ付テ實ハ段々伺ツテ見タイト思ツテ居ル位デアリマス、併シナガラ不法行爲ノ考ヘ方ヲ、從來ノ不法行爲ノ概念ヲ違法性ノ概念ニ依ツテ形ヲ變ヘテ行クト云フコトヲ言ヒ出シタノハ日本デハ私デアリマス、ソレデアリマスカラ實ハ我妻君ノ心持ハ私ハ分ル積リデ居リマス、ソレデアリマスカラ是ハ不法行爲ト云フ特ニ狹ク解釋サレルヤウナ言葉ヲ使ハナイデ、モツト廣ク解釋ヲ與ヘ得ルヤウナ言葉ニ御變ニナルコトガドウカト、斯ウ云フ風ニ私ハ考ヘル次第デアリマス、ソレガ伺フ所ノ第三點ニナル釋デゴザイマスルガ、時間ノ關係モアリマスルカラ取急イデ第四點ニ及ビマセウ、是ハ民法ノ四十四條デゴザイマス、民法ノ四十四條ハ法人ノ損害賠償責任ヲ規定シタモノデアリマルガ、是ハ不法行爲ト云フコトヲ斷ツテ居リマセヌ、サウシテ法人ノ理事其ノ他ノ代物人ガ他人ニ損害ヲ與ヘタ時ハ法人ニ於テ損害賠償ノ責任ニ任ズ、斯ウ云フ規定ニナツテ居リマスノデ、不法行爲デアルトカ、違法行爲デアルトカ云フヤウコトヲ、ソレハ各損害賠償ノ原因ノ規定ニ讓ツテ、サウシテ兎ニ角理事其ノ他ノ代理人ガ他人ニ損害ヲ與ヘタ時ハト、斯ウ云フ規定ニナツテ、總テヲ外ノ規定ニ讓ツテ居リマス、ソレデ私ノ考ハ何人モ公務員ノ行爲ニ依リ、違法ノ行爲トカ不法ノ行爲トカ言ハナイデ、何人モ公務員ノ行爲ニ依リ損害ヲ受ケタトキハ、斯ウスレバ宜イノデハナイカト思フ、サウシテソコデ初メテ法律ノ定メル所ニ依リト云フノガ非常ニ大キナ意味ヲ持ツテ、此ノ法律ハ單ニ此ノ憲法ヲ動カスト云フ簡單ナモノデハナイノデ、ソコデ初メテ此ノ法律ノ内容ガ憲法ノ精神ヲ汲ミツヽ、所謂普通ノ不法行爲ノ場合ニハドウ、所謂無過失責任ノ場合ニハドウ、斯ウ云フ風ニ色々出テ來ルノデアラウト、コンナ風ニ考ヘマスノデ、茲ニアル「法律の定めるところによリ」ト云フコトハ、若シ公務員ノ不法行爲ニ依ル不法ト云フコトヲ民法第四十四條ト足並ヲ揃ヘテ規定スルニ於テハ非常ニ千釣ノ重サヲ持ツコトニナルト思フノデス、一體此ノ憲法ノ第三章全體ニ通ジマシテ法律ノ定メル所ニ依リト書イテアルノトナイノトデハ大分樣子ガ違フコトニナルト云フコトヲ私ハ信ジテ居リマスルガ、此ノ第十七條ニナリマスト特ニソレガ鮮カニナルト云フヤウナ氣ガ致シマスルノデ、是ハ相當ニ重大ナ規定デゴザイマス、我々ノ研究致シテ居リマスル範圍カラ申シマスルト云フト非常ナ改革ニナリマスルノデ、此ノ思定ニ付テハ尚一ツ能ク御考ヲ御願ヒシタイト規ヒマスガ、要スルニ第三ノ質問、第四ノ質問ハ、第三ノ質問ハ不法ト云フコトヲ違法ト云フコトニ御改メニナツタラドウカト一歩ヲ進メ、第四ノ質問ニ至ツテハ、否更ニ一歩ヲ進メテ、併シナガラ現行ノ民法四十四條ト足並ヲ揃ヘテ何人モ公務員ノ行爲ニ依リト簡單ニヤツテ、ソコデ法律ノ定メル所ニ依リト云フコトヲ非常ニ大キイ意味、法律ニ是ハ讓ツテ居ル賠償責任ノ構成要件ハ法律ニ依ルノデアル、憲法デハソレヲ定メテ居ラヌト云フ所迄行クト云フ風ニ御考ニナルコトハ出來ヌモノデアルカドウカ、或ハ又私ノ今考ヘテ居リマスル所ニ、勘違ヒガアルノカドウカ一應伺ヒタイ
○國務大臣（金森徳次郎君） 私法ノ關係ニ於テ、今仰セニナリマシタヤウナ規定ニナツテ行クト云フコトハ、若シ世論ガソコニ赴キマスルナラバ、最モ理由アル所ノ一ツデアラウカト考ヘテ居リマス、併シ憲法ノ範圍ニ於キマシテハ、未ダ未決ノ問題ト言ヒマスカ、一般的ニ言ヘバ未決ノ問題ヲ捉ヘテ直チニ此ノ憲法ノ中ニ取入レマスルコトハ、如何デアリマセウカト云フ疑惑ヲ持ツテ居リマス、此ノ憲法ノ第十七條修正案自體スラモ、多少其ノ點ニ不明瞭ニナル點ガアリマスルガ故ニ「法律の定めるところにより」ト云フ一ツノ言葉ヲ置イテ、餘裕ヲ多カラシメテ居ルコトト了解シテ居リマスルケレドモ、更ニモツト廣イ意味ニ於テ餘裕ヲ多カラシメマスルコトハ、憲法自體ノ權威ヲ稍々失墜致シマシテ、憲法ハ唯將來ニ對スル「プログラム」ニ過ギナイト云フ懸念ヲ増スノデアリマス、勿論外ノ規定ニ類似ノモノモアリマシテ一概ニハ申サレマセヌケレドモ、其ノ點ヲ併セテ考ヘマスルト、憲法ハ憲法トシテ此ノ程度ニ御殘シヲ願ツテ、サウシテ實質的ノ問題ハ一般ノ法律ノ問題トシテ、的確ニ進展セシムルヤウニ致シマシタ方ガヨリ良クハナイカト云フ風ニ考ヘテ居リマス
○牧野英一君 ソレデ結構デゴザイマス
○委員長（安倍能成君） 是デ休憩致シマス、午後ハ一時十分ヨリ開會致シマス
午後一時十一分休憩
━━━━━◇━━━━━
午後一時二十一分開會
○委員長（安倍能成君） 會議ヲ再開致シマス、霜山委員
○霜山精一君 私ハ第十七條ニ付テ若干ノ質問ヲシタイト思ツテ居ツタノデアリマス、午前中牧野委員カラ此ノ條文ニ付キマシテ質問ガ出マシテ、私ノ御尋ネスルコトモ、多少其ノ中ニ入ツテ居リマシタノデ、實ハ私ガ前座ヲ勤メル積リデ居リマシタノデスガ、司法大臣ガ御見エニナラナカツタノデ、後ノ方ニナリマシテ、多少ノ重複ヲ來ス點ガアルカモ知レマセヌガ、御了承願ヒタイ、今日ノ憲法ニ於キマシテハ、國民ノ權利ト云フモノハ十分ニ保護サレテ居ルノデアリマス、併シナガラ總テノ關係ニ於テ國民ノ權利ト云フモノガ完全ニ保護サレテ居ルカドウカト云フコトニ付キマシテハ、今日ノ憲法ノ下ニ於テハ、マダ多少ノ遺憾ノ點ガアルノデアリマス、現行憲法ノ前文ニ依リマスルト、「我ガ臣民ノ權利及財産ノ安全ヲ貴重シ之ヲ保護シ、此ノ憲法及法律ノ範圍内ニ於テ其ノ享有ヲ完全ナラシムヘキコトヲ宣言ス」ト云フ風ニ書イテアリマシテ、臣民ノ權利ト云フモノハ、享有ヲ完全ナラシムベキコトガ憲法ニ宣言セラレテ居リマスルニ拘ラズ、尚穴ガアツテ十分ナル保護ガ與ヘラレテ居ラナイト云フ部面ガアルノデアリマス、其ノ部面ハ孰レノ點ニ存スルカト申シマスルト、私法ノ方面ノ權利ノ方ニ付キマシテハ、是ハ私ハ大體ニ於テ完全ナル享有ヲシテ居ル、十分ナル保護ヲ受ケテ居ルモノト言ツテ差支ナイト思フ、併シナガラ事、公法ニ關係致シマスルト、私ハ公法ノコトハ專門デアリマセヌカラ能ク知リマセヌケレドモ、公法ニ關係致シマスルト、公法上ノ權利ト云フモノハ、可ナリ未ダ保護サレテ居ラヌ部分ガアルノデアリマス、其ノ一ツノ場合ハ、此處ニ規定シテアリマスル公權ノ發動ニ依ツテ人民ガ損害ヲ受ケタ場合、之ニ付テハ今日何等ノ法律上ノ救濟ト云フモノハナイノデアリマス、公ノ權力ノ發動ニ依ツテ人民ガ損害ヲ受ケル場合ハ多多アル、例ヘバ今ハ軍隊ハナクナリマシタケレドモ、色々ナ軍事行動ナンカヲスルト、種々ナル損害ヲ及ス場合ガ有リ得ル、事實的ナ賠償ヲスルコトハアリマセウケレドモ、法律的ニ之ヲ請求スルコトガ出來ルカト云フト、今日ノ行政訴訟ニ於キマシテハ、損害賠償ノ訴訟ハ認メテ居リマセヌ、又此ノ公ノ權力ニ依ツテ生ジタル損害ヲ普通裁判所ニ持ツテ行ツテ請求出來ルカト云フト、是モ請求出來マセヌデス、サウ云フ公權ノ發動ニ依ツテ生ジタ所謂公法關係ニ付テハ、私法ハ「タッチ」出來ナイノデス、サウ云フモノヲ裁判スル權限ガ與ヘラレテ居ラナイ、穗積八束博士ハ、「公法ノ門私法ニ入ルベカラズ」ト云フヤウナコトヲ言ツテ居ラレマシテ、公法關係ニ付テハ、私法ガ「タッチ」出來ナイ點ガアルノデアリマシテ、我々トシテハ出來ルダケ斯ウ云フ損害賠償ニ付テハ、何トカシテ普通裁判所ニ於テモ裁判出來ルヤウニト多年考ヘテ居リマシタケレドモ、今日ニ至ル迄未ダ其ノ實現ヲ見ナイノデアリマス、從ツテ斯クノ如キ損害ヲ受ケタ者ハ、即チ無告ノ民デアル、訴フル所ナキ民デアリマス、實ニ氣ノ毒ナ状態ヲ茲ニ現シテ居ルノデアリマス、モウ一ツノ例ハ、是ハ關聯シテ居リマスルカラ、モウ一ツサウ云フ場合ヲ擧ゲマスト、是ハ官吏、公吏等ノ俸給、給與、ソレカラ恩給、退職金、斯ウ云フ風ナモノノ請求權ト云フモノハ、是ハ請求權其ノモノハ民法上一ツノ金錢債權デスカラ、民法的ナモノノヤウニ見エマスルケレドモ、ソレノ出テ來ル根據ガ公法關係ナンデス、從ツテ其ノ俸給請求權、或ハ恩給請求權ノ如キモノハ、公法カラ來ル一ツノ權利デアリマシテ、此ノ救濟ハドウカト申シマスルト、或ハ此ノ俸給等ノ請求ニ付テ、ソンナモノヲ拂ハヌモノハナイダラウト云フヤウナ御考ガアルダラウト思ヒマスケレドモ、拂ハヌモノハ澤山アルノデス、例ヘバ嘗テノ小學校ノ教員ノ俸給ヲ拂ハナカツタ時代ガ澤山アツタコトヲ諸君ガ御想像ニナレバ分ルノデアリマシテ、何カノ關係デ俸給ヲ拂ハナイ、小學校ノ教員ニ俸給ヲ拂ハナイ或ハ又引退シタニ拘ラズ其ノ退職金ヲ拂ハナイ、或ハ恩給ヲ拂ハナイ、ト云フヤウナ場合ガ起ツテ參リマス、サウ云フ場合ニ對シマシテ、矢張リ之ヲ通常裁判所ニ訴ヘテ來ル者ガアリマス、小學校教員カラ裁判所ニ俸給ヲ拂ヘト云フ訴訟ヲ起シタ例ガ澤山アリマスルガ、不幸ニシテ是等ハ矢張リ司法裁判所ニサウ云フモノヲ裁判スル管轄權ガナイト云フコトニ判例ガ昔カラ決ツテ居リマシテ、之ヲ救フコトハ出來ナイノデス、此ノ點ニ於キマシテモ、又一ツノ大キナ穴ガアリマシテ、所謂無告ノ民ヲ生ジテ居ルノデアリマスル、斯ウ云フ公法關係カラ生ズル權利ニ付キマシテハ、法律ニ依ツテ十分ニ保護サレテ居ラヌ部面ガアルノデアリマス、是ハ實ニ今日ノ憲法ノ下ニ於テ非常ニ歎ハシイモノデアツタノデアリマス、此ノ今度ノ憲法十條ハ其ノ點ニ於キマシテ、此ノ公務員ノ不法行爲ニ依ツテ損害ヲ受ケタ者ヲ救濟スル規定ガ憲法上設ケラレタノデアリマスルカラシテ、私ガ多年非常ニ憂ヘテ居リマシタ一面ガ是デ解決サレタノデアリマス、此ノ點ニ付キマシテ、私ハ此ノ規定ヲ憲法ノ下ニ置キマシタ衆議院ニ對シテ絶大ナル感謝ノ意ヲ捧ゲタイト思フノデアリマス、實ニ此ノ規定ハ、サウ云フ意味ニ於テ、衆議院ガ能クモ入レテ呉レタト私ヲ思ハシタ一ツノ規定デアルト思フノデアリマス、ソコデ先程牧野委員カラ御尋ニナツタ問題ト段々關聯ヲ持ツテ來ル譯デアリマスルガ、元來國家ノ或ハ公共團體ノ公務員ガ活動致シマスル場合ニ於キマシテ、二ツノ場面ヲ區別スルコトガ出來ル、一ツハ國家ガ公ノ權力デ以テ權力的活動ヲシテ居ル部面、即チ公法的活動ヲシテ居ル部面、ソレカラ一ツハ、國家公共團體ガヤルノデアルケレドモ、私法活動ヲヤツテ居ル部面トガアルノデアリマス、私法活動ニ付キマシテハ、國家公共團體或ハ公務員ガヤツテ居ルノデスケレドモ、是ハ國家ノ活動デアルト同時ニ私法活動ナンデス、先程牧野委員ノ言ハレタ鐵道ノ例ノ如キハ鐵道運送‥‥運送事業ヲヤツテ居ル、運送ト云フ私法行爲ヲヤツテ居ル、デスカラ、此ノ私法活動ノ部分ニ付キマシテハ、是ハ皆民法ノ規定ガ適用ニナル譯デアリマス、運送デスカラ民法ノ運送契約、或ハ商法ノ運送契約或ハ鐵道營業法ナリデ特別ナ規定ヲ設ケテ居リマスガ、結局私法ノ適用ヲ受ケルノデアリマス、ソコデサウ云フ私法的ノ國家活動ヲシテ居ル場合ニ、其ノ私法行爲ヲヤル場合ニ、其ノ公務員ガ第三者ニ、人民損害ヲ與ヘタト、斯ウ云フ風ナ場合ニ付キマシテハ、是ハ民法ノ適用ヲ受ケル譯デアリマス、現ニ今日民法ノ規定ニ依ツテ裁判ヲシテ居ル譯デアリマス、民法七百十五條及ビ七百九條、斯ウ云フ風ナ民法ノ規定ニ依ツテ、是ハ完全ニ保護サレテ居ル、少シモ何等其ノ點ニ付テ心配ハ要ラナイノデス、規定モ何モ要ラナイ、モウ既ニ規定ガ民法ニ出來テ居ル、其ノ點ニ於テハ救濟ハ要ラナイノデアリマス、憲法ニ何モ書ク必要モナイノデス、ソレカラ國家ノヤリマスル他ノ一面、即チ公法ノ方面、公法活動ノ方面、此ノ點ニ付キマシテハ先程御話シシタ通リ、是ハ救濟ノ規定ガナイノデス、ソコデ十七條ト云フモノガ出テ來テ、ソレヲ救濟シテヤラウト云フコトニナツテ、此ノ規定ニ依ツテ初メテ國家ガ責任ヲ負フト云フ段取リニナツテ來ルノデアリマスルカラ、此ノ十七條ヲ設ケタ衆議院ノ趣旨ト云フモノハ其處ニアル譯デス、此ノ規定ハ非常ニ廣クナツテ、公法關係、私法關係全部包含スルト、金森國務相ハ解釋サレテ居リマスルケレドモ、私ノ今迄申シマシタ趣旨カラ之ヲ論結致シマスルナラバ、私法關係ニ付テハ、モウ既ニ民法ニ立派ナ規定ガ出來テ、何等法律ヲ以テ私法關係ニ付テ規定ヲ作ル必要ハナイノデス、唯問題ハ公法活動ニ依ツテ損害ヲ受ケタ場合ニ付テノミ、特別ナ法律モ作ラナケレバナラヌシ、十七條ニ依ツテ初メテ保護ヲ受ケルト、斯ウ云フ關係ニナルコトハ、此ノ規定ノ立法セラレマシタ趣旨カラ見テ疑ヒナイ所デハナイカト考ヘルノデアリマス、先程牧野委員ニ對スル御答ノ剖分ニ付キマシテ、公法上ノ關係、私法上ノ關係、總テ此ノ十七條ニ規定セラレテ居ルモノデアルト、斯ウ云フ風ナ御解釋デアリマシタケレドモ、私ハ其ノ解釋ニ付テハ、反對ナ見解ヲ持ツテ居ルノデアリマス、サウシテ斯クノ如キ規定ヲ憲法ニ設ケタ例ハナイカト考ヘテ見マスルト、「ドイツ」ノ憲法ノ百三十一條ヲ見マスルト、官吏ガ其ノ職務ニ屬スル公ノ權力ヲ行使スルニ當ツテ、第三者ニ對シテ職務上ノ義務ニ違反シタ場合ニハ、損害ノ賠償ヲシナケレバナラヌ、斯ウ云フ風ニ書イテアリマシテ、詰リ「ドイツ」デモ矢張リ其ノ公ノ活動ヲスル場合ニ、公權ノ活動ヲスル場合ニ、第三者ニ損害ヲ與ヘタ場合ヲ憲法デ抑ヘテ居ル、私法上ノ活動ノ場合ハ民法ニ讓ツテアルノデアリマス、斯ウ云フ憲法ノ光例カラ見マシテモ、此ノ十七條ノ中ニ私法的ナ部分ヲ包含シナイデ解釋スルコトガ寧ロ相當デハアルマイカ、斯ウ云フ風ニ私ハ考ヘテ居ルノデアリマシテ、此ノ點ニ付キマシテ金森國務相ノ御意見ヲ伺ツテ見タイト思フノデス
