[地方自治]

1 地方自治の本旨、国と地方の役割

 地方自治は民主主義の基盤であり、また、地方自治への参加を通じて住民が民主主義の在り方を学ぶという「民主主義の学校」であると言われている。

 日本国憲法は、第8章に「地方自治」の章を設けた。地方自治制度の本質的内容は法律をもってしても変えることができないと解され、憲法上の制度として厚く保障されている。国際・国内環境の急速な変貌に伴う新たな時代の要請に対して、従来の中央集権型行政システムでは的確な対応が困難であるとして地方分権が推進されているが、その流れを受けて、新しい地方自治の在り方について、議論が行われた。

 地方自治の現状について、

  • 地方自治に関する憲法の規定は制定当時先駆的であったが、国と地方の役割の実態は全く異なり、国が圧倒的な権限と財源を持ち、地方自治の精神は実際には発現されていなかった、
  • 憲法の精神は、地域住民により地域のことが決められるという原則を尊重していこうというものであるが、依然として、中央集権時代の精神、やり方が中央省庁、政府により続けられている、

などの意見が出され、今後の対応策として、

  • ナショナルミニマムが変遷することを見据えた柔軟な対応が望ましく、その上で財源調整の仕組みや地方自治体と国との役割分担を常に検証、協議し確定する仕組みをつくらねばならない、

などの意見が出された。

 具体的に憲法に新たな理念等の規定を盛り込むべきか否かについては意見が分かれ、

憲法に新たに地方自治の理念や原則を明記すべきとの意見
  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、住民自治と団体自治など、地方自治の理念と地方自治の本旨に関する規定を置き、国と地方の役割分担と相互協力の規定を設けるとしている(自由民主党)、
  • 党の論点整理(平成16年)は、道州制を含めた新しい地方自治の在り方について、自己決定権と自己責任の原則など、その基本的事項を明示すべきとの意見が出たとしている(自由民主党)、
  • 事務と財源の配分原則の憲法への明記を通じた自己決定と自己責任の原則の確立が、本来の地方自治の在り方ではないか、

との意見が出される一方、

現行憲法の規定を維持すべきとの意見
  • 地方自治が憲法上保障されたことは世界でも画期的。地方自治体の存在理由は地域住民の福祉の増進にあり、現憲法の地方自治を強化する上で何が大事かという議論を深めていくべき、
  • 地方自治について、憲法に更に細かなことを規定すべきとの意見もあるが、民主主義を基本として地方政治、住民自治を行うとの条項はそのまま維持すべき、

などの意見も出された。

地方自治の本旨

 憲法の「地方自治の本旨」は、住民自治と団体自治の二つの要素からなり、住民自治とは、地方自治が住民の意思に基づいて行われるという民主主義的要素であり、団体自治とは、地方自治が国から独立した団体にゆだねられ、団体自らの意思と責任の下でなされるという自由主義的・地方分権的要素であると言われている。

 この「地方自治の本旨」の概念は憲法に明記されていないことから、不明瞭であると指摘されており、この点をめぐり議論が行われた。

 「地方自治の本旨」規定の沿革については、92条の地方公共団体に関する事項は日本政府とGHQの折衝の中で生まれ、特に「地方自治の本旨」という観念を持ち出したのは日本側であり、この規定は実は日本製であると考えている、との意見が出された。

規定の内容の明確化については、

より明確な規定を置くべきとする意見
  • 地方自治の本旨の内容をもう少し具体的に明示すべきではないかと考える。具体的には、地方自治の原則として、(1) 国が地方自治体・地域住民の意見を尊重すること、(2) 地方自治体の責任、(3) 財政基盤を確保するため財政的自立を明確にすること、を考えなければならない(公明党)、
  • 地方自治の本旨とは住民自治と団体自治を意味していることを、憲法に書き込んだ方が良い、
  • 地方自治体の実態が本来の自治に沿っていないのは、憲法の地方自治の本旨という概念があいまいなことに起因している。もっと明確な自治の基本原則という形で規定すべきではないか、

などの意見が相次いだが、これに対して、

現行のままでよいとする意見
  • 地方自治の本旨の内容を憲法に詳細に規定すべきとの主張もあるが、固定的に決めると柔軟な対応を損ねる。時代の変化に対応するためには、憲法上あまり詳細な規定は置かない方がよい、

などの意見も出された。

国と地方との関係

 地方分権が進む中、国と地方の関係は、国が地方を支配監督するという従来の関係ではなく、対等な関係であるべきとするのが、本憲法調査会におけるおおむね共通した認識であり、

  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、住民自治と団体自治など、地方自治の理念と地方自治の本旨に関する規定を置き、国と地方の役割分担と相互協力の規定を設けるとしている(自由民主党)、
  • 住民の自治意識が弱く国への依存関係が強い状況を考えると、当面、行政権の拡大を図りつつ、住民民主主義の発展過程に合わせて、将来的には国と地方の対等独立原則に基づいた憲法改正も視野に入れるべき、

