3 主な論点のうち意見が分かれた主要なもの

 自民、民主、公明の3党の間においても意見が一致しなかったもののうち、主要なものを掲げました。

(1) 前文の理念・内容(前文)

 憲法前文に書かれるべき理念・内容については、現行の三原則のほか、歴史、伝統、文化などが出されたが、見解は分かれた。

(報告書50~55頁)

 前文を有する憲法の例は多く、内容的には、憲法制定の由来を記したもの、憲法制定の趣旨や目的をうたったもの、憲法の理想や基本原則を宣言するものなどがあります。

 現行憲法前文の場合、憲法の基本原理や理想の宣言を行い、また、憲法典の一部を構成するとともに、法としての効力を持つという点に特色があります。

 本調査会では、国家像並びに国家と国民との関係を国民に分かりやすく説明し、世界に対してもそのメッセージを発信するという前文の意義と役割を評価する意見が出されましたが、前文に書かれるべき理念・内容については、現行の三原則のほか、「歴史、伝統、文化」、「日本人のアイデンティティー」、「経済国家にとどまらない教育国家・文化国家といった国家目標」、「国際貢献」、「平和創造または核廃絶・知的創造立国などのナショナルゴール」など様々な意見が出され、見解は分かれました。

(2) 元首(第1条関係)

 天皇をいわゆる元首と解すべきか、またその旨を憲法に明記すべきであるか否かについては、意見が分かれている。

(報告書61~62頁)

 内閣法制局は、本調査会において「元首について現行憲法には規定がないが、実質的な国家統治の大権を持たなくとも国家のいわゆるヘッドの地位にあるものを元首とみる見解もあることから、政府としては、天皇は元首であると言っても差し支えない(平成13年6月6日)」との考えを示していますが、天皇をいわゆる元首と解すべきか、またその旨を憲法に明記すべきであるか否かについては、「文化、伝統の象徴としての天皇を大事にすることはよいが、元首ということについては違和感を覚える」、「天皇を元首とすることに反対」などの意見が出され、意見が分かれています。

(3) 第9条第2項の改正の要否(第9条第2項関係)

 戦力及び交戦権の否認を定める第2項改正の要否については意見が分かれた。

(報告書71~73頁)

 第9条第2項は、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と定めています。この条文中の「戦力」「交戦権」等の解釈については、これまで多くの議論が繰り広げられてきました。

 憲法制定当初、吉田首相は、「第9条は直接には自衛権を否定していないが、第2項が一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、又交戦権も放棄した」旨の答弁をしており、「戦力」については無限定的な不保持を念頭に置いていたものと見られていました。しかしその後、1952年に自衛隊の前身である保安隊が設置された際、当時の吉田内閣は「第2項は、侵略、自衛の目的を問わず『戦力』の保持を禁止しており、『戦力』とは、近代戦争遂行に役立つ程度の装備編成を備えるものである」旨の見解を示しました。

 また、1954年の自衛隊発足にともない、当時の鳩山内閣は、「第1項は独立国家に固有の自衛権までも否定する趣旨のものではなく、自衛のための必要最小限度の武力を行使することは認められている」としました。これにより、第2項が保持を禁止する「戦力」は、「近代戦争遂行能力」から「自衛のための必要最小限度を超える実力」に変更され、この政府見解の内容は、現在に至るまで維持されています。

 本調査会では、第2項改正の要否については意見が分かれ、改正すべきとの立場からは、「条文が現実と合わず、現実の方が合理的な場合には、条文を変えるしかない」、「2項を改正し、自衛及び国際協力のための実力部隊を保持することができると明言すべき」などの意見が出されました。

 一方、第2項を維持すべきとの立場からは、「制定後半世紀以上の歳月を経て、今や憲法は国民の間にしっかり根を張り定着しており、暴走に対する歯止めとして9条の存在意義は非常に高く、今後とも9条は堅持すべき」との意見が出されました。

