2 理念、法規範性

 日本国憲法前文は、内容的には、憲法の基本原理や理想の宣言を主としているが、同時に、憲法を制定するに至った歴史的経緯が色濃く表明されている。前文が歴史的経緯を反映していることについて、

歴史的経過を踏まえて見直すべきとの意見
  • あの時代に前文で平和主義を標榜したのは当然だったが、国際的に協調が求められる今、その時の平和主義のままでは古い、多様な価値の共存・共生の実現というような新しい時代認識を踏まえた前文の策定が必要、
  • 前文は各条文と密接不可分な関連を有しており、その改正は各条文と併せて議論しなければならないが、現憲法は天皇制を守るかどうかが主眼で、天皇制と9条に代表される戦争放棄、国際平和主義がセットで導入されざるを得なかったという経緯があり、現時点で改正論議をするならば、前文は当然に見直さなければならない、

などの意見が出された。これに対して、

見直す必要はないとの意見
  • 戦前の歴史も踏まえ前文に込められた思いを深く読み取らなくてはならない、
  • 前文は、侵略戦争の反省に深く思いを致し、こういうことは二度と繰り返さないという国際公約だった、

などとする意見も出された。

 さらに、前文に盛り込むべき視点・認識について、

  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、明治憲法、昭和憲法の歴史的意義を踏まえつつ、日本史上初めて国民自ら主体的に憲法を定める旨を宣言するとしている(自由民主党)、
  • シビリアン・コントロールに失敗し、軍の暴走により諸外国に迷惑を掛けたという歴史を常に振り返りながら、未来に向かう決意を明らかにして初めて、本当の意味での世界の信頼が回復できる。前文に、国を挙げて未来志向の歴史検証作業を中核とした信頼回復に取り組む決意を明らかにすべき、
  • 内閣憲法調査会においては前文に対してさまざまな批判があったが、これは当時の歴史的意味を持っていたものとしてとらえた上で、今の時点で憲法全体を調査・審議し、改正の必要を認識したらその認識を前文の中で共通の価値観として入れていくという視点は大事、

などの意見も出された。

 憲法前文の理念については、

  • 難解な9条の条文、諸国民の公正と信義に信頼して安全と生存を保持するという空想的前文をこれ以上看過すべきでない、
  • 国際社会における日本の役割・責任が憲法施行時より増大する中で、国際社会における平和の維持と回復に日本が無関心でいることは許されない、
  • 全般的に人類の普遍的理念を中心に書かれているが、日本国の憲法として考えれば、日本人のアイデンティティーについても言及してよいのではないか、

などの意見が出され、また、

  • 前文と9条の戦争放棄を守り、侵略戦争を反省する態度を明確にすることにより、ASEAN諸国との間に信頼関係と友情を築くことが可能となり、これが21世紀の日本の繁栄の道でもある(日本共産党)、
  • 9条に投影された国家主権の自己限定の考え方を基に、国連による普遍的な安全保障と紛争予防措置の確立に向け主導的な役割を果たすことこそ、 前文に示された日本が歩むべき道である、

などの意見が出された。

 また、日本の歴史、伝統等を盛り込むか否かという点については、

  • 日本の歴史、伝統、文化を前文に盛り込むべきとの見解があるが、基本的人権の制限や過去の国家主義的考えに基づくものであれば、時代錯誤である、

などの意見が出される一方、

  • 自然、国土、歴史、文化など私たちのアイデンティティーについて述べること、また、国民とともにある天皇を前文に書くということは少しも復古調ではない、

との意見も出された。


 憲法前文に書かれるべき理念・内容については、現行の三原則のほか、歴史、伝統、文化などが出されたが、本憲法調査会における見解は分かれた。

  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、現行憲法から継承する国民主権、基本的人権、平和主義を基本理念とし、現行憲法に欠けている日本の国土、自然、歴史、文化など国家の生成発展について記述し、このような国を愛し、その独立を堅持し、国民の安全を確保する旨を明らかにするとしている(自由民主党)、
  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、国家の目標として、自由で活力に満ちた経済社会を築き、福祉の増進に努め、経済国家にとどまらず、教育国家、文化国家を目指し、地方自治を尊重するとともに、国際協調を旨とし、積極的に世界の平和と諸国民の幸福に貢献し、地球環境の保全と世界文化の創造に寄与する旨明らかにするとしている(自由民主党)、
  • 日本の立場を考えれば、前文に、国際貢献、国際協力は強調して明記すべき、
  • 前文には、国際社会において名誉ある地位を占めたいという以上の内容は書かれていないが、人間の安全保障の理念も含めて国際貢献について明確にした方がよい、
  • 現在の前文には人権尊重の理念が明確に表記されていない。前文の性格から、国民主権、基本的人権、平和主義の三原則を明記した方がよい、
  • 前文には、国民主権、基本的人権の尊重及び普遍的平和主義は当然承継した上で、ナショナルゴールとしての(1) 平和創造又は核廃絶、(2) 知的創造立国を盛り込み、更に、(3) 過去の歴史の反省に立ちながら日本の地政学上の限界性についても明記すべき、
  • 前文を見直す際は、日本の歴史及び文化を示し、日本の目指すべき方向及び理念をその中で述べ、国民、特に子供あるいは若い人への教育効果を持つように考えるべき、
  • 日本国の憲法として考えれば、日本人のアイデンティティーについても言及してよいのではないか、
  • 新しい時代認識を踏まえた前文策定が必要であり、日本は世界に先駆けてポストモダン、情報文化社会、脱物質・エネルギー志向の時代における憲法について先鞭を着けていきたい、

などの意見が出された。

 その際の表現として、

  • 党の論点整理(平成16年)は、前文については、全面的に書き換え、翻訳調の表現を改め、文章は平易で分かりやすいものとし、模範的な日本語の表現にするとしている(自由民主党)、
  • 憲法は、美しい日本語で、分かりやすく、格調ある表現で書いてほしい。前文ほど分かりにくい文章はない、

などの意見が出された。

 憲法前文の有する法規範性について、裁判規範的な役割は必ずしも認められないが、

  • 前文は、立法及び行政において、これに矛盾することはできないという意味で規範性を持ち、裁判の上でも、個々の条文と併せて解釈指針として用いるという意味を持つ、

などの意見が出された。

ページトップへ