○國務大臣（金森徳次郎君） 御示シノヤウニ、公務員ガ色々ナ公ノ仕事ヲ擔任致シマスル場合ニ於キマシテ、公法關係、私法關係ガ錯綜スル場面ハ色々ナ形デ以テアラウト思フノデアリマス、憲法改正案ノ新タナル第十七條ガ其ノ公ノ權力ヲ、或ハ權力デナクテ、公ノ關係ニ於テ被害者ニ對スル場合ノミヲ規定シタノデアラウト云フ前提ノ下ニ御質疑デゴザイマシタガ、實際仰セノ通リ、純粹ノ私法的ナル範圍ニ於キマシテハ、現ニ民法ノ規定ノ適用ガアリマスルガ故ニ、新タナル制度ヲ置クダケノ本當ノ必要ハナイト言ヒ得ルノデアリマス、併シ此ノ憲法改正案ノ第十七條ハ、ソレニモ拘ラズ私ハ公法關係ニ於ケル場合及ビ私法關係ニ於ケル場合ノ雙方ヲ含ム趣旨ヲ以テ、衆議院ニ於テ規定セラレタモノト考ヘテ居リマス、ソレハ文字直接ノ示ス所ニ依ツテ左樣ニ解シ得ルノミナラズ、此ノ私法關係ノ範圍ニ於キマシテモ、ソレハ公務員ガ自己ノ純粹ノ私ノ立場ニ於テ人ニ損害ヲ及シタ場合ハ、是ハ全然別問題デアリマスルガ、公務員ハ公ケノ關係ニ於キマシテハ、國家或ハ公共團體ノ仕事ヲ爲シテ居ルト云フ關係ニ於テ、其ノ意味ニ於テハ公ノ關係デアル、而モ其ノ被害者ニ對スル關係ニ於テハ、私ノ關係ニ於テ立チ得ルノガ多クノ事例デアラウト思ヒマス、例ヘバ國有鐵道ノ從業員ガ乘客ニ對シマスル關係ハ、其ノ關係ダケヲ見レバ私的關係デアリマセウ、併シ其ノ人ガ國家ニ對スル關係ニ於キマシテハ、若シソレガ官吏デアリマスルナラバ、公ノ關係ニ於テ國務ヲ擔任シテ居ルノデアリマス、此ノ二樣ノ關係ガアリマスルガ故ニ、別ニ考フベキ必要ガ起ルノデハナカラウカト思ハレマス、例ヘバ其ノ從業員ガ自己ノ過失ニ依ツテ人ニ損害ヲ及シマシタヤウナ場合、多クノ場合ニ國家ヲ背景トシテ居リマスルガ故ニ、損害ノ分量ハ相當ニ多イ場合ガ豫見セラルヽノデアリマス、從ツテ假令民法上ノ規定ニ依リマシテ、其ノ行爲者ニ責任ヲ負ハセマシテモ、ソレハ法律的ノ責任デアルニ止マシテ、實際ハ官吏ハ多ク貧窮デアリマシテ、其ノ賠償ハ拂ヘナイノデハナイカ、斯ウ思ヒマス、既ニ拂ヘナイト云フ場面ヲ廣ク豫想シ得ルト致シマスレバ、第三者ニ取リマシテハ事實何ノ役ニモ立チマセヌ、サウ云フ場合ニ其ノ背後ニ在ル國家ガ補償スル方ガ宜イノデアリマシテ、サウ云フ關係ニ於キマシテ、是ハ民法デ解決ノ附ク場合モアリマセウガ、兎ニ角ソレヲ一段ト致シマシテ、此ノ十七條ハ憲法上ノ保障ヲ加ヘテ、ソレニ必要ナル適切有效ナ途ヲ講ジタナラバ宜イデハナイカト云フ風ニ規定セラレテ居ルモノト思フノデアリマス、尚實際的ニ申シマスレバ、或人ガ公法關係ニ於テヤツタノカ、私法關係ニ於テヤツタノカ甚ダ分リニクイ場合ガアリマシテ、確カ判例ニ出テ居ルト聞イテ居リマスルガ、或公共團體ノ消防自動車ガ巷ヲ走ツテ居ル間ニ人ヲ轢殺シタト云フ時ニ、其ノ轢殺シタ關係ハ私法關係ヲ以テ律スベキカ、公法關係ヲ以テ律スベキカト云フ時ニ、少クモ或判例ハ、ソレハ公法關係ダ、從ツテ賠償ノ關係ハ起ラヌト云フ風ニサレテ居ルト思ヒマスガ、事實是ナンカハ、恐ラクハ理窟カラ言ヘバ別ニ解決スル方ガ正シカツタカト思ヒマスケレドモ、實際公私ノ關係ハ錯雜シテ居リマシテ、サウ云フコトヲ論議致シマスルヨリモ、一括シテ其ノ原因ノ何タルヲ問ハズ、公務員ノ不法行爲ニ依リ損害ヲ受ケタモノハ、此ノ憲法上ノ保障ヲ與ヘルト云フコトガ適切デアリ有效デアラウト考ヘテ居ル譯デアリマス、左樣ニ了解致シテ居リマス
○霜山精一君 只今ノ御答ニ依リマシテハ、マダ十分ニ了解シナイノデアリマス、公務員ノ行爲ガ公法關係ニ基イテナサレタカ、或ハ私法關係ニ基イテナサレタカト云フコトハ、解釋上多少問題トナル點ハナキニシモ非ズト思ヒマスルガ、私法關係ト目セラレル部分ニ付キマシテハ、假令ソレハ公務員ガ職務トシテ、公務トシテヤリマシテモ、是ハ矢張リ私法ノ支配ヲ受ケル、例ヘバ鐵道ノ從業員ガ判任官デアツタトスル、其ノ判任官ガ列車ヲ運轉シテ居ル最中ニ人ヲ轢殺シタ、斯ウ云フ風ナ場合ニ於キマシテハ、列車ノ運轉ト云フコトハ私法上ノ行爲デアリマス、ケレドモ、職務ノ執行中ヤツタコトデスカラ、一方ニハ職務ノ行爲デスケレドモ、斯ウ云フモノニ付テハ、明カニ民法ノ規定デ行クノデアリマス、サウシテサウ云フ場合ニハ、七百十五條ノ被用者、使用者ト云フ規定ガアリマシテ、サウシテ國ハ固ヨリ責任ヲ負フ、ソレカラ過失ノアツタ運轉手モ責任ヲ負フ、兩方責任ヲ負フノデス、ドツチニ請求シテモ宜イ、兩方ニ請求シテモ宜イ、一方ガ拂ヘバソレデ目的ヲ達スル、斯ウ云フ風ニシテ民法デハ、完全ニ其ノ保護ヲ與ヘテ居ルノデスカラ、サウ云フモノニ對シテ、又此ノ十七條ニ依ツテ、又其ノ上ニ何カ特別ナ定メヲシテ、法律デ有ラユル條件ヲ定メテアル、ドウ云フ所ニ責任ガアルカ、損害ノ賠償ノ範圍モ定メテアル、限度モ定メテ居ル、サウ云フモノニ付テ、更ニ憲法迄設ケテ、サウ云フモノヲ籠メテ、サウ云フモノ迄モ保護シナケレバナラヌト云フ理由ハドウシテモ私ニ解スルコトハ出來ナイノデアリマス、尚サウ云フ民法デ全然明カニナツテ居ルモノニ付テ、且、憲法デ規定ヲ設ケテ、之ヲ保護シナケレバナラヌト云フ理由ガ何處ニアルカト云フコトヲ明白ニ一ツ御答ヲ願ヒタイ
○國務大臣（金森徳次郎君） 憲法ト民法トガ同格ニ於テ相競合スルモノデアリマスナラバ、左樣ナ御意見モ生レテ來ルト思ヒマス、私共ハ憲法ハ民法ヨリモ上位ニアルモノト考ヘテ居リマス、從ツテ此ノ憲法ガアル限リハ、縱ンバ民法ヲ改正ヲ致シマシテモ、サウ云フ場合ニハ國家ハ責任ヲ負ハヌト云フヤウナ規定ニ改正スルコトヲ得ナイ譯デス、詰リ此ノ憲法ノ下ニ於テハ、私法タルト公法上ノ賠償規定タルヲ問ハズ、如何ナル規定デアルニシテモ、此ノ範圍ニ屬スル限リハ、此ノ憲法ガ保障シテ來ルト云フ意味デアリマスカラ、今現ニ民法ガアルカラ、憲法ハ要ラナイト云フ論ノ立テ方ハ、恐ラクハ此ノ衆議院ノ修正ノ趣旨デハナカラウト、今以テ考ヘテ居ル次第デゴザイマス
○霜山精一君 一ツノ御論トシテハ承ツテ置キマス、必要ノ有無ト云フコトヲ伺ツタノデスケレドモ、憲法デ、サウ云フ民法デ十分ニ
○委員長（安倍能成君） 霜山委員ニ申上ゲマス、司法大臣ガ參ラレマシタ
○霜山精一君 民法ノ規定ニ依ツテ十分ニ保護サレテ居ルモノヲ、尚憲法デ重ネテ保護スル、是ハ將來ノコトヲ考ヘレバ或ハ民法ノ規定ヲ變ヘル場合モアルデセウケレドモ、併シ民法ノ損害賠償ノ規定ヲ將來變更スルト云フコトハドンナコトガアツテモ有リヤウハナイ、デスカラ、若シ將來民法ノ損害賠償ノ此ノ規定ヲ取ツテシマフノダツタラ、是ハ大變ナコトニナル、デスカラ、サウ云フ有リ得ベカラザルコトヲ豫想シテ、民法デ完全ニ保護ヲシテ居ル部分ニ付テモ、此ノ憲法デ以テ保護スルト云フコトハ何ノ必要ガアルカト云フ其ノ必要性ヲ私ハ伺ツテ居ルノデス
○國務大臣（金森徳次郎君） サウ云フ風ニ考ヘマスレバ、例ヘバ勤勞者ノ團結スル權利ヲ此ノ憲法ニ保障シテ居リマスルケレドモ、サウ云フモノモ若シ先ニ勤勞者ノ權利ヲ保障スル法律ガ出來テ居リマスレバ、此ノ憲法ヲ定メル必要ハナイ、或ハ所有權ニ關スル規定ガアリマスレバ、其ノ權利ヲ保障スルカラ、此ノ憲法ノ規定モ要ラナイ、斯ウ云フコトニナラウト思フノデアリマス、私共ノ考ヘテ居リマスノハ、根本ノ基本權トシテ此ノ憲法ガ保障スル、之ヲ個々ノ普通ノ法律世界ニ於テ、具體的ニ規定スルモノハ民法等ガ既ニアルト云フコトハ、此ノ基本權ヲ保障スル一段高イ段階カラ見マスル時ニ、重複致シマシテ毫モ差支ナイ、之ヲ書カナケレバナラヌカドウカト云フコトハ、是ハ別問題デアリマセウ、政府ノ原案ハ其處迄行カナクテモ個々ノ法律ニ任セテ十分デアル、公法關係ノ保障スラモ個々ノ立法ニ任セテ宜イ、斯ウ云フ考デアツタノデアリマスルガ、衆議院ハサウデハナクテ斯樣ナ根本ノ規定ハ憲法上ノ保障ニ屬セシムルノガ妥當デアルト御考ニナツタト存ジテ居リマス、斯樣ニ考ヘテ行キマスレバ、憲法ニ此ノ規定ノアルコトモ筋ノ通ラヌコトハナイト私ハ信ジテ居リマス
○霜山精一君 金森國務大臣ノ御説明ニナツタ所ハ能ク了解致シマシタ、私モ多分サウ云フ趣旨デハナイカトモ想像シテ居ツタノデアリマス、其ノ次ニ御尋ネ致シマスルコトハ、「法律の定めるところによリ」ト云フコトガ書イテアリマスルガ、此ノ損害賠償ニ付テドウ云フコトヲ法律デ定メルカト云フ點ニ付キマシテハ、先程牧野委員カラノ質疑ニ對シテ賠償ノ限度トカ範圍トカ云フヤウナモノヲ法律デ決メルノダト云フ御言葉ガアリマシタガ、私ノ聽カムトスル所ハ「法律の定めるところにより」ト云フノハドウ云フ性質ノ法律デ定メルノカト云フコトヲ伺ヒタイ、法律ニハ公法私法ガアル譯デスカラ、此ノ中ニ公法的ナ部分ト私法的ナ部分トガ抱キ合ツテ居ルノダト云フ御説明デアリマスカラシテ、「法律の定めるところにより」ト云フ、此ノ法律ハドウ云フ種類ノ法律デ御定メニナルカト云フコトニナルノデアリマスガ、其ノ點ヲ一ツ伺ヒタイ
○國務大臣（木村篤太郎君） 只今ノ御質疑ニ御答ヘ致シマス、此ノ「法律の定めるところにより」ト云フ法律ノ疑義デアリマスガ、色色ノ考ヘ方ガアリマセウ、アリマセウガ、政府トシテ考ヘテ居ル所ハ、民事法規デ之ヲ定メテ行カウト云フ氣持ヲ持ツテ居ルノデス、左樣御了承ヲ願ヒマス
○霜山精一君 是ガ民法上ノ不法行爲ニ屬スル部分ニ付テハ、既ニ民法ニ規定シテアル譯デスカラ、此ノ點ハ民法ガ定メテ居ル所ニ依リト云フノデ、民法デ既ニ定マツテ居ル譯ナノデス、私ノ聽カムトスル所ハ、公法活動ニ依ツテ損害ヲ生ジタ部分ニ付テ、之ヲ民法ノ中ニ果シテ規定シテ宜イカドウカ、是ハ非常ナ問題デハナイカト思フノデアリマス、所謂公法ノ門私法入ルベカラズト云フコトヲ穗積八束先生ガ言ハレマシタガ、我我私法家ノ立場カラ見レバ、私法ノ門公法入ルベカラズト言ヒタイノデアリマス、サウ云フ公法カラ來ル所ノ損害ニ關スル規定ヲ、民法ト云フ私法ノ中ニ採リ入レルコトガ、果シテ法律系統ノ上ニ於テ適當デアルカドウカト云フコトニ付テ、私ハ疑問ヲ持ツテ居ルノデアリマス、寧ロ是ハ補償法トカ云フヤウナ特別ナ合法的ナ法律ヲ設ケテサウシテ規定ヲスルノガ公法私法ヲ區別スル上カラ見テ、ソレガ筋道デハナイカ、斯ウ云フ風ニ考ヘルノデアリマス、私ハ此ノ十七條ニ基キ法律ノ損害賠償ノ規定ガ民法ノ中ニ設ケラルヽト云フ話ヲ仄聞致シテ居ルノデアリマスガ、果シテソレガ民法ニ規定スベキカ、或ハ今私ガ言ツタヤウニ特別ナ公法的規定ノ中ニ、詰リ公法的ナ損害賠償ノ規定ヲ置クベキデアルカ、殊ニ不法ナ抑留、或ハ拘禁サレタ場合ノ損害賠償ニ付キマシテハ、國ハ其ノ損害ヲ補償シナケレバナラヌト云フコトニナツテ居リマスルガ、此ノ方ハ補償法ト云フ特別ノ法律ヲ設ケテ、チヤント公法私法ヲ區別シテ居ルノデアリマス、斯ウ云フ點カラ見マシテモ、矢張リ此ノ十七條ノ「法律の定めるところにより」ト云フ中デ、公法ニ關スル部分ニ付テハ、特別ナ公法的規定ヲ設ケルト云フコトガ至當ナコトデハアルマイカト云フ風ニ考ヘテ居ルノデアリマス、其ノ點ノ御見解ヲ伺ヒタイト思ヒマス
○國務大臣（木村篤太郎君） 御答ヘ致シマス、十七條ト四十條トハ其ノ性質ハ全ク異ナツテ居ルノデアリマス、此ノ十七條ハ、公務員ガ公ノ機關トシテ公法上ノ行爲ヲ爲ス場合デアツテモ、ソレガ故意、過失ニ依ツテ損害ヲ加ヘタ場合ヲ指シテ居ルノデアリマス、四十條ニ「何人も、抑留又は拘禁された後」云々トアリマスガ、是ハ全然故意、過失ヲ要件トシテ居ナイノデアリマス、ソコデ此ノ二ツノ規定ノ大キナ相違ガアルト認メラレマス、十七條ノ方ハ今申上ゲマシタ通リ、此ノ行爲者ノ故意過失ヲ要件トシテ居リマス、ソコデ民法上ノ所謂七百九條ノ規定ト綜合致シテ考ヘテ見マスト、左樣ナ場合ノ損害賠償ハ民事法規デ規定スルノガ適當カト考ヘテ居ルノデアリマス
