3 憲法解釈権と憲法裁判(違憲立法審査権)、憲法裁判所制度

 法の支配を貫徹し、もって国民の基本的人権を保障することが司法の最も重要な役割である。多数決民主主義に基づいて制定された法律等に対し、憲法裁判により人権保障の観点から修正を加えることは、統治システムにおける相互チェックにも調和するものと言える。

 このような認識から、憲法裁判に関しては、入念に議論していくべきとの認識があり、憲法裁判所として抽象的審査権を行使することも可能ではないかとの議論も行われた。また、その前提として、憲法解釈権についての議論が行われた。

憲法解釈権

 憲法解釈については、憲法上、一次的な解釈権は国権の最高機関たる国会にあり、それが矛盾を来した場合に最高裁の違憲審査権がある、憲法が何らの根拠も与えていない内閣法制局の解釈を硬直的にとらえるべきではないのではないかという問題意識から、議論が行われた。

内閣法制局中心の現状は問題との意見
  • 党の憲法調査会中間報告(平成13年)は、本来政府の一機関にすぎない内閣法制局が事実上、憲法解釈の権威となっている姿は異常として、憲法裁判所・憲法院など違憲立法審査のできる司法機関の新たな整備を検討すべきとしている(民主党)、
  • 最高裁の違憲審査に対する姿勢は一貫して消極的であり、その結果、内閣法制局が実態面で最高裁の役割を果たすがごとき事態を招いている、
  • 憲法解釈は、内閣・政府、すなわち首相及び国務大臣がその責任において示すべきものと考えるが、現状は内閣法制局が解釈権を独占し、政治はそれに服従しているかのようである、
  • 執行組織である内閣の一部門が憲法解釈を独自の判断で行うことは適切であるが、それが憲法解釈のすべてを決めるような現状はおかしい、
  • 憲法解釈が内閣法制局中心で、民主的統制を経ずに従来の解釈が続けられているとしたら、憲法解釈の在り方について、だれがどういう解釈をし、どのような形で民主的統制に服していくべきかを議論すべき、

などの意見が出されたが、

内閣法制局の役割を重視すべきとの意見
  • 改正を前提とする議論も可能な立法府の憲法論議に対し、憲法尊重遵守義務に裏付けられた内閣法制局の憲法判断は、憲法保障の重要な機能を担っており、その役割は重視されるべき、

との意見もあった。

 そして、解釈の担い手としては、

立法府・司法府が担うべきとの意見
  • 憲法の公権解釈を最終的に担うのは裁判所だが、第一次的には、民主的基盤に立つ立法府が担うべき、
  • 内閣法制局の憲法解釈が絶対的地位を占めるのは不健全であり、国会が自らの憲法解釈について見解を示すべき。ただし、政治的に使われるのは危険であり、参議院がより大きな役割を担うべき、
  • 行政権の一部である内閣法制局が憲法解釈を独占することがあってはならず、憲法院や憲法裁判所をつくるような形で、司法ができる限り違憲立法審査を行う機関をつくるべき、

などの意見が出されたが、憲法尊重遵守義務に裏付けられた内閣法制局の役割を重視すべきとの意見もあった。

憲法裁判(違憲立法審査権)

 司法については、憲法裁判の活性化が最大の論点である。

現状に不満とする立場からの意見
  • 党の論点整理(平成16年)は、最高裁による違憲立法審査権の行使の現状には不満があり、憲法裁判所制度あるいは最高裁の改組などについて検討すべきことについて異論がなかったとしている(自由民主党)、
  • 合憲判断は事件解決に不必要な場合にも行う一方、違憲判断は厳密に事件解決に必要な場合に限定するという最高裁の姿勢は、国家機関による憲法規範の逸脱を統制するという違憲審査制の意義を没却するものではないか、
  • 憲法判断の回避の準則が禁欲的過ぎる。三権分立の中で司法権の権威を確立し、憲法擁護の役割を果たすには、その姿勢を変え、国民の憲法上の権利を守っていくとのスタンスで判断すべき、

などの意見が出される一方、現行の通常の司法裁判所による憲法判断を一定程度評価する立場から、

評価する意見
  • 昭和23年から平成15年までに最高裁が実質的に憲法判断を行った件数は2,500件を超えており、積極的に合憲判決を下し、一定の憲法解釈 を示したこと に意義がある例も多々ある、

などの意見も出された。

 なお、具体的事件に即して憲法判断を行う付随的審査制の特徴・利点について、

  • 付随的審査制には、具体的事件に即したきめ細かな憲法判断が可能、下級裁判所も違憲審査権を行使可能、訴訟当事者として市民が参加可能という利点があり、これらをいかす制度設計及び運用を考えなければならない、
  • 付随的違憲審査制それ自体は無力でなく、活用されてこなかった点に問題がある、
  • 最高裁は、もっと積極的に具体的争訟の中でしっかりと審査をしていくべきで、憲法判断を専門にする裁判所に特化してはどうか、