などの意見が出された。

 特に、国と地方の役割分担については、分担の基本原則を憲法上明記することや、特にEU諸国でも憲法に採用する動きが見られる、身近な自治体を優先して事務を配分するという意味で「補完性の原理」への言及もあり、

  • ナショナルミニマムとして国が行う事項は何か、地方にゆだねる事項は何か、地方間の財政較差をだれがどのように調整するかについて、憲法で基軸を定めるべき、
  • 微にいり細にわたって地方自治の在り方について定めている地方自治法自身が、地方自治体の自主決定、自己責任をがんじがらめにしているのではないか、

などの意見が出された。

 補完性の原理については、

  • 基本的人権の保障という観点から見た場合に、国、地方は相互補完的な役割と責任を有する。それぞれの権限の優位性、対立的権益を殊更強調するものであってはならない(公明党)、
  • 行政事務の分担に関する補完性の原理が採用されていないことは、憲法の欠陥、
  • 補完性の原理に基づいて国と地方の役割分担を憲法上明記すべき。広域自治体と基礎的自治体の二層制を前提とし、かつ基礎的自治体を優先するという考え方を明確にするのが望ましい、
  • 地方が原則的な行政権限を持つこととし、国は、条約や安全保障など国のみが行える権限を制限的に持つこととすべき、

などの意見が出された。

 また、国と地方の相互のチェックの在り方について、

  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、地方自治体が違法行為を行った場合の是正と政府が地方自治体に対し違法行為を行った場合の救済は、法律で定める旨を明らかにするとしている(自由民主党)、
  • 地方自治体の違法行為等に対して国として合法性の監督ができるような担保措置を設ける必要がある。同時に、国のチェックが合法的でない場合の司法上の救済措置を設けることが望ましい、

などの意見が出された。

地方財政

 我が国の憲法には地方財政に関する規定はないが、主要国では自主財源の保障や財政調整制度など、踏み込んだ規定を有するものが多い。国と地方の対等な関係を実現し、地方が真に自立するためには、健全な財政基盤が不可欠であることは憲法調査会における共通の認識であった。

 このような観点から、地方財政の在り方についても議論が行われ、憲法に地方財政に関する規定を置くべきとして、

  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、地方自治体の財政について、課税自主権と財政調整措置などの規定を設けることとしている(自由民主党)、
  • 党の憲法調査会中間報告(平成16年)は、課税自主権・財政自治権を憲法上しっかりと保障する、地方交付税制度に代えて新たな水平的財政調整制度を創設する等の提言を行っている(民主党)、
  • 地方自治体に課税する権限を付与するだけでなく、責務に応じた必要な財政措置(財源の保障と財政の調整機能)を国が講ずることを憲法に明記しておくべき、
  • 自治の確立には財源的な裏付けが重要。自治事務は全額自主財源、法定受託事務は全額国負担という基本原則を憲法上も明確にすることで、自己決定と自己責任の原則という本来の地方自治の在り方が確立する、

などの意見が出された。

 課税自主権・財政自治権については、

  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、地方自治体の財政について、課税自主権などの規定を設けることとしている(自由民主党)、
  • 地方自治を実質的に保障するためには、地方財政に関する規定を設けることが必要。具体的には、課税自主権が不可欠であり、憲法に裏付けられた課税権を認めるべき、
  • 現行では租税公課は国が決定しているが、地方自治体に課税自主権・財政自治権を憲法上保障し、必要な財源を自らの責任と判断で調達できるようにすべきであり、課税自主権には税目・税率の決定を含めるべき、
  • 国民代表が税の使途を決めるという原則を推し進めると、地方における税の使い方は地方議会で決めるという地方分権に帰着するのではないか、

などの意見が出された。

 

 国の財政調整義務等については、

  • 党の新憲法起草小委員会の検討(平成17年)においては、地方自治体の財政について、財政調整措置などの規定を設けることとしている(自由民主党)、
  • 地方自治体に課税自主権を付与するとともに、財源の保障並びに自治体間の財政格差を是正、補てんする財政調整措置を国に義務付け、国の責任を明確にしておく必要がある、
  • 団体間に税収力の格差がある以上、財政調整制度が必要不可欠。その場合、団体間の調整だけではなく、国が地方公共団体に様々な事務を義務付けている以上、それが適正に執行できるだけの財源を保障する機能を持たせることが必要、
  • 地方交付税には財源保障機能と財源調整機能があり、縮小は農村部の自治体財政を困難にする。国庫補助負担金も7割は国の義務的支出であり、廃止、縮減は国民の権利として保障すべき福祉や教育の水準を保てなくする、

などの意見が出された。

ページトップへ