○霜山精一君 十七條ト四十條ニ於キマシテ、故意、過失ノ有無ノ問題ガ違ツテ居ルコトハ御説ノ通リダラウト思ヒマス、尚先程司法大臣ハオイデニナリマセヌデシタケレドモ、午前中牧野委員カラ第十七條ニ付テモ故意、過失ヲ取ツタラドウダ、無過失責任ヲ認メタラドウカト云フ議論モ出タノデアリマシテ、故意、過失ガアルカナイカト云フコトハ、是ハ別ニ其ノ責任ノ性質ヲ區別スベキ要點デハナイノデアリマス、十七條ト四十條トノ關係ガ故意、過失ト云フ點ニ於テ違ツテ居ルト云フノデハ、一方ヲ補償關係トシテ公法規定ヲ設ケ、十七條ノ方ハ之ヲ民法ニ入レテ私法的ノ規定ニスルト云フコトニスル完全ナル理由トハ、私ハ認メラレナイト思フノデアリマス、併シソレ以上ハ議論ニナリマスルカラ、此ノ位ニシテ措キマシテ、其ノ次ニ四十條ト此ノ規定トノ關係ニ付テ御尋ネシテ見タイト思フノデアリマス、四十條ノ方デ伺ツテモ宜イノデスケレドモ、コツチニモ關係アリマスルカラ、四十條ノ方ハ「抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、國にその補償を求めることができる。」斯ウ云フ風ニナツテ居リマシテ、拘禁サレタ後ニ無罪ニナツタ場合ノ規定ナノデアリマス、處ガ、拘禁サレタケレドモ、相當長ク拘禁サレテ非常ナ損害ヲ受ケタガ、無罪ノ判決ハ受ケナカツタ、例ヘバ警察ニ長ク抑留サレテ居ツテ、サンザン虐メラレテ、サウシテモウ宜イカラ歸レト云フヤウナコトヲ言ハレテ歸サレタ、斯ウ云フ風ナ者ニ付キマシテハ、四十條ニ依ツテハ、四十條ハ無罪ノ裁判ヲ受ケタ時ノ補償ノ規定デスカラ、無罪ノ裁判ガナクテ不當ナ抑留、拘禁ニ依ツテ損害ヲ受ケタ場合ノ救濟ハ、四十條ニハナイ譯デスガ、サウ云フ時ニハ十七條ニ依ツテ「公務員の不法行爲により、損害を受けた」ト云フコトニナツテ、十七條ノ方ハサウ云フ者ヲ救濟スル趣旨デハナイカト思ヒマスルケレドモ、其ノ點ニ多少ノ疑問ヲ持ツテ居リマスノデ、サウ云フ無罪ノ判決ヲ受ケナイケレドモ、損害ヲ受ケタト云フ者ヲドウ云フ風ニ、十七條ニ據ラレルカ、或ハ四十條ニ據ラレルノデアルカト云フコトニ付テ御伺ヒシタイノデアリマス
○國務大臣（木村篤太郎君） 御答ヘ致シマス、四十條ハ正ニ左樣ナ場合ハ豫想シテ居ナイノデアリマス、元來此ノ憲法ノ建前デハ、將來左樣ナコトノ起リ得ル餘地ナカラシムル規定ガ澤山設ケテアルノデアリマス、御承知ノ通リ、從來ハ長ラク未決拘留ナンカニ打込ミマシテ非常ナ人權蹂躪ヲヤツタ事實ハ澤山アルノデアリマス、左樣ナコトハアツテハイケナイト云フノデ、御承知ノ通リ此ノ改正憲法草案デハ嚴重ニ左樣ナコトヲ將來ナカラシムベキ豫想ノ下ニ規定サレテ居リマス、恐ラク將來ハ左樣ナコトハナカラウト存ジマス、從ヒマシテ此ノ四十條デハ、左樣ナコトヲ豫定セズニ、無罪ニナツタ時ニ始メテ補償スルト云フ規定ヲ設ケタヤウナ次第デアリマス
○霜山精一君 今度ノ憲法ノ規定ニ依リマシテ、不當ナル抑留トカ拘禁トカ云フコトガ非常ニ制限ヲ受ケルト云フコトニナリマシタコトハ、實ニ御同慶ニ堪ヘナイト思フノデアリマス、併シナガラドンナニ憲法ノ規定ヲ作ツテ見マシテモ、不法ナ抑留拘禁ト云フモノガ絶對ニ行ハレナイヤウニ直グナルト云フコトハ、殆ド豫想ノ出來ナイコトデアリマス、今日ノ憲法ニ於キマシテモ、人身ノ自由ハ相當認メテアルノデアリマス、逮捕監禁審問處罰ヲ受クルコトナシト云フ風ニ明白ニ規定シテ居ルニ拘ラズ、行政執行法ヲ濫用シ或ハ治安警察法ヲ濫用シテ、警察ニ不當ナ抑留拘禁ヲスルト云フノハ、比比皆然リデアリマス、斯ウ云フコトガ一遍ニ掃蕩サレルトハ思ハナイノデアリマシテ、若シサウ云フ事實ガ尚新憲法施行後行ハレルトスレバ、斯ウ云フ無罪ノ判決ヲ受ケナイヤウナ、サウ云フモウ歸レト云ツタヤウナ場合デモ、矢張リ損害ノ賠償ヲ請求セシメル必要ガアルノデハナイカト考ヘルノデアリマス、サウ云フ場合ヲ豫想致シマシテ、四十條ノ補償ノ中ニ、サウ云フ刑事的ナ部分ハ四十條ノ方ヘ之ヲ擴張シテ、補償ノ規定ノ中ニサウ云フモノヲ包含スルト云フノモ一ツノヤリ方デアリ、或ハ又十七條ノ方ヲ廣ク解釋シテ、廣ク解釋シナイデモ當然入ルト思ヒマスガ、十七條ノ方ニ入レテ、サウシテ十七條ニ依ツテ之ヲ救濟シテ行クト云フノモ一策デアラウト思フノデアリマス、其ノ點ヲドチラノ方面デ賄ツテ行クカト云フコトガ私ノ疑問ニナツタモノデスカラ、其ノ點ヲチヨツト‥‥、又是カラ研究サレルノナラ、是カラ將來ノコトデスカラ、宜シイデス
○國務大臣（木村篤太郎君） 御説御尤モデアリマス、研究モ致シマセウガ、今ノヤウナ場合、萬々一アリトスレバ、十七條デ私ハ救濟サレ得ルンヂヤナカラウカト考ヘテ居リマス
○霜山精一君 私ノ質問ハ之ヲ以テ終リマス
○委員長（安倍能成君） 佐々木委員
○佐々木惣一君 私モ矢張リ此ノ十七條ニ付テ質問ヲ致シタイノデス、午前中、又只今、非常ニ色々ノ相當詳シク長ク御質問等ガアリマシタノデ、私ノ質問セムトスル事柄モ、或ハ含マレテ居ルカモ知レマセヌ、成ルベク重複ヲ避ケテヤリマスケレドモ、自ラサウ云フコトニナリマシタナラバ、御容赦願ヒタイ、ソレカラドウ云フ間違ヒデスカ、私ハ實ハ司法大臣ニ特ニ指定シテ御願ヒシタノデナイノデスケレドモ、何カソレガ混同シテ居ツタ、成ル程、霜山サンガサウナサツテ居ルヤウデスカラ、ソレト混同サレタカモ知レマセヌ、私ノハ別ニ司法大臣トカ金森國務大臣トカ云フヤウナコトヲ指定シマセヌデシタガ、併シ今御尋ネ申上ゲル事柄ノ性質上、ドナタカラデモ結構デス、ドウカ‥‥、ソレデ此ノ十七條ノ質疑デアリマセヌケレドモ、私ハ此ノ規定ハ非常ニ好イ規定ダト思ツテ、非常ニ賛成シテ居ル、此ノ憲法ニモ私ハ箇々ノ條規ニ色々賛成シテ居ル點ガアリマスガ、此ノ規定ハ私ハ非常ニ賛成シテ居ル、是ハ衆議院デ修正シタト言ツテモ、今日デハ政府ガ御同意ニナツテ居ルノデスカラ、政府ノ御考ノヤウニ、斯ウ思フノデアリマスガ、其ノ立場デ一ツ御尋ネスル、ソコデ其ノ第一點ニ御尋ネ申上ゲマスコトハ、是ハ一體、詰リ色々御話ヲ伺ツテ居ルト何時デモ、此ノ第三章ノ規定全般ノ性質ト同ジコトデスケレドモ、從ツテ此ノ規定モ詰リ斯ウ云フ被害者タル國民ガ其ノ場合ニ國家ナリ、或ハ其ノ他ノ公共團體ニ對シマシテ賠償ヲ求メ得ルト云フ、サウ云フコトノ一般的地位ヲ規定シタモノデアル、サウ云フ其ノ賠償ヲ求メル求メルト言ツテ見テモ、サウ云フコトニ關スル一般的地位ト、ソレカラ現實ニ或具體的ノ場合ニ於テ、サウ云フ賠償ヲ請求スルト云フヤウナコトトハ、嚴重ニ區別シナケレバナラヌカト私ハ思フノデアリマス、サウシテ憲法ニ於ケル此ノ規定ハ、主トシテ一般的地位ヲ規定シタモノデアツテ、國民ガ斯ウ云フ被害ヲ取ケタナラバ國家又ハ公共團體ニ此ノ賠償ヲ求ムルコトガ出來ルト云フ、サウ云フ地位ヲ持ツテ居ルト云フコトノ規定デアツテ、此ノ規定カラ、直接ニ箇々ノ場合ニ國民ガ損害賠償ヲ求メルトカ、求メヌトカト云フ問題トシテデハナイト私ハ思フノデアリマスガ、其ノドチラカニ依ツテ、非常ニ違フコトニナリマスガ、如何ナモノデゴザイマスカ、御答ハドナタカラデモ結構デアリマス
○國務大臣（木村篤太郎君） 御説ノ通リデアリマス、是ハ一般的ノ規定ヲ意味シテ居ルノデアリマス
○佐々木惣一君 サウ云フ御説明ヲ聽イテ、恐ラク御察シスルノニ、金森國務大臣モ同樣ノ見地タラウト思ヒマス、司法大臣ノ御説明ノ趣旨カラ見ルト、恐ラクサウダラウト思フ、サウスルト、此ノ規定カラシテ具體的ノ場合ニ損害ヲ賠償スルトカセヌトカト云フ問題ハ、實ハ此ノ規定カラ出テ來ナイ、但シ此ノ規定ガアリマスルガ故ニ、具體的ノ箇々ノ場合ニ、サウ云フ國民ニ賠償ヲナサセ得ヤウニ國家ハセナケレバナラヌノデアリマスルカラ、ソレデ國家ノ方ハ、此ノ規定ガアリマスガ故ニ、サウ云フ被害ヲ蒙ツタ場合ニハ、其ノ國民ハ此ノ一般的地位ト云フモノヲ其ノ場合ニ實現シテ、サウシテ其ノ賠償ヲ求メ得ルヤウニ處置ヲセナケレバナラヌト云フ國家ノ義務ガアル譯デスガ、併シナガラ箇々ノ場合ニ、ドウ云フ方法デヤルカヤラヌカト云フコトハ、ソレハ初メカラ此ノ規定自身ハ決メムトスル譯デハナイ、ソコデ一般的ノサウ云フ地位ヲ箇々ノ場合ニ實現スル爲ニハ、或ハドウ云フ方法デ損害ガ起キタトカ、ドウ云フ程度ニ賠償スルトカ云フヤウナコトヲ決メナケレバナラヌカラ、ソレデソレヲ「法律の定めるところにより」ト、斯ウ云フ風ニシテアルノデアルト、斯ウ解釋シテ宜シウゴザイマスカ
○國務大臣（木村篤太郎君） 左樣デゴザイマス
○佐々木惣一君 ソコデ其ノ「法律の定めるところ」ハ、サウ云フコトハ、孰レニシテモ法ガ規定セナケレバナラヌノデアルガ、其ノ法ハ政令タル法ヂヤイケナイ、即チ法律タル法デナケレバナラヌト云フコトヲ特ニ規定シテ居ルト云フサウ云フ意味ニ於テモ此ノ「法律の定める」ト云フコトハ非常ニ意味ガアルト私ハ考ヘテ居ルノデアリマス、此ノ一般的國民ノ地位ヲ具體化スルコトハ法ニ依ツテ決メナケレバナラヌガ、其ノ法ハ法律タル法デナケレバナラヌ、此ノ二ツノ點ノ意味デ「法律の定めるところにより」ト、斯ウ云フ意味ニ私ハ思ツテ居リマスガ、只今ノ御説明ニ依ツテサウ思ツテ宜イト思ヒマス、ソコデ第二點トシテチヨツト伺ヒタイノデスケレドモ、此ノ「法律の定めるところにより」ト云フノハ、然ラバ其ノ害ヲ受ケマシタ場合ノ國民ト國家トソノ間ニ於ケル實體的關係ヲ規定シタモノデアツテ「賠償を求める」トアリマスノハ、實體的ノサウ云フ請求ガ出來ルト云フコトヲ言ウタノデアツテ、其ノ請求ヲ實行スル訴訟手續ト云フヤウナコトハ、此ノ規定デ意味シテ居ル所デナイソレデ宜シウゴザイマスネ
○國務大臣（木村篤太郎君） 左樣デゴザイマス
○佐々木惣一君 ソレヂヤ續ケテヤリマス、ソレデ此ノ意義ガハツキリシテ來タ、此ノ規定ノ意義其ノモノガハツキリシテ居ナイト、私カラ申シマスレバ非常ニ議論ガ横道ニ入ツテシマフモノデアリマスカラ、ソレデ私ノ理解スル所ヲ申上ゲテ、サウダト云フ御承認ヲ得タ譯デアリマス、ソコデ第三點トシテ御伺ヒ致シマスガ、公務員ガ國民ニ損害ヲ與ヘタ場合ニ、國家又ハ公共團體ガ之ヲ賠償スル、斯ウ云フ風ニ定メマシタ根本ハサウ云フ詰リ加害行爲ハ、是ハ本來國家又ハ公共團體ガヤツタモノト、斯ウ考ヘルカラデアルカ、或ハ其ノ加害行爲其ノモノハ、其ノ公務員ノ行爲デアルノダケレドモ、併シナガラ是ハ國家、又ハ公共團體ト云フモノノ爲ニ、又從ツテ、ソレヲ背景トシテ行ナツタモノデアルカラ、是ハ先刻金森國務大臣ガ仰シヤツタ、ソレデアルカラ、ソレガ國家、又ハ公共團體ト自分、詰リ賠償義務者、責任者カラ言ヘバ、自分ノモノト云フ意味ヂヤナイノダケレドモ、兎ニ角賠償ヲスルノデアル、斯ウ云フ根本見地デスネ、其ノドチラデアルカト云フコトヲ御尋ネシテ見タイノデス、其ノドチラカト云フコトハ、是ハ後ノ立法ヘ影響スルノデス
○國務大臣（木村篤太郎君） 御答ヘ致シマス、其ノ點ニ付テハ色々御議論ガアリマセウガ、法律ノ建前ト致シマシテハ、公務員ハ國家ノ機關トシテ國家ノ公權ヲ行使スル者デアル、其ノ公務員ガ國家ノ機關トシテ公務ヲ執行スル際ニ起ツタ行爲、即チ其ノ場合ノ不法行爲ニ付テハ、國家ガ責任ヲ負フト云フコトデアリマシテ、其ノ實體ガ孰レナリヤト云フコトハ、ソレハ學説上ノ問題デアリマシテ、結局ハ公務員ノ不法ニ行ナツタ行爲ハ、國家ニ於テ責任ヲ取ル、斯ウ云フコトニナリマス
○佐々木惣一君 分リマシタ、詰リソレハソレ自身ガ何モ無意味ノ問題ダト云フノヂヤナイノデスケレドモ、ソレハ色々學説ガアツテ其ノ研究ニ委スノデアツテ、ドノ學説ヲ研究スルカト云フコトハ、政府自身ハ今御決メニナツテ居ナイ、唯此ノ場合ハ、被害者タル國民ヲシテ賠償ヲ得セシムルト云フコトノ目的ダト、斯ウ云フコトデゴザイマスネ、是ハ政府ノ立案ノ立場ニ於テハソレデ結構デアルト思ヒマス、唯私共學徒カラ言ヘバ、其ノ場合ニ立案ノ根本見地ヲモウ少シハツキリシナケレバナラヌケレドモ、ソレハ併シ立案ノ見地トハ違ヒマス、我々トシテハソレダケデハ止マラナイケレドモ、十七條ニ付テノ政府ノ御説明トシテハ、私ハソレデ滿足致シマス、ソコデ更ニ申上ゲルノデアリマスガ、是ハ色々午前カラモ出テ居リマシタガ、斯ウ云フ公務員ノ加害ト云フ事實ハ、害ヲ與ヘタト云フノハ是ハ事實デスカラ、害ヲ與ヘルト云フサウ云フ事實ハ、ソレハ公法關係ニ於テ起ツタ場合デモ、私法關係ニ於テ起ツタ場合デモ、ソレハ問ハナイノデアルト云フ御説明デアリマシテ、ソレハ私ハ此ノ條文トシテハ異論ガアリマセヌノデ、サウ云フ御説明ヲナサイマス時ハ、十七條ヲズツト讀ンデ參リマスト、是ハドウモ公務員ノ其ノ行爲ガ所謂公法關係ト考ヘラレルヤウナ生活關係ニ於テ起ツタ事實デアルカ、私法關係ト考ヘラレルヤウナ生活關係ニ於テ起ツタ事實デアルカ、是ガ決シテ分ツテ居ナイ、立案者ノ意思ニ拘ラズ、此ノ條文ヲ解釋スル時ハ、サウ釋解スルヨリ外ハナイカト思ハレル、唯實際上ノ問題ニナリマスルト、先刻來モ御説明ガアリマシタヤウニ、所謂私法關係ト云フモノニ付キマシテハ、矢張リ國家デモ賠償義務ヲ負ウテ居ル、ソレカラ公法關係ト云フモノニ付テハ負ハヌト云フコトニ判例モナツテ居リマス、ソコデ其ノ問題ヲ解決スルト云フ建前カラ言ヘバ、是ハ公法關係ノ場合、權力關係ノ場合カラ、之ヲ御覧ニナル方ガアルノハ無理モナイト思ヒマス、ソコデ御尋ネシマスガ、サウスルト、私法關係ニ於ケル國家、又ハ公共團體ノ賠償義務ニ付テハ、全然コンナモノハ要ラヌト云フ先刻カラノ御話ガアリマシテ伺フノデスガ、兎ニ角此ノ規定ガ出來タガ爲ニ、假ニ將來私法關係ニ於ケル損害賠償ヲ規定スル所ノ私法ト云フモノヲ作ル場合ニ、今ノ法典ヲ改メル、改メヌハ別トシテ、要スルニ私法關係ニ於ケル公務員ノ不法ノ行爲ニ依ツテ損害ヲ生ジタ場合ニ、國家、又ハ公共團體ハ、其ノ賠償ヲナサヌノダト云フコトヲ定メルコトハ出來ナイト云フコトノ効果ハアル譯デスナ、ソレチヨツト伺ヒマス
○國務大臣（木村篤太郎君） 公務員ガ私法上ノ不法行爲ヲ爲シタ場合、是ハ民法ノ七百九條ノ規定ニ依ツテ賠償スル責任ハアル譯デアリマス