などの意見が出された。

また、最高裁判所における裁判体制について、

  • 憲法学者が関与せずに憲法判断がなされる現状は、憲法の最終解釈機関の在り方として遺憾であり、また、現行の調査官では司法官僚の論理が憲法判断に大きな影響を及ぼしかねないので、民間研究機関や憲法学者等裁判所以外の人材を求めることを検討すべき、

などの意見が出された。

 さらに、憲法判断を回避する論拠として用いられる統治行為論について、最高裁判所は、同理論を採用したと言われる最高裁判例は二件(苫米地事件、砂川事件)のみであり、同理論を用いて憲法判断を回避しているとの批判は当たらないと述べているが、

  • 司法による行政のコントロールを考えた場合に、9条関連を統治行為論で逃げるのは司法の怠慢、
  • 統治行為論などにより憲法判断を避けず、憲法上制度化されている違憲立法審査権を地裁、高裁、最高裁で十分活用し、人権侵害が起こらないように運用することが求められている、

などの意見が出された。

憲法裁判の在り方

 このような現在の憲法裁判の問題を背景に、憲法裁判の在り方について意見が出された。

  • 党の論点整理(平成16年)は、最高裁による違憲立法審査権の行使の現状には不満があり、憲法裁判所制度あるいは最高裁の改組などについて検討することについて異論がなかったとしている(自由民主党)、
  • 党の憲法調査会中間報告(平成16年)は、憲法調査機能の拡充と違憲立法審査制の確立のため、憲法裁判所若しくは憲法院など、憲法審査のできる固有の審査機関の新たな設置を検討すべきとしている(民主党)、
  • 最高裁を違憲審査の終審裁判所とする81条は見直すべき。国権の最高機関である国会が決めた法律を司法が最終結審することには問題があり、憲法裁判所を設けるとすれば、三権分立を超えたような機関とすべきではないか、検討すべき、

などの意見が出された。

 さらに進めて、憲法裁判所制度の導入の是非については、本憲法調査会では意見が分かれた。積極的な立場から、

憲法裁判所を導入すべきとの意見
  • 一切の法律、条例、命令、規則又は処分が憲法に適合するか否かを決定する権限を有する一審かつ終審の憲法裁判所を設置すべきで、憲法裁判所は、(1) 通常の裁判所が係属事件の裁判に関して法律等の憲法適合性の判断を求めて来た場合に判断を行う具体的規範統制と(2) 法律等の憲法適合性について具体的事件と関係なく判断を行う抽象的規範統制の機能を持つべき、
  • ドイツ型憲法裁判所は、(1) 裁判官選任に議会が関与する、(2) 法曹専門家から成る、(3) 任期が議員の任期とずれている、(4) 両院が交互に選任する、(5) 抽象的規範統制も行うという特徴を持ち、大いに参考にすべき、

などの意見が出された。

 これに対して、消極的な立場から、

憲法裁判所導入に消極的な意見
  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、憲法裁判所設置については、慎重意見・反対意見が多くあり、現在の付随的違憲審査制のみで、抽象的、一般的違憲審査のシステムは設けないとして、憲法裁判所は設けないとしている(自由民主党)、
  • 憲法裁判所を導入しても、法案提出前の内閣法制局の詳細なチェックにより違憲判断の可能性は非常に低く、迅速な合憲性追認の意味しかないことになりかねず、さらに、予防的規範統制まで認めれば立法府の上にスーパー立法府を置くことにもなりかねず、慎重な検討が必要(公明党)、
  • 憲法裁判所による抽象的審査には、裁判所が政治的判断を迫られる、人権保護より秩序維持に走りやすいなどの問題点があるのに対し、付随的違憲審査制は、具体的事件において深い議論の下で司法審査が行われる、立法作業の抽象的側面を補完するなど優れた制度と考える、
  • 憲法裁判所を導入しても司法が積極主義に転ずる保証はなく、また、憲法裁判所は政治的に利用されやすいため人権保護の点からも好ましくない、
  • 抽象的違憲判断の効力が当該法令の改変にまで及ぶとすれば、正に立法権を裁判所が行使することになるため、当該裁判所の民主的基盤をどうするのかという点も議論すべき、
  • 政治部門に抽象的違憲審査制度を創設することは、内閣法制局の上に屋上屋を重ねるにすぎないことに加え、ときの政治勢力の強い影響を受けることは否定できず、公正な第三者による判断という裁判の本質を失っている、
  • 憲法裁判所を導入すれば違憲審査制が活性化するというものではなく、むしろ、憲法裁判所以外の裁判官から違憲審査権を奪うことにもなり、現行憲法下での本来の司法改革こそ必要、
  • コスタリカの現実は、憲法裁判所をつくらずとも最高裁の中に憲法判断を行う部門をつくればよいことを教えている、

などの意見が出された。

 

 特に憲法裁判所における裁判官の構成について、導入に消極的な立場からは、

  • 憲法裁判所においては、裁判官の構成が一番重要であり、政治的に利用されて法を監視するという役割が損なわれることが一番恐ろしい、

との懸念が表明されたが、これについては、

  • 三権から代表された人で憲法裁判所を構成することで、チェック・アンド・バランスの機能を果たすことができる、

などの意見が出された。

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