2 人権と公共の福祉との関係、権利と義務

 日本国憲法は、第12条等で、自由及び権利の濫用の禁止と公共の福祉のために利用する責任を定めている。この公共の福祉とは、最大公約数的には、万人に共通の共存共栄の公益と言える。本憲法調査会では、公共の福祉をどう考えるか、これをどのような方向で実現していくか、また義務規定を重視するか否かという点で見解が分かれた。

 現行憲法制定当初は、公共の福祉は人権を制限する根拠として援用されることが多かった。しかし、この概念は多義的で内容を特定しがたい面があり、また、経済的自由権に特に公共の福祉という言葉が使われているのはそれなりの意味があるとして、近年の憲法学の通説は、22条及び29条の場合以外は、できるだけ公共の福祉という用語を使わず、比較衡量論や二重の基準論などの違憲審査基準で考える方向となっている。ここでは、便宜、私人間及び公共と私人の間の基本的人権の調整原理を公共の福祉と呼ぶ(憲法学の通説は「人権相互の矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理」としている)。

 私人間及び公共と私人の間の人権をどのように考え、調整すべきかについて、議論が行われた。

 まず、公共の福祉の概念について、不明確であり分かりにくいとして、

  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、公共の福祉の概念を明確にするため、「公益」あるいは「公の秩序」などの文言に書き換えるとしている(自由民主党)、
  • 公共の福祉は概念が漠然としており、合理的な限度における制約という範囲も不明確であるため、具体的な事項につき立法を通じてより明確にしていく必要がある、
  • 義務や責任に対してどのような制限を受けるのか、公共の福祉の概念が分かりにくくあいまいであるとの批判があるが、分かりやすいものにできるよう検討すべき、
  • 権利や自由との調整概念・制約概念としての公共の福祉という意味が不明確なので、国際人権規約のようにもう少し中身を丁寧に書くことが大事ではないか、

などの意見が出された。

 そして、公共の福祉の解釈・適用の在り方について、

解釈を見直すべきとの意見
  • 公共の福祉とは、人権相互間の矛盾・衝突を調整するための原理であるとの有力な学説の影響の下、国家や国民全体の利益のために人権を制限することに過度に抑制的な対応がなされてきたが、まず、このような公共の福祉についての解釈を見直すことが必要、

などの意見が出された。

 さらに、具体的な適用については、

  • 公共と私人、私人間の調整原理としての公共の福祉は、精神的自由については厳格に適用されるべきであり、経済的自由については公平性を重視して個別的に基準が設定されるべき、
  • 基本的人権は公共の福祉の概念により包括的かつ均質的に制限されるものではない。前文、9条、13条により、軍事的公共性による制限は基本的に許されないと考える、
  • 基本的人権を個別に制限するには、具体的な明確な基準が必要であり、公共の福祉という一般条項により制限していることについて、規約人権委員会から何度も疑念が出されている。安易な公共の福祉論による人権制限はすべきでない、

などの意見も出された。

権利と義務

 自由と同時に責任を、権利と同時に義務を課すのは成熟したデモクラシー国家のあるべき姿との考えから、義務や責任についてもっと憲法に書くべきとの意見が出される一方で、近代憲法が国家権力を制限して国民の権利を保障するために制定されたという歴史にかんがみれば、義務や責任を憲法で強調する必要はないとの意見が出された。

 前者の立場からは、新たに義務よりも弱い「責務」の概念も導入すべきであるとの意見なども出され、

義務や責任について憲法により多く書くべきとの意見
  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、責務として追加すべきものとして、国防の責務、税金だけではなく社会保険料のような社会的費用を負担する責務、家庭を保護する責務、生命の尊厳を尊重する責務、憲法尊重擁護の責務、環境を保護する責務などを挙げている(自由民主党)、
  • 党の論点整理(平成16年)は、国民の権利及び義務については、時代の変化に対応して新たな権利及び義務を規定するとともに、国民の健全な常識感覚から乖離した規定を見直すことについて、異論がなかったとしている(自由民主党)、
  • 権利と義務のバランスについて、現在の憲法は、そのバランスを欠いており新しい義務規定を置くべき、
  • 現行憲法では基本的人権は守られているが、義務についてはバランスを失しており、新しい義務規定が必要、
  • 絶対的な自由や権利はあり得ず、自由には責任が、権利には義務が伴うとの認識に立った上、国民として果たすべき必要最小限の義務は憲法に明記すべき。例えば、国民の遵法義務、国を守る義務、環境保全の義務について検討すべき、
  • 基本的人権は主権者の権利として深化・保障されていくべきであるが、それに加え、例えば、次世代の育成・繁栄、その生存環境の保護・生育環境の整備なども主権者の義務として再構成されるべき、

などの意見が出された。

 一方、後者の立場からは、

義務や責任を憲法で強調する必要はないとの意見
  • 憲法は、立法・行政・司法という国家権力との関係で基本的人権の位置付けについて規定するものであり、義務規定を羅列するようなことは近代立憲主義の精神に反し、本来の憲法の姿ではない(公明党)、
  • 憲法は国家の国民に対する義務を規定したものであって国民に義務を課すことを目的としたものではなく、権利・自由と表裏一体を成す義務・責任を新憲法に書き込むべきとの考えには賛成できない、
  • 人権規定の数に応じて義務規定も置くべきとの思想は、立憲主義、法の支配の成り立ち、憲法の制限規範性に照らしても、また、対にはならない憲法上の権利と義務の性質に照らしても、明らかに誤りである、
  • 教育も労働も、納税さえも、義務の側面ではなく、権利の側面から規定し直そうとの提案もあり、傾聴に値する、

などの意見が出された。

 さらに、

  • 権利だけでは社会は維持できない。ただ、義務を主張するだけで社会の統合力が高まるわけではないと考える(民主党)、
  • 従来の権利義務関係を超えて、共同の責務、未来への責任を明確に憲法に位置付けるべき(民主党)、

などの意見も出された。

 なお、国防の関係は慎重に扱うべきとして

  • 権利とともに義務を強調することは民主国家の根幹だからよいが、国防と関連する課題については十分慎重でなければならない、

などの意見が出された。

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