○佐々木惣一君 假ニ七百九條ヲ廢止シテシマツタ場合ニハ、全然損害賠償ノ義務ガナイヤウニシテシマフト云フ風ナコトハ、此ノ規定ガアル爲ニ出來ナイノデスナ
○國務大臣（木村篤太郎君） 無論サウデアリマス
○佐々木惣一君 其ノ故ニ此ノ規定ハ、矢張リ私法關係ノモノデモ無意味ナ規定デハナイ譯デスネ要スルニ將來民法ノ規定ヲ定メル場合ニ於ケル、或ハ民法ヲ改正スル場合ノ拘束ニナルト伺ツテ宜イノデスネ、ソレダカラ無意味デハナイノデスネ、更ニ伺ヒタイコトハ、先刻申シタヤウニ實體的ノ權利關係ヲ規定スル規定ダト思ヒマスカラ、ソコデ其ノ實體的ノ請求權ト云フモノヲ如何ニシテ實行スルカト云フコトハ、ソレハ別ダト思ヒマスガ、併シソレハ矢張リ法律デ定メマスカ、何デ定メマスカ、チヨツト伺ヒマス
○國務大臣（木村篤太郎君） 先刻來申シマシタ通リ、ソレハ法律デ規定致シマス
○佐々木惣一君 ソコデ國民ガ、國、又ハ公共團體ニ賠償ヲ求メルト云フコトニ相成ツテ居リマスノデスガ、其ノ公務員其ノ者ニ對シテ、被害者ガ賠償ヲ請求スルト云フヤウナコトハ、賠償シテ居リマスカドウデアリマスカ
○國務大臣（木村篤太郎君） 賠償致シマセヌ、ソレデ公務員ガ左樣ナ場合ニ公務員自體ニ對シテ更ニ請求權ヲ行使シ得ルヤ否ヤト云フコトハ別個ノ問題デアリマス
○佐々木惣一君 兎ニ角賠償シナイ譯デスネ、ソコデ今度ハ將來ノ法律ニ關スルコトデスカラ、今御尋ネスルト云フノハ如何カト思ヒマスガ、ソレハ今答ヘル限リニ非ズ、將來ノコトダト仰シヤツテ少シモ差支ナイデスガ、其ノ場合ニ被害者ハ、國、又ハ公共團體カ、其ノ公務員自身カ、其ノ孰レカヲ自分デ選擇シテ、自分ノ欲スル所ニ從ツテ請求ヲ爲シ得ルト云フコトニナリマセウカ、是ハ將來ノ立法ノコトデスカラ、無理ニ答ヘナクテモ宜イガ
○國務大臣（木村篤太郎君） 質問ガ細カク相成ツテ、實ハ其處迄御答辯スルノハドウカト思ヒマスガ、ソレハ私ハ選擇的ニ出來ルト思ツテ居リマス
○佐々木惣一君 ソレカラ其ノ賠償ヲ爲シマシタ國、又ハ公共團體ト、公務員トノ關係ハドウナリマセウカ、是ハ初メニ申シマシタヤウニ國ガ自分ノ加害行爲ニ對シテ損害賠償スルノデアルカドウカト云フ點トモ關係シマスガ、ソコデモツト具體的ニ申上ゲマスレバ、國、又ハ公共團體ガ其ノ公務員ノ方ニ對シテ償還ヲ求ムル、求償的ノ請求ヲ爲シ得ルコトガ出來ルカドウカ、是ハ細カイト言ヘバ細カイデスガ、根本思想ニ關係シテルノデ
○國務大臣（木村篤太郎君） 如何デスカ、サウ云フ考ヲ持ツテ居リマスケレドモ、其處迄行クト、實ハ果シガナイノデドウモ
○佐々木惣一君 ソレナラ宜シイ、今度ハ大キナコトニナリマス、此ノ規定ハ、裁判官、又ハ檢察官ノ所謂不法ノ行爲ト云フヤウナモノニ矢張リ當然ニ當テ嵌マルモノデアリマセウカ、裁判官、檢察官ノ不法ノ行爲ハ別ダト云フヤウナ建前デアリマスカ
○國務大臣（木村篤太郎君） 裁判官モ檢察官モ、等シク國家ノ公務員デアリマスカラ、原則トシテハ之ニ包含サレル譯デアリマス
○佐々木惣一君 何故サウ云フコトヲ御尋ネ申上ゲタカト言ヒマスト、裁判官ヤ檢察官ト云フ者ハ、元來其ノ職務トシテ、法ノ解釋適用ナシト云フコトニナツテ居ルモノデアリマスカラ、ソコデ詰リ其ノ法ノ解釋適用ヲ爲スカト云フコトニ付テハ、所謂裁判官ノ職務上ノ獨立ト云フモノガアルト思フ、自己ノ信ズル所ニ從ツテソレガ間違ヒデアラウガ、アルマイガ、矢張リ或法ヲ解釋シテ適用シタト云フコトニナルノデスガ、ソレガ外ノ行政官ト違フ所デス、其處ガ恰モ裁判官ノ職務上ノ獨立ノ意味デスカラ、ソコデサウ云フ自己ノ職務上ノ獨立ニ基イテ法ヲ解釋適用シタ、其ノ結果カラ生ズルサウ云フ不法ノ行爲ニ付テモ他ノ行政官ノ不法ノ行爲ト同ジク損害賠償ノ義務ヲ御尋ネシテ居ルガ、是モ細カイト言ヘバ細カイガ、私ハ細カイトハ思ハヌガ、サウ云フ質問ヲ申上ゲテ置クダケデアリマス、ソレカラ更ニ不法行爲ト云フ文字ニ付テ申上ゲタイ、此ノ不法行爲ト云フノハ、私ノ淺イ知識ニ依リマスレバ、今日法的ニハ、少クトモ法學的ニハ、一ツノ術話的ノ概念デスカラ、併シ立法者ノ御趣旨ハ、サウ云フ法典上、又ハ法學上ノ術語トシテノ不法行爲ト云フヤウナ、サウ云フモノヲ今持ツテ來ル考ヂヤナイト私ハ察スルノデス、結局是ハ、「不法の行爲」ト云フ「の」ノ字ヲ此處ニ入レタ方ガ宜イト思フ、不法ト云フコトソレ自身ハ、世俗ノ通用ノ觀念トシテ持タレテ居リマスカラ、ソレニ更ニソレヲ説明ヲ加ヘテモ宜イ、ソコデ「不法行爲」ト云フヤウナ概念的ナ術語ノ言葉ヲ此處デ止メテ、サウシテ「の」ノ字ヲ一字入レタラ宜イト思ヒマス、他ノ言葉デモ宜イト思ヒマスガ、何カ他ノ言葉ヲ入レタラ宜イト思ヒマス、サウ云フ點ニ付テハドウデアリマセウカ、ソレダケノコトヲチヨツト御尋ネシマス
○國務大臣（木村篤太郎君） 御議論ハ能ク分ツテ居リマスルガ、此ノ術語トシテ使ヒ慣レタ言葉デアリマスカラ、却テ之ノ方ガ能ク通リガ宜イノヂヤナイカト、斯ウ思ツテ居リマス、佐々木委員ノ御考ハ能ク御議論トシテ承ツテ置キマス
○佐々木惣一君 詰リ術語トシテ使ハレテ居ルカラ、ソレデ色々ノ問題ガ起ルノデスカラ、ココデハ何モ不法行爲トシテ他ノ術語トシテ使ツタモノヲ持ツテ來ルコトハナイカラ、一般ノ分リ易イコトデ、不法トカ或ハ法ニ反スルトカ、サウ云フ行爲ダカラト云フコトデ、不法行爲ト云フコトハ確カニ色々ナ要素ガ入ツテ居リマスカラ、ソレデ私ハ是ハ不法行爲ト云フ文字ヲ使ハヌ方ガ宜イト思ヒマスケレドモ、併シ今大臣ノ御説明デハ術語トシテ使ツテアルカラ、寧ロ持ツテ來タ方ガ宜イト言ハレルナラバ、其ノ點ハ私ハ承服シナイノデス、併シ是デ私ノ質問ハ打切ツテ置キマス
○委員長（安倍能成君） 是デ第十六條カラ第十七條迄ノ質疑ヲ終リマシテ、第十八條カラ第二十三條迄ニ移リマス
○子爵大河内輝耕君 私チヨツト今ノ所デ一點伺ヒマス、此ノ第十七條ノ「國又は公共團體に、その賠償を求めることができる。」斯ウゴザイマスガ、其ノ損害賠償ノ範圍ハ、ドウ大體心得タラ宜シウゴザイマスカ、ドウ云フ風ニ御決メニナルト云フ御考ヘデアリマセウカ
○國務大臣（木村篤太郎君） 御答ヘ致シマス、マダ其處迄研究ハ積ンデ居リマセヌ、是カラ十分ニ法律ヲ作ル際ニヤツテ見タイト、斯ウ思ツテ居リマス
○委員長（安倍能成君） 結城委員
○結城安次君 私ハ第二十條信教ノ自由、第二十一條集會等ノ自由ト云フコトニ付テ伺ヒマスガ、兩條共、思想ノ自由ト云フコトヲ根幹トシタ條項デアリマス、其ノ精神ニ於テ相通ズル所ガアルト思ヒマスルカラ時間ノ節約上一、二トアリマスガ、兩條一括シテ金森國務大臣ノ御説明ヲ伺ヒタイト思ヒマス、二十條ニハ「信教の自由は、何人に對してもこれを保障する。いかなる宗教團體も、國から特權を受け、又は政治上の權力を行使してはならない。」ト云フ規定ガゴザイマスルガ、併シ信教ノ自由ト申シマシテモ、信教ノ内容的ニ依ツテハ其ノ自由ニモ自ラ限度ガアルノデハナイデセウカ、信教ト申シマスルニ付テ定義ガアリ、或ハ其ノ内容ニ付テ或程度ノ基準ガアリマスルナラバ、其ノ定義ニ反スル、或ハ又其ノ基準ノ範圍ヲ逸脱スルト云フヤウナ場合ニハ、信教デハナイト云フ見解ノ下ニ其ノ保障ハナクナル、又取締モ制限モスルコトモ出來マセウガ、併シサウ云フコトガ此ノ條ニハ見エテ居リマセヌ、唯信仰ト申シマスレバ、制限ノナイ限リハドウ云フコトヲ信仰シテモ宜イガト云フコトニナルノデハナイカト思フノデアリマスガ、信仰モ個人、自分ダケデ信ジテ居ル、或ハ人ニ言ツタ所デ、自分ハ唯斯ク信ズルト云フコトダケナラバ大シタ害モゴザイマセヌガ、ソレヲ外部ニ布教、宣傳シテ大勢ノ者ヲ仲間ニ引入レルト云フヤウナ場合ガ發生シマシタ時ハ、ソレガ所謂邪教ト云フモノデ、一般民衆ニ非常ナ害毒ヲ流シ、又醇風美俗ヲ害スルト云フヤウナ場合モ多々出來ルト思ヒマスガ、如何デゴザイマセウカ、公共ノ福祉ニ適合スレバ宜イト云フヤウナコトガ第何條カニアリマシタガ、併シ信仰シテ居リマスル本人ハ、頗ル眞劍、眞面目、是ガ眞ニ國ノ爲ニナル、公共ノ福祉ニナルノダト云フヤウニ本人ハ信ジ切ツテ居リマシテモ、一般社會通念カラシマスレバ、ソレガ所謂邪教ト認メラレルヤウナ場合ノ宗教的行爲ハ、地方ノ愚民ヤ又都會地ノ下層社會ニハ非常ナ勢ヒヲ持ツノデアリマシテ、從來其ノ害毒ヲ流シタ例ハ乏シクナイノデアリマス、殊ニ此ノ敗戰ノ氣分ニ乘ジ、或ハ「インフレ」ニ伴フ生活ノ不安ニ乘ジマシテ、我々ノ想像シ得ナイヤウナ迷信的行爲ガ相當ニ蔓延スルノデハナイカト思ハレマスガ、政府ハドウ云フ風ニ之ヲ御考ヘニナリマスカ、昨日金森國務大臣ハ、確カ澤田委員カノ御質問カト思ヒマスガ、原案十一條ヲ引用致シマシテ此ノ御説明ニ、國民ニハ此ノ憲法ヲ以テ有ラユル自由ヲ保障スル、併シ其ノ自由ハ之ヲ濫用シテハナラナイ、常ニ公共ノ福祉ノ爲ニ之ヲ利用スル責任ヲ負フト云フ、即チ此ノ信教ノ自由ニモ、亦サウ云フ第十一條ニ示サレタヤウナ義務ガ伴フノデ、其ノ信教ガ其ノ義務ニ反シテ居ルカドウカト云フコトハ、最高裁判所ガ憲法違反ナリトシテ認ムルカドウカト云フコトニ依ツテ決マルト云フヤウナ御説明デアツタカノヤウニ私ハ伺ツテ居リマスルガ、是ガ國ノ爲ニナラナイ、又一般民衆ニ害毒ヲ與ヘルト云フヤウナ信仰ダト云フコトハ、一體最高裁判所自身ガアア云フコトハ憲法違反ダカラ止メナケレバナラナイト言ツテ、自働的ニ出テ、ソレヲ憲法違反ナリト判定スルモノカ、サウ云フコトハ恐ラク困難デアリマセウ、然ラバ警察ガ、或ハ之ヲ監視取締ルベキ其ノ筋ノ者ガ、是等ヲ憲法違反ナリトシテ摘發シ、ソレゾレノ手續ヲ執ツテ最高裁判所ニ行クノデハナイカト思ハレマスルガ、サウ云フ筋ヲ通ルトスレバ、恐ラク短期間ニハ、其ノヤツテ居ル事柄ガ、其ノ信教ガ邪教トカ、或ハイケナイモノダトカ、良イモノダト云フ判定ハ恐ラク相當ノ年限ヲ要スルノヂヤナイカ、若シ左樣ナラバ、恐ラク最高裁判所ガ何某ト云フ布教師ノヤツテ居ル信教ハ邪教ナリ、國ノ爲ニナラヌ、公共ノ福祉ニ反スルト云フ判決ヲ下シタ頃ハ、恐ラクモウ跡形モナク消エテ居ルヤウナモノヂヤナイカト思フ、何年モ何年モ續クヤウナ教ヘナラバ、是ハ又或點ニ於テ採ル所ガアルノカモ知レナイ、併シ多ク害毒ヲ流スモノハ、其ノ時ニ乘ジ、何カノ人氣ニ乘ジテ之ヲ煽動シウマク宣傳シ、生活難ニ乘ジテ、斯ウ云フコトヲスルト宜イ、色々ナ我々ノ想像シ得ナイヤウナ教ヘヲ、教ヘラシキモノヲシテ、ソレデ或意味ニ於テハ治安ニ害ノアルヤウナコト迄モスルノデアリマスガ、ソレ等ニ對シテ取締ハ如何致スノデアリマスカ、私ハ憲法ニ於テ自由ト云フモノガ非常ニ認メラレマシタ、此ノ自由ノ濫用、其ノ範圍ヲ逸脱スルト云フコトハ、此處ニ嚴ニ戒メナケレバナラナイコトデアリマスルガ、同時ニ之ニ乘ジテ範圍ヲ逸脱スルヤウナ行動モ又多々出ルノデハナイカ、ソレ等ヲ未然ニ防グ、或ハ未ダ害ノ甚ダシカラザルノ範圍ニ於テ、之ヲ芟リ取ルト云フコトガ非常ニ必要ナモノヂヤナイカト云フコトカラ、政府ハドウ云フ風ナ御處置ヲ、此ノ信教ノ自由ト云フコトニ對シテ、何等カノ十一條以外ノ制限法ガオ有リデアルカト云フコトヲ伺ヒタイノデアリマス、サウシテ私ハ時間ヲ成ルベク節約シタイ爲ニ、此處デ更ニ私ノ希望ヲ申上ゲマスレバ、此ノ信教ノ自由ト云フモノモ、何等カ此ノ二十條ノ取締ルベキ基準、何等カノ言葉トシテ加ヘル必要ハナイカ、又加ヘル御考ハゴザイマセヌカ、同時ニ信教ト云フコトノ内容、如何ナルモノガ信教ナリヤト云フコトヲ此處デ豫メ御説明ヲ伺ツテ置キタイト思フノデアリマス、其ノ次ノ第二十一條「集會、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由はこれを保障する。檢閲は、これをしてはならない。通信の祕密は、これを侵してはならない。」トゴサイマスガ、是亦、前信教ノ自由ノ條ト同ジク集會、出版、言論ヲ勝手氣儘ニ放任シテ居キマスレバ、ドウ云フコトガ出テ來ルデアリマセウカ、如何ナルコトヲ喋ツテモ宜シイ、ドウ云フコトヲ出版シテモ宜イト云フヤウナコトハ如何ナモノデアリマセウカ、現憲法ニ於キマシテハ、法律ヲ以テ制限規定サレタル、所謂各種ノ法令ニ反シナイ限リハ云々トゴザイマスノデ、自ラ其ノ限度ハ決メラレテ居ル、併シ是等ハ金森國務大臣、時々ノ御説明ノ通リ、濫用サレテ居ツタカラ、之ヲ除イタト云フコトハ御尤モデアリマスガ、唯解放シツパナシデハイケナイ、今後日本再建ト云フヤウナコトヲ目指シテ言論、出版、或ハ集會等ニ於テ、各種ノ運動ガ盛ニナルコトト思ハレマスルガ、ソレ等ノ中ニハ眞ニ國ヲ憂フルモノモアリマセウ、中ニハ時勢ニ便乘スルモノモアリマセウ、中ニハ國内ノ治安ヲ害スルノミナラズ、國交ニモ影響ノアルヤウナ出版ヲスルヤウナ者ガアツタ場合ニハ如何デアリマセウカ、是等ノ點ニ對シテ政府ノ取締リハ如何デアリマセウカ、私ハ前條信教ノ自由ノ場合ト同樣、是等ノ點モ極メテ簡單ナ常識的ナ或程度ノ制限ガ必要ヂヤナイダラウカ、此ノ點ニ關シマシテハ金森國務大臣ガ衆議院ノ憲法審議會ノ委員會ノ席上ニ於キマシテ、斯ウ云フ風ナ御答辯ヲ、是ハ金森國務大臣トハ必ズシモ出テ居リマセヌ、法制局カラノ刷リ物ノ答トシテ、言論、集會等ノ自由ハ、勿論文字通リ自由デアル、之ニ反對スル者ハ同ジク言論、集會等ニ依ツテ對抗スルノ外ハナイ、權力デ取締ルベキデハナイ、併シ直接行動ニ依ツテ憲法制度ヲ破壞スルコトハ、第十九條ノ自由ノ埒外ダ、即チ言論、集會等ノ自由ニハ、憲法上ノ制度ノ批判、其ノ變更ノ方針ノ表明ハ入ルガ、現ニ破壞ノヤウナ行動ヲ取ルコトハ入ラナイ、其ノ際ノ行政措置ハ法律デ規定スルト、斯ウ云フ風ニ申サレテ居リマスガ、即チ直接行動デナケレバ取締ラナイ、ソレ以外ハ矢張リ言論、文字ヲ以テ之ニ對應シ、之ヲ撃破スルト云フコト以外ニハ、方法ガナイト云フ御説明ノヤウニ了解サレマスガ、全ク其ノ通リニナルノデセウカ、向フデ酷イコトヲ言ツタ場合、矢張リソレニハ取締ル方法ガナイ、言論ヲ以テ論者ノ非ヲ挫ク、文字ヲ以テ其ノ言ツタ人ノ説ヲ挫ク以外ニハ、方法ハナイデセウカ、是亦私ノ希望ヲ申上ゲテ置キマスルガ、此ノ條項ニモ或程度ノ、何等カノ取締リ得ル制度ヲ作ツテ置カナケレバ、今後ドウ云フ風ニナルダラウカ、此ノ憲法ニ反スルモノハ、如何ナルモノモ成リ立タナイ、詰リイケナイ、排除スルト云フコトガアリマスルノデ、信教ノ自由、集會結社ノ自由モ、此ノ儘無制限ニ執ル、唯之ヲ制限スルノガ第十一條ノ濫用シナイト云フコトト、「公共の福祉のために」利用スル責任ガアル、而モ是ハ最高ノ裁判所デナケレバ、之ヲ決定スル資格ガナイノダト云フヤウナコトニナツテハ、甚ダ將來ノ爲ニ憂フベキコトヂヤナイカト思ハレマスノデ、此ノ二點ニ關シマシテ、金森國務大臣ノ御答辯ヲ伺ヒタイ
○國務大臣（金森徳次郎君） 結城委員ガ御尋ニナリマシタ其ノ中ニ於テ、私ノ衆議院ノ委員會ニ於テ申シマシタ言葉ノ拔キ書ヲ御引用ニナリマシタガ、大體其ノヤウニ衆議院ニ於テ申シタノデアリマシテ、今日ト雖モ、尚其ノ考ハ變更ハ致シテ居リマセヌ、此ノ信教ノ自由カラ始マルノデアリマスルガ、單リ信教ノ自由ニ限ラズ、「思想及び良心の自由」デアリマシテモ、學問ノ自由デアリマシテモ、斯樣ニ主トシテ精神ノ内部ニ基本ヲ持ツテ居リマスルモノノ自由ニ付キマシテハ、共同生活ノ上ニ如何ニ對處スルカト云フコトハ、非常ニ困難ナ問題デアラウト考ヘテ居リマス、在來ノ日本ノ扱ヒニ於キマシテモ、直接ニサウ云フ精神内部カラ起ル諸般ノ事項ニ付テ、強ク取締リヲスル考ハ當初ハナカツタラウト思ヒマスケレドモ、現實ノ道行キト致シマシテハ、思ヒノ外ナル行キ過ギガ起ツタト云フコトハ、御承知ノ處デアラウト思ヒマス、ソレ等ノ經驗ニモ顧ミ、又個人ノ本體ヲ尊重致シマスル見地カラシテ、此ノ改正案ニ於キマシテハ、相當ニ其ノ點ハ深ク考ヘタノデアリマスガ、要スルニ、人間其ノ者ガ十分ニ其ノ力ヲ伸バシテ行キマスル爲ニハ、其ノ精神ノ内部カラ發露スル所ノ眞面目ナル道行キト云フモノニ、壓迫ヲ加フベキモノデハナイ、今日ノ一般ノ眼デ見テ、多少其處ニ申シ分ガアルニシテモ、其ノ出テ來ルモノヲ二葉ニシテ摘ミ、三ツ葉ニシテ刈リ取ルト云フヤウナ風デアツテハ、人類ノ行クベキ本當ノ筋道ヲ辿ルコトハ出來ナイノデアリマス、心ノ内面ヨリ起リ來ル眞面目ナル表明ハ、人間其ノモノノ發展ヲ物語ルモノデアリマスルガ故ニ、當然個性ノ尊重トシテ之ヲ重ンズベキモノデアルコトハ、言フヲ俟タヌト考ヘテ居リマス、併シナガラ共同生活ニ於ケル公ノ福祉ヲ一方考慮ニ入レマスレバ、其ノ福祉ノ枠ノ中ニ於テ、或程度ニ規律ヲ受ケルコト又免レ得ナイノデアリマス、其處迄ノ原理ハ、恐ラク現行憲法モ、是カラ來ル所ノ改正憲法モ、同ジデハアリマセウケレドモ、之ニ對シマスル現實ノ考ヘ方ハ、甚ダシク違ツテ居ルノデハナイカト存ジテ居リマス、此ノ憲法ニ於キマシテハ、個人ヲ尊重スルト云フ見地カラ、其ノ方面ノ思想ノ發展ニ重點ヲ置イテ居リマス、故ニ思想ソレ自身ハ、思想ヲ以テ之ヲ撃破スベキモノデアツテ、集團的ナ權力ヤラ實カヤラヲ以テ之ヲ撃破スルト云フコトハ、行キ過ギデアルト云フコトヲ基本ノ考ニシテ處置スベキモノト思ツテ居ルノデアリマス、併シナガラ實際ノ運用ト致シテハ、ドノ段階ニ於キマシテノ公ノ福祉ト牴觸スルヤウニナルカハ、箇々ノ問題トシテ考ヘナケレバナラヌコトハ勿論デアリマスルガ、唯ソレニ對スル具體的ナ一ツノ考ヲ述ベマシタノガ、先程御引用ニナリマシタ衆議院ニ於ケル私ノ言説デアル譯デアリマス、ソレダケノ前提ヲ置キマシテ、御質疑ノ具體的ナル内容ニ入ツテ行キマスルト、信教ト云フコトガ何デアルカト云フコトノ定義ハ、是ハ私ニハ十分出來マセヌケレドモ、併シ人間ノ心ノ中ニ信教的要素ガアツテ、其ノ要素ヲ基ニ致シマシテ、恐ラクハ超越的ナル意思主體ト云フモノトノ間ニ、此ノ感情ノ關係ガ發生スル、サウ云フ段階ニ信教ハ生レテ來ルモノト思ツテ居リマス、是ハ合理主義デ以テ判斷ノ出來ナイモノデアリマシテ、一種特別ナル方面ノモノトシナケレバナリマセヌ、此ノ憲法ハ、サウ云フモノハ出來得ル限リ此ノ政治組織タル國家ノ諸關係ノ外ニ置カウト云フ考ヘ方ニナツテ居リマス、ソレガ現レマシテ、草案ノ第二十條ノ各項ノ規定トナツテ示サレテ居リマス、詰リ根本ハ、宗教ヲ尊重スル、併シナガラ政治團體タル立場ニ於ケル國家ハ、是ト特別ニ緊密ナル干渉ヲ作ラナイ、信教ハ信教トシテ伸バシメルト云フ立場ヲ執ツテ居リマス、此ノ立場ヲ執リマスルコトガ、信教ノ尊重ト云フ趣旨カラシテ適切デアルコトハ、恐ラク御認メ下サルト思フノデアリマス、併シ其ノ弊害ノ及ブ所、淫祠邪教ヲ増加セシムル虞ナシトハ、是ハ言ヒ得ナイノデアリマス、ソレガ爲ニ人類ガ不幸ヲ受ケルコトモナシトハ斷言ハ出來マセヌ、サウ云フモノハ極力、思想ハ思想ヲ以テ、信教ハ信教ヲ以テ、オ互ニ適正ナ發展ヲスルヤウニ、個々ノ人間ガ努力スベキモノデアリ、サウシテ政治團體ハ、先ニ御示シニナリマシタ此ノ十二條ノ「國民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のために云云」ト云フ規定ノ枠ノ中ニ嵌メテ、巳ムニ巳マレヌ程度ノ取締リヲスルト云フコトニナル譯デアリマス、其ノ結果、其ノ取締リノ爲ニ必要ナル國ノ制度デアルトカ、或ハ現實ノ處分等ガ、果シテ信教ノ自由ヲ保障スルモノトノ間ニ適當デアルカドウカト云フ疑義ガ起リマスレバ、御示シノ如ク、最後ニハ最高裁判所ノ判決ヲ求ムルノ外ハナイノデアリマス、從來ノ思想カラ追ヒ詰メテ來マスレバ、是ハ非常ニ不安心ナ、餘リニモ自由ヲ認メタモノデアリ、場合ニ依ツテハ放埒トモ言ヒ得ルト云フ御疑念ガ湧クカモ知レマセヌケレドモ、併シ之ヲ簡便ナル方法ヲ以テ取締ルト云フコトハ、宗教ノ本質ニモ合ハナイシ、大キナ意味ニ於テノ人類ノ發展ヲ妨ゲルノデアリマシテ、此ノ憲法ノ眼目トスル所ハ、左樣ナ行キ道デハナイノデアリマス、併シ集會、結社、言論、出版等ニ關スル問題モ亦同ジヤウデアリマシテ、ソレ等ノモノト信教トハ多少違ヒマセウ、從ツテ之ニ關シマスル取締ノ見地カラ、公共ノ福祉ト云フコトト組合セマスル場面ニ於キマシテハ、相當現實ニハ注意シナケレバナラヌコトガ起リマセウガ、ソレハ箇々ノ事柄ニ付適當ナ施設ヲ致シマシテ、自由ヲモ害セズ、公共ノ福祉ニモ反セズト云フ態度ヲ執リ、最後ノ批判ヲ最高裁判所ニ委セル外途ハナイノデアリマス、斯樣ナ途ヲ取リマスル時ニ、國民ガ本當ニ個人ノ權威ヲ尊重スルコトニ目覺メテ、同時ニ自ラ努メテ正シキ道ヲ相競爭スル、相努メテ、他ノ正シカラザルモノニ對シテ個人的ナル影響ヲ其處ニ及サウト云フ努力ヲ致シマスルナラバ、終リニ於テ惡イ結果ハ起キナイト思フノデアリマス、唯率然トシテ臨ミマスレバ、色々思ハシカラザル道筋ガ、或ハ宗教ノ名ヲ藉リ、言論ノ名ヲ藉リテ現ハルヽコトナシト致シマセヌケレドモ、マアソレニ付キマシテハ出來ルダケ寛容ナル態度ヲ以テ、正シキヲ得ルヤウニ努メテ行クト云フノガ、此ノ憲法ノ建前デアリマシテ、御説明ハ頗ル曖昧摸糊トシテ居リマスルケレドモ、本筋トシテハ斯樣ニ考ヘルヨリ外ニ途ハナイモノト存ジテ居リマス
○結城安次君 只今ノ金森國務大臣ノ御説明、能ク了承致シマシタ、主義ニ於テ、理想ニ於テ其ノ通リデナケレバナラヌト思ヒマス、併シ此ノ敗戰ノ現在、又面白カラザル第三國人モ居ル此ノ時、色々ト何等カノ此處デ一時的ニ取締リノ基準ト云フモノヲ其ノ筋ガ持ツテ居ナイナラバソレヲ持ツノガ唯單ニ最高裁判所ダケニ決タマシテハ、今國務大臣ノ仰シヤツタヤウナ理想ニ到着スルニハ、五年モ十年モノコトデナカラウカト思フ、其ノ間トシテモ、何等カノ便宜ノ方法ガ必要ヂヤナイカト思ヒマシタノデ、左樣申上ゲタノデアリマシタガ、能ク私ノ申上ゲタ所ノ精神ハ御認メ下スツタ譯デアリマスカラ、私ハ、マダ後ニ本條ニ關シテハ、數名ノ方ガ御質疑ニナツテ居リマスノデ、極メテ大綱ダケヲ御伺ヒ致シマシタガ、是デ打切リマス、若シ最後ニ、ドナタモ御質疑ヲナサラナイ場合ニハ、又極メテ簡單ニ御伺ヒ致シマスカラ、御許シヲ願ヒマス
○男爵白根松介君 私ハ第二十條第三項ニ付キマシテ、其ノ適用ニ付テ文部大臣ノ御答辯ヲ願ヒ、其ノ條文ノ法ノ精神ニ付テ金森國務大臣ノ御答辯ヲ願ヒタイト、斯樣ニ存ジタノデアリマスルガ、本日ハ文部大臣御見エニナリマセヌノデ、若シ其ノ法ノ適用ニ付キマシテモ、金森國務大臣カラ御答辯下サルコトガ御差支ナケレバ、私ハソレデ結構ニ存ズルノデアリマス、併シ若シ其ノ適用ニ付テ御答辯下サルコトガ、金森國務大臣ニ於テ御差支ガアルト云フコトデアレバ、此ノ第四部ノ質問ガ繼續スル期間ニ於テ文部大臣ノ御出席ニナツタ時ニ改メテ御質問致シタイト存ズルノデアリマス、日本再建ノ完璧ヲ期シマスルニ付キマシテハ、政府ハ有ラユル方面ノ觀察點カラ之ヲ見マシテ國策ヲ樹立シ、サウシテ善處シナケレバナラヌト云フコトハ今更茲ニ申上ゲル迄モナイコトナノデアリマスルガ、私ハ就中國民教育ト云フコトガ其ノ最モ重要ナル點デアリ、又其ノ中心デアラネバナラヌト云フ風ニ確信スルモノナノデアリマス、言葉ヲ換ヘテ申シマスレバ、眞ノ民主主義ニ依ル日本再建ハ教養アル國民ノ力ニ依ツテコソ初メテ完全ニ實現スルモノデアルト云フコトヲ信ズルモノナノデアリマス、サウ致シマシテ國民教育ニハ國民ニ宗教的信仰ノ自覺ヲ持タヌト云フコトガ是亦最モ肝要デアルト存ズルノデアリマス、從來我ガ國ニ於キマシテ、國民ニ宗教的信仰ノ自覺ニ缺ケテ居ツタト云フコトハ誠ニ歎カハシイコトナノデアリマス、罪惡デアル戰爭ヲ惹起シ、戰爭中皇軍ノ名ヲ穢スヤウナ行爲ヲ敢テシ、又終戰後一年有餘ノ今日ニ至ツテモ尚國民ノ道義地ニ墜チテ、著シイ廢頽ヲ來シテ居ルト云フヤウナ世相ヲ呈シテ居リマスルコトハ、色々ナ原因ガアルデアリマセウケレドモ、私ハ國民ニ宗教的信仰ノ自覺ガナカツタト云フコトガ正ニ其ノ原因ノ主ナルモノデアルト云フコトハ爭ハレナイ事實デアルト思フノデアリマス、終戰後一周年ニ當リマシテ、衆議院ガ宗教的情操教育ニ關スル決議案ヲ可決サレマシタコトハ誠ニ時宜ニ適シタコトデアリマシテ、私ハ滿腔ノ感謝ヲ表スルモノナノデアリマス、今日ハ此ノ席ニ御見エニナリマセヌガ、田中文部大臣ハ眞摯ナル信仰ヲ御持チニナツテ居ルヤウニ承ツテ居リマスルガ、將來ノ國民教育、殊ニハ宗教教育ニ對シマシテ、私ハ誠ニ甚大ナル力強サヲ感ズルモノナノデアリマス、斯樣ニ考ヘマスル時ニ、日本再建ト國民ノ宗教教育ト云フコトニ極メテ重要ナ關聯ガアルノデアリマシテ、將來國民ノ宗教教育ト云フコトニ十分ナル努力ヲ拂フト云フコトハ極メテ肝要デアルト云フコトヲ痛切ニ感ズルノデアリマス、斯樣ニ考ヘテ參リマスル時ニ、此ノ憲法第二十條ノ第三項ニ、「國及びその機關は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」ト云フ條文ガアルノデアリマスルガ、此ノ條文ヲ唯素直ニ解釋致シマスレバ、是ハ極メテ否定的ノ條文デアリマシテ、言ヒ換ヘマスレバ、私ノ解釋デアリマスルガ、文部省モ其ノ他官公式學校モ宗教教育ハ一切ヤツチヤイカヌ、其ノ他一切ノ宗教的活動モシテハナラヌト云フコトニ解サレルノデアリマスルガ、元來私立學校ニハ宗教教育ヲ認メテ差支ナイ、官公立學校ニハ宗教教育ヲ認メテハイカヌト云フコトモ私ニハ腑ニ落チナイ一ツナノデアリマスルガ、マアソレハ別ト致シマシテモ、此ノ三項ノ條文アルガ爲ニ將來ノ宗教教育ニハ非常ナ障害ガ起ルノデアリマシテ、又幾多ノ疑惑ヲ殘ス條文デアルト思フノデアリマス、若シ此ノ三項ノ適用ニ於キマシテ、假ニ國民學校ノ教科書ニ或名僧知識ノ傳記ヲ載セルト云フヤウナコトガアリトシマスレバ、ソレモ此ノ第三項ニ引ツ掛カツテイカヌコトニナルノデハナイデアリマセウカ、又或「ミッション・スクール」ニ卒業式ナリ其ノ他ノ會合ガアリマスル時ニ、文部大臣ナリ其ノ他ノ政府當局者ガ其處ニ參列シマシテ、其ノ宗教ヲ中心トシテ勉強シテ居ル生徒等ニ向ヒマシテ激勵ノ辭、訓辭ヲ與ヘル、ト云フコトモ此ノ三項ニ反スルト云フコトニナルノデハナイデアリマセウカ、又現在我ガ國ニハ宗教ヲ基調トシマスル社會事業ガ數アルノデアリマシテ、皆立派ナ成績ヲ擧ゲテ居ルノデアリマスガ、サウ云フヤウナ社會事業ノ會合ニ厚生大臣ナリ其ノ他政府當局者ガ出席シマシテ、サウシテ其ノ宗教ヲ基調トシテ居ルコトニ觸レテ激勵奬勵ノ言葉ヲ與ヘルト云フコトモ此ノ三項ニ違背スルコトニナルデハナカラウカ、斯樣ニ存ズルノデアリマス、若シ此ノ三項ガ一宗一派ニ偏スル宗教教育ナリ或ハ宗教活動ヲシテハイケナイト云フコトデアルトスルナラバ、ソレモ亦一ツノ見方デアルト私ハ存ズルノデアリマスルガ、左樣ナ法ノ精神デアルナラバ、此處ニ明瞭ニ左樣ナ文句ヲ入レタ方ガ宜イノデハナイダラウカ、例ヘバ國及ビ其ノ機関ハ一宗一派ニ偏シタ宗教教育ヲヤツテハイカヌ、一宗一派ニ偏シタ宗教活動ヲシテハイカヌト云フ風ニ變ヘマスカ、或ハ「國及びその機關は‥‥」若シサウ云フ言葉ガ許サレルナラバ、宗派教育ソノ他如何ナル宗派的活動モシテハナラナイト云フヤウニ御修正ニナツタラ如何ナモノデアリマセウカ、端的ニ申シマスレバ、此ノ二十條三項ハ、私ハ之ヲ修正致シマスヨリモ之ヲ削除シタ方ガ將來ノ日本ノ國家教育ノ中ノ宗教教育ノ發展カラ見マシテ、相應シイ、望マシイト斯樣ニ考ヘルノデアリマス、以上述ベマシタヤウニ宗教教育ハ日本再建ト云フコトニ重大ナル關係ヲ持チマシテ非常ニ重イコトニ存ジマスルノデ、此ノ條文ノ今申述ベマシタヤウナ適用ナリ或ハ又條文ノ置カレマシタ法ノ精神ニ付テ金森國務大臣ニ御尋ヲ致シタイノデアリマス、一番初ニ申シマシタヤウニ此ノ條文ノ適用ニ付テ御答辯下サルコトガ御差支デアルナラバ、ソレハ他日文部大臣ガ御出席ノ時ニ讓リマシテ差支ナイト存ジマス
