6 社会権(生存権と社会保障、雇用と労働基本権など)

 社会権は古典的な自由権と異なり、積極的に国家の行為を請求する権利である。社会権が規定されている憲法は、欧米でも比較的少ない。日本国憲法制定当時、社会権規定を明文で盛り込んだことは画期的なことであり、社会権規定の存在は、日本国憲法の大きな特徴の一つとなっている。社会保障、教育、労働等の重要性は今後も変わらず、国はその保障に努力すべきというのが本憲法調査会における共通の認識であった。

 社会権規定の意義については、

  • 現憲法は、市民的、政治的権利だけではなく、社会的権利、経済的権利も詳細にうたっている点が特徴である、
  • 日本国憲法は、古典的自由権と資本主義の弊害から人々を守るために積極的に国家の行為を請求する権利である社会権が規定されているという優れた特徴を持つ、

などの意見が出された。

 社会権規定の法的性格については、
  • 社会権は単なるプログラム規定ではなく、給付行政によって維持する最低限度の生活水準が余りにも低すぎる場合は、人権保障規定に反するとして個人に請求権を認め得ると考えるべき、
  • 25条以下の生存権など社会権は、社会的共同性、社会連帯の思想を組み入れていると考えられ、国家による配慮義務は、社会保障や労働法制等、積極的な制度設計と法整備に及ぶべき、

などの意見が出された。

 社会権実現のための方策については、
  • 社会権の実現のためには、富の集中と相続による富の承継はある程度コントロールすべきであり、所得税と相続税の累進課税が所得の再分配を実現するかぎとなる(民主党)、

などの意見が出された。

生存権と社会保障

 憲法25条は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有すると定め、生存権を保障している。しかし、この条文を直接の根拠として、国に具体的な請求をなし得るかという点に関して、憲法学説の見解は分かれている。この問題について、判例は、25条をプログラム規定と解釈し、国に対して政治的、道義的な義務を課した規定であり、同条に基づく個人の直接給付請求権は認めないとする。経済政策は立法裁量の問題とされ、憲法の生存権の内容が実際の社会保障政策と結びつかないことがあり得ることから、特に国会には生存権を具体化する立法措置が求められていると言える。

 本憲法調査会では、今後の制度運営について問題が顕在化している社会保障の在り方とも関連して、議論が行われた。

 生存権規定の法的性格については、
  • 25条は、プログラム規定である、具体的請求権は発生しないと言われているが、生存権を保障するために、立法作為義務が国会にあるのではないか、
  • 国会と政府は、憲法の生存権の規定を、立法指針として、政治家の義務と受け止めるべき、
  • 25条については、抽象的な規定ではなく、国民の生命や生活の維持発展に必要な仕組み、特に基礎的な社会保障については国の責任で行うことを憲法に明記すべき、

などの意見が出された。

 社会保障制度との関係では、
  • 社会保障制度は皆で支え合うものであり、社会権規定において、社会連帯、共助の観点から、社会保障制度を支える義務、責務のような規定を置くべき、

などの意見が出された。

雇用と労働基本権

 27条の勤労の権利は、国に対して、勤労の場所の提供を直接要求することまではできないにしても、国が勤労の機会を提供すべき政治的義務を課しているのであり、雇用についての国の配慮義務は憲法から生じると言われている。同条1項は、判例による解雇制限法理の理念的な根拠となっているほか、労働基準法などの労働者保護立法は、同条2項を受けて制定され、また、28条は、団結権、団体交渉権、団体行動権を保障しており、これらの憲法規定は、使用者の一方的な決定、つまり経済的自由を規制することに最も基本的な性格があると言われている。

 本憲法調査会では、雇用が不安定化している現況を踏まえ、議論が行われた。

 勤労の権利について、
  • 党の憲法調査会報告(平成14年)は、勤労の場で勤労者が適正で均衡ある処遇を受ける権利を憲法に具体的に規定するなど新しい労働権の在り方の検討が必要であるとしている(民主党)、
  • 勤労の権利に関し、雇用の維持、創出は基本的には民間企業経営者の役割だが、政府には、新事業等の育成、参入規制や障壁の撤廃、税制の改革などにより、企業が国際競争に耐え、雇用の維持、創出をより実現しやすい環境条件を整える責任がある、
  • 勤労の権利について、憲法制定議会の速記録では働く能力があり、働きたいという意欲のある者に対して勤労の機会を与える趣旨と答弁されている、

などの意見が出された。

 勤労実態について、
  • リストラの横行、失業者の増加、過労死等の深刻な事態は、生存権の具体的保障である27条・28条の労働権の保障からの著しい乖離である、
  • 憲法の平等規定にかかわらず、パートタイム労働者、派遣社員、契約社員に対する様々な差別が存在しており、憲法で保障された権利が現実に具体的な権利として確保されているかどうか、個別法の検証と改正が必要、

などの意見が出された。

 また、労働基本権について、

  • 労働基本権には、社会の変化に伴って時代の役目を終えつつある部分と、権利がないがしろにされている部分と両面あり、これからの社会における役割を見直す必要がある、
  • 労働基本権は、社会権の中で、中核的な権利であるということを強調したい、
  • スト権は強制労働からの自由という自己決定の権利だが、憲法は工場、企業の外で立ち止まると言われる。とりわけストライキの全面禁止でILOから勧告を受けた国家公務員法・地方公務員法には国際法上の理念から見た法改正、憲法理念の貫徹が必要、

などの意見が出された。

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