 また、現在の憲法に必要に応じて条文を加える加憲の考え方を検討すべきとして、「9条1項の戦争放棄、2項の戦力不保持の規定を堅持するという姿勢に立った上で、自衛隊の存在を明記し、国際貢献の在り方について根拠規定を加えるべき」などの意見が出されました。

(4) 集団的自衛権を認めることの是非(第9条関係)

 集団的自衛権を認めるかどうかについては、1)認める、2)認めない、3)制限的に認める、と立場が分かれた。さらに、認めるとする立場であっても、憲法で明記すべきか、憲法解釈により可能であるかについては、意見の対立があった。

(報告書76~79頁)

 集団的自衛権とは、国際法上、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利とされています。

 集団的自衛権に関する政府解釈は「我が国は主権国家である以上、国際法上、集団的自衛権を保有しているが、憲法第9条の下で許容される自衛権の行使は自国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきことから、集団的自衛権の行使については、この範囲を超えるため、憲法上認められない」としています。

 本調査会では、このような集団的自衛権に関する政府解釈の是非、集団的自衛権を憲法で明記すべきかなど、様々な議論が行われました。

 集団的自衛権を認めるかどうかについては、1)認める、2)認めない、3)制限的に認める、と立場が分かれ、1)認める、との立場からは、「主権国家が国際法上、個別的及び集団的自衛権を有していることは国連憲章にも明記されており、日本も独立主権国家として、国際法上の常識に合わせるべき」などの意見が出されました。

 2)認めない、との立場からは、「日本の領域内で起きたことは個別的自衛権で対応できる」、国連の下での「集団安全保障措置の確立こそを日本の使命とすべきであり、集団的自衛権の行使を認めることはこれと相反する」などの意見が出されました。

 3)制限的に認める、との立場からは、「集団的自衛権の行使が、他国において他国の軍隊と共同で戦争をする意味である限り慎重にならざるを得ないが、国連軍に限定してしまうとハードルが高過ぎるので、国連の総意で決めた事態に対しては集団的自衛権を行使していくとすべき」などの意見が出されました。

 さらに、認めるとする立場であっても、憲法で明記すべきか、憲法解釈により可能であるかについては、本調査会において、意見の対立がありました。

 憲法で明記すべきとの立場からは、「集団的自衛権は持ってはいるが行使は憲法違反との政府見解は、国際通念上理解され得るものではなく、抜本的見直しが急がれるが、基本的には多様な解釈を生み出す憲法の改正こそ必要」などの意見が出されました。

 一方、憲法で明記する必要はないとの立場からは、「日米安保条約下の日本の立場があいまいな中では、米国に押し切られる懸念があるので、前文で国際貢献を明記しておけば、集団的自衛権についてはあえて明記する必要はない」などの意見が出されました。

(5) 自衛隊の憲法上の明記(第9条関係)

 憲法に明文で書くか、書くとすればどのような書き方になるかは意見が分かれた。

(報告書79~82頁)

 自衛のための必要最小限度の組織が必要であることには、本調査会ではおおむね共通の認識がありました(→参照)

 しかし、本調査会では、現在の自衛隊の存在など、自衛のための戦力等について憲法に記述がないことから、憲法に明記すべきか否かについては意見が分かれました。

 明文化すべきとの立場からは、「国家には自衛権があり、国民の生命・財産を守る手段として軍事的な実力実行部隊は必要不可欠で、今日では自衛隊が憲法違反でないとの国民的な合意がある」、「世論調査等でも憲法改正を是とする理由のトップが自衛隊の位置付けの明確化であり、各国でも国防を担う軍について憲法に明確に位置付けられている、等の理由から、自衛隊を明記すべき」などの意見が述べられました。

 一方、憲法を改正する必要はないとの立場からは、「自衛隊が明らかに9条2項の戦力と言わざるを得ない現状を変えるには、先にあった憲法に自衛隊を合わせるべきであり、それがどのような現実になるのかを議論すべき」などの意見が出されました。