○國務大臣（金森徳次郎君） 國ト宗教ト如何ナル關係ニ於テモ扱フカト云フコトハ、國ノ歴史ニ依リ、時代ノ發展ニモ依リ又國ノ執ルベキ政治方針ニ依ツテモ違フモノト思ハレテ居リマス、現行ノ憲法ニ於キマシテハ信教ノ自由ハ認メテアリマスルケレドモ、國家ガ其ノ信教ニ比較的深入リシテ携ハルコトヲ必ズシモ禁止ハ致シテ居リマセヌ、謂ハバ放任教ノ程度ニ迄憲法ガ認メテ居ツタモノデハナイカト思フノデアリマス、從ツテ又神社ノコトハ別ニ致シマシテモ、或特殊ナ宗教ニ從事スル人ニハ、他ノ者ヨリモ稍々優越ナル取扱ヲスルト云フコトガ認メラレテ大シテ疑ハレテ居ナカツタノデアリマス而シテ此ノ神社ニ關シマスルコニ付キマシテハ、非常ニ論議ガアルコトト思ハレマスケレドモ、少クトモ常識的ニ云ツテ宗教的要素ヲ含ンデ居ルモノヲ無理ニ宗教的要素ヲ含マナイト云フ言説ヲ拵ヘ上ゲテ、此ノ從前ノ憲法ニ調子ヲ取ツテ居ツタト云フ嫌ヒナキヲ得ナカツタノデアリマス、是等ノ事相カラ起ツテ來タ處ノ多クノ缺點ヲ世間ニ於テ相當強ク指摘サレテ居リマシテ、ソレニ付キマシテハ多少ノ理由ヲ認ムルト云フカ、或ハ大イナル理由ヲ之ニ歸屬セシメナケレバナラヌト云フノガ本當デアルト考ヘルノデアリマス、左樣ナ状態ヲ受ケテ、今回ノ憲法ヲ起草致シマスル時ニ當ツテハ、理念トシテハ、絶對的ニ宗教ト政治ト云フモノヲ分離シタイト云フ考ヲ持ツテ居ルノデアリマス、併シナガラ同ジ人間ガ一面ニ於テ政治ヲ行ヒ、他面ニ於テ宗教ニ歸依シテ居ル譯デアリマスガ故ニ、其ノ政治ノ面ニ於テハツキリ之ヲ切離スト云フコトハ論理的ニハ出來ルニシテモ、實際ニ於テハソレハ不可能デアリマス、ソコデ此ノ憲法ハ出來得ル限リ徹底シテ、宗教ハ國ノ政治ノ組織ノ中ニハ入レナイト云フ原則ヲ取リツヽ、巳ムヲ得ザル限度ニ於テソレガ並行的ニ國ノ政治ト連ツテ行クコトヲ容認シテ採入レテ居ル譯デアリマス、デアリマスルカラ、此ノ信教ノ自由ヲハツキリ確保スルト云フコトヲ云ツテ居リマスルガ、其ノ意味ハ即チ信教ト云フモノハ國ノ政治ニ依ツテ、何等ノ抑制ヲシナイコトヲ建前トスルト云フ態度ヲ執ツテ居リマス、從ツテ宗教ヲ信ズルモ宜シ、信ゼザルモ宜シ、國ハ其ノ何レニ向ツテモ積極的ニ拘束ヲ加ヘナイト云フ原理ヲ採リマシテ、ソレガ何等カノ形ニ於テ埒ヲ超エテ公益ヲ害スル場合ニノミ働キヲシ掛ケルト云フ原則デアリマス、斯樣ナ原則ヲ認メマスル結果ト致シマシテハ、國家ガ或種ノ宗教ニ對シマシテ、特別ナル保護ヲスルトカ、貢献ヲスルトカ云フコトハ避ケナケレバナラヌト云フ當然ノ原理ガ推論セラレルノデアリマシテ、其ノ趣旨ニ基キマシテ、宗教團體ニハ特別ナル經濟的、其ノ他ノ保護ヲ與ヘナイト云フ原理ヲ認メ、他ノ一面ニ於キマシテハ國及ビ其ノ機關ハ宗教教育其ノ他如何ナル宗教的活動ヲモシテハナラナイト云フ、一ツノ拘束ヲ受ケルコトニナツタノデアリマス、是迄ノ關係ニ於キマシテハ十分理由アルコトト、此ノ制度ニハシツカリシタ事由ガアルモノト考ヘテ居リマス、サウシテ今御示ニナリマシタヤウニ、宜立ノ學校デハ宗教的ナ教育ヲシテハナラヌガ、私立ノ學校デハト云フ御質疑デアリマシタガ、是ハ種々ナル角度ニ於テ二ツノモノガ繋ツテ居リマスル其ノ解決點ト云フノ外ハナイノデアリマシテ、一貫セザル理論ガ其ノ中ニアリト仰セニナルノモ恐ラクハ理由ガ成立スルコトト思ツテ居リマス、斯樣ナル次第ニ於キマシテ、此ノ修正ノ第二十條ノ第三項デ規定シテ居リマスガ故ニ、國及ビ機關ハ如何ナル宗教教育、如何ナル宗教的活動ヲモシテハナラナイト云フコトハ、文字通リニ理解シナケレバナラヌノデアリマシテ、若シ之ヲ稍々深ク入リマシテ宗教ニ關係シ得ルト云フコトニナリマスルナラバ、政教分離ノ根本ノ原則ハ破壊セラレ、ソレト共ニ過去ノ色々ナ經驗ヲ無視スルト云フ結果ニナラウト思フノデアリマス、併シ他ノ一面カラ考ヘテ見マスルト、國家ガ、國民ニ對スル立場ニ於キマシテ、國民ニ宗教的熱情ノ盛ニナルコトヲ決シテ厭フ理由ハアリマセヌ、宗教的ナル情操ガナケレバ、十分ナ國民ノ發展ガ出來ナイコトハ仰セノ通リト考ヘテ居リマシテ、再建日本ガ新タナル道義觀ヲ抱キ、新タナル宗教觀ヲ抱キ、熱情ヲ持ツテ進ムト云フコトハ望マシイコトデアルケレドモ、ソレハ國民ガ斯クスベキデアツテ、國家ハ其ノ外カラ冷ヤカニ見テ居ルト云フノデアリマス、是ガ政治團體ト云フ方向ニ重キヲ置イテ、國家ガ何デモヤル、人間ノ集團ノ總テノ方面ニ關係スルト云フ原理ヲ採ラナカツタ一ツノ結果デアラウト考ヘマス、處デ此ノ御示ニナリマシタ第二十條ノ第三項ノ條文ノ規定ハ、實際如何樣ナル具體的ナ意味ヲ持ツテ居ルカト申シマスルト、國家ハ一般ニ云ツテ、國民ガ宗教的情操ヲ持ツコトハ希望シテ居リマス、併シ特定ノ宗教ニ付テ國家ハ關與シナイノデアリマス、茲ニ掲ゲテアリマスル宗教教育ト云フコトハ結果ニ於テ特定ノ宗教ヲ信仰スベク教育スル、又ハ宗教的活動ト云フコトモ特定ノ宗教ノ發展、又ハ其ノ反對ノ抑制ノ活動ト云フコトヲ意味シテ居ラウト思ヒマス、宗教ト云フモノハ結局、一ツノ宗教的原理ヲ組合ハセテ考ヘマセヌケレバ宗教ハ考ヘラレマセヌ、ダカラ宗教教育ト云フコトモ、特定ノ宗教教義ト組合ハセナケレバ考ヘラレナイノデアリマス、ソコデ第三項ノ宗教教育ト云フコトハ、當然ニ總テノ宗教ニモ共通スル所ノ、謂ハバ宗教情操ノ教育ト云フコトヲ含マナイコトハ自然ノ結果デアラウト思ヒマス、是カラ先ハ文部大臣ガ答辯セラレルコトガ正當デアルト存ジマスケレドモ、始終文部大臣ト言葉ヲ交シ、又文部大臣ノ色々ナ説明ヲ聽イテ居リマスルガ故ニ、多少請賣リノ感ジハ致シマスガ、多分間違ヒハナイト存ジマスカラ、代ツテ今少シ細目ニ入ツテ御答ヲ申上ゲマスルガ、此ノ第二十條第三項ハ、宗教的知識ノ普及ト云フコトニ付テ何等ノ障碍ヲナスモノデハアリマセヌ、知識ト宗教教育ト云フコトハ違ヒマスカラ、ソコデ國民學校ノ教科書ノ中ニ名僧智識ノ言行ガ書キ記サレテ譽メ稱ヘラレテアリマシテモ、憲法ニ牴觸スルコトハナカラウト存ジマス、又或宗教ヲ基礎トスル社會事業ノ會合ニ出テ、其ノ宗教ヲ基礎トシテ出來テ居ル事業其ノモノニ激勵ヲ加ヘラルヽヤウナ場合ニ於キマシテモ、其ノ激勵ノ範圍ガ其ノ結果ノ部分ニ付テノ激勵デアリマスナラバ、毫モ此ノ條文ニ違反スルト云フコトハナイト考ヘテ居リマス、御示ガアツタ點ハ大體其ノ點ト思ヒマスルガ、今迄文部大臣ト話合ツテ聽イテ居リマス點ハ、其ノ程度デゴザイマスカラ、此處デ私ハ言葉ヲ切リマス
○男爵白根松介君 只今金森國務相ヨリ詳細ナル御答辯ヲ得マシテ誠ニ有難ウ存ジマシタ、宗教教育トなフコトニ付キマシテハ尚稍々意見ヲ異ニスルノデアリマスガ、是ハ又他日文部大臣ニ御話スル機會ヲ得マスレバ、其ノ時ニ御話シタイト思ツテ居リマス、之ヲ以テ私ノ質問ヲ終リマス
○委員長（安倍能成君） 牧野君
○牧野英一君 第十八條カラ其ノ趣旨ヲ御示シヲ願ヒタイト思ヒマス、先ヅ第十八條ニ「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る處罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。」 此ノ奴隷的拘束ト云フノハドウ云フ意味デゴザイマセウカ、此ノ改正案ノ中ニハ拘束ト云フ言葉ノ外ニ、抑留ト云フ言葉ト、拘禁ト云フ言葉ト、尚逮捕ト云フ言葉ガアリ、サウシテオ隣リニ苦役ト云フ言葉ガアリマス、違ツタヤウデ同ジヤウデ、一讀シタ所デ甚ダ惑フノデゴザイマスガ、是等ノ言葉ノ理解ノ違ヒヲ一ツ概略御示シヲ願ヒタイ、サウ云フ言葉ノ末ニ走ツタヤウデハ相濟ミマセヌガ、結局奴隷的拘束ト云フノハ、ドウ云フヤウナコトヲ御指シニナツテ居ルノカ、ソレヲ伺ヘバ宜シイノデゴザイマス
○國務大臣（金森徳次郎君） 日本ニハ本當ノ奴隷ト云フモノハ恐ラクナイモノト思ツテ居リマス、恐ラクト云フ言葉ハ稍々曖昧デアリマスルケレドモ、強ヒテ言ツテモ奴隷ト云フモノハナイモノト思フノデアリマス、併シナガラ奴隷ニ準ズルト云フ言葉ヲ以テ説明シ得ベキ事柄ハ存在シテ居ルヤウニ考フル譯デアリマス、詰リ其ノ人ガ自己ノ自由意思デ如何ニ努力致シマシテモ、自己ノ立場ヲ自由人ノ状況ニ移スコトノ出來ナイト云フ社會的ナ現實サヲ持ツテ居ル人々ハ、今日範圍ハ少イト存ジマスルケレドモ實在スルモノト思フノデアリマス、又實在シナクテモ今後起ラヌトモ保證ハ出來マセヌ、左樣ナ奴隷的ナ拘束ト云フノハ、マア自由ヲ束縛セラルヽト云フ、サウ云フ運命的ニ一種ノ制限ヲ受ケテ居ル、サウ云フコトヲ指シマシテ奴隷的拘束ヲ受ケナイト斯ウ申シタノデアリマス、其ノ現實ノ規定ハ、之モ適切ニハ澤山ハ擧ゲ得ラレマセヌケレドモ、婦人ノ一部ニサウ云フモノガ少クトモ事實ニ於テ存在スルコトハ恐ラク否定出來ナイト存ジテ居ル次第デアリマス
○牧野英一君 此ノ規定ヲ一讀致シマシテ私ガ直チニ聯想致シマシタノハ、或ハ例ニ依ツテ感違ヒヲ致シテ居ル次第カモ知レマセヌガ、例ノ監獄部屋デゴザイマス、監獄部屋ニ付テハ、行政上モ色々御骨折ガアツタサウデゴザィマスルガ、刑法ノ適用ニ關シテ、私共モ實際ノ話ヲ聞キナガラ、學問上多少心配ヲシタ次第モアルノデアリマスガ、是ハ個人ガ個人ニ對シテ爲ス所ノ一ツノ強制的ナ、サウシテ過度ナ勞働デアリマシタ、勞働ニ強制ト過度ト云フ分子ヲ加ヘタ三ツノモノ、甲ト云フ個人ガ乙ト云フ者ニ加ヘルノハ刑法上如何ナルモノデアルカ、無論御承知ノ通リ是ハ判例モアツテ、相當ニ重ク處罰セラレテ居ルノデアリマスガ、サウ云フモノヲ直チニ聯想致シマシタケレドモ、尚又能ク考ヘマシタ上デ、是ハ一體國家ガ個人ニ對シテ、公權力ガ個人ニ對シテサウ云フ強制的ナ、過度ナ勞働ヲ強ヒル場合ヲ睨ンダモノデハナイカト、斯ウ云フ疑モ起シマシタ、ソレデ奴隷的拘束ト云フコトノ内容ハ、今御示シノヤウニ心得マシテ、偖此ノ拘束ヲ加ヘルノハ、個人ト個人トノ間、又ハ公權力ト個人トノ間、兩方トモ含ムト心得テ宜イモノデセウカ、或ハ其ノドチラカヲ特ニ目標トナサイマシタモノデゴザイマセウカ、如何デゴザイマセウカ
○國務大臣（金森徳次郎君） 此ノ規定ハ、個人ト個人トノ關係デアル、個人ト團體トノ關係デアルトハ問フ所デハアリマセヌ、唯誤解ヲ防ギマス爲ニ念ノ爲申シテ置キマスガ、此ノ規定ノ働ク方向ハ國家ニ對シテ居ルト云フコトデアリマス
○牧野英一君 國家ニ對シテ働キ掛ケルト申シマスルト、斯ウ云フ風ニ心得マシタ、例ヘバ次ノ條文デ、思想及ビ良心ノ自由ハ之ヲ不可侵的ナモノトスルト云フコトハ、國家ガ思想及ビ良心ノ自由ヲ迫害シテハナラヌト、斯ウ云フ意味ニナリマス、又次ノ信教ノ自由ト云フコトモ、國家ガ個人ニ對シテ信教ノ自由ヲ侵シテハナラヌト、斯ウ云フ意味ニ取リマシタノデ、此ノ十八條モ國家ガ個人ニ對シテ奴隷的拘束ヲ與ヘルヤウナコトガアツテハナラナイト、斯ウ云フヤウナ、例ヘバ賦役ヲ命ズルトカ、徴用ヲスルト云フヤウナ場合ニ、サウ云フ無理ナコトヲシテハナラヌト、斯ウ云フ意味デアルカト思ツタノデス、此ノ規定ノ働キ掛ケルノハ、國家ニ對シテデアルト云フノハ、聊カ今ノ處心得兼ネマスガ、ドウ云フ意味デゴザイマセウカ
○國務大臣（金森徳次郎君） 此ノ憲法ノ第三章ノ殆ド全部ニ共通スル考ヘ方デアリマスルガ、是ハ國家ニ對スル謂ハバ心得ヲ示シタノデアリマス、ダカラ何人モ如何ナル奴隷的拘束ヲ受ケナイト云フ結果ニナルヤウニ國家ハシナケレバナラヌ、其ノ拘束ヲ與ヘルノハ個ノ人デアルカモ知レマセヌ、ケレドモ國家ハサウ云フコトノ起ラナイヤウニシナケレバナラヌト云フ、謂ハバ別ノ拘束ヲ受ケルノデゴザイマス、ソレガ此ノ憲法ノ條文ノ狙ツテ居ル所デアリマス、斯ウ云フコトト御承知ヲ願ヒタイト思ヒマス
○牧野英一君 サウシマスト、奴隷的拘束ト云フ實際上ノ事實ガ起ラナイヤウニ、立法上、行政上ノ心配ヲシロト、斯ウ云フ意味ニナル譯デゴザイマセウナ
○國務大臣（金森徳次郎君） 其ノ趣旨デゴザイマス
○牧野英一君 ソコデ其ノ次ニ移リマスルガ、「又」トアツテ、サウシテ犯罪ニ因ルノ場合ヲ除イテハ苦役ニ服サセラレナイト云フ言葉ガアリマスガ、「又」トアリマシテ、此ノ奴隷的拘束ト云フコトト苦役ト云フコトトハ違フノデゴザイマスカ、ドウ云フ關係ノモノデゴザイマセウカ
○國務大臣（金森徳次郎君） 起案者ハ、違フ意味ニ於テ此ノ言葉ヲ使ツテ居ルノデアリマス、奴隷的拘束ト苦役ト云フモノハ、非常ニ接近シテ居ルモノニハ相違アリマセヌケレドモ、併シ奴隷的拘束ト云フノハ、相當ニ長イ間連續致シマシテ一種ノ身分的状態ヲ發生シテ居ルト云フ所ニ着眼點ガアルノデアリマスルシ、ソレカラ苦役ニ服スルト云フ方ニハ、左樣ナ非常ニ長イ間ト云フ條件ヲ當然ニ内容トシテハ含メテ居リマセヌ、其ノ點ニ於テ顯著ナル差ガアルヤウニ思ツテ居リマス
○牧野英一君 御趣旨ノ所ハ段々ニ理解スルコトガ出來マシタ、偖茲ニ問題トナリマスルノハ、犯罪ニ因ル處罰ノ場合ヲ除イテハ苦役ニ處セラレナイトアリマスルカラ、犯罪ニ因ル處罰ト云フモノハ、苦役ト云フコトニナルモノデゴザイマセウカ、如何デゴザイマセウカ
○國務大臣（金森徳次郎君） 此ノ規定ヲ讀ミマスレバ、犯罪ニ依ル處罰ノアル場合ニハ苦役ニ該當スルモノガアリ得ルト云フコトヲ前提トシテ居ルト考ヘマス
○牧野英一君 苦役ト云フコトノ内容ガマダ十分得心ガ出來マセヌノデ、誤解ヲシテ居ルカモ知レマセヌ、奴隷的拘束ノ方ハ身分的、繼續的ノ關係ガアルシ、苦役ノ方ハサウ云フ關係ハナイ、時ノ關係ニ於テ短カイ、併シナガラ私ノ言葉ヲ以テスレバ強制的ナ、サウシテ過度ナ勞働、斯ウ云フヤウナコトニナルモノデゴザイマスガ、ソコデ苦役ト云フ言葉ガ犯罪ニ依ル處罰、固ヨリ犯罪ニ依ル處罰モ色色ナ場合ガアリマスカラ、其ノ中ノ或モノガ苦役ト云フコトニ該當スルモノデアリマセウト云フ御趣旨ノヤウデアリマスガ、之ニ付テハ一ツ言葉ノ用法デ例ニ依ツテ御考慮ヲ煩ハシタイト思フノデアリマス、私共ハ苦役ト云フヤウナ言葉ニ依ツテ表示サレル行刑ハ、從來固ク愼シムコトニ骨ヲ折ツテ居リマスノデ、此ノ爲ニ私ハ何十年カラ爭ツテ居ルノデアリマス、又最近五年來、十年來恐ラク十五年ニモ遡リマセウカ、私ガ司法省ノ行刑ノコトニ直接關係シテカラ色色覺エタダケデモ、此ノ點ニ付テハ司法部ハ努力ヲ拂ハレ、又我ガ國ノ自由刑ノ執行ト云フモノハ相當ニ顯著ナル發達ヲ來シテ居ルノデアリマス、併シナガラ最近ニ於キマシテハ思想犯ノ取扱ヒ方ニ付テ誠ニ遺憾ナル意外ナル誤解ヲ各方面カラ與ヘラレルコトニナリ、殊ニ國際關係ニ於テモ我ガ國ノ行刑ガ妙ナモノニ歪メラレテ理解サレタト云フコトハ成ル程其ノ一二ニ付テ、或ハアツタカモ知レヌト思ハレルコトガアルノデアリマスルケレドモ、全體トシテハ私ハ此ノ司法當局ノ現在ノ努力ニ對シテ寃ヲ雪ギタイト思ツテ居ルノデアリマス、大正十二年ノ震災ノ時ニ小菅ノ監獄ガ破壞致シマシテ、其ノ後アレガ復興致シマシタ時ニ、特ニ復興ノ儀式ガアリマシテ、其ノ時ニ貴衆兩院ノ方々モ澤山招カレテオイデニナリ、私モ其ノ席末ニ列シタ次第デゴザリマス、其ノ席上デ私ニ話ヲシロト云フコトデアリマシテ、話ヲシタト思ヒマスシ、サウシテ其ノ席上デ此ノ貴族院議員ノ多クノ方々ガ私ニ向ツテ、是デハ監獄ト云フモノハ、通風、採光頗ル荒漠ニ外ナラヌモノデアルト云フ御話デアリマシタ、ソコデ私ハ帝國大學ニ於テ幾年ニ久シク斯クノ如ク論ジテ居ルノデ、斯樣ニオ集リニナツタ諸君モ大概ハ私ノ講義ヲオ聽キニナツタモノデアルシ、又之ヲ承知ノ上デ豫算ヲ協賛ニナツタニ違ヒナイノニ斯樣ナ御言葉ヲ戴クトハ遺憾千萬デアルト云フ一場ノ物語ヲシタ覺エガゴザイマス、成ル程監獄ニ於テハ勞働ヲ強制致シマスルガ、監獄ニ於ケル勞働ノ趣旨ト云フモノヲ我々ハ勤勞ノ原則ト云フ言葉デ現シテ居リマス、之ヲ「アメリカ」人ハ「ユースフル・レーバー」ト申シテ居リマシテ、何處迄モ意味ノアル「ユースフル」ナ「レーバー」デナケレバナラヌト云フコトヲ申シテ居リマス、私ハ監獄ニ於ケル勤勞ノ原則ヲ三ツニ分ケテ説明ヲシテ居リマス、第一ニ人ハ總テ働カザルベカラズ、第二ニハ其ノ働キニ於テ修養セザルベカラズ、第三ニハ人ハ其ノ働キニ於テ能率ヲ發揮セザルベカラズ、總テ唯單ニ働クノデハナイ、働クコトガ自分ノ人格ニ取ツテハ道徳的意味ノアルモノデアル、道徳的ナ意味ト申シマシテハ誠ニ小ヤカマシイコトニナリマスガ、併シ監獄問題モ監獄改良ノ御祖師樣トモ言フベキ「ハーワード」ノ言葉ニ總テノ人ハ忙シクナラシメテ、「デリゼント」ナラシメテ、自ラ「オネスト」ニナルト云フ有名ナ言葉ヲ我々ニ示シテ居リマスノデ、彼等モ自ラ自分ノ心ヲ正シクスルヤウナ働キヲ或ジ、働セルヤウニシテ、サウシテソレニ依ツテ能率ヲ發揮スル、單ニ身體ヲ動カシテ居ルト云フダケデハナイ、ソレニ依ツア何カ世ノ中ノ爲ニナルト云フコトノ働キヲスルト云フコトニナルノデアリマス、斯樣ナ考ヘ方ハ相當ニ長ク異端視サレタモノデアツタコトハ事實デアリ、相當ニ方々ノ監獄ガ手荒イコトヲシタト云フ事實ハアリマスルケレドモ、サウ云フ何ト申シマセウカ、十五年、十年、殊ニ五年來ハ非常ニ發達ヲ致シテ居ルノデアリ、小管ノ監獄ノ如キハ日本以來ノ、或「アメリカ」人ガ參觀ニ來テ考ヲ全ク直シテ行ツタト云フ事實モアリマス、「エピソード」ニナツテ、長ク申シテハ相濟ミマセヌケレドモ、世界一週ノ旅行ニ上ボツテ横濱ニ着イタ所ノ「アメリカ」人ガ船ノ中デ誰ニ勸メラレマシタカ、偶然ナコトデ上陸ヲシテ早速領事館ノ手ヲ經テ小菅ノ監獄ヲ參觀ニ來タノデアリマス、ソレ迄ハ日本ニ船ガ寄ツテ上陸スルナドヲスル積リハナイ、日本ハ本當ニ野蠻國デアルト考ヘテ居ツタノガ、小菅ノ樣子ヲ見テスツカリ考ヲ直シテ、サウシテ其ノ旨ヲ小菅ノ監獄ノアノ正面ノ中ニ書イテ居リマス、日本ニ對スル考ヲ全ク一新シテ立チ去ツタト云フヤウナ顯著ナ事實モアルノデス、之ニ付テハ時ノ典獄其ノ人ノ名譽ノ爲ニ有馬君ノ名ヲ明カニシテ置カナケレバナリマセヌ、此ノ宗教的熱情ヲ持ツテ居ル有馬典獄ガ如何ニ受刑者ノ精神ト肉體トニ注意ヲシテ、此ノ精神ト肉體トノ方カラ勤勞ノ道徳的能率及ビ經濟的能率ヲ發揮シタカト云フコトハ顯著ナル事柄デアリマス、日本ノ總テノ監獄ガ理想的ナ程度迄發達シテ居ルトハ申シマセヌケレドモ、併シナガラ此ノ監獄ト云フモノハドウゾ御覽下サイ、司法大臣ガオイデニナル所デ私ガ差出ガマシク申シテハ相濟ミマセヌケレドモ、列國ニ對シテハ是ハ誇リ得ル所ノ一ツノモノニナツテ居ル次第ト思ヒマス、之ニ對シテ苦役ト云フヤナウ言葉ヲ以テ聯想セラルヽヤウナコトガアルト云フヤウナコトデハ誠ニ殘念ニ思ヒマスノデ、此ノ言葉ノ半面ニ自由刑ノ實行ガ、サモ苦役デアルヤウニ思ハシメルヤウナコトガアツテハ誠ニ殘念ナコトト思ヒマス、後デ何レ刑法ノ條下ニ於テ尚御詮議ヲ願ヒマスガ、我々ガ多年唱ヘテ居リマスル所ノ教育刑、是ハ本會議デモ又總論的ノ質問ノ時デモ申上ゲマシタコトデゴザイマスルガ、教育刑、改善刑ト云フコトニ付テハ、學説上モ、實際家ノ間ニモ大キナ反對ガアルノデアリマス、此ノ反對ノ模樣ハ何レ又司法大臣ノ御出席ヲ願ツテ、此ノ刑法ノ條下デ申上ゲマセウ、併シナガラ此ノ正面カラ改善刑ノ反對論ヲ押シ倒スト云フコトハ非常ニ骨ノ折レルコトデゴザイマスノデ、多年私ハ裏手ノ方ニ、絡メ手ノ方ニ廻ルコトニシタノデゴザイマス、先ヅ行刑ノ制度ト云フモノヲ變ヘレバ宜シイノデアル、行刑ノ制度ニ於テ所謂害惡刑ト云フモノデナイ、人間ニ對シテ人間タルニ値スル所ノ勞働ヲ‥‥勿論刑デアリマスルカラ強制致シマス、強制ハ致シマスルケレドモ、人間タルニ値スル所ノ‥‥「アメリカ」人ノ謂フ所ニ依リマスレバ「プリンシプル・オブ・ユースフル・レーバー」ノ原則ニ依ツテ刑ヲ改良スレバ自ラソコニ一種ノモノヲ設ケルコトガ出來ル、斯ウ云フ所カラ日本ノ刑法ノ改正ト云フモノハ此ノ十數年來裏ノ方カラナサレタモノデアリマス、此ノ點ニ付テハ尚、序デナガラ二人ノ人ノ名前ヲ其ノ方々ノ名譽ノ爲ニ申上ゲテ置キマス、第一ハ故人花井卓藏博士デアリマス、花井卓藏博士ハ、起草委員長トシテ其ノ横デ私ガ長ラク刑法及ビ行刑法ノ改正ノコトニ從事致シマシタ、又モウ一人ハ時ノ司法書記官、後ニ行刑局長トナリ、檢事長トナリ、今ハ退イテ辯護士ニナツテ居ラレル所ノ法學博士正木亮君デアリマス、此ノ正木君ハ私ノ研究室ニ於テ特ニ研究ヲセラレタ方デアリ、サウシテ其ノ強イ信念ヲ持ツテ行刑ノ改革ニ當ラレ、今ノ勤勞ノ原則「ユースフル・レーバー」ノ原則ニ依ツテ書記官時代カラ改良ノコトニ當ラレタ方デアリマス、此ノ二人ト相提携シテ私ハ直接ニ其ノ點ニ付テノ司法部ノ役人ヲ勤メタ譯デハゴザイマセヌケレドモ、色々ノ關係ヲ辿ツテ行刑ノ改良ト云フコトニ付テハ調査モ致シ色々關係シタ譯デゴザイマス
○委員長（安倍能成君） 成ルベク簡單ニ願ヒマス
○牧野英一君 恐レ入リマス、（「何ヲ言ツテ居ルカ分リマセヌ」ト呼ブ者アリ」）分ラヌ、恐レ入リマス（「講義ヲ聽キニ來タノデナイノデス、議會ニ來タノデス」ト呼ブ者アリ」）恐レ入リマス、ソレハ誠ニ私ハ長々ト述ベテ相濟ミマセヌ、要スルニ問題ハ苦役ト云フ言葉ガ氣ニ入ラヌト云フコトニナリマス、苦役ト云フ言葉ガ氣ニ入ラヌノデ、ソレデ此ノ行刑ト云フノハ苦役ト云フ言葉ヲ憲法ガ認メルコトニナルノデスナ、サウ云フコトハ誠ニ一部ノ人ガサウ云フコトヲ考ヘテオイデニナリマスルケレドモ、今日現ニ司法大臣ガオイデニナリマスルカラ伺ヒタイノデスガ、苦役ト云フ名ニ相應シイヤウナ行刑ヲナサイマスカ、斯ウ云フ風ニ私ハ司法大臣ニ御伺ヒ致シタイ、私ハ此ノ間ノ本會議於ケル司法大臣ノ釋明デハサウ云フ風ニ伺ヒマセヌデシタ、カルガ故ニ斯ウ云フ時ニ苦役ト云フヤウナ言葉ヲ御取止メ願ヒタイ、併シナガラソレニ付テハ長年我々ハ苦勞ヲ致シテ居リマスルノデ、其ノ物語ヲスルト云フコトガ御參考ニナラウカト私ハ考ヘテ居ル、御分リニナツテ居ルデセウ、分ツテ居ラナケレバ‥‥何ヲ言フテ居ルカ分ラヌト云フヤウナ攻撃ヲ受ケルコトハ誠ニ心外デアル、ドウゾ御腹立ノナイヤウニ、私ハ此ノ點ニ付テ何十年來苦勞ヲシテ居ルノデアリマスルガ、ドウゾ御氣長ニ御聽取リ下サイ、本會議以來此ノ點ニ付テハ屡々私ハ申上ゲテアリマス、ドウカ此ノ文句ヲ、趣旨ニ於テ、不當ナル強制勞働ヲ科スルト云フコトノ世ノ中ニ行ハレナイヤウニト云フコトハ結構デゴザイマスルガ、此ノ文句ニ依ツテ行刑ガ苦役デアルト、斯ウ云フヤウナコトノ形式ハ一ツ避ケルヤウニ御取計ラヒヲ願ヒタイト斯ウ思ヒマス、私ノ論ジテ居ルノハ直接ニ此ノ條文ノ内容デハゴザイマセヌケレドモ、事ハ刑罰刑法ト云フコト、刑罰刑法ト云フコトハ是カヲ後第三章ニ十箇條モアリマスヨ、大キナ問題デスヨ、十箇條モアル所ノ刑罰刑法ニ付テノ問題デアリマスルカラ、サウ輕ク御取扱ヒニナツテハ私誠ニ殘念千萬ナコトニ存ジマス
○委員長（安倍能成君） 御趣旨ハ能ク分リマスケレドモ、外ニ御質疑者ガ澤山アリマスカラ簡潔ニドウゾ‥‥
○三土忠造君 議事ノ進行ニ付テ‥‥私ハ只今少シ矯激ニ申上ゲテ相濟ミマセヌ、私ノ分ラヌト申スノハ、何故サウ云フ風ニ長々シク言ハナケレバ分ラヌト思ツテイラツシヤルコトガ分ラヌト申シタノデス（牧野英一君「恐レ入リマシタ」ト述ブ）私モ苦役ト云フ言葉ハ少シ酷過ギヤセヌカト思ツテ居ル、刑罰ノ場合ヲ除イテハ云々ト書イテアリマスカラ刑罰ハ‥‥
○委員長（安倍能成君） 三土委員委員同志ノ議論ハ、止メテ下サイ
○三土忠造君 ソレデハ議事進行ニ付テ申上ゲタイ、私共ハ議會デ論議シテ居ルト云フコトヲ先ヅ考ヘナケレバナラヌ、而シテ審議期間ト云フモノハ非常ニ迫ツテ居ルト云フコトヲ考ヘナケレバイカヌ、唯研究シテ居リマスルナラバ幾ラデモ宜シウゴザイマスガ、斯ウ云フ特定ノ限ラレタ場面デアリマスルカラ出來ダケ簡潔ニ御願シタイ、ソレカラドナタデモ此處デ自分ノ言タヒイコトヲ言ヘバ幾ラデモアルノデアリマス、將ニソコニ入ツテ居ルノデスカラ餘リ言ハナイデ居ルノデアリマスガ、要領ヲ仰シヤレバ、ソレデ以テ分ル人ハ分ルノデアリマスカラ、極ク簡潔ニ仰シヤツテ成ルベク議事ノ進行ヲヤツテ戴キタイ、私ハ繰返シテ申上ゲマスガ、今仰シヤルコトガ分ラナイト云フノヂヤアリマセヌ、ソレ程仰シヤラナイデモ分ルカラサウ長々シク仰シヤルノガ分ラヌト云フノデアリマス（拍手）
○國務大臣（木村篤太郎君） 御答ヘ致シマス、此ノ苦役ト云フ文字ヲ使ヒマシタノハ、要スルニ本人ノ意思ニ反モテ勞務ヲ科セナイ、斯ウ云フ趣旨デアリマス、ソレヲ苦役ト云フ文字ヲ使ツタノデアリマス、左樣御了承ヲ願ヒタイ、教育刑法云々ト云フコトノ御議論ハ能ク分ツテ居リマス、我々モ決シテ此ノ犯罪人ヲ唯罪ヲ科シタラ宜イト云フ考ハ持ツテ居リマセヌ、何トカシテ立派ナ人間ニ更生シテ再ビ國家ノ御役ニ立ツヤウナ人間ニ仕立テ上ゲタイト云フ熱意ハ十分持ツテ居ルト云フコトヲ御了承願ヒタイノデアリマス