 また、憲法に明記するとした場合の書き方について、「自衛隊も力である以上、凶器とならないよう明確なルールが必要であり、憲法上もこれを明示していくべき」などの意見が出されました。

(6) 国際貢献の憲法上の明記(前文、第9条関係)

 国際貢献について憲法上明記するか否かについては、意見が分かれた。さらに、PKOや国連の決定に裏打ちされた多国籍軍などにも積極的に参加するかどうか、軍事面についても貢献を行うかどうかについては、これを積極的に推進すべきとする意見と、非軍事力による国際貢献に限るべきとの意見とに分かれた。

(報告書94~95頁)

 日本が、国際社会の一員として、国際平和活動やODAを活用するなど国際協力に積極的に取り組むべきことは本調査会における共通の認識となっていました(→参照)が、国際貢献について憲法上明記するか否かについては、意見が分かれ、「日本が国際平和活動や国際協力に、より主体的、能動的に取り組んでいくためには、国民一人一人の理解が不可欠であるとともに、国家の基本法たる憲法本文に国際協力の理念や国際機構の活動への参加を明記することが必要」などの意見が出されました。

 さらに、PKOや国連の決定に裏打ちされた多国籍軍などにも積極的に参加するかどうか、軍事面についても貢献を行うかどうかについては、これを積極的に推進すべきとする意見と非軍事力による国際貢献に限るべきとの意見とに分かれました。

 軍事的協力まで視野に入れるべきとの立場からは、「冷戦後の世界情勢を見ると、安保理の決議を受けた多国籍軍の活動や武力行使を伴うPKOが増えているが、これらの努力は貴重であり、日本も積極的に参加していくべきであり、日本が果たせる国際貢献の理想的な在り方の一つと考える」などの意見が出されました。

 一方、国際貢献は非軍事的協力に限るべきとの立場からは、「核兵器廃絶、南北問題の解決、環境破壊の防止など、非軍事の分野で国際的な平和貢献を積極的に行うべき。9条は国際貢献の足かせどころか日本が独自の積極的役割を果たすためのものになる」などの意見が出されました。

(7) 緊急・非常事態法制(第9条、第5章関係)

 日本国憲法には、緊急事態あるいは非常事態を想定し対処する規定が設けられていないが、新たに憲法上明記するか否かについては意見が分かれた。

(報告書99~100頁)

 現行憲法には、有事、テロ、大規模な暴動などの治安的緊急事態、自然災害の場合等の緊急事態、非常事態を想定し対処する規定が設けられていません。

 憲法に緊急・非常事態を規定していないと危機的状況では憲法の精神が踏みにじられかねないとして、ドイツのように根拠規定を置くことが必要とする考え方や、現行の憲法は明治憲法の規定とその運用実例に対する歴史的反省に立って制定されたものであり、むしろこのような規定を置かないという決断がなされたと解すべきとの考え方があります。

 さらに、緊急・非常事態に関する規定を憲法に置くことは基本的人権との関係で難しいため、憲法は現状のままとして、緊急・非常事態に対処する基本法を制定し、ここに国民保護法的なものも織り込んで対処する方がよいとの議論もあります。

 本調査会では、立憲主義の秩序の中で緊急事態等に対処できるように憲法に規定を置くかどうかをめぐって議論が行われ、意見は分かれました。

 憲法に規定を置くことに積極的な立場からは、「近代国家の果たすべき最低限の義務は国民の生命・財産を守ることだが、日本国憲法は事実上これを放てきし、国家としての脅威や非常時の備えを想定することも否定した」などの意見が出されました。

 一方、憲法に規定を置くことに消極的な意見からは、「緊急事態法制がないという憲法の沈黙は、法の欠陥ではなく、平和主義と積極的にリンクしているとの意見は示唆に富む」などの意見が出されました。

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