○牧野英一君 苦役ト云フノハ強制勞働ノ意味ニ外ナラナイト云フ御説明デゴザイマシタガ、先ヅ其ノ程度ナラバ結構デアラウト思ヒマスガ、金森國務相ノ御説明デハ、奴隷的、拘束ノ時ノ關係ニ於テ短イダケノモノ、ト云フヤウナ風ニ私ハ伺ツタモノデスカラ、サウシテ又言葉ノ使ヒ方デモ苦役ト云フ言葉デハ強過ギルト思ヒマスノデ、折角司法大臣モ其ノ趣旨デ局ニ當ツテオイデニナルナラバ、何トカ一ツ苦役ト云フ言葉ヲ我々ノ刑政ノ眼目トスル所トソグハナイヤウニ御骨折ヲ願ヒタイ
○川村竹治君 關聯シテ簡單ニ質問シタイノデスガ、宜シウゴザイマスカ
○委員長（安倍能成君） ドウゾ‥
○川村竹治君 此ノ十八條ノ後段「又、犯罪に因る處罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させれない。」、斯ウ云フ風ニ犯罪ニ因ル處罰ノ場合ニ於テハ苦役モ差支ナイ、斯ウ云フ意味ニナリマセウカ、此ノ解釋ヲ‥‥
○國務大臣（木村篤太郎君） 御答ヘ申上ゲマス、犯罪人ニ對シテハ御承知ノ通リ本人ノ意思ニ拘ラズ強制勞働ニ服サセマス、其ノ意味デアリマス
○川村竹治君 其ノ時ニハ矢張リ苦役モ宜イト云フノデスカ
○國務大臣（木村篤太郎君） 文字ハ別問題ト致シマシテ、（川村竹治君「サウ解釋スルノガ至當ヂヤナイノデスカ」ト述ブ）無論ワコデアリマス、其ノ文字ハソレニ拘ラズ、本人ノ意思ヲ強制シテ或勞働ニ服セシメルコトガ出來ル、ソレガ矢張リ苦役デアリマス
○牧野英一君 苦役ト云フコトニ付テ尚一ツ文字ノ御勘考ヲ願ヘレバ、此ノ席上デ私ガ長々ト申上ゲナイデモ御趣旨ハ分ルヤウデゴザイマスカラ有難ウゴザイマス、ソレデ次ニ第十九條ニ移リマスガ、第十九條ト二十條、二十三條トノ關係デゴザイマス、此ノ思想及ビ良心ノ自由、此ノ良心ノ自由ト云フヤウナコトガ相當ニ私共ニハ分ツタヤウデ困難ナ事柄デゴザイマスルガ、是ハ又外國ノ立法例ニモアルコトデゴザイマスルシ、サウ致シマシテ、修正案ノ二十一條ニゴザイマス表現ノ自由、ソレカラ尚修正案ノ二十三條ノ學問ノ自由、是トガ相重ツテ居ルヤウニ心得マスルシ、或場合ニハ別々ニナルモノデゴザイマセウカ、斯ウバラバラニ三ツノ規定シテアツテ、其ノ關係ガハツキリト頭ニ浮ビマセヌガ、ソレニ付テノ御説明ヲ伺ヒタイ
○國務大臣（金森徳次郎君） 今御示シニナリマシタ三ツノ自由ハ其ノ考ノ中心ノ部分ニ於テハ全然他ト相異ツテ區別シ得ルモノト思ヒマス、併シ其ノ中心ノ部分ヲ出發點トシテ其ノ周邊ニ至リマシテ、事柄ガ重リ合フト云フコトハ固ヨリアリ得ルト思フノデアリマス、思想ノ自由ト云フモノカラ出發シテ言論ノ自由トナリ、學問ノ自由ニ及ブト云フコトハ固ヨリアル所デアリマス、併シ左樣ナコトニ顧念スル所ナク、中心ノ所ニ依ツテ觀念ヲ區別シテ規定ヲシタ譯デアリマス
○牧野英一君 中心ガ違フト云フコトデアリマスガ、如何ニモ左樣デゴザイマセウ、適用ニ至ツテ自ラ相重複スル所ガアルコトニナルカト心得テ間違ヒノナイノデゴザイマセウカ、マアソレハ其ノ程度ニ致シマシテ、其ノ次ハ二十條ノ末項ノ宗教教育及ビ宗教的活動ニ付テハ既ニ質問ガアリマシタカラ是ハモウ結構デゴザイマス、次ニ二十二條ノ第二項デアリマス、「何人も、外國に移住し、又は國籍を離脱する自由を侵されない」トアリマスガ、是ハ日本國ノ國民タルコトガ、厭ニナレバ何時何處ヘデモ逃ゲテ行カレルト、斯ウ云フ譯デゴザイマセウカ
○國務務臣（金森徳次郎君） 後ノ方ノ御説明、國籍離脱ノ見地ニ於キマシテハ、其ノ自由ヲ侵シテハナラナイト云フ規定ガ此所ニアリマス、ソレガ日本國民タルコトヲ免レヨウトシテ逃ゲテ行クト云フ場合ヲ全部含ムカドウカト云フコトハ、個々ノ場合ニ依ツテ異ナルト思ヒマス、此ノ規定自身ハ自由ヲ侵サレナイト云フコトデアリマス、而シテ自由ト云フコトハ曩ニモ述ベマシタヤウニ、公益上ノ必要ト云フヤウナ枠ノ中ニ嵌ツテ居ルノデアリマシテ、大體ノ場合ハ御説ノ通リト答ヘルコトハ出來マスケレドモ、唯無條件ニ御説ノ通リトハ言ヒ兼ネルノデアリマス
○牧野英一君 之ニ付テモ色々實例モアツテ御話ヲシタイノデスガ、又御叱リヲ受ケルカラ致シマセヌ、要スルニ此ノ一項ニハ「公共の福祉に反しない限り、」トアリマスガ、二十二項ニハゴザイハセヌ、此ノ儘デアルト私ハ甚ダ心配ニ思ヒマスルノデ矢張リ是ハ第十條トノ關係ニ於テ國籍法ガ法律デ決メラレヽバソレニ自ラ響イテ宜イノデハナカラウカト思ヒマス、國籍法ノ問題ト云フモノハ單純ナル國籍ト云フ問題ヲ離レタ大キナ國民的問題トシテ諸國デ扱ハレテ居リマスノデ、サウ云フ立場カラ申シマスルト、此ノ二項ト云フモノハ甚ヂ手輕ニ考ヘマスガ、モウ少シ第一項トノ關係ニ於テモ、第十條トノ關係ニ於テモ、御考ヘ直シヲ願フコトガ出來マスマイカ、色々ナ之ニ付テハ實例ガアリマスケレドモ止メテ置キマス、ソコデ第二十三條ニ「學問の自由は、これを保障する」トアリマス、私ハ學問ノ外ニ藝術及ビ技術ト云フモノヲ加ヘテ戴キタイ、今迄ハ「アート・オブ・サイエンス」デアツテ、學問ト藝術トデゴザイマシタガ、近頃文化現象ノ説明ニハ發明トカ技術トカ云フモノヲ之ニ加ヘテ論ジテ居ル學者ガ多イノデアリマス、二ツニナツテモ三ツニナツテモ宜シウゴザイマセウガ、學問ノ自由ダケデハ物足リナイヤウニ思ヒマス
○國務大臣（金森徳次郎君） 國籍ヲ離脱スル自由ヲ侵サレナイト云フコトハ、日本國民タル國籍ヲ有スルコトヲ希望シナイ、無理矢理ニ引留メテ置ク必要モ恐ラクナイノデアリマシテ、ソコデ原則トシテ其ノ自由ヲ認ムル爲ニ侵サレナイト云フ言葉ヲ使ツタ譯デアリマス、公共ノ枠ニ嵌メルコトハ當然ノコトデアリマス、次ニ「學問の自由」ト云フコトノ中ニ藝術ノ自由及ビ技術ノ自由ヲ入レタラドウカト云フ御話デアリマシタガ、技術ノ點ハ今日新タニ伺ヒマスガ、藝術ノ自由ノ點ニ付テハ本會議ニ於テ御答シタト存ジテ居リマス、何レニ致シマシテモ態々書カナクテモ、何トカ外ノ規定デ間ニ合フト云フヤウナ輕イ氣持デ言ツタ譯デハアリマセヌ、此ノ憲法ハ最モ骨子トナル部分ガアツテ、其ノ基本的ナル權利ヲ列擧シタノデアリマシテ、例ヘバ藝術ノ自由ノ如キハ恐ラク二十一條「表現の自由」ト云フモノヲ保障致シマスレバ、略々必要ナル部分ガ充實セラレルデアラウト云フ風ニ考ヘタカラデアリマス、技術ノ點ニ於キマシテハ何處ニ入ツテ居ルト云フコトハ申上ゲ兼マスルガ、大體此ノ所々ニ大キナ自由ヲ保障致シマスレバ、技術ノ自由ニ付キマシテソンナニ積極的ニ保障シナクテモ、憲法ノ一ツノ解釋ノ大キナ範圍ノ中ニ於テ適當ニ善處セラレテ行クデアラウト考ヘテ居リマス
○牧野英一君 二十二條ノ方ヘ立歸ツテ相濟ミマセヌガ、是ハ形ノ上ノ議論デスガ、第一項ニ公共ノ福祉ガアツテ、第二項ニ公共ノ福祉ガナイノデ、何カソコニ特別ノ御趣旨ガアルト思ヒマシタラバ、是ハ前ノ方ノ規定カラ自ラ公共ノ福祉ニ反シテ居ナイ限リト云フコトガ當然ダト、斯ウ仰シヤイマスノデ、了解致シマス、併シナガラ此所ニモ私ハ「法律の定めるところにより」ト云フコトガ欲イノデアリマス、今日ハ兵役ノ義務ト云フモノガ寧ロナイコトニナリマシタカラ、此ノ點ガ餘程物ノ取扱方ガ樂ニナリマシタガ、尚私ハ勤勞ノ義務ト云フコトニ關聯シテ此ノ問題ヲ考ヘテ居ルノデゴザイマス、勤勞ノ義務ニ付テハ厚生大臣ト私トハ解釋ヲ異ニ致シテ居リマスルガ、併シ我々ノヤウニ勤勞ノ原則ト云フモノヲ監獄ヲ初トシテ國家的ノ政策トシテ重ク考ヘテ居ル者ニ取ツテハ、勤勞ハ單ニサウ云フヤウナモノデハナイ、兵役ガ一種ノ名譽ニシテ義務ノヤウナモノデアツタト同ジヤウニ此ノ勤勞ナルモノヲ考ヘテ居リマス、ソコデ勤勞ヲ厭フテ容易ク逃ゲルト云フヤウナコトガアレバ、是ハ無論福祉ニ反スルト云フコトニナリマセウガ、其ノ邊ノ所ハ憲法デ斯ウ云フ風ニボンヤリシナイデ、法津ノ定ムル所ニ依ツテノミ自由ガ行使出來ルト云フ風ニ規定ヲシテハ如何ナモノデアリマセウカト云フヤウニ私ハ考ヘテ居ルノデアリマス、是モドウ云フモノデセウカ、此ノ規定ノ運用ニ付テ私ハ此所ノ所ガ十分心得兼ネテ居リマスカラ、私ハ是カラ日本國民タルコトガ嫌デゴザィマスカラ左樣御承知下サイト云フ届出ダケデ是ガ出來ルモノデセウカドウカ、マアソンナ馬鹿ナコトハアリマセヌガ、公共ノ福祉ニ反シナイコトニ依ツテ國籍ノ離脱ガ出來ルト云フコトニナルト、ソコニ何カ國籍法ノ規定ガ要ルコトニナルノデハナカラウカ、ソレデスカラ矢張リ國籍法ガ法律デ定マルト云フ趣旨ヲ明カニサレタ十條トノ對應上茲ニ何カ心構ガアツテ然ルベキデハナイカ、斯ウ思フノデアリマスガ、ドウ云フモノデゴザイマセウカ
○國務大臣（金森徳次郎君） 此ノ憲法ノ一貫致シマシタ根本方針トシテ法律ノ枠デナク、憲法ノ枠デ自由權ヲ規整スルト云フノガ根本ノ趣旨デアリマスルガ故ニ、此ノ場合ニ法律ト云ヲ枠ヲ入レルコトハ好マシイトハ考ヘテ居リマセヌ
○牧野英一君 ソコガ常ニ私ト貴方トノ見解ノ相異ニナルカラ是以上ノ議論ハ致シマセヌケレドモ、現ニ公務員ノ不法行爲ニ付テハ法律ノ定ムル所ニ依リトアリマスシ、教育ニ付テハ、法律ノ定ムル所ニ依リト斷ツテ居リマスケレドモ、場合ニ依ツテハ法津ノ定ムル所ニ依リト云フ條件ヲ加ヘルコトガ用心深イコトデハナイカ、殊ニ國籍ノ離脱ヲ自由ニスルト云フコトガ必要デハナイカト考ヘテ居リマス、ケレドモ是以上ハ見解ノ相違デ、國籍ト云フモノヲ私ノヤウニ國務相ハ重ク御考ニナラナイノデゴザイマセウカ、兎ニ角此ノ限度デ止メテ置キタイ、ソレカラ此ノ藝術ハ、私ハ私ノ考ヘル所デハ學問ノ自由及ビ藝術ハ之ヲ尊重シ其ノ自由ヲ保障スルト云フコトニシタイノデス、學問ノ自由ト云フモノガ何ガ故ニ憲法上ノ問題ニナツタカト云フコトニナルト、又長長ト御話ヲシナケレバナリマセヌシ、例ニ依ツテ御叱リヲ受ケルデセウ、愼ミマセウ、能ク御承知デゴザイマセウ、カルガ故ニ憲法ハ歴史的ニ學問ノ自由ト云フモノハ問題ニナラヌ、ケレドモ積極的ニ文化國家ノ理念ヲ持ツテ來テ規定ヲ設ケルト云フコトニナルト、必ズシモ國務相ト私ハ立場、考ヘ方ガ違フ、金森國務相ハ先程言ハレタ通リ成ルベク消極的ナ又其ノ言葉自體カラ地味ナ憲法ヲ作ルト云フ心掛デオイデニナルデアリマセウシ、私ハ出來ルダケ積極的ナ意氣込ヲ示サナケレバナラヌト云フコトヲ考ヘテ居ルノデアリマス、斯ウ云フ譯デ到ル處ニ共ノ問題ガ現ハレテ來ルノデアリマシテ、茲ニモ學問ノ自由ト云フヤウナコトデハナイ、先ヅ學問ト藝術ハ之ヲ尊重スルト云フ原則ヲ明カニシテ積極的ニ尋重スル、自由ニヤレト云フ程度デハゴザイマセヌ、尊重スルト云フコトヲ明カニシテ、從ツテ自由ハ之ヲ保障スル、尚最近ニ於テハ、此ノ發明、發見ト云フノハ單ニ物質ノ、自然科學ノ利用ノコトバカリデハゴザイマセヌ、總テ此ノ法津、經濟ノ方面ニ於テモ、色々發明ニ屬スルコトガアリマスルノデ、サウ云フ工夫ト云フコトヲ尊重スルト云フ氣分ガ濃厚ニナツタ結果トシテ、學問ト藝術ノ外ニサウ云フ一種ノ技術、發明ニ付テ憲法上規定ヲ設ケテ居ル例ガアルノデアリマス、デアリマスルカラ、文化ト云フモノヲ何時モ申シマスル通リ三ツノ要素ニ分ケテ考ヘルコトガ出來ルトスレバ、茲ニ文化國ノ理想ヲ明カニスル爲ニ、學問ト藝術ト技術ト云フモノハ之ヲ尊重シ、其ノ自由ヲ保護スル、我々ハ技術上ノ研究ニ於キマシテモ、此ノ數年間ト云フモノハ、甚シク偏ツタ方向ニ強制サレテ、サウシテ自由ヲ失ツテ居タノデアリマスルガ、是カラハ我々ノ總意ト云フモノガ廣ク總テノ方面ニ尊重セラレ、サウシテ従ツテ自由ガ保障セラレルト、斯ウ云フ風ナ規定ガ欲シイト思ヒマス、是ハ今此處デ金森國務相ノ御趣旨ヲ伺ハナクテモ意氣込ガ違フト云フコトダケヲ明カニシテ置キマス、其ノ意氣込ガ苦役ト云フコトニモ現ハレテ居ルノデスカラ、ドウゾ御承知下サイ
○委員長（安倍能成君） 今日ハ是デ散會致シマス、明日ハ午前十時カラ開會致シマス
午後四時四分散會
出席者左ノ如シ
委員長 安倍 能成君
副委員長 伯爵橋本 實斐君
委員
公爵岩倉 具榮君
侯爵細川 護立君
侯爵中山 輔親君
侯爵浅野 長武君
伯爵後藤 一藏君
三土 忠造君
子爵大河内輝耕君
大谷 正男君
男爵白根 松介君
子爵織田 信恒君
子爵高橋 是賢君
子爵三島 通陽君
子爵松平 親義倉
山田 三良君
平塚 廣義君
牧野 英一君
佐々木惣一君
松村眞一郎君
男爵今園 國貞君
村上 恭一君
男爵飯田精太郎君
霜山 精一君
川村 竹治君
岩田 宙造君
高柳 賢三君
男爵松田 正之君
男爵中御門經民君
男爵渡邊 修二君
男爵松平 齋光君
田所 美治君
野村 嘉六君
澤田 牛麿君
松本 學君
宮澤 俊義君
結城 安次君
瀧川 儀作君
小山 完吾君
淺井 清君
渡邊 甚吉君
國務大臣
司法大臣 木村篤太郎君
文部大臣 田中耕太郎君
國務大臣 齋藤 隆夫君
遞信大阪 一松 定吉君
國務大臣 植原悦二郎君
國務大臣 金森徳次郎君
政府委員
法制局長官 入江 俊郎君
法制局次長 佐藤 